27.環境の変化
「もうすぐゴールデンウィークだねー」
風が吹き抜ける近所の公園。
レジャーシートの上にお弁当を並べながら、アリスがそんな話題を振った。
「どこか遊びに行きたいなー」
「どーせゲーム三昧になるっしょ」
心愛がベーコンとトマトとレタスを挟んだサンドイッチを食みながら返す。
その横で紙コップに紅茶を注ぐ雫。
「私たちの引っ越しも決まりましたし。休まる暇も無さそうです」
「アリス様、あーん」
「あーん。んー、唯華ちゃんの作った一口ハンバーグおいしいー」
「喜んでいただけて嬉しいです」
アリスに身体を密着させ、餌付けのように世話をする唯華に、雫も心愛もジト目を向ける。
「近い」
「唯華さん、加減」
「こちらのミートボールも自信作ですよ」
「甘辛いタレが最高〜」
恋は盲目。
聞く耳無し。
今日は【不思議の国のアリス】のオフ会……というより、ただのピクニックだ。
元から知り合いの三人はともかく、ユイこと天王寺唯華との親睦会も兼ねている。
NEOの中で幾度と交流は重ねているもの、こうしてリアルを共にするのはまだ指折り数える程度。
アリスと初顔合わせのときなど、
「私の目ではアリス様のご尊顔を直視出来ません!!」
と、自分の目を潰そうとしたくらい。
数度の下校を重ねてようやく落ち着くに至ったのだ。
未だに緊張するときはするし、リアルでも構わず様付けをするが。
ちなみにこの唯華お手製の弁当、朝の四時に起きて仕込んでいる。
おにぎり、サンドイッチ、ハンバーグ、からあげ、ベーコン巻きポテトにミートボール……なんとも男子が喜びそうなメニューだが、アリスの好みをリサーチした結果である。
当初はA5の和牛やら一本数万円の松茸やらを用意しようとしたが、事前に察した雫の手により止められた。
天王寺唯華。
天王寺総合病院院長の長女で、れっきとしたお嬢様である。
「はあ、なんかこんなにのんびりしたの久しぶりかも」
「プロ入りや【ケルベロス】の件で慌ただしかったですしね」
「なんか思いっきり楽しいことしたくね?」
「たとえば?」
「めっちゃゲームやり込むとか」
いつもどおりじゃないですか、雫は呆れてため息をついた。
「じゃあなんか案あんのかお前は」
「……たくさんゲームする」
「生き様を恥じろ」
すぐにケンカを始める二人である。
「そういえばもうすぐ引っ越しだっけ」
「おーそうそう。唯華も手伝いよろ」
「もちろんです。それで、どちらに引っ越されるのですか?」
「それがまだ聞かされてないの。心愛ちゃんが瑞希さんと相談して決めてくれたんだけど。この後見に行くことになってなってるんだよね?」
「マジでいいとこだから、超ビビると思うよ。このあと瑞希さんが迎えに来てくれるから、みんなで一緒に行こ」
ニシシと白い歯を見せて笑う心愛に、三人は顔を見合わせた。
「引っ越し……私たちもそろそろ拠点を変えてもいいかもしれませんね。いつまでも【はじまりの街】の周辺を根城にしていては、毎日に変わり映えもしませんし」
「いいねそれ!」
「【ケルベロス】が所有してたゴールドとアイテムもあるし、パーっといいトコ住むかー」
「素晴らしい提案なのですが……よろしいのでしょうか。私は皆さんにおんぶに抱っこという形になってしまうのが忍びないです」
「気になさるなら、少しでも早く私たちに追いつくことです」
「もう友だちで仲間だけど、ついて来られないなら置いてくから」
厳しい物言いに気の引き締まる思い。
唯華は一本の芯が通った二人の振る舞いに背すじを正した。
「望むところです」
けして怯まず、謙らず。
自分もこの場所の一員だと、唯華は真っ直ぐに二人を見据えた。
「ニシシ、上等」
「手強い方だことで」
そんな中、
(みんな仲良さそうでいいなぁ)
アリスは呑気にからあげを頬張った。
「バトルもしたいし、新しい装備とかも欲しいし、やりたいこといっぱいで困るー。ゴールデンウィーク一歩も外出ねーわマジで」
「自堕落なのはともかくとして、新しい仲間も加入したことですし、一度配信で発表はしないといけませんね。ちゃんと挨拶文を考えておくんですよ」
「が、頑張ります!」
「心機一転じゃないけど、この先も私たちが一番NEOを楽しもうっ。世界の果てを見るのは私たちだよ」
「おー」
「はい」
「あの」
ふと、唯華が手を挙げて訊いた。
「世界の果てというのは?」
そんなとき。
「おーい」
車から瑞希が手を振った。
「迎えに来たわよ」
「うーい。んじゃ、そろそろ行こーぜ」
促されるまま車で移動。
電車で三駅移動し、オフィス街郊外に居を構えた物件の前に到着。
アリスと雫は驚いたような呆けたような顔をし、唯華は口元に手を添えて、
「立派なマンションですね」
と呑気にした。
「どう? すごいっしょ」
雫は心愛の頭を叩いた。
「いった! なに?!」
「なに?!ではありません。なんですかこのマンション。明らかに高級マンションではありませんか」
「ホテルかと思った……」
「こんなところとてもではありませんが家賃など払えませんよ。いくら月収があるとはいえ、生活費のことを考えたら絶対にオーバーします」
「大丈夫なんだって。とにかくほら、行こ行こ」
背中を押されてオートロックのエントランスへ。
部屋の番号とインターホンを押し、
「来ましたー」
『ああ。勝手に入ってくれ』
短い会話を交わすと、エントランスのドアが開いた。
「今のって…」
「ま、来ればわかるから」
エレベーターで八階へ上がり、角の部屋の呼び鈴を鳴らす。
すると、
「よく来たな」
端正な顔立ちの男性、山岡志郎というProject Stormの代表がアリスたちを出迎えた。
「志郎、さん?」
「どうして志郎さんが?」
「立ち話もなんだ。上がってくれ」
と、四人は部屋の中へと招かれた。
白い壁が眩しく、シックな家具が置かれた小広い空間。
しかしところどころに埃が積もっている。
どうやら掃除は行き届いていないらしい。
四人と瑞希をソファーに座らせ、自分はキッチンでコーヒーを淹れた。
「オシャレな部屋……」
「大人っぽいですね」
「社会人に成り立ての頃、こういうのが女にモテると、浅はかな考えで揃えた」
志郎は自虐しつつ微笑んだ。
「ここって、志郎さんのお家なんですか?」
「ああ」
今更ながら、男性の部屋に上がり込んでいるのだとアリスは少し緊張する。
「何故私たちはここに連れてこられたのでしょう」
「え? だってここに住むから」
「はぁ?!!」
疑問を浮かべた雫の横で、驚くほど自然にくつろぐ心愛がサラッと発言し、二人は信じられないものを見る目で心愛を見やった。
「こここここ心愛ちゃん?!」
「あなたは何を考えているのですか?! 前々からバカだとは思っていましたが、とうとうとち狂いましたかこのおバカ!」
「まあ落ち着いて話を……って誰がバカだ残念お嬢様!」
「あなたがおバカでないなら誰がおバカなのですかおバカ日本代表!」
「おまマジ外出ろケンカの時間だ!」
「元気がいいな若者は」
ヒートアップしかけた少女たちを宥めるトーンで、志郎はテーブルにコーヒーを並べた。
「ありがとうございます」
「お前が【不思議の国のアリス】の四人目だな。山岡志郎だ。Project Stormの代表を務めてる。よろしくな」
「ご丁寧に。天王寺唯華です。今後ともよろしくお願い申し上げます」
一旦着席し、コーヒーカップに口を付けた。
一息ついたところで改めて話を始める。
「さて、では本題に入ろうか。お前たちが住むという件についてだ。おれが瑞希を通して提案させてもらった。と言ってもべつにおれと同居するというわけじゃない」
「どういうことですか?」
「この部屋はおれが購入した物件なんだが、最近はあまり帰宅することが無くてな。仕事が忙しいのもあるが、大抵のものは社で賄えるから、わざわざ帰宅する用事が無いんだ。いっそ売り払おうとも思ったが、お前たちに使ってもらった方が有意義だと思った」
新たに物件を借りる手間の削減を考えれば願ってもない話である。
その他にも万全のセキュリティ、部屋数もあり防音で回線環境も整っている。
駅は離れたが通学も苦でなく会社も近い。
まさに破格の条件だ。
「家賃は取らないが、生活費やらは自己負担だ。たまに帰ってくることはあるが、過分に干渉することはしない。おれの部屋以外は家具も込みで好きに使ってくれていい」
アリスは雫と一度顔を見合わせ、断る理由無いよねという顔の心愛に目をやった。
「あとはお前たちが気に入るかどうかだな。ある日突然出て行ってくれ、なんて言うことも無いし」
「助かりますが、本当によろしいのですか?」
「おれは家というものに固執していないからな。というか、二十代後半に入ったときに、寝られればどこでもいいなと思うようになった」
「不精な」
雫は呆れ気味に辛辣を吐いた。
「志郎さんは一緒に住まないんですか?」
「ある日社屋が更地にでもなっていない限りはな。だいたい、血縁でもない年頃の女子高生たちと同居してる二十代独身男の構図が痛すぎる」
「それはそう」
「マンションの管理人には粗方の事情は説明してあるから安心していい。口早な説明になったが、どうする? 他に自分たちで家を探すか?」
ここまで良い環境は早々見つからないこと、自分たちのために自分の家を提供してくれたことを悟り、アリスたちは素直に頷いた。
「ありがたく使わせていただきます、志郎さん」
翌日からしばらくは引っ越しの作業に追われた。
と言っても、アリスは父の車でゲーム機、パソコンなどの自分たちで運べるものしか持ち出さない。
というのも、
「たまには絶対帰ってきてほしいからベッドとかは新しいの買ってあげるから!!」
父の涙ながらの請願により、従来のベッドや机などはそのまま伏木宅に置いておくことになったためだ。
ちなみに、志郎宅に住まうことは了承済。
「同棲?! うちの可愛いアリスちゃんだけでなく女子高生を何人も囲んで?! あのロリコンめぇ!! きえええええええ!!」
話をちゃんと聞いていなかった父が半狂乱で志郎に襲いかかろうとしたこともあったが。
リビングを除く部屋の内、一つは志郎の寝室として使われている。
アリスたちはその内二つを自分たちの部屋にあてがい、残り一部屋は一旦そのままにしておくことに決めた。
「唯華ちゃんも一緒に住めたら良かったのにね」
「うちの両親は過保護なもので。申し訳ありません。たまに遊びに来ます」
唯華は部屋の掃除を担当している。
「瑞希さんも、わざわざありがとうございます」
「いいのよ。さっさと終わらせちゃいましょう」
志郎がこれでもかと掃除を怠慢していたため、とても一日で終わらない。
そのため瑞希を初め、翔馬と啓治も仕事が終わった後に手伝いに来ている。
「おうアリス、部屋の感じはこんなもんでいいか?」
新しいベッドや、その他の家具を置いた部屋は、自分だけの城のようでキラキラして見えた。
備え付けのクローゼットに、なんと言ってもはしごを伝って昇るロフトがアリスのワクワクを助長させる。
「はい! ありがとうございます翔馬さん、啓治さん!」
「しっかし女子高生だけでルームシェアか。セキュリティはいいから大丈夫だとは思うが、何かあったらすぐにおれたち大人を頼るんだぞ」
「そうッスよ。まだ子どもなんスから、甘えるところは甘えるべきッス」
「エヘヘ、はいっ。ありがとうございます」
「ふざけんなマジで!!」
「あなたこそふざけないでいただけますか?!」
アリスの隣の部屋で、心愛と雫の言い争いの声が炸裂した。
何事かと覗くと。
「絶対ウチが上!」
「いいえ私が上です!」
「雫絶対寝相悪いもん! そんなの上でゴロゴロされたら寝れないし!」
「どの口が言うのですか!」
むむむむ、と顔を見合わせる。
二人は二段ベッドの前で、どちらが上に寝るかを争っていた。
「子どもッスか」
「わかるけどな。おれも二段ベッドなら上がいい」
理解ある大人たちである。
ちなみに、何故この二人が同室なのかを紐解くと、
「ウチがアリスと相部屋!」
「私です!」
と、今よりも激しい言い争いの末、なら自分たちが相部屋に……という協定が結ばれたため。
こんな調子でこれからも小競り合いが続くのだと、アリスはため息をつくも可笑しくなった。
が、いつまでもケンカをしていては引っ越し作業が終わらない。
すぅ、と息を吸って。
「こらー! ケンカしないの! じゃんけんで決めなさーい!」
「「はいっ!!」」
「ふんす!」
見事二人を仲裁した。
「あら立派なお姉さん」
「お姉さんってか」
「保護者ッスよね」
じゃんけん、ぽん。
心愛が勝ち、見事二段ベッドの上を獲得するに至る。
八階という不便さは多少なりあったが、着々と作業は進み、約一週間ほどで全ての作業が終了した。
「よーし、こんなもんだろ」
「おつかれっしたー」
掃除は行き届き、部屋は整えられ、身の回りも自分たち仕様に。
新しい環境は、否応にも今後の生活に期待を抱かせた。
「いやぁ、皆さん。本日はどうも」
「ありがとうございます」
アリスの両親が揃って礼をする。
終日に至るまで、足を運んだ保護者はアリスの両親だけだ。
雫はそもそもルームシェアを反対されているのを押し切って出てきており、心愛もあまり関心を持たれていない。
最低限の荷物だけを運んだアリスとは違い、二人は業者に頼んで荷物を運んでもらっている。
「ささやかではありますが、私どもの方で席を用意いたしました」
テーブルには寿司やオードブルなど、様々な料理と酒が並んでいる。
「ご相伴に預かります」
瑞希が恭しく頭を下げる。
「そういえば、志郎さんは?」
「そっちは任せるってよ。明日からのアプデの最終チェックだと」
「社長さんにも改めてお礼を言わないとね」
大人はビールを、子どもはジュースを手にする。
「それじゃあ、音頭はアリスだな」
「うえっ?!」
唐突に自分に大役が回され、アリスは狼狽えた。
全員が自分に視線を向けており、どうしたらいいのか悩んでしまう。
「アリス様、頑張って」
唯華に後押しされ、コホンと咳払いを一つ。
「それじゃあ……今日は皆さん、私たちのためにありがとうございます。ここにはいないけど、家を提供してくれた志郎さんにも。新しい環境で、私たちはこれからももっと頑張ります。リアルもゲームも全部。私たちの新しい生活、それと」
ニコリと唯華に向く。
「私たちの新しい仲間に。乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
肩の荷を下ろしたように、アリスは脱力した。
「ステキな挨拶でした。思わずときめいてしまいました」
「いやぁ、そんな」
唯華が嬉しそうに擦り寄る。
「ありがとうございます、アリス様」
宴は二時間ほどで終了。
明日は休日だが、道徳観のある大人たちは後片付けだけし退散することにした。
「困ったことがあったら、いつでも連絡してね。火の元には気を付けるのよ。それから戸締まりはしっかりして、みんな仲良くね。それとゴミの日はしっかり確認して、なるべくお野菜を食べて栄養を偏らないように」
「もうお母さんってば。ありがとう。大丈夫、なんとかやってみるから。皆さんもありがとうございました」
「家のことでわからないことがあったら、志郎に訊くといいわ」
父は最後までアリスとの別れを今生のそれのように嘆いていたが、母に引っ張られる形で連行された。
騒がしかった空間には、アリス、心愛、雫、唯華の四人だけが残った。
「なんか変な感じだね」
「そのうち慣れますよ。さて、それでは」
「とりあえずお風呂じゃない? この家のお風呂見た? めっちゃ広いよ。んで洗面所ガラス張りでめっちゃエロいの。ラブホみたい。行ったことないけど」
「まずは食事や洗濯、ゴミ出しの当番決めからです」
「唯華ちゃん今日は泊まっていくよね?」
「ええ。家には連絡を入れておきました」
「お客さん用の布団が無いから、今日は私のベッドで一緒に寝ようね」
「ごちそうさまです!!」
唯華、鼻血を必死に堪えての感謝である。
その後、順番にお風呂を済ませ、四人はいよいよお待ちかねの時を迎えた。
リビングに備え付けたハードに端子を接続しギアを装着する。
「記念すべきルームシェア一日目! 盛り上がっていこーぜ!」
「「「イェー!」」」
心愛のノリに合わせて三人は拳を突き上げる。
「せーのっ!」
「「「「ゲームスタート!!」」」」
新天地にて仮想世界へとダイブした。




