26.一緒に
後日のこと、三人はProject Stormの社長室でお叱りを受けていた。
「今回のことは、けして手放しで褒められたものではない」
志郎は柔らかくも厳しめな口調で言った。
「お前たちがやったのはバトルじゃない。ただのケンカだ。如何に相手が強かろうと、そこにどんな理由があろうと、怒りをぶつけ、それを発散したのはいただけないな」
「ゴメンなさ……申し訳……ありませんでした……」
アリスは頭を下げた。
次いで、心愛と雫も。
「お前たちはプロなんだ。自覚を持て」
「自分が宣戦布告の動画公開を許したくせに」
そう言う瑞希を一睨みし、瑞希は小さく舌を出した。
「いいのよ。社長はあくまでプロとして意識することを忘れるな、って言いたいだけだから」
志郎は、ふぅ、と息をつく。
「今後は憎悪で戦うな。ゲームの世界に人間の負感情は不要だ。……まあ、これはあくまで個人としての意見だが」
「個人として?」
「代表として、開発者としての意見は違う。……ゲームとプレイヤーの迷惑行為は切っても切り離せない。何故かわかるか?」
「システム的な話?」
「対応が追いつかないとかでしょうか」
「一番の理由は、必要悪だからだ。奴らは一般プレイヤーの行動を阻害することで愉悦を覚え、一般プレイヤーはそんな奴らに不快感や嫌悪感を覚える。するとどうなるか」
「運営に非難の目が向く……?」
「そのとおり。好評も悪評も表裏一体だ。好対応なら神ゲー、塩対応ならクソゲーと、ゲームは常にバランスが取れるようになってる。害悪プレイヤーを排除することなんていつでも出来るが、どこもそうしない。それはな、既存の害悪プレイヤーを排除することで、一般プレイヤーが害悪プレイヤーにならないようにしてるためだ」
「働きアリのような話ですね」
雫の意見に志郎と瑞希が笑った。
「バランス……あんまり、よくわからないかもしれません」
「大人の汚いところだ。お前たちはまだ知らなくていい。……さて、ここからは業務の話をしよう」
手元のキーボードを操作し、壁のモニターにグラフを表示する。
赤と靑の二色のそれ。
志郎は今回の【ケルベロス】戦の折、新規プレイヤーが約二千人ほど増えていることを三人に伝えた。
「時間的に【不思議の国のアリス】が関与しているのは間違いない。全員が全員というわけではないにせよ、並々ならぬ影響力だ」
「赤のグラフが新規プレイヤー……青のグラフの方はどのような? 先日だけかなり数を増やしていますが」
「【ケルベロス】によってギルドを壊滅させられNEOから離れていたが、【ケルベロス】が解散したことで復帰したユーザーの数だ」
バトルの後、【ケルベロス】は解散した。
ギルド及び個人で所有していたゴールドやアイテムは、全て【不思議の国のアリス】へ。
また投稿していた動画は全て削除され、その後彼女たちを見かけたという話も無い。
「にしてもマジで害悪だったんだが。てか、なんであんなの放置してたの? 絶対BAN対象っしょ」
「暴言や素行の悪さは目立っていたけど、社長は嫌悪でプレイヤーを選ばないから」
「そんなもん?」
「そんなものだ。多少の寛容さが無ければゲームなんて運営出来ない。話は以上だ。呼び出して悪かったな」
「こっちこそ……本当にゴメンなさい。これからは気を付けます」
アリスが再び頭を下げたので二人もそれに倣った。
アリスのあまりにしょんぼりした顔を見て、大人二人はいたたまれない気持ちになる。
「すっごい罪悪感」
「言うなよ」
「だ、大丈夫よアリスちゃん。本気で怒ってるわけじゃないから。ちょっと注意しただけで」
「でも……」
「そ、そうだわ。社のレストランでご飯でも食べましょ。社長のおごりで。ね?」
「あ、ああ……そうだな」
「さ、行きましょ行きましょ」
三人は瑞希に押されながら会社の中のレストランへと赴いた。
肉厚なハンバーグステーキをごちそうになった後、瑞希の運転で三人は家へと送られた。
「それじゃあ、またな」
「すみません、ありがとうございました。……志郎さん」
「なんだ?」
「じつは……」
アリスはユイのことを志郎に伝えた。
「ということなんですけど」
「ああ、いいんじゃないか?」
志郎は二つ返事でアリスの申し出を了承した。
「いいんですか?」
「そのプレイヤーがプロ入りを希望するというなら話は変わるが、仲間内でプレイすることは咎めない。好きにしてくれていい。アリスが口添えするくらいなら、素行の悪いプレイヤーというわけではないんだろ」
「それは、はい。とっても良い子です」
ならいい、と志郎は笑う。
「ありがとうございます」
「……アリス」
「はい?」
「……いや、なんでもない。じゃあな」
何を言おうとしたのか、アリスは去っていく車を不思議そうに見送った。
――――――――
車内で。
「何を言おうとしたの?」
「ん?」
「アリスちゃんに何か言いかけたでしょ」
「ああ」
窓の外を眺めながら。
「アリスは良いプレイヤーになるな、って」
聴いて瑞希は小さく吹き出す。
「そうね」
「瑞希、たまには二人で飲みに行くか」
「【不思議の国のアリス】を肴に? いいわよ、朝まで付き合ってくれるなら」
若い才能の話題に華を咲かせつつ、夜の街へと繰り出すのだった。
しかし志郎は一つの事柄を胸中に秘めた。
【大賢者】という、未だ全容が明らかにならない神秘の力について。
――――――――
ゲームにログインしたアリスは、自分宛てにメッセージが来ていることに気付いた。
差出人と文面を見てすぐギルドホームを飛び出し、森の奥の泉へと駆ける。
清らかな泉の前では、白織に身を包んだ少女が待っていた。
「ユイちゃん!」
ユイは駆けてきたアリスを見て、傍目にもわかるほど嬉しそうにした。
「ゴメン、待たせちゃった」
「いいえ、全然待っていませんよ」
とは言うもの、メッセージが届いていたのは数時間前。
その間ずっと待っていたのだと察した。
しばらく無言が続いた。
お互いに言いたいことがあるが言葉が出ない。
アリスはあたふたと話題を切り出した。
「ええと……なんか久しぶりだね。何日かログインしてなかっただけなのに」
「え、ええ」
「……あ、今日ね、すごくおいしいハンバーグを食べてきたんだぁ。ユイちゃんはハンバーグはどんなのが好き? 私はね、家だとケチャップなんだけど、お店で食べるのはデミグラスソースのが好き。鉄板の上でジュージュー跳ねるやつ。中にチーズなんか入ってたら最高だなぁ。あとね」
「アリス様」
意を決したように、ユイは口を開いた。
「本当に申し訳ありませんでした」
突然の出来事。
なにも謝ることなんてないのに、とアリスは困惑した。
「な、なんで? ユイちゃんが謝ることなんて」
「私が不甲斐ないばかりに、アリス様たちに尻拭いをさせることになってしまいました。そればかりか、皆様にはあんなに楽しくなさそうに……」
仇討ち、憎しみ、怒り……そんなものを掲げてプレイするゲームが楽しいものであるはずがない。
初心者ながら、或いは初心者だからこその本質をついた言葉だった。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
声が震える。
どうしたいいのかわからない。
そんな今にも泣き出しそうなユイの頭を、アリスはそっと胸に抱き寄せた。
「大丈夫。大丈夫だよ。言ったでしょ、ユイちゃんはまだゲームのおもしろさも、楽しいこともほんの少ししか知らないって。怖いことも、怒ることも、悲しくなることも、楽しいことと同じだけあると思う。それでも私は知ってほしい。この世界は人生を賭けるだけの価値があるって。この世界で一生懸命生きてる人がいるんだって」
腕を解き、ユイの前に手を差し伸べる。
「楽しいこともつらいことも全部分け合って、ユイちゃんと一緒にゲームがしたいです」
太陽のように明るい笑顔に、めいっぱいの大好きを込めてそう言った。
彼女はきっと、心からゲームが好きなんだろうとユイはそう確信した。
自分の好きなものを知ってほしいと。
自分が生きる世界を見てほしいと。
けれど、けして押し付けるようなことはなく。
そんなひたむきな彼女がどうしようもなく魅力的で、愛らしく、惹かれ、焦がれ、求めたくなる。
「私のような初心者でも良いのですか?」
「うん」
「皆さんみたいにはなれないかもしれませんよ?」
「気にしない」
優しいからこそ仕えたくなる。
強いからこそついていきたくなる。
本人を前に、自分の思いは本物なんだと熱くなる。
好きだからこそ並び立てるように強くなりたい。
この人の背中を守れるくらい、と。
「ユイちゃん。私たちのギルドに、【不思議の国のアリス】に入ってくれませんか?」
唇を力いっぱい噛み締めて、目尻に透明な雫を浮かばせて。
「はいっ!!」
ユイは強さへの第一歩を踏み出した。
その様子を、ココアとシズクは隠れて窺っていた。
「あーあ、ガチ恋勢が増えた」
「フフ、いいじゃありませんか。元から二番目なんですし」
「盛大なブーメラン草」
「私はいつだって正妻のつもりですし、譲るつもりはありませんよ。さあ、私たちも行きましょう。新しい仲間を迎えに」
「はいはい、っと」
彼女がアリスに、またはギルドに何を齎すのか。
それはまだ誰も知らない物語。
【不思議の国のアリス】は新たな仲間と共に、世界の果てを目指し続けるのだった。




