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NEVER END ONLINE〜少女、終わりなき世界の攻略者〜  作者: 無色


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23/40

23.私たちが勝つところ

「ごきげんよう」


 廊下で淑女さながらに挨拶を交わす雫。

 たまには唯華とNEOの雑談でも……もとい、昨日アリスと何かあったかを問いただすために教室までやってきたのだが。


「唯華さんに用があるのですが、お呼びしていただいてもよろしいですか?」

「天王寺さん? 今日はお休みしていますよ」

「休み?」

「調子が優れないと連絡があったようです」

 

 雫がまず思ったのが、ゲームのやり過ぎか、アリスへの熱にうなされたかであった。

 昨日の夜、一度興奮冷めやらぬといったメッセージを書き殴ったように送りつけてきたのだ。

 そうであっても不思議ではない。


「普段から頻繁にやり取りをしてるわけではないですけど」


 休むなら一言くらい……と、雫は寂しそうにスマホの画面に視線を落とした。

 安否を気遣うメッセージを送るが返事は無い。

 きっと寝ているのでしょうとスマホをしまいかけたとき、着信があった。

 唯華がメッセージを返してきたと画面をタップすると、それはギルドへのメッセージだった。


「またどこぞのギルドがバトルの申し込みでもしてきたのでしょうか」


 普段なら無視するか後から確認しただろう。

 送り先のギルド名が【ケルベロス】であったことが、雫の目を惹いた。

 そして……






 ――――――――






 その日は朝から陰鬱な気分だった。

 身体も重い。

 アリスは気を滅入らせながら登校した。

 気分が沈んでいる原因が、昨日の【ケルベロス】なるアンチなのはわかっていた。


(アンチは気にしないのが一番ってわかってるけど、面と向かって言われるとなぁ)


 ため息をついたとき、後ろから心愛が背中を叩いた。


「うぃーす」

「心愛ちゃん、おはよ」

「……風邪引いた? なんか落ち気味じゃない?」

「んーん」


 なんでもないよと笑い、教室のドアを開ける。

 いつもの変わらない風景。

 クラスの友人たちと挨拶を交わし自分の席へ。

 その途中。


「何観てんのかと思ったらお前それ【ケルベロス】の動画じゃん。なんかおもしれーのアップされてんの?」

「おー。おもしろくはねえけど、ヤバめなのがさ。さっきアップされてさ、なんか知らんけど、【ケルベロス】が素人ボコボコにしてんだよ」

「あいつらめちゃくちゃやるな。どうせまた迷惑動画だろ」

「そうなんだけどさ。こういうのってつい見ちゃうんだよな」


 盗み聞きをするつもりはなかった。

 だが、ふとスマホの画面を捉えてしまった。

 スマホから聴こえた声があまりに耳に新しかったから。


『【不思議の国のアリス】ー聴いてるー?』


 動画投稿サイトに投稿されたもの。

 間違いない。

 ノエルと名乗った少女の声だ。


「……!」


 心愛がアリスの方を見ると、食い入るように画面に集中していた。

 映っているのはノエルと、同じギルドのメンバーらしき二人。

 それともう一人。

 一瞬で血の気が引いた。

 何を間違えることがあるのかと。

 ノエルが身体をずらすと、ユイという名前の友人が磔にされているのが映った。


「ユイ、ちゃん……」

『この子、あんたの友だちなんでしょ? 勝手に使わせてもらったわ。終始無抵抗なのが気に入らなかったけど』

『ふぐっ!!』


 鞘に収められたままの剣で、ノエルはユイの腹を強く押した。


『ゲホッゴホッ!』

『みっともなーい。こんなにやられてもやり返せないの? ざっこ』


 磔から一転、首に鎖を繋いで背中に座る。


『かぁいらしいワンちゃんやね。ワンワン鳴いてみぃや。ほら鳴け言うとるんよ駄犬』


 尊厳を踏みにじるように頭を踏みつける。


『あたしたちからのメッセージ、ちゃんと受け取ってね。今日の夜九時に広場で待ってるわ。逃げるのならそれでもいいけど、これからもお友だちと遊ぶことになるかもしれないわよ』


 自分の中に、嫌なものが渦巻くのをアリスは感じた。

 怒りも哀しみもごちゃ混ぜにした何かが。


『戦争しましょ、【不思議の国のアリス】。戦う勇気も無い臆病者じゃないなら、ね。アッハハハ!』


 嘲りを込めた微笑で、動画は締め括られていた。


「これ【ケルベロス】から【不思議の国のアリス】への宣戦布告じゃないのか?」

「【ケルベロス】に目付けられてんのかよ。あいつら有名なプレイヤーキラーだからな……っと、あ! ゴメン伏木さん!」


 男子生徒がアリスにぶつかるが反応は無い。

 アリスは着席せず、駆け足で予鈴が鳴る教室から出て行った。


「アリス!」


 慌てて心愛は後を追う。


「伏木さん、綾戸さん、ホームルームが始まりますよ」


 担任に声をかけられたが、アリスを案じて心愛は、


「ゴメン先生! 今日なんかお腹がアレだから休む! アリスは頭痛がアレって言ってた! それじゃ!」

「あ、ちょっと!」


 呼び止めには応じずそのまま学校の外へ。

 走るアリスを追いかけたが、途中の信号で離される。

 そのまま帰宅するつもりだろうことを予想し、膝に手をついて息を整えた。


「くっそ速すぎだろ……。てか……ふざけんな【ケルベロス】! うちら挑発するのにあんなことまでするか!」


 心愛はスマホを取り出し雫に電話をかけた。





 

 ――――――――






 ちょうどホームルームが終わったところ、ずっと震えているスマホを操作し耳に当てて若干不機嫌そうに電話に出る。


「もしもし? まだ休み時間では」

『それどころじゃないんだって! アリスが友だちボコられて、それでアリスたぶんキレてて!』

「走りながら電話しているんですか? アリスさんが何ですって? 落ち着いてください」

『だから! 【ケルベロス】がアリスの友だちボコってるとこ動画で晒してんだって!』


 短い説明だが、それだけで充分何があったかを察した。


「まさか……」

『で、今アリスの家向かってるとこ!』

「わかりました。私もそちらへ」


 息をついてスマホをしまうと、通りがかった教師に声をかけた。


「先生」

「どうしましたか双海さん」

「お肌の調子がアレなので早退いたします。それでは」

 

 あまりに優雅に一礼するので、


「は、はい」


 教師はポカンと、凛々しく帰宅宣言する雫を見送ることしかなかった。






 ――――――――






 それからしばらくして。


「まあ、雫ちゃんも早退したの?」

「急に押しかけてしまい、申し訳ありませんお母義様」

「いいのよ。若いんだもの。何だか知らないけど、のっぴきならない理由があるのよね。あとでお昼ご飯を持って行くから」

「ありがとうございます」


 雫がアリスの部屋を訪れたとき、部屋の中の空気は張り詰めていた。


「心愛さんならともかく、アリスさんが率先して学校をサボるだなんて思いもしませんでした」

「ゴメン……」


 クッションの上で、ちょこんと申し訳なさそうにする。


「キレたのはわかったけど、あいつらは今日の夜って言ってたじゃん」

「だって……」


 スカートの裾を握る。

 感情が追いつかないほど怒ったのだろうと、雫も腰を下ろした。


「まずは落ち着いて話しましょう。【ケルベロス】のこと」


 鞄からタブレットを取り出し、【ケルベロス】についてまとめた資料を二人に見せる。


「彼女たちは私たちと同じく、三人という少数で構成されたギルドです。メンバーはモナ、ニーア、そしてリーダーのノエル」


 三枚目の写真を見て、アリスは眉の根を寄せた。


「イベントには一切関心を持たず、ただPvPのみに重きを置いたプレイスタイル。名を馳せるギルドにバトルを持ちかけては解散に追い込んできた、悪質なプレイヤーキラー」


 バトル自体はNEOのガイドラインに抵触していない。

 悪質たる所以は、動画を公開することにより、ギルドの解散という約束を反故にする出来ないようにするところだろう。

 やり口は狡猾だが、このやり方は勝利が大前提となり、彼女たちは自分たちの愉悦を叶えるための強さを有しているということが問題になる。


「常勝無敗の戦闘集団。印象は私たちと同じです」


 アリスは雫にジトリとした目を向けた。


「……同じというのは失言でした。ですが、素行はともかく彼女たちの強さは本物です」


 タブレットを操作し、【ケルベロス】がアップした動画を流す。

 どれもこれもが圧倒的な実力で相手をねじ伏せるというだけのもの。

 他者を卑下し、嘲り、踏みにじる、とても観ていて気持ちのいいものではなかった。

 そして、どれも本気ではない。


「シンプルにムカつく」

「私たちを標的にここまで強行するとは」

「……アリス、ゴメン」


 と、心愛は【ケルベロス】が立てたらしいアンチスレッドを見せた。


「前から狙われてはいたっぽいけど、アリスを不安がらせたくなくて黙ってた。もしあたしらがもっと早く【ケルベロス】を潰してれば、こんなことにはならなかったかもしれない」

「……ううん。誰のせいでもないよ」


 動画の中で笑うノエルを見て拳を握る。

 もしも昨日、アンチだからと相手にしないことをしなければ……と、アリスは後悔した。

 自分の間違った行動が、邪悪な牙を友だちに向けることになったのだと。

 雫は言おうか言うまいか迷ったが、アリスの沈んだ表情に自分も気持ちを沈ませ、ルール違反と思いつつも言わずにはいられず口を開いた。


「アリスさん……その、件のユイというお友だちの方ですが」

「ユイちゃんがどうかしたの?」

「おそらく……いえ、確実になんですが。彼女の中身は、私と同じ九星ノ宮女学院の生徒で……私の友人です」


 アリスと心愛は揃って驚いた顔をした。


「すっげー偶然」

「ユイちゃんが、雫ちゃんの友だち……」

「彼女、すごく嬉しそうに話すんです。アリスさんのこと。憧れだって、一緒にプレイしたんだって。聴いてるこっちが恥ずかしくなるくらい純粋に、嬉しそうに。ゲームのことなんてほとんど知らないのに、アリスさんと一緒になったとき、隣に並び立てるようになるんだって」


 しかし……


「私たちをおびき寄せるためだけに、それだけのために彼女を傷付けた……。ゲームは怖いものだというイメージを植え付けた。それを……どうして赦せるでしょう」

「戦争したいって言うんならいくらでも相手してやろーよ。あたしらにケンカ売ったこと、死ぬほど後悔させてやる」

「うん。正々堂々受けて立とう」


 アリスはスマホを取り出すと、志郎宛に電話をした。


『もしもし』

「もしもし、志郎さん」

『どうした。まだ学校の時間だろう』


 寝起きなのか、少し声がくぐもっている。

 そんなことは気にせずアリスは、


「お願いしたいことがあります」


 と、スマホを握る手に力を入れた。






 ――――――――






 それから数時間後。

 

「反応すると思う? 【不思議の国のアリス】」

「そりゃするでしょ。でなきゃ腰抜けじゃない。もし何もリアクションしないなら、したくなるまであのオモチャで遊ぶだけよ」

「ほんま、えげつないなぁ」

「ウザいじゃない。実力も無いくせに粋がってるなんて」

「ねーねー。これ」


 少女はいじっていたスマホの画面を二人に見せた。


「公式からの動画?」


 そこに映し出されていたのは、アリス、ココア、シズクの三人。

 【不思議の国のアリス】の宣戦布告だった。


『みなさん、こんにちは。【不思議の国のアリス】です。突然の報告で申し訳ありません。今回私たちは、ギルド【ケルベロス】の挑戦を受け、本日二十一時よりギルドバトルを行う運びとなりました』


 そのライブ放送にプレイヤーたちは釘付けになった。


『皆様の中には驚かれている方もいらっしゃることでしょう。しかし、予てより目に余る素行を咎めるべく、他プレイヤーの憤りを代弁するため思い立った次第です』


 と、シズク。


『ルールは制限時間無しのデスマッチ。ステージは【The White】。公平を期すための超シンプルなステージね』


 軽薄めいたノリでココアが続ける。


『私たちは逃げも隠れもしません。全力で戦います。【ケルベロス】の皆さん』


 アリスは大胆不敵に、全世界に向けて発信した。


『バトルをしましょう、ギルドの解散を賭けて。あなたたちを倒して、私たちが最強であることを証明します』


 中継はそこで終わった。

 口調は静かに、粛々としたものだったが、当人たちだけは、言葉の裏に隠れた憤慨を感じ取っていた。


「まさか、運営を通じてケンカを売り返すやなんて。向こうも大概狂ってるやん」

「どーするー?」

「決まってるじゃない」


 持っていた缶を落とし踏みつける。


「戦争の始まりよ」






 ――――――――






 唯華は暗い部屋で一人、ベッドの上で膝を抱えていた。

 テーブルの横に備え付けたハードとギアをちらりと目にし、膝に顔を埋める。

 ゲームの中にも現実世界と同じ人間の負の面があると知り、怯え竦んだ。


「楽しいことだけじゃない……」


 それでもアリスと過ごした時間は本物で、自分が感じたものも確実にそこに在った。

 だからこそわからない。

 自分はゲームにどう向き合えばいいのだろうと。

 それまでゲームという文化に触れてこなかった弊害とでも言うのだろうか、それとも真面目で純真な故にか。

 どうしていいのかわからず、唯華は助けを求めるように名前を呟いた。


「アリス様……」


 そんなとき、スマホが鳴った。

 着信先は雫だ。


「雫さん……? もしもし……」

『もしもし。今お電話大丈夫でしたか?』

「はい……。えっと……」

『じつは、唯華さんとお話したいという方がいらっしゃいまして。少しだけお時間いただけませんか?』

「私と……?」


 返事を待たずして、雫は電話の向こうでスマホを第三者に渡した。


『もしもし』


 雫の声ではない。

 が、不思議と覚えがある。


「あの……」

『こっちで話すのははじめましてだね。こんにちは、ユイちゃん』

「!」


 鳥肌が立った。

 自分のことをそう呼んでくれる人が一人だけいる。

 沈んでいた心を引き上げてくれるような、そんな人物に心当たりがあった。

 そんなわけはない、そう思いつつも訊かずにはいられなかった。


「アリス様……ですか?」

『うん。アリスです』


 何故。どうして。

 そんな疑問が吹き飛ぶほどの衝撃。

 ベッドの上で姿勢を正して、思い人の声に耳を傾ける。


『突然ゴメンね。どうしても話したいことがあって。無理言って雫ちゃんに連絡先を聴いたの。昨日あったことは知ったよ。私のせいでユイちゃんに怖い思いをさせちゃった。本当にゴメンなさい』

「そ、そんな……アリスは様のせいだなんて」

『ううん。私たちが悪いの。だから今日、ユイちゃんを襲った人たちとバトルする。私たちが最強なんだって証明するよ』


 電話の向こうで、アリスはどんな面持ちでそれを口にしているのか。

 優しい声の裏に見え隠れする闘争心に震えたが、それと同じだけ申し訳なさを抱いた。


「……差し出がましいとは思いますが、もしも……もしも私のためというなら。アリス様たちに、そんな無理はさせたくありません。私は……どういう思いでそれを受け止めたらいいのかわかりません……」


 自分が安易に誘いに乗らなければ、負けることがなければ、アリスの手を煩わせることなどなかった。

 好きだからこそ、アリスに迷惑をかけたくはない。

 ならばいっそ、アリスから遠ざかればこの悩みは解決する。

 そうまで考えていた。

 けれどアリスは、


『ユイちゃん。ユイちゃんはまだ、ゲームのおもしろさを知らない。楽しいこともほんの少ししか知らない。ゲームの中にも現実と同じだけ嫌なことがあって、悪さをする人がいる。それでも』


 唯華に救いの手を伸ばす。


『私は教えてあげたい。ゲームは楽しいんだって。人生を賭けられるくらい、熱中出来るものがあるんだって。それで……またユイちゃんと一緒にゲームがしたい』

「アリス……様」


 だから観てて、アリスは強さを込めて言った。


『私たちが勝つところ』

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