22.ケルベロス
次の日、アリスはニコニコ顔であった。
友だちが出来たことと、楽しい時間を過ごせた余韻に未だ浸っている。
一人でニヤニヤしている様は少し不気味なものがあったが。
「おはー」
「おはよう心愛ちゃん」
「なにめっちゃテンション高いじゃん」
「聴いて聴いて、新しいお友だちが出来たんだよ」
子どもが母親に報告するように、爛漫な笑顔でそう言った。
「ユイちゃんっていうんだけど、私たちのファンなんだって。昨日一緒にプレイしたんだぁ」
「ほーん。いいじゃんファンサ。ウチもやろっかなぁ」
「すっごく可愛い子なんだよ」
聴いて、またかこいつ、と心愛は少し不機嫌そうにする。
(アリスって無自覚に女の子と仲良くなるんだよね。あたしの嫁だって自覚しろよ可愛いな)
そんな心愛の心境は知らず。
「ギルドに誘えばよかったかなー。あ、でもそういうのってマズいのかな」
心愛は前の席に座り、窓際に寄りかかった。
「べつにいいんじゃない? 【不思議の国のアリス】はプロチームじゃないし。あたしら個人が契約してるってだけで。でも入る以上は簡単に負けてもらっちゃ困るし、最強を目指せない意識低い人なら要らない」
おそらくは雫も同意見だと付け加える。
アリスの意思は尊重している一方で、笑顔の裏には堅固な厳しさが窺えた。
伊達や酔狂で最強を目指しているわけではないのだと。
「今度訊いてみるよ。一緒にやれたらきっと楽しいと思うんだぁ。もしそうなったら、みんな仲良くしてね」
「その人次第」
「もう、イジワル言って。そんな人は〜こうだぁ! コチョコチョコチョコチョ〜!」
「プッ、ハハハ! ちょっ、やめ! アヒャヒャヒャヒャ! ゴメ、ゴメンってぁぁぁぁ!」
イチャイチャしてるなぁ、と。
クラスメイトたちの心の声。
――――――――
アリスは電脳世界へと意識を飛ばした。
フレンド欄を確認するが、まだ誰もログインしていない。
「みんな忙しいのかな。お茶して待ってよっと」
と、街の喫茶店へ。
白を基調とした小綺麗な店。
オレンジジュースを注文すると、すぐにNPCのウエイトレスが銀のトレイに乗せて商品を運んできた。
ストローを通って伝わる、キンと心地良い清涼感と馥郁たる果実の香り。
「ゲームの中でも味がわかるってすごいことだよね。オマケに太らないし」
窓の外を眺めながら、誰かがログインしてくるのを待っていた。
そんなときだった。
「ここいい?」
と、後ろからやって来た少女が、返事を待たずにアリスの向かいに座る。
他にも席は空いているのにと、アリスは疑念を浮かばせつつも、堂々とした態度の少女に呆然とした。
「あの……」
「この店、よく来るの?」
「い、いえ、たまに。友だちを待ってるときとか」
「ふーん。ま、どうでもいいんだけど。あたしノエル。【ケルベロス】のリーダー。よろしくね」
「【ケルベロス】……?」
左手の甲に彫られた三頭の獣のタトゥーを見せる。
紫のメッシュが入った、外ハネした黒髪。
右肩に狼の頭部を模した肩当てをつけた黒い装備を纏っている。
何より目についたのは、顔に刻まれたタトゥーだ。
「【愚者の烙印】……それ【暗黒街】の……」
「ん? ああ、やっぱり今話題のプロゲーマー様は、あたしみたいな【暗黒街】のクズは相手にするのイヤってわけ?」
「そういうわけじゃ……」
人が集えば、どんなゲームにも害悪なプレイヤーが存在する。
NEOは強固なプログラムでチーターやハッカーなどをブロックしているが、荒らしや迷惑行為などの小さい諍いを起こす者までは取り締まれない。
それでも、PKなど度重なるルール違反を好んで犯す者たちに処罰を下すことはある。
ゲームクレジットの剥奪、装備の制限、レベルの低下など様々だが、彼らに一貫して下される罰がある。
それが【暗黒街】と呼ばれる隔離エリアへの幽閉だ。
幽閉は一定期間を過ぎれば解除されるが、一度この地に足を踏み入れたプレイヤーには、その証として顔にタトゥーが刻まれる。
【愚者の烙印】……NEOに於いては、最たる恥とされる証だ。
「フッ、まあいいわ」
周りの視線など意にも介さずといった様子で、好意をまるでを感じない態度に、アリスは背すじをゾクリとさせた。
「【不思議の国のアリス】……随分活躍してるわよね。調子に乗ってるのが丸わかり。ぽっと出の新人がちょっと話題になっただけで大騒ぎなんだから、さぞいい気分でしょうね」
「わ、私たちはべつに調子に乗ってなんか……」
「見てて鬱陶しいのよ。だから、ぶっ潰してやろかなって。わざわざ会いに来てあげたってわけ」
頬杖をつき、あからさまな敵意を孕ませて言う。
「あたしたちとバトルしなさいよ。ギルドの解散を賭けて」
「ギルドの……解散?」
カラン、グラスの氷が音を立てる。
「負けたらギルドを解散して、二度とギルド名を名乗らない。単純でしょ?」
「そんなことしてどんな意味があるんですか」
「意味なんて無いわよ。ただ目障りなだけ。目の前で蝿が飛んでいたら払い落とすでしょ。それと一緒よ」
アリスは根が優しくも、無知無感情というわけではない。
チーターや悪質なグリッチ行為には嫌悪を抱き、心無い罵詈雑言には憤り寂しい気持ちになる。
ノエルと名乗った少女が自分に、自分たちにアンチ発言をしている今も、怒り悲しい気持ちでいっぱいだ。
だが、アンチはそれに味を占めて、更に悪辣を被せてくるものだということもわかっている。
「相手してやろうって言ってんのよ。答えはイエス以外要らないわ」
だからこそ、アリスは無言を貫き、席を立った。
「逃げるの? アハハ、立派ね。挑発に乗らない自分カッコいいって? そういうのは負け犬っていうのよ」
無視を続け背を向ける。
「所詮マグレで勝ち上がってきた奴らなだけあるわ。ザコ狩りしか出来ないザコ集団。惨めなものよね。自分たちが強いんだって勘違いしてる奴らっていうのは」
どれだけ言われても反応しない。
反応したら相手を喜ばせるだけだ、アリスはそのまま店を出ようとした。
「バトルから逃げるならそれでもいいけど。せいぜい後悔しないようにね」
忠告はしたわよ、と。
振り返ったときに見えたノエルの不敵な笑みが、いやに印象に残った。
――――――――
「アリス様は……どうやらもうログアウトしてしまったようですね」
アリスのログアウトから一時間ほど後。
「入れ違いだったのでしょうか。次にアリス様とご一緒したとき足を引っ張らないよう、一人で練習しておきましょう」
そう意気込んで街の外のダンジョンへ向かっていた彼女に、
「そこのいなせなお姉さん」
サイドテールの少女が声をかけた。
「私でしょうか……?」
その横には前髪で左目を隠した少女が立っている。
「もしよかったら、うちらとPvPせん? ちょっとした暇つぶしにでも思ってくれてええから」
「ええと、私初心者で」
「ちゃんと手加減したげるって。ね、いいやろ? 時間は取らせんから」
「で、でも」
「ええから来い言うとんねん。ブチ殺されたいんか」
圧のある物言いにユイは圧されてしまった。
よもや自分が争いの火種になることなど、夢にも思わずに。
10分後に次話投稿します。




