17.レイという存在
「アリスーネットニュース見たよー。めっちゃバズってたね」
「まさかあのレイさんの配信にお邪魔するなんて」
「ううう、言わないでぇ……」
ギルドホー厶のテーブルに頭を抱えて突っ伏すアリスを、二人はからかい半分に笑った。
あとの半分は本気で感心、羨望している。
相手は国内随一のゲーマー。
そんな相手と自分たちの友だちが関与したとなれば、必然テンションも上がるというもの。
「というか、アリスさんは知らなかったんですね。レイさんのこと」
「うん……ゲーム配信とかあんまり観ないから」
「NEOやってれば名前くらい聞きそうだけど。てかマジ羨まー。あたしめっちゃレイさんのファンなんだよねー。憧れのゲーマーの一人っていうか」
と、ココアはアリスの上に覆い被さった。
遠回しに、今度一緒にプレイするときは誘ってという意思表示だ。
離れなさい、とシズクに首根っこを掴まれ剥がされる。
「あ、そういえば」
アリスはストレージから、レイにもらった例の物を二人に見せた。
「これ、レイさんにもらったんだよ」
「それ……魔法の宝玉?!」
「雷と光……こんなものをポンと渡せるなんてさすがレイさんですね」
「いいなぁー。あたしも魔法覚えたいんだよね」
「じゃあココアちゃん使う? せっかくだから二人に渡そうと思ってたんだ」
「マジ?! アリスらいしゅき〜♡」
「遠慮がサ終してるんですかあなたは」
「僻むなって正妻脱落」
「ケンカですね上等です」
バチバチと火花を散らすも、ココアはアリスからの好意として【光の白宝玉】を受け取り、【光魔法】を習得した。
「めっちゃ嬉しいっ。ありがとアリス。今度何かお礼するからね」
「いいよそんなの。はい、シズクちゃんも」
「お気持ちだけありがたくちょうだいしておきます。私には【魔弾】もありますし、急いで魔法が必要になるというわけでもありませんから。ですので、もう一つの宝玉はアリスさんが使ってください」
「いいの?」
「私に何かくれるときは、指輪だったら嬉しいです」
後ろでココアが中指を立てているのを、シズクはふいっと無視した。
「てかアリスのあれ、何だっけ? 強すぎくない?」
「あれって、【纏魔】のこと?」
「そう! 【大賢者】が創ったユニークスキル! あれ反則だろって思ってたんだよね」
「アハハ、私もそう思う」
「モードチェンジスキルでしたか。今回のアップデートで追加された新スキル」
Project Stormが発表したアップデートは、テーマを怪物たちの宴と銘打たれた。
武器やスキルなどが追加されたのはもちろん、目玉はモードチェンジスキルと呼ばれる新たなシステム。
「端的に、自身を大幅に強化するのがモードチェンジスキル。すでに大手ギルドや有名プレイヤーが発見していると噂になっていますね。怪物の名にちなんだものが多いとのことです」
「ま、あたしももう見つけたけどね〜」
「ほんと?! どんなのどんなの?!」
「ひーみーちゅ♡」
「どうせ股間から納豆が出るとかそういう気色悪いスキルなんでしょう」
「テメーの股間にとろろ擦りおろすくらいは躊躇わねーぞあたし」
アリスは睨み合う二人に割って入った。
「そうそう。【纏魔】なんだけどね、じつは試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと?」
「ほら、【纏魔】は【大賢者】が創ってくれたでしょ? だから、もしかしたらこの宝玉を使えば、また新しいモードチェンジスキルが出来るかもって」
「あーね。それはアリ」
「どうなるかはまったくの未知数ですが。興味が尽きません」
「今んとこ大きな失敗は無いんだし。やっちゃえやっちゃえ」
テーブルの縁に座り足を投げていたココアが、ヒラヒラと手を振った。
「どんな感じになるのか気になるけどゴメン、ちょっとお先ー」
「あれ? もう?」
「バ先がさ、ゲームに集中するから辞めるって言ったらお疲れ会してくれるらしいの」
ニシシ、とピースしながら言う。
「てことで今日はログインするかわかんないから、何かあったら連絡して」
「うん。わかった」
「では、私はアリスさんと二人きりで……と言いたいところですが、じつは私もこの後会食の予定でして」
「シズクちゃんもかぁ」
「おけ。じゃあ、空いてたら夜にってことで」
「はい。失礼します」
「またねー」
と、その日三人はログアウトした。
――――――――
ギアを外してアリスは、どうしようかなと、ベッドから身体を起こした。
「んー…」
短く唸り、ふと視界に読みかけの雑誌を捉えた。
「あ、そうだ。今日マンガの発売日だ」
外出する用事を見つけ身支度を整える。
「お母さん、ちょっと出かけてくるね」
「あら、そうなの? お昼はどうする?」
「何か適当に食べるよ。行ってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
母に見送られその足で向かったのは駅前のショッピングモール。
学校帰りのお決まりの道草スポットだ。
なんだか今日はいつもより混み合っている気がする。
ひとまずは目的の本屋へと、エスカレーターで上階へ登っていく途中、階下に何やら特設されたステージを見つけた。
「NEO特別座談会?」
NEOに関するイベントがあるのかなと、気になりはしたもの、まだ始まっていない様子だったため、そのまま用事を済ませてしまうことにした。
本屋ではマンガの新巻と、ついでに文房具とノートを購入。
続いて何気無しにゲームショップを覗いた。
買う気は無いがパッケージを眺めているだけで楽しくなれるのも、またゲームの醍醐味だ。
程よい空腹感を覚えたら、モール内のハンバーガーショップへ。
チーズバーガーとポテトをコーラでいこうと思った矢先、店の外まで続く長蛇の列に足を止めた。
他の飲食店に比べ、いやにここだけ人が多い。
「みんなそんなにハンバーガーな気分なのかな」
並んでまで……と思い、仕方なくカフェテリアへ踵を返す。
こちらも人で賑わっているが並ぶほどではない。
「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」
「はい」
「お好きな席へどうぞ」
空いていた端の席へ。
隣の女性がハンバーガーを食べているのを見て、この店にもハンバーガーがあるのに気が付いた。
ファストフードとは言い難い、ナイフとフォークで食べるようなそれを見付けた。
ハワイアンバーガーとコーラのセットを注文した数分後、アリスの元へ料理が運ばれてきた。
鉄板で焼かれたバンズに挟まれているのは、厚い粗挽きのハンバーグ、その上にチーズ、パイナップル、ベーコン、レタス、トマト。
付け合わせのポテトは皮付きのウェッジカットだ。
「いただきます」
外食でも手を合わせるのがアリスの流儀。
ナイフとフォーク必須のサイズだが、やはり一口目は大きくかぶりつきたい。
崩れないようそっと重たいハンバーガーを持ち上げ、小さな口を大きく開ける。
「はむっ」
フカフカのバンズとハンバーグから滴る熱い肉汁、焼かれ甘みを増したジューシーなパイナップルとベーコンの塩気が、渾然一体となってアリスの顔を綻ばせる。野菜のサッパリ、シャキシャキとした歯応えも嬉しい。
格安チェーン店とは一線を画したその味にアリスはうっとりした。
「ほいひぃ」
「プッ」
隣の女性が笑ったような気がした。
「?」
何かおもしろいものでも見たのかな、とモグモグを続ける。
ポテトは安心するくらいホックホク。
塩気とチリパウダーの辛味が良いアクセント。
「はむはむ」
「プハッ!」
口の周りをテカテカとさせながら、小動物さながらに幸せそうに食べる姿を見て、横の女性は再度吹き出した。
さすがに自分が笑われているのを悟り、アリスは怪訝にそっちに目をやった。
「ゴメンゴメン、悪気は無くて。あんまりおいしそうに食べるからついね。口、ソース付いてるよ」
「ぁ」
口元に指を当てるジェスチャーをされ、テーブルのナプキンで拭った。
「可愛いね、ソロ?」
「そ、ソロ?」
「おっと、つい。一人? これから暇? よかったらお姉さんと遊ばない?」
「えっと……」
妙に距離が近い。
その距離感たるや、放っておけばアリスのテーブルに着きそうなほど。
馴れ馴れしくあるが軽薄な感じでなく、普段の人付き合いの距離感が近いのだろうことが窺えた。
「ハンバーガー好きなの? おいしいとこ知ってるから今度遊び行こ」
アリスの返事を待たずにグイグイと距離を詰める女性。
コミュニケーション能力というスキルがあったら迷わず取得していたくらいには、アリスは困った顔をした。
そんな少女の前に、予想だにしない人物が現れる。
「悪い、遅くなった」
「んーん。いいよいいよ。仕事忙しいんでしょ。あたしもナンパしてたから」
髪に銀を混じらせた、背の高い容姿端麗な男性と目が合う。
「志郎……さん?」
「アリス? 奇遇だな、こんなところで逢うなんて」
Project Storm代表取締役社長、山風志郎本人だ。
偶然の出逢いに嬉しさ半分、驚き半分といった様子。
「アリス……」
「食事中だったか。すまない、騒がせた」
「いいえ。志郎さんこそなんで」
「こいつと待ち合わせをな。ここに来たのは偶然か。まさか黎果と一緒にいるとは思っていなかった」
「黎果さん?」
横の女性を見る。
ニコニコと自分に手を振っていた。
「お仕事ですか?」
「この後、ここでNEOの座談会があるんだ。こいつをサプライズゲストに迎えることになってる。おれは担当の広報が風邪を引いた代役だがな」
「サプライズゲスト?」
「ん? なんだ、お互い知ってたわけじゃないのか」
「あたしは気付いたけど」
と、長い髪の美しい女性は見透かしたような目でアリスを見た。
「まさかこんな出逢い方になるなんて思いもしなかった。キャラも可愛かったけど、実物はもっと可愛いね。アリス」
その目に。
雰囲気に。
或いは纏うオーラに。
アリスはどことなく覚えがあった。
洒落っ気を含んだ大人っぽさと、爛漫な子どもっぽさを同居させたような、そんな魅力。
一目惚れにも似た魅了。
「レイ、さん?」
そう呼ばれるのを待っていたとばかり、レイこと七峰黎果は言葉にせず、嬉しさと喜びを笑顔に表した。
モールが用意した控え室で、アリスはひたすらに混乱していた。
目の前に居るのが本物のレイで、本物の中の人という信じ難い事実に。
それと、何故かその本人の膝の上に座らされているという現実に。
「こんなこともあるんだねえ」
そんなアリスを他所に黎果は心底楽しそう。
パイプ椅子に腰掛けアリスの腰に手を回す彼女を、志郎は咳払いを一つ挟んで紹介した。
「改めて紹介しておくか。おれの古くからの友人でストリーマーの七峰黎果。今は生配信を主にレイとして活動している」
「よろしくね」
「あ、伏木アリスです」
「そんな石化してるみたく。一緒遊んだ仲じゃん」
カチコチと固まるアリスの緊張をほぐそうとわき腹をくすぐる。
「アッハハハハハ! やめっ、やめ、くりゃひゃいぃ!」
アリス、ぐったり。
「うーん可愛い。志郎、この子ちょうだい」
「お前がうちに入れば関わる機会も増えるぞ」
一つ整息を入れ志郎を見上げた。
「うちにって、七峰さんがProject Stormに?」
「黎果って呼んで。前からちょいちょい誘われてるんだけどね。スポンサー背負ってとか会社名義で活動するのは、なんとなく不自由な気がしてずっと断ってるんだよ。こいつは何回断っても諦めないんだけど。でも」
と、アリスの肩に顎を置いてスンスンと髪の匂いを嗅ぐ。
「アリスがいるならいいかなーなんて思ったり」
「あ、あの……嗅がないでください……」
汗臭くないかなと乙女な心配をするが、黎果は気にしない。
というより放置すれば首筋に唇でも当て、耳を甘噛みしそうまである。
「さっきも言ったが、この後NEOの座談会を開く。黎果はそのゲストだ」
「あの、なんで黎果さんが?」
「座談会には芸能人のゲストも来るんだが、その人がこいつのファンらしくてな」
「アリスも一緒に出る? 模擬戦でPvPとかさー、おもしろいと思うんだけどな」
「一緒に? いやでも」
自分たちをPR出来る嬉しい申し出だが言い淀んだ。
自分が急に参加することに対しての気遣いや、それに際した遠慮はもちろんだが、突き詰めるところ自分の立場故にである。
「アリスはまだ学生だ。プロフィールも公開していない。軽々と顔出ししていいわけないだろ」
「学生……高校生?! 可愛いなーとは思ってたけど、いや若いなー……ていうか高校生であんだけ強いの? すごい通り越してズルいな!」
「アハハ……」
「アリスが参加したいとなると、また別の機会に、何かしらの方法を考えないとな。今からだとさすがに対策が打てない」
そっか、と黎果は素直に残念を表情に出した。
手が緩んだのを見計らい、アリスは膝の上から脱出する。
「ただでさえ今は話題性に富んだ、謂わば時の人だ。そんなのが突然現れたときの惨状なんて考えるまでもない」
人は瞬く間に押し寄せイベントは中止。
Project Stormは打撃を受け、ショッピングモールにも迷惑をかける。
志郎はアリスの身に危険が及ぶという最悪の可能性を考慮し、黎果の提案を却下した。
「つまんないなー」
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「あいあーい」
「アリスはどうする? 観ていくなら席を用意するが」
「邪魔をしちゃいけないので、大人しく帰ります。黎果さんのプレイを生で観れないのは残念ですけど」
「えー?」
「そうか。気を付けて」
「はい」
「ねーアリス、連絡先交換しよ。またコラボとかしたいし。寝る前にお話もしようね」
少し強引に連絡先を交換させられ、アリスは二人に見送られながら控え室を後にした。
しばらくして座談会が開始され、黎果の登場に会場は、もといモール中が熱狂した。
アリスはこっそりと、遠巻きにその様子を観察する。
アマチュアの域を脱するトーク力はもちろんのこと、プレイングが始まったときの盛り上がりはガラスが割れそうなほどだった。
たった一つのコンテンツが、たった一人のゲーマーが。これだけの熱気を生み出していることに衝撃を受けた。
(これが、本物……)
確かな熱さを覚えながら。
アリスは無意識に、小さく言葉を紡いでいた。
「カッコいいなあ……」
閲覧いただきありがとうございます。
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