16.より強く
翌日。
【不思議の国のアリス】のProject Storm加入のニュースは、NGO内外にセンセーショナルな旋風を巻き起こした。
アリスが一応挨拶をと個人ごとに用意されたアカウントで発信したところ、ものの数分で万を遥かに越えるリプライとグッドボタンが押され、爆発的にフォロワーを増やした。
「SNSってすごい……」
とは、アリスの呟きである。
更に歓迎会から数日を空け、NEOのアップデートが行われた次の日のこと。
ギルドホームにはアリス一人だけであった。
ココアとシズクもログインしているようだが、二人ともどこかへ行っているらしい。
ソロの時間も大切にするのがギルドの決め事だ。
ゴロゴロとソファーに寝転んでいた折、ふとフレンド欄を見やると、レイがログインしているのに気付いた。
「レイさん……誘ってとか言ってたっけ。でも社交辞令とか……いきなり誘ったら迷惑じゃないかな。うーん……断られたら断られただよね。返事が来たら一緒にダンジョン行こうっと」
挨拶と要件だけの簡潔なメッセージを送信。
すると返事がすぐに返ってきた。
『おつかれ。喜んでー。今【竜骨の座】の前にいるから来られる?』
すぐに行きますと伝えワープポータルを使用。
荒野に横たわる竜の骨の前で、黒コートの女性、レイが手を振って出迎えた。
「こんにちはレイさん」
「こんにちはー。はい、というわけで飛び入りゲストー。巷で話題沸騰中の【不思議の国のアリス】、リーダーのアリスさんでーす」
アリスは首を傾げた。
「レイさん誰に向かって話してるんですか?」
「あ、言ってなかった。今配信中なんだけどいい?」
「配信?!」
配信と聴いて素直に驚くアリス。
「レイさん配信者さんだったんですね」
「登録者はそこそこだけどね。てわけで、このまま配信させてもらいたいんだけど。アリスは普通にプレイしてくれていいから」
「あ、はい」
(変なこと言わないようにだけ気を付けようっと。あとでレイさんのチャンネルも観よう)
志郎には好きにプレイしていいと言われている。
誰かに見られているという気恥ずかしさはあるが、知らぬ仲でなし、またゲームをするのに変わりわないと了承した。
リザードマンやスネークウォリアーといった爬虫類系のモンスターを片手間に倒しながら、レイは慣れた様子で実況した。
「はい、まあこんな感じでね。今さら基本的に人型のモンスターは、人間と同じ急所をしてるから、頭か首を狙うと効率良くモンスターを倒せるわけなんだけど」
軽妙かつ軽快な語り口。間の取り方や場面の見せ方の一つ一つを、配信というジャンルに明るくないアリスにさえ、上手という感想を抱かせる。
引き込まれる、魅せるためのプレイングだ。
「今日に関しては小ワザとか攻略方法じゃなくて、みんなの注目はこっちだよね。てなわけでアリスー」
「は、はい!」
呼ばれて慌てて近くに寄る。
「みんな興味津々っぽいから、ちょっと質問させてもらっていい?」
答えられることだけでいいから、と耳打ちとウインクを一つ。
「あ、遅れたけどプロ入りおめでとう。Project Stormと契約なんてすごいね」
「あ、ありがとうごじゃましゅ!」
噛んだ。
配信でなければまだダメージは無かったかもしれないが、アリスは顔を真っ赤にして両手で頬を挟んだ。
「スキルとか訊くのはマナー違反だから訊かないでおくね。休みの日とかは何してる? やっぱりゲーム?」
「は、はい。そうですね。あとは友だちとお買い物行ったりとか」
「じゃあ好きな食べ物は?」
「何でも食べますけど、お肉が好きです。ハンバーガーとか、コンビニのからあげとか」
「あーいいね。あたしも好き。っとー? 宵闇のクレナイさんスパチャありがとうございます。アリス可愛いよアリス。ねー可愛いよね。どすこいどすこいさんもスパチャありがとう〜。アリスちゃんのためにハンバーガー屋さん開きます。えーあたしも食べに行きまーす。よっちっちさん赤スパマジか。ありがとうございます。アリスちゃんにお小遣いです。じゃあアリスちゃんの配信で投げてあげてよ。アリスって自分のチャンネル持ってるの?」
「社長がたしか用意しておくとかなんとか……。あの、スパチャって?」
「知らない? ざっくり、配信者さんにプレゼントみたいな感じ」
「プレゼント…………今のお金全部ですか?!!」
プロ入りして間もない、またバイトすら経験のない女子高生は、配信の世界の凄まじさを知り驚愕のあまり叫んだ。
「さすがに一万円より上は滅多に無いけど。アリスが配信来てくれてみんなテンション上がってるんだよ。芋の小町さん赤スパありがとうございます。お腹いっぱいハンバーガー食べてください、だって」
「だってじゃなくて! あの、ダメですよ皆さん! そんな簡単にお金払っちゃ! もっと大事にしましょう!」
あわあわと、見えないリスナーに向かって焦り顔のアリス。
が、おもしろおかしく場を盛り上げてくれるのがリスナーである。
慌てる様が可愛いと、投げ銭を次々と。
総額、公務員の平均月収強。
「おーおー。誕生日かってくらい投げられる。草」
「ストップ! ストップでお願いします!」
「アリスが配信始めたら投げてあげなよ。今投げられた分でご飯でも行こう」
「え? あ、はい、じゃなくて! お金は投げないでくださいー!」
――――――――
アリスがてんやわんやしてる一方。
ココアはリフレッシュ目的の森林浴を兼ねて、おもしろそうなスキルは無いかと鬱蒼とした森の中を歩いていた。
頭上から降ってくる蜘蛛を、真横の茂みから飛び出す狼を、正面に立ち阻かる熊を斬り裂きながら。
「さすがにこんなところには無いか」
ときにNEOは、プレイヤーが把握している情報の方が圧倒的に少ない。
レベル、武器、スキルや称号の有無、アイテムの使用や時間帯などでイベントの発生条件が変わり、強力なスキルやアイテムほど入手、発見難易度が高いためだ。
それもまた、終わりのない世界の由来の一つである。
散策から二時間弱。
「んー。狩り場変えるかぁ」
辺り一帯のモンスターを狩り尽くし腕を組んで唸っていたところ、目の前を小さなスライムがポヨポヨと跳ねた。
「おっ?」
身体が光を吸収する黒いスライムだ。
「陽喰のダークネススライム! 二つ名モンスターじゃん!」
ココアはそのスライムを抱きかかえ、パネルを開き自撮りのスクショを決めた。
二つ名モンスターでありながら特別な強さを持たないこのダークネススライムは、出現率が異様に低い以外は、目ぼしいドロップも無く、倒したときの経験値とゴールドが少し多い程度のものである。
故に見かけたら幸運くらいの縁起物だ。
「ポヨポヨしてかわヨー。枕にしたスンギ」
一通りスライムの冷たさと弾力を堪能し、ココアはそっと地面へ置いて、倒さず逃してやろうと手を振った。
「他のプレイヤーに見つかんないようにねー」
後でアリスとシズクに見せびらかそうと森を出ようとする。
すると、足元に冷たいものが触れた。
「ん?」
ダークネススライムが手?触手?を伸ばしている。
ココアから離れてジャンプ、離れてジャンプを繰り返した。
「ついて来い……みたいな?」
森の奥へ奥へ。
太陽の光が完全に途切れ、ダークネススライムの足取りを追うのが徐々に難しくなっていく。
ついて行った先には廃墟となった教会が建っており、ココアの前にウィンドウが出現した。
「【忘れられた教会】? 隠しイベントだ。出現条件はダークネススライムを捕獲後倒さず逃すこと」
スライムが足元で跳ねて飛びついてくる。
「っとと。めっちゃ偶然だけど、まあいいや」
サンキュ、と表面に軽く唇を当てて地面に置く。
ダークネススライムは元来た道を跳ねていった。
心なしか嬉々とした風に。
薄暗くカビ臭い、歩く度に埃が舞う。
荒れ果てた祭壇の前で、片翼が折れた天使の像を見上げた。
「何かアイテムが落ちてるわけじゃない……ってことは」
予想どおり、空気が変わった。
冷たい風が吹いた直後、入り口が音を立てて閉まり、像から同じ姿をした天使が出現した。
片翼が折れ、顔の右半分にヒビが入った無惨な姿をしている。
「ああ憎い……私を忘れ去った人間が……私をお見捨てになられた主が、憎い……憎い……憎い憎い憎い!!」
静かな呪詛から一転、荒々しく憎しみを込めて声を上げた。
「何故、何故だ……私を信仰せよ……! 今一度私を、尊き命を供物に……今一度私を、貴方の……元へ!!」
片翼の天使から黒いオーラが漏れ出す。
「忘れられた天使……ね。可哀想って一応思っとくよ天使ちゃん。フツーに倒すけど」
ココアは臆することなく鎌を手に、天使に対して一直線に駆けた。
「おおおおおおお!!」
嘆きを孕んだ叫びと共に、翼が無い部分から禍々しい触手が伸びココアを襲う。
鎌で切り落とすがすぐに再生し、左足にダメージを追う。
その際、静電気のような異物感を覚えた。
「麻痺……スキルが無かったらヤバかったかも」
「あああああああ!!」
天使は口を大きく上げ、空間を震わすほどの衝撃波を発した。
「うるっさ……!」
瓦礫の破片を顔面に投擲。
無理やり叫びを止め、硬直した一瞬の隙を逃さず首を刈り落とした。
「耳痛ぁ……」
決着したかと肩を落としたのも束の間、天使の身体がカタカタと震えだした。
落ちた首を拾って繋ぐと、肌は灰色に、眼窩が落ち窪み、天使の名残の翼は黒く染まった。
そこに在ったのはすでに天使ではなく、天使の形をした何かであった。
「私ノ憎シミ……怒リハ……!! 収マラヌ……!! 消エヌ……!! 命ヲ、差シ出セ……!!」
「命はあげないけど、ウチがきっちり神様のとこへ送ってあげるよ。同じ天使のよしみってことで」
腰を落とし鎌を大きく振りかぶったまま前へ。
天使は頭上の輪を前に翳し、そこから闇のエネルギー波を放出した。
ココアの半身が消し飛んだが、まだ命は尽きない。
うねる触手を、邪念を込めた衝撃波を、天使の攻撃を全て受けたうえで間合いに捉える。
せめて安らかにと、ココアは真上から刃を振り下ろした。
「【ジャッジメント】!」
天使は天から注ぐ光の柱の中で、感謝するように手を組み、崩れゆく身体で涙を流しやがて消えた。
「バイバイ」
光の柱が消えた後、ココアの前にイベント完了のウィンドウが表示された。
「称号【慈愛の主】、セット中は自分とパーティーメンバーのHPが少量自動回復……ってめっちゃ強い! セットしとこーっと! こっちは……おお!」
【堕天使の翼鎌】
STR+60 INT+20
レアリティ:S
内包スキル【救済】……パーティーメンバーの死を肩代わり出来る。肩代わりされたメンバーは、スキル発動者のHPとMPを除く最も高いステータス値を一定時間上乗せする。
「こーれーはヤバい。いやでも待てよ? あの二人死なないしな……もしかして使わない? まあでもいいや。見た目好みだしステータス補正も良いし。【デスサイズ】と併用しよーっと。んで新しいスキル〜♡」
ユニークスキル
【触手】
身体の一部を触れた相手を麻痺状態にする触手に変化する。
ユニークスキル
【堕天使】
HPが10%以下のとき発動。制限時間五分。
HP、MPを最大値の半分量回復し、全てのステータスを20%増加。
攻撃に闇属性を付与。
「っしゃー! ユニークスキルゲットー! しかもめっちゃ強いカッコいい! ひゃっはー! うぇーい!」
ココアはダークネススライムと忘れられた天使にめいっぱい感謝しつつ、軽やかなスキップで帰路につくのだった。
――――――――
ガンスリンガーというイベントが存在する。
端的に概要を説明すると、保安官NPCと1vs1で早撃ちの勝負をし、保安官NPCに先に弾を当てることが勝利条件となるこのイベント。
NEOがリリースされて以来、クリアした者は片手の指で数えられるほどしか存在しない。
NPCよりも早い射撃が出来る者が少ないという、シンプルな理由があるためだ。
クリアにはコンマ0.1秒を争う射撃のタイミングが要され、こちらが早すぎた場合はフライング扱いになり動きが止まってしまう仕様。
武器は保安官NPCと同じリボルバーを使用することになっている。
スキルの使用は不可。
AGIやDEX値をどれだけ上げればいいというわけでもなく、極々単純に反射神経勝負なのがこのクエストだ。
鬼の難易度でありながらも、腕試しや暇つぶしという感覚で挑む者が多い中、この少女は本気で攻略を目指してやって来た。
「おい、見ろよあれ。【不思議の国のアリス】の」
「本当だわ。【不思議の国のアリス】のシズクじゃない」
「マジ? ガンスリンガーやんの?」
すぐに周りに人垣が出来て、シズクが挑戦する様はSNSにも拡散された。
内心鬱陶しくあったが、立場を考えニコやかに声援に応え手を振る。
仮にも育ちのいいお嬢様である。
不躾な態度はとらない。
「めっちゃ美少女だな」
「踏まれたく存じる」
品の良い振る舞いに観客の何人かは心を射たれている。
保安官NPCと対峙すると、周囲に弾丸回避不可の柵が生じた。
勝敗は撃つか撃たれるかのみ。
引き分けも無い。
(挑戦するのは、初めてNEOをプレイしたとき以来ですね)
じつを言うと、シズクは数度このイベントに挑戦し敗れている。
銃の腕前には自信があったが、現実とゲームの差異に順応出来ず、何度も敗北を喫した。
今回ガンスリンガーに再挑戦しようと思い立ったのは、売名行為という卑しい目的が半分。
もう半分は、
(以前よりも私は強くなっているのか。その確認です)
カウントが開始される。
腰のホルダーに手をかけ、一度目を閉じ意識を集中させた。
周りの音が消えていく。
保安官NPC以外の景色が遮られ、自分の血の巡りさえ感じられるほどに感覚が研ぎ澄まされていった。
カウントがゼロに。
相手のホルダーから銃が抜かれ、シズクもまたほぼ同じタイミングで同じ動作を執った。
二つの銃声が重なって一つに聴こえる。
このクエストを攻略した者の中には、まったくの偶然でクリアした者も居ることだろう。
しかし、シズクは実力で勝利をもぎ取る。
保安官NPCの額の銃痕と、宙に浮かんだクエストクリアの文字とファンファーレに、その場の観客全員が湧いた。
「マジか! 生でクリアしたとこなんて初めて見た!」
「すっげえ! 感動したぜ!」
喝采や指笛が吹かれる中、シズクはクエストクリアの報酬をチェックする。
「称号【最速の銃撃者】…AGIとDEXが+30ですか」
まあまあですねとセットするのはやめ、入手した武器とスキルを確認した。
【栄光の銃】
STR+10 DEX+50
レアリティ:A
スキル
【時の住人】
相手が攻撃を繰り出す際、先制して攻撃出来る。
相手が同スキルを有している場合はAGI値に依存。
「銃は記念アイテムといった感じですね。有効なのはスキルだけですか」
取得したスキルを習得する。
パネルを閉じると、すぐに周りのプレイヤーたちに囲まれてしまった。
「シズクさんおれとPvPしてください!」
「お前なんかとじゃ勝負にならねえだろ!やるならおれと!」
「私たちとギルドバトルしてくださーい!」
「ええと……」
苦笑いしながらやんわりと応対するシズクの目に、とある少女が映った。
人混みから離れたところでこちらを見やり、挑発するような視線と笑みを向け、踵を返してその場から離れていく。
「申し訳ありません。これで失礼します」
人混みを掻き分け、見失うまいと少女を追う。
「NPC? 新しいイベントが発生している?」
不思議なことに、追えど追えども追い付かない。
消えたようにあちこちへ現れ、時折シズクに振り返ってはクスクスと口元に手を添える。
そんなことを繰り返しながら、少女はやがて街のとある二階建ての一軒家に入っていった。
その家の前でウィンドウが出現する。
「特殊イベント……【血の聖杯】」
特別な条件を満たすことで発生するクエストらしい。
発生条件はガンスリンガークリア後、少女を追ってここまで来ること。
「なるほど、あのNPCを発見出来るか否かが鍵になっていたようですね」
装備を整えシズクは意を決して扉を開けた。
暖炉と木の家具が置かれた、特別感の無い普通の部屋。
目についたのはテーブルに置かれた金の杯と、それを前に妖しい雰囲気を漂わせる赤い目をした少女。
「ようこそ。席にどうぞ、我が同胞になり得し者」
勧められるまま席につく。
「バトルが発生する様子はありませんね」
少し拍子抜けした風にシズクは肩を落とした。
少女が杯に両手を包み込むように翳すと、
「汝、血の盟約をここに」
杯に赤黒い液体が湧き出した。
ルビーのような真紅と、黒真珠のような光沢のある黒を混じらせたその液体は、杯に満ちると波紋を広げ湧くのを止めた。
「勇気があるならばこの血を貴方の内に。臆して逃げ帰るも良し。さあ、運命の選択を」
シズクの前にイエスとノーの選択パネルが現れる。
ここまできて逃げ帰るという選択肢なんてあるものですか、と迷いなくイエスを選択した。
「貴方に血の祈りがあらんことを」
少女が差し出すように手を広げる。
「飲めということですか?」
少女はニコニコと妖艶な笑みを浮かべた。
はっきり言って食指は動かず、シズクは杯と少女とに視線を行き来させた。
「やっぱりやめる? それも一つの選択だと思うけれど」
どうやら飲まなければクエストが進行しないらしい。
眉根を寄せながら杯を手に取り、おそるおそる口を付け、コクンと小さく喉を鳴らした。
「ぶどうジュース……」
鉄臭さの無い、ごく普通のぶどうの味に拍子抜けする。
煽るように一気に飲み干して香気の混ざった息を吐くと、すでにそこに少女の姿は無く、シズクは小首を傾げた。
「……これはいったい?」
すると、手にしていた杯が輝き消えるとウィンドウが出現した。
ユニークスキル
【血の聖杯】
相手に与えたダメージ分の半分量のHPを回復し、与ダメージ、被ダメージが一定を超えたとき【吸血鬼】を発動可能。
ユニークスキル
【吸血鬼】
制限時間五分。全てのステータスを10%増加。攻撃した相手のHPを吸収し、吸収量に応じてステータスを上昇する。HPが0になる攻撃を一度だけ無効化する。
「HPドレイン系のスキルの上位種といったところですね。かなりの性能です。しかし【吸血鬼】とは……牙が生えたりするんでしょうか。フフフ、それもいいですね」
ぜひとも試してみなくてはと、シズクは街を出てどこかへ消えていった。
――――――――
アリスがダンジョンのボスであるアンフィスバエナを屠ったのは、ダンジョンに潜ってから十五分後ほどのこと。
その間レイは特に戦闘には参加せず、アリスに任せてその様子を実況していた。
アリスの素の力量の部分は秘密にしたが、的確な動きで的確な箇所にダメージを与えていく華麗さにリスナーは歓喜した。
その際も多額のスーパーチャットが投じられたわけだが、アリスは聞かないことを選んだ。
「というわけで本日の飛び入り参加、アリスでしたー。今日はありがとう。みんなもコメントとスパチャありがとう。アリスも何か一言」
「ほぇっ?! えっとえっと、あ、ありがとうございました!」
「明日はちょっと用事で配信は出来ませんがーまた観に来てくだーさい。それじゃあまたねバイバイ」
配信を切った後、レイは改めてアリスに礼を言った。
「超撮れ高あったよ。ずっとソロだとネタ切れでさ。無理言ってゴメンね」
「緊張しちゃいましたけど楽しかったです。また遊んでください。出来れば配信以外で」
「アリスにって渡されたスパチャどうする? ID教えてくれればそっちの口座に振り込んでおくけど」
「いえいえ! それは申し訳ないのでレイさんの方で受け取ってください!」
「んー……とは言ってもお金のことだからね。よし、じゃあ代わりに良い物をあげよう」
「良い物?」
レイはニヤニヤしながら自分の【アイテムボックス】を開くと、じゃーん、とキラキラと輝く水晶玉を取り出した。
「そ、それ!まさか!」
「そう。超激レアアイテム、【雷の黄宝玉】! あとついでに【光の白宝玉】もあげちゃおう!」
ガチャにて極々低確率で排出される、魔法を取得するためのアイテム。
透明度の高い黄色の水晶玉の中で、雷が迸り煌めく様は一つの芸術品を思わせる。
「課金してガチャ回すくらいの価値はあると思うけど、どう?」
「どうって、いいんですか? レイさんが使ったりとか」
「いいのいいの。他に返せるものも無いし。欲しかったらまた引くだけだから」
「引くって……」
排出率とそれに要する推定額を考えたが、頭が痛くなってやめた。
半ば無理やり受け取らせる形でレイはアリスの掌に乗せる。
「お礼と釣り合い取れてないって思ったんだったら、今度PvPしようよ。配信外で。二人っきりで、思いっきり」
それは単に、強いプレイヤーと戦いたいという笑みだった。
アリスは美しさの中に感じた冷たさに、ゾクリと背筋を震わせた。
首元に剣を添えられているかのようなリアルな殺意。
今まで感じたことのないもの。
しかしアリスは、
「はい」
怯まず申し出を受け入れた。
まっすぐに自分を見据えてくるアリスの頭に手を置いて、
「楽しみにしてる」
そう言い残しログアウトした。
アリスは手にした宝玉の輝きをしばらく呆然と見つめ、レイという不可思議な存在に心を奪われた。
自分が如何に巨大な存在と邂逅していたかを知ったのは、ゲームからログアウトし、レイの名前を検索してすぐのことだった。
「えええええええええええ?!!!」
間の抜けた声を上げてスマホを落とし、自身も椅子から転げ落ちる。
「痛たた……う、嘘……」
巨大電脳辞書より一部抜粋。
レイ。二十四歳。国内在住のストリーマー。
動画投稿サイト登録者は三百万を越え、動画総再生回数は一億超。
NEVER END ONLINE WORLD CHAMPION TOURNAMENTを始めとした数々の世界大会で優勝経験を持つ、曰く世界最強のゲーマー。
「一番強いプレイヤー……」
その事実に愕然とした後、今しがた投稿された動画を観て。
『あ、遅れたけどプロ入りおめでとう。Project Stormと契約なんてすごいね』
『あ、ありがとうごじゃましゅ!』
醜態を晒したことに悶絶した。
クッションを抱きベッドの上でゴロゴロする。
尚、その動画は数日で百万を超える再生数を叩き出し、掲示板ではスレッドが乱立されSNSでのトレンドを席巻するなど、更に話題となり羞恥を重ねることになるのだが。
このときのアリスはまだ予想もしないのだった。




