15.歓迎会
「そういえばさー」
ダンジョンにて鉄の身体のゴーレムを薙ぎ倒しながらココアが。
「家出ようと思ってんだよね」
「えぇ?!」
重大なことをあまりにも淡々と言うので、アリスは驚きながらゴーレムを倒して振り向いた。
「一人暮らし? もう家決まったの? お金は? お母さん、なんて言ってるの?」
矢継ぎ早に質問する。
眼の前のゴーレムに鎌を突き立てそれに返した。
「住むとこ決めたら出ようかなーって。あの人は興味無さげな感じだったけど。好きにしなさいって言われたから好きにする」
大人だ……と、感心するが褒めはしない。
それでいいのかと不安になった。
「ちゃんと話し合わないと」
「いーの。話した結果がこれなんだから。好きなものを理解しようとしない人に話してもムダ」
イライラをぶつけるように、力任せにゴーレムを倒していく。
アリスは空気を変えようと話題をシズクに振った。
「シズクちゃんのとこはどうだった? お父さん許してくれたんでしょ?」
「フフ、ええ。お二人にも見せて差し上げたかったです。父の言い澱んだ渋い顔。志郎さんに言いくるめられて、私のプロ入りを承諾しました。まったく、権力に弱い人間の醜さときたら」
黒い笑みをこぼしながらゴーレムの核を撃ち抜いている。
それが怖くて少しヒいた。
「まあ、プロ入りを承諾しただけで、私の自由を許したわけではないのですが。来週またお見合いに行かされるんですよね」
「例の二回り歳上の?」
「ええ。あの人は自分の会社を大きくしたいうえ、結婚が女の幸せ、なんて古くさい考えをしていますから」
自分の父親に対し、なんの手加減も無く罵倒する。
「ご心配無く。丁重にお断りしますので」
何度もそういった経験があるのだと、熟れた雰囲気で笑いながら銃弾を放った。
「それにしてもココアさんが一人暮らしですか。では、私もそうしましょう」
「シズクもー?」
「ええ。前から少し考えていまして。いい機会ですし、のびのびとした暮らしも悪くないかと。家事の経験はまったくありませんが」
ダンジョンから出て、日の下を歩きながらそんな話をした。
「二人ともすごいなぁ、ちゃんと自分のこと考えてて」
「お、アリスも一人暮らししちゃう系? てかそれなら同棲しよーぜ。あたしと毎晩熱いバトルを繰り広げよう」
ゲームの話。
「私とでもいいですよ。共に眠れない夜を過ごしましょう」
ゲームの話である。
「うーん……ならいっそ、三人でルームシェアするとかは?」
「ありよりのありじゃん!!」
「ありよりのありです!!」
「ほぇ?」
ルームシェアが決定した瞬間である。
高いビルが並ぶオフィス街の一等地に社を構えるProject Storm本社にやって来た三人。
指定はされていないが、こういう場ではフォーマルな格好だろうということで制服を着用。
単に学校帰りというのもあるが。
アリスと心愛は高いビルを見上げて丸い口を開けた。
「でっけー」
「おっきいねー」
「こんなものでは?」
一人、お嬢様は涼しい反応を見せた。
今日は幹部との顔合わせと、親睦会を兼ねて食事でもというお誘い。
しばらくして社長秘書の瑞希が姿を見せた。
「おまたせ。わざわざありがとう。電話をくれれば迎えに行ったのに」
「いえ、そんな」
「さあ、みんな待ってるわ。行きましょう」
通行証代わりの社員証を受け取り、警備員が立つ改札にそれを翳して中へ。
「めっちゃキレーな会社」
「ほぼ全員私服なのが目立ちますね」
「髪型も服装もアクセサリーも全部自由よ。公の場じゃない限りね。私も、ほら」
と、髪を搔き上げ左耳を見せて舌を覗かせる。
「ギャンっギャンにピアスしてる! カッケー!」
眼鏡の似合うスーツ姿のキャリアウーマンにピアスというギャップにアリスは、
「大人ってすごい」
放心めいて息を呑んだ。
「細かいところは後から案内するけど、社内にはレストラン、カフェ、図書館、仮眠室、ジム、プール、サウナや入浴施設なんかも揃ってるわ」
「会社というよりレジャー施設ですね」
「ゲーム会社だもの。楽しい思いをしなきゃ楽しいものは作れないっていうのが社長の方針なの」
「これで給料もらえるのいいなー」
「その分、お仕事はちゃんとしてもらうけど」
と、ウインクを一つ。
色気を含んだ仕草にアリスは、思わずドキッとさせられた。
エレベーターで最上階へ。
社長室のドアをノックし中へ入ると、志郎を含め三人の男性が待っていた。
「よく来てくれた」
「こんにちは志郎さん」
「足労をかけた。座ってくれ」
勧められるままソファーへ。
志郎は社長のデスクから向かいのソファーへと移動し、そこにいた男性二人を紹介した。
「手短に済ませてしまおう。ここにいるのが実質的なProject Stormのトップ。NEOの運営に直接携わっている幹部たちだ。こっちが緑川翔馬、グラフィック、キャラクターなどのデザインなどを担当している」
「どもッス。翔馬って呼んでください」
「こっちが主にサーバーの管理、プログラミングとデバッグを担当している」
「仙田川啓治だ。よろしくな【不思議の国のアリス】。すげーなお前ら。バトル観てたぜ。その若さで天才かよ」
「いやぁ、そんな」
アリスは満更でもないと後頭部に手を回した。
「そして、橘瑞希。企画運営が主な仕事だ」
「あと、サボりぐせのある社長に喝を入れるのも」
向こうの自己紹介が終わり、今度は三人が一人ずつ立って挨拶をした。
「伏木アリスです。高校二年生です。趣味はゲームです……って、なんか普通すぎるかな。特技は、えーと」
「アリス、お前のゲーム内の動きは目を見張るものがあったが。あれは?」
「あ、べつに大したことじゃないんですけど……運動がちょっとだけ出来る方で、趣味でパルクールを少しだけ。あとはなんだろ……」
「十桁のフラッシュ暗算が出来るとかは?」
「前やったやつ? でもあれ電卓使ったから暗算じゃないよ?」
生粋の運動能力と動体視力に、大人たちは絶句した。
「いきなりそんなスパイス効いた自己紹介あります? 特技……特技? ゲームの話ッスか?」
「リアルの話ですけど……? 小さい頃、ゲームばっかりしてないでお外で遊んできなさいって言われて、動画を観て覚えました。目は昔から良かったですけど」
「どおりで人間離れした動き出来るわけだわ」
続いて心愛。
「綾戸心愛でーす。高校二年生。趣味はゲームで、特技は……あー、なんだろ。英語と中国語とフランス語とドイツ語と、あとロシア語もちょっと話せるー」
心愛が良い顔でピースすると、志郎が試すように口を開いた。
「您喜欢什么类型的游戏?」
「Une façon rafraîchissante de vaincre les ennemis」
「Ich auch. Wir verstehen uns gut.」
「Спасибо господин президент.」
志郎と心愛のやり取りに、他の面々は首を傾げた。
「何て言ったの?」
「アリスはあたしの嫁だよーって」
「嘘乙です。言葉はわかりませんでしたが」
最後は雫だ。
「双海雫です。高校二年生で、特技は射撃で250メートル先の的の真ん中をスコープ無しで抜けます」
「部族出身なの?」
ゲームでもリアルでもとんでもない高校生だと、大人たちの感想だ。
「今後関わる機会が多いメンバーだ。適当に仲良くしてくれ。社員には全員お前たちのことは伝達しているが、個人情報の漏洩防止は徹底しているから安心してほしい。それと社の施設はいつでも自由に使っていい。社への出入りは自由だ」
時間にして三十分ほど。
簡単に会社の説明をし、顔合わせは滞りなく終わった。
「さて、こんなところか。長話は切り上げてそろそろ食事に行こう。何が食べたい? 好きなものを言ってくれ」
「めっちゃ高い肉と白いご飯でお腹いっぱいになりたいでーす」
遠慮無しに心愛が挙手する。
「心愛ちゃん……」
「遠慮にステータスを振った方がよろしいですよ」
「フフ、じゃあ焼き肉にしましょうか。店に予約を入れておくわね」
「イェーイ」
高校生などとても入れなさそうな焼き肉屋へ移動し、小広い個室に通される。
大人たちが慣れた様子で注文してしばらくの後、赤く輝く肉が降臨した。
札付きの肉が並んだ様に、アリスは若干物怖じ気味。
「うわぁ……」
「生肉見てお腹減ったの初めて」
「ゴチになるッス社長」
「社長ウェーイ」
心愛は翔馬と馬が合うのか、妙に馴染んで見える。
というより人との距離の詰め方が上手い。
大人たちは全員ビール。
代行は自腹だぞと、志郎は啓治に釘を刺した。
アリスと心愛はコーラで、雫は黒ウーロン茶を選択。
「堅苦しい挨拶で肉をマズくするのはやめよう。好きに騒いでくれ。乾杯」
かんぱーい、と各々グラスを掲げる。
「っしゃ焼いてくぜ。肉を焼くのは任せてくれよ。マジで誰にも触らせねえから」
焼き肉奉行となった啓治が手慣れた風に網の上に肉を並べる。
肉の焼ける匂いがなんとも空腹を唆った。
「ふあぁ」
チリチリと弾ける脂。
肉に火が程良い頃合いを見計らい、啓治はゴーサインを出した。
「よし、いいぞ。じゃんじゃん食えよ高校生」
「「「いただきまーす!」」」
まずはタン塩。
厚めに切られたそれにネギ塩とレモン。
小気味良いザクザクとした歯応えと、プリプリとした食感がたまらない。
「ん〜〜〜〜!」
アリスは悶絶した。
ほっぺが落ちそうになるほどには、それは未体験の味わいだった。
「んまー」
「良いお味ですね」
心愛と雫もご満悦。
旨味の強い赤身肉もいいが、サシが入ったトロける肉もまた味わい深い。
というより何を食べてもおいしい。
甘辛いタレと肉の風味が残る口にツヤツヤのご飯を含む多幸感。
時折野菜を挟み口を落ち着かせ、キムチや海苔で変化を齎し、油分をドリンクで洗い流す。
ご飯茶碗を片手に肉を摘むことを誰が咎めようか。
肉、ご飯、肉、ご飯、肉、肉、肉…無限ループである。
サラダなんてしゃらくさいとばかり美味そうに食べる高校生組を見やり、大人たちは顔を綻ばせた。
「若い子って可愛いわね。なんかこう、お世話してあげたくなる感じ」
「好きなもん注文していいからな。こっちの肉も焼けてるぞ。飯のお代わりするか?」
「スレた大人ばっかの中で働いてるからマジで心が癒やされるッスわ」
「子どもの育成シミュレーションゲームでも作ってやろうか」
「「「黙れゲームバカ」」」
この言われよう。
高校生たちが腹を充分に満たすのに要した費用……プライスレス。
「お腹いっぱい」
「もう明後日まで肉は食べたくない」
「大変美味しゅうございました」
お腹を膨らませ恍惚の表情の三人を見て、志郎も満足そうにしている。
「ごちそうさまでした志郎さん、皆さん」
「おれも楽しかった。久しぶりにウマい飯を食べたよ」
「またみんなでご飯しましょうね。今度はお寿司なんてどうかしら」
「回ってねえやつな」
「時価のやつッスよ」
「任せろ」
あまり遅くまで連れ回す非常識を嫌い、すぐにタクシーで家に送り届ける。
タクシーに乗る直前、志郎が三人に告げた。
「明日には【不思議の国のアリス】のProject Storm参加を発表する。それに伴ってSNSアカウントを送っておくから、ゲーム関連の話題はそっちで発信してくれるとありがたい。節度とモラルは守ってな。それとこれも」
渡されたのはUSBメモリだ。
「しばらくすれば落ち着くと思うが、あまり騒がれるのを嫌うようなら、サブアカウントを作ってログインするといい。そっちは完全にプライベート用だ。好きに使え。」
「何から何までありがとうございます」
「誘ったのはこっちなんだ。当然の待遇だ。他にも要り用があれば言ってくれ」
あ、じゃあ、とココアが口を開く。
三人でルームシェア出来うる住まいを捜していることを伝えた。
「ルームシェアかぁ、いいッスねえ」
「高校生なのに自立を考えてるのは偉いな。おれなんてお前らぐらいんときは遊びまくってたぞ。バイクいじったりPC自作したりしてよお」
「三人でとなると部屋数は必要よね。それと防音で、広くて三人の学校からも離れてなくて、セキュリティが万全でなるべく安いところ。いいわ、私が良い所を探してあげる」
「ありがとうございます瑞希さん」
「敷金礼金は社長持ちッスよねーもちろん」
「構わないが」
「マ?!」
「よろしいのですか?」
「入社祝いとでもしておく。その代わりお前たちの給料から差っ引くからな」
「「「ふざけんな!!」」」
冗談なのか本気なのか、志郎は可笑しそうに笑うのだった。
ワイワイガヤガヤと騒ぐ様が子どもっぽく見えて、三人もつられて笑う。
人を楽しませるには自分が楽しくないといけない、その言葉の意味が少しわかった気がした。




