12.プロへの入り口
波乱が起きた【ROWDY TEA PARTY】は、NEOプレイヤーに並々ならぬ反響を呼んだ。
運営は事前報告無しにイベント内容を大きく変更したことをプレイヤーたちにこぞって責められたが、それに関して陳謝し、全プレイヤーにアイテムなどの配布を行った。
それだけで無能呼ばわりしていたのを一転させ神対応とするのだから、ゲーマーとは単純なものである。
そしてこの一件でとある名前がゲーム内やネット上で爆発的に広まった。
【不思議の国のアリス】、リーダーのアリス。
突如発生した乱入者イベントに終止符を打った。
それも数多のプロや強者たちを他所に。
運営がアップロードしたアーカイブは閲覧者を日に日に増やし、強すぎ、人間の動きじゃない、こいつもチーターか?、可愛すぎんか、感動した、など日々考察され感想が呟かれている。
「うーざーいー。有名になるのはいいけど絡まれるのはやーだー」
ソファーの上でバタバタと暴れるココア。
騒ぎが大きくなった……否、なりすぎた。
有名人税と言ってしまえば元も子もないが、一躍時の人となってしまった彼女たちは、大っぴらにゲーム出来ない状況が続いていた。
アリス、ココア、シズクはギルドホームにて揃ってため息をついた。
「よもやですね。街すら歩けないほど人が集まるとは。まあ、一時のものだとは思いますが。チーター扱いされて炎上するよりマシです」
「炎上してるみたいなもんじゃんこんなん。せっかくイベント優勝したのにさー。……いや、べつに優勝はしてないのか。あーもう、こんな予想外はいらねー」
イベントの再開は発表されず、またイベントを再開を望む声も無かった。
それだけ鮮烈な印象をプレイヤーたちに与えたのだ。
連日ギルドの加入申請、バトルの申し出が止まらない。
意図せず名前は知れ渡ったもの、アリスは浮かない顔をしていた。
「どしたーアリス?」
「お腹の調子がよろしくありませんか?」
「そうじゃなくて、その……二人が」
あー、とココアは身体を起こした。
親との約束事はある意味果たしたが、その全部が全部自分たちの実力かと問われると疑わしい部分がある。
そうでなくても説得の相手はゲームに疎く、またゲームに関心の無い者たちだ。
実際、約束事は反故にされている。
いや、最初から遵守する気も無かったのかもしれないが。
「済んだことはしゃーない。まだチャンスはあるっしょ。今度は実力で認めさせるって」
「いざとなったら家を出ればいいだけです。その際はアリスさんのお家にお邪魔しますね」
「はーふざけろー。そんならウチも行くわ」
自分以上に気持ちは沈んでいるはずなのに、それをおくびにも出さない。
そんな二人に心を痛めていた折に、メッセージが届いた。
「ん?」
差出人はシロウサギだ。
『話がある。時間があるなら店に来てくれ』
目的だけ書かれた簡素なそれ。
「シロって、前に言ってた【魔法剣】のスキルくれた人だっけ」
「うん」
「なんかおもしろそうだしウチらもついてっていいー?」
二人も同行することを伝え、今から行くと返信した。
自分たちの噂話を聴きながら人混みを抜け街の裏路地へ。
「なんでコソコソしなきゃいけないんだよー」
「しばらくの辛抱ですよ。ここですか?」
「うん」
ウサギと帽子とトランプが彫られた看板を見上げて言う。
騒がしいくらい物に溢れた店の中へ踏み入った三人を、店の主がウサギ耳を立てて出迎えた。
「いらっしゃい」
「こんにちはシロさん。今日は寝てないんだ」
「呼び立てておきながら居眠りをするほど不躾じゃないさ」
エヘヘと笑い、二人を紹介する。
「友だちのココアちゃんと、シズクちゃん」
「どもー」
「はじめまして」
「よろしくな【不思議の国のアリス】。イベントでは目覚ましい活躍だったな」
「ありがとう。それで、どうしたの? 何か話があるってことだったけど」
「あ、告白とかなら帰るよーアリスはウチの嫁」
「私の嫁です」
「当たらずとも遠からずだな」
「ほぇ?!」
冗談にたじろぐアリスと、ババッとアリスを守るように阻かるココアとシズクに、シロウサギはクククと笑みをこぼした。
「立ち話もなんだ」
指を一つ鳴らす。
すると店の様相がガラリと変わった。
アイテムにまみれた雑貨屋から、落ち着いた雰囲気のシックな家具が並ぶリビング風の部屋へ。
「空間を丸ごと入れ換えたんですか? そんなスキルが」
三人に着席を勧め、紅茶とお茶菓子をテーブルに並べていく。
ソファーに並んで座る三人の対面に腰を下ろして話を始めた。
「本当なら直に会って話をするべきなんだろうが、まあ、その前の親睦会とでも思ってくれればいい」
「親睦会?」
「出会い厨とかなら通報するけど」
「近からず遠からずだが、その方が信用出来るだろうということだ。どこから話そうか。いや、まずは称賛して然るべきだな。改めておめでとう。アドミニストレートスキル、【大賢者】の保持者」
三人は揃って驚愕した。
「なんで【大賢者】のこと…」
「【大賢者】を……いや、アドミニストレートスキルの全容を考えたのがおれだからだ」
「アドミニストレートスキルの考案者?」
「管理者……いいや、運営と呼ぶほうがわかりやすいか。改めて自己紹介をしよう。NEVER END ONLINE運営、Project Storm代表取締役社長兼開発局局長、山風志郎だ」
「NEOの?!」
「運営?!」
「いやいやそんなん急に言われて信じるわけなくない? 証拠は?」
そう言われるのを見越しての行動。
シロウサギがパネルを操作すると、三人にメッセージが送られ、それにはゲーム内クレジットが添付されていた。
差出人の名前はProject Stormとなっている。
「それで証拠になり得ないなら、お前たちのステータス値をいじるくらいのことをしてみようか。兎にも角にも、まずは話を聴いてほしい。その後の判断は任せる」
そう言って、シロウサギは腰を据えて話を始めた。
「単刀直入に言おう。お前たち、うちで働かないか」
「「「…………はい?」」」
「うちで働かないか……って、ギルドとかの話?」
「いいや、プロとしてProject Stormと契約しないかという話だ」
あまりに突拍子も無い内容に、三人は顔を見合わせた。
「ええと、山風……さん?」
「シロでいい。その方が話を進めやすい。仮にもここはゲームの中だからな」
「では、白さん。一応Project Stormの方ということを信じた、という前提でお話をさせていただきます。プロ契約ということですが、何故私たちにそんな話を?」
怪訝な表情で窺うシズク。
話の進行は任せるべきだと、アリスとココアは何も言わずとも共通の認識で黙った。
「実力のあるプレイヤーたちを集めて、ゲーミングチームを発足しようと思っている。Project Stormの事業を拡大しようとしている、くらいに考えてくれていい。お前たちに声を掛けたのは、おれが気に入ったというのがまず一つ。ゲームに臨む真摯な姿勢に好印象を受けたし、お前たちのプレイングは見る者の心を惹き付ける。そしてもう一つ、【大賢者】を手にするだけの強さを有しているということ」
アリスは自分の掌を見つめ、そのスキルを頭に浮かべた。
「少し話は脱線するかもしれませんが、そもそも【大賢者】とは何なのですか? 比べるまでもなく、他とは明らかに違いすぎる、理外のスキルです。下手をすればゲームバランスを崩壊させかねないほどの」
「少し違う。そもそもこのNEVER END ONLINEは、アドミニストレートスキル在りきで創ったゲームだ」
シロウサギは掌を広げ上に向けた。
「おれはこの世界に幾つかの種を撒いた。それぞれがゲームの創生、派生に繋がり、システムに直結し、ゲームプログラミングを書き換えるだけの強い力を持つ。或いは難しい条件をクリアすることで、或いは世界のどこかで偶然見つかるような種だ。そのうちの一つがアリスというプレイヤーの元で発芽した。それが可能性の種。管理者の権限、アドミニストレートスキルと名付けられた【大賢者】の正体だ」
アリスはその力を有するだけの資格があるとシロウサギは言う。
肝心の当人は、未だ強大らしい力の全容を捉えきれずにいるが。
「プログラミングを書き換えるって、アプデでもないのにそんなこと出来んの? サーバー落ちとか」
「その辺は企業秘密だ」
全部を全部は話さないという意味でなく、話したところで、という意味合いが多分に含まれていることを、三人はなんとなく察した。
「使用してわかったとおり、【大賢者】は万物の創造を司る。スキル、武器、アイテム……一度作製したものはアイデアとしてサーバーに記録され、今後のアップデートで正式にリリースされる手はずになっている。個人のみの所持スキルとなる、ユニークスキルや装備を含んだものは除くが」
依然として疑わしいのは変わらず、シズクは次の質問を投げかけた。
「では、あなたを信用してお伝えしますが、私たちは全員未成年の学生です。こんな話を持ち掛けるくらいなら、そのことも想定していたと予想しますが」
シロウサギは肯定した。
「当然だ。NEVER END ONLINEは個人情報の登録が必須だからな」
そういえば……とアリス。
「契約するにあたっては、ギルドという集団ではなく個人で契約することになる。詳しいことは了承を得てからの説明になるが。当然活動に当たっては給料も発生する」
どのくらい?とココア。
パネルに入力し、三人に見せるように反転。
アリスとココアは目を見開いた。
「あくまで月収の手取りだ。働きに応じて上がる」
「今のバイトの三倍くらいあるんだけど」
「これってすごいよね?」
「詐欺かと思えるくらいには」
シズクは疑念を込めたの眼差しを緩めないが、彼にはそういった意図は無い。
「たかがアルバイトに払うような額ではありませんね」
「失礼を承知で言葉にするなら、お前たちにはそれだけの商品価値があるということだ。数々のギルドを相手に完封を記録し、先のイベントでも勝利を決めた話題性。あとはビジュアルもそうだな」
「お世辞が言える性格なんですね」
シロウサギはごまかすように笑ってみせた。
「契約したとして、具体的に私たちはどういった活動をすれば良いのでしょう」
シズクは話を業務内容の方へ移行した。
「何も毎日出社してくれというわけじゃない。イベントに参加して他のプレイヤーを盛り上げたり、ときには運営側に回ってもらうこともあるだろうが、基本的には好きにゲームをプレイしてくれればいい。うちと契約したことは発表させてもらうが」
契約の際は親御さんの了承を得るために顔を合わせるが、それ以外は希望しない限りメールや電話でのやり取りがメインになると付け加える。
「私たちは広告塔というわけですか」
「ああ。早い話がストリーマーと何ら変わらないということだ。他に質問は?」
「契約期間と、もしも状況に応じ契約を打ち切りたいとこちらが申し出た場合は?」
「まず前者だが、明確に契約期間は定めていない。今のところはな。後者に関しては、企業などと契約をしているゲーマーの大半がそうだが、契約のメリットが無くなったと思えばこちらから切ることは厭わない。そちらも同じだ。雇い主との間に不和が生じたと感じたときは、自分から契約を切ってくれればいい。それに際して違約金を発生させることもない。会社の不利益な情報の漏洩なんかの場合は除くが」
「もう一つ、私たちがこの話に応じなかった場合は?」
「ここで聴いた全てを他言無用としてくれるだけでいい。今までどおり変わらずゲームを楽しんでくれればいいし、【大賢者】を取り上げることもしない。もちろん、おれたちが今後個人的に関わることもない。おれが趣味でやってるこの店は別としてな」
シロウサギは話に区切りをつけるとカップを傾けた。
話をまとめるに、今のところ自分たちにデメリットが無い。
良い話。もとい、良い話すぎる。
この男にそういった意思が無いとしても、はいわかりましたと即答するほど彼女たちは浅慮でない。
「すぐに答えは出さなくていい。当人同士、親を交えてじっくり話し合って決めてくれ。そうだな…二週間待つ」
連絡してくれとIDとアドレスを送られ、その日の話し合いは終了した。
三人はその後ログアウトし、直接会って話をすることにした。
アリスの家に集合した三人の表情は神妙なものだった。
「どう思う?」
「信用に値する情報しか話さない……だからこそ余計に信じ難いです」
雫はタブレットを操作し、Project Stormのホームページを表示した。
山風志郎の顔写真が載っている。
山風志郎。二十四歳。アメリカの大学を首席で卒業の後、弱冠十九歳という若さでeスポーツ企業Project Stormを設立。
様々な名作ゲーム、アプリ、新型ゲーム機の開発、eスポーツ企画への支援に積極的に取り組み、ここ数年で急成長を遂げ、業界トップに登り詰めた大企業の代表。
到底信じられる話ではないが、明らかに社外秘である情報を連ねられたこと、運営にしか出来ない操作、それらが全て、彼がシロウサギ本人であることを裏付けていた。
「話始まんないし、とりま信じるとしてさー。二人はどうする?」
「どうするって?」
「プロになるか、契約するかどうかを訊いていますか?」
「この流れでそれ以外あんの?」
ベッドの上であぐらをかいてココアは言う。
「あたしはいいかなーって。話に乗るの」
「そんな簡単に」
「元々プロ目指してたわけだし。ウマい話なら乗らなきゃ損じゃない?」
ニシシ、と歯を見せるが、けして楽天的な考えをしているわけではない。
そうでもしなければ夢を掴めないという、彼女なりの覚悟だ。
「大企業のProject Stormからの申し出なら親も文句は言えないだろうし」
「あまりゲームを逃げ道のようには言いたくありませんが、まあ……そうですね。双海コーポレーション……うちが経営している会社の幾つかはProject Stormの下請けだったはずです」
Project Stormというビッグネーム。
更にはその代表直々の申し出。
いかにゲームに無関心といえど、無視出来るものではないと。
心愛と同じ考えを雫もしていた。
「チャンスが来たんだよ。ウチらに」
家が嫌い。
親が嫌い。
見返すために、自分の居場所を得るために、ゲームという可能性の世界で夢を求める。
現実逃避と言われても、二人はそんな世界で戦うしかなかった。
それ故に、降って湧いたような今回の話は絶好の好機だった。
「そうですね。私も心愛さんと同じく、話に乗ろうと思います。たとえ得体のしれない泥船だとしても。今乗っているボロ船よりは遥かにマシですから」
「アリスは?」
「私は……」
問われて、即答は出来なかった。
良い話なのはわかる。
二人にとってかけがえない機会だということも。
では自分はと考えて、まったくイメージが固まらなかった。
「時間はありますし、彼の言ったとおり、じっくり考えるのがいいと思います。すぐに答えを出さずに」
「ウチらがどうとかじゃなくて、アリスが自分でちゃんと考えるんだよ」
その日はそれで解散した。
どうしたらいいんだろうと、決意を固めたは二人の背中を見送りながら。




