11.荒くれ者のお茶会(後編)
「他のギルドの様子は不明。ワールドチャットもログアウトもオフ。チーターもハッカーも介入出来ないなら、これは運営の仕業ということになるのでしょう」
「くっそザケんな! なんで今日に限って!」
「個人の事情など運営が把握しているはずもありません。まずは落ち着きましょう。複数のギルドが同時にやられたということは、それだけの何かがあったということです」
「私たちが無事だったのって」
「対応が追いついていない……のかもしれません。もしかすると、これは突発的な介入なのかも」
突然、薔薇の吹雪が吹き荒れた。
「っ、なに?」
薔薇が晴れると、一人の道化師が現れた。
真っ赤なタキシードに仮面をつけた怪しげな風貌が不気味さを感じさせる。
「あー、あー……お茶会に招かれし勇猛果敢な戦士たちよ。はじめまして、ようこそおれの箱庭に」
「NPC……?」
「プレイヤーって感じはしないけど、あの声どこかで……」
「何でもいい。誰だか知らねーけど、せっかくのお祭り邪魔してたたで済むと思ってんじゃねーぞ」
「ああ。楽しもう」
宙に浮かぶ道化師は、クスッと笑い自分の周りに大輪の薔薇の咲かせ、それを一斉に乱射した。
「っ!」
「チッ!」
「防ぐよ! 【死霊術】! 【鳥籠】!」
黒い骨が組み合わさり、巨大な鳥籠を形成する。
しかし、物量に耐えきれず薔薇の華は矢は骨を穿ち突き破った。
「くっ!」
「ぉら!」
シズクとココアの攻撃も合わさりなんとか凌いだもの、道化師は消えたような速度で回り込み二人を蹴り飛ばした。
「あ゛ーうっぜぇ!」
「近接も相当なようで……」
「二人とも、平気?」
「ヨユー」
「もうスピードは見切りました。次は脳天ブチ抜きます」
道化師はまた笑った。
「やっぱりいいな。お前たちは」
「いい……?」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねーよ変態ピエロ」
「私たちの夢の邪魔です。さっさと舞台から降りなさい」
「お前たちは突然現れたおれを不条理と思うか?」
道化師の質問に三人は即答した。
「思わないです」
「思わない」
「思いません」
ゲームに不条理は付き物だ。
一つのアイテムを入手するために東西を奔走するのも、助けた少女が勇者を陥れるための罠であることも、最初からバッドエンドが用意されていても、無理ゲーでも。
それら全ては不条理であっても不合理ではない。
ゲームを楽しむためのちょっとしたスパイスだ。
「あんたを倒せってゆーならそうするだけ。べつにイベントがどうとかは関係無い。あたしらはあたしらの存在をアピれればそんでいい」
「誰であろうとただの踏み台。ですが、私たちの行く手を阻むというのなら容赦しません」
二人の気迫に隠れているが、道化師はアリスの静かな威圧を感じ取り口角を上げた。
「なら、勝ってみせろ」
先ほどより多い薔薇の矢の乱射。
アリスとココアが並んで駆け出し、シズクは後方から援護を試みた。
「【ブラッディティアー】!」
血のように赤黒い散弾がレーザーのように放たれ矢の雨を撃ち落とす。
道化師が防ぎ切ったところに黒い一閃が襲来する。
「【グリムアリア】!」
道化師は涼しい顔をして杖で防いだ。
そこへココアの追撃。
「【クライシス】!」
杖でアリスをいなし、そのままココアの鎌を受ける。
薔薇の鞭を地面から生やしそれを叩きつけた。
「くっそ……!」
「ココアさん!」
身を案じた叫び声でない。
射線に入っている、邪魔だ、どきなさい。
言葉の意味を一瞬で理解し、ココアはまた舌打ちした。
息もつかせぬ怒号が響く。
頭、心臓、また頭。
致命傷になり得る急所への三連発だったが、道化師は薔薇の盾で先の二発を防ぎ、最後の一発も掠らせるだけに終わらせた。
「リコイル制御どころかエイムアシストも無しでこれだけの腕前か。並のプレイヤースキルじゃないな」
「お褒めに預かり……光栄です!」
換装。
スナイパーライフルからアサルトライフルへ。
シズクのユニークスキル【武器庫】は、ウィンドウ操作無しに換装を瞬間的に行えるというもの。
それだけなら武器の交換を設定すればいいだけの話だが、【武器庫】はその肯定を省き、更には切れた弾丸の装填まで完了する。
手数においてシズクの右に出る者はそういない。
道化師は胸と腹に弾丸を受けたが、そのまま杖をシズクの腹にめり込ませた。
「かはっ!」
「っ、テメェ!」
ココアが飛びかかるのも動じず、杖で鎌を受け再び薔薇の矢を見舞う。
「ッハ、こんなので怯むか!」
ココアの強靭な回復力は、当然ながらスキル由来のものだ。
【超速再生】……体力とスタミナを減ったそばから回復させる強力なユニークスキル。
VITの高さも相まって、ココアのHPを削るのはそう容易いことじゃない。
それを察した道化師は、乱射する矢を槍へと変えた。
槍はココアの身体を無惨に貫き、地面へと繋ぎ止めた。
「くっ、そ、がぁ!」
「タフネスが売りの相手にも戦いようがあるということだ。さて」
「【アクセラレーション】!」
驚異的な加速で突進するアリスの剣を杖で受ける。
「速いだけか?」
少しムッとして斬りかかる。
アリスの剣技はスキルに依存していなければ素人同然だ。
それでもほんの少しでも隙を見せれば確実にクリティカルを発生させる。
道化師は受けることよりも回避することを選び、薔薇の槍でアリスを牽制した。
「ふうぅ……」
しかし髪の先にも掠りはしない。
(速い以前に運動能力が高い。それに目だ。攻撃の数、出だし、軌道……全てが見えているからこその回避能力。演算処理速度が尋常じゃない。映像で見るのとはまるで迫力が違う)
剣が帽子の鍔を斬ったところで、道化師は再び宙へと浮かび上がった。
「圧巻だな。他のギルドも善戦しているところはあるが、たった三人でここまでやれているのはお前たちくらいのものだ」
「あなたは、結局何なの?」
「運営が用意したサプライズってところかな。このくらいの遊び心、ゲームには必須だろ?」
飄々とした物言いにココアが声を荒げた。
「何がサプライズだ! あたしらはテメーらのオモチャじゃねーんだよ!」
「人がどれだけの思いで臨んでいるかも知らず……口を慎みなさい愚か者!」
次いでシズクも。
「ムキになるなよ。たかがゲームだろ」
アリスの眉間がピクッと動いた。
「やられても死ぬわけじゃない。世界のどこかの戦争が終わるわけでもない。ゲームなんて所詮、人生の暇つぶしだ。本気になる価値がどこにある。なあ」
「そんなこと言わないでください」
冷たい声が道化師の肌を泡立たせる。
「私たちは一生懸命、この世界で生きてるんです」
「生きてる? 仮想の世界でか?」
「仮想でも現実です。たかがゲームに人生を賭けてる人だっているんです。ひたむきになりたいものを探して、がむしゃらに抗って、ここを居場所にして、めいっぱい頑張って、夢を叶えようとしてる人だっているんです! ゲームだけど、現実以上に本気な人だっているんです! 人の夢を所詮とかたかがとか、そんなつまらない言葉で否定しないでください!」
一番気弱そうに、だが一番正直な怒りを込めて。
アリスは強く言い放った。
「……やっぱりいいな」
「?」
「最近はお前たちのようなギラついたプレイヤーはあまり見ないからな。直に肌を刺すこの殺気が心地良くて仕方ない。熱い思いがあるからゲームは楽しい。それが当たり前だ」
道化師は杖を剣へと変えアリスに斬り掛かった。
「っ!」
「お前たちが本気なら、おれに勝ってみせろ」
「言われなくても勝ちます! 【魔法剣】!」
【二刀流】スキルより繰り出される四連の飛ぶ斬撃。
「【クアドラプルエアロリープ】!」
高速の剣が打ち合い火花を散らす中、ココアは自分の身体を繋ぎ止める槍をどうにかしようともがいていた。
「っの……くそっ! こうなったら腕引き千切ってでも……!」
と、その時。
グレネードが転がってきた。
ピンは抜けている。
投げたシズクは、したり顔。
「あとでブチ殺す」
爆発音が響き道化師は一瞬身体を強張らせた。
「やあああっ!」
そこへ二刀流の乱撃。
更にココアの大鎌。
「【パニッシュメント】!」
「自爆でおれの槍から抜け出したのか」
「あたしらをナメんなクソピエロ!」
片腕と片足が吹き飛んでなお果敢に攻め立てる気概に、道化師は奮えた。
剣を、鎌を、銃弾を、どんどんと捌ききれなくなる。
(こいつらの速度が上がったわけじゃない。……状態異常か)
ココアの大鎌【デスサイズ】は【腐蝕】というステータス低下のバフを与え、シズクの【サクリファイス】は【劇毒】という身体の壊死を引き起こす。
道化師は口の端から赤いダメージエフェクトを漏らしながら笑った。
「押し切ります!」
「ブッ倒れろォ!」
「いっけぇー!」
そして、ここからが本気だと言わんばかりに。
「――――――――?!」
「――――――――?!」
「ココアちゃん! シズクちゃん!」
薔薇の剣を二本手に、二人を切り裂いた。
「【二刀流】……!」
シンプルなステータスの強さだけでなく、反応や技のキレが格段に上がっている。
アリスといえど攻撃を凌ぐので精一杯で、徐々に押され始めていた。
「どうした。こんなものか」
事実アリスにはこの状況を打開する策が無かった。
AGIに振ったステータス構築であるが故に、一撃でも受ければ確実にHPを削られてしまう。
【二刀流】スキルで上回られている以上、残された可能性はユニークスキル【死霊術】のみ。
しかし、
(【死霊術】だけじゃ決定打にはならない……あとは)
ストレージに保管したままの魔法の宝玉。
【闇魔法】を習得するためのそれを頭に浮かべるアリスだが、同時にある懸念を抱いた。
(【闇魔法】は威力が高いけど燃費も悪い……それに私のINTじゃ大した威力が出せない。どうすればいい? どうしたら……)
「迷うなよ」
「っ?!」
「自分の道は自分で切り拓け。それが、ゲーマーだろ」
後押しするように道化師は言った。
アリスは肩で息をし、グッと力を込めて声を上げた。
「ココアちゃん! シズクちゃん! 十秒だけ、私にちょうだい!」
「了解!」
「です!」
HPはレッドゾーン。
押せば倒れる……それでも、二人はアリスのために立ち上がった。
「そうだ足掻け」
「うるッせぇなァ!」
「言われずとも! 勝ちます!」
一瞬たりとも無駄にはしないと、アリスは瞳に星の海を宿した。
「【大賢者】!」
【死霊術】に【闇魔法】の基盤となる【闇の紫宝玉】を統合。
どちらも互いに闇の力。
二つは混じり溶け合い、アリスの内にて形を成す。
《世界に新たな叡智が誕生しました》
新たな叡智。
それは世界のどこにも存在しない、未知なるルールである。
本来神のみに許された創造が、アリスの新たな力となる。
名を――――――――
「はぁ、はぁ……!」
「ヘバった? その辺で休んでてもいーよ」
「ご冗談を」
肩を上下させて息をする満身創痍の二人に、道化師は賛辞を贈った。
「よく戦った。強かったよ、お前たちは」
「……ハッ、いらねぇよ。そんなお世辞」
「敗者に称賛なんて笑い話にもなりません。そんな恥を掻くくらいなら、潔く散ってやりますとも」
「ナメんなって言ったろクソピエロ。あたしらはそういう覚悟でゲームやってんだ」
「……フッ、そうか。なら、望みどおりに散らせてやろう」
剣が二人を貫く刹那、真っ黒なオーラが爆発した。
「時間ピッタリ、ですね」
「選手交代ってことでおけ?」
「うん。あとは任せて」
颯爽と。毅然と。
倒れる仲間を背に、アリスは道化師の前に立ち阻かった。
「おれを倒す策が見つかったか?」
「うん。ぶっつけ本番だけど」
「いいとも。受けてやる。来い」
アリスは胸の前で祈るように左手を握った。
死霊の外殻にて膨大な闇の魔力をその内に抑え込んだ、禍々しくも高貴なその剣士の姿を、【大賢者】はこう名付けた。
「モード、【纏魔】!」
道化師は全身の細胞が弾けるのを感じた。
これ以上ないくらいの笑顔を見せ、アリスへと斬り掛かる。
完ぺきなタイミングでアリスの背後を取ったが、闇のカーテンが盾のように遮断した。
闇から出現した黒い骨の拳が道化師を穿ったところへ、アリスは地面へと剣を突き刺した。
「【シャドウリリース】!」
地面から突き出してくる影の剣山が道化師の身体を貫いた。
(闇のシールドによる全自動防御に、高威力の【闇魔法】……!)
それでもアリスを討ち倒さんと、薔薇の嵐を巻き起こす。
アリスはそれを真正面から立ち向かった。
「【グラビティコア】!」
真っ黒な重力の塊で薔薇の嵐ごと道化師を押し潰す。
「なかなかだ。だがその力、いつまで保つ」
「あなたを倒すまで!」
道化師は状態異常の他に、身体にある異変を感じていた。
虚脱感にも似た身体の力が抜け落ちるような妙な感覚を。
「これは……MPが減少している? ドレインか……!」
ユニークスキル【纏魔】は、INTを上昇させ魔の力を存分に発揮する能力の他に、物理攻撃を与えた対象のMPを吸収するドレインの性能を併せ持っている。
吸収の割合はクリティカルによって更に。
それは実質、アリスが攻撃の手を止めない限り、相手が倒れるまで能力の発揮が続くということ。
「モードチェンジスキル……まだ未実装のスキルを創造したのか……【大賢者】……!」
「あなたのことはよくわからない。だけど……私たちの、最強への道に塞がるなら! どけ!!」
両手の剣を【形状変化】により大剣へと。
世界を断つ黒の十四連撃が軌跡を描いた。
「【フェイタルアーク・アルフィリアス】!!」
逆巻く暴風が薔薇を宙に巻き上げる。
やがて道化師のHPは尽きたが、当の本人はこれ以上ないくらい満足そうに、
「さすがだ」
と、一言を残して消えた。
その後フィールドは幻想的な風景を取り戻した。
果てなく晴れ渡る空を仰ぎ、アリスは勝利宣言の代わりに高々と右手の剣を掲げる。
その姿はまるで童話に描かれる、災厄を退ける勇者のよう……とは、少しだけかけ離れるくらいにはおどろおどろしいものだったが。




