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毒素擬人化小説《ウミヘビのスープ》 〜十の賢者と百の猛毒が、バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 ……これは治療薬に至るまでの、長い道のりを記した物語である  作者: 天海二色
第二十九章 ナザールボンジュウの加護

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第608話 暗視スコープ

「菌床!? ステージ6が這入り込んだのか!?」


 警報を聞いたマイクが瞠目する。

 国連本部は各国の要人が集まる要所だ。テロ含む危険を徹底的に排除する対策が取られていて、鼠一匹どころか『珊瑚』の菌糸や胞子の侵入をも許さない。

 本部に発生したという菌床も、屋内ではなく屋上だった。強固な守りを前に、正面からでは入れなかったからだろう。


(ここは国際連盟本部だ。精鋭部隊が揃っている。直に鎮静化する筈……)


 生物災害(バイオハザード)と聞くと反射的に身構えてしまうが、本部には対生物災害(バイオハザード)専門の特殊部隊が常に警備に回っている。マイクが対処する必要はない。そもそも今は銃火器持ち込み厳禁たる情報調査室にいる……つまり丸腰である為、どちらにせよ動きようがないのだが。

 アダマスも特殊部隊に対処を任せるつもりなのだろう。司令官の立場ながら特に指示を飛ばすでもなく、人間工学(エルゴノミクス)椅子に腰を下ろしたまま、落ち着き払っている。

 このまま静かに続報を待とうとしたその時、

 バツンッ

 電源が落ち、目の前が真っ暗になった。


「――!」


 息を呑むマイク。

 情報調査室は地下にある。窓は存在しない。

 独立して起動する予備の電力もある筈だが、作動する気配はなかった。恐らく建物内の至る所に菌糸が巡り、あらゆる場所で電気を遮断した結果だと想像できる。

 ――故に灯りを消す。

 ただその一手だけで、一気に不利な状況へ陥らされてしまった。


(携帯端末、いや、暗視スコープ……! どちらにせよ、此処には……!!)


 マイクは焦る。

 携帯端末もまた持ち込み禁止で、部屋の外のロッカーに仕舞ってある。

 代わりに防弾チョッキとガスマスクは装備しているが、暗視スコープはない。

 ここでもしも襲撃を受けてしまえば、なす術なく命を落とす。


「探しているのはこれかな、マイク」


 ぽん

 頭の中で打開策を練ろうとした時、胸元に何かを押し付けられた。触れてみれば、それは今まさに求めていた暗視スコープであった。

 アダマスに手渡されたのだ。


「っ、有難う御座います! アダマス司令官!」

「災害は時も場所も選ばずに起きるんだ。備えを怠ってはいけないよ」

「はっ!」


 マイクは敬礼した後、暗視スコープを装着した。

 黒一色であった視界がモノクロの視界へ変貌する。予め情報調査室に備えてあっただろうコレは簡易的なもので、カラーの視界が望める程の高性能さはないものの、身動きを取るには充分である。


「今の状況で最も危惧されるのは、ステージ6との遭遇よりも、建物倒壊によって圧死してしまう事だ。だから外へ避難する。わかっているよね?」

「はっ、理解しています」


 マイクよりも先に暗視スコープを装着し、視界を確保していたアダマスは既に出口の前で扉に手をかけ、手動で開けていた。

 停電時、ビル内の施錠は一時的に解除され、脱出ができるようになっている。中の人間が閉じ込められる事を避ける為だ。

 つまり、全てのセキュリティが停止している状態。


(……今が、ビリーの元へ向かう千載一遇の機会)


 ビリーは此処よりも更に下層で、監禁状態となっている。オフィウクス・ラボより借り受けた、認識阻害装置も没収された今、マイク一人ではどう手を回しても下層へ侵入する事はできない。

 故に上からの情報提供や指示を待つ事しかできなかったのだが、今ならば、何の障害もなく突破できてしまう。

 問題は目の前にいるアダマスだ。

 共に廊下に出た辺りで、マイクは逡巡する。

 もしもこの先で感染者と遭遇する事があれば、どさくさに紛れて別行動を取れるかもしれない。

 いや、そんな危機的状況を待つよりも何かそれらしい理由を述べて、アダマスと別行動を取る手もある。


「……アダマス司令官。私は一旦、ロッカーへ装備を取りに向かいます。地上に辿り着く前に感染者と鉢合わせる可能性は充分ありますから。アダマス司令官はどう致しますか?」


 ひとまずマイクは装備を整える事を理由に、このまま外へ出ない事を告げた。


「あぁ、そうだね。装備は整えた方がいい。早く行きなさい」


 するとアダマスは何の躊躇もなく別行動を許可してきた。

 マイクなりに尤もらしい理由を述べられたとは思っていたが、逡巡する素振りすらせず答えてきたのは想定外で、少々面食らってしまう。


「は、はっ! ところで、アダマス司令官はこのまま避難するおつもりですか? 貴方も装備が整っていないのでは……」

「私の装備は拳銃くらいだ。菌糸にも感染者にも通用しない。それよりも警備兵と合流した方が賢明だろう」

「で、でしたら、私と行動を共にした方が安全では?」


 つい先程までアダマスから離れる事を考えていたというのに、マイクはつい同行の継続を提案してしまう。

 抵抗する手段を持たない彼を、警察として人として、放ってはおけなかったからだ。


「固まって動いたら、一網打尽にされる可能性がある。生存率をあげる為にも別行動をした方がいい。さぁ、早く行きなさい。それとも正式な命令を出した方がいい?」

「い、いいえ。では、失礼いたします。アダマス司令官」


 暗に退避を命じられたマイクは、敬礼をした後に足早にアダマスから離れた。

 向かう先は、下層だ。

 そしてアダマスは一人、その場に残された。


「……人払いは済ませたよ」


 人の気配がなくなったところで、アダマスは口を開く。


「ご丁寧にどうも」


 暗闇からぬっと、人影が現れる。

 黒服を着た、澄んだ海に似た水色の瞳を持つ青年。

 尤も今のアダマスは色を認識できないので、ただの黒い服を着た青年にしか見えないが。

 それでも、おおよその顔立ちは視認できる。


「君は……ラリマー、だったね。指名手配をされている」

「忌々しい事にな」


 黒服の青年ことラリマーは眉を顰め、肩をすくめた。


「急襲とは、穏やかじゃないね。アバトンへの襲撃が成された以上、取り引きは終わっているから――関係ないのだろうけど」


 アダマスは、ペガサス教団と取り引きをした。

 人工島アバトンの座標を提供し、襲撃を幇助したのだ。

 ウミヘビを、確保する為に。

 可能ならばオフィウクス・ラボ自体を壊滅して欲しかったところだが、打撃を与えられただけでもよしとしている。

 そしてペガサス教団側の狙いとしては、アレキサンドライトこと、モーズの確保。しかし当時モーズはラボ不在とあって、教団は本懐を果たせなかった。とは言え、そこにアダマスの責任はない。

 取引の対価として提供できるのは、あくまで座標のみ。

 その件は予め伝えていた。国連はクスシの細かな動向の把握はできない、認識阻害装置の突破もできない。それを踏まえて応じたのは教団なのだ、文句を言われる謂れなどない。


「実際にアバトンへ向かったフルグライトならば、アレキサンドライトを確保できなかった手前、契約不履行だ、正当な権利だと騒ぐところだろうが……。俺からすればどうでもいい」


 ラリマーからの意外な返答に、アダマスは身構える。


「では、今回の目的は会長達の確保かい? モーズ医師の穴埋めとして……。悪いけど、あの方々を差し出す訳にはいかない。手を出す気なら、ウミヘビの血を使ってでも君を止め――」

「いいや」


 ラリマーは腰に手を当て、こう言った。


「そいつらも、俺にとってはどうでもいい。少なくとも今は」


 御使いらしからぬ事を。


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