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毒素擬人化小説《ウミヘビのスープ》 〜十の賢者と百の猛毒が、バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 ……これは治療薬に至るまでの、長い道のりを記した物語である  作者: 天海二色
第二十九章 ナザールボンジュウの加護

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第606話 折衝

「あぁ、そうだな。私の思想は甘く、間違っているのだろうな」


 モーズは腕を組み、淡々と話す。


『そうだね。人類には過ぎた兵器たるウミヘビに人権なんて……』

「だが。もしも、もしも私が珊瑚症の特効薬を完成させたとして……。そのレシピの公開をウミヘビの人権確立を条件とした時、貴方は応じてくれるだろうか?」

『……。何だって?』


 発言の意味をすぐには飲み込めなかったのか、たっぷりの間を置いて、アダマスは赤い瞳を見開いた。


『人類の救命に条件を付ける!? 仮定の話だとしても非道が過ぎる!!』


 そして次に口から飛び出してきたのは、凶弾だ。

 人命と兵器を天秤にかけてきたのだ、アダマスからすれば信じられない発言であった。


『君はクスシにしては珍しく、誠実な人間だと伝え聞いていたのだけど……。デマだったようだね』

「私にどんな印象を抱こうが構わない。可能か不可能かだけを判断してくれ」

『当然、受け入れられない。国連は例え人質を取られても要求を飲まないものだよ。国と国が人質交換をするのとは違うんだ』

「災害鎮圧や製薬の功績は、ウミヘビの助力があってこそ。それも命懸けの助力だ。にも拘らず搾取するだけして、用が済んだら処分しようなどと……。そちらの方がよほど、許容し難い」


 彼らにどれだけ、助けられてきたか。

 とうとうと語り聞かせたい思いを、モーズはぐっと堪える。


「貢献してくれた以上の見返りを、与えるべきだ。私としては人権で足りるかは疑問だが、まずはそれを獲得しなければ始まらないからな」


 モーズの主張をアダマスは納得できないようで、顔を歪め嫌悪感を剥き出しにした。

 そして次に絞り出す言葉を逡巡しているようだった。


『……っ。…………仮定の話を重ねていても仕方がないね。特効薬なんて存在しない餌で国連を釣ろうなんて、愚策もいいところだよ』

「特効薬完成の目処は立っている」

『は?』


 断言してきたモーズに、アダマスは呆気に取られている。

 モーズは話を続けた。


「珊瑚症が完治した人間が現れたんだ。あとは再現性を追求すればいい。特効薬は目前だ」


 珊瑚症の完治など、非現実的に聞こえたことだろう。

 だが、フランチェスコから『珊瑚』がなくなったのは――事実だ。


『……ここに来て、どうして直ぐにバレるハッタリを言うのかな?』

「ハッタリだと思うのならば、フランス感染病棟の報告に目を通すといい。ステージ5まで進んでいた感染者を含め、患者の多くが症状を緩和させている。それが、あそこで行っていた研究の成果だ」


 研究の成果。

 と良いように言っているものの、ハルパーが異常発生したのは想定外の出来事で、事故も同然なのだが……。それは伏せておく。


「私も人命を天秤にかけるのは気が引ける。ウミヘビの人権を考えてくれるのならば、特効薬に関する情報全てを無償で明け渡そう」

『それは無償と言わない。寧ろ立派な脅迫だ。そもそも存在しない物で交渉しようだなんて、どんな神経しているんだい』

「そうだな。まだ特効薬は完成していないんだ、交渉するならば先の話となる。ではそれ以外──ウミヘビをラボに返却する事を受け入れてくれるのならば、私は国連本部へ向かおう」


 アダマスの頬が引き攣る。

 ウミヘビの人権に比べたら大分、譲歩された条件だ。それでモーズを確保できるのならば、国連側としても旨味がある。

 しかし此処でかき集めたウミヘビを手放すのは、リスクもある行為だ。この場では決めきれない。


「この交渉に応じてくれるのならば、正式な契約書を用意し、オフィウクス・ラボへ送ってくれ」

『ラボへ?』


 それは即ち、契約書がテオフラストゥス含むクスシの目にも通されるという事。

 契約書に不慣れだろうモーズをいいように丸め込む、という手は使えなくなる。


「拒否するならば、貴方の要求も拒否するだけだ」

『……、…………。これは私の一存じゃ決められないね。一旦、保留にしても?』

「あぁ、時間を要しても構わない。色好い返事を待っている」

『色好い、ね』


 アダマスは最後に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、通信を切った。

 ホログラムも解除され、車内は元の風景に戻る。


「……。はぁー……」


 途端。座席からずり落ちるレベルで、モーズは背もたれに体重を預けた。

 「おい、モーズ。大丈夫か」と、軽く声をかけたのはブロムだ。


「大丈夫、では、ないかもしれない……。私はおかしな事を口走っていなかっただろうか? 交渉もあれでよかったのかどうか……。ひとまず保留で終わってよかった、か?」


 モーズはアダマスに毅然とした態度を貫いていたが、それは虚勢だ。

 実際は混乱や萎縮を気取られないよう、必死に取り繕っていた。


「フェイスマスクをしていなければ、私の心中なぞ筒抜けだっただろうな……。ハッタリも交渉も不慣れなもので、声が震えないよう喋るのが精一杯だった」

「先生、頑張ったねー」


 テトラミックスがのんびりとした声で労ってくれる。

 彼とは対照的に、セレンは焦った様子でモーズに詰め寄ったが。


「それよりもモーズ先生、国連が交渉に乗った場合、本気で身柄を引き渡すのですか!?」

「元々、スイスへ乗り込む手も考えてはいたんだ。フリーデン曰く、本部にはマイクさん達がいる。上手く合流できれば連携が取れることだろう」


 ニコチンと再び会うには、国連本部へ行くのが手っ取り早い。

 あちらが迎え入れてくれるというのならば受け入れ、内部を探り、可能ならニコチン含むウミヘビを外へ連れ出す――

 尤もこれは理想論で、都合のいい空想だ。所長テオフラストゥス曰く「何をされるかわかったもんじゃない」という国連本部で、どれだけ自由に動けるかはわからない。


「契約を結ぶにしてもしないにしても、話がまとまるまで私は暫く放っておかれる筈だ。――そして大きな組織は、一つの意見を纏めるのに時間がかかる」


 時間稼ぎ。それがモーズの狙いであった。

 折衝が不得意というのは、モーズ自身、強く自覚している。故に相手が絶対に呑まないと思われる交渉を持ち掛け、何も決まらないまま引き下がってくれるよう画策した(万が一、呑んでくれたのならばそれはそれで僥倖ではある)。

 その間にラボから帰還の連絡が来れば帰還するし、ハルパーの研究が進み、よりよい案が思い浮かぶかもしれない。

 何にせよ、不利または不自由な状況に陥る事だけは避けたかったのだ。


「国連またはラボが再度、接触してくるまでの間、私達はフランチェスコ探しに勤しむとしよう」

「お前、まずは寝た方がいいんじゃないか?」


 ブロムが言う。


「フランチェスコ先生も睡眠を疎かにして、よく倒れていた。人間は必要睡眠時間を確保するべきだ」

「……そう、だな。少し、眠ろう」


 ここ数日、モーズは隔離病室でハルパーの研究に没頭し、特効薬の活路を見出そうとずっと神経を尖らせていた。

 そして先のアダマスとの対話で気力も一気に削がれた。これ以上、行動した所で頭は働かずパフォーマンスは落ちる事だろう。


「休憩、休憩所は、そうだな……」


 このまま空中を飛び続ける訳にもいかない。

 ひとまず滞在場所をと思考を巡らせた時、ふと思い浮かんだ場所があった。


「イタリアに、行ってみようか」


 フランチェスコが、産まれた国。

 その国の()()()()()へ足を運んでみたくて、モーズはそう提案したのだった。


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