本能 -止まらぬ崩壊-⑤
ユリアンの優しさは彼を信じる者にのみ与えられる。
それを理解していなかったシーヴァルは自分達の命が救われた事実だけを喜んでいたのだが、翌朝『ボラムス』が大規模な内乱状態に陥っているという急報を聞くと慌てて飛び起きる。
「な、何すか?!何が起こってるんすか?!」
「はっ!理由はわかりませんが何故か国民が蜂起し、王城に攻め入っております!!現在ガゼル様やワミール様が応戦されているようですが相当厳しい状況です!!」
そんな馬鹿な。
この国は傀儡王がその容姿とかけ離れた慈悲深い施政を行っているので、不満など聞いた事がなかった。だからこそ余計に内容を理解するまで相当な時間を要してしまう。
「・・・シーヴァル。これは恐らく・・・」
だが聡明な妻がこちらの袖を引っ張りつつ、不安そうに呟くとシーヴァルにもその事実と危険性が伝わってきた。
恐らくこれがユリアンの『やらねばならない事』だったのだ、と。
「でもたった一晩で反乱を起こせる程、隠れた『ユリアン教』信者がいたって事か?」
「いいえ、ユリアン様が魅了の御力を使われてるのだと思うわ。あの御方は屍すら動かせるから。」
そこまで聞くと逸る気持ちは焦りに変化する。念の為、昨晩の出来事は上に報告はしていたものの、まさかこれほど早く動くとは誰も思わなかった筈だ。
更にシーヴァルは自責の念にかられていた。カーディアンを死ぬまで護れと言われた事で、最も気を緩めてしまった自身に大きな過失があると。
「カーディアンはここで待ってて。」
今から間に合うのかはわからないが彼は妻に短く告げた後、伝令と共に急いで王城へ向かうと目的地の方向からは黒く大きな煙が立ち上っている。
昨日相対した様子では慄くほどの強さは感じなかった。つまりこれはカーディアンの言う魅了を使って派手な同士討ちをさせているという事だろうか。
となると一体誰を操っているのだろう。
あちこちに『ボラムス』兵の死体が転がる中、何とか正門前までたどり着くと門扉は固く閉ざされており、それを護るように傷だらけで生きてるかどうかわからない状態の国民達が死んだ目で立っていた。
どうやら誰を、という認識は間違っているらしい。ユリアンは見境なく全てを己の手駒として操っているのだ。
「おや?シーヴァルではないか。カーディアンを護るよう命じた筈なのに何故こんな所にいる?」
見上げると城門の上には昨夜見た男が緊張感のない様子で突っ立っている。
「ここは俺の国っすよ?!それが攻められてるんだったら助けに来るのは当然っす!!」
「おお、やはりお前は私の見込んだ通り優秀な戦士のようだ。安心したよ。」
いや、そうではない。
今はそのようなやり取りではなく、一刻も早く奴をこの国から追い出さねばならない筈だ。
「ユリアン!!今すぐこれを止めるっす!!そして『ボラムス』から出て行ってくださいっす!!」
なのに軽いとはいえ、関りが出来てしまっていたシーヴァルは口頭で戦端を開いてしまったのだからすぐに後悔した。
周囲を見渡す限り、『ボラムス』には多大な被害が出ている。となればここはユリアンを討ち取る事で収束を図るべきなのに。
「む?すまないな。既にこの城は私のものとなった。出ていくのはお前の方だ。」
しかし相手から妙な返事が返って来たので再び出鼻をくじかれた。
まさか落城したというのか?
にわかに信じがたい答えに思考は迷いを生じていたが、ユリアンもその様子を見て何かを察したらしい。
「よいかシーヴァル。カーディアンを連れてこの地を去れ。これからこの世界は混沌へと向かうだろうからな。」
そう告げると彼の隣にワミールが姿を見せる。心はその光景を辛うじて拒んだが、彼からこちらに投げられたものが傀儡王ガゼルの首だとわかった時、本当に『ボラムス』が陥落したのだと深く理解するしかなかった。
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