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Better Sweet  作者: 坂本 流
PR
4/6

合宿、そして・・・・。

  



  数時間後

「今日は部活はこれまで!これから道場行きましょ!」

「はーい!」

 俺達は道着を着たまま、鞄を背負った。

 いつもの習慣だった。もう道着で出歩くのはあまり抵抗を感じない。そして数分、皆と歩いて道場に着いた。

「こんばんは!」

 と言って俺達は道場に入っていく。

 俺は先に来ていた勇気と目があった。俺はなんとなく、勇気と目を合わせることに戸惑いを感じていた。しかし、勇気は何事も無かったかのように俺を呼んだ。

「おい!涼介。俺と組むぞ!」

 昨日、涙で腫れていた目の周りがまた浮き出るように感じた。

「うん。」

 俺は勇気に近づいていくと、優利たちのまわりに師範が来た。

「皆、いつも熱心やな。大丈夫かいな、オーバーワークなっとらんよな?」

 と師範が言った。俺が倒れたこともあるのだろう?師範は皆を心配していた。

「大丈夫、皆、我慢と無理のギリギリのラインを見極めているわよ。でも想定外だったわね。涼介君のことは・・・・。」

 と優利が言った。

「皆もちょっとでも無理してるんやったら言うんやで。ほんで、山本みたいに自分が大したことないって思ってても、なんか病気や体調が悪かったらちゃんと報告してや。」

 病気、大山田が何気なく言った言葉だが、俺はその言葉がズキンと胸に刺さる。

「涼介、何をしてるんだ?!練習始めるぞ!スピード打ち込みやってこい!」

「うん。」

 俺は、スピード打ち込みを勇気にかけた。少し手が震えている。勇気に本気に技をかけていいか、分からなくなってしまっているのだ。そんなことをしていたら俺は勇気に突然投げられた。背負投だった。

「お前・・・・・。」

 勇気もさすがに俺の気持ちを察していたのか、何も言わなかった。

「道場内では言いたいこと言えないが、俺が言いたいこと分かるよな?!」

「・・・・・・。」

「それで、どうだ?!俺は一昨日と比べて何か変化したところあるか?」

「無いよ。いつも通りだよ。」

「なら、いつも通り真剣にやれ!お前じゃまだまだ俺に勝てないんだからな!」

「・・・・・・。」

 俺は背負投を突然投げられたこともあったが、少し腹が立っていた。それに、本当に一昨日の夜となんら変わらなかったのだ。昨日、病院で聞いたことが嘘のようだ。そして嘘だと信じたい。俺は本気でスピード打ち込みをやった。

「動き、どんどん、良くなってるな。お前の成長が早いのは知っているが、なにせ時間が無い。今日も俺がいいって言うまでやるぞ。」

 俺はコクリとうなずき、スピード打ち込みを続けた。三四回やった後に勇気が言った。

「オッケーだ!技の一個一個はきれいになっている。この短期間で大したもんだ。だが、お前と俺との決定的な差は経験値、つまり試合での駆け引きが未熟なため、技が実戦で生かしきれてないところにある。乱取するぞ!」

「・・・・・・。」

「返事しろ!」

「・・・うん。」

 乱取すること、それは昨日の試合を思い出させてしまう。もしも、投げ飛ばせてしまったら、それは傍から見ると俺が勝利しているように見えるかもしれない、でも昨日もそうだが実際はそうでは無いのだ。意識しようとしても、否が応でも意識してしまう。

「いくぞ!」

 俺はその声に反応して組みあった。

 組手争いは俺は手の速さだけを見ると、勇気と引けを取らない、もしくは少し勇気の方が速いぐらいだ。問題は組んだ後である。すぐ体勢が崩れないか、気になっていた。

 そんなことを考えていると、力強く畳の上に叩きつけられた。内股だった。

「おい!余計なことを考えるな!昨日のことはラッキーだと思え、たとえ、俺が昨日と同じ状態だったとしても、現段階でお前が俺に勝てる可能性は極めて低い。まだまだ弱いんだから、俺の心配よりお前は強くなることだけ考えてりゃいいんだよ!」

 と勇気は俺に言い放った。

 確かにそうだ、昨日はともかく、さっき投げられたのは見事な内股である。何一つ、普段の勇気と変わらない。俺は今抱いている思いを捨てて、そしていつも通り本気で挑もうと思った。勇気より強くなりたい、その思いを思い出すのである。

 俺はそんな姿勢で挑んだが、一回たりともこの日も勇気を投げることはできなかった。何にも変わらないのである。そう思うと努めることにした。

「ハァハァ。」

「今日も俺に一勝もできなかったな・・・・。たまには負けてやってもいいって気持ちにもまだならないぜ!」

 勇気は俺に嫌味を言った。

「まだまだ、未熟なのは分かってるよ、立ち技も寝技もまだまだ。」

 俺は少し落ち込んでいた。勇気は俺のそんな様子を見て少し考えた。

「お前、得意技ってないよな?」

「うん。内股と背負投が多いけど得意って訳じゃないよ。」

「お前、好きな技ってあるか?」

 そう言われて少し悩んだ。しかしそれは俺が初めて、その動きに心が動かされた技、その技であることにすぐ気付く。

「巴投げ、巴投げが一番かっこいいと思う。」

「そうか、巴投げか、そんなに頻繁に使う技でもないが、一つの技を磨くのも強くなる近道かもしれないな、巴投げって一人でも練習できるし、磨いてみろよ、必殺技になるかもだぜ!」

 とニコッと勇気は笑った。

 そんなやりとりをしていると優利たちが俺達のまわりに来た。

「いつも道場閉まっても二人で練習しているみたいだけど、今日は涼介君帰してもらうわ。」

「インハイ予選まで時間無いだろ?駄目だ。」

「いや、斎藤、コイツ病み上がりなんや、今日ぐらいは帰してやってくれへんか?無理させたらあかんねん。」

 と大山田が言った。

「・・・・・・。」

「俺ら今年は皆、予想以上に成長しとるさかい、今年はインハイ出場を目標にしとんねん。だから、山本無しではそれはありえへん。今日のところは解放させてくれ。」

「なおさらだろ?涼介強くなってもらわないと、そんなこと不可能だぞ。」

「それはそうだけど、私達もちゃんと考えてるから、今度の土日合宿いくのよ、その時はこんな甘くしない。涼介君も体調戻ってると思うし、ビシビシやるから。」

「合宿やるのか?!」

 勇気は少し反応した。そして考える。

「俺、自分の部活もあるしな、ついていけるかどうか・・・・。」

「は?」

 皆、あっけにとられた。

「なんで勇気が参加するのよ、これは四谷坂学園柔道部の合宿よ。」

「・・・・・俺は涼介の専属コーチだからな。ダメか・・・・?」

 皆、考えた。

「斎藤がそれでいいなら、別にかまへんと思うけど、俺も合宿で組手の相手、困らへんと思うしな。」

 と大山田が言う。

「私も指導してくれるなら正直助かる。でも遊びにいくんじゃないからね!」

 と二人は賛同しているようだ。その後、当然皆、引っかかっていることを達也が言った。

「それはそうだが、お前んとこの部活大丈夫なのか?インハイ予選前だぞ?!さぼれるのか?」

「そーだな、問題はうちの顧問に土日の練習どーやって言い訳するか、それが問題だな。まーなんとかするよ!」

「分かった。じゃあ、勇気も参加するのね。これでうちの部がインハイ出場を果たすのに一歩近づけるかもしれないわ!」

 と優利は皆と顔を見合わせながら言った。皆も勇気の参加に反対はしてはいないようだったが、当然、勇気も学校は違えど同じ立場、参加してもらってもいいのか?と言う、少し遠慮しているような気持ちにさせられているようだ。しかし優利が嬉しそうなので、苦笑いをして合わせていた。

「よし!楽しみね、どんな鬼合宿にしようかしら!」

 上機嫌になって優利が言う。その言葉に達也は焦って

「さらりと怖いこと言うなよ!」

「ハハハ!」

 皆、そのやりとりで笑った。俺も皆の笑いで、自分だけ抱えていた気持ちを切り替えた。




  土曜日の午前8時

「フワァ=3眠いわぁ~~。」

 大山田が欠伸をしながら言った。

「しゃっきっとしてよね。これから始まるんだから!」

 と優利が大山田に言った。

「それにしても遅いな、小野先生。何で引率者が遅刻してんねん・・・・・。」

「そうね、この部を強くするには、あのしっかりしてない顧問を変えるべきね、ほんと誤算だわ・・・・・。」

 優利は真面目に言ったが、皆その言葉に笑った。

「ハハハ、でも今来たみたいだぞ!」

 と達也が指を差す。その方向に小野先生が走ってきた。

「ハァハァ、皆そろってるな?!」

 と膝頭を手で押さえて言う。

「先生遅いよ、ほって行こうと思ったよ。」

 と達也が言った。

「ごめん、ごめん。」

 息を整えながら、来ている皆を確認していた。そして勇気も来ていることに気が付くと

「悪いね、斎藤君、本当に来てもらって。自分の学校の部活はいいのかい?」

 とバツ悪そうに言う。

「大丈夫です。顧問の先生には上手く言っときました。」

 と勇気が小野先生に言った。

「そういう問題じゃないんだが、まあ参加はありがたいよ。」

 そう、笑顔で答えた。

「も~先生そんなことはいいから、早く電車、乗り遅れたら予定遅れちゃうよ!」

 と優利が言った。そして、皆改札に駆けていく。

「まあ、そういうことだから、よろしくしてくださいね。」

 小野先生は走りながらそう言って、俺達は改札を通って電車に乗った。

 ○✕県は俺達の住んでいる地域から電車に乗ること一時間足らずで、自然豊かな田舎になっていく。俺達はそんな田舎にある施設が今回の合宿場所、里中荘だった。

 何度か乗り換えをして電車の窓から見える景色を見ていた。

「わぁ~田んぼがいっぱいだね。」

 そう井上が言った。

「ほんまやな、どんどん田舎になっていく、俺は引っ越してまーないから来たことないけど、なんか和歌山みたいやな。」

 と意味不明な発言をする大山田。

「どういうこと?」

 と井上。

「あ、あ、大阪から電車で40分ぐらい揺られとったら和歌山につくんや。和歌山は田舎でほんまにここと同じような景色が広がってるんや。」

 なんだか、すごい和歌山に住んでいる人に失礼極まりないことを言っていた。

「それはともかく緑がキレイよね。ほんといい景色。合宿所の近くに川も流れているみたいだから、自然豊かなところに来るって、なんだが心が洗われるみたいだわ。」

「まぁ、お前らがそんな気にさせてくれるって全く思わんがな。心の前に体がボロボロになりそうやが・・・・。」

 と大山田が冷や汗をかくようなこと言った。皆、少ししらける。空気を読めない大山田は皆の反応を見て焦って。

「ああ、でも俺は祭が楽しみやわ!水納祭な!」

 と皆の気分を変えさせようとしている。皆、それ反応して

「楽しみだね。」

「そうだ、井上、リンゴ飴食えるぞ!」

「リンゴ飴なんて僕食べないよ!」

 と井上が言うと皆笑った。

 水納祭、合宿場の近くにある、結構ここらでは有名なお祭りである。さっき言った川の周りに屋台が立ち並び、色鮮やかな色んな色の灯篭に蝋燭を入れて、川に流すのだ。離れた場所でその川を見ると、なんとも幻想的な光景を見ることができる。祭の最後には花火が上がる。皆、一回は子供のころ来たことがあるだろう。またその祭に行けることが楽しみなようだ。

 俺達は一回電車を乗り換えて、そして別の電車に乗り、そして目的地の合宿場の最寄り駅に着いた。

 今日は晴天だった。太陽の光が周りの木々の緑色に反射してまぶしい。鳴きはじめて間もない蝉が不器用ながらも音楽を奏でている。その自然の囲まれた場所で俺達は伸びをした。

「ん~~。」

「どうしたの?みんな疲れたの?」

 と優利が言った。

「まぁ電車の時間長かったからな、後は悠長に祭待とか?」

 と大山田が呑気に言った。

 その大山田の態度に優利は目くじらを立てて。

「その祭とやらは、皆、特に大山田君の練習にかかってるのよ!」

 と厳しいことを言う。

「わかっとる。わかっとる。」

 と呑気な返事を返す。

「はぁ=3」

 まるで先が思いやられるという意味を込めたため息を優利はついた。

「で、合宿所ってどこにあるの?ここから遠いの?」

 と俺が優利に言った。

「ここから3キロほどよ。はい地図。」

 と言って、地図を広げた。

「ここをこー行って、ここを曲がって、この坂を上るの。」

「?説明しなくても、皆一緒に行くんだから着いていくよ。」

 と達也が言った。

「ハイハイ、皆場所覚えたんなら、位置について!」

「は?」

「だから走るの!合宿所まで。」

 嫌らしい笑顔を皆に見せる。

「はい、位置について!」

 皆慌てる。

「私達はバスで先に行って待ってるから、あと20分以内ね!それ以上かかったら、ご飯なし!」

「よーいどん!」

 四谷坂学園の柔道部員は皆、嫌々ながらも、その声に反応して走り出した。その後、バスの発車する音が聞こえて、優利と勇気、小野先生は行ってしまった。

  ブゥン

「くそ、楽しやがって。」

 と走りながら大山田が言う。

「飯無して、俺に対する宣戦布告やな。許さん。」

「いや、そこまでの意味含んでないよ・・・・・。」

 と俺が大山田に言った。

「ハハハ。」

 皆、固まって走っている。

「でも3キロ20分て、楽に見えてそない楽勝でもないぞ、ここ坂多いからな。皆がんばれよ。」

と言って、大山田は前に出てスピードを上げる。皆もそれについていく、普段から練習で走り込んでいるため、俺もそうだが、皆自信はあるようだ。しかし大山田が言った通り、坂で皆、距離があいていった。あまり坂道を走る機会が今まで無かったからだ。初夏の炎天下、汗が頭から洪水をおこしているかのように落ちていく。

  ハァハァ

 俺は一番の大山田の次に合宿場に到着した。そして皆を待っていく、5分たった。達也、山田の順に到着した。しかし井上はなかなか姿を見せない。大山田は気になっていたので優利に聞いていた。

「20分、あと何分残っとる。」

「あと3分・・・・。」

 優利も少し心配していた。当然来れるだろうと計算していただろう?本当にご飯抜きにしてしまうのは可哀想だ。でも、この合宿の士気を高めるには始めから甘くする訳にはいかない。

 二分経った。

 皆、一向に姿を見せない井上が心配になってきた。俺は貧乏ゆすりをしながら、待っていたら達也が言った。

「おい!井上が見えたぞ!」

 井上が100mぐらい先に見える。

「おい!早くこい井上!時間無いぞ!」

 井上はヘトヘトになっている、でも皆の姿を発見すると元気が出たのか

「待ってて!すぐ行く!」

 井上は駆けだした。

  ・・・・・・・・

 井上が上りきると、達也は優利に言った。

「間に合ったのか?」

 優利はストップウォッチとにらめっこして。そして笑顔で

「大丈夫!全員、間に合ったね!」

 と笑顔で言った。10秒前だった。


 俺達が息を整えて、そしてこれから二日間お世話になる里中荘を見てみる。建物は木造建築二階建て、なんだか古びた旅館に来ているみたいだ。しかしこの施設には、ちゃんと畳のある格技場があるらしく、柔道はもちろん、剣道、そして空手などの練習で利用している人が多い施設らしい。

 皆、ぞろぞろ入っていく

「おい、入るぞ!」

 皆、汗だくで一刻も早く冷たい飲み物、そして、涼しい部屋に入って休みたいという気持ちが運ぶ足に乗せていた。

「お世話になりま~す。」

 そう言って里中荘の中に入る。この施設の受付のところに、老夫婦が扇風機にあたりながら俺達を待っていた。そして、そのおばあちゃんが声をかける。

「あらまぁ、こんなにも汗だくで!歩いて来たのかい?!」

 おばあちゃんは驚いている。それを聞くと達也が言った。

「そんな甘いものじゃないですよ。走って来ました。」

「あらまぁ、はやく涼しい場所にって言いたいんだけど、ここエアコンないのよ。」

「え~!」

 皆、肩を落とした。どうやら涼しい部屋という希望は無いらしい。

「扇風機なら部屋に置いてあるから、そこで休みなさい。冷たいものは自販機あるから、いつでも買ってちょうだいね。」

 そう言って、部屋のカギを渡された。

「くすのきが大部屋で男の子はそこに泊まってね。一人部屋はかえでとくぬぎだけど、そこは女の子と先生が泊まるのでいいかな?」

「えーなんで先生が個室なんだよ。」

「ハハハ、お前らの前でビール飲む訳いかないだろ?!悔しかったら早く大人になれー!」

 としょうもないイケずを言う。全くどっちが大人なんだろう。

 そして、施設を利用する注意事項を管理人のおばあちゃんから聞いて、俺達は部屋に行こうとした。その前に優利が言う。

「ハイハイ、荷物置いたら、すぐ格技場に集合ね!」

「・・・・・・。」

 皆、休ませてくれと言葉にせずとも目で訴えかけている。それを見て優利が

「ハイは?」

「ハイ!」

 皆、この恐怖政治には逆らえないみたいだ。

 皆でくすのきに向かう。そして、しばらく扇風機を回して涼をとる。皆で遅れれば怖くないだ。

「おい!早くしろ!」

 準備ができた勇気が言った。

「エエよねぁ~バス組は、俺らは暑いんや~~~。」

 扇風機に向かって話すことで、音声を変えて話している。

「こんなので音をあげんなよ、うちなんか毎日10キロ走ってるぜ。」

「・・・・・分かっとる。分かっとる。俺も指導する立場やったら、こんな態度許さん。でも、斎藤、ほんまについて来てよかったんか?」

「まぁ、泊まりっていっても大部屋に一人増えるだけだから、そんなに気にすることないだろ?」

「いや、そっちの練習あるやろ?」

 やはり気になっていた。何かしらの違和感はこの時から皆もっていたのかもしれない。その答えを現時点で知っている俺は自然とうつむいてしまった。

「大丈夫だ。それに俺だけ、皆と違うって訳じゃないだろ?同じ道場の仲間だ。」

「せやな。それはそうか、でもインターハイ予選は敵どうしやから、俺らを強くする意味分かるよな?」

 と大山田は核心をつくようなことを言う。

「分かってる。でも、俺が、うちが勝たせてもらうのは変わらないけどよ。」

 と俺達にけん制する。

「そうか、まぁなにはともあれ頼むわ。」

 と大山田が勇気に言った。

「おう。任せとけよ。特に涼介を!」


 そして俺達は水分をとって、柔道着に着替え、飲んで残ったスポーツドリンクのペットボトルを持って格技場に入った。格技場は俺達の泊まる宿舎と違うところに立っている。

「皆、少し遅いわよ。」

 優利は苛立ちながら言う。

「これから遅れるにつき、最後の自由時間、お祭りの時間を一分ずつ減らしていくからね!」

「いや、それはかなんな・・・・。」

 祭を楽しみにしてる大山田は眉をひそめた。

「ハイでしょ?」

「ハイ!」

「よろしい。よし、いつもどおり、エビから始めるわよ!」

 皆、基礎練習から普段通りこなしていった。そして体幹トレーニングをして、その後は今回から個人練習という自由に練習していい時間を与えてくれた。勇気の案らしい。

「個人練習、好きな練習をしていい、乱取をしたければ好きに組めばいいし、技を磨きたいならその技の練習をしたらいい、なにせ、前の試合の感想はここ全員の得意技や試合での駆け引きが足りない、自分が何に対して未熟なのか?それを意識して自由に練習することは強くなることの近道だ。」

 と勇気は皆に言った。皆、各々試合のことを思い出して、自分の中で自分の足りないところを探しているようだ。

 井上が言った。

「山田くん、乱取しようよ。」

 井上は自分が立ち技が苦手なことを意識して、山田にそう誘ったのだろう、体格からみても練習にはうってつけだった。そして山田も井上と体格が似ているので、それ自体は悪くないだろうし、それに井上に寝技を身をもって教えてもらえることができる。

「いいでしょう、やりましょう。」

 二人は乱取を始めた。そして達也は手の指を首の後ろで組んで、俺は何しようかなぁ~と考えている態度をとっていた。

「何しとるんや、達也!俺と組め!」

「はい?」

「お前には強い相手と闘う必要がある。ポテンシャルは高いんやから、あとは勝ちたいって気持ちを強くさせることが必要なんや。」

「・・・・もう分かってるよ。」

「とにかく俺と組めよ。ポカリをかけて!」

「・・・・・それが目的?」

「ちゃうちゃう!それほど勝ちにこだわって欲しいんや。」

 そう言って、大山田と達也も乱取りを始めた。大山田は練習に参加しながらも指導者としての立場も考えている印象を受けた。

 残されたのは俺である。今まで大山田が参加していないことが多かったので組む相手に困ることは少なかったが、余ってしまった。勇気と組めば済む話ではあるが、俺は勇気が前、道場やさっき言っていた得意技を磨くことに気がとられていた。

  ・・・・・・巴投、練習してみるか・・・・・・

 そう思ってると、勇気が近づいてきた。

「お前、なにするんだ?」

「巴投の練習しようと思ってる。」

「いいんじゃないか・・・・それで俺は必要か?」

「まず一人打込でやってみるよ。それで必要になったら、練習付き合ってもらってもいいかな。」

「そうだな、まず一人で一個一個、形を確認していく方がいい。見とくよ。」

 巴投げの練習は一人打込という練習方法がある。一人で巴投の形になるように、後ろに体を捨てて手の動きや足の動きを一つ一つチェックして終わったら、後ろ回りをして立ち上がる、それをひたすら繰り返すのだ。問題は何が自分が未熟なのか、それを分かる必要性があるが、それはある程度分かっているし、横で勇気が見ていてくれているので、有意義な練習になるだろう。

 巴投げの一人打込をひたすらやっていた。それを横で勇気は黙って見ている。俺は一心不乱にやっている。お尻をつく位置や手の動き、初めて教えてもらったとき以上に実践でやったこともあるので、何が足りないか分かってくる。それを必死に修正しようとやっていた。  


しばらく時間が経過した。大分自分では修正されたと感触を持ってきた。その時に勇気が言った。

「じゃあ、俺と組もうか?ちゃんと受身とってやるから、巴投打ち込んできてみ。」

  ・・・・・勇気に巴投げ・・・・・・

 俺は否が応でも、前の試合がよみがえった。俺は勇気に巴投げをしかけて勝ってしまった。そしてその後、その日あったことも。俺の表情を見て勇気は渋い顔をした。

「乱取に変えるか?好きなときに巴投うってこいよ。別に他の技かけてもいいからさ。」

「うん。それでもいいよ。」

 俺はなんとなく感じていることがあった。勇気は体重がかかった捨身技、巴投に足がもう耐えきれないのではないか?それを確かめたかった。だから、乱取りといっても組んだ瞬間にいきなり巴投をしかけるつもりだった。

「・・・・そうか、それならいくぞ。」

 そう言って乱取するため、距離をとって、俺は勇気と手の取り合いをしながら、組み合った。そしてその瞬間に後ろに体を捨てた。

  ・・・・・・・・・

 耐えていた。というよりビクともしていない。俺は捨てたことでただ仰向けになっていただけだった。そして釣手と引手を持ったままの前かがみになっている勇気が言った。

「そんな巴投やっていいって言って、いきなり巴投こられても、分かるだろ?もうちょっと頭使えよ。」

「・・・・うん。」

 俺の不安は払拭された。なんだか、本当に右足に癌があるなんて考えられない。本当に何も今までと変わらない勇気のままなんだなと思い、あの病院であったことが、なんだか嘘のように感じられた。

「乱取、続けるか?それとも持ち上げするか?持ち上げする方が、巴投を磨くにはいいと俺は思うんだけどな。」

 勇気は俺の気持ちを一部始終分かっているのだろうか?俺も持ち上げをしたかった。

 持ち上げとは二人でする巴投げの練習方法である。お尻をつけた状態で足を相手の下腹部に当て相手を後ろに倒れながら持ち上げる練習方法である。これによって相手を持ち上げる膝の曲げ伸ばしの感覚やタイミング、相手のが浮いた時のコントロールの仕方を養うことができる。

 俺は尻をつけて座り、勇気は屈んでお互い釣手と引手を取り合った。そして、後ろに体を倒しながら右足をつき上げ勇気を持ち上げてみる。勇気の体重が右足に乗ってこの体勢はなかなかしんどい。両足で練習してもよかったが、実践的に練習したかったため、片足でやっていた。肝心の感覚だが、実践であるかのよのに勇気を後ろに放っているような感覚は確かにある。ただ膝の伸ばし方タイミングなどはまだまだ改善の余地がありそうだ。俺は勇気を下ろして元の体勢にもどった。

「基本的な練習だけど、ためになるだろ?」

 そう勇気が言う。

「巴投初めて教えたときも一人打込と持ち上げやらせたけど、ある程度、技を覚えて、また基本をやると色々足りないところを再認識させられる。どんな技でも完璧というのは柔道において無い、我流なところもでてくるし、こうやって何度もやるうちに自分なりの技に仕上げていくんだ。」

 とニッタと笑顔を見せて言う。

「納得いくまでやってみ、それで良かったら、実践でもやってみようか?巴投げで投げてみろ。」

 そう俺に言った。俺もそれがこの技の上達に直接つながると思った。そして数十回勇気を持ち上げて、自分自身、納得がいったときが来た。

「勇気、いいよ。」

「そうか、まず組んで、俺を巴投げで投げてみろよ。」

 そう言って、勇気は俺と組んだ。そして、両手を使って勇気を前に崩しながら体を捨てながら下腹部に足を乗せて放りなげようとした。勇気は巴投げがくるのが分かりながら投げられていたため、素直に崩れてくれて投げられ、背中をついて受身をしていた。

「いいんじゃないか?一人練習したこと意識してるって分かる。」

 俺は素直に嬉しかった。

「後は実践でどうやって上手く巴投げをするか?だな、それは乱取しなきゃ磨かれない、やるか?」

「うん。」

 そう言った直後、優利に声がかかった。

「ハイ、自由練習終わり。」

「・・・・・。」

 待ってくれと言いたかった。しかし、もうそんなに時間がかかっていたのか?格技場内の時計をみるとあれから二時間ぐらい経過していた。皆も各々、個人の問題点を練習していたようだ。組む相手も最初見た時とは変わっている。特に井上は大山田に投げ技を徹底的に叩き込まれていた。井上は半べそかいている。


「しばらくご飯休憩、お昼まだでしょ?皆。」

 そう言われてみれば、お腹がグーグ鳴ろうとしている。そして小野先生が格技場に入ってきた。手にはコンビニのビニール袋を二つ持っている。

「お前たちのために買ってきてやったぞ。ご飯代はお前ら持ちっていったから、皆、後で払えよな。」

 まず先にお金の話をする。このしみったれた貧乏根性はどうにかならないものか?と皆思った。そして一方の手で皆の前にビニール袋を置いた。

「ありがとう、先生、ありがたくいただきますわ。」

 と言って大山田が袋の中を見る。

「皆もありがとうって言っとけよ。先生のおごりなんやから!」

「ありがとうございます!」

 皆一斉に言った。

「おいおい!後で払ってくれよ。」

 と言ってレシートを見せる。

「そんなこと言って、ほんまは照れくさいだけなんでしょ。」

「・・・・・。」

 皆、一斉に小野先生を目で訴えかける。皆、大山田にのったようだ。

「いやいや、ダメなものはダメだ。」

 小野先生も譲る気がない。

「・・・・・・。」

 皆も諦めたようだ。

「まあケチなもんはしゃーないか・・・・。」

 と言って、大山田もここは一旦引いたが、達也がもう一個のビニール袋に水滴がついているのを気が付いた。

「先生、そのビニール袋の中身何ですか?ジュースですか?喉カラカラなんですよ。」

 と達也が言った。それに対して先生は

「これか、これは、あれだ。ビールだ。」

 と言って、ビニール袋を持ち上げて中身を見る。

「夜、一人で晩酌しようってな、お前らには悪いが・・・・・。」

 そう言うと、皆しらけてしまって横目で小野先生は見る。

「一人だけずるいよ先生。」

「そうだ!そうだ!」

 皆、小野先生に野次を飛ばしている。

「ククク、大人だけの楽しみだ。お前らはポカリでも夜なべ飲んでろ!」


ワイワイやってると、勇気が優利に話しかけていた。

「お前らの部活、皆、仲いいな。先生までなんか面白くて飽きなさそうだ。」

「そうね、皆仲良いんでけど、先生を含めて問題児だらけなのよ。」

 と頭を手の平で押さえて悩ましげに言った。

「でもチームワークって大事だぜ、団体戦はそいつに託すんだからな、だからこのチームはいいチームだ。」

「そうね、皆、仲良しだし、信頼できる子達よ。多少のバカなところは目をつむらなきゃね。」

 と笑顔を勇気に返した。

 皆、先生の買ってきた弁当をいいもの順に奪い合い。そして固まって座って食べた。

 そして食べながらはしゃいでいると優利が皆に聞いた。

「自由練習どうだった。何か新たに気付いたことないかな?」

 その質問に皆、食べる手を止めた。そしたら井上が言った。

「投技、徹底的にしごかれて、気付いたことなんて無いよ~。」

 そう言って大山田を見る。大山田はウンウンと頷きながら

「前みたいに寝技メインの試合運びはあかんのや、立ち技も強ならんとな。でも、絶対成果は出てると思うぞ、しばらくしたら分かってくるわ。」

 と返した。

「そーいう大山田君はどうなのよ?この自由練習は大山田君にも何か見つけて欲しいと思ってやったのよ。」

「俺か、俺なぁ、まぁ達也と組んで、達也なかなか強いから俺の練習にもなったんちゃうか?」

「ん~。」

 優利は少し頭を悩ませた。

「本当は大山田君には勇気や涼介君と組んで欲しかったの。組手争いの手の速さをもっと磨かないと思うから。」

「せやな・・・・。」

 と言って、前の試合を思い出したようだ。確か、手の俊敏性が勝敗を左右した決定的な試合だったそうだ。

「山田君は?」

「僕ですか?僕は、井上先輩と組んだり寝技を磨きました。瀬川先輩と組むことで駆け引きも習得してきているはずです。」

「そうね、寝技あまりしてきてないもんね、そういう意味では井上君と練習したのは収穫だったね。」

 優利は笑顔を山田に見せた。

「瀬川くんは?」

「俺か、俺は大山田との乱取で強い相手もっと組む必要性を感じたな。」

「そうね、瀬川君は平均的だから、ランクアップするにはその必要性があるかもしれない。」

「それで、最後に涼介君ね、なんで巴投の練習してたの?」

「巴投を得意技にしたいんだ。」

「う~ん。巴投好きだもんね。試合運びで巴投げを実戦で上手く使えたらいいんだけど、まぁ他の技も苦手って訳でもないから、得意技作ることもいいかもしれないけど。」

 優利は指導者として、俺に一番何が必要か考えているようだった。一つの技だけを磨くのは、仮にその技だけを完璧になっても、それだけで勝つのは難しい。しかし、その技を警戒させることには意味がある。それを警戒させて、他の技を出すときまりやすくなるし、それがゆえに得意技がきまることもある。そういう心理的な駆け引きも柔道では重要になのだ。

 優利は少し考えた後、

「そうね、巴投げ磨いてもいいわ、でも他の技もちゃんと磨くこと、まだ技の覚えたてなんだから、他の技でもちゅんと勝てるようにね。」

 と言ってくれた。

 そして、皆、ご飯を食べ終わると

「これから晩御飯まで、練習再開するわよ!」

「え~腹が膨れて動かれへんわぁ~。」

「大丈夫、そのお腹が減るプランを考えているから。」

「どういうことや?」

「走るわよ。坂道ダッシュよ。」

「・・・・・・死ぬわ。」

 完全に大山田の目は死んだ。


 俺達はその後、坂道をダッシュさせられ、そしてまた格技場に戻ってきた。皆、汗で下着がビッチョビチョだ。

「ハァハァ。」

「ほんまに鬼やな。」

 自販機で買ってきた、スポーツドリンクを皆、真上に向けて、止まることなく喉を鳴らしている。

「皆、水分補給はしっかりね。」

「体力つけなあかんのは分かるけど、さすがにキツイな。」

「ハイハイ、不平言わない。今から組手中心にやっていきたいけど、組む相手足りないから勇気にも入ってもらうわ。」

「よろしくな。」

 勇気はそう言った。

「皆、自由に組んで。」

 そう言ったら、大山田は勇気の前に立った。

「俺と組まないか?」

「・・・・・分かった。」

 勇気はどうやら俺と組みたかったようだ。でも大山田と組むことは自分の練習になる。そう思って引き受けたようだ。俺は山田と組み、井上は達也と組んだ。

「取と受が決まったら、最初はゆっくり打込するわね。」

 そう優利が言うと、皆、取と受を決めた。取とは投げる動作に入る方、受とは投げられる動作になる方である。俺は先に取をすることになった。

「打込始め!」

 そう言うと、取の方は皆、ゆっくりと技をかけだした。背負投や大外刈、皆、一個ずつ正確に技を確認しつつ、技を繰り出していく。

 そして5分ぐらい経った。

「今度は取と受けを反対にして。そして、さっきの問題点を受けの方がアドバイスすること。」

 そう優利は言った。

 俺の相手の山田はそう言われて頭を悩ませた。

「う~ん、山本先輩の問題点と言われましても・・・・・。」

 山田は考え込んでいた。そんな言葉を詰まらせている状態を見て、優利が近づいてきた。

「山田君、問題点じゃなくてもいいから、率直に感じた感想を聞かせて。」

「癖が全く無いです、基本に忠実でとてもキレイです。」

「そうね、この短期間で本当にどの技も基本に忠実でキレイと思わせる程、技を磨きがかかっている。でもね、逆に癖が無いのがあまり良くないのよ。」

「・・・・というと?」

「皆、基本を覚えたら、どうやった方が自分には技が上手くきまるか、基本を変えていくのよ。でも、それは個人のやり方だから、人にはあまり教えられない。自分がやりやすいようにやってるからね。でも一つだけいいかな?」

 そう言うと、優利は俺と組み合った。

「大外刈なんだけど、もっと相手の右足のギリギリに左足を踏み出してみるの。」

 そう言って、優利は俺の右足の方向に左足を踏み出した。

「でもこれじゃあ、体を横に入れられないよ。」

「そう思うでしょ。」

 そう言うと、優利は腰を振って動かすことによって、体を僅かな隙間に入れて、なんと真横に着いていた。

「真横につけたでしょ?そうして、後は左足で相手の右足を刈る。」

 優利はそう言って、投げ、俺は受身を取った。

「これは予備動作が少ないから、効率的かつ早く大外刈りをかけられる。私の癖よ。」

 確かにこの動きは大外刈の基本である、一足長分、離して踏み出す大外刈とは違うやり方である。しかしかなり実戦的だと感じた。早いし、なにより、踏み出す位置を大きく踏み出さないことで隙が生じさせない。

「あんまり癖は教えたくないんだけど、自分に合ってると思ったらやってみて。」

「うん。」

 そう俺にアドバイスをしてまた、皆を見渡せる位置に戻っていった。

 他の皆はどうなんだろう?そう思って、皆を見てみた。

 勇気は大山田にブツブツ言っていた。大山田も少し顔を歪めていたが、聞く耳をもっていないことは無いようだ。

 そして達也は井上になにやらしかるように注意している。井上は大変だ。皆から、こうやって厳しい助言ばかり受けている。でも、べそをかきながらも真剣に聞いている。

 そして今度は逆だ。俺が受になり山田の技を確認しなければならない。

「始め!」

 そう言われて、山田は俺に技をかけている。自分と比べてまだ未熟だと感じていた。基本の動作がまだ完全にできていない。山田は本番に強いタイプの選手なので、このままでも技をきめられることはできるだろう。ただ、一本をとれるまでの技術では無い。これは、アドバイスすることが沢山あるなと思い、受けていた。

「終了、同じようにアドバイスしてちょうだい。」

 俺は山田に一個一個の技を具体的にアドバイスした。他の皆、井上は達也に何をアドバイスしたらいいか分からないようで、優利が向かっていた。そして大山田は勇気と話し合っている。どうやら、大山田が思ったことは勇気に適確かどうか微妙なようで、話し合いで一緒に考えているようだ。さすがレベルの高い二人である。しばらく経って優利が言った。

「今度はスピード上げて、スピード打込よ。これも同じようにお互いアドバイスし合ってね。」

 どうやらこの合宿は、自分達でどうやって強くなっていったらいいか、それを考えさせて、練習することが目的なようだ。どうやったら強くなれるか考えること、それは自身を上達させる近道になる。それを各々認識させることは大きな意味を成しているのだろう。今までのように教えてもらったことをただ鵜呑みにするのではなく、自分で考える、そのステップを踏んでいる俺達はかなり前進することに繋がるだろう。

 スピード打込も終わり、時間がかなり経過した。そして優利は言った。

「最後の練習は乱取よ。今までやってきたことがこれで、どう反映されるか練習するわよ。」

 お互い組んできた相手と組む。俺自身の乱取も気になっていたが、やはり気になるのはレベルの高い二人、勇気と大山田である。二人はどう乱取するのか、それは柔道部全員が気になることでもあった。俺達は指示されていないが、勇気と大山田の乱取に注目していた。皆の気持ちを察してか、優利は手を止めている俺達を黙認していた。

「前のようにはいかへんで、今回はまともな勝負にさせてやる。」

 大山田は勇気にそう言った。

「・・・・・・練習なんだから、そんな気を張るなよ。まあ俺も手は一切抜く気もないけどよ。」

 そう言ってお互い距離をとりながら、乱取を始めようとした。前の試合のことはなんとなく知っている。大山田が頭からクロスグリップをかけられて動けなかったようだ。それが起こった理由は大山田の方が手の動き、組手争いが弱いことを示唆している。

そしてお互い距離をつめて、組手争いをし始めた。勇気は先に普通に大山田の外中袖と横襟を取った。今回はクロスグリップをしなかったようだ、それが出来なかったのか、しなかったのかは分からないが、勇気と大山田は身長は同じぐらいだが10キロぐらい体重差がある。腕の力は同等だが、普通に組んだ状態なら、体重差を利用して勇気が前後左右に揺さぶられやすく崩されやすくなる。だから勇気は俊敏さを利用して大山田より早く技をかける必要があっただろう。しかし勇気はそれをしなかった。手を抜いていた、そう考えられることは考えられることだろう。しかし、これは試合では無いのだ。そんなに一発で試合をきめる必要がない。現状になることで勇気にとっても練習になると考えての行動だと思われた。

 そして大山田は勇気を揺さぶり始める。といっても勇気はなかなか崩れない。大山田は無理矢理、得意技の背負投をかけた。しかし背中に乗せることができず、勇気は手をふりほどいて、距離をとった。勇気の意図としては、まず体重差のある相手の攻撃に耐える。そのことを実感したかったのかもしれない。

 そして組手争いがまた起こる。しかし、手の動きが勇気の方が数段上である。勇気に先に取られてしまった。勇気は今度はそのまま仕掛ける。勇気が後ろに大山田を押しながら右足で左足を刈ろうとした。大山田は勇気の俊敏な動きについていくのがやっとのようだったが、右足を引いて左足はすかすことで技にかかることを避ける。勇気は大山田が不安定な状態を見計らった瞬間、すぐに大山田の右側につき右足で左足を素早く刈った。大内刈から大外刈の連絡技である。

 大山田は受身をとり。そして立ち上がりながら言った。

「次や次。乱取は数こなさな強くなれん。」

 悔しい気持ちもあっただろう、しかし、自分を高めるという意識が誰よりも高いため練習と割り切って、その思いを捨てているようだった。

「はい!皆、見てないで、各々始めて!」

 優利は手を叩いて俺達に急き立てる。俺と組んでいる山田も大山田の乱取を見るのを止めて、お互い向き合い、乱取を始めた。

 山田、試合に強い印象がある。今までの打込ではボロが出ているところがあるが、それをカバーするほどの勝負強さとは何なのか、気になっているところだった。

 俺達は距離をつめて組手争いを始める。俺の方が数段早い。体格差もあるので、崩しやすいと思い、俺はそのまま内股をすぐかけ、投げようと試みた。

 手で前に崩すように引き、踏み出した右足を起点に180度回転し、右足を相手の股に入れながら投げようとした。

  ・・・・・・・・・

 耐えられていた。俺の足を股で挟んで、腰を落としていた。前の試合でこの技術を見せたことは聞いていたが、本当に実戦でも出来る。山田のポテンシャルに驚かされた。この前の試合ではこのまま大腰をかけたようだ。おれは素早く足と手を離し、そしてまた距離をとった。これは気が抜けない。正直、大山田以外の柔道部員は敵では無いと思っていた自分が少し恥ずかしい。

 俺がそんな思いをめぐらせていると、なんと先に組まされていた。俺も急いで組む。山田はそのまま、前後に揺さぶり出足払をしかけようとして、俺の右足の外を刈ろうとしていたが俺は崩れていない、技は不発だった。しかし崩れていないとはいえ、気が抜けない技の動きだった。その一連の動きが終わり、山田が左足を戻した瞬間を俺は右足で山田の左足を刈る大内刈をしかけた。しかし、これも足を下げられる。しかし戻して、不安定な状態の山田を手を使ってさらに後ろに崩し、反動で前に出ることを見越してそのまま背負投をしかける。右足前回りさばきをして、背中にのせて放りなげたのだ。前後に揺さぶった連絡技である。

 この背負投はきまって、山田は受身をとった。

「痛たたた。やっぱ強いですね、山本先輩。」

 そう上体を起こしながら山田は言った。

「いや山田こそ、まさか内股を本当に防げる技術を持っているなんて思わなかったよ。」

 と俺も山田をほめる。

「次です!先輩。やりましょう。」

「うん。」

「次、奥襟つかんでくれますか?」

「奥襟・・・・・。」

 俺は聞いた話を思い出した。山田は奥襟を掴まれて身動きがとれなかったそうだ。体格差がある相手は、奥襟を掴むことで山田の動きを封じてしまうことができる。それを克服したいようだ。

「分かった。」

 俺はそれを了承した。そして山田と俺は組手争いをした。ああ言ったものの、つかまれにいってくれている訳ではない。動きは本気だった。その山田に対し俺は苦しくも奥襟をつかむことに成功した。奥襟を掴まれた山田はそのまま下を向いて動けない。俺は技をかけようか迷っていた。

「遠慮しないでください。投げてもいいですよ。」

 そう言ったので俺は投げの動きに入ろうとした。そしたら、山田は頭を少し下げ、体を左右に振りながら俺の奥襟を持っている釣手を引手で押し下げ、奥襟を掴んでいる場所を動かし、顔を上にあげたのだ。

 驚いた。この技術は俺は知らなかった。おそらく試合後に対策を聞いていたのだろう。しかし、それを練習とはいえ実戦の間で習得することができた山田は驚かされてばかりだ。

「先輩できました。」

 組み合っている状態だが、山田は嬉しそうだ。優利もこっちを見て嬉しそうな顔をしていた。

「よかったね。でも乱取の最中だよ。再開するよ。」

「はい!」


 その後、俺は山田と乱取を続けた。山田のためにあえて奥襟をつかんだこともあって、そのまま俺が投げたこともあったが、ちゃんと対策できていた時の方が多かった。山田も大きな手ごたえを感じているようだ。


 その後は、寝技中心の練習をして、時間は夜の7時になっていた。

「今日はこれまで!」

 そう言って、優利は手を叩いた。

「フゥー=3・・・・・」

 皆、大きなため息をついた。

「やっと終わったか、あーしんど。」

 大山田が膝頭を抑えて言った。

「そうだな。本当に疲れたよ。」

 そう達也が言う。

「やっと終わったぁ~・・・・・・。」

 井上が精根尽き果てたようで、涙ぐんだような顔になっている。井上にとって今日の練習は普段よりとても厳しく、そして辛いものだったのだろう。

 暇だからだろうか?練習を途中から見ていた、小野先生が言った。

「晩御飯はでるみたいだから、早く食堂に集まれ。」

 こんなに練習をした後だからだろうか、お腹がググー鳴り出した。

「皆、食堂に行きましょう。」

 風呂に入りたいし、着替えたかったが、それよりも皆、お腹を満たしたいようだった。

「せやせや、はよ行こ!」

 そう大山田が言って皆、今日の練習の疲れから、うなだれるように柔道着のまま、食堂に向かった。


「めっちゃうまそうやんけ。」

 正直、こういう施設の食事は何一つ期待していなかったが、俺達のために並べられた料理に思わず唾が出る。冷しゃぶ、から揚げ、とんかつなど、ここの施設を利用する人達を意識した、タンパク質が豊富な肉類が数多く並べられている。そして、もちろんバランスを考えて、サラダも大皿にたくさん盛られている。

「腕によりをかけて作ったわよ。さぁ食べてちょうだい。」

 食堂に一人しかいないおばちゃんが俺達に言った。でも食事の前にまず、口がカピカピであることに気付く。冷たい麦茶が入った瓶に視線を集中させられた。

 皆、我先にと用意されているコップに麦茶を入れた。そして

「ファー」

 皆、一瞬にしてコップの中身を空にした。

「生き返ったな!」

 大山田が大げさなことを言う。でもそれは決して大げさなことでは無い。

「うん。」

「じゃあ食べるか?」

 そう言って、皆席に座ってガツガツ食べ始めた。食べ方の汚い井上は元々かもしれないが、皆食べ方は頬張るように食べていた。

「おばちゃん、ご飯おかわり!」

 そう言って、山盛りになったご飯の茶碗を空にした大山田が言った。

「皆、お腹空いてるの分かるけど、栄養バランス考えてよね。」

 優利は俺達に注意した。

「分かってるて、それにその分筋肉に変えたらええ、これからはそんな練習が続くやろ?」

「それもそうね。」

 そう言って、優利は笑顔で言った。

 そして、俺達は食べ終わって、お風呂に向かうためくすのきに戻った。

「暑い、暑い、はよ風呂入ってゆっくりしよ。」

 そう大山田が言った。

「そうだね。」

 と井上が返答して皆、着替えとタオルを持ってお風呂場に行く。俺もついていこうとしたが、皆が行った後、勇気が俺に言った。

「涼介、まだやれるか?」

「・・・・うん。」

「よし、後で俺と組手やろう。」

「分かった。」

 俺はゆっくり頷いた。断っても別に問題ないだろう、勇気も今日の練習の過酷さは分かっている。でも、俺は断ることをしようとも思わなかった。



 皆でお風呂に上がってからトランプをした。このひとときの休み時間はメンタル面を楽にし、ケアしているようだった。明日も頑張れる、そう感じていた。勇気は参加せず、襖の近くの壁にもたれかかって俺達を見ていた。

 そんなとき、優利が俺達の襖を開けた。

そしてすぐ近くの勇気を呼んで二人で歩いて行った。俺は非常に気になっていた。

「お前の番だぞ、早く引けよ。」

 達也が俺に言った。ババ抜きの最中だが、俺は手が止まっていた。

「・・・・・ごめん、お腹痛い。しばらく参加できないから、俺抜きでやっといて。」

「大丈夫か、お前?」

 皆、俺の嘘に心配してくれた。

 俺は走って二人を探した。そうすると廊下の突き当りで二人の姿が消えていくのを発見する。俺はゆっくり身を隠しながらつけていく。そして二人はバルコニーに入るため、ガラス張りの扉を開け入って行った。今日は晴天だったので外はキレイな星空が広がっている。俺はバルコニーの扉の近くの壁に耳をつけてガラス越しに覗いて二人の話を聞こうとした。

 何故俺は隠れてこんな汚い行動をしているのか?それは俺自身を責めたてることではあったが、そんなことを超える感情に俺は支配されていた。

「今日の練習どうだった?」

 優利の声が聞こえる、ちゃんと聞こえるようだ。でも、別にとりとめのない会話だった。

「う~ん。ポテンシャルが高いメンバーだから、明日も練習すれば、大収穫の合宿かもな。」

「インターハイいけそうと思う?」

「大山田、涼介、次第だろうな。でも今年はうちの学校がいかせてもらうがな。」

 勇気は笑顔で言った。

「涼介君か・・・・・。涼介君は私達が柔道に誘って大正解だったね。あんなに強くなる子だって最初出会ったときは分からなかったわ。でも、ここまで強くしてくれたのは勇気のおかげね。」

 優利は笑った。俺の話をしている。俺はドキドキしていた。

「そうだな。アイツはまだまだ強くなる。任せてくれよ。」

 そう言って勇気は優利に笑顔を見せる。

「涼介君のことが大好きなんだね。勇気は。」

  ・・・・・・勇気は・・・・・・


 しばらく、二人は夜空を見上げている。

「キレイだな。」

「田舎に来たら、絶対星空キレイって思ってたから、誘いたかったの。」

 優利がそう言った。俺は少し落ち込む。

「あっ!流れ星!」

 優利が言った。そして言葉を続けて。

「私の部が日本一になるように、勇気が日本一になりますように、勇気と結婚できますように。」

 そう言った。

 勇気は頭を掻きながら言った。

「だから声に出すな。小さい頃に言ったろ?」

「うん。小さい頃の約束、覚えていてくれたんだ。ちょっと変わったかもしれないけど、今でも変わってないんだ。」

 伸びをしながら言う。そして真剣なまなざしで勇気を見た。

「今でも変わってないわ。勇気、私と結婚してください。」

 目は真剣そのものだった。

 勇気はその目を見て、色々な思いを巡らせているように思えた。

「・・・・・・優利・・・・・・それは出来ない。」

 優利の目は勇気を見たまま、微動だにしない、体は固まってしまっている。徐々に涙があふれ出している。

「他に、他に好きな子がいるのね・・・・・・。しかたないね。」

「・・・・・・。」

 勇気は黙っている。優利は体を動かした。俺は走り去ろうとするのではないかと思いすばやく柱に身を隠した。

  ガラガラガラ

 優利は扉を開けっ放しにして泣きながら走っていった。

  ・・・・・・・・・

 俺の頭の中も空っぽになる。しかしドンドン、勇気の行動に怒りのような感情を感じ始める。

 勇気がバルコニーから出てきた。

「近くで盗み聞きしてたんだろ?出て来いよ。」

 俺は勇気の前に姿を現した。勇気は俺の姿を確認した。

「なんで、なんで、思いに応えてやらないんだ!」

 俺は、思いの丈をぶつけた。

「・・・・・・。」

 勇気はまた沈黙した。そして言った。

「涼介、今すぐ格技場に来い。」

「は?」

「格技場に来いって言ってんだよ。」

「分かったよ。」

 俺はこの怒りの感情のやり場がなかった。でも勇気に何かしないと、好きな女の子の思いに応えてやれず泣かせたこの男になにかやりたい。そう思わされて、俺は従った。



 俺は一旦も戻って、柔道着に着替え、格技場に向かうと、格技場は電気がついており、既に勇気が立っていた。

「始めるぞ!」

「・・・・・・。」

 俺は黙って従う。お互い何も言わなくてもやることは決まっていた。乱取、正確には喧嘩だ。

 俺は飛びかかるように勇気の腕を掴もうとした。しかし勇気の方がやはり手は速い。しかし、技をかけるのは俺の方が先だった。小内刈をしかけるため、引手を引き下げ、釣手で後ろに圧力をかけて勇気の右足アキレス腱あたりを右足裏で刈ろうとした。俺は未だかつて無いスピードでこの小内刈りの動きをした。

  ドン

 叩き落される。勇気は右足をすかして、片足で体勢が不安定になった俺を両手で右にハンドルを切るようにして俺を畳の上に落下させた。小内返だ。

「クソッ!」

 今度は大内刈をしかける。右足を股の間にいれて、左足を刈ろうとした。

  ドン

 先に右足を下げられていたようで、そのまま、刈ろうとした右足を左足で払いあげられ左にハンドルを切るように腕を使って体が畳に向かって斜め右に落下させられた。大内返。

 俺はいくどか攻撃をしかけた。しかし、勇気は俺の隙をねらって俺をいとも簡単に投げ飛ばしていく。一向に俺が勝てる見込みがない。俺は悔しかった。しかし、その悔しさよりも、もっと吐き出したい感情が俺を支配していた。俺はそれを勇気にぶつける。

「お前も優利のこと好きなんじゃねーのかよ?」

「・・・・・・。」

 勇気は黙っている。俺はそう言うと、また勇気を組みにいく。今度は俺は背負投をしかける。しかし、俺は上手くかけることができず、膝をついて前かがみになる。勇気は俺の右腕を抱えて俺の体の右側にながれ、右足は下腹部の下に左足の甲を後頭部に当てて、左回りに横転した。その脚の力におれは前に前転させられ、仰向けになったときには左腕を腕ひしぎ十字固をされていた。

 左腕の関節が痛くて音をあげそうだ。

 しかし、俺の口からこぼれ出たのは痛みによる悲鳴では無かった。

「なんで思いに応えてやらないんだ?」

 勇気は腕にかける力を少しだけ緩めた。

「お前に俺の気持ちの何が分かる?」

「俺は優利が好きだ。でも、優利は勇気が好きなんだ。なんで好きなのに思いに応えてやらないんだよ!優利は勇気が柔道できなくなっても、お前と一緒になることの方が大事なんだよ。何故分かってあげられないんだ!」

 勇気は腕にふたたび強くかける。

「俺だって優利と結婚したい。でもな、日に日に体が弱っていくのが分かるんだよ。いつ立ってなくなるか分からない。そんな俺は、もう優利の夢、幸せにすることができないんだよ。こんな俺の気持ちをお前に何が分かるって言うんだよ!」

 痛い、勇気は全然手をゆるめようとしない。

  ・・・・・・・

「もう、もういい。俺がお前の代わりに優利を幸せにする。そして夢も叶えてみせる。」

 俺はそう言い放つと関節技をかけていた手の力が一気に抜けた。俺はその機を逃さず、左腕を抜く。

 そしてお互い立って向かい合う。

「それがお前の目的なんだろ?俺が柔道で日本一になって、そして優利と結ばれる。異論は無いだろ?」

「確かにそのハズだ。でもな、俺に一勝もできない雑魚だったのは誤算だったわ。」

「この野郎!」

 俺は怒りの頂点に達していた。自分でも一体何に腹を立てているのか具体的には分からない。優利のことが好きな俺は、その『ライバル』である勇気の存在はいなくなって欲しいはずである。勇気が譲ってくれること、それは俺にとって好都合なことである。しかし、この勝手に一人で人の行く道を決めつけて、その上に自分が犠牲になる、こんな自己犠牲野郎は許せない。何よりも優利を幸せにすることができるのに、それをしようとしない。そのコイツの心の有り方が何よりも許せなかったのである。俺は勇気に飛び掛かり、組んだ。そして、前後に揺さぶり、俺の後ろに崩そうとした瞬間、俺は巴投げをしようとした。巴投げをするため俺は勇気を釣手引手を上手くつかって後ろに浮かして崩し、それと同時に左足を両足の間に踏み込み、右ひざを曲げて右足裏を勇気の下腹部に突き立てた。そして真後ろに体を捨てていく、この一連の動きは一瞬だったはずなのに俺は動いている間、その時間がスローモーションになっているように感じていた。そして、走馬灯のように頭によぎった。俺が巴投げで勇気との試合に勝てたこと、病院で勇気の病気を聞いてつかみあったこと、そして俺が今日、勇気と一緒に巴投げの練習をしたことを。俺は技をかけ終わった後、泣いていた。

 勇気は受身をとって俺の巴投げに驚いていた。技が決まったこともあるだろう。しかし、それ以上に俺の巴投げは非の打ちどころが無い、完璧な巴投げになっていたからだ。

 勇気は立ち上がって、そして言った。

「やればできんじゃねーか?」

 何度か聞いた言葉だ。そして技をきめて倒したはずなのに泣いている俺の姿を見て。

「今日の言葉忘れんなよ。」

 そう言って、微笑みかけ、格技場を出ていった。俺はそこでずっと泣いていた。



翌日の朝

「あー今日も一日がんばろか?!」

 そう言って、大山田は布団から出て伸びをした。しかし、皆はもう布団をたたんでいる。

「お前・・・・・。とりあえず顔洗ってこい。」

 達也が呆れかえって大山田に行った。

「はいはい。」

 皆、朝ごはんを食べに食堂に行く。

「体、めっちゃ筋肉痛で痛いな。」

 と達也は俺に言った。

「ハッ!」

 俺は達也の返答に応えられなかった。あれから昨日のことが頭の中がいっぱいで、一睡もできなかった。

「あぁ、そうだね。体が痛いよ。」

「お前、あの後も斎藤と練習したんだってな。」

「うん・・・・・。」

 歯切れが悪い俺を達也は心配して顔を覗き込んだ。

「大丈夫か?お前?」

 俺は我に返り、余計な心配を部員までさせる訳にはいかないと思い、気持ちを切り替えた。

「大丈夫だよ!疲れてるだけ。」

「そっか。」

 井上や達也は笑顔で言った。

 遅れているので、大山田が走ってきた。

「昨日の練習で疲れてると思うけど、朝飯食ったら、皆疲れとれるできっと。」

 呑気なことを言う。皆は呆れて

「お前、呑気だな。」

 と達也は言った。

「皆のやる気を起こさせようとしてるのが分からんのか?ほんま分かってないな。」

「いや、お前、それ言ったらダメだし、絶対そんな気無い。」

 達也は言い切った。

「まぁまぁ、なんでもええやないか、ご飯ご飯♪」

 大山田は呑気に鼻歌まじりで歩いていった。

「・・・・・・。」

「まぁそうかも知れないな。ご飯食べて、皆、今日の練習につなげよう!」

 そう達也が皆に言って士気を高めた。皆も元気になっていた。


 食堂には小野先生と先に優利と勇気が座っている。優利はなんだが、目が少し腫れているように見えた。そして二人は離れて座っている。気まずいのだろうか?やはり優利をこんな気持ちにさせている勇気を俺は許せないままだった。

 しかし優利は俺達の姿を発見すると切り替えて

「今日も厳しくいくわよ。ご飯食べたら、ランニングね。」

「え~~!」

 小野先生もその優利の発言に反応した。

「三枝、ご飯食べる前だろ?お腹痛くなるぞ・・・・・。」

「・・・・・・昨日伝え忘れてたの・・・・・。まぁ、いいじゃない!どんな状況でも闘える力を身につけると思えば。」

 笑顔で言ったが、皆はゲッソリしていた。

 大山田が頭を掻きながら

「まぁ、ええか。今日はお楽しみのお祭りがあるしな!」

「そうだね!」

 井上が喜びの声をあげる。

「でもな、井上、立ち技まともにならんと、リンゴ飴なしやぞ!」

「何、そのペナルティ?そんなの元々いらないよ。」

「いらんとは何や!」

  ハハハ

 皆笑った。優利も笑っていた。元気が出たようだ。俺は少し安堵した。

  ・・・・・・お祭りか・・・・・・

 水納祭は水面に浮かぶ色鮮やかな灯篭がなんともロマンティックな光景を目に映し出してくれる。そしてお祭りの最後の花火、目の前の川に映し出された灯篭と一緒に真っ暗な夜の景色を綺麗な色の光で染めてくれる。俺はこのお祭りで優利に告白したらどうだろうと考えた。しかし、いざ連れ出して告白することを考えると、胸がドキドキする。俺は女の子に告白したことなんて無い。それに、ずっと好きだった。その思いを打ち明けること、それがこんなにも胸をバクバクさせ、そして勇気のいることだとは知らなかった。でも、昨日のことを思い出した。優利が勇気に告白してふられたこと、そして勇気が最後に言った。「今日の言葉忘れんなよ。」その言葉がドキドキしている俺の胸を突き刺す。

「涼介君?どうしたの?」

 優利が俺の顔を覗き込む。俺は、なるべく平静を装い。

「なんでもないよ。」

 そう言った。



 ご飯を食べ終わると俺達は昨日来た道の往復をランニングさせられた。時間制限は40分、昨日よりも厳しいメニューだ。しかし、早朝である。まだ涼しい時間なので体力の消費は暑くなる前の日中よりかはマシになるだろう。

 大山田と俺並んで走っていた。そのすぐ後ろに達也、そして山田。また井上はべべだった。でも皆、時間内に戻ってこられた。

「ハァハァ。」

 まだそんなに気温が暑くなってないとはいえ、流石に暑い。喉もカラカラだ。

 優利は時計を見て。

「はい、皆合格ね。」

 そう言ってスポーツドリンクを手渡した。

「ありがとう。えらい気が利くやんけ、これおごりか?」

「小野先生がそう言えばね。」

「先生からか?あのけちんぼ、金取りよんで、まぁ嬉しいけどよ。」

 大山田はそう言ったが、皆ありがたくそのスポーツドリンクをがぶ飲みした。

「ハイ!すぐ格技場に行くわよ!今日は5時まで練習。その後、お楽しみのお祭り行くんだから皆頑張って!」

 優利がそう言って、皆に檄をいれる。俺達はスポーツドリンクを飲み終わると、その言葉に背中を押されて真っ直ぐに格技場に向かった。


「勇気、今日は何しよう?」

 優利は勇気に話しかけにいった。昨日のことをずっと引きずらないようにしているのか、公私混同はしないように努めているのか分からないが、優利は勇気に話しかけにいった。しかし優利の気持ちになると、そのことは辛いはずである。

「お前、プラン組んできてんだろ?」

 と言う勇気の方も意識をしていないようで意識しているように見える。二人の間には昨日の事の顛末を知らない皆には分からない微妙な空気が流れていた。

「うん、そうだけど、昨日の練習の成果を元にして何か改善の余地が無いかな?って思って。」

「見せてみろ。」

 そうやって、お互い紙を見るために、顔を近づける。

 いつも通りのことである。しかし、なんだがお互いぎこちない。そして紙を見た勇気が言った。

「各々、自分がどうやったら強くなれるか?ここで言ってもらって、そこを個別に練習したらいいんじゃないか?課題は各々違うんだ。」

「そうね。午前中はいつも通り基礎練してから、体幹トレーニング。そして、午後からは各々課題の改善にしましょう。」

 そう言って、皆に課題を言わせようとして皆を集めた。

「まず、山田君。」

「僕ですか?僕の課題は・・・・・寝技、立ち技を含めて、すべての技が基本どおりできていません。だから正確にできるようになりたいです。」

 その言葉を聞いて優利は少し驚いていた。そして、ボールペンをもって紙になにやら書いている。

「ふむふむ、ちゃんと自己分析できている。本当に優秀ね。」

 そう言った。

「はい、昨日、山本先輩と組んで色々言われたんですよ。だから自分はまだ基本的なことに粗があるって感じているんです。」

「分かった。私もそう思う。午後からはそれに応じたプランを考えておくね。次は井上君。」

 井上は声にハッとして、そしてしばらく時間をかけて話始めた。

「僕、僕は投技、全然できてないよ・・・・・。」

 なんか、自信を無くしたように言う。それを見て、大山田は

「そんな自身無くすことは無いぞ、井上、どんどん上手なってきとる。」

 そう、大山田は井上を励ました。

「そうね、井上君、確かに上手くなってきているわ。気を落とさないで。でも、もうインターハイ予選まで時間が無いの。だから、技絞ろうか?」

「というと・・・・・。」

「立ち技の中でも得意な技だけでも完璧にするの、試合の駆け引きでそのことは不利になるかもしれない。でも、特定の技を徹底的に磨くことも必ず有利に働くから。」

 そう、微笑みながら言う。

「分かった。」

 少し顔をうつむいた。きっと、どの技もできるようになりたいんだろう?でもそれをすることが一番早く強くなる近道なのだろう?そう思い直して顔を上げた頃にはまっすぐな目をしていた。

「次、瀬川君。」

「俺、俺なぁ、どの技も平均的だと思うけどな。」

 と頭を悩ませた。

「うん。瀬川君は難しいね、どれも悪く言えば中途半端。」

「ひどいな!」

 達也はその言葉に強く反応した。

「これは数こなすしか無いな。乱取しまくるのが一番早いと思うな。」

 と勇気が言う。

「そうね。そういうことでよろしくね❤」

「・・・・・・なんか、俺だけ適当だな。」

 達也は呆れている。

「次は大山田君ね。」

「俺か、俺は、体でかいのもあるやろうけど、動きのろいわ。正直、体小さい奴なんて力でねじ伏せたらエエっと思ってた。でもインターハイ予選には斎藤みたいな奴いっぱいおるんやな。速さやろうな。」

「そうね。一朝一夕にその課題は難しいと思うけど、頑張って。」

 そう優利は大山田に言った。

「次は涼介君ね。」

 俺は悩んだ。自分の欠点、分からない。特別力が無い訳でもないし、動きの速さには多少自信もある。それでも、勇気や大山田にはまだまだ敵わない。その差は、それこそ経験の差、一朝一夕でどうにかなるものでは無い。そう思っていた。

「強い相手に勝てるようになりたい。」

 俺はそう言い放った。それを受け、皆驚く。優利はその言葉を聞いて少し考えた。

「そうね、涼介君は正直、もう個別に教えることは無いの。後はやっぱり、試合での駆け引きかしら。後、巴投ね。決め技にしたいんでしょ?」

 俺はコクリとうなずく。

「分かった。午後からのプラン、皆の要望に応えられるように考えとく。とりあえず、基礎練よ。その後体幹トレーニング、午前中にこなしていくわよ。」

「はーい。」

 大山田が伸びた返事をした。

「ハイでしょ。」

「ハイ!」

 皆、声を揃えて言いなおした。



 午前中に基礎練習や体幹トレーニングを終えて、お昼ご飯を食べ、そして午後から練習を再開した。優利はご飯を食べているときまでペンを持って紙とにらめっこをしていた。練習を始める前に皆に言った。

「大山田君は勇気を中心に乱取して。昨日と同じだけど、勝てる回数を増やすように。」

「瀬川君と涼介君の二人でペアになって基本やってもらうことにするわ。でも時々、大山田君や勇気と入れ替わって。」

 俺達は頷いた。

「そして、井上君と山田君だけど、技の上達が先だから、乱取はしないわ。打込中心ね。私も入るから三人で技を形にしていきましょう。」

 優利も入るようだ。この練習は一番効率的だろう。技を磨く組、そして駆け引きを磨く組に分かれて練習することはお互い目的が違うため、効率的に思えた。

それぞれの組に分かれて俺達は練習を始める。

 俺は達也と組もうとするとき、横で組み合おうとしてる大山田が勇気に言った。

「昨日と同じやな。今日もよろしくな。」

「昨日みたいな、頭から闘志むき出しじゃないんだな。」

「俺はいつでも冷静やで。自分を強くするためなら、負けを増やすことも厭わん。」

「・・・・・そうか。」

 冷静?皆、大山田の言動を訝し気に思った。そして二人は組み合った。昨日と同じで手は勇気の方が速い。皆、第一戦だけは手を止めて見ていた。

 しかし、大山田もつかみにかかる。そして最初にしかけたのは大山田の方だった。まず小外刈をしかけるため右足裏を勇気の左足かかとを刈ろうとした。しかし勇気は右足を下げてこらえた。そして、勇気が体勢を戻すため右足に体重を乗せた瞬間、小さい声が聞こえた。

  (クッ・・・・)

 その声が聞こえた直後、大山田は背負投をしかけて、勇気は前に放りなげられていた。

  ・・・・・・・・

 何度か組めば勇気は大山田に投げられることもあるだろう?皆もそう思っていたに違いない、しかし、皆、この一連の動きを見て不審に思ったことだろう。よくよく思い起こすと練習試合に俺に負けたこともそうだ。不審に思わずにはいられない。一番、そう思っていたのは優利だった。この乱取を見て驚いていた。真実を知っている俺は、昨日のこともあるが、そう皆が感じていることに少し敏感になっていた。

 そしてもちろん組んでいた本人、大山田も何か感じていた。

「・・・・・お前、もしかして・・・・・・。」

 眉間に皺をよせて、大山田は勇気を見た。

「どうした?一勝したぐらいで、俺に勝った気になってるのか?」

「・・・・いや、そういうことじゃなくて・・・・・。まぁいいか、続けようや。」

 そう言って二人は乱取を続けた。しかし、皆がおかしく思ったのは、この一回だけで、後は、大山田が投げ飛ばされていた。それによって皆のなんとなく感じる不審感は払拭されていったようだった。ただ、大山田と優利を除いては。

 俺はその後、達也と主に組んだ。達也はやはり他の柔道部員と違って、力、技術ともに高いため、気が抜けない良い練習になった。ほとんど勝っていたが、たまに投げられもした。そして交代して、大山田とも組んだ。まだ歯が立たない。動きは俺の方が速いが、経験から裏打ちされる技術、それはとても敵わないものだった。大山田には一度も勝てなかった。しかし、良い闘いになったときもあり、大山田にも実りのある練習だっただろう。しかし今日は勇気とは一度も組まなかった。俺は無意識に組むことを心理的に拒否していた。そんな様子を勇気が見て、勇気の方からも引いてくれていたのかもしれない。

 井上、山田は優利に手取り足取り投技や寝技を指導されて、時間が経っていった。時計は午後5時をさしていた。

 優利は皆に言った。

「今日はこれまで!」

「ん~~。やっと終わったか、この鬼合宿。」

 と伸びをしながら大山田が言った。

「ん~~。でも、合宿は終わったけど問題が山積みよ。」

 優利は頭を悩ましながら言った。

「そうやな。でも、課題を意識できただけども大収穫。後は残された日数でどんなけ克服していけるかが重要やないか?」

 と大山田が言った。

「そうだね。それに、必ずしも今年はインターハイに出場しなければならない訳じゃないし、私達には後一年あるんだから、前進できたらいいのよ。」

 その優利の言葉に勇気と俺は反応した。

  ・・・・・・あと一年あるか・・・・・・・・

 俺達は違う思いでお互い同じ言葉を思い浮かべただろう。

「と言っても、今年は宗明に勝って出場する気はあるんだろ?」

 と達也が言った。

「当然!」

 と大山田と優利は声を揃えて言った。

「そうよ、皆これからも厳しく練習していくわよ!はい。」

「エイエイオー!」

 言わされたが皆、声を揃えてこぶしを突き上げた。

「はい、それではお祭りにいきましょう。皆、着替えてきて。私、浴衣持って来たんだから!」

「は?!お前、祭はついで程度に考えてたんちゃうんか?なんで一番楽しんどんねん。」

「ふふふ、まぁいいから。」

 その後、不気味な笑いが聞こえた。いつからいたのだろう。小野先生が窓から差し込んだ日差しの影に隠れて立っていた。

「ふふふ、お前への請求書だ。」

 と言ってレシートをかざす。

「皆、早よ着替えて行こ行こ。」

 俺達は全員小野先生を無視して出て行った。


 そして俺達は着替えて里中荘のロビーで待ち合わせていた。

「優利遅いね。」

 そう俺が言った。

「あいつ着付けできるんかいな?!絶対手間どっとんで(笑)。」

「あ、来たみたいだよ。」

 と井上が言った。井上が指を差す方向そこに優利が走ってやってきた。

  ・・・・・・・・・

 俺達はしばらく見とれてしまった。普段、制服と柔道着姿の優利しか見たことがないので、女の子らしいところを見たことが無かった。本当に似合っていてかわいらしい。

「ごめん、着付けに時間くっちゃった。」

「・・・・・お前、女やったんやな?!」

 大山田は本当に失礼極まりの無い発言を優利にした。

「ちょっと、それどういう意味!」

 優利はプンプン怒っている。大山田も焦って。

「いや、ごめん似合ってるっていうことや。」

「もう、何それ!」

 まだプンプンしている。でも言葉を続けて

「でも、ありがとう。」

 そう皆に微笑みかけて、そして横目で勇気をチラリと見た。勇気は別に変った表情をしていない。それを見て優利は少しうつむいた。昨日あったばかりだが、二人の間には微妙な雰囲気があるのが俺には分かる。しかし、優利は元気な声で皆に言った。

「さぁ、行きましょう!」


 そして俺達は二日間お世話になった、里中荘の管理人夫婦に挨拶をした。

「ありがとうございました!」

 皆、頭を下げて言う。

「そんな、かしこまらなくても、いつでもまた来てね。うちは年中無休で貸し切りだから。」

 ここの経営は大丈夫か?とその言葉を聞いて心配になったが、ここの待遇は良かったし、そんなことを言ってもらえて嬉しかった。

 そして皆、歩いてお祭りが開かれている川に向かう。お祭りの会場は川の中流から始まり、そこから山を上って上流まで、結構長い距離まで会場になっている。しかし、上流付近には屋台は少なく、そこで灯篭を上流から流すのだ。

 俺達は中流付近まで歩いた。日が大分沈んで、6時ぐらいになっていた。俺達は河原に降りるため、川の堤防の階段を降りて、屋台が立ち並ぶ会場に着いた。会場は結構人だかりができ賑わっている。そして大山田はリンゴ飴の屋台を発見すると井上に言った。

「よかったなぁ~井上、リンゴ飴あるぞ。リンゴ飴。」

 まだ言っている。井上はしらけていたが、もうしょうがなぁという顔で言った。

「分かったよ。一緒に食べよう。」

 大山田は嬉しそうに

「そうか、そんなに食べたかったんか?!井上。ほんなら買いにいこう。」

「・・・・・。」

 大山田は走ってリンゴ飴の屋台に向かう。井上はしぶしぶついていく。そして美味しそうに大山田はリンゴ飴にかぶりつきながら戻ってきた。

「あ~これのために合宿来たようなもんやからな!」

 また失言をした。皆、少し頭を悩ませる。

「なんやそんな顔せんと、皆、お祭り楽しめ!せっかく来たんやから。」

 そう言うと皆、大山田の失言を忘れて。

「そうね、せっかくだから楽しみましょう。」

 と浴衣の袖を楽しそうに揺らして優利が言う。それを聞いて小野先生が言った。

「お前ら時間大丈夫か?このお祭り終わるの8時だから、帰り遅くなるぞ。」

「そうね。でも、どうせなら最後の花火まで見てみたいわ。」

「おっ分かるやんけ、三枝。そうやな、帰りどんだけ遅くなってもええから、最後までおろか?」

「お前らなぁ・・・・・・。引率者の気持ちになってくれよ。お祭り終わってもこの人だかりな、すぐ帰れられるとは限らないんだぞ。まぁいいか、8時にこの階段前に集合すること、後、絶対に迷子にならないこと。後、親御さんにも連絡しといてくれよ。」

「はーい。」

 皆、携帯電話でメールや電話をした。

「はい。では楽しみましょう!」

 俺達は皆で固まって歩いて屋台をまわっていた。しかし優利と勇気の間には昨日のことを引きずっていることは二人が歩いている位置で分かる。優利は先頭で大山田や井上の行動に行動に困らせながら、ときには笑って歩いていた。俺と達也と山田は真ん中の方で、話しながら歩いている。そして勇気は一番後ろだった。誰とも、何も言葉にせず、黙々と歩いている。本当ならば優利は勇気と一緒に歩いていたかったのだろう?浴衣も、もしかしたら勇気のことを意識して持ってきていたのかもしれない。でも歩いている距離がそのことを物語っているように感じた。という俺自身も昨日の夜から勇気と一言も会話していない。俺も勇気とは気まずいままだった。


「射的あるよ射的!」

 井上が一人で勝手に歩いていき、そして射的の屋台まで行く。

「もうはぐれちゃうよ!井上君。」

 この二人の行動は読めないので、優利は二人の相手が大変そうだ。でも、困っている顔をしているが、なんだか楽しそうだ。優利はこの柔道部のメンバーとは柔道部を作る前はほとんど関わりを持っていなかった。でも、このメンバーと一緒にいることはとても幸せそうに見える。皆、部の設立からの紆余曲折があってここにいる。そして、そんな皆と柔道をすることで一つになり、個性の強い皆と絆を作っている。皆も優利を信頼しているし、そして優利も皆のことが大好きなんだと思う。本当に柔道部を作って、皆と出会えてよかったと心から思っているように思える。それが笑顔で浴衣を着て嬉しそうで舞っているように見える優利からうかがえるのである。

 俺達は駆け足で井上の方に向かう。井上は本当にほっといたらはぐれそうだ。そして帰ってこれるのか?皆心配するところである。

「井上君、勝手に走ったらリンゴ飴無しよ!」

 優利が大山田と同じことを言った。それに少し焦って反応して

「なんで、大山田と同じこと言うのさ!」

「ハハハ。」

「三枝、それはキツイんちゃうか、井上にリンゴ飴無しは、イギリス人にティータイム無しと同じぐらいキツイぞ。」

「・・・・・。」

 意味不明だ。しかし、皆それにはつっこまなかった。そして大山田が言った。

「射的か・・・・。まかせろ、大阪のゴルゴと言われた俺が井上になんかとったる!」

 そう言った。

「大山田君、本当に上手いの?口だけじゃないわよね。」

 と大口を叩いた大山田に優利がそう言った。

「まぁ見とけって、おっちゃん、なんぼや?」

「300円。」

 大山田は300円払って、銃口の先を注視しながら言った。

「ほんで井上、何が欲しいんや?」

「僕・・・・・。」

「怪物ウォッチの時計やな。」

「違うよ!」

「ハハハ、まぁ任せとけ。」

 そう言って、怪物ウォッチの腕時計に狙いを定めて打つ。

 全部明後日の方向に飛んで行った。

「ほら、口だけだった。」

「・・・・あれ、おかしいな?本場(アメリカ)で銃触ってないせいかな?」

 そう言って意味不明な発言でフォローしようと大山田は試みたが、皆無視した。

「じゃあ私、やってみるね。」

 そう言って、優利は的屋のおじさんに300円払う。

「何が欲しいんだ?三枝は?」

 そう達也が言った。優利は銃の狙いを定めた。狙いは今、女子に流行りの熊猫マンのぬいぐるみだった。

「あれ!」

 そう言って、顔を真剣にして狙いを定める。

 全部外していた。優利はがっかりした顔をしていた。

「あ~取れなかった。」

 見ていた俺に優利が言った。

「涼介君もやってみない?」

 優利が期待している顔を向けて言う。これは断ることが出来ない。

「・・・・・やってみるよ。」

 そう言って俺も熊猫マンのぬいぐるみに狙いを定める。手には汗を握っていた。慎重に銃口の先を熊猫マンに合わせる。女の子の期待を背負って何かをするなんて初めてだ。暑いからだろうか、頭から汗がにじみ出ている。熊猫マンに対して目が焦点もあっていない。一回、目を右手でこすった。そして、もう一度照準を合わせる。

  ・・・・・ここだ・・・・・・・

 俺は引き金を引いた。熊猫マンの上部にコルク栓が当たった。

「惜しー。」

 皆、口を揃えて言う。熊猫マンは後ろに少し下がった。

「後、二回ある。大丈夫や!」

 そう大山田が言った。俺はもう一度、同じ軌道になるように銃をかまえた。

 また当たった。もう熊猫マンは落ちそうだ。

「頑張れ兄ちゃん!」

 的屋のおじさんまでも俺を応援していた。最後の一回。外すわけにはいかない。俺はもう一度かまえ打ちはなった。

 熊猫マンは後ろに落ちた。

「やったあ!」

 俺は声を上げて喜んだ。

「涼介君は大阪のゴルゴとは違って、口だけじゃなかったわね。」

 そう言って笑顔になっていた。少し照れくさくドキドキした。そして俺は的屋のおじさんから熊猫マンを手渡され、そして優利に渡した。

「えっ!いいの!?涼介君!」

「うん。」

 頭を掻きながら言った。

「やったぁ!」

 無邪気に優利は喜んでいる。本当に嬉しそうだ。

「大事にするね涼介君。ありがとう!」

 優利がそう言うと大山田が笑いをこらえながら何かを言おうとしていた。

「何よ?!大山田君。」

「いや、熊猫マン、殺生やなって。」

「は?」

「だって、毎日、この熊猫マン、三枝に寝技きめられんで(笑)。」

「そんなことしないわよ!」

「ハハハ!」

 皆笑っていた。このままこのメンバーでずっといられたら・・・・・そんなことを俺は考えてしまった。練習はキツイけど、毎日が本当に充実している。なによりも、皆で苦難を乗り越えていくので、絆が日に日に強くなっていくのが分かるし、何よりも楽しいのだ。このメンバーならどんな障害も乗り越えていける。自分を預けられる、そう思ってしまった。皆も同じことを思っていてくれているだろう。


 そんなことを皆と笑いながら思っていたら、勇気が俺の近くまできて耳打ちした。

(ちょっと、着いて来い。)

 俺は昨日のことで勇気に対する気持ちは変わってはいない。だから少しイラッとした。でも、俺は勇気の言うことを聞いた。そして後でメンバーと合流するから先に行っといてくれと言って、勇気と二人で歩いていった。日没の時間で屋台の電気の光が暗くなる河原の道を明るく照らし始める。俺達は仮設のトイレの前に立った。

「お前、昨日言ったこと忘れてねーよな。」

「おう。」

「優利を俺の代わりに幸せにする。そう言ったよな?」

 俺は仁王立ちしながら頷いた。

「告白はいつするんだ?」

 俺はその言葉を聞いて、緊張の糸が少し切れた。

「・・・・・・。」

「今日・・・・・したいけど・・・・。」

「・・・・・。」

 昨日ふられたこともある。今日、朝からずっと考えていたが、確かに告白するなら、シチュエーションだけ考えたら良いだろう。でも、優利は昨日、目の前の男、勇気にふられたばかりなんだ。

「お膳立てしてあげてもいいぜ。」

「・・・・・いい、自分で連れ出す!」

「そうか、ならきめてこい!」

「・・・・・・・。」

 俺は勇気の言葉に無言になった。しかし、勇気に聞いておきたいことを言った。

「お前は、お前はそれで本当にいいのか?」

 勇気はその言葉を聞いて、笑った。その笑顔が俺達に涼しい風を吹かしいるかのように風が俺達に吹き抜けた。

「いいんだ。お前なら。」

「・・・・・・。」

 勇気はそう言い残して去っていった。俺は追いかけなかった。そして屋台の光に照らされながら、一人ポツポツと歩いていった。

  ・・・・・・・俺は一体どうしたらいいんだ?本当に俺がしたいことは何なのだろうか・・・・

 矛盾している心が俺に色々な思いを巡らせた。皆と合流せず、俺は一人ずっと歩いていく。そうしていると声がかかった。

「涼介君?!勇気と一緒じゃ無いの?」

 優利が一人で金魚すくいをしている。俺は驚いて

「優利こそ、皆は?」

「ああ、さっき皆とはぐれたの。皆、金魚すくいしている間は待ってて言ったのに・・・。」

 優利は少し怒っていた。自由奔放な柔道部員に頭をかかえる。

「まぁ、井上君は心配だけど、皆と一緒なら大丈夫でしょ。」

 そう優利は言った。

 俺はドキドキしていた。何も今、今日、告白しなければならない訳では無い。でも、その意に反して俺と優利は二人きりになっている。

「どうしたの?涼介君。」

 不思議そうに優利は俺を見つめる。

「いや、ていうか、優利は金魚すくい苦手なの?」

 すくいポイの紙がびりびりになっていた。優利は少し赤面して。

「そういう訳じゃないの。実はやったこと無いから、やってみたかったんだけど、なんだが金魚をすくった後のことを考えると、なんだか、この金魚かわいそうで。」

「どういうこと?」

「いや、なんだか、かわいそうじゃない?長生きできないそうだし、でもそれはここで泳いでても一緒なのかな?」

 となんだか物悲しそうに言った。本当に優利は優しい。普通、そんなことまで考えない。でも俺も金魚を家に帰って飼っていたが、すぐ死んでしまったことを思い出した。そんなことを考えると、俺はそんなこと考えなしに行動していたんだなと思って少し申し訳ない気持ちになる。

「大丈夫、大事に育ててみせるよ!やろう!優利。」

 そう言って俺は金魚すくいの小銭を払う。

「うん、そうだね。涼介君なら可愛がってくれそう。」

 そう微笑んだ。俺はまたドキドキさせられた。金魚すくいは苦手では無いがそんな心境なので手を上手いように動かすことができず、結局、二匹しか取れなかった。でもこの二匹はなんだか番いに見えて。その二匹の泳いでいる姿をしばらく俺と優利は一緒にじっと見ていた。なんだがとっても優利が愛おしく思えてくる。

「かわいいね、涼介君。ねぇ、行こう!皆探しに行かなきゃ。」

 優利はそう言うと立ち上がって、行こうとした。俺はどうしたことだろう?その行こうとした腕を握りしめて優利を止めていた。

「ん?どうしたの?涼介君。」

 俺は握り締めているとき思った。そう言えば優利にこうやって腕を引かれたことがあった。俺に道場に連れて行ってくれたときだ。それは俺が新しいものに優利が踏み出させてくれたとき。しかし、俺が今握り締めている手は、今度は俺が勇気を振り絞って踏み出すときなんだ。そう握り締めながら決心した。

「優利、一緒に花火見てくれない・・・・。」

「うん。それはいいけど、皆探さないと。」

「二人きりがいいんだ。」

 俺はそう言った。優利は俺の真剣な目に気圧され、そして俺のこの行動の意味を理解したようだった。

「いいよ。二人で見よ。涼介君。」

 なんだか、少し照れくさそうに見える。

 その後、俺達は少し川を上って、花火がよく見える川の堤防の広場に行った。そこにはわずかに人はいたが、そんなに人出は多くは無い。昔、お母さんと一緒に連れてこられた花火が良く見える、俺の中では隠れスポットなのだ。実は下流に近づく辺りで花火が上がるのでそれ程、花火は大きくは見えない。でも、綺麗に夜空に満開の花火が見える場所である。

 俺と優利はしばらく目下に広がる川に流れる灯篭を見ていた。多種多様な色の灯篭から出る光が川に反射して、思わず見とれてしまう。

「・・・・・・。」

 なかなか、話を切り出せない。あんなことを言ってしまった手前、何を言ったらいいか分からない。それにドキドキして何も言葉が喉につまってしまって言い出すことができない。俺は目線を優利に向けることさえできず、川を見ていた。

「・・・・・涼介君、私に何か言って引っ張っていってくれたことって初めてだね。」

 突然優利が俺に話しかけた。

「・・・・・うん。だって、優利いつも俺達の前に立って行動してくれるんだもん。皆、ついて行くしかないよ。」

「うん。だから、おてんばって言われる。」

「ハハハ。」

 お互い笑った、場がすこし和んだ。

「でもね、本当は嬉しかったの。皆、私が引っ張っていってるけど、これからは皆が私を連れていって欲しかった。そんな思いが私にはあるの。だから、涼介君が誘ってくれたことって凄く嬉しいよ。」

 俺にそう微笑みかける。俺は胸の鼓動を抑えきれなくなっていた。

「あの、優利、ずっと、ずっと伝えたかったことがあるんだ。」

「はい。」

 優利は俺と真っ直ぐ向かい合った。

「俺、ずっと前から優利のことが好きだったんだ。そして、優利とこうやって柔道を一緒に始めてからも、その思いはドンドン大きくなっているんだ。俺と付き合ってください。」

  ドクン ドクン

 俺は胸に大きな鼓動を感じていた。言ってしまった。そして優利はどう返事をするのだろうか?俺は優利の唇が動き出す瞬間を見ていた。

「・・・・・・。」

 しばらく優利は沈黙したあと、ゆっくり唇を動かした。

「ごめんなさい。」

 その言葉が胸を突き刺す。『ごめんなさい。』その言葉に俺は俺がドキドキさせられていた心臓の動きを停止させた。そして、またドンドン大きくなる。優利は言葉を続けて言った。

「あのね。私、勇気と結婚したいの。」

「・・・・・・。」

 知っていたことではある。それでも、俺は告白しようとした。優利は勇気のことが好きなのに、それなのに俺は勇気に『俺が優利を幸せにする、そして夢を引き継ぐ』と言い放って俺は告白した。それなのに・・・・・。俺は自分が馬鹿みたいに思えてきた。優利が勇気のことを好きだなんて始めから知っていたハズなのに。

「でも、昨日、私も勇気にフラれちゃったの・・・・・。」

 それも知っている。俺は黙ってうつむいていた。

「勇気とはね、小学生のころからずっと好きだった。私が一番初め、勇気を出会ったときは勇気はどうしようもない悪ガキだった。私は道場に連れて行って、勇気を更生させてやるんだって、幼い心の正義感からつきっきりで柔道を教えてたの。勇気は私の方が喧嘩が強いもんだから、最初は屈辱だったと思う。でも、勇気はみるみる強くなっていく。そしてドンドン心も変わっていく。自分のことしか考えてなかったような奴が、他人を励まし、思いやり、道場内で私以外、相手にもされなかった勇気はいつしか皆の輪の中心になっていた。私はそんな勇気が可愛く見えて、最初はラブじゃなくてライクの方の好きだったのかな?でも、自然に目を追っていたの。それで気付くのよ、私はこの男が好きなんだなって。そして、勇気は私に対しても敵愾心なんて、そんなものは遙か彼方に置いてきて私の成長や勝利をまるで自分のことのように喜んでいてくれていた。だから小さい頃から私は勇気に好意を寄せていて、そしてずっと二人でいられることを当たり前のように思っていたの。でも違ったんだね・・・・・。」

 優利は堤防の低い柵まで来て、河原の屋台の光を浴びながら伸びをしながら言った。

「勇気は本当に強くなった。そして日本一になれるぐらい圧倒的に強くなった。私は実は陰で応援していたの、去年もインターハイ見に行ったんだけど、あと一歩のところでそれを逃した。私ね、勇気に日本一になってもらいたいって本当は思ってるんだ。」

「・・・・・・。」

 俺は黙って聞いていたが、勇気の思い、優利の思い、そして自分の思い、それが頭の中で複雑に絡みあっていた。でも少なくともこれだけは分かった。優利も勇気が日本一になることを望んでいることを。黙って聞いている俺に焦って、優利は言葉を続ける。

「だからって、うちの部が宗明に負けて欲しいって言ってる訳じゃないよ。私達には後、もう一年あるんだから、どっちかは勇気の学校も勝って欲しい。そう思ってる。ちょっと贅沢な望みかな。」

 もう一年、俺はその言葉に反応した。そして、頭の中で交錯している、それぞれの思いが俺を口に出させた。

「勇気は・・・・・・・。」

「ん?勇気は何?」

 その時、花火が上がった。俺は思わず言葉を飲み込んだ。

 ・・・・・・勇気はもう今年しかないんだ・・・・・・・

「ほら、花火上がったよ!涼介君、見て見て!」

 柵から身を乗り出して優利は指をさした。

 花火が夜空に綺麗に広がる。俺はそれを優利と見ていた。自分の思い、優利にふられたこともあるが、それ以上に二人の気持ちや思いを知っていて受け止めている唯一の人、俺は二人のことで自然と涙ぐんでくる。夜空に広がる花火の綺麗な光は一度花を咲かせて儚く消えていく一瞬の光、それはなんだか物悲しく感じさせ、涙でにじむ。

 俺は悟られないようにすぐ涙を拭いて。一緒に花火を見ていた。

「綺麗だね。涼介君。」

「うん。」

 俺はなるべく顔を上げることにした。

 そして、最後の花火が上がる。それはヒューっと音を立てて、夜空一面に満開に空を照らしだした。少し夜空が明るくなった。しかしそれも一瞬で夜空の闇に消えていった。

「終わったね。帰ろうか?」

「そうだね。」

 優利は俺に手を差し伸べようとした。しかし、告白したことを意識したのだろうか?手を引っ込めて後ろに回した。

「行こ!」



皆、もう先に着いていたようで、俺達を待っていた。そして俺達も合流すると大山田が俺の首に右手をかけ、顔を近づけて優利に聞こえないように言った。

「二人で何しとってんや?」

「いや、はぐれちゃったから・・・・。」

「ふーん。」

 そう大山田が言うと井上が言った。

「シッ・・・・・バレるよ。」

俺はその時に感づいた。これは見られていた。恐らく隠れて見られていた。勇気にお膳立てしなくていいっと言ったが、勇気がもしかしたら余計に気を回したのかもしれない。俺は少し不機嫌になった。そして、もし勇気がそうしてくれていたなら、勇気も見ていたはずである。勇気の表情が気になった。しかし勇気はとりとめて変わったところは無かった。どうしてなのだろう?勇気の思惑通りにいかなかったのに。でも勇気の気持ちになってみると、たとえあの現場に居合わせたとしても、答えがどうであれ、複雑なのだろうか。

「よしっ!全員そろったな!明日も学校なんだから、早く帰るぞ!」

 そう、小野先生が皆に言った。

「はーい。」

「混み合っているけど、絶対に割り込んだり、焦るな。迷子が一番心配の種なんだから。」

「はい。」

 そう皆言って、人がごった返しになっている駅まで道を歩いていく。

駅まで着くと、俺は来た道を振り返った。

・・・・・・もう合宿は終わりなんだな・・・本当に色々あった・・・・・・・

 俺はあったことを思い起こしてみた。勇気と巴投の練習をしたこと、勇気と優利のことで喧嘩して乱取したこと、そして俺がさっき優利にフラれて勇気への思いを聞いたこと。

 俺達は電車を二回見送って待っていた。

 そして二回目でやっと電車に乗れた。二回も見送ったのに電車の中は混雑している。小野先生が全員いるかチェックしていた。

 俺は電車の中で揺られながら考えていた。

  ・・・・・・・勇気を日本一になってもらいたいか・・・・・・・・

 俺は、優利は勇気とこれからも一緒にいて、結婚したら、それが一番いいと思っていた。でも二人に最後の願いである、日本一。それを果たさずに二人が結びついても、それは二人にとって幸せなのだろか?少なくとも勇気は絶対に思わないだろう。俺は二人のために何をするべきか、悩み考えていた。

 電車は停車するたびに揺れ、人々が揺らめく。何度揺らされていたのだろう。俺は大山田に声をかけられた。

「乗り換えるで、山本。ボーとすんな!」

「・・・・・。」

 大山田が告白しているところを見ていたとしたら、俺と違った心配を俺にしていることだろう。少し気をつかってくれているような気がした。

 そして乗り換えて、違う電車に乗る。この電車に乗ったときには、人は大分減っており、これからはそんなに時間はかからない。小野先生は皆が来ていることを確認すると言った。

「ちゃんと家に着いたら、俺に連絡してくれよ。家の人も心配しているだろうが、俺にも安心させてくれ。」

「先生、過保護やなぁ。そない心配せんでも大丈夫やって。」

 と大山田は言った。

「いや、皆、きっちり家に着いたか確認しないことには俺も安心できんのだ。引率者は俺なんだから、一人でも、もしものことがあったら、俺の職員室での立場が・・・・・。」

 と言って口を閉ざした。

「なんや、自分の心配やないか?ほんまウチの顧問は・・・・・。」

 皆、呆れるのを通りこした目で見ていると先生が

「いや、それもあるけど、本当に心配しているよ。この部の設立から、ずっとお前らのこと気にかけてるだから、あんまり部活見てやれなくてごめんな。この合宿の成果、期待してるからインハイ予選頑張ってくれ!」

 それは小野先生の本音だろう。皆、その言葉を聞いて真面目な顔つきになった。確かに先生は俺達に対して率先して色々頑張ってくれている。皆はそのことに改めて感謝した。いつも間の抜けたことを言うのは、照れ隠しでもしているのか?そう思わされていた。しかし、次の言葉で皆は先生に少しでも感謝していた言葉が吹き飛んだ。

「ところで明日、俺に1000円ずつ渡してくれよ。」

「・・・・・・。」

「まだ言ってるんかいな。」

「何をー!これでもまけてるんだぞ!俺の安月給知らないだろ!」

「ハハハ。」

「ほんなら、明日から練習頑張るで!」

「そうだね、もうインターハイ予選まであまり時間が無いから、この合宿で生まれた新たな課題の克服と勝てる柔道を中心に練習していこうね!」

 と優利が俺達に檄を入れていた。

「それじゃあな、また明日な!」 

そして、一人一人最寄り駅に着いたら降りていく。

勇気は降りる前、小野先生に言われた。

「斎藤君も先生に連絡いれてね。」

「はい。」

 そう言って勇気は優利と一緒に同じ駅で降りていった。しかし、俺は二人が改札に向かう姿をを自然と目を向けられる。二人はなんとなく気まずそうに歩いていた。しかし、これから二人で夜の暗い道を歩いていこうとする二人の姿は俺をなんとなく不安にさせられたのだ。

 そしてその後、数分間電車に揺られて、一人で抱え込んでいる思いを背に家路についた。





「涼介おはよ。」

「おはよ。」

 そう達也は俺に声をかけた。皆は合宿の疲れがどっと顔に出ているようだ。大山田が達也の席に来た。

「あーしんどかったな、合宿、しんどくて布団から出るの戸惑ったわ。こんな日ぐらい、学校休みやったらよかったのにな。」

 そう大山田が俺達に言った。その言葉を聞いて優利が近づいてくる。

「何言ってるのよ?!もうあまり時間無いんだから休んでる時間なんて無いわ。今日も部活あるんだから。」

「ヘイヘイ。」

 大山田が腑抜けた返事をする。

「全くもぉー。」

 優利を困らせていた。俺は優利と目を合わせづらかった。なんだかんだ言っても昨日、告白してフラれたばかりである。しかし優利は俺の様子を見て、笑顔を見せてそんな思いを払拭してくれようとした。しかし、それは俺をまたドキドキさせる。俺はまだ優利のことが好きなんだと再認識させられた。しかしそんな素振りを見せる訳にはいかない。俺は優利の笑顔に応えてなるべく普段通りしようと努めた。

 そんなことをしていると、達也が突然言った。

「ていうか、あと何日残ってるんだ?」

「7月1日だから・・・・・、今日を含めても、あと6日ね。」

「6日か・・・・・どうにかなんのかねぇー。」

 と体を伸びをしながら言う。

「大丈夫よ。皆。自分を信じて!今までだって、普通じゃ考えられない程のスピードで強くなってきてるんだから。」

 その言葉は皆に力を与えてくれた。

「・・・・・・。」

「そうだね。」

 そう井上が言った。

「そうだな。ほんじゃあ今日からも頑張りますか?!」

 と達也が言った。

「おーう!」

 皆で声を揃えて言った。



  放課後

 皆、格技場で部活を始める。

「今日からはランニングはカットするわ。今からスタミナつけても試合まで間に合わないから。」

 優利は皆にそう言った。俺達は少しでも練習が楽になると安堵する者もいた。しかしそんな思いとは違って、優利は厳しいことを言う。

「試合を想定した練習。打込、乱取を基礎練終わりしだい、やり続けてもらうわね。ランニングよりも厳しいと思ってちょうだい。」

「・・・・・・・。」

 そらそうだなと思った。試合前になって練習が楽になる訳が無い。

 そして基礎練が終わった後、それぞれに要求した。

「井上君。小内刈、大内刈、背負投を集中的に鍛えるわよ。そしてその後の寝技へのシフトもできるように。だから打込、投込(打込と違って投げきるまで動作を完了させる)を永遠に繰り返してもらう。合宿で言ったわよね?大丈夫。」

 井上はげっそりした。しかしそれを了承した。

「山田君は合宿と同じで井上君と基本組んでもらうけど、特別どの技が苦手とかではないから、どの技も完璧にしましょう。打込、投込、ともに頑張って。でも実戦にも移りたいから、他のメンバーとも時々乱取してね。」

「はい。」

 山田は頷いた。

「瀬川君は乱取、誰でもいいからあいている人と、とにかく組んで。」

「おう。」

「大山田君は涼介君か私と組んで。少しでも手の動き、体の動きを早い相手と対応できるようになる方がいいから。」

「了解や。」

「涼介君は大山田君と中心に組んで、そして勝てる回数を増やしなさい.。」

「うん。」

 そう皆に言うと、皆各々始めだした。優利は大変だ。皆をまわりながら指導して、時には組んでいた。一人で全員の浮かび上がった弱点を修正しようとしている。実際、俺達より優利の方が厳しい練習だったかもしれない。

「三枝、少し休めや。」

 大山田は優利にそう言った。優利は大量の汗を頭から流しながら言った。

「大丈夫、心配しないで。」

 

俺達は練習を終えて下校時間になった。俺達は柔道着のまま、鞄を背負い、その足で道場に向かう。皆、満身創痍だが、特に優利が疲れ切っていた。俺は心配して優利に声をかけた。

「優利、大丈夫?」

「そうね、やっぱりしんどいね。道場では師範が見てくれるから、ついたら休むね。」

 そう言った。最低でも俺達の動きを道場内でもチェックする必要があるのだろう。その成果を元に明日は練習を行う。でもインターハイ予選まであと少ししか時間が無いんだ。そう考えると、優利も休む訳にはいかないのだろう。

 俺達は道場に着いた。しかし勇気の姿が見つからない。勇気は道場での練習を休んだことが無いのに。俺は少し不安にさせられた。

 そして俺達は道場の仲間と練習を始める。大山田はできるだけ強い人を選んで、乱取のお願いをしていた。皆も道場で組む相手を見つけて組み始めた。俺は普段ならいつも勇気と組んでいたので、ただ突っ立ていた。

「たまには別の人と組むのもええやろ?」

 師範が後ろから声をかけた。

「はい。」

 その言葉に押されて、俺も組手を別の人に頼みにいく。師範は優利の元に話をしにいった。

「どうや?合宿の成果とインハイ予選に向けては?」

「そうね、合宿ではそんなたった二日で皆のレベルアップを図ろうとした訳ではないのよ。各々、課題に気付いてもらって、それを後、数日でクリアしていけるか?それが今年のインターハイに出場できるかどうかはかかっているのじゃないかしら。」

「そうやな、俺もそう思う。まだまだ皆、荒削りや、課題はそれぞれある。それをクリアせんことには県内の高校の頂点のレベルまで到達できへん。」

「分かってる。だから、こう今もチェックして、各々分析しながら、皆の明日の練習に活かせるように努めてるのよ。」

 優利は良く見ると、なにやらビッシリ書き込んだふうに見えるノートを持って、鉛筆を持っている。

「・・・・・あんまり無茶すんなや。」

「分かってる、誰かを倒れさせることなんてさせない。」

「そーいうことじゃなくてお前もや。コーチングの上に練習も付き合っとるんやろ?そんなんでは身も心ももたんよーになんぞ。」

「私!?私は全然大丈夫よ。」

 優利はなんでもないように振る舞う。しかし、明らかに過労が顔に出ている。

「・・・・・。お前のことは顔見ただけで分かる。もし倒れるようなことがあれば、許さへんからな。」

「はい。」

 優利は少し、しおれたように見えた。

「ほんで、合宿には勇気もついていったんやろ?」

「うん。そうだけど。」

「アイツは大丈夫なんか?アイツこそ今年のインターハイ出場、大本命なんやから。」

 優利はそれを聞いて、難しい顔をした。しばらく黙っていると師範が

「どうしたんや?」

「いやっ、大丈夫、なんかちょっとしたミスがあったから考えさせられてただけ、勇気は大丈夫だと思うよ。少なくとも実力は発揮できると思うんだけど。」

「・・・・・さよか。」

 そう言ったことで師範も少し、何か考えているように思えた。優利の口からで、実際見た訳では無いがミスをするような選手じゃないからである。

「山本君、もっと真剣にやってよ!」

 俺は組んでいる人に怒られた。二人の会話に集中し過ぎていた、手が抜けていたのだろうか?

「すみません。」

 組んでいる人は女の人だが、恐らく体格、体重は同じぐらいの女子大生だった。しかし実力はもう、柔道を始めて間もない俺だが、すでに追い抜いている。もう向こうが何をしかけてきても投げられない自信はあったが、俺から攻める姿勢をみせなかったのが怒られた原因だろう。

 俺は反省して真剣な目をして組み合った。相手も俺の気持ちを分かってくれたように見え、本気でかかってくる。手の動きは俺の方が速い。もう投げてもいいと思ったが、相手の出方をうかがっていた。カウンターの練習をしたかったからだ。

 相手は内股をしかけてきた。俺は聞いた話ではあるが、この内股に対し、返し技ないし防御を身に着けようとかねてから思っていた。だから、相手が俺の股の間に足をいれようとした時に、腰を落として両足で足を挟み込んだ。これは前の練習試合で山田がやったと聞いた技術である。相手は素早く足を抜きそして、体勢を整えようとした、俺は後ろに一回両手を使って押し出して、すぐさま力を抜き、前に崩して、そのまま背負投をした。完璧にきまり相手は受身をとっていた。

「はぁ=3いつも勇気とばかり組んでいて実力分からなかったけど、本当に強くなってるね。もう私なんて相手にならないよ。」

微笑みながら少し落ち込んでいた。

「そんなこと無いですよ。」

 俺は焦って何かを言って励まそうとした。だが、相手は

「勇気とのマンツーマンの指導。過酷だったでしょ。でも、それを乗り越えて成長している。誇っていいのよ。」

 そう相手は言った。そのとき、俺は成長が桁外れに早いのは勇気のお陰なんだと思った。

「そーいえば、今日、勇気来てないわね。いつも山本君より早く来て、そして待ってるのに。」

「・・・・・。」

 合宿で色々あったこともあるが、勇気が来るのが遅いのは俺も心配していた。

  ガラガラ

「ちーす。」

 勇気がやってきた。その女の人は心配して駆け寄った。

「どうしたの?勇気、今日は?!」

「・・・・・まぁ俺にも色々あんだよ。インハイ予選前だしな。」

「部活ね!分かったわ。」

 女の人は納得したようだ。しかし心配して目を向けているのはその人だけじゃなかった。優利、そして師範、もしかしたらこの時点でも大山田は気にかけていたのかもしれない。

 師範も駆け寄ってきた。

「部活で遅れたんか?」

 師範はさっきの優利の話が気になっているように見え、心配になっているように見えた。

「そうだよ。だから言ってんだろ?もうインハイ予選近いんだから色々あんだよ。」

「そうか、ならええけど、お前も無茶すんなよ。」

「わーてる。」

 師範はただ、コンディションが悪いのではないか?と現時点ではそう思っているようだった。そして師範は元の場所に戻り、勇気は俺を見た。

「涼介、組むぞ。」

「うん。」

 合宿の喧嘩から会話していなかった俺達だが、このときは何故か不自然にならなかった。俺の勇気に対する気持ちが変わっていて、勇気も変わっていたからだろうか?しかし、これが最後の勇気との練習になることなど、この時は分かっていなかった。

「それで、何するの?打込?」

「そうだなあ、巴投の練習はやってるのか?」

 俺は頷く。あの日から巴投の一人打込はかかさずやっている。

「実戦で出来るように、決め技に出来るように、乱取するか?それに試合する前は経験を増やす方がいい。」

「・・・・うん。」

 俺達は距離をとってそして縮めて組手争いを始めた。勇気の方が速い、しかし勇気は技に移行しようとしない。そして俺に話しかけた。

「巴投、決め技にしようって決めて乱取してるけど、巴投しかしないのはだめだぞ、他の技もしかけて色々駆け引きしてから、巴投をきめるんだ。それに前提条件として俺を倒すことも重なるからな。もし一回でも巴投できめられたら、御の字だな。」

 勇気はそう言った。俺もそれは分かっている。合宿で頭から巴投をしても勇気はビクともしなかったからだ。それにそんな試合運びは実戦的では無い。

 俺は右側に回りながら移動して、引手を使って前に崩すようにし、右足を勇気の左足首に当てた。支釣込足をしかけたのだ。しかし勇気は前への崩しが十分でないので倒せない。そして手を緩めた、勇気は支釣込足を防ぐため後ろに体重をのせている。なので、体勢を戻そうとして前に体重をのせるはずである。俺はそう予見し、右足を勇気の下腹部に当てながら後ろに体を捨てた。支釣込足からの巴投である。

 しかし勇気は俺が柔道着を握り締めているので、前かがみになっていただけだった。俺は畳の上で仰向けになっていた。

「もう一回だ。そんな単純な駆け引きで俺を投げられると思うなよ。」

 勇気はそう言った。

 俺は少しカチンときて、もう一度組み合う。

 今度は小内刈をしてから巴投を試みた。しかし、それも同じで不発に終わる。

「・・・・・・。」

「立てよ。巴投ってのはこうすんだよ。」

 そう言って、勇気は俺より先に柔道着を素早くつかんで。そして、俺を前後にゆさぶりながら俺が前に出た瞬間、まるでスピード打込のように中途半端に内股をしかけるような動きをしながら、体勢を元に戻した瞬間に勇気は俺の下腹部に右足を当てて、体を後ろに捨てた。俺は前の中途半端な内股のせいで前に崩れかかっていたのを、さらに巴投げに移行する手の動きで完全に前に崩れ、前に放り投げられていた。

 この技術は瞬間的で、俊敏性があってフットワークが軽い勇気だからできる、高等テクニックだった。俺は呆然と天井を見つめる。

「何、ボーとしてんだよ。続けるぞ。」

「・・・・うん。」

 その日は俺は巴投げを成功させることができなかった。それ以前に勇気を一回も投げることすらできなかった。やはりまだ俺の力では勇気や大山田に敵わない、そう思わされた。

「・・・・・。涼介、明日までに巴投もそうだが、腕磨いとけよ。」

「ん?どういうこと?」

「今日は帰るな・・・・・。」

 その発言に俺は驚いた。前までは俺達は道場が閉まってからも、残って練習していたくらいである。それが、今日は帰ると勇気は言ったのだ。

「どうして?」

「どうしてって、皆もう帰るだろ?」

「そうだけど。」

 道場が閉まるから帰る。それは至極当たり前のことだ。しかし、俺達においてそれは不自然なことである。

「そういうことだから、じゃあな。」

 勇気は道場の皆の数人と一緒に帰っていった。

「・・・・・・。」

「何、ボーとしてんねん。俺達も帰るぞ。」

 そう大山田が俺に言った。四谷坂学園の柔道部の皆はまだ残っている。

「三枝、今日疲れたやろ?掃除は俺達がやっとくさかい、体休めとけ。」

 そう大山田は優利を気遣うことを言った。

「そう。ありがとう。」

 優利も勇気が帰ったことに疑惑を持っていた。前までは俺が帰りたくても、帰してくれなかったし、それに自分から帰ることもなかったからだ。遅れてきたこともあるし、優利は不審に思っているようだった。しかし優利は扉の近くまで歩いていくと

「皆、明日もがんばろうね!」

 と振り返って、元気に言った。俺達は元気づけられ

「おう!」

 と口を揃えて言った。



  次の日

 俺は授業中に優利を見てみた。優利は授業なんてそっちのけで、昨日持っていた、ビッシリ書き込みがあるノートを睨みながら考え事をしている。こんな優利を見るのは初めてだった。いつも、授業は真面目に授業を受けており、先生の話や黒板の文字を一つももらさない程、真剣に授業も受けていたのに。その姿は俺達、クラスの柔道部員は全員気付いていた。大山田や師範が昨日、優利を心配していたが、皆同様の思いを持ったに違いない。優利が心配だ。

 次の休み時間、優利の席に皆いって、話しかけた。

「あんまり無理すんなや。授業中ぐらいは寝とけばいい。」

「それは大山田君の場合でしょ?!」

 そう優利が言ったら皆笑った。でも、それぐらいの休息をもってもらいたい気持ちはあった。

「ハハハ、でもそうだよ三枝さん、少しは休んで。皆心配してるんだから。」

 そう井上が言った。井上の濁りが無い無垢な瞳に少し押されていた。しかし、その目を振り払って。

「皆心配してくれるのは分かるし、嬉しいよ。でも今、私は頑張りたいの。」

 そう皆に言った。

「・・・・・・。」

「それにずっと続くわけじゃないでしょ?」

「・・・・・そうだな。インハイ予選までだもんな。でもそれ以上無理すんなよ。」

 と達也が言った。

「うん!」

 皆を心配させまいと笑顔で俺達に言った。


 その日の放課後、俺達は格技場に行き、部活を始める。練習を始める前に優利が言った。

「今日もランニングはカット。基礎練を初めてちょうだい。」

 俺達はエビ、肩ブリッジなど基礎練をやった。そして、組手を始める前に優利が皆、一人一人に細かい指示を出していた。

「井上君、足技、小内刈、大内刈は良くなってきてる。背負投もっとできるようになろうか?全部復習したら背負投、中心に打込、投込、今日はやってもらうわね。」

「うん。」

「山田君は難しいんだけど、井上君と組んで、特に足技を中心に練習してくれないかな?これが正確性を増してきたら、もっと相手に有利に揺さぶることができると思うの。」

「はい。」

「瀬川君は私と組もうか?私が細かいこと全部言っていくから。でも、私が二人を組んでいるのを見ている間は大山田君と涼介君に混じってね。」

「細かいこと、全部・・・・・。」

 達也は少しゲッソリした。

「大山田君と涼介君は二人で乱取していてくれる。二人はあんまり見てられないかもしれないから、大山田君、涼介君を強くするんだよ。そして、大山田君は涼介君に絶対に負けないように、そして涼介君は大山田君に一勝でもできるように。」

 なんだか矛盾したことを言う。それを大山田は当然つっこんだ。

「それ矛盾しとんで。まぁ言うてること分かるけど、山本な、任せとけ!」

 そう言って俺達はそれぞれ組手を始めた。昨日と違った練習内容になっている。昨日の練習を元にプランを変えていってるのだろう。ただ、どの道が最短で強くなっていけるのか?それを考えることはとても難しいことに思えた。優利はそれを一人で模索して抱え込んでいるのだ。その心労は俺達にははかりきれないものになっているのかもしれない。

 そう思って俺達は少しでも、その優利の思いに応えようと、強くなること、それを胸に練習にとりくんだ。


「ハァハァハァ」

 体から皆、熱気を放っている。俺は大山田に一回も勝てなかった。なんども一回投げられるたびに修正点を言われたが、それを修正しても投げられ、そしてまた別の修正点が見つかる。といっても、大山田も俺と乱取することは気を抜けることでは無いらしい。結構、疲れ切っている。

「それまで!」

 優利はそう言った。他の皆も見ている。皆もクタクタなようだ。井上は一番スタミナが無いのでいつものことだが、今日は誰よりも達也がしんどそうだった。優利に細かい指示を言われ続けていたのだろう、身も心も弱ったように見えてしまう。

「はい!それでは今日も道場に行くわよ!」

 俺達は優利の心配をしていたが、俺達自身もこれでは身が持つのか心配になってきた。しかし、優利の疲労は俺達よりも大きいだろう。そう思うと、皆くじける訳にはいかなかった。ヘトヘトになったまま、鞄を背にそのままの格好で道場に行く。



 俺達は歩くのが辛いと思いながらも、道場まで足を運んだ。道場の扉を開けると、俺は気になったので勇気を探した。しかし、今日は勇気はちゃんと来ていた。

「三枝、少し道場で休んでいいか?」

「・・・・少しならいいわ。皆も?」

 そう皆に問いかけると、全員頷いた。

「分かったわ。でも早く休憩を切り上げてね。」

 そう皆に優利は言った。そして優利も勇気を見て。しばらくうつむいていた。まだフラれたことが尾を引いているのだろうか。しかし、顔を上げたときはそんな表情は見受けられず、真剣な目をして勇気に話しかけにいった。

「勇気、アンタ何か私達に隠し事してるでしょ?」

「・・・・なんのことだ?」

 勇気はとぼけた。

「・・・・・そう、何も無いのね。分かった。」

 優利はなんだか自分の考えていることが思い過ごしであることを願っているように思えた。だからそれ以上は追及しなかった。しかし、優利のそんな予感は今日、明らかになることなど誰も予測できなかった。それも思っていることよりも残酷な現実を知ることになることなど決して・・・・。

勇気はすぐに俺を呼んだ。俺も、もう少し休みたいと思っていたが、勇気に呼ばれたので勇気の元にいった。

「今日も昨日と一緒で乱取な。必ず巴投できめなくていいから、俺を倒してみろよ。」

「・・・・・うん。」

「どうした?」

 俺はさっき優利が勇気に言ったことが気になっていた。勇気はとぼけていたが、勇気の異変は気付かれている。少なくとも優利には。そして優利が勇気に聞いたことで俺も意識し始めたのだ。

「いや、乱取始めようよ。」

 俺は気にしないように努めた。そう俺達が決めたら、優利が口を出してきた。

「勇気、今日は大山田君と組んでくれないかな?」

「なんでだ?」

「涼介君はいつも相手してるじゃない?大山田君も勇気と組んだ方がいいのよ。」

「・・・・こいつが俺を巴投で倒せるようにしたいんだけどな。」

「そうね、それは明日でもできるじゃない。それよりも大山田君にも課題があるのよ。それをどうにかしないと・・・・・。」

 優利はノートを見ながら考えている。

「分かった。今日は大山田と組むよ。でも明日からは涼介は任せてくれよ。」

「分かったわ。なら大山田君、休憩終わり!組んで。」

「全然、休憩になっとらんやんけ・・・・。まぁええか、ちょっと待てよ。斎藤と組むなら準備がいる。」

 そう言って入念に体を柔軟した。そして肩を大きく回して。

「ええよ。準備できた。」

 そう言って、勇気の前に来た。

「ほな、よろしく頼むわ。」

 そう勇気に言った。

「おう。」

「ほんならいくで!」

 俺達は大山田と勇気の乱取を見ることにした。皆、休憩していたので座って見ている。優利は真剣に二人の乱取を一瞬たりとも瞬きを許さないほど神経を目に尖らせている。

 二人は距離をとっていた。勇気はその時は異変を俺達には感じられなかった。そしてお互い組みにかかる。勇気は素早く引手、釣手で大山田の道着をつかんだ。そして素早く前後に揺さぶりをかけながら足技に移行しようとする。遅れて道着をつかんだ大山田はそれに耐える。その後、勇気は小内刈をしかける。大山田を引手で引下げながら釣手で後方に押し込み大山田を後ろに崩して大山田の右足のアキレス腱を右足裏で刈ろうとした。しかし、大山田は左足を後ろに引いて、耐えた。勇気は後ろにさらに押し込んでそして、引くことで前後に揺さぶりそして大山田が前に崩れるのを見計らって背負投をしかけた。

  クッ

 わずかに勇気の声が聞こえた。もしかしたら、この声は四谷坂学園柔道部員は全員聞いていたかもしれない。

 勇気の背負投は崩れていた。大山田を持ち上がることができず、勇気は畳に膝を着いている。大山田は左腕を抱えながら、即座に体を左にながして、右足の甲を勇気の後頭部にのせた。しかし、勇気はすぐ手を抜いて立ち上がった。これは背負投からの寝技(関節技)の腕ひしぎ十字固に移行されて、勝負がついていたかもしれない一連の動きだった。これは勇気と合宿の夜、喧嘩したときに完全に勇気にかけられた技だ。

 そしてお互い立ち上がる。明かに勇気が劣勢だった。それは見ている皆、意表をつかれる。しかし、皆疑問に思ったことだろう。完全にきまるかと思われた勇気の背負投が何故きまらなかったのか?たとえさっきの声が聞こえなかったとしても不審に思わずにはいられないはずだ。それを最も肌で感じているのおは大山田の方だろう。

「・・・・・斎藤、どないしたんや?」

「何がだ?」

 勇気は平静を装う。

「・・・・・・。」

 その後、組み合いながら、お互い前後左右に揺さぶりながら足技の応酬が続いた。お互い耐えている。二人の実力を知らない人がこの乱取を見ていたら、いい試合をしているように見えるだろう。しかし、実際は違うのだ。勇気の方が大山田より実力は上なのである。それなのに勇気はここぞというときに技をきめられない。しかしもしこのとき、勇気の足技が大山田にきまれば、皆、真実を知らなくてもよかったのかもしれない。

 拮抗状態を崩したのは大山田の方だった。大山田は大内刈りをしかけたときだ。勇気が後ろに崩されそうになっているときに股の間に右足を入れて勇気の左足を刈ろうとした。勇気は右足を引いて耐える。その後、勇気が反動で前に出ることを見越して内股をかけた。一気に引手と釣手で前に崩しながら距離を縮めるため引き上げ、体を反時計回りに半回転し右足で右足から両足を払いあげたのである。そしてそのまま投げ切った。

  ウワァー!!!

 道場内が固まる。この乱取を見ていなかった者さえ、声の方向に注目して、視線が集まった。その視線の先には右足を抱えこんで横になって動けなくなっている勇気の姿があった。皆、何事だと、勇気を中心にして集まってくる。投げた本人の大山田はひどく動揺して頭から汗が畳の上に流れ落ち続けている。しかし一番動揺しているのは優利だった。優利はこの状況を見て、何が起こっているか分からず、錯乱状態になっている。道場が騒然としている中、師範が声を張り上げた。

「救急車や!救急車呼べ!」

 その声で皆、我に変える。優利はいの一番に走って鞄の中に入っている携帯電話を取り出し119番押そうとした。

 悲鳴をあげた勇気は痛みのせいからか、どうにかして絞り出したような声で言った。

「皆、大丈夫だ。どうってことない。」

 師範はそれを聞いて勇気に言った。

「そんな言葉信用できん。お前立てんのか・・・・・。」

「あ、あ、立ってみせるよ・・・・。」

 しかし勇気は痛みから、動くことさへままならない。

 その姿を見ていた優利は固まっていた。そして師範に檄を飛ばされる。

「早くせえ!救急車や!」

 優利は震える手を抑え、119番を押した。



 救急車が来た。勇気の抱えている右足にできるだけ刺激をあたえないように救急隊員は勇気を担架に乗せていく。俺はじっとできなかったので、一緒に救急車に乗り込んだ。他に一緒に来たのは、大山田にそして優利だった。俺達が乗り込んできていることに気付いた勇気は細い声をあげ。

「皆、心配ない。ついてこないでくれ。」

 と言ったが、皆の動揺ははかりきれないものだった。そんな状態の勇気を目を離すことはできない。

 救急隊員は病院を決めて、近くの病院に運ぶように伝令していた。その声を聞いて、勇気は微かな声で救急隊員に言った。

「○✕大学病院でお願いできますか?俺の主治医がいるので・・・・・。」

 主治医?皆、疑問に思っただろう?これは大山田との乱取で初めて起こったことでは無いのかと。しかし、皆、もう気付いていたのかもしれない勇気は病気なんだと。

「○✕大学病院ですね。分かりました。」

「○✕大学病院にこれから搬送する・・・・・・。」

 師範が心配そうに救急車を出て行くところを見て救急隊員に言った。

「よろしくお願いします。」



 ○✕大学病院に着いた。そして勇気は緊急治療室に搬送されていく。

 俺達は病院の長椅子に座って、両手の指を組んで待っていた。俺は心配で気が気で無かった。この中で俺しか勇気の身に何が起こっているかを知っている者はいない。だから、その分心配が大きかったかもしれないが、それよりも何が起こっているかさへ分からない皆はひどく動揺していた。一番、それが謙虚に表われていたのは優利だった。手を握り締めたまま微動だにしていない。目もどこにも焦点の域場が無いようだった。


 そして勇気が出てきた。皆、少しホットする。しかし勇気は松葉杖をついて、右足をあげていた。そして、整形外科の診察室に入っていった。皆、余計に心配している。しばらく時間が経って、看護師さんが出てきて言った。

「斎藤勇気さんの関係者の方。」

「はい。」

 優利はすぐに立ち上がった。

「勇気はどうなったんですか?」

 震える声で看護師さんに問い詰める。看護師さんはその返答に困って。

「中に入ってください。」

 と言った。

「俺も入る。」

 大山田が言った。俺もついていく。その時、診察室から大きな声が出た。

〈誰も入ってくんな!〉

 その声は病棟隅々まで反響した。明かに勇気は何か重大なことを隠そうとしている。だから誰もそんなこときける訳が無かった。

 俺と優利と大山田は診察室に入った。

「入ってくんなって言っただろ!」

 勇気は怒っているよりかは、どちらかと言うと焦っているように見えた。それは優利がいたからだ。優利は無視して医者に聞いた。

「勇気は大丈夫なんですか?」

「何も言わなくていいですよ。先生。」

 医者は少し間を置いて話し始めた。

「持病の症状が強く出ただけですよ。」

「先生!」

 勇気に構わず話を続けていく。優利は医者に質問した。

「持病とは何なのですか?」

「骨肉腫、右足の関節に骨肉腫、つまり癌を持っています。」

「癌・・・・・・。」

 俺は知っていたことだから、そこまで気が動転しなかったが、改めて現実を聞かされてうつむいてしまう。そして皆の顔を見てみる。皆、顔が青ざめていた。優利はその言葉を聞いて言葉を失っている。医者は皆のその態度を見ても変わらず、冷淡に話を続ける。というよりむしろこの事実を自ら、皆に認知させようとしているように思えた。

「この病気を抱えている人は骨折など骨を損傷しやすいんですよ。だから、無理な運動は控えて欲しいと言ってるんですが、斎藤さんは柔道をやめてくれない。」

 優利は突然、ハッとなった。そしてその医者に聞く。

「勇気は治るんですか?」

 さすがに医者もその質問の答えには真実を言うことをためらった。勇気は医者が淡々と真実を語られているところをいるとき、ずっと下を向いたままだった。そして微動だにしない。

「薬物治療、抗がん剤、色々試しました。しかし、斎藤さんの場合、効果は見られませんでした。だから右足を切除することを今勧めています。」

  ・・・・・・・右足切除・・・・・・・・

 俺達に頭の中の言葉を受け止め整理する間も与えず、医者は話し続ける。

「今すぐに手術を受ける必要はありません。本人もそれを望んでいませんから。しかし、遅かれ早かれ右足切除の手術は必ずおこないます。それに病状がどう転ぶか、私にも分かっていません。今、精密検査で昨日とあまり変わらなかったので、ある意味運がよかったのでしょう。しかしこのままいたら、癌が転移する可能性もあるのです。だから、早く彼には決断してもらいたい。また、それ以上に彼がこだわっている今年の柔道のインターハイ、そんなものにこだわらず、早く手術を受けて欲しいのですよ。だから彼にもう柔道をしないように皆さんからも説得してもらえますか?」

 その医者は困り果てたような顔をして俺達に言う。その皆に初めて明るみになった衝撃の事実に俺達は下を向いてしまう。しかし優利はもう心の整理をしたのか、顔を上げて真剣に話を聞いていた。

「今日は帰ってもらいますね。一応、右足の痛みを訴えていたので松葉杖をついていますが、恐らく今は歩くことはできるでしょう。」

「・・・・・。」

「皆さん、よろしくお願いしますよ。」

「はい。」

 優利は何かの覚悟したときのように返事をした。

 そして病院の廊下に出て、俺達は何かを言おうと言葉を探していた。しかし、勇気はひとりでに帰ろうとしていた。

「勇気!!」

 優利が大きな声を上げる。

「どこに行くのよ?!」

「どこって帰るんだよ!」

「話があるの!こっちに来なさい!」

「俺は別に何も話すことなんて無・・・・・・。」

 勇気は途中で言葉を飲み込んだ。優利が、今も気丈夫に振る舞っている優利が、目を真っ赤にして涙が零れ落ちている。その姿に圧倒されたのだ。

「・・・・・・・。」

 勇気は長椅子に座って、指を組んでうつむいた。優利は話を続ける。

「もう、柔道するのはやめてちょうだい。」

「・・・・・・やめない。俺は今年のインターハイが終わるまで絶対にやめないし、手術も受けない。」

 その体勢のまま勇気は言った。

「今もあなたの右足は癌が進行しているのよ、諦めて手術を受けて!」

「俺の夢なんだ、インターハイ優勝、日本一は。お前に俺の夢を砕く権利でもあんのかよ!」

 勇気は優利の言うことに強く反応した。

「そんなん、なんだっていい。この事実を知った人はどう思うか考えたことあるの?私は私はアンタが好きだからアナタを失いたくない。勇気がいない未来なんて私には受け入れられないのよ!」

 目を真っ赤にして訴えかけている。勇気は動揺しただろう。自分の好きな人、優利にこんなにも血相を変えて訴えかけられている。しかし、勇気はそれを振り払った。

「俺はお前の事なんか好きでも何でもない。お前の言うことなんて聞く義務が無い。」

 勇気はとても強く、そして酷いことを優利に言い放った。その言葉を直接当てられた優利は泣き崩れた。

「お前、それは言い過ぎやぞ!誰のためを思って言ってんのか分からんのか?!」

 たまらず大山田は勇気にくってかかる。

「お前こそもっと関係ないだろ?!黙ってろよ!」

「なんだと!」

 大山田は痺れを切らした。勇気の胸倉をつかむ。勇気も掴む。

  〈やめて!〉

 優利は叫んだ。そして言った。

「いいの。大山田君、私、好きになる人間違えた。」

「三枝・・・・・。」

「もう、知らないわ、こんな奴。」

 優利からしたら、勇気はこんな大事なことをずっと自分に隠していたのである。そのことが、優利は勇気に信用されていないと受け止めていたのかもしれない。それが故に、好きな人とはいえ、ここまで言われたら、勇気に本当の意味でなんとも思われていないことを思ったのかもしれない。だから、もう訴えても無駄、もう勝手にしたらいいと思われる発言をしたと想像できるが、相当なショックが残っていることも泣き崩れている優利を見たら分かる。そう思っても看過することなどできないのだ。

「そうか、なら俺帰るわ。」

 俺達の前を通り過ぎていく勇気に俺達は引きとめることをしなかった。ただ俺は見てしまった。その横顔からこぼれ落ちた一粒の涙を。

 皆は気づいていたのか、どうか分からないが、俺達は立ち尽くしていた。

 俺達は膝を崩して、動けなくなっている優利を見た。焦点の定まらない目から今もなお涙が大量にあふれ出ている。

 俺は何も声をかけることが出来なかった。大丈夫?なんて気安く言える訳がない。俺は優利の思いを知っているのだから。しかしその言葉は大山田が優利に言った。

「三枝、大丈夫か?」

 俺は大山田がカッコいいと思わされた。俺は二人の思いを知って、何もできず、そして何も言えないただの最低の男だ。俺は自分を悔いた。

「大丈夫よ。グスン、大山田君、涼介君。心配かけてごめんね。」

 そう言って、涙を拭いてゆっくり立ち上がった。でも、涙は止めどなく流れてくる。

「あれ、私どうしたんだろう?もう、あんな奴知らないって思っているハズなのに。」

 俺はハンカチを渡そうとした。優利は受け取らずに言った。

「大丈夫、本当に大丈夫だから。」

 そうは言っても涙が止まらない。優利はそんな姿を見せることを厭んだのかもしれない。泣きながら走り出した。俺はその姿に何もできなかった。

「山本、追いかけへんのか?」

 大山田にそう言われた。

「追いかけるって・・・・・。」

「まぁ、俺もこの場で何が最適か分からへん。一人になりたいから走り出しかもしれんからな。」

 俺はその言葉を聞いて、俺も走り出した。やっぱり優利を一人になんて、正しくない選択かもしれないが、そんなことできない。

  ハァハァ

 病院を出て、優利を探す。

 俺は道路の街灯に照らされた優利らしき後姿を発見した。全力で走る。追いついたと思われたとき、振り向かずに強く言われた。

「ついてこないで!」

 俺の足が止まる。

「ごめん、涼介君、本当に大丈夫だから、お願い、ついてこないで・・・・。」

 そう振り向かずに静かに言って。そして優利はまた走り出した。

 俺はもう追いかけることが出来なかった。時々、街灯に照らされる優利の後姿をただ立ち尽くして見ていた。しかし、振り向かなかったが、優利は泣いている。道路に残された水滴の跡、それが優利の通った道に続いていた。

 大山田が遅れてきて俺達を探している。そして俺を発見し、立ち止まった。

「三枝は?」

「ついてこないでくれって強く言われて・・・・。」

「追いかけられへんかったんか?」

 俺は頷く。

「三枝、心配やな。夜道は三枝なら大丈夫やろうけど、それ以外がな・・・・。」

 そう大山田は俺に言う。

「山本、それより駅行くで!この事実を伝えなあかん奴がおる。」

「?」

 俺は大山田の言うとおり一緒に駅までついていった。

 そして駅には前、練習試合で闘った、渡辺が立っていた。渡辺は俺達を発見して、近づいてくる。

「なんや、大山田?こんな夜遅く呼び出して。」

 渡辺は大山田に言った。

「実はな・・・・・・。」

 渡辺は今日起こったことを大山田の口から淡々と聞いていた。渡辺の形相がみるみる変わっていく。

「それほんとか?大山田!」

「本当だ。だから大学病院の近くの駅に呼んでるやろ?」

「・・・・・・。」

「それで、どうするつもりやねん。このことはお前らも知っとかなあかん。それがこの事実を知ったものの責任や。斎藤がほんまに日本一をこんな状態でもこだわっとるのかは分からんけど、お前らも最低、このことは知っとかなあかんのや。道場にはこーへんけど部活には出よんでアイツ。」

「・・・・・・・そー言われて見れば思い当たる節がある。そうや、お前に負けたときや、斎藤がお前なんかに一敗でもするわけが無い。そんな重大なことアイツは隠してたんか。」

「で、どうするんや?」

「俺から言うてみる。その上でアイツの意思に任せるわ。アイツは今年で最後のインハイなるんやからな。」

「そうか。」

「頼んだで、斎藤のこと・・・・・。」

「・・・・・おう。ほんならな。また連絡する。」

 そう言って、渡辺は帰っていった。

「ほんなら、俺達も帰ろか?」

 と大山田が言った。

「・・・・・うん。」




  次の日の朝

 俺は教室の扉を開けた。いつもの日常、それはもう帰ってこないのだろうか、昨日の夜、俺は自分を責め続けていた。もし、俺が勇気の病気を知った後、すぐに皆に言えばこんなことにはならなかったのだろうか?勇気は俺のせいで倒れたのではないか、そして優利、優利はこんなにも悲しむことも無かったのかもしれない。

そんなことを一晩中考えて俺は昨日の夜を過ごしていた、そして次の日の学校に登校し、俺は教室の扉を開けた今、優利を真っ先に探していた。しかしどこにも優利のは見あたらない。そして深刻そうな顔をして俺を待っていた、柔道部員がいた。

 俺は皆が集まっている、達也の席に行った。達也が言った。

「大山田、涼介、昨日、何があったんだ?今日は三枝も来てないみたいだし、何かあったんじゃないか?」

 あの場にいなかった皆は顔をしかめている。

「実はな・・・・・・・。」

 大山田が昨日の事の顛末を話した。皆、驚愕していた。

「骨肉腫、癌、右足切断。本当かそれ?」

 達也は俺達に問い詰める。俺達はうつむきながら

「残念ながら事実だ。」

 皆、それを聞いてうつむく。

「それで三枝来てない訳か・・・・・・。」

「もう、もしかしたら学校に来ないかもしれんな。それほど三枝にとって衝撃で辛い事実や。」

「そうか。」

 皆は言葉を失っていた。しばらく沈黙が続く。そして、しばらくして大山田が口を開いた。

「三枝おらんでも、柔道部は活動するで。三枝がいつ帰ってきてもええように練習はかかさへん。それにインハイ予選は登録しとるからな・・・・・。」

「・・・・・おう。」

 皆、元気が無い。勇気は俺にとっては大事なつながりを持つライバルだが、皆、俺と同じ思いも持っているのかもしれない。それに、この柔道部は設立者の優利は皆を引っ張ってくれて士気を高めてくれる大事な存在だ。その優利がこの場にいないこと、それは皆にとってその影響力は強く出ている。

 大山田は皆の顔を見て。頭を掻いた。

(これは今年は諦めなあかんかもな・・・・・・。)

 その声は横にいる俺にしか聞こえなかったが、大山田はボソリと言った。



  放課後

 皆、練習にまるで身が入っていない。優利の代わりに大山田がコーチしているが、やってる部員、全員に身がまるで入ってない。大山田はそんな皆を指導しながら、皆の士気を上げるようなことも言わず、ただ見ているだけだった。

 大山田はさっき言ったとおり、やはり、今年は諦めているのだろうか?こんな皆のモチベーションで闘っても、インターハイなどいける訳が無い。だから、もう皆の気持ちが変わるのを待っているだけなのだろうか?そう思わされた。


「道場行くで。」

 下校時間になって大山田は皆に言った。それを聞いて達也は

「もう、正直行かなくてもいいんじゃないか?今年はもう無理だよ。」

 そう達也も自分の気持ちも含めて、皆の気持ちを代弁した。

「アホか?!何回も言うとるけど、今年はインターハイ出場を目指しとるんや。そんな甘いことは許さん。」

 その発言で俺は大山田は俺が思っていることと違うことに気付かされた。でも、皆は大山田の発言に無理矢理背中を押されて、ただ自分の意思も無しについていっているだけに思えた。

道場に着いた。扉を開けてすぐ、師範が俺と大山田を発見すると走って駆け寄ってきた。

「昨日、勇気の身に何があったんや?」

大山田は皆と同じように事実を話すと、師範も皆と同じ反応だった。いや、それ以上に青ざめていた。

「勇気が癌。右足切除・・・・・・。」

 長年、勇気を指導してきた師範からしたら、受け止めることができない事実である。

「そんなこと隠しとったんか・・・・・アイツは。何で、何で気付いてやることができんかったんや!」

 そう言って自分を悔い始めた。小さい頃から知っている勇気は、師範にとって我が子当然の存在である。そのことが自分が全く知らず、気付いてやることすらできなかった自分を許せないことであろう。

 しばらく歯をくいしめて、拳を握りしめていた。

「アイツは、アイツは柔道界を背負っていく男なんや・・・・・・。何で神さんはこんな宿命を背負わせたんや。」

 手に力を抜いてそう言った。

「でもアイツは大丈夫なんやな?その手術を受けてくれたら助かるんやな?」

「・・・・・そうかもしれません。でも斎藤が早く手術を受けてくれるんやったらの話です。」

「何を考えとるんや?!アイツは!」

 師範は勇気の柔道の才能、これからの活躍を期待させられていた心の反面、やはり我が子当然の勇気にこれからも生きて欲しい。その思いが強く表れていた。

「・・・・・・・。」

 師範はしばらく黙り込んでしまう。そしてしばらくして静かに言った。

「・・・・優利は、優利は今日は学校休んどんのか?」

「はい。昨日、泣きじゃくってましたから。」

「そうか・・・・。」

 師範と俺達の話を聞いていた皆は、いつの間にか練習をやめていた。この辛い事実に、もう練習なんてする気にならないのだろう。しかしそんな皆の様子を見て、師範は空元気を出した。

「ハイハイ、練習皆、始めて!こんな皆の姿見ても、勇気も優利も喜ばへん。皆、それぞれ目標あるんやから、頑張ってくれた方がアイツらも嬉しいに決まっとる。」

明かに師範は無理をしていたが、道場の皆もその気持ちを察して練習を再開した。

 俺達もまじって練習を始めようとした。しかし、皆のモチベーションは低いままである。そんなとき、大山田は道場内を何やら徘徊していた。何かを探している。一体何をしているのだろう?

「あった!」

 大山田は大きな声をあげた。

「おい!お前らこっちこい!」

 俺達は集まった。そして大山田が見せてきたのは優利が残したノートだった。大山田はそのノートを座りながらペラペラめくりながら見ていた。

「お!やっぱアイツすげーな。」

「・・・・・・・。」

「お前らも見て見ろ!」

 そう言って優利の残したノートを皆でめくりながら見る。皆、どこかしおれた表情だったが、そのノートを見て、みるみる顔が変わっていった。

 優利の柔道部の日記。その日の問題点、個人の成長記録、分析点。様々なことがこと細やかに書かれている。まるで、愛する子供の成長記録のように細かく、そして学習参考書のように分析されて、ビッシリ書かれていた。

 俺達は驚きを隠せなかった。優利はこんなにも頑張って俺達を支えて、指導してくれていたのである。

 皆。自ずと顔を上げる。皆ノートを見て気持ちが変わったのだ。

「お前ら、これ見ても、まだそんな気持ちでいるつもりか?」

 その大山田の言葉に達也が刺激される。

「そんな訳、ないだろ?もう、皆、決意は固まったよ。」

「そうや、たとえ斎藤のことがあって、三枝が来なくても俺達はここまでしてくれていたアイツの気持ちを裏切ることはできん!せやったら、アイツがおらんでも、アイツの気持ちに応えて、アイツの目標叶えたろうやないか!」

「おう!」

 皆、今までの気持ちを断ち切ったようだった。目に決意の色が出ている。

 そうなのだ、大山田はこれをずっと考えていたのだ。ずっと優利と一緒に指導をしてきた大山田には優利がどんなに頑張って俺達を強くさせていたか分かっている。そしてノートの存在、重要性も。それを俺達に見せるまで、自分の気持ちを抑えて、自ら檄を入れることを言わず、そして俺達自らを立ち上がらせようとしていたのだ。

「・・・・・・そんでやな、山本。お前に聞きたいことがずっとあったんや。」

「?」

 大山田は突然俺にこんなことを言ってきた。俺はなんのことか全く分からない。

「・・・・お前、斎藤のこと知っとたやろ?」

 皆の決意に満ちた顔がそのまま、俺にするどい視線を浴びせた。

「これは皆も実は気付いてたんかもしれんな。思い当たる節は多い。お前が三枝に告白したとき言おうとしたことも含めてな。」

 やはりあの時は見られていたのだ。しかし、そのことを隠していた俺は、皆からの非難を恐れた。俺はずっと、自分自身、優利に言うか、言わまいか葛藤し、そして大事なことを皆に黙っていたのだ。

「・・・・・・。」

 そして何も言い出せなかった。そんな様子を見て大山田は頭を強く掻く。

「何もお前のことをこのことで非難しようなんて、この場の誰もが思ってない。お前と斎藤の関係は特別や。そんなこと分かっとんねん。だからなんか訳あるんやろ?」

 俺は起こしてしまった責任をより一層感じさせられてしまった。その罪悪感から、皆に俺のことを信じられなくなってしまうようになることが怖かった。しかし、俺は自分自身、苦しみ続けてきた思いを打ち明けることを自然と口から零れ落ちていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 俺は全てを吐き出した。俺が自分の思い、優利への思い、勇気への思い。そして二人の思い、それを自分の中で溜め込んでいて、それによって葛藤していたこと、それを吐き出さずにはいられなかった。しかし、俺は全て言い切った後、恐くて下げていた顔を上げることが出来なかった。そんな思いがあったにせよ、こんなことを誰にも言わずに黙っていたのである。皆が俺にどんな心情を抱くか想像が出来ない。俺は怖かったのだ。しかし、それを言いきった後、ゆっくりと大山田は俺に言った。

「お前、一人でその思いと葛藤しとったんやな。斎藤の思い、三枝の思い、どっちも相容れないもの、それを思い、そして自分の思いも含めてどうしたらええか、ずっと悩んどったんやな。」

 優しい声でうつむいている俺の肩に手を当てる。

 俺は顔を上げた。皆、優しく俺を見守っていた。俺は我慢できず泣き出してしまった。

「俺、俺のせいで勇気は昨日、倒れたんだ。そう考えると、俺は許されるべきじゃないかもしれないとか、そんなこと考えて・・・・・。」

「・・・・・・そんなことあらへん。お前は間違ってなんかおらん。世の中に何が正解なんてハッキリしたもんがあれば誰も道を間違えたりしやんのや。」

 そう大山田は俺に言って、皆、俺を慰めてくれた。

「それでや、お前どうしたいんや?」

「・・・・・・・。」

 俺はその問いを答えることができなかった。何度も問いかけていたことだが、二人のために俺はどうするべきか、今もなお悩んでいるからだ。

「・・・・・難しいか、じゃあ一回斎藤の立場になって考えてみろ、斎藤はなんでお前にそこまで肩入れしてるんや?!お前が恋愛において、そして柔道に置いても最高のライバルであるからちゃうんか?」

 勇気の立場になって考えたらその通りである。俺は頷いた。

「お前、三枝のこと好きなんやろ?」

「うん。」

「ほんなら、斎藤に託された思い、受け止めようやないか。三枝を任せられる男、そして最高の舞台で闘うライバル。斎藤の思いを受けとめて、立ち向かうんや!」

「・・・・・・・。」

 それは一つの答えである。しかし、そんな簡単にそれを受け入られるなら悩んでいたりしていない。

「これは、俺は間違った答えをお前に提示してるのかもしれん、でも、どうにもならんのや。歯車はもう回り始めとる。」

「どういうこと?」

 俺は大山田に言った。

「昨日、渡辺に斎藤のこと話したよな、それで渡辺から連絡あって、宗明学園側で話し合ったらしいわ、俺は斎藤に相当恨みかったらしいが、でも決定事項や、宗明学園は斎藤を大将に今年のインターハイ予選をエントリーする。それがあいつらの決定らしい。」

 俺の心臓はドキンとした。その決定に俺の中で運命の歯車が回り始める感覚に襲われる。

「お前と闘うために斎藤は今年のインターハイに出場する。後はお前がその思いにのるか、のらんかや、どうする?」

 大山田は俺の目を見た。そして、少し微笑んで言った。

「答えは出たようやな。今年はお前が大将やるんや、そして斎藤のため、そして三枝のためでもある。インターハイ出場したろーやないか?!」

 その言葉に皆、ゆっくり頷いて、勢いよく立ち上がる。

「エイエイオー!」

 その、四谷坂学園の叫び声はどよんとしていた道場内の空気が変わった。皆、勇気のことで頭がいっぱいだったが、俺達の掛け声で皆、自分たちが何をするべきか?もし二人が見ていたらこんな姿を望んでいないことに気付かされ、皆の顔つきが変わった。

「よしっ!これからは三枝が作った、この柔道の学習参考書みたいなノートで練習をすすめていく、皆、絶対に三枝が戻ってくるまでに負けんなよ!」

「おう!」

「そんで、あと言うとくけど、山本、お前大将にするって言ったけど、俺から一本もとられへんかったら、大将やらんからな、死ぬ気で頑張れ!」

 大山田にそう言われて、俺はほんの少し後ずさりした。しかし、もう俺の運命の歯車は回り続けているのだ。そんなことで立ち止まることはできない。

「絶対、絶対に大山田よりも強くなってみせるよ。」

 俺は強気で大山田に言った。

「言ったな、この野郎。一本とるだけで、そこまで言っとらんのに。まあええ、乱取や、かかってこい!」

「うん!」

 俺は大山田に元気よく言い返して、乱取をするために立ち向かっていった。






 右膝が毎日、悲鳴を上げていた。俺は今年の夏まで、インターハイ予選まで、本当にもってくれるのだろうか?悲鳴をあげるたびに俺は不安に駆られてすぐ鎮痛剤の注射を打つ。どんどん一日に隠れて打つ回数も増えていく。そんな状態でいるため、俺は夢を見ることがある。それは目覚めたときに自分の右足が無くなってしまっているという夢だ。この悪夢を見て、ハッとして目が覚めたとき、自分の右足をすぐ確認する。そして夢だったっと安堵するが、毎日これの繰り返しだと、夢と現実の区別がドンドンつかなくなってくるのだ。この夢はただの夢では無く、実際に未来に起こることである。それを自覚しているため、その夢は今の現実にどんどんリンクしてくる感覚に襲われるのだ。

 俺は足をベッドから降ろして、感覚を確かめてみる。

  ・・・・・・大丈夫、動く、力も入る・・・・・・・

 そう自分自身、納得させてから俺は一日をスタートさせているのだ。昨日の精密検査では前とそんなに差は見つからなかった。癌の進行も停滞している。まだ間に合う。そう思っていた矢先だった。

今日、この日は部活に出ていた。部活では先に鎮痛剤は打っているものの、右足に力が入らず、踏ん張りがきかないなど、これと言った支障は見られなかった。部活が終わった後、俺はいつも通り道場に行く。涼介、アイツと俺と並び立つ強さにしないと。俺が手術を拒んでいる理由はアイツとインターハイ予選で闘いたいからである。たとえ、俺が柔道を辞めても、ドンドン強くなっていくだろう。良い意味で俺の期待を涼介は裏切ってくれている。だからこれから先、涼介に託していても大丈夫だと思うところもある反面、アイツと俺が本当の意味での勝敗が分からない勝負、それをしないことには、俺は自分を納得させ、アイツに全て託すことはできない。だから、後少しの時間、インターハイ予選までの後少しの時間でアイツを必ず強くさせなければならない。だから、俺は道場を休むことは出来ない。たとえ右足が痛もうとも。


 俺はその日、道場で涼介を待っていた。四谷坂学園の柔道部員が道場に入ってくる。皆、満身創痍になっている。俺は少し微笑んだ。優利も頑張ってくれている。これは上手くいけば、俺の願いも本当に現実になってくれるかもしれない。そう思わされた。そう思っていたとき、優利は俺に近づいてきた。

「勇気、アンタ私達に何か隠し事してるでしょ?」

 そう優利が俺に突然言ってきた。俺はその言葉を聞いて、右足が疼く。もしかしたら感づかれているのかもしれない。俺が練習試合で涼介に負けたこと、合宿で大山田に投げられたこと、何かしらの異変を皆感じているのかもしれない。全て右足の踏ん張りが一時的にきかなくなったからである。俺と接している時間が長く、そして一緒に練習してきている、四谷坂学園の部員は気付いているのかもしれない。しかし、俺は優利にはこのことは隠し通さなければならない。決して、優利にはバレる訳にはいかないのだ。アイツは決して、今の俺の状況を見過ごすことなんかしない、絶対に早く手術を受けることを俺に強制するように言い、そして俺の今、やろうとしていることなど断固として許さない。優利とは長い付き合いだ。アイツの気持ちなんて考えるまでも無い。だから俺はそうなることを恐れている。アイツのそんな思いを踏みにじることは出来ないし、俺もこの願いを引く気は一切ない。さすれば、バレたとき、相当な衝突をして、優利の気持ちを大きく傷つけてしまうかもしれない。俺は優利への思いから、そのことだけは避けたいのだ。だから優利にこのことが明るみになることだけは絶対にあってはならない。

 俺はなんでもないように振る舞って言った。

「・・・・・なんのことだ?」

優利はそれを聞いて、それ以上追及しなかった。しかし何かしら不審に思っていることは確かだった。確証は無い、しかし何かある。そう思わせる顔つきだった。

 

 俺はその後、すぐ涼介を呼んだ。練習で疲れ切った顔をしている。しかし、涼介を鍛えることを休ませるわけにはいかない。そんな思いを知ってか、涼介は俺との乱取を断ることはしなかった。そしていつも通り、涼介と乱取りを始めようとしたときだった。

 優利が俺達の間に割って入った。

「勇気、今日は大山田君と組んでくれないかな?」

 そう優利は俺に言った。俺は涼介と当然組みたいので優利に言った。

「なんでだ?」

 それを受け、優利は言う

「涼介君はいつも相手してるじゃない?大山田君も勇気と組んだ方がいいのよ。」

 優利はビッシリ書かれたノートを持って、真剣に自分の部を強くすることに苦心しているようだ。そんな優利の姿を見て、それでも涼介と組むことを俺は主張しなかった。確かに涼介一人ではインターハイ予選を勝ち抜いていけない。このことも事実だ。だから大山田も強くならなければならない。俺は今日のところは大山田と組むことにした。

「ほんならいくで!」

 俺と組むため、コンディションをある程度良くしたうえで俺との乱取りの準備をしていた。これは俺も真剣に組手しなかればならない。大山田のそんな姿勢を汲んだこともあるが、それ以上に大山田は気を抜いて勝てる相手では無い。まだ数段俺の方が強い自負はあるが、コイツも成長しているのだ。

 そして乱取を始める。距離をとりつつ様子をうかがっていた。俺はそのときは、特に異変を感じなかった。いつも通り、そして今まで通りいける。そんな確信はあった。俺は素早く大山田の道着をつかんで、前後にゆさぶり、小内刈をしかける。大山田は俺の足技に耐えた。俺もこの技できめようとは考えていない、すぐに小内刈から移行して背負投をしようと、大山田を背中に乗せた。

 そのときだった。右足が突然、痛みを訴えた。力が入らず、俺は大山田を背中に、そのまま蹲ってしまう。俺はそのとき、頭から、嫌な汗がにじみ出てきた。このままでは負けてしまう。それ以上に早く鎮痛剤を打たなければ、痛みのせいで立ち上がることさへできなくなるかもしれない。この痛みは今までに経験したことの無い痛みだったのだ。

 潰れた背負投の形から大山田はすぐに寝技に移行しようとしてきた。この動きは腕ひしぎ十字固、関節技への移行である。それを素早く感知した俺はすぐさま左手を抜いた。

 俺は立ち上がった。・・・・・右足が痛い。これでは、今の状況では投げることはもうできないだろう。そう思わされた。足技でうまく相手がかかってくれたら、あるいは。もう背負投などや大腰など、足のふんばりがより必要となる手技や腰技は使えない。しかしそんな限られた技の選択肢の中で大山田に勝ことは難しい。それにもし、内股などで右足を払いあげられ、接触したら、俺はもう立ち上がることはもちろん、とてつもない痛みが襲われ可能性がある。俺は滲み出る汗で相当、悪い状況に直面していることを実感させられていた。

 俺はだから、足技を積極的にかけにいった。早く終わらせて鎮痛剤を打たなけらば、それに気がとられていた。大山田も足技を中心に攻めてきているようだ。上手く相手の体勢を崩して、足技をかけたら倒れてくれるかもしれない。なんとしても、早く、この乱取を終わらせなければ。そんなことを考えていた矢先だった。俺の悪い予感は悪しくも当たってしまっていた。大山田は大内刈をしかける。俺はすかさず右足を下げて、どうにか耐える。しかし大山田の攻撃はそれだけでは終わらず、連絡技の内股、すぐに内股をしかけてきたのだ。俺右足を払い上げながら投げきった。

 俺は右足に接触したため、右足から電撃が走るような痛みを感じ、投げられた。そして自然と口から吐き出した悲鳴。

  〈ウワァー!!〉

 もともと痛かった右足が悲鳴をあげている。痛みのため、頭がおかしくなりそうだ。正気を保つのがやっとだった。最悪の事態になってしまった。この状況を見て、皆、否が応でも気づかされたはずだ。俺の身に何かが起こっていると。優利を見てみた。優利は俺のこの姿を見て錯乱状態になっている。

 ・・・・・・そうだ、立ち上がれば・・・・・・・・

 すぐ立ち上がれば、何事もなかったように振る舞えるかもしれない。ただ、大山田との乱取で足を痛めただけ、皆、それ以上は詮索しないかもしれない、そう思った。

 しかし、抱えた右足をうごかすことさへままならない。

「救急車や!救急車呼べ!」

 師範は声を張り上げて言った。俺は皆を安心させようと師範に言う。

「皆、大丈夫だ。どうってことない。」

 しかし師範は見抜ていた。絶対にそんなことは無いということに

「そんな言葉信用できん。お前立てんのか・・・・・。」

「あ、あ、立ってみせるよ・・・・。」

 しかし立てなかった。動かすことさへできない。優利はそんな俺を見て固まっていた。師範は携帯電話を持っている優利を動かす。

「早くせえ!救急車や!」


 俺はその状態のまま担架に運ばれて、救急車に入る。俺は誰もついてきて欲しく無かった。だから

「皆、心配ない。ついてこないでくれ。」

 声も張り上げることすらできない。これでは皆ついてきてしまう。しかし、それを拒む程の音量を出すことができない。大山田、涼介、そして優利はついて来てしまった。

 

そして俺が指定した○✕病院の緊急治療室に搬送された。俺はそこで言った。

「鎮痛剤をお願いします。そして神田先生に言ってください。右足のMRIを取って欲しいので。」

 俺は自分の足が今どうなっているのかが、知ることは不安だった。しかし、そうは言っても、現状どうなっているかは知らなければならない。

「右足に持病をもっているのですね。何の病気ですか?」

「・・・・・骨肉腫です。」

「・・・・・はい。分かりました。」

 その病名を聞いて、集中治療部の医者は最悪手術の可能性があることも覚悟したようだ。すぐさま、神田先生に確認をとっている。

「昨日、精密検査して変化が見つからなかったそうですね。でもとりあえず、先にMRIをとります。変化がなければ、とりあえずは鎮痛剤を注射するだけで済むそうですが・・・・・。」

 俺はMRIをとった後、鎮痛剤を打った。そしたら不思議なことに痛みが何事もなかったかのように引いていった。

 俺は神田先生の診察を受けるため、整形外科の診察室に向かう。もう歩けるが、念のため松葉杖をつかされた。俺は大丈夫だと言ったが、医者は許してくれなかった。

 そして診察室に向かう途中、異常なほど心配してくれている皆に会う。涼介は俺の身に何が起こっているか分かっているため、それが故に大きな心配をかけているだろう。大山田は俺を投げたために、自分のせいで俺がこうなっていると思って、責任を感じているのかもしれない。そして、優利、優利の心配は俺の推し量れるものでは決してなかった。俺はその姿を見過ごして、診察室に入った。誰も診察室に入れる訳にはいかない。右足はおそらく、今日、明日、どうにかしないと駄目な状況ではないだろう。そんなことを思っていると神田先生が言った。

「斎藤さん、問題ないですね。昨日とあまり変わっていません。でも、なんで救急車に運ばれるような事態を起こしたか分かりますか?」

 先生は少し怒った言い草で俺に言う。

「・・・・・・。」

「柔道をまだやっているからですよ。まだ右足切除をしなくていい段階とはいえ、こんな無茶をやっていたら、病状の悪化が考えられます。ちょうどいい機会です。付き添いの方にこの事実を知ってもらいます。」

「先生、何もなかったならいいではありませんか?それはやめてください。」

「いいえ、あなたの周りの人に認知してもらって、とめてもらうことは大事なことです。アナタは自分の体が自分だけのものだと思っているようですが、そうじゃないのです。アナタを心配している人は沢山いるのだから、もっと自分を気遣ってください。」

「自分で言います。だから呼ばないでください。」

 先生は俺の言うことを無視した。俺が見え透いた嘘を言っていることに気付いている。

「すみません、付き添いの方を呼んでください。」

 そう看護婦に指示した。俺は声を張り上げた。

「誰も入ってくんな!」

 しかし、皆来てしまった。涼介、大山田そして優利までもが診察室に入って来た。俺は焦った。バレてしまう。俺が隠し通してきたことが、皆にそして優利にバレてしまう。俺は追い出すため、また声を張り上がる。

「入ってくんなって言っただろ!」

 しかし、皆、俺の言うこと、意を酌んでくれたりなんてしない。優利は俺が何か隠していることにすでに気付いているように見えた。真実を知ることを心の中で拒みながらも恐る恐る神田先生に聞いていた。

「勇気は大丈夫なんですか?」

 俺はその言葉を受け、すかさず神田先生に言う。

「何も言わなくていいですよ。先生。」

 先生は俺の言うことなんて聞いてくれない。先生は俺を俺を本当に柔道をやめさせようと考えている。俺の右足にある事実を俺が一番思っている人に聞かせようとしているのだ。

 俺はもう諦めた、隠し通すことは無理だ。聞くことが嫌なので下を向いて、ただ神田先生が話終わるのを待っていた。そのとき思った。俺は絶対にこの後、優利と衝突するだろう。生半可な言い分では絶対に優利は納得しない。だから、もう俺に残された道は優利を傷つけてしまうこと、それしか残っていなかった。だから、だから、俺は決心するため、自分の気持ちを殺すことにひたすら努めていた。


 診察室を一緒に出て、俺は帰ろうとした。しかし、絶対に引き止められるだろう。俺は分かっていた。

「勇気!!」

 優利が大きな声をはりあげた。

「どこに行くのよ?!」

「どこって帰るんだよ!」

「話があるの!こっちに来なさい!」

「俺は別に何も話すことなんて無・・・・・・。」

 そう言おうとした後、俺は優利の姿に圧倒された。俺の身に起こっている真実を知ってもなお、今も気丈夫に振る舞っている優利が目を真っ赤にして涙が零れ落ちている。俺の心は少し揺らいでしまった。

 そして廊下の長椅子に座ってしまった。

「もう、柔道するのはやめてちょうだい。」

「・・・・・・やめない。俺は今年のインターハイが終わるまで絶対にやめないし、手術も受けない。」

 俺はさっき覚悟して自分の思いを殺したとはいえ、優利にひどいことを言う決心が揺らぎ始めていた。しかし、俺はその思いも無理矢理押し殺した。だから、その後の優利の言葉に全て強く返していた。しかし、この言葉だけは俺の心を揺るがした。

「そんなん、なんだっていい。この事実を知った人はどう思うか考えたことあるの?私は私はアンタが好きだからアナタを失いたくない。勇気がいない未来なんて私には受け入れられないのよ!」

 目を真っ赤にして、俺のことを自分のこと以上に心配してくれて、辛いはずなのに、俺を説得するために、今にも泣きそうになるのをこらえて訴えている。しかし俺はこの言葉を強く言い返し、今にも泣き崩れそうな優利を突き放し、泣き崩れさせる最低な言葉を知っていた。俺はそれを言うことは躊躇いを感じる。しかし言わなければならない。俺は口に出してしまっていた。

「俺はお前の事なんか好きでも何でもない。お前の言うことなんて聞く義務が無い。」

 その言葉を言った瞬間、俺は自分の優利への思いと決別した。優利はもう、涙腺に涙をためることができず、目から涙が大量に流れ出していた。

  ・・・・・・・これでいいんだ・・・・・・・・

 その後、大山田が反応してくってかかる。俺は演技をしていた。もう後戻りなんてできないのだ。最低な男なら、とことん最低な男になってやろう。そう思った。

優利は俺のことをもう引きずらないだろう。優利が俺に言っていた。

「私、好きになる人間違えた。もう知らないわこんな奴。」

 その言葉を聞いて、俺はもうこの場にいる必要は無い。皆を残して帰ろうと思った。

「そうか、なら俺帰るわ。」

 そう言って、病院から出て行こうとした。しかし、自分に嘘をつきすぎていたからだろうか、優利を傷つけてしまったからだろうか、目から一粒の涙がこぼれ落ちていた。

 しかし、もういい。前を向くしか俺には残されていない。俺はそのまま歩いていき、病院を後にした。




次の日

 俺は昼休み、屋上に柔道部員、それもレギュラーに呼び出された。俺はなんとなく感づいていた。昨日バレたこと、ソースは大山田で、大山田は渡辺と連絡をとったかもしれないと。

「なんだよ、こんなとこに呼び出して。」

「斎藤、話があるんや。」

 皆、厳しい目をして俺に視線を向けている。

「昨日、大山田、四谷坂学園の大山田から呼び出されてな、お前の隠してること聞いた。」

「チッ!あのおしゃべりが!」

 俺の予感は的中していた。大山田と渡辺にはパイプがあったのだ。同じ大阪出身で昔から知っている仲だ。あの練習試合が始まる前はお互い殺伐とした空気が二人の間には流れていたが、最後はお互い認め合い和解していた。だからあの後からも付き合いがあったのだろう。俺は大山田を許せないと思った。このことが部に広まると皆、俺のインターハイ予選に出場することを全力で阻止すると思ったからだ。だから、俺はこの場で俺の願いが打ち砕かれてしまう、もうこの道を歩むと決心したのに、踏み出す前から壊されてしまったのだ。俺は怒りを抑えることができなかった。俺は四谷坂学園に行くために屋上から出ようとした。

「どこいくんや?勇気?」

「どこって、大山田のヤローをぶちのめしてやるんだよ。」

「まあ、待て。お前、何か勘違いしとる。」

「は?」

「俺達はお前の意思を聞きたいんや。お前が右足に癌、それを持ってるのは、ここのメンバー、レギュラー陣しか言って無い。その上でや、お前、どうするんや?お前に来年は無いんやろ?ほんなら今年はどうすんねん。」

「・・・・・・・。」

 俺は渡辺の言葉に驚かされた。そして皆の目を見てみる。皆、真剣な眼差しでまっすぐ俺を見ている。俺は皆があぐらをかいている位置に戻った。そして、渡辺に鋭い目つきでもう一度問われる。

「どうするんや?」

 俺は思いの丈をぶつけることにした。

「俺にはどうしても闘いたい相手がいる。そして最後のインターハイ、このメンバーで日本一をとることしか考えられない。」

「そうか・・・・・。」

 そこにいるレギュラー全員が顔を見合わせた。

「実はな、お前が来る前、話し合ってたんや。皆、病気のこと知って、顔青ざめて、もう諦めてもろおうって話も出た。でもな、お前がキャプテンになってから、卒業生が引退後もお前が引っ張ってくれて、各々、全国狙えるほどの力をつけさせてくれた。お前に大きな恩があるんや。せやからお前をこのままフェイドアウトさせるなんてでけへん。今度は俺達の番や、お前に日本一の夢、最後に叶えたるわ。それがここにいるメンバー全員の総意や。」

「そうか・・・・・。」

 俺は皆が俺の思いを汲んでくれること、それに感動して涙が出そうだった。立ち尽くして、こらえている。そんな俺を見て、渡辺が

「と言うても、お前の意思を聞くまでは決められへんかったけどな。」

 と頭を掻きながら言った。きっと照れくさいんだろう。

「このことはここのメンバー以外、他言無用や。もちろん顧問にも言わへん。お前は堂々とインターハイ終わるまで宗明の大将やっててくれたらええんや。」

 そう言って、皆と顔を見合わせて、皆頷く。

「・・・・・・ありがとう、渡辺、皆。」

「ええんや。一緒にがんばろう。そして、今年は全国一をとろうやないか!」

「おう!」

「ほんじゃあ、一丁いっとくか?」

と言って皆右手をそれぞれ差し出して円になった。俺は、皆のその言葉や行動に涙が出そうでたまらなかった。俺はこのメンバーで本当に良かった、心からそう思わされた。そして、俺は一番上に手を乗せて言う。

「俺達は誰だ?」

「宗明学園、柔道部!」

「狙うものは何だ?」

「全国優勝!」

「勇気を必ず日本一にする。俺達には勝利しか無い!」

「オーー!」

 最後の一言は渡辺が言った。

「ほんとありがとうな。」

「泣くなや、お前の泣き顔、男の泣き顔見る趣味ないからな。」

「うるさいな!」

 俺は空を見上げる。こんなにも真夏の晴天の日の空は美しい。俺達にふりそそぐ日光は俺に勇気、そして大きく踏み出す力を与えてくれている気がした。

「ほんなら斎藤、今日も練習バシバシしてくれ!」

「おう!分かってる。今日からは特別メニューだ。」

「ハハハ、なんかおぞましいけど、覚悟はできとる。」

 そして俺はまた空を見上げた。

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