練習試合
一ヶ月後
「お前ら様になってきたけど、まだまだやな。」
いつも通り、部活で格技場で練習しているとき、大山田が言った。
「コラ、そんな士気を下げること言わない。」
と優利が言った。二人は俺達を監督しながら並んで立っている。俺達はその言葉を聞いて練習の手を止めた。そして俺と組んでいた達也が言った。
「ホントだぞ、どーいう意味だそれ!」
大山田は微笑みながら言った。
「別にけなしてる訳やないやで、本当はうちの子らが立派になってくれて涙が出そうや・・・・。」
「何言ってんの?」
俺達は大山田の言動と行動に唖然とした。
「いやいや、俺と三枝が必死こいて、基本叩き込んできた、これまでのことをふと思い出してみると、皆、成長したなって、なぁ三枝?!」
「そうね、確かに皆、凄く上達してる。これはうれしい誤算だわ。」
優利までうんうんと感慨深くなっている。俺達は二人がこんな境地に達しているが、二人の指導の鬼教官ぶりを思い出し、今更になって背筋が凍えた。
「俺達がどんなに必死にお前らの練習メニュー、毎日こなしてると思ってんだよ。俺は思い出しただけで、背筋が凍って、震えるぞ・・・・。」
と達也が言う。
「まぁまぁ、想像以上に柔道っていう柔道出来てるって自覚もあるやろ?」
俺達は、優利や大山田の、あの日からの鬼指導と鬼メニューで一ヶ月という短期間でそれを実感できるぐらいまで確かに成長していた。投技もとい寝技まで、基本的な動きはそれなりに各自できる。これは、大山田と優利の指導のたまものであろう。ただ、まだ様になっているということであることは皆、正直なところだった。しかし驚くべきは、皆、こんな滅茶苦茶な練習についてきていることにある。誰一人、部活をサボったり逃げ出す者はいなかった。皆、体育会系とは程遠い人種であったが、皆、ひたむきに頑張っている。達也は体格や運動神経、精神力も恵まれた方(このメンバーではの意)であったから分かるが、井上も必死に食らいついていってるし、驚くべきは山田であった。山田は見た目に反し、誰よりも真摯に練習に取り組んでいっているし、何よりも上達が人一倍早かったのである。最初出会ったとき、デモンストレーションで大外刈すらできなかった山田が、今ではまるで別人のようである。
「まぁな、お前らのお陰で柔道ってのが、身に染みるように体が分かってきてるよ。」
その達也の言った言葉で、優利と大山田が顔を見合わせた。
「良かったよな、焦りすぎてたけど、今年のインターハイ予選、どうにか出場はできそうや。」
「そうだね。まだまだ、強豪校はもとい、普通の学校に太刀打ちできる程では無いけど。出場することに迷いは無くなったわ。」
優利は俺達に笑顔を見せて言った。
「今年も出場するの?やっぱり?」
と井上が言った。
「そうだ。一応、本番は来年。来年、優勝して全国大会に出る予定なんやけど、経験を超える練習は無い。今年はレベルの高さを肌に感じてもらうつもりや。」
と大山田が言った。それを聞いて達也が
「お前らその算段があったから、こんな鬼みたいな練習、俺らにかしてたんか・・・。」
達也は溜め息をつきたくなっているように思えた。
「ごめんね。」
と優利が、片手を立てて軽く謝る。
「・・・・・・。」
「まあいいんだけど、ちゃんと説明して欲しかったな。」
と達也は優利と視線をそらして言う。
「まぁまぁ、それは俺達でも決定してなかったから、勘忍や堪忍。」
と大山田も俺達をなだめる。
「で、その大会の日にちいつなの?」
と俺は聞いてみた。
「七月の一日や。」
「え~~~~!」
皆、ど胆を抜かれたように驚いた。
「ちょっと待ってくれよ、今日が六月の十五日、後、半月しか残って無いじゃないか?」
達也が慌てて言う。それを受け、大山田が
「そない焦らんでも、今回は優勝狙っとらんって言うとるやないか?」
大山田が言うと井上が
「そんなこと言ったって、僕達、まだ試合すらしたこと無いんだよ。いきなりそんな大舞台で試合なんて・・・・。」
「う~ん。確かにな、一理あるわ。でも、お前らもう道場でも乱取させてもらっとるやんけ、そんな気負わんでもええんやで。」
一応、俺は納得した。でも、とは言ったものの、やはり部活や道場内の乱取は、身内にしか過ぎない。不安は大きい、それは他のメンバーも一緒だった。
「まあそない心配すんなって。ハイ、手とめとらんで練習、再開するで!」
「おう・・・・・。」
俺は達也とまた乱取を始めようと、組もうとした。そしたら大山田が言った。
「山本、ちょっと俺と組んでみるか?」
「えっ!」
「お前だけ異常な早さで成長しとる。毎日、斎藤と組んどるからもあるやろうけど、ともかく俺と組んでみよか?」
「分かった。」
俺は、内心少し戸惑っていた。自分でもまだそんなに強くなったという実感はまだ無い。まして、大山田と組んでまともに闘える自信など無かった。
「躊躇い感じてるのか?何も俺が本気でお前と乱取する気がある訳やないんや。現時点のお前の強さを正確に知りたいんや、俺は。」
「そっか。」
俺は少し胸をなで下ろした。しかし大山田がこうやって俺を認めてくれたことは、実際、結構嬉しかった。部活でも、そして道場でも俺が一番、意欲的にとりくんでいるし、自主練習や筋肉トレーニングも隠れてやっている。そのことが実を結んだことは嬉しい。ともかく組んでみよう、大山田にどの程度、通用するのだろう?
優利が俺達の横来て、俺達の乱取を見ようとする。
「よし、一応合図くれるか?」
「分かったわ。始め!」
お互い掴みあった。大山田は俺よりも体重はあるし、もちろん、技術も各上である。組んでから崩そうと色々攻めても、崩すことすらなかなかできない。そうしていると大山田が攻めてくる。前後ろ、色々な方向に俺を崩そうとしている。俺は踏ん張り、それを必死にこらえている。
「なかなかやるやんけ、簡単に崩れるって思ってたわ。」
大山田がそう言った。俺は膠着状態から、思い切って、内股をするために、両手で相手を前引き出そうとした。しかし、大山田は自護体(膝を曲げて重心を落とす体勢、この体勢は相手を崩しにくくする効果がある)になっていたため、全く崩れない。俺はそのまま勢いで大山田の両足前に右足を踏み出し、両手を使って前に崩そうとして、右足を軸に反時計回りに半回転しながら、左足を右足後方に置き、右足を大山田の股に入れて、強引に投げようとした。大山田は全く動かなかったため、この一連の動きをした俺は、体のバランスを失って前に倒れ、四つん這いになった。大山田は四つん這いになった俺に跨り、そして左手で俺の左前襟を掴み、右足を俺の懐あたりにすべりこませると同時に右手を右脇下にすべりこませて、抱きしめられた形になり、そして、その右手で俺の右腕と首を抱えこみ、その状態で俺を抱きしめながら右側に転がり、俺を仰向けにした。俺は右手で右腕と首を抱えこまれていたので、仰向けになった時には縦四方固をきめられていた。(この固技までの一連の動きをネルソンと言う)完全に固技をきめられていたため、そのまま25秒間動けなかった。
「一本やな・・・・・。」
「そうね。」
しばらく時間が経ってから大山田が小さな声で言った。柔道では25秒間、抑込がきまれば、投技でなくても一本をとることができる。
大山田は俺を離して、立ち上がり、両手をはたきながら言った。
「まぁ、なかなか崩れなかったのは予想外やったけどな、内股しかけにいってからやな、アカンところは。」
俺は、先に立ち上がった大山田を仰向けの状態から見上げながら立ち上がった。
「簡単に固技をきめられたところ?」
「いや、それもあるけど、もっと悪いところは崩せずに内股をしかけるのは、別にええんや、誰でもやるし、崩れるかもしれん。問題はその後や、内股をしかけにいった後、相手動かんからいうて、前に倒れたあかんわ。寝技は圧倒的に上から覆いかぶさる奴が有利なんや、その状態になることは、寝技きめられてもしゃーないってことやで。」
「・・・・・・。」
その通りだった。投技を仕掛けにいってきまらないことは多いことだろう。しかし、すぐに体勢を立て直して、また闘える体勢に戻る。それが大事なことであることだろう。
「まぁでも、内股自体は悪く無かったで、凄く成長しとるわ。なぁ?」
と優利に同意を求める。俺は、優利の言葉に異常に神経を尖らせてしまう。
「そうね、きまらなかったけど、一連の動きはとてもメリハリがあってスピーディーだった。私達の予想より早く成長してるわ。」
嬉しかった。でも、まだまだ勇気には勝てない。強くなればなるほど勇気との力の差が広がっている気がしていた。
それに、優利の見ている前で負けてしまったことも、なんだか、悔いを感じるところがある。もちろん、大山田を恨んでいる訳でもなんでも無いのだが、もう、優利の目の前で負けたくないのだ。それは、勇気と組んでいるとき一層感じる。それだけ意識してしまっているのだ。しかし投げられなければ強くなれない。勇気の言葉だが、悔しいがそれは真実だろう、だからこそ、この気持ちと相反する行動を率先して受けなければならないのだ。そして、誰よりも、勇気よりも早く強くなりたい。
そんなことを考えていると、大山田が俺に言った。
「三枝の言う通り、確かに早く成長している。でも、あんま無理すんなよ。体壊したりしたら元も子も無いからな・・・・。」
「そうね、私たちの指導でも十分辛いから、あまり無理しないでね。」
二人は、俺が皆が見ていない間も練習していることを知っているのだろうか?まるでそのことを注意されたように感じた。
「まぁそれはともかく、練習に戻って戻って。達也と組んだれ。」
「うん。」
俺はまた達也と組手の相手を始め、練習に戻った。
日が暮れた頃、俺達は部活での練習を終えて、そしてその足で道場に向かった。
「こんばんはー。」
皆、それぞれ道場に入っていく。師範が俺達を見て。
「おう、来たか。それにしても皆、汗だくやな、この季節もあると思うけど、聞いてるかぎり相当キツイんやな。見たら分かるわ。」
「はい、相当厳しくやってます。」
と大山田が言った。
「そんな後にうちきてやるのも殺生やな・・・・。」
「いや、これくらいしないと、うちは来年は全国優勝狙ってるのよ。当然よ。」
と優利が言う。その話を聞いて勇気が少し反応したように思えた。そしていつも通り、俺を呼ぶ。
「涼介!早く来い。始めるぞ!」
また勇気は俺を真っ先に指名する。そう言われてみれば、道場では俺はこの一ヶ月、勇気と以外、組んでいない気すらする。一体、何故勇気は俺ばかりこだわるのだろう?もちろん、早く勇気を倒せるようになって、優利に振り向いてもらいたい気持ちもある。しかし、俺達が掲げている目標は来年のインターハイである。勇気の言う、今年のインターハイでは無い。そして俺を強くすることは、勇気にとって意味はあるのだろうか?宗明学園は俺達にとって、同じ県の敵である。そう考えると、俺達は同じ道場に通っているが、敵同士なハズでもある。そんなことを考えるようになってきた。
俺は勇気を勇気と見れなくなってから、素直になれなくなっていたのだ。勇気に指導されて練習することもあまりいい気分では無いし、組むことは、優利に勇気に投げられるところを見られることになる。それが悔しくもあり、歯がゆかった。
俺は勇気の傍に行き、軽く準備運動をしてから向い合った。
「スピード打込からいくぞ。」
「うん。」
俺はそういう気持ちが結構前に出ているハズなのだが、勇気はそういった姿勢を見ても何も思っていないのだろうか?そういう姿勢で臨んでいる俺に対し、厳しい練習をかけることで、そういう心を折ろうとしているのだろうか?しかしそんなふうには見えない、純粋に俺を強くさせようとしていることは、なんとなく分かる。むしろそれを知った上でなお、俺にそういう気持ちにさせることで強くさせることを早めようとしているように感じる。
俺はスピード打込(技をかける動作練習の組手を打込と言う、〈正確には、完全にはかけずにかかる前までの動作〉それを早くかけ、動作確認をしていくこと)で今まで覚えきた投技を一個一個、確実に確認しながら、できるだけ早くかけていった。
「なかなか上手いな。足技がちゃんとしてきてる。」
勇気に褒められた。しかし素直に喜べない。それを見て勇気は言った。
「今度は俺の番な。よく動き見とけよ。」
今度は俺が勇気に技をかけられる番だった。勇気の動きは凄く、スピードも技の正確さは全く違う。俺は肌で各の違いを見せられた。しかし、俺は勇気の技術を盗もうと貪欲に、動きを見ていた。終わったら勇気が言った。
「お前がダメなところはスピードにこだわってるところがあるから、まだ正確さが足らないところにある。打込は技をかける基本だ、一個一個丁寧に、それで正確にしないと練習の効果が見込めないぞ、それでかつスピードにもこだわる。難しい注文してるのは分かるがやってもらう。今日は乱取りはいいから、俺がいいというまでずっとやってもらう。」
スピード打込とはすごくキツイ練習である。ふつうは何セットか、やる回数を決めてやるのが一般的だが、勇気のオッケーが出るまでやるということはかなり厳しい練習ということだ。
「・・・・・・。」
「不満、あるのか?」
「いや、無いよ。」
「不満があるなら早く終わらせろ、自分の腕と努力で。」
「・・・・・・。」
俺は従った。勇気の無理難題をつきつけられ、それに従うことは屈辱的ではあったが、勇気が俺を強くさせようとしていることは真実である。俺は言うことを聞くことにした。
しばらくして、四谷坂学園の部員もそれぞれ練習を終えて、皆帰ろうとしていた。そんなとき大山田が俺達に声をかけた。
「山本、帰るで!」
「うん。」
俺は、練習する手を止めた。
「誰がやめていいなんて言った?」
勇気が俺を睨みつけて言う。それを見た大山田は
「斉藤、そろそろやめてあげてくれよ。明日も部活あるさかい、そんな無理させたらあかんで。」
「お前ら、厳しくやってるとか言うてる割に甘いな。大山田も分かるだろ?良い感覚、覚えて練習終えることがどんなに意味があることか。このままだったら、まだ悪い癖残ってるから俺はやめさせないぞ。」
「・・・・・・。」
「まぁ、言うてることは一理あるけど、肝心なのは山本の意思や、やめたくないんか?」
「分かった。やめないよ、続ける。」
そう言って勇気に従った。その理由は、勇気に認めさせたかったからだ。ここで練習をやめたら、精神的に勇気が俺を認めることは無くなるような気がした。俺はライバルとして意識してもらいたかったのかもしれない。
「・・・・・・さよか。ところで、斎藤!」
「ん?」
「あの俺、ちょっとさっきまで考えてたんやけど、お前の部と練習試合できへんか?」
「え~!」
井上が驚きの奇声をあげた。俺達にとってもその言葉は驚愕だった。
「なんや、その反応?お前らインターハイ予選の前に練習試合したいみたいなこと言ってたやんけ。」
「いやいや、それは嬉しいけど、こんな強豪校といきなり闘うなんて、とても無理だよ~。」
そして達也も井上に同調する。
「・・・・そうだな、身近に頼めるとしたら、確かに斎藤に頼むのは一番手っ取り早いかもしれないが、いきなり宗明学園は無謀だと思うぞ。」
・・・・・俺もそう思った。まだまだ勇気と勇気のチームと闘える力などついているはずも無い。
「いや、いいんじゃない?どんな相手だろうとインターハイ予選の前に練習試合できるなんて、得るものは大きいはずよ。」
とウンウンと優利は頷く。
「で、どう?勇気?」
それを聞いて、少し勇気は考えたように見えた。少し、眉間に皺を寄せている。しばらくした後言った。
「俺はまだ涼介、涼介達には、まだ早いと思っているが、一応顧問に相談してみるよ。俺だけでは決められないからな・・・・・。」
いつも何かを決める時は強気な勇気が、何故が後ろ向きなことを含むように答えた。俺はそこに違和感を感じていた。
「そっか!よろしくね。勇気!」
優利は言葉をそのまま受け取り、喜んで手を叩いた。
そして、皆ぞろぞろ道場を出て行く。
「一応、うちの顧問、小野先生にも掛け合ってみましょう。」
「え~!本当にするんですか?僕なんかが、斎藤さんのチームと闘ったら、赤子の手をひねられますよ。」
「大丈夫、大丈夫。山田君は強いよ。」
「俺も大口は叩けんが、俺もついとる、あんま心配すんなや。」
「おお山田君は信用できないね(笑)。」
「ハハハ。」
そんな話をしながら、皆、帰って行った。
「よし、涼介!練習再開だ!」
「うん・・・・。」
俺はコクリとうなずいてスピード打込を再開した。
ハァハァ
さすがに疲労のピークを達している。膝頭を手でおさえながら立って勇気を見上げると。まだ勇気は全く納得していない様子だった。俺は短期間で、数々の技術や技を教えてもらい、磨いてきたが、さすがに今日一日で勇気の納得を買える動きをものに出来る訳が無い。俺の不満は大きくなってきた。
「道場閉めるぞぉ~!」
と師範の声が響く。
もう俺と勇気以外、帰ってしまっていた。勇気は舌打ちをして。
「しょうがないな、最後に一回だ。最後の力を振り絞って、全力でやってみな。できなかったら最後に俺が投げるぞ。」
とてもイラっとした。俺はどうせできないだろうが、絶対に見返してやるって気持ちに駆られて全力で打込をした。
・・・・・・・。
俺は最後までやりとおした。しかし、投げるだろうと思っていた勇気は微動だにしなかった。
「フッ、やればできんじゃねーか?!その感覚、明日も忘れんなよ。」
そう言って俺と組む手を離した。俺はしばらくボーとする。今ので良かったのか?自分の掌を見てみる。今の感覚・・・・・。
「何ボーとしてんだ。掃除するぞ、掃除。」
「うん・・・・・。」
俺と勇気はその後、道場内を掃除して、帰った。
次の日、俺達は昼休みに達也の席に集まった。
「練習試合の件だけど、どーするんだ?」
と達也が言う
「もちろん賛成よ。」
と優利が言った。
「俺も賛成や。皆、絶対やった方がええ!インハイ予選前に試合をすることで、それぞれ問題点を浮き彫りにすることができるかもしれん。相手は強すぎるけど、この際、文句は言ってられんやろ。」
「そうだけど・・・・。」
井上はとても自信なさげだ。
「井上、お前、自分が思ってるより、よっぽど強くなってるんやで!そんな心配すんな。」
「そうなんだ・・・・・。」
本当に自信なさ気である。しかし納得してくれたようだ。
「皆は?」
と優利が聞く。
「分かったよ、やるよ。」
と達也は言った。俺や山田も頷く。
「それなら、監督の俺が言いに行ってくるわ。」
「監督は私よ!」
「ハハハ。」
皆、そのやりとりに笑ったが、達也は笑っていなかった。
「・・・・・お前らなぁ、どっちでもいいけど、こういうの心の中では俺の役目やと思ってるだろ?」
と達也が言った。
それを聞くと、二人ともコクリと首を動かす。
「ったく、皆で行くぞ。」
「おーう!!」
優利は少しジャンプしながら言った。
「それで、今度は何だ?お前ら。」
俺達は、職員室で小野先生の椅子の周りを囲んでいた。
「いや、インターハイ予選に出場することは、前に言いに来ましたよね?」
と優利が言った。
「おう、それは前聞いたし、エントリーしといた。」
「良かったぁ~。」
俺達はそのやりとりを見て、ビックリした。優利が陰で取り決めをしていたことは、俺達は知らなかったからだ。大山田のみ知っていたようで、驚の色を見せていなかった。そして大山田が続けて言った。
「それで、なんですが、インハイ予選の前に練習試合をしたいんです。」
「は!?」
小野先生はビックリしていた。
「そんなもの、急に決められないぞ。インターハイ予選まで後、半月も無いじゃないか?対戦相手の学校とも連絡して話が上手くいったらいいが・・・・。対戦相手の学校はどこでもいいのか?」
「宗明学園です。」
小野先生はそれを聞いて呆れた。
「そんな強豪校、うちなんか相手してくれる訳ないだろ?無理だ無理。」
それを聞くと、優利が言う。
「いや、あのですね、宗明学園の柔道部のキャプテンが同じ道場通ってて、知人なんですよ。私の幼馴染です。その子が言ってくれているはずです。」
「・・・・・そうか、そう言うことか、なら上手くいけるかもな。分かった。連絡して掛け合ってみるよ。」
「ハイ!ありがとうございます。」
俺達は小野先生に頭を下げて職員室を出た。
「良かったな、上手くいきそうじゃん。」
そう達也は言った。
「そうやな。後は試合に向けて練習するだけや!俺も宗明相手だと、うかうかしてられない。」
と大山田は真面目な顔で言う。
「よし、大山田君は私が見てあげるわ!この部の監督は私なんだから❤」
と、優利はイケずを言った。
「・・・・・監督の件はともかくやな、ほんまに見てくれや。」
と大山田はてれ隠そうに言った。
放課後、俺達は格技場について道着に着替えて練習を始める。エビや肩ブリッジ(寝技の基本練習)から始め、個人でシャドー打込をして、体を慣らしてから組手に移る。
皆、基本はある程度できるようになっているため、現段階では、できるだけ実践経験を増やす必要がある。なので組手でも、今日は乱取を主軸にやる日にしていた。だが、いつもの乱取と違うところは、今日の組む相手は優利が部員全員を相手することだった。それは、大山田も今日は監督では無く、練習に参加する意味もあり、そして、監督であること以上に、柔道の段位持ちの優利は間違いなく、この柔道部員の誰よりも強いことから、強い相手と組む練習、つまりは宗明学園との試合を想定した乱取だった。
しかし優利をもってしても、すぐにうちの部員を投げることはもう難しくなってきていた。皆、ある程度、ねばった上で投げれている。優利にとってそれはうれしい誤算だったのだろう。組んでいるとき少し笑顔だった。しかし皆を投げ飛ばすと、すぐに
「次!」
と言って、休む暇もなく組み続けていた。優利にとってもとてもキツイことだろう。そして大山田の番が来た。大山田は優利に言った。
「大丈夫か?俺と組むんなら、少し休みな。俺の練習にならへん。」
優利はコクリとうなずいた。大山田の実力はおそらくこの部で唯一、優利と同等か、もしくはそれ以上だろう。だから、優利は疲れた状態で大山田と組むことは、言われたとおり大山田の練習にならないと思ったのだろう。一分ぐらい足をのばして座りこんで、休んだ。
「いくわよ。」
そう言って、優利は立ち上がった。
「おう。」
二人は向いあった。
そして、お互い距離をとりつつ、引手を取ろうとして近づいたと思ったら、また離れてなかなか組んでいかない。そして、お互い掴み合ったら、大山田はすぐに攻めに来た。前、体育館で組んだデモンストレーションとは違い、大山田は本気で優利を投げようとしている。力、体格から見て、大山田が優利に対し圧倒的に有利と思え、それは優利自身も実感しているようだった。なので、優利は技術で大山田に対し、対抗していこうとしている様子がうかがえた。大山田は優利に対し、内股をしかけに優利の股の間に足を入れ、投げようとした。そしたら、優利はすぐさま右足を開き、股を広げた状態で腰を落とすことで重心を下げ、釣手は持ったまま、引手を離し、大山田を抱きしめた状態になることで大山田の内股を防いだ。大山田は体勢を立て直し、優利とまた組み直し臨戦体勢になる。その後、二人の攻防は大山田が攻め、そして、優利が技術で技を防ぐ形になった。大山田もこう、攻撃がうまくきまらないと、そこに苛立ちを感じ始める。しかし、そこが大山田の弱点でもあった。技自体の熟練度は大山田はとても高い。相手が格下であれば、一瞬で彼の攻撃を受け、きれいに投げ技がきまることは間違いなかった。しかし、相手が同等、もしくは、各上の相手だった場合、技自体を防がれてしまい、なかなか勝負がきまらなくなる。大山田は早く勝負をきめる柔道、思い切りのいい柔道をしているが、ねばられると技を多くかけている分、疲労が溜まる。そこを狙って足元をすくわれて負けてしまう可能性をひめている柔道のスタイルなのだ。優利はそれを肌に感じ、大山田にその部分を分からせようとしている様子だった。あくまでこれは試合では無く、練習である。負けてもいいからできるだけ、ねばる、その思いで大山田と組んでいる様子だった。
そして勝負がつかないまま時間が経って、四分が経った。
達也が
「そこまで!」
と言ってお互い組む手を離した。大山田は優利に言った。
「あかん、倒せんかったわ。立ち技は圧倒的に俺の方が有利なはずなのにな・・・・。」
それを受けて、優利が言った。
「違うわ、大山田君、一本をとる柔道を狙いすぎなのよ。私も男の子と組むんだから、投げられやすいって当然警戒するでしょ。だからディフェンスに特化した柔道をしてたのよ。でも、大山田君、こうやって技を矢継ぎ早のようにドンドンしかけていくことは、自身のスタミナをいたずらに消費することにもなり得るのよ。相手の技に対し、すかしや変化技によってのカウンター、それもできるようにならないと、高校のトップレベルには通用しないわよ。」
「攻撃、一辺倒ではアカンってことやな。確かにな。相手と組んだら、すぐ投げにいくのは確かに昔からの悪い癖や、分かった。すかし、変化技の技術も上げるわ。」
と優利の意見を素直に受け入れた。前とは違い、本気で投げにいったのに投げられなかったことは大きな意味をなしていたのだろう?それは、やはり当然勝てると思っていた相手に勝てなかった。その相手からの言葉なので、優利から問題を直接つきつけられたことになったからである。
「でも、三枝、言うとけど、別にすかしや変化技が苦手なわけやないで。」
と少し照れくさそうに言い返していた。
その後、優利はすぐ切り替えて
「次!」
と言った。最後、俺の番だった。俺は組むことに躊躇いを感じていた。優利は確かに強い。それは大山田すら簡単に投げられなかったことが理解を示している。しかし、優利に少しでも弱い自分を見せたくないのだ。優利の前では強い自分の姿を見せたい。しかし、現実は違う。そのことによる心の中の葛藤がそう俺に感じさせていた。
「何してるの?!早く!」
俺は躊躇いを感じながらも優利と組んだ。
・・・・・・とても、細い手、か弱い手だ・・・・・・・
俺はそう感じた。この女の子は俺が守っていきたい、そう、組んだとき思った。その思いが俺の躊躇いをさらに助長させる。
「早く始めて!」
組んでから何もしない俺に、優利は怒ったように俺に言った。その声に驚いて
「はい!」
と言った。俺はそんな思いを切り替えて、優利と乱取を本気で臨もうと思った。やはり相手が誰であれ、乱取をすることで自分を高めなければならない。そうしなければ、一生、勇気には及ばない。そんな気がしたからだ。
俺は本気で優利に挑みにいった。
組んだ状態から始めたため、優利は俺が攻めるよりも、真っ先に攻めてきた。優利は俺に背負投を頭からしかける。しかし、体格差があることや俺が思うように崩れなかったため、優利の背負投は畳に膝をついた状態での背負投だった。俺は崩されていなかったため、優利は背負投が失敗したため、四つん這いになってしまっていた。俺はその状態の優利に寝技をしかけにいこうとしたが、優利はすでに腕や腋を絞めており、顎も引いている。これでは腕を掬うことなどができず、寝技にすぐに移行できない。俺が手をまねいて、後ろから覆いかぶさっていると、すぐさま、優利はエビをする(体をエビになるように畳むことで移動する)ことで逃げ、再び立った。俺も立ち上がりまた向いあった。
「すぐにきまると思っていたわ。本当に上達している。」
そう優利が俺に言った。
優利に認められたことは、正直嬉しかった。強いことを少しでも分かってもらえる。しかし、優利は上達していると言った。その言葉の裏の意味は、まだ俺では優利には勝てないことを意味しているのだろう。そのことが口惜しかった。
俺と優利は再び掴み合うと、今度は俺の方が先に仕掛けた、それはやはり、優利に勝つことで、俺の強さをもっと認めてもらいたい気持ちが前に出たのだろう。掴み合った状態で後ろに揺さぶる。そうすると優利は後進しようとするため、左足を下げる、そのタイミングを見計らって、左足裏で右足を払おうとした。足技、出足払を仕掛けにいったのである。しかし、優利はそれを読んでいた。そして、右足を上にあげることですかし、右足を着地させた瞬間、俺の腰に右手を腰にまわしたと思ったら一気に投げられた。大腰である。出足払いをすかし、大腰で返した形になる。
俺は、受身をとって優利を呆然と見上げる。優利が俺に手を差し伸べてきた。
「よくやったわ。上手くなってる。私も涼介君と組む時、気が抜けなくなっちゃた。」
そう言って笑顔で話しかける。
差し伸ばされた手、その手を掴むことを一瞬ためらってしまった。負けてしまった・・・。その思いが俺の心の中を占める。しかし、負けてしまってもなお差伸ばされた細い手を見て、この子を守っていくのは俺なんだ。他の誰かにその役割をしてもらいたくない。そう思ってしまう。だからこそ、俺はもっと強くなりたい、優利より、大山田より、そして勇気よりも。その思いが強くなっていた。
俺は優利の手を掴んで、立ち上がった。
しかし、この試合を見ている者がいた。もちろん、部員は全員見ていたが、それ以外の者がいたのだ。
「山本、強くなったんだな。柔道はあまり知らないけど、試合らしい試合になってるじゃないか。」
腕組みをしながら、小野先生が扉の近くで観戦していた。
「そうでしょ、山本も、もちろん強くなっていますが、皆、凄く頑張ってくれてこの短期間で俺達の予想を超えてるんですよ。」
と大山田が小野先生に言った。
「そうだな、先生、少し見とれてしまったよ。」
そう、嬉しそうな顔をして小野先生は言った。
「それで何しに来たんですか?先生。普段、全く部活に顔出さんのに邪魔ですかぁー。」
と大山田は嫌味を言った。
「バカ、違う。俺は柔道部以外にかけもってる部活もあるんだからしょうがないだろ。悪いとは思っているが・・・・。それはともかく、練習試合の件を知らせに来たんだ。」
「それでどうなったんですか?」
と達也が聞く。
「三枝の幼馴染、向こうのキャプテンが朝に頼みに行ったらしい。それで、向こうの顧問の先生と話が上手くいって、どうにか取り付けることができたが、しかし、急な申し出だったので日程は明日にして欲しいそうだ。」
「は?」
皆がその言葉を聞いて固まった。
「しょうがないだろ?!急だったんだし、それに試合の場所も宗明学園になったぞ。」
「・・・・・・・。」
「まぁ、しゃーないか、インターハイ直前に練習試合できただけども、よしとしよか。幽霊顧問にしては頑張ってくれたほーやで。」
大山田は目の前で堂々と嫌味を言った。
「・・・・・・。」
小野先生はただ静観している。
「そうね、幽霊顧問にしては上出来よ。今日は強豪校相手のシミュレーションした訳だし、皆、きっと大丈夫よ。」
と優利が皆を励ました。
「そうだな。皆、頑張るか!」
と達也は皆に檄を入れた。うつむいてた皆も顔を上げた。
「そうよ、エイエイオー!」
「エイエイオー!」
皆、表情が明るくなった。俺は少し一安心できた。小野先生はボロクソ言われたことに少し苛立っていたが、なんだが団結力を見て、和めいていた。
「それで、なんだが、明日の放課後、宗明学園に直行するぞ。俺も今回はついて行くから皆、頑張ってくれ。」
「ハイ!分かりました。」
「そーいうことだから、明日よろしく頼むぞ。とりあえず授業終わったら俺のところ来てくれ。」
そう言って格技場を後にした。
「明日か・・・・不安やな。それで、順番どうする?」
「順番?」
「団体戦やから、順番決めな、俺も出るから一応の監督(仮)の一存にしてもらうか?」
「そうねぇ普通に考えたら、大山田君がまず、大将ね、それで副将に涼介君かしら。」
「あの・・・・。」
俺はボソリと言った。
「俺が大将やってみたい。」
俺は勇気と闘いたかった。勇気はきっと大将をやるだろう。それが俺に大将をやる気持ちにさせられていたのだ。
皆が俺の言動に驚いていた。大山田や優利は俺の言葉を聞いて、少し考えている様子だった。そして大山田は言った。
「別に俺はかまへんけどな、必ずしも強い順で決めていくもんでもないしな。でもな、練習試合やからかまへんけど、インハイ予選は強いもの順でいく。山本!それは分かってくれや。」
と俺に言って聞かせるように言う。
「分かった。」
俺は静かに頷いた。
「後は?」
と大山田が優利に聞いた。
「中堅、瀬川君。次鋒、井上君。先鋒、山田君。どう?」
「まぁ、妥当なところやな、先鋒と次鋒は変えてもええと思うが、これでもええ。」
何気なく言った言葉だが、この言葉の意味は大きな意味を含んでいた。大山田の言う、強いもの順でいくと井上と山田の順番は反対になる。しかし提案した優利はもちろん、大山田もそれは分かっていた。何故逆なのか?というと、井上の方が先輩であるということへの配慮であることが大きい。しかし、順番を決められた当の本人達はあまり気にしていなかった。そして、そのことに異を唱えるようなことを言った大山田でさえ、あまり気にしていない。というのは、先鋒を強い人を置くことも、柔道の団体戦に置いて珍しいことでは無いからだ。
皆、順番に納得したようだ。
「よし、ほんならこれでいくか!皆、負けてもええ、でも最後まで諦めんと食らいついていくんだぞ!」
と最後に大山田が皆に檄をいれる。
「ハイ!」
それを見て、優利が横目で見て言う。
「何、監督みたいなことやってるの?私が監督よ!」
「うるさいなぁー。」
大山田は頭を掻いた。
「ハハハ!」
「監督の私からのお願いよ、今日は明日に備えて帰りましょう。万全の状態で明日に臨みましょう。」
「ハイ!」
「は~~~い。」
大山田は欠伸をしそうな顔で言った。
「ちょっと大山田君!返事が悪い。腕立て十回!!」
「ははは、勘忍や堪忍。明日の本番、指揮頼むで、三枝。」
と真面目な顔で優利に言った。
「分かってるわ。」
そうして、皆、下校した。皆、久しぶりの早い下校だ。優利にそう言われたが、やはりたまには寄り道をして帰りたいものだ。皆は昔みたいに、商店街で遊んで帰ろうと俺を誘った。
しかし俺は断った。今日、優利に負けてしまった。投げられた時の感覚が体に染みついて離れない。そして、俺が掴んだ優利の細い手、彼女を守ってあげたい。優利の傍で彼女を守り続けるのは、勇気では無く、俺なのだ、のはずなのに・・・・。そんな思いを馳せられていた。そして俺は明日、大将になった訳だから、向こうの大将、勇気と闘うことになるだろう、勇気闘う・・・・・。そのことが俺の心の中を占める。じっとしていられる訳が無かった。俺は優利の言いつけをきかず、一人道場に向かっていた。
今日は部活が早く終わったため、勇気よりも早く道場に着いていた。俺は道場の門下生と一緒に基礎練を始め、そして今日は勇気とは違った人と組んで練習をしていた。そうこうしている間に勇気が来る。
「ちーす。」
「おう!来たか、勇気、今日は涼介君の方が早く来とんで。」
と師範が勇気に言った。
「よし、そうか。」
と言って、俺の前に勇気が来た。
「今日は四谷坂学園の部員は来てないのか?明日試合だから休んでる訳だな?」
と俺に言った。
「そのとおりだよ。」
「でも、お前は来たのか、そうか・・・・・。」
しばらく、俺と目線をそらし、別の方向を見ている。何か思いを馳せているように思えた。しかし、すぐ俺を真っ直ぐ見て
「いい心構えだ。涼介!さっそく、昨日の続きに取り掛かるぞ!」
と言った。
俺は複雑だった。あの日以来、ずっと意識している勇気だが、明日、俺達は闘うことになる。その相手に俺は練習を教えられている。いつも通りのことだが、今日は意味合いが強く出ていると感じる。
「とりあえず昨日やった、スピード打込だ。いいな。」
俺は静かに頷き、そして勇気と組んだ瞬間に、昨日よりも上手く、そして早く、打込をやってみせた。
「・・・・・・。」
「驚いたな、一発で昨日の動きよりよくなった動きをやれている。」
不敵な笑みをみせて俺にいう。
「今の感覚だ。もう一回!」
俺は何度かスピード打ち込みを繰り返した。
「よしっ!いいだろう。ところで、明日、お前、何で出るんだ?副将か?」
と勇気が聞いてきた。
「大将・・・・・。」
それを聞くと、勇気が驚いて
「大将!?大山田じゃないのか?・・・・そうか・・・・・。」
勇気は驚きと同時に少し複雑そうな顔を一瞬した。そして言った。
「明日は俺と闘えるかもしれないってことだな、分かった。俺と今、乱取してみないか?」
「乱取・・・・・。」
思ってもみなかったことだ、明日、試合する前に勇気と乱取をする。それは、勇気と試合する前に実力の差を知ることになってしまう。それは士気に影響してしまうことになるだろう。俺はそれを拒んだ。
「いいよ。明日試合するんだから、何も今しなくてもいいんじゃない。」
それを聞くと、勇気は少し頭を掻いて
「道場内での乱取は練習の一部だ。それにいい予行演習になるんじゃないか?」
「だけど・・・・。」
「いいから、かかって来い!」
俺が尻込みしていると、勇気が俺の袖と襟を掴む。
「チンタラしてると、このまま投げるぜ!」
そう言い放った。俺はその言葉に反応して、本気になった。
「いくぞ。」
俺達は、お互い掴み合って始めた。俺は右足を勇気の両足の前に踏み込み続けざまに左足を運ぶ、その瞬間に引手を引き下げて釣手を立て後方に押し込み後ろに崩そうとして、勇気の右アキレス腱あたりを右足裏で刈ろうとした。つまり小内刈をしかけたのだ。しかし勇気は右足をすぐさま下げてすかし小内刈をして右に流れた俺の体を左足で俺の右足を払った。それにより俺の体はバランスを完全に失い、畳の上に落下した。出足払である。俺は技をかけたと思ったら、瞬殺で投げられてしまったのだ。これは、勇気と俺との現時点での決定的な実力の差である。それを見せつけられたことになる。
俺は受身をとった姿勢でその思いを噛みしめていると
「何してる?次だ次!早くしろ!」
勇気は思考する時間すら与えてくれない。その後、何度も何度も投げられた。とてもじゃないが心が折れそうで、明日、勇気と闘うモチベーションが維持できない。
「・・・・・・お前、悔しくないか?」
そう倒れている俺を見て言う。
「悔しいよ。明日、勇気にこれじゃあ勝てない、これじゃあ、明日勝負する前から決まったようなものだよ・・・・・。」
「・・・・・勝負する前から決まったようなもの?お前はじゃあ何で大将なんて大役してんだよ。」
「それは・・・・。」
とても言えなかった。これまで勇気に抱いていた感情もそうだが、俺が優利に抱く感情、そんなこと『ライバル』に言える訳無かった。
「あのな、大将やる限りはな、チームが勝つことを何よりも信じていなきゃならない。それを一瞬でも忘れない、自分達が勝つことを信じて揺るがない奴が大将やる資格があるんだよ。気持ち、心が弱い奴、そんな奴に俺は優利を一生、譲るつもりは無いからな。」
勇気はそう言い放った。俺はその言葉に反応した。しかし何故、優利が出てきたのだろう?そのことが勇気に心を見透かされている上に、相手にもされていないように感じて体中の血が騒ぐ。
「悔しかったら、俺を一回でも投げ飛ばしてみろよ!」
俺の心理状態に追い討ちをかける。俺は足にめいいっぱいの重力を乗せて立ち上がる。
「いくよ!」
「来い!」
・・・・・・・・・
その後、俺は一勝もできなかった。俺は倒されて、何度も畳の上に這いつくばって自分の非力さを呪っていた。クソッ!俺は勇気に勝つことが出来ないのか?柔道でも、そして人を愛することも・・・・・。
そんな様子でいた勇気は俺に言った。
「おい!涼介、ちょっと外出てみないか?」
気付けばもう道場には誰もいなかった。師範も最後まで残って時間外まで練習するのはいつだって俺と勇気だから道場を預けてくれているようだ。
「なんで?」
俺は勇気にそう言った。
「今日は星がきれいなんだよ。」
ガラガラ
勇気が道場の扉を開けた。そこから見える星達は、今日が雲一つ無い晴天であったから満天になって輝きを放っている。
「ちょっと休憩代わりに、その辺歩いてみるか?」
「うん。」
俺は何故か勇気の言葉に素直に従った。それは、やっぱり俺の心がどうやっても、自分を貶めることしかできなかったためだ。それが占める心中から逃れたかったかもしれない。
外を勇気と一緒に歩いている。俺はずっと下を向いていた。勇気は目的地があるように、俺の前を歩いていた。そして言った。
「着いたぞ!涼介。」
俺は顔を上げてみた。道場は工場団地の一角にあるため、周りは工場だらけだが、俺達が到着した、そこは大きな池がある公園だった。池の周りには緑の芝生が囲っていて、ちらほら新緑の葉を生い茂らせた木が立っている。
「・・・・・・。」
俺は下を向いたままだった。こんなところに綺麗な公園があったことは驚きだが、とても顔を上げられる気にはさせられていなかった。
「涼介、まだ顔を下に向けてるのか?そのまま視線を池の方に移してみ。」
そう、勇気に言われて、俺は視線を池の方に向けてみた。
「・・・・・・・」
今日の満天の星空を池が映し出していた。まるで池の中が宇宙のようだ。俺は見とれてしまった。
「キレイだろ?そのまま顔を上に上げて見な。」
今日はこんなにも星がキレイな日だったんだと感動してしまった。もし流れ星が飛んでいったら俺の涙を拭ってくれる気がした。
「顔、上げれんじゃねーか?これなら、明日闘えるな!」
勇気が無邪気に笑った。その屈託の無い笑顔は間違いなく本物だった。俺はその時、感じた。俺が優利とのことで抱いていた勇気に対する悪い感情、それによって起こる、勇気への行動は間違っていたのではないか?そう感じさせられたのだ。勇気はいつだって俺のことを思って行動してくれていた。俺は勇気の心を裏切るような心の有り様だったではないか?と自分自身に問いかけていた。
明日は誠心誠意の気持ちで勇気と対決しよう。もう勝ち負けなんてこだわる必要が無い。そう思った。
勇気は俺の心の変化を見ることができたのか、何か感づき、しばらく黙っていた。そして静かに言った。
「こんなに綺麗な星空なら流れ星一つ、見えたらいいのにな!」
「うん。」
「願いをかなえてくれるかも、だぜ。」
「そうだね・・・・。」
俺の目に淀みが無くなって、星の光が角膜に反射して輝いているように感じた。
「俺な、小さい頃、ここで優利と流れ星見たんだよ。」
「・・・・・・。」
急に話が変わった。俺はさっき誓ったはずなのに反応してしまう。
「流れ星って声に出さずに、心の中でお願いごとするものだろ?俺はそうしてたんだが、優利は声を上げて言ったんだ。」
「・・・・・どんなお願いごとをしたの?」
「私が世界で一番の柔道家になること。そして、二番目は勇気(俺)が柔道家になること。そして二番目の人と結婚するんだとよ。もう、とっくに星は消えてたけどな(笑)。」
「・・・・・・。」
何も言い返すことはできなかった、優利と勇気は小さい頃は相思相愛だったのだ。その事実をただ、知らされてしまった。しかしもう、醜い嫉妬などの気持ちは生まれてこなかった。俺は優利に対しても誠心誠意、正々堂々と勇気と向い合おう。そういう気持ちが生まれていた。
そんな様子を見て、勇気は俺に言った。
「だから涼介!優利が欲しいなら、俺を倒してみろよ!」
「おう!必ず勇気より強くなって、優利を振り向かせてみせる。」
俺はそのときの返事はとてもいいものだっただろう。悔しいが勇気には敵わないと実感したことでもあった。でも、少なくとも、勇気は俺のことを『ライバル』と認めてくれている。そのことが、嬉しかったのかもしれない。
「ふっ望むところだ。」
俺達は二人してニヤリと笑った。そして勇気はまた俺に同じ言葉を言った。
「その言葉忘れんなよ!」
「おう!」
「よしっ!気が晴れただろ?!ダッシュで道場に戻るぞ!」
「うん!」
俺達は満天の星空の下、一緒に走り出した。
そして、俺達は道場に戻った。俺は乱取を再開するため、勇気の袖と襟を掴んだ。しかし何故か違和感を感じた。力が入らない・・・・・。さっき一緒に走ったあたりから実は何か異様に感じていたのだが、少し呼吸がしづらい。
「・・・・・・。」
勇気は俺の異変には気付いていない様子で、俺をすぐに投げた。
「どうした?!さっきよりなんだか力がこもってないぞ!」
そう、俺に檄を入れる。
俺は力をこめようと、引手に力を入れた。しかし、思うように力が入らない。俺はそれに神経をとがらせようとしても、それすらなんだか、難しく思え、ドンドン頭が朦朧としてきて、倒れてしまっていた。
・・・・・・・ここはどこだ?・・・・・・・・
カーテン越しの太陽の光が俺の瞼の上に差し込んでいる。俺は、その瞼の上から見える、眩しい光で目を覚ました。
あたりを見回してみる。俺は確か道場で勇気と乱取をしていたはずである。しかし、そこは病院の病室のようだった。横の座るところの丸いパイプ椅子には俺の母さんが座っていた。
「目を覚ましたのね。涼介!」
「一体、これはどういうことなんだ?母さん。」
「あなたは柔道の道場で突然倒れたのよ。お医者さんが言うところは、酸素の血中濃度が下がっていたから、意識が朦朧としただけ見たい。喘息が原因よ。」
「喘息・・・・・。」
ハッとしてみれば、勇気の姿が無い。勇気が病院を呼んでくれたのだろうか?俺は、また中学と同じ過ちを犯してしまった。そう言われてみれば再発の危険性があると医者に言われていた。俺はここ数日、体を酷使し過ぎたのだろうか?そんなことを呆然とした頭で漠然と考えていたら、四谷坂学園柔道部の皆がぞろぞろ入ってきた。
「目、覚ましたのね、涼介君!」
俺が目を覚ましたことを発見した優利がそう言った。
「・・・・・うん。」
皆が来てくれたんだ。でも学校は?そんなことを考えていたら、皆、俺のベッドを囲んで、大山田が言った。
「アホ!あんだけ、無理したアカンって言ったやないか?なんで昨日、そのまま帰らんかったんや、いや違う、なんでこんなに無理したんや!」
大山田は凄く怒っていた、しかし、それ以上に俺を心配しているように見えた。
「涼介、インターハイ予選まで時間無いのは分かる。でも、ここまでして無理したら駄目だぞ、お前はなんでも一人で抱え込んで無理するんだからな!」
と達也も俺を怒りながら言う。
「そうだよ。涼介、皆、こんなに無理してまでやって欲しいなんて思ってないよ。しばらく休養してね。」
と井上が言う。
「先輩、無理しないで下さい。先輩の逸る気持ちも分かりますが、目標も来年なんですし、一人で焦らないで下さい。皆、いるんですから。」
と山田が言った。
俺は、皆の言葉を真っ直ぐ受け止めていた。そうだ、一人で無理しなくてもいいんだ。そんなことを俺はベッドの上で感じていた。
「皆さん、すみません。学校があるのに、今日はお見舞いに来てもらって。」
と母さんが頭を下げる。
「いえいえ、こうなったのも僕たちの指導できていなかったことも原因がありますので。」
と大山田が申し訳なさそうに言う。
「ほら!あんたも、頭下げなさい。」
と言って、俺は母さんに頭を下げさせられた。
「それじゅあ、母さん、もう行くわね。今日中に退院できるそうだから、ちゃんと先生の言うこと聞くのよ!それでは。」
と言って、母さんは病室を後にした。
「・・・・・・。」
「とりあえずやな、山本、今日は絶対安静や。今日の試合はお前抜きでやる。」
・・・・・・しあい・・・・・・・
そうだ、試合だ。俺はすっかり忘れていた。
「嫌だ、このまま学校に行く!」
俺は皆に言った。
「駄目!」
優利が大きな声でしかった。
「涼介君、今日無理したら、インターハイ予選に出れなくなるかもしれないのよ。私は涼介君無しでインターハイ予選に出るなんて考えられない。今日は絶対に休んでもらうわ。」
そう優利に強く言われた。
・・・・・・・・そうか・・・・・・・・
なんだが、俺も妙に納得してしまった。今無理したら絶対に後々響くことになる。今日は休もう。休むことも大切だ。そう納得してしまった。
「それじゃあ、俺達も、もう行くわ。結果は約束できへんけど、ええ土産話になると思うわ、早く練習に復帰しろよ。」
と大山田が言って、皆、病室を出て行った。俺は病室に取り残された。今日は休もう、そして一刻も早く体を治して部活に復帰しよう。そんなことを考えて、俺は布団の中にもぐった。
・・・・・・・・
「おい!」
その声に驚いて、俺は布団から出て、その声の方向を見る。
勇気だ、勇気が俺の目の前に立っている。
「さっきの話、聞いてたけど、お前、今日試合に出ないつもりか?!」
「・・・・・・・出ないよ。出れないよ。皆にも止められてるし。」
勇気は俺の言葉を聞いて溜め息をついた。
「出れないよって、誰が決めたんだよ。皆とか言って、自分が諦めてるんじゃなーか?」
「・・・・・。でも、病気なんだからしょうがないじゃないか。」
「は?お前、そんなことで試合出ないつもりなのかよ?!喘息ぐらいで試合から逃げてる奴なんかは俺に何十年たっても勝てねーよ?!」
その言葉に俺の怒りに近い感情が反応した。
「今日無理したら、今年のインターハイ予選まで棒に振るかもしれないんだよ。出たくても出れないんだよ。皆に迷惑かけるんだ!」
勇気は頭を掻く。
「そうやって、なんでもかんでもかこつけて、体調のせいだとか、皆のためだとか言って逃げてる奴はなにやっても駄目なんだよ。真っ向から挑みにいかないところだけだと、負け犬以下だ!」
「なんだとぉー!」
俺はとうとう痺れを切らした。しかし、それは勇気の言うことが実は俺の痛いところをついているところにもあった。中学の時の俺の陸上部でのことは、俺は周りから馬鹿にされ、呆れられていた。しかし、それを打ち返す気持ちでやっていたのに関わらず、喘息が発症したからと言って、自分に逃げ場を求め、そこに自分が陸上を辞める理由をどっかで探していた。そんな中途半端だった、俺の過去と今が心の中で交錯していた。そして感情の高ぶりを助長させていたのだ。
俺は気付いたら勇気の襟を掴んでいた。勇気も俺の襟を掴む。そして、そんな感情の俺に追い討ちをかける。
「そんな、精神が弱い奴は俺に勝てることなんて一生ねーよ。そして、優利がお前なんかに振り向くことなんて一生無い!」
「この野郎!」
俺は怒りの頂点に達していたのだろう?勇気に対してこの野郎呼ばわりしていた。そして、自然と襟を持っていた右手を袖に持ち替えて、組手の形になる。しかし、その気持ちが俺に力を与えたのか、力はいまだかつて無い程の力を有していた。そんな、強くなった俺に驚いていたのか、勇気も俺に対して今までに組んだことの無い力で対抗していた。
そして、勇気は突然笑った。
「ハハハ、やればできんじゃねーか?!」
その言葉に我に変える。勇気はわざと俺を煽るようなことを言っていたのか?俺を試していたのか?俺には分からなかった。
「おい!」
「おう!」
「宗明学園で待ってる。」
そう言って勇気は俺から手を離し、俺の前から去って行った。
俺は一人取り残される。そして、ベッドに戻り、体を布団にもぐりませて横になりながら、一人、考えていた。
「おう!お前ら揃ったか?」
と小野先生が職員室で私達に言う。小野先生は皆を見て、そして言った。
「山本、どうしたんだ?」
それを聞くと、私達は部員の皆と顔を見合わせて、そして言った。
「涼介君、昨日、オーバーワークで倒れてしまったんです。あれほど注意したのに・・・・。」
「そうか・・・・それで試合できるのか?団体戦は確か5人必要だろ?」
私達は少し沈黙した。
「今回は公式戦では無いので、形の上で副将が大将を兼任してやるつもりではいます。相手チームに失礼だとは思うのですが。」
「まあしょうが無いだろうな・・・・。山本が倒れているなら、一人人数を割いてしまうのは、他に部員がいないのだからな。」
と小野先生は難しそうな顔をして言う。
「失礼な姿勢ではあるが、向こうのチームにもちゃんと説明するから、その辺は任せてくれよ。」
と頭を掻きながら言った。
「それよりも、お前達、あんな強豪校と闘うんだから覚悟できてんだろうな!頑張ってくれよ!」
と小野先生は自分の立場よりも私達の心配を第一にしてくれる。私は本当にいい先生が顧問になってくれたことを何よりも嬉しかった。
「よし、じゃあ俺が引率するからついて来てくれ。まず駅まで行って、一駅越して、宗明学園まで歩いていくぞ。」
「ハイ!」
私達はいい返事をして答えた。
宗明学園に着いた。男子校であり、スポーツの名門校以上に不良学校の宗明学園は建物の風貌以上に雰囲気が何やら怪しい。うちの四谷坂学園とは違い、なんと校門をくぐるのに躊躇いを感じる学校だろう?勇気はこの学校に通っているのか?何やら親心らしきものが生まれる。しかし、そんなことよりも今日は皆の様子が気になる。この学校の不良生徒達に何度か理不尽な暴力を受けたことのある皆である。皆の士気に影響しないか、それが気になっていた。しかし、皆は私の思いとは違って、そんなことで臆したりは全くしていなかった。井上君はまっすぐ前を見ていて、なんだが、これから立ち向かう意思を表示しているかのような顔もちをしている。他の皆も同様で、これからの闘いにふんどしを締めて直している。ただ少し山田君だけは臆している様子に見えた。
「皆、大丈夫?」
私は一応聞いてみた。山田君のことも心配だったし
「おう。準備は心も体もできてる。」
と大山田君は強気な姿勢をみせた。
「俺達も大丈夫だ。なにかと因縁のある学校だが、俺達は立ち向かう力を磨いてきたんだぜ。それになんと言っても、スポーツの名門、宗明学園だ。俺達がこれまでやってきたこと、それがどれだけ全国レベルまだ通用するか?タダでは負けないぜ。」
と瀬川君が言った。
「そうだよ。僕もそう思っている。だからあんまり心配しないで、山田君。」
と臆している山田に井上が優しく緊張を和らげることを言った。
「ハイ!」
声を震わしながらも、気持ちを奮い立だせていることが分かる。そして、大山田君が皆に言う。
「大丈夫だ、山田、皆も、一泡吹かせてやろうやんけ!絶対なめられとんで、うち。」
「おう!」
皆、声を揃えて言った。山田君はこの雰囲気のお陰で安堵を覚えたようだ。
「皆、気合はバッチリだな。」
そう、小野先生は私達を見て言った。
「とりあえず、あそこに見える格技場に行くぞ。そこで宗明学園の柔道部が待ってるはずだ。」
私達は小野先生に連れられて、宗明学園の柔道部が使用する格技場に行った。
格技場は私たちが使用している、格技場とそんなに大差が無い感じだった。大きさも施設もそんなに変わらないだろう。しかし、外観からとても熱い熱意を感じる。これが全国でも屈指の柔道部、宗明学園の練習の場所なのだろう。
私達は扉を開けて入った。皆、練習の最中でもちろん勇気もそこにいた。勇気と顧問の先生が指導している。宗明学園の顧問の先生はうちを見るなり、練習を中断させるように言い。そして小野先生がその顧問の先生に頭を下げて駆け寄った。
「今日は急な申し出をお受けしてもらい、ありがとうございました。」
と小野先生は言う。
「いえいえ、こちらとしてもインターハイ予選前に練習試合をできることは有意義なことですよ。しかしうちはインターハイの常連校ですからね、あなた達みたいな創部まもない部がうちと試合して大丈夫なのか心配ですが。」
少し皮肉まじりでその顧問は小野先生に言った。しかし、小野先生自身そう思っていたらしく、頭を下げながら言った。
「胸を借りるつもりでうちも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。」
そして言い出しにくいことを小野先生はその顧問の先生に言った。
「失礼なことは承知なのですが、一人、昨日倒れてしまったというアクシデントがありまして、部員が一人足りないのです。それでも試合していただけるでしょうか?」
それを聞いて、宗明学園の顧問の先生は少し考えた。そして小野先生に言う。
「分かりました。そちらも大変ですね。部員がギリギリなんですね、良かったら、そちらに合わせてこちらも四人でやらせていただきましょうか?」
と、こちらに配慮してくれた。この試合自体、あまりこの部は重視していないように思える。人数足らなければ、こっちも人数減らせばいい。そんなことを簡単に決められる。大して作戦も何も決めてないのだろう。これでは向こうがレギュラーを使って試合してくれるかも怪しくなってきた。
そんな様子を見ていた。勇気が私に駆け寄ってきた。
「・・・・優利、涼介はどーした?」
勇気は何かに納得していない様子だった。
「来てないわよ。私達が止めたのよ。」
私は勇気にそう答えた。勇気は見る限り苛立っていた。
そして顧問同士の話を聞いていた勇気は、二人の前に立ってこう言った。
「アイツは必ず来る!先生、五人で通常の団体戦でやってくれないか?それも俺を含めたレギュラーで。」
勇気はそう言った。その言葉に顧問の先生は驚いて
「昨日そう言ってたよな、別にこっちも手抜く気なんて無いよ。レギュラーでいく気だ。でも、一人足りないんじゃ、向こうにハンデがあるじゃないか?それでいいのか?うちはまがりなりにも名門校だぞ、創部間もない部にハンデどころか、向こうにそれを与えるのは、むしろフェアじゃないと思うが。」
「だから、必ず来るって言ってんだろ?!そんな奴じゃない。」
「・・・・・・・。」
二人とも沈黙している。
「分かった、通常通りでいくよ。うちはどんな相手でも本気で挑むので、覚悟していてくださいね。」
と向こうの顧問の先生が言った。
「・・・・・頑張ります。」
小野先生はそれしか言えてなかった。
私達は小野先生の周りに駆け寄った。そして大山田君が言った。
「小野先生、俺達、少し過小評価してないか?」
「いや、まぁ、そういうところが無くも無いが、そんなに弱いとは思ってないが、でも相手は宗明学園なんだぞ。」
それを聞いた私達は小野先生に視線を一斉に集中させた。小野先生はそれに驚いた。
「私達、生半可な練習を積んできた訳じゃないの。勝利は約束できないけど、健闘してみせるから見ていてちょうだい。」
と小野先生に言った。小野先生は私達のそれぞれの目に驚いたようで、少し罰悪そうになっていた。
「分かったよ。頑張ってくれ・・・・・。今日の結果しだいでは、俺の職員室での立場も上がるだろうな、創部の際、散々だったからな、まぁ、頑張ってくれ。」
と最後の方、余計なことを含んだことを言ったが、私達のこの気持ちは分かってくれたようだ。
「・・・・・なんでこう、うちの周りは嫌らしい人だらけなんだろう・・・・。もう、溜め息つきたいわ。本当に誤算だわ。」
「なんや?!それ、うちの師範と俺も入っとんのかい?!」
「そのとおりよ。」
私はコクリと頷く。小野先生は焦って。
「いやいやそんなつもりは無いが・・・・・。あっ!部費もらえるかもよ!お前達も嬉しいだろ?」
と皆にフォローした。
「はいはい。そんな目的やないから・・・・。」
と大山田君がカッコつけた。
「はい?お前が言いだしたんだろ?朝、職員室で言いに来てたじゃないか?」
・・・・・・・
「ハァ=3」
私は本当にため息をついた。皆、それを聞いて笑った。
ハハハ
うちのチームが笑い声で和んだ。私は切り替えて言った。
「いくわよ!皆!」
「おう!」
「エイエイオー!」
「エイエイオー!」
皆、声を揃えて言った。それを見ていた宗明学園の柔道部が注目した。
「なんか、変わった気合の入れ方するな。それによく見たら女の子が監督してるじゃないか、大丈夫か?向こう。」
と苦笑いまじりにある部員が言った。
「昨日、言ったろ、あれはうちの道場の№2だ。そして中学時代、全国優勝してる。あんまりなめない方がいいぜ。」
と勇気は私の方を向いて言った。
「うちも気合入れとくか?!」
「おう!」
そして、向こうも右手を出しながら、5人で円をえがく。そして、一番上に勇気の手が乗って言った。
「俺達は誰だ?」
「宗明学園、柔道部!」
「狙うものは何だ?」
「全国優勝!」
「一瞬たりとも気を抜くな、絶対勝つぞ!」
「オー!」
「・・・・・向こうさんも気合入ったようで。」
「うん、掛け声かっこいいよね。」
と大山田君と井上君がしみじみして見てる。
私はその会話に顔の一部がピクピクした。
「では始めますか?」
と向こうの顧問の先生が小野先生に言ってきた。
「はい、よろしくお願いします。」
試合の前にレギュラーの部員が皆、顔を合わせて一礼して、宗明学園の大人数の部員と私達が試合するスペースを囲むようにして座り、向こうの顧問の先生が、そのスペースの真ん中に立って言った。
「先鋒前へ!」
「ハイ!」
そう言って、その集団の中から選手が立ち上がった。
私の横にいる山田君の様子を見た。いざ始まるとなったら、やっぱり緊張している。そんな山田君に私は言った。
「どんなに向こうが真摯にこの試合に取り組んでいたとしても、絶対になめられてる。だから山田君、一発かましてきなさい!組んだらすぐ投技しかけにいったら、向こうも技術に驚くはずよ。」
私はそうアドバイスした。山田君はそれを聞いて、少し緊張がほぐれたようだ。
「ハイ!分かりました。うまくきまったら、一泡吹かせることになりますね。」
と言って、スペースの中に入って行った。その背中にはもう、うろたえている姿は見えなかった。
山田君は向こうの選手と一礼した。宗明学園の先鋒は普通の男子生徒の体格、パッと見170㎝ぐらいの身長だ。しかし、それでは160㎝前後の山田君とは10㎝程身長差もある。それに良くみたら、細身の割には筋肉が結構ある。体格だけ見ると山田君は相手より不利に見えることは間違い無いだろう。それに技術の方も未知数である。あー言ったものの、それすら事が上手く進む確証は無い。私は山田君よりも心配してるのかもしれなかった。
「始め!」
合図がかかった。山田君は相手との間合いをとりながら、慎重に近づいていく、向こうも出だしは同じだった。さすがに格下だと思っていても、飛びついていって簡単に投げられるとは思ってはいないようだ。しかし、慢心があるのは間違いないようだった。
山田君は引手から取りにいく、相手も右利きなので相四つだ。その場合、引手の袖から取りにいくことは基本である。山田君は私達が教えてきたとおり、実戦でもそれが出来ていた。そして、向こうも反応して、素早く山田君の袖を取り、二人は同時に襟を掴みあった。その直後である。山田君は、相手の右側に左足を踏み出したと思ったら、釣手を相手の胸に押し込むことで相手を後ろに崩し、右足の膝裏で相手の膝裏を素早く刈った。相手は畳の上に落下していく。
これは投げられた本人はもちろん、審判の向こうの先生も驚いて。しばらく固まっていた。そしてゆっくりと手を肩の高さまで挙げた。
技ありである。なんと、山田君はあの名門の宗明学園柔道部員相手に技ありをとってしまったのだ。私は、ああ言ったものの、こんな状況になることは予想していなかった。慢心があったとはいえ、あんな各上と思われる相手にあっさり大外刈をきめられる訳が無い。これは、山田君が私達の想像以上のポテンシャルを秘めている証拠だった。
皆、その場でフリーズしている。そしてしばらくして私達が一気に湧いた。
「おー!山田、その調子やその調子、先に技ありとってるからいうて気抜くなよ!」
大山田君が大興奮している。他の皆も同じだった。
「山田君頑張って!全然遅れとってないよ、この調子で頑張って!」
井上君も声を張る。
「山田!いけるぞ。いける。頑張れ!」
瀬川君も声を喜びながらかける。私は皆の声援を聞いて、監督として何を言えばいいか迷っていた。実際、皆よりもそう言った意味で緊張していたのかもしれない。
「山田君、気を抜かないで、有利になった時ほど油断して投げられやすいんだから!」
私は当たり前のことを言った。しかし、この先どういった展開が待っているか、不安で見ている方がドキドキする。私はこの試合は一瞬たりとも気が抜けなかった。
「何やってるんだ?!郡山!早く取り返せ!」
宗明学園側も相手の選手に声をかけている。
しかし、もう楽観視できないことは、向こうの様子でうかがえる。当の投げられた本人は深刻そうな顔もちをしている。当たり前だが、この大人数の部員から選ばれたレギュラーなのである。そう、格下と思われる学校の相手にいとも簡単に投げられて、その上負けてしまったら、面目どころか、レギュラーすら危ない。もうさっきまでの慢心はどこかに捨てて、勝つ気で挑もうとしている。
そして、また組もうとして近づいてくる。しかし驚くべきことに、山田君は技ありを取ってから、相手が必ず投げようとしてくると分かっているのに関わらず、逃げようとせず、真っ向から組むことにこたえていた。当然、組むのを嫌がるような姿勢は指導を受けることになるが、それでも各上の相手に一時的にでも優位に立てば、組むことを嫌がるのは無理もないことである。しかし、山田君はそう言った姿勢が全く見受けられない。山田君はそういった意味でも、本当の意味での勝利を求めているのだろう。本当に練習態度といい、真面目な子だ。
また、掴み合い、組み合った。相手は組んだ瞬間から山田君を崩そうと前後左右に揺さぶる。山田君もそれに反応して崩れまいと、自分のバランスを保とうとしている。相手が支釣込足など足技を幾度がしかけにいったが、崩れていなかったため、技は完全にはきまらず、掴み合った状態で時間だけが経過していった。そして4分が経過し、向こうの顧問の先生は渋い顔をして
「それまで!」
と言って、山田君の方に手をあげた。
なんと、勝ってしまったのである。山田君にとっても、私達の柔道部にとっても華々しいデビュー戦となった。
「よくやったで、山田!」
戻ってきた山田君に大山田君はそう言った。
「本当に先生もビックリしたよ!」
と戸惑って何も言って無かった小野先生が冷静になったのか、そう言った。
「山田君、本当に強いんだね。僕もビックリしちゃった。」
「何だ?他人事みたいに、次闘うのは井上、お前なんだぜ。」
と瀬川君が井上君にいう。
「そんなつもり無いよ。」
と井上君は焦って言った。
「ハハハ。」
また皆、笑った。しかし、私はそのことよりも山田君に聞きたいことがあった。
「・・・・山田君、闘ってみてどうだった?」
この質問は皆、気になっているところだった。実際、各上と思っていた相手に勝った山田君はどういう感触を得たのだろう?皆、山田君の言葉に耳を集中させた。
「強いです。正直、大外刈がきまったのはマグレだろうって思うぐらい、防戦一方でした。しかし、簡単には投げられませんでした。そう考えると、勝つことは難しくても、負けないことはできるのかもしれません。」
と山田君は実際の肌で感じた感想をそのまま伝えたように感じた。このことは想定外のことであった。大山田君はともかく、山田君が宗明学園の生徒と渡り合えることはいい意味で誤算であった。しかし、逆に言うと、それだけ山田君の持っている力が想像以上に大きいことになる。この子は練習には見えない、ある種、本番にこそ発揮する力をもっていることが証明されたのだ。
次の対戦相手は宗明学園の次鋒である。単純に考えて強いもの順なら、さっきより強い相手と山田君は対戦することになる。山田君の力を信じていない訳では無いが、向こうも先鋒を倒した人と組むことは山田君への警戒心も大きくなるだろう、そんな相手に勝てるのか?私は期待を膨らませながらも不安だった。私は一体、監督として何を言ったらいいのだろう?凄く困惑していた。そんなとき、大山田君が言った。
「山田、リラックスしろや。勝てたことに囚われるな、お前の柔道をしたらええ。」
私は大山田君の向きに素早く首を動かした。そして言われた山田君を見てみる。
山田君は顔にはあまり出ていないが、手が震えている、それを感知していた大山田君のアドバイスだった。私はなんて勝ち負けにこだわって、そういう部員の気持ちを汲んでやることのできない監督なんだろう。少しでも選手の状態を心身ともにバックアップしてあげることが重要なのに、と悔やんだ。でも、そのお陰で目が覚めたと同時に、やってあげられることも気付いたのだ。
私は山田君の両手をぎゅっと握って、震える手を抑えてあげた。
「そうよ、今までやってきたことを出すだけでいいから、勝つことにこだわらないで。」
私は握りしめながらそう言った。それをしたら大山田君が言った。
「三枝、落ち着かせようとして、それやってるなら、それ、逆効果やで。」
「?」
「ゆでだこになっとるやないか?山田。」
私はそっと顔を上げた。
「・・・・・・。」
とても恥ずかしそうにして下を向いている。
「やっ、ごめんなさい。」
と言って私は手を離した。
「全く山田も、女に耐性無いのは分かるが人選べよな?!こんなんに照れてもしゃーない。」
「何よ!」
「ハハハ。」
また、笑った。しかし、このやりとりで山田君は落ち着いたようだ。
「おっと、長話するのはまた今度や。行ってきー。」
「四谷坂学園、先鋒。宗明学園、次鋒前へ。」
「行ってきます。」
と静かな声で言って、審判の前へ歩いて行った。山田君の姿に暖かい視線を向けた。
「礼、始め!」
山田君はとても落ち着いていた。さっきの大山田君の言葉でホッとしたのだろう。緊張や焦りは見当たらない。相手と冷静に距離をとっている。むしろ、焦りを感じているのは向こうの方だった。もちろん、先鋒が甘く見ていたとはいえ、倒した相手である。それなりの警戒はあるだろう。しかし、それでも勝たなければというプレッシャーを背負っているように感じる。強豪校が無名校、それも創部まもない部相手に自分が負けたとなると、部の名前を汚すことになるし、自分の今後にも影響するだろう。ある意味、公式戦以上にプレッシャーを感じているのかもしれない。宗明学園の次鋒は小柄であった、身長は165㎝ぐらいだったので、さっきほど体格差は目立たない。これは本当の意味で技術による勝負になっていた。しかし問題は、相手は左利きであったことである。右利きと左利きの組手となる場合、ケンカ四つになる。ケンカ四つの組手とは、相四つがお互いに左手(引手)で袖、右手(釣手)で襟を持つのに対し、ケンカ四つはお互いに同じサイドの袖と袖、襟と襟を持ち合う。これは自分が右組、相手が左組みの場合、相手の引手が右手で釣手が左手であるため起こる組み方である。うちの部には左利きがいないため、一応、練習してきてはいるが、練習機会が少なく、経験不足から圧倒的に不利に思えた。
しかし、山田君は落ち着いていて、教えた通り釣手(右手)から取りにいこうとしていた。ケンカ四つにおいて、釣手を先にとって引手をとりにいくことが基本である。釣手に圧力を先にかけることは自分が優位な体勢になることができる。また、引手をもつことで攻撃体勢になることができるが、引手の方向に移動することはタブーである。引手の方向に移動すると、前隅に崩されやすいからだ。これはとても基本的なことではあるが、なにせ経験不足であるため、頭で分かっていても、そういう動きをしないか、心配であった。しかし山田君は忠実にそのことは分かっていたようで、そういう動きはせず、引手をとりにいこうとして、相手と引手を取っては、離させ、また取りにいこうと応酬をしていた。
しかし、やはり相手の方が技術はある。相手は引手で山田君の襟を掴んで、両手で襟を掴んだ。そして、両手の力で山田君を一気に引き寄せ、襟から手(引手)を離しその手で袖を掴んだ。その近づいた状態から腰を時計回りに90度回しながら、股に足をいれて、投げようと内股をしかけにいった。
山田君は当然、そんな技術のある一連の動きに反応ができず、畳の上に落下した。私達はすぐ審判の判断に反応し、向こうの顧問の先生を見る。
腕は肩までしか上がっていなかった。技ありであった。私は少し安心したが、向こうが優位になってしまったことに変わりは無い。さっきの試合と全く正反対の立場になってしまったのだ。私達は声援をかける。
「しゃーない、しゃーない。まだ時間ある。一個ずつ落ち着いていこ!」
と大山田君は声をかける。
「そうだ、最後まで頑張れ!」
と瀬川君は言った。
皆、熱がこもった目と声で山田君を応援していた。山田君は一瞬、こちら側を見た。こちらを見るまで焦りを感じているように思えも無くなかったが、再び相手と向き合ったときには心は安定していた。
再び釣手を両者とも持った状態になった。しかし、ケンカ四つ対策がやはり十分でなかったのか、相手は同じ動きをしたのに対処できなかった。両襟を持つことで引き寄せ、内股をしかける。相手は今度こそは一本を狙って投げて来るだろう、そう誰もが予想した。しかし、瞬きを許さない投げの瞬間、山田君は投げられていず、立っていた。なんと、相手の左足を股で挟んでいたのだ。
・・・・・驚きの技術だった。私達はそんなことまで山田君に教えていない。投げられる前にとっさに、反射的に動いたのだろうか?相手の足を挟み、腰を落とすことで相手の内股を封じてしまったのだ。私達は驚きを通り越して感動してしまった。こんなにも山田君は柔道の才能が秀でているのか。皆ももちろん、私や大山田君は驚きのあまり声がでない。そして、その瞬間、山田君は内股を封じられて前のめりになっている相手の腰に釣手を回し、引手を強く引っ張ることで、畳の上に叩きつけた。
相手は完全に腰から落ちていった。内股を防ぎ、そのまま大腰をきめたのである。
・・・・・・・・
あまりにも一連の動きが速すぎたため、皆、視覚と頭がついていってない。ハッと気が付くと、私はすぐに審判の判定を見た。
審判は手を完全に上に挙げていた。一本勝ちである。
「・・・・・・。」
場内はざわついているが、私達は声も出ない。そして山田君が戻ってくる。私達は山田君が話すまで、体全体が動かなかった。
「どうしたのですか?皆さん。」
山田君が私達に話しかけた。私達はその返答をしようと頭で考えることによって、体の動きを取り戻すことができた。
「・・・・・めっちゃ凄いな。お前。俺ちょい、感動したわ。」
と大山田君が山田君に言った。
「本当にそう、なんであんな動きができたの?」
私は思っていたことがそのまま口からこぼれ出た。
「・・・・一回目組んだ後、引手先取られて投げられるまでの動きをされるって予想できたんです。それを抗える手段が分からない。だから、後は山をかけたのです。もしも、次も内股が来たら、どうしたらいいか?それを組みながら考えていたら、投げられる前に思いついたんですよ。足は挟んで、重心を落としたら投げられないって。でも、その後の大腰がキレイにきまったのは、本当にただのラッキーでした。運が運に重なって、勝てたので本当に幸運ですよ。」
と照れくさそうに言った。
私達はその言動に驚いて何も言えずにいると、小野先生がのんきに手を叩いた。
パチパチパチ
「凄いな、山田!先生、柔道あんまりしらないけど驚いた。いやー、本当にスゴイ。」
私達はその小野先生の言葉に拍子が抜けてしまった。
「そうだね!本当に凄いよ!山田君。これからが本当に楽しみだわ。」
私はやっと素直に喜んで言った。
「ほんとだよ。次も頑張って!」
と井上君が言う。
皆の雰囲気が和やかになったところで、大山田君は低い声で言った。
「でも、山田、勝ったことは素直に喜んでもいい。でも、調子づいても、緊張してもあかんで、一戦一戦、初心に戻って気ぃ抜かんと落ち着いて、確実に自分の柔道をやるんや。それが大事やからな。」
「はい。」
それを聞いて、褒められて少し有頂天になっていた山田君の態度が変わった。
「そうね、次は上手くいくかは分からない。勝てたけど、一回投げられたから、向こうの技術分かるでしょ。経験値が相手とは全く違うから、絶対に有頂天にならないで。そして、次の相手は中堅、中堅は次鋒よりも必ず強いわ。気を引き締めて挑んでね。」
「ハイ。」
声が鋭くなった。さっきまでの得意気になった様子が見られなくなった。私達の注意によって気持ちを次の試合に切り替えているのが分かる。
「四谷坂学園、先鋒、宗明学園、中堅前へ!」
山田君は、静かに歩いて行った。
宗明学園の中堅は大山田君と体型がよく似ている。身長175㎝前後で、身長よりも横に大きく、ガッチリしている。柔道の重量級の選手だ。これはさすがに山田君には、体格的には不利に思える。しかも山田君に備わる、一種の天才的なセンスがあっても、彼らの積み上げてきた経験の方が有利に思える。なぜならば、試合数が圧倒的に違うため、山田君の動きは先鋒、次鋒が倒された試合を間近に見て、研究されているからだ。恐らくなんらかの対処方法を考えてきているに違いない。しかし、それでも勝つ可能性は彼には備わっていると思えた。それほど山田君は才能以上に意外性が強い選手であるからだ。
「礼、始め!」
試合が始まる。相手は右利きであったため、今度は相四つだった。引手をお互いとろうと離れたり、近づきながらしていると同時に相手を探り合っている。そして、相手の方が先に引手をとって、釣手の方は山田君の奥襟(後首の襟の部分)を取った。山田君も相手の袖と襟を持ったが、山田君は前のめりの体勢になってしまった。奥襟をとるところは、さすがであった。この組み方は上から相手を押さえつけたり、じぶんより小さな相手を引き上げることに適した持ち方である。この二人の体格差から見ても、その組手を選択することは正しいだろう。それ以上に同じチームの先鋒、次鋒をうち破ってきているとはいえ、動きからまだまだ初心者であることは、完全に見抜かれている。この状況を打破する対処すらできないと思われているのだろう。それに中堅からは、全く焦りやプレッシャーの類の感情が出ているようには思われない。もう、完全に勝つことを確信しているかのような雰囲気を醸し出していた。後の中堅の動きはとてもシンプルだった。前のめりになっている山田君は体重が前方にかかっている。体落としなどの手技をしてもいいが、彼はシンプルにその状態を利用して引手を引っ張り、さらに前に崩し、釣手を上に釣込み、山田君の右足が出た瞬間、左足を山田君の右足首の前に当てた。後は引手、釣手を上手く使って山田君が投げられたときにちゃんと背中を着く、つまり一本がきまるように、確実に前方へ放り投げた。山田君は背中をついて、落下した。技は支釣込足である。
私達は急いで、審判を見る
審判は相手の選手の方に手を真上に挙げていた。
一本だった。本当にキレイな一本をきめられてしまっていたのだ。さすが中堅、さすが宗明学園といったところだろう。相手を確実に一本が勝ちをきめてしまうところは、さすがであった。それに相手の体格、技術を理解して、それに対する対処法を考え、そして相手の状況に適した攻撃をしかける。これは、技術に裏打ちされた、頭脳が証明されていた。
山田君は私達の方に歩いてきた。
「何もできませんでした・・・・・・。」
凄く落ち込んでいる。宗明学園相手に二人も打ち破ってきた、山田君ではあったが、その自信や慢心を捨てた心の有り様で、勝ちにいくことだけに専念したのに関わらず、手も足もでなかったことで、その落ち込み方は大きなものになっていた。
「いや、よー頑張った。中堅となると、やっぱり先鋒や次鋒の力よりも数段、実力があることが約束されとるんや。だから、そんな落ち込むことは無い。それにな、お前は経験が足りんだけや。奥襟持たれてどうしたらええか、分からんかったんやろ?」
そう、大山田君は山田君に言った。
山田君はコクリと頷いた。
「それは俺達の指導が甘かったせいや、基本ばかり教えてて、変則的な組手に関しては何にも教えていなかった、気にせんでいい。それをこれから教えていくから!そうなったら、あの兄ちゃんにも対抗できるかもしれんで。」
大山田君は落ち込んでいる山田君に的確なフォローとアドバイスをしてくれた。
山田君もそれを聞いて、少し落ち着いたようだ。でも、唇を噛みしめていた。
「次は絶対に勝ちたいです!ご指導お願いします!」
そう、もしかしたら泣き声も交じっているかのような声で私達に言った。
私達はそれを察して
「おう!」
「うん!」
と笑顔を見せて答えた。
「よし、次は井上や!準備はいいか?」
「・・・・・。」
井上君はとても緊張していた。というより、緊張の度が過ぎている。体全体の震えが止まらない。
「井上、確かに相手は強い。山田が手も足もでんかった相手や。でもな、お前だって勝つ可能性が無いわけやないんやぞ。」
と大山田君は言う。
「だって、僕、柔道部で一番弱いし・・・・。」
その言葉を聞いて、私は反応した。
「私は井上君が一番弱いなんて思ってないわ。」
そう言い切った。
「だって、僕を次鋒にしたのは、先輩だから気を回してくれたんでしょ?」
「違うわ!」
私は大きな声を上げて言った。
「井上君は、柔道を始めたばかりの四人で比べると、確かに投技は得意じゃないわ。でも寝技が誰よりも上手くできているのよ。でも、柔道は投げることが何よりも重点が置かれている競技、まず、最初はどちらかが投げに入らなければならない。最初は活かしきれないかもしれない、でも寝技に持ち込んだら、その得意な技術も当然活きてくる。抑技で一本をとることだってできるのよ。だから、最初から諦めないで、もっと自分に自信を持って!」
私は強く言い切った。そのことは事実である。投技だけだと、四人の中では一番成長スピードが遅い。でも、その分、井上君は寝技が得意だった。私は異常な早さで成長している涼介君はともかく、他の三人は単純に優劣はつけられないと思っていた。
「そうだ井上、投げられないようにして、両者とも崩れて倒れたら、勝機が掴めるかもしれん。諦めんなや。お前は決して弱くない!」
そう私達に言われて、いつの間にか井上君は震えが止まっていっていた。
「そうだね。確かに地味だけど寝技には自信が少しあるよ。頑張ってくる!皆、見ていて!」
「四谷坂学園、次鋒、宗明学園、中堅、前へ!」
井上君は闘志をみなぎらして、歩いて行った。さっきまで、震えていたのが嘘のようだった。
「礼、始め!」
掛け声がかかった瞬間、すぐ井上君は相手との距離をつめた。これには驚かされた。普通、相手の方が強いと思われる相手に対して、躊躇うこと無く、すぐ組みにいくようなことはしない。そういうときは何か考えがあるときだが、井上君には、なにか算段があるのか?私はそう感じさせられた。
そして、相手に先に引手と釣手をとられる。井上君もそれより一瞬遅れて相手の袖と襟を掴んだ。その瞬間、井上君は急に沈んだ。お尻を畳につけ、引手を引っ張りながら、座った状態で左足で相手の右足にひっかけながら、相手を引手方向に放り投げようとしたのだ。浮技だ。井上君は浮技をしかけたのだ。捨身技をすることで、自ら寝技に移行しやすくしたのだ。投げる、または投げられないと、得意な寝技に移行できないなら、捨身技をして自ら畳の下に体をつかせたらいい。これはまさに賭けだった。
相手は突然の井上君の浮技に驚いた様子だった。同じような技、肩車をつかってくる選手は多いが最近では浮技をする選手は少ない。そのこともそうだが、向こうからしたら組んだ瞬間からいきなり視界から井上君が消えてしまったように見えたからだ。
しかし、向こうはいきなりの浮技に驚いたが、肝心なのは崩しが不十分な浮技だったため、引手を引っ張られた状態で、前のめりになっていただけであったことにあった。これでは井上君だけが畳の上に体を着地させており、向こうは立ったままだった。向こうがそのままの状態でいたら、井上君は審判に立たせられる。これでは、井上君がやろうとしたことは、無意味になってしまう。
しかし、向こうは井上君が立ち技が苦手なことは知らないのが良かったのか、向こうは寝技で勝負しようとしてきてくれた。その状態から、相手は座り込んでいる井上君に寝技をしようと動いてくれたのだ。井上君は引手と釣手を持ったまま、抑え込みをさせまいと、右足を相手のお腹に突き立て、相手の寝技を阻止しようとしていた。
しかしさすがの宗明学園の柔道部員である。寝技に対しても技術は高かった。その、井上君の動きに対し、相手は井上君の右側に立っていたので、まず右足を右足後方に置き、左手を使って膝を払って横に流した(この一連の技術を足さばきという)そして、そのまま右手で井上君の奥襟を握り、井上君の右頭上に足から、サッカーのスライディングするように畳の上に滑り込ませながら、井上君の右手は左腋で絞め、そして奥襟を持った右手は、首裏に突き刺して、仰向けの井上君の上に腰を下ろしながら抑え込んだ。(この抑込技を袈裟固という)
井上君はその状態になってから、しばらく動けなかった。いかに相手の寝技の技術が高いことが分かる。しかし、井上君はその状態から、左足で畳を蹴り同時に左で相手の背中を押すことにより圧迫されている上半身や手をまわされて固められている首から隙間をつくり、ことにより袈裟固から逃れ、抱え込まれていた右手も完全に抜ききった。
私達は完全に抑え込みが25秒きまり、勝負がつくと思っていた。しかし井上君はそれを阻止したのである。これには驚かされる。井上君は本当に、思っていた以上に寝技が上手いのである。
そして左手で押していた背中にさらに覆いかぶることで、相手の背中に圧力をかけ、相手を四つん這いの状態にする。
相手はこの状態なら、多くの寝技がかけえらる可能性がある。だから相手は腋を完全に絞めていた。そして絞技にもかからないように、顎を引いて、手を首の下でクロスさせている。井上君はそれでも必死に腕を掬おうと必死になって腋に腕を差しこもうとしている。その状態のまま時間が経過した。
審判はその状態から変化がないため「待て」の合図をし、再び二人を立たせた。
私はこれはまずいと正直思った。寝技なら相手に優勢とまでは言えないが、健闘していた井上君である。再び立たされたことでふりだしに戻った。それにこれから同じような展開になることは無いだろう。相手も向こうが寝技の技術が高いことは分かっている。それよりも突然捨身技をし、寝技の技術をみせつけられたこと、その裏の意味をこの選手なら理解しているように思えたからだ。
そしてお互い掴み合う、井上君は今度も捨身技、巴投をするような動きをしようとした。巴投の一連の動きを井上君がする前に、相手は井上君の右真横につき、そして井上君の右足を左足で刈った。井上君は畳に落ちていき、あっさり大外刈をきめられてしまった。
私達は、審判の判定を見る。
手を垂直に挙げている。一本である。私の予想は当たっていた。
「・・・・・・。」
井上君は私達の元に戻ってきた。
私は慰める言葉を探していた。しかし意外にも、井上君はそんなに落ち込んでいないように見えていた。
「言われた通り、寝技で頑張れたよ、僕。」
凄い笑顔で私達に明るい顔を見せてくれた。
「お前、大丈夫なのか?」
と瀬川君が言った。
「全然大丈夫だよ。ほんとは悔しい。でもそれ以上に自分が、試合する前、諦めていた自分が、あんなに臆さず立ち向かっていけたんだ。だからそう思うと悔いは無いんだ。」
とまた笑顔を見せてくれた。なんだが言葉を探していた自分が恥ずかしい。そう、皆、負けることは悔しい、でも試合の良さはそれだけじゃない。試合を通して皆、成長していく。今回だって、あんなに上手に寝技をつかって試合運びができたのだ。それは、井上君にとって大きな意味を成しているのに違いない。
「井上君、寝技とっても良かったよ。次は勝とうね、井上君は強いよ。」
私は井上君に笑顔でそう言った。そしたら、井上君は泣き出してしまった。
「うん。」
鼻をグズグズいわせながら言った。
私達は、笑顔でこの優しくて強い男の子を見守っていた。
「よし、次は瀬川君ね。」
「まあ負けると思うが、頑張って来ますか?!」
腕を十字にクロスさせて、三角筋を伸ばしながら言った。
すごく落ち着いている。瀬川君を中堅にした理由は何もかも平均的で、安定感がある。前の二人とは違って、山田君なら、立技が優れていて、井上君なら寝技が得意である。しかし、彼は偏った成長はせず、どれも順当に成長している。悪く言えば得意なものが無い、良く言えば、現時点で穴があまりないのだ。それに体格的にも175㎝程度、ある程度、筋肉や骨格もしっかりしている。体格的にも前の二人とは違って団体戦においてある程度、どんな相手とでも対応できるような恵まれているとまではいかないが、悪くない体格をしている。それが見ている側からも安心できるのだ。
そこに加えてメンタルの強さである。瀬川君は基本的にリラックスしている。感情の起伏が誰よりも大きく無い。その心の有り様が、この難癖揃いのメンバーをまとめることを可能にしている。だから彼はいつもツッコミ役にまわり、好き勝手話す私達に冷静に諭して、軌道修正をしてくれているのだ。(本来なら私のハズッッッッ!)
それらの理由で私は瀬川君を中堅に選んだのだ。しかし逆に言えば、こだわりが無いのが不安な点でもあった。柔道に置いて、適度に緊張することは重要である。勝ちにこだわる。勝ちたい、そう思うことは到底勝てないと思われた相手でも勝つことが出来る要因になり得るのだ。そう言う意味では不安要素もあるのかもしれない。そのことは私達、大山田君も私も分かっている。だから私はまた言葉を選ぶ、彼に勝ちにこだわるようになって欲しいのだ。
「瀬川君、勝ってきなさい!」
その言葉が一番適切だと思った。しかし、その言葉を聞いても瀬川君は落ち着いていた。
「まあできるだけのことはやってみるよ。そのつもり、そのつもり。」
当然の反応だった。重くとらえず、軽い。このままじゃいけない、私達は心身ともに強くなって来年インターハイで優勝しなければならない。現時点の瀬川君のメンタル面では到底、それを可能にすることは難しいのだ。それを聞いて大山田君も考えて、言葉を探している。
「お前、ほんまにこの勝負にかけてるんか?全力出しきれば、本気で挑めば、それでエエって正直思っとるやろ?」
「は?」
瀬川君は、少し表情に影が見えた。
「あのな、各上の相手に勝とうと思ってんなら、そんな気持ちの有り様じゃあかんのや、絶対に勝つ、組んでるとき、自分の勝利を一瞬たりとも疑わない奴が勝ち上がっていける。お前の今の心の有り様はこれから先、皆の足を引っ張ることになるんやぞ?!」
大山田君はめちゃくちゃ強い言葉を瀬川君に浴びせた。さすがに瀬川君も怒る。
「なんでそこまで言われなきゃダメなんだよ。俺は俺なりに頑張る気ではいる。勝てないから諦めてるなんて一言も言ってないだろ!?」
「それはお前との長い付き合いや、そんなことは俺は言ってへん。でも、お前、闘った前の二人見て何か思わんか?」
「・・・・・・どういうことだ?」
「最後まで勝つことを諦めんかった。闘う前も、そして闘った後も、勝つという思いに囚われている。そこまで思ってる奴しかこれから先は通用せんのや。技術や体格に恵まれているお前は二人より強いかもしれん、でもメンタルの面ではお前が一番弱いんや。」
「・・・・・わったよ。お前の信用を買うにはどうしたらいいんだ?」
「勝ってこい!」
「チッ!見てろよ!」
大山田君は瀬川君と喧嘩している状況になった。でも少しは特効薬になっただろう。これで彼に勝ちにこだわることを分からせてあげられることができたら、大収穫である。
「四谷坂学園、中堅、宗明学園、中堅、前へ。」
瀬川君は柄にも無く、めちゃくちゃ顔に威圧感を放っていた、あそこまで言われたことで大山田君に絶対に分からせてやるって思いが前面に出ていたのだ。それは相手の中堅もビビるような威圧感だった。私もハッキリ言って怖い。
「礼、始め!」
お互い間隔をあけながら引手を取りにいく、そして引手を取ったと思ったら、凄いスピードで距離を埋め、釣手を取り、釣手を押し込んで大外刈をしかけた。
相手もさすがに驚いた。こんなスピーディーな動きをしてくるとは思ってもいなかったからだ。しかし、相手はちゃんとディフェンスしている。刈られそうになった左足を開いて腰を落とす、重心を落とすことで防御した。
この一連の動きを見て、私は大山田君と話し合った。
「こりゃーまずいな、気持ちがせって矢継ぎ早に投げ技しかけんで。あそこまで言ったのが逆効果かもしれん・・・・・。」
「そうねこれで相手に手の内分かられて、あっさり投げられちゃ、元も子も無いわ。」
私達は渋い顔をして見ていた。
そして相手が体勢を立て直した気を見計らって、内股である。相手との距離を縮め、体を反時計回りに半回転させながら右足を相手の股の間に入れて、投げようとした。この動きはスピーディーで並の相手ならスピードについていけず、投げられていたかもしれない。しかし
・・・・・・・・・
瀬川君は投げられていた。
内股返である。相手は瀬川君が内股をかけて、右足を股にいれたとき、前に崩れないように踏ん張って耐え。左足だけで片足になって立っている不安定な瀬川君に対し、後ろ足(左足)に体重を乗せ、釣手、引手を使うことで、瀬川君を後ろに崩しながら、一本で支えられている、瀬川君の左足を右足で後ろから刈って背中から落としていったのである。
この技は高度な技である。数ある柔道の返し技のなかでも難しい。それをいとも簡単にこの技をつかえた宗明学園のレベルの高さを証明した技術であった。私はそれに驚いていたが、それよりも判定である。私はすぐ審判を見た。
腕が肩までしか上がっていない、技ありでおさまった。少しホッとした。しかし瀬川君の心理状態はどうなんだろう?瀬川君の様子を見てみる。
審判を見て、そして倒されて、上半身だけ持ち上げて、両手の手の平を瀬川君は見ていた。
その状態を見て大山田君は何か分かったのだろう。声をかけた。
「投げられて、冷静になったか?!」
「・・・・・。」
「相手の強さ、分かったやろ?!実力差は歴然や。でも圧倒的に強い相手に判定で追い詰められたときこそ勝負時なんや。今からや、今から、お前のほんまもんの力、全力を限界以上に出しきってみろ!」
それを聞いて瀬川君は笑った。
「フッ、お前らが俺に伝えようとしたこと分かったよ。俺はタダのクールなツッコミ役じゃない。追い詰められたら、窮鼠猫を噛むことを見せてやるよ。」
そうして立ち上がった。相手は堂々として立っていた。
「・・・・クールなツッコミ役って、アイツ、自分の事よーわかっとんな(笑)。」
「そうだね。でもこれからほんとの瀬川君の力が発揮されることが私達にも伝わるんじゃない。この試合も、これからも、瀬川君を頼りにしないとね。」
私は笑って大山田君に言った。
そして相手との距離をとりつつ、慎重に距離をつめにいく、さっきみたいにいきなり飛びついて投げにいこうとする気は無いようだ。本当の意味での全力を理解しているようだ。相手が強いからと言って、闇雲になって投げにいくことは、自分の力を出すこととは違っている。相手が強いときほど、慎重になって、そして組んだら、自分がどうやったら勝てるのかを考え、負けないように必死にくらいつていく。そのことが大事なのだ。
しかしその慎重な瀬川君の姿勢が逆に仇となった。お互い引手を取り合う。そして先に釣手を持たれた。瀬川君がこっちも釣手を持って攻めにいこうとせず、相手の出方をうかがっていたとき、相手はまず小内刈をしかける。瀬川君は相手が右足を刈ろうとしたのに反応して左足を下げて耐える。瀬川君はまた同じ状態に戻して、せめぎ合おうとした。しかし、相手は時間を与えてくれなかった。小内刈は後ろに崩す技である。釣り手を使って後ろに崩して、前足を後ろから刈ることで、転ばせて倒す技。左足を下げて堪えたとはいえ、元の体勢に戻ろうとしたら、反動で前に出てしまう。しかしそれを上手く利用したら、前に崩してつなげる投げ技につなげやすくなってしまう。相手は小内刈りを耐えた瀬川君を右足を踏み出すことでさらに後ろに追い込み。反動で前に出る機、その機を待って背負い投げをしかけてきた。足運びは右足前回りさばきをして、釣手の腕を瀬川君の腋の下、背中を瀬川君の帯のあたりに密着させて、自分の重心を下げ、前方に放り投げようとしたのだ。
しかし瀬川君は、放り投げられず、相手の背中に乗っかって静止していた。
なんと技がきまらなかったのである。相手も背中でかかえていた訳だから、耐えきれず、前に崩れて、四つん這いにさせられる。
なぜ、防げたのだろうか?それは背中に乗る前に、前にかけていた重心をすぐ様、後ろにかけて耐えていたのだ。実際の部や道場の乱取りで、連絡技(技を続けざまにつなげること)の対策や、自らその練習もしていた。なので、次に背負投などをしかけてきて、前に崩される予想していたのかもしれない。しかし相手の技術も相当なものなので、頭で分かっていても、それは防ごうと思っても防げるものでは無い。普段の瀬川君なら投げられていただろう。しかし、今の瀬川君は違う。本気で勝ちにいっているのだ。その思いが彼に、こういう実力以上のものを発揮させたのだ。もう一点たりともやる気が無いのが伺える。
そして相手が前に倒れているため、寝技をしかける。相手に馬乗りの状態なので、さっきの井上君と同じ状態である。相手も全力で寝技をかけられることを阻止している。当然腋は絞め、顎は引いている。井上君と違って瀬川君は腕の力は強い、その状態からでも腋に手をいれ掬おうとすることは簡単ではないが、無理なことでは無い。その状態のまま、腋に腕を差しこもうとしていた。
瀬川君の顔は真っ赤だ。相手も真っ赤だ。地味だが全力同士のぶつかり合いである。数秒が経った。
審判は待てをして、二人は立たされる。
二人はまた距離を取り合い、道着を掴むため応酬している。そしてお互い引手、釣手をお互い掴み合った。お互い足技をしかけるため、足を蹴り合っている。なかなかお互い崩れていかない。瀬川君はそういった状態から、相手が完全に前方に崩れていないが、支釣込足をかけるため、自分の右側に引き寄せながら右足首を相手の左足に当てようとした。相手は足を開いてこらえた。瀬川君は狙っていた。なぜ右側に相手を引き寄せて支釣込足の動作をしたのだろうか?大外刈りをはじめから狙っていたのだ。つまり支釣込足をフェイントに使ったのだ。相手は瀬川君に対して左側にいたため、そのまま踏み込んで右足で相手の左足を刈った。しかし相手は刈られたが、そのフェイントを読み、左足を開いて腰を落とし、自護体になっていた、きまらなかった。
「それまで。」
審判の掛け声がかかる。
瀬川君は負けてしまった。審判は勝った方に手を挙げている。
瀬川君は罰悪そうに私達のもとに帰ってきた。
「ごめんな、勝てなかった。」
申し訳なさそうに私達に言う。大山田君は瀬川君を見て言った。
「気分はどうや?」
「悔しいよ。お前に証明できなかったこともあるけど、それ以上に自分が必死になって攻めたのに防戦一方だった。自分が本当に本気で挑んで勝てないってこんなに悔しいんだな。強くなりたい、今よりもっと。」
瀬川君は対戦した相手を見据えて言った。
「・・・・・その気持ち忘れんなや。その気持ちや、負けるかもせんけど、せいぜい頑張るってお前言ってたよな、そんな気持ちで自分より強いやつに勝てるんか?」
「・・・・・。」
「お前、闘ってる途中、何考えてた?特に一回投げられてからや?」
「どうしたらこの相手を勝てるか?そして、どうしても勝ってやりたいって思ったかな。」
「そう、冷静と情熱の間で闘うんや、それを体験したお前は、勝ち負け以上なものを持ち帰ってきた・・・・・。言い過ぎて悪かったな、頼りにしてるんやから!」
そう言って大山田君は瀬川君に微笑んだ。瀬川君も照れ隠そうに横に顔の向きを変えて
「ったっく・・・・。」
と言って、頭を掻いていた。
「あのさぁ、次、大山田君なんだよ?指導の方もいいけど、準備出来てる?」
「おっと、もう俺の番か。」
少し慌てた様子だった。
「お前、こんなに俺に世話焼いて、お前の方は大丈夫なんだろうな?」
と瀬川君が言った。
「・・・・・俺の予想やと、あの中堅は絶対倒す。その後は分からん、相手見とらんからな。まぁ見とけ、お前らと修羅場の数が違う。」
と結構、自信あり気に言う。
皆が一斉に大山田君に視線を集中させた。
「慢心はだめなんじゃないんですか?」
と山田君が呆れた感じで言った。
大山田君は少し慌てたように見せかけていた。
「違う、啖呵切っとるけど、俺もギリギリや。でもな、言ったからには有言実行したるわ。まぁ見とけ。」
「四谷坂学園、副将、宗明学園、中堅、前へ。」
審判の声がかかる。大山田君はゆっくり腰をあげて立ち上がり、ゆっくり歩きながら、相手に向いあわせになった。
「礼、始め!」
合図がかかる。お互い体格的に何も違っているところが無いくらい、良く似た体型をしている。高校生だと、両者とも重量級の選手だ。この試合はそう言った点も考慮すると、実際、試合を見て、大山田君の方が強いと私も思っていた。おそらく彼もそう思っているだろう。ただ、そうであっても足元をすくわれて負けないことが無い訳では無い。かと言って、あまり慎重すぎると勝てるものも逃してしまう。大山田君はどうやって試合を運ぶのか、それが監督として私は気になっていた。
引手を取りに大山田君が動いた。そしたら、まず、腕試しだろうか?思いっきり大山田君は引手を引っ張った。相手は驚いて体勢が前に崩れる。そのまま、大山田君は釣り手の右手を運んで、襟を持つ。体さばきをして前後左右に相手を大山田君は揺さぶる。相手は恐らく大山田君の力にビックリしているだろう。見た目以上に大山田君の腕の力は強い。体勢を整えるのに必死になっている。
相手がどちらかと言うと、後ろに崩れているときに、大山田君は大内刈をしかけた。右足を、相手の左足の後ろにひっかけようとする。しかしたとえ大山田君であっても、一回の技で倒されるような、そんな相手が山田君、井上君そして瀬川君に勝てる訳がない。相手は左足を刈られる前に右足を下げて、その大内刈を耐える。その瞬間、相手は後ろに体重を乗せる。それに乗じて大山田君はさらに相手を後ろに追い込む、そして力を緩めた、それによって後ろに押された反動で前に少し体重が乗る。その瞬間を大山田君は見逃さなかった。両手を使って一気に相手を前に崩し、右足前回りさばきをしながら、相手を背中に乗せながら放り投げた。
背負投をきめた。
この動きに皆、驚かされる。特に宗明学園側である。皆、柔道を始めたばかりだと思い込んでいたので、この一連の動きは衝撃的だった。
力で相手の自由を奪い、それをいとも簡単に利用し放り投げたのだ。宗明学園の方の選手の方が大山田君と比べて実力差が顕在化した動きだったのだ。
私は完全に相手が腰をついて落下していったので、審判を見ていなかった。しかし一応確認してみる。
腕が真上に上がっていた。見事な一本勝ちである。
宗明学園側がざわついている。
「何だ?アイツは?」
「皆、素人じゃないのか?」
動揺は伝播していき、収まるところを知らない。しかしその集団の中の一人がポツリと言った。
「関東の人間は知らへんか?アイツは大山田だよ。中学時代、全国大会の大阪代表。」
「・・・・・そうなのか?お前も大阪出身だったよな?でもお前も中学のとき、大阪代表じゃないのか?階級が違うのか?」
「いや、階級は一緒。でもアイツ、突然中二で柔道辞めよった。そやから俺が代表になって、この学校の推薦もらったんや。」
「まさかお前がおるとはなぁ、また闘えるって思ってなかったわ。なぁ、大山田?!」
その男が大山田君に話しかけた。
「お前には最初から気付いてたけど、闘うんか?補欠や思てたわ、渡辺。」
「フンッ!相変わらず、減らず口だけは達者やな?!」
そして、その渡辺君とかいう男は勇気を見て言った。
「ごめんな、勇気、お前の出番無いわ、俺がコイツ倒して終わりや!」
「お前、ブランクあるから軽く見てるのかもしれんが、お前が思っている程、大山田は弱くないぞ、本当に勝てるのか?!」
「フン、余計な世話や。まぁ、見とけや。」
勇気は頭を掻きながら言った。
「なんでこう関西弁しゃべる奴は態度がでかくて強気なんだ?」
「余計な世話や!」
二人は声を揃えて言った。そしてそれに気が付き、お互いに顔を合わせて少し微笑したと思ったら、すぐ火花を散らして目をそらして私達のところに大山田君は帰ってきた。
「凄かったよ、さっきの試合。」
井上君や山田君が大山田君をキラキラしている目で見ていた。圧倒的に有利に試合運びをした大山田君に感激していた。やっぱり教えられている皆からしたら、それがゆえに、鼻が少し高くなった思いがしたのだろうか?
「そうだな、俺達が手も足も出なかった相手をああいとも簡単に。」
と瀬川君も共感していた。
「それはそうと、大山田、あのしゃべってた相手、お前の知り合いみたいだけど、次、大丈夫か?」
と瀬川君は大山田君の次の試合の心配をする。私もすごい気になっていた。
「渡辺な、同じ階級で、中学時代、ようアイツと大阪大会の決勝あたっとたんや。それはアイツが当時、大阪で二番目に強かったことを意味しとるんやが、俺とアイツには決定的な実力差があった。全然、アイツ、俺に敵わんかったんや。ほんで俺が柔道やめてから大阪で一番になったみたいやな。それで宗明来とるみたいやけど、それ自体はええんや。渡辺がレギュラーになって、現段階で宗明の副将はっとるところが問題や。さっきはあんな感じで強気を見せたけど、どんなに強くなってるか全く分からん。これは本当の意味で勝敗が見えん勝負になっとる・・・・・。」
珍しく謙虚だった。それに驚かされる。当たり前だが大山田君は一回柔道を辞めている、その期間内で自分より弱かった相手は当然、成長する歩みを止めてはいない。それは大山田君からしたら脅威に感じることなのだ。これでは、全く知らない相手とやる方がむしろ良かったかもしれないと思わされた。
「でも、相手の癖とか戦法はなんとなく分かるじゃないの?」
と私は大山田君にそう言った。
「そりゃな、ただ修正されとるところもあるやろうけど。まぁ弱気なところお前らに見せる訳いかんわ、監督はいつも強気やないとな。まぁ見とけ。勝ってくるわ。」
大山田君は少し笑顔を私達に見せた。
「おう!勝ってこい!」
と瀬川君が言った。大山田君は笑って。
「なんや、仕返しか?まぁ心配すんな。」
そう二人はニヤリと笑っていた。
「四谷坂学園、副将、宗明学園、副将前へ!」
掛け声がかかる。大山田君はさっきとは違い、緊張感をもって動いているような気がした。負けるかもしれない、その思いに囚われているのかもしれない。
「お前がぼんやりしてる間、俺がどんなに成長したか見せつけてやるわ。」
向こうは不敵な笑みをしていた。
「礼、始め!」
お互い距離をとって、釣手を先に取りに行こうとしている。ということは、相手は左利きで組手はケンカ四つになる。私はさっきの試合もそうだが、心配なのは昨日、大山田君に注意したことだった。思い切りが良すぎて、技を矢継ぎ早にくりだす。そうすることは、私は命取りになると思っていた。たとえ、返し技をくらわなくても、4分間、4分も技を出し続けることは必ず疲労を生む。そこを狙われて投げられないか、そこが一番心配していることだった。
二人は釣り手を立てて、お互いけん制してから、そして引手を取りにいく。そしてお互い揺さぶりあっていた。お互い、腕の力は同じぐらいのうようだった。さっきみたいに、圧倒的に差が出ていた腕の力を使って、優位に試合を運ぶことはできない。大山田君はしばらくして、内股をしかけた。腰を90度ばかり回転させて、相手の懐入り、股の間に右足を入れようとした。相手は足を股の間にいれさせず、左足を下げて内股を防ぐ。そして技をかけた直後の不安定な体のバランスになった大山田君に、釣手で大山田君の釣手を押し下げて、大山田君が再び釣手を引き上げようとした瞬間に、引手を離し、その手を大山田君の釣手の腕の肩を下から抱え込むように持ち、一本背負いをしかけてくる。しかし、崩しが不十分で投げが上手くきまらず、渡辺君は膝をついたまま、前に倒れる。大山田君は渡辺君が抱え込まれていた腕をすぐさま抜いた。渡辺もすぐ立ち上がって、また両手を掴み合う。
レベルの高い、そして拮抗している試合だった。お互いいつ技がきまってもおかしくない。それを直接肌に感じているのは大山田君だろう。中学生のころとは違う。技をかけにいってもきまらない。相手の技もあなどることなど決してできない。そうきっと感じていることだろう。こういう勝負がきまらないとき、大山田君は攻撃一辺倒になりがちである。上手くきまらないことに対し、自分自身苛立ちを感じ、それで技を多く相手に出す。気持ちが勝ちに逸るときこそ早く勝負をつけようとする、大山田君の悪い癖である。
しかし昨日、私に言われたことがきいているのか、そう言った様子は見られなかった。現に試合時間が一分程経過している今、技は最初にかけた内股以来、技をかけにいってない、自分自身の課題だったのだろうか、ディフェンスを強化し、相手に返し技などの変化技やすかしを使ったカウンターをねらう。もしくは相手の体勢を見極め、そこに一気に勝負をかける、そういった姿勢がうかがえたのだ。むしろ精神的に追い詰められ、技を多く繰り出しているのは向こうの方だった。
小外刈、袖釣込腰、相手は大山田君に休む暇をあたえず技を仕掛けてくる。これは、一見大山田君が防戦一方に見える、しかし実際は違っていた。前述したとおり、技にかからないようにして、相手が見せる隙やカウンターによる攻撃を狙っていたのだ。
そして時間は経過していった。相手に疲れが見え始めた。しかし、大山田君も疲労を隠せないようだ。攻撃をしかけにいって無いにしても、組み合って3分近く経過していたからだ。そんな様子の大山田君に、渡辺君は言った。
「お前、エライ消極的な柔道するやんけ、俺を投げ飛ばされへんから、なんや、引き分け狙いか?根性無しめ。」
それを聞いて大山田君は少し反応した。そして答える。
「引き分け・・・・まさか?!お前こそなんや、手加減しとんのか?投げられる気が全くせーへん。なんや口だけか?!早よーその根性無しごときを投げて見ろや!」
「ハハハハハ!」
大山田君の言葉に煽られたようだ。すぐ投げる体勢、今度は大腰をしかける気だ。釣り手を腰に回そうとした。しかし、大山田君は左足を後ろにさげて踏ん張って耐える。そのまま相手は内股をしかけようと左足を股に入れた。
内股、それは柔道においてポピュラーな技である。それは相手にかけると投げやすく、仕掛けやすいため、柔道の試合ではよく見られる技である。しかし、この内股には欠点がある。それはこれまでの試合においてもそうだが、返し技が多いのである。瀬川君がかけられた内股返、また内股すかしなど、内股をすることでそのまま返されて投げられることにつながることは多々ある。大山田君は防戦一方だが、実は内股をかけられることを待っていたのだ。しかし、彼は内股返や内股すかしを狙っていた訳では無かった。なぜ、この返し方をしたのか、私には分からない。高度な技に挑戦したかった、もしくは、カッコつけたのか分からないが、相当な技術を私達に見せてくれた。
まず、相手の内股に対し腰をおとすことで耐えた。これも投げられる可能性が無い訳では無いので、こう出たことも賭けだったのか、それとも足を下げてすかすことが出来なかったのか、それは分からないが、耐えた。そして、相手が体勢を立てなおすと思いきや、自分の右足を相手の股の間に入れ、両足で相手の左足を挟み込み、相手が体勢を戻そうとしている最中の前かがみになっている状態で相手を抱きしめるような形になった。当然、相手は大山田君の体重に引っ張られているため体勢を整えることができず、倒れそうになる。そしてそれは、大山田君は相手の左半身に抱き付いている形なので、相手は左前隅に大きく崩れている。そうしている状態で、大山田君は時計回りに回転させながら体を捨てていき畳に背中をつけた。その回転運動のため、向こうは体が頭を軸にして時計回りに回転させられ、先に畳の上に体を捨てた大山田君の後に落下させられた。横捨身技、横車である。
見事だった。私は内股に対するカウンターをこれまで何度も見てきているが、こんな返し方を実戦で見るのは初めてだった。宗明学園側も同じ気持ちだったのか、しばらく固まってしまっている。私はハッとして気が付くと、すぐ審判を見てみた。
腕を完全に上に挙げている。一本だ。
ウオォー!!!!
味方、敵関係なく会場が一気に湧いた。
そのざわめきの最中、大山田君の方が先に立ち上がり、そして倒れていて、何が起こっていたのか分からなくなって、頭が空白になっていた渡辺君に手を差し出した。
その手に渡辺君はハッとさせられ、状況を理解した。
「・・・・・俺は負けたんやな。」
「・・・・・。」
「完敗や、俺はブランクのあるお前すら勝てない。俺は中学からずっと、お前に追いついて無かったんやな。俺はお前にまだ、勝てないんやな・・・・。」
顔は笑っていたが、すごく悔しそうだった。それは試合に勝てなかったことよりも、中学生から変わらず大山田君に勝てないままの自分自身を受け止めることができない、それによる悔しさのようだった。
「いや、そんなことは無い。実際、なんども投げられそうになったんや、ほんまにギリギリやった。少なくともあの当時の俺やったら、今のお前に絶対勝ててない。」
「慰めはよしてくれや、お前、柔道やってなかったんやろ?」
「柔道は練習や経験だけが直接強さに繋がる訳やない、俺はあの時は一人相撲とっとたんや、自分のためだけに柔道やってた。でもな、四谷坂学園入って、そんでこいつらと出会い、そして柔道を始めた。そのことがなによりも俺を強くさせてくれたんや、こいつらを全国に連れていってあげたい、俺もこいつらと全国行きたい、そー思って柔道に打ち込んだ日々、それが実際、俺に時間には変えられへん何倍もの強さを与えてくれてるんや。だから勝てた。」
「・・・・そうか・・・・。」
「でもお前、強かったで、今回のはただの運や。次はお互い憎まれ口叩かんと、正々堂々と戦おうな、そんときが本当のお前と俺との勝負や、楽しみにしてんで!」
大山田君は屈託の無い笑顔を見せた。その顔は何よりもその言葉が本当の証拠だった。渡辺君もそう感じたのか、差し出した手を掴んで
「おう!次は俺が勝つ!」
と言って立ち上がった。
大山田君は私達の元に帰ってきた。
「大山田君、さっきの試合良かったよ!それにカッコよかった」
と私が昨日、言ったことを意識してくれたことや、最後の返し技がカッコよかったことも含めて讃えた。
私がそう言うと、大山田君は私を見てウインクをした。その行動は『ちゃんと、言われたこと守ったやろ?』という意味を含んでいる気がした。そして皆に言った。
「カッコよかったやろ?!」
と皆にチヤホヤされたいのを求めているように、自慢げに言った。そんな見え見えな気持ちはバレていたが、皆、素直にかっこいいと思わされてしまっていたのだろう。その気持ちに素直に返答した。
「カッコよかったです。僕もあんな技できるようになりたいです!」
特に山田君は大山田君に憧れの眼差しで見ていた。
「ええ、ええ、眩しい、眩しすぎるわ、山田。」
と、山田君の目を遮るように手をかざす。
それを見て皆、正気になったのか、瀬川君は言った。
「調子のるな、アホ!」
「・・・・・頑張ってきた奴にそれは無いやろ?!」
と少し落ち込んだふうに大山田君は見せていた。それもフェイクだ。これは放置しているのが一番いいと私達は思っていた。
「・・・・でも大山田、あの技、素直にすごかったと思うな。」
と瀬川君も、大山田君を舞い上がらせるわけにはいかないと思いつつも、思っていることを正直に言ってしまった。しかし大山田君も素に戻っていた。
「あれな、内股からの横車、一回やってみたかってんな。他にも選択肢はあったと思うけど、我慢できずにやってしまった。確かに勝ちたいって気持ちあったけど、相手が俺と同等しかも認め合うことが出来る奴やからこそかな、でもお前ら真似すんなよ。まだ早い。内股はすかすとか、足で挟んでディフェンスするとか、そっからでエエからな・・・。まぁ、でも俺にできてんからお前らも出来る。今後に期待してるで!」
「そっか、それであんなすごい技をかけたんだ。分かった、まだ真似しないよ。」
と井上君は皆と顔を見合わせながら頷いた。
「・・・・でも試合でいきなり挑戦するのはいいとは言えないわね。」
と、少し反省を促すようなことを私は言った。
「まぁな、まぁ大目に見てくれよ。これからはあんま無茶せーへんから。」
「そうね、初めての技はまず練習でやってよね。」
と私は大山田君に無茶しないように注意した。
「ほんで、いよいよこの試合も決勝戦やな。相手は斎藤や!」
「そうね、これで大山田君が勇気に勝てば勝ち、逆に大山田君が負けてしまえば、大将がいないうちは負けになるわね。」
「そうやな、でも相手が相手だけに強いことはまた言えん。でも勝ってくるわ!」
私達の間に沈黙が広がる。そして掛け声がかかる。
「四谷坂学園、副将、宗明学園、大将前へ!」
よもや、掛け声をかけている審判の顧問の先生も、また誰もが、宗明学園が大将まで出てくることは予想していなかっただろう。しかし、現に私達は勇気を辛勝しているとはいえ、引きずり出すことができた。これは私達に大きな自信を与えてくれる試合になっていた。だから、ここまできたからこそ、勝ちたかった。でもそれは願望、現段階で勇気に大山田君が勝てる見込みは薄い、そう思っていた。
「礼。」
お互い礼をした。その後、勇気は大山田君に言った。
「大山田、涼介はどうした?まだ来ないのか?」
「・・・・・斎藤、山本にこだわっとんな、アイツは今日、俺達がこさせへんように言ったんや。来る訳ないで。」
「いや、アイツは必ず来る。俺はそう信じてる。」
大山田君は頭を掻いた。
「アイツの監督不行き届きは俺らの責任や、人数足りてへんのは悪いと思っとる。」
「いや、そういう意味じゃない。」
「とにかく始めるぞ。ここで俺が勝てば来る必要もないしな。」
「・・・・・・。」
勇気は何故か痛く涼介君のことを気にしていた。しかしそれは大山田君にとって、まるで自分が眼中に無いのかのような態度に見えていた。大山田君は勇気に憤りを感じているのが分かる。
「勇気、私語多いぞ。」
そう審判に注意された。そして合図がかかる。
「始め!」
大山田君は一回勇気に負けている。その反省をいかしてどうでるか、私の注意の惹かれるところだった。いくら頭に血が上っているとはいえ、すぐ組みにいこうなんて、大山田君はしなかった。フットワークをつかって回りながら勇気の様子をうかがっている。
一方、勇気も同じような感じだったが、勇気は大山田君の動きに対して冷静に観察しているように思えた。そんな姿勢は大山田君も分かっていた。だから余計に腹が立っていたのだろうか、大山田君は引手をとりにいこうとして、しかけにいった。
そしてお互い組み合うと予想していたが、そう思った瞬間、大山田君は勇気に対し、前のめりになって頭を下げさせられていた。
クロスグリップだ。大山田君は勇気にクロスグリップという体勢に追い詰められていた。
普通、相四つの場合、引手から取りにいって、そして釣手を取るのが基本である。釣手から取りにいくと、その腕を利用して技を仕掛けられる恐れがある。しかし、勇気は釣手から取りにいった。何故そんな動きをしたのか?頭を下げさせたかったからだろう。奥襟などを釣手で取って頭を下げらせる場合、とられた方は非常に攻撃を出しづらくなる。一方取る方はそうすることによって出しやすい技を出すことができる。山田君が奥襟をとられて、手も足もでなかったのはそのためである。しかし奥襟の場合は道着をずらすことによって位置ををずらすことができる。しかし、大山田君の現体勢はそうでは無い、釣手をとって、すぐに引手を背中越しに伸ばして大山田君の帯をもっていたのである。
大山田君は頭の右側と背中の上を腕でロックをかけられいて顔を上げることも前かがみの体勢を脱することもできない。このクロスグリップという体勢はかけた方が圧倒的に優位な体勢になる。そのため直ちに攻撃をしけないと反則(指導)がとられる。クロスグリップの体勢でかけやすい技は腰技や捨身技がかけやすい、勇気はおそらくすぐにいずれかを仕掛けにいくだろう。
しかし何故勇気はクロスグリップをかけることを望んだのか。前述のとおり、釣手を先にとりにいった勇気は、大山田君にそのまま技をかけられる可能性は大いにあった。しかし、勇気は迷わずこの体勢にもっていけた理由は俊敏性が大山田君と勇気には大きな差があったのだ。それを前の試合や組む前に肌で感じることで、このクロスグリップをかけることを決断できたのだろう。
勇気はその状態にしてすぐに真後ろに体を捨てた。そして帯を引っ張りながら大山田君の股間を跳ね上げた。
大山田君は前転するように前に放り投げられ、畳の上に落下した。この巴投のような技は引込返という。お腹を蹴るのではなく股間を跳ね上げて、相手を前に回転させながら投げる技である。
私は審判を見た。手が垂直に上がっている。一本だった。
なんと開始、10秒ぐらいで勝負がついてしまったのだ。これには皆、大きく肩を落とす。私達が一戦一戦、つないできた勝利、相手が宗明学園とはいえ、俺達ならきっと劣勢に立たされても勝ち進んでいける。そう自然と思わされていた試合だった。そして、そう思わせられる部員全員の絆が深まった試合だった。それが私達の中で一番強い、大山田君がいとも簡単に勝負をつけられてしまったのだ。
大山田君と勇気はお互い礼をした。そして、大山田君が私達の元に戻ってきた。
「すまんな、勝てんかった・・・・・。」
皆、下を向いている。
「そんな顔すんなて!」
皆を大山田君は必死に励ましている。しかし、気丈夫に振る舞っているが、明らかに無理をしているのは大山田君だった。皆がどんな思いでこの試合にのぞんできて、そして自分にタスキを渡してきたかは自分自身、よく分かっている。それが、何一つ手も足も出なかった試合をした自分がいかに不甲斐ないか、それは自分自身が一番こたえてさせている、変えられようのない事実だった。しかしこの部の事実上、キャプテンの自分が落ち込んだり、弱いところを見せるわけにはいかない、だから大山田君は誰よりも気丈夫に振る舞おうとしていたのだ。
私達はそんな大山田君の思いを知って、皆も、大山田君の気持ちをくんで元気を出そうとした。
「大丈夫だよ、大山田。相手、宗明だもんな、よくやったよ、俺達。」
と瀬川君は笑顔で皆と顔を見合わせた。
「そう、大丈夫です。」
と山田君が言った。
「僕も・・・・・。」
井上君も顔を上げて元気を出そうとした。
・・・・・・・・
井上君は泣いていた。皆、その涙に固まる。
「あれ、どうしてだろう、僕、うれしいハズなのに。」
その言葉を聞いて皆、やりきれなかった。俺達はまだ闘える、井上のために、皆のために何にもできないのか?!とどこにもやり場の無い気持ちが皆の心の中いっぱいに占めらされていたように感じた。
向こうの顧問の先生が試合が終わったので、小野先生に駆け寄ってきた。
「いい試合でしたね、我が柔道部も課題が浮き彫りになりましたよ。インターハイ予選前に実りがある練習試合になりました。」
そう言うと、小野先生は首の後ろを右手で押さえながら言った。
「そうですが、私達の部も宗明学園相手にいい試合になるなんて思ってもいませんでしたよ。本当に今日はうちの部にとっても有意義な試合でしたよ、機会があれば、また是非お願いします。」
と頭を下げながら言う。私達はそれを淡々と聞いていた。皆、頭の中が空白になっている。そんなときに勇気は大声をあげて言った。
「ちょっと待てよ、試合はまだ終わってない!むこうの大将と闘ってないだろ?!」
勇気の声に私達はハッとさせられた。しかしそれはあり得ないことだ、大将は試合が始まる前からこの場にいないのだから。
そんな気持ちのまま、私達がまた頭の中を空っぽにしようとすると、勇気は言葉を続ける。
「俺はまだこの試合を投げない、大将と闘わずに試合を終わらせるなんてしないからな。」
「勇気、最初から言ってるじゃないか、向こうは最初から人数が足りないんだ。それを承諾してうちは始めから闘ったんだよ。我儘言うな。」
と宗明学園の顧問の先生は勇気に説得させている。しかし、全く勇気は一歩たりとも引く気がないようで、
「俺は待っているからな、それまで礼は絶対にしない。」
この態度には顧問の先生や小野先生も困ったようだった。皆は、その勇気の言葉ただ聞き流していた。勇気の発言は耳に入らない、負けたことによる、やりきれなさから虚無感そして、敗北の味を噛みしめることに変わる。皆、下を向いていて、もう早く、この場から立ち去りたい、この場にいることの空気に押しつぶされそうになっているのだ。もう一度チャンスを・・・・・。そんなことも思っただろう、しかしもう誰も勝ち残っていないのだ。
「整列しよう。」
そう、大山田君は言った。
皆も同じ気持ちになっていたのか、皆黙ってうなずく。私達が先に並ぶと宗明学園の選手も並ばざる得ない、そう思って早くこの場から立ち去りたかったのだ。
「ほら、勇気。」
そう、宗明学園の顧問の先生が言う。しかし、勇気はまだ納得していないようで、列に並ぼうとしない。
もう勇気はほっといて、整列をしようと両校の生徒が並んで礼をしようとした。
ハァハァハァ
そのとき息遣いが聞こえた。私達は反射的に扉の方を向く。そしたら、涼介君が立っていたのだ。
勇気の言葉が耳から頭に響いて止まらない。『負け犬以下だ!』『そんな精神が弱いやつは俺に勝てることなんて一生ねーよ。そして、優利がお前なんかに振り向くことなんて一生無い!』『宗明学園で待ってる。』その言葉が反芻し続ける。体と頭がどんどん熱くなる。時計の針が刻々と時間が経過することを告げる。俺はどうするべきなのか?今無茶をすると余計に皆に迷惑がかかることは分かっている。でも、掴み合いの喧嘩をしたときから、俺は闘いたいという、一心の思いに駆られている。秒針が刻む音がどんどん大きくなっていく。
「山本涼介さん。先生がお呼びです。」
看護婦さんが俺を呼びにきた。
俺は看護婦さんに引き連れられて診察室まで行き、医者の先生の話を聞く。
「喘息の再発ですね。今、部活動なさっているんですか?」
「はい。」
俺はコクリと頷いた。
「これから普通に部活動する分には問題ないです。症状が治まっていますから。ただし、無理はなさらないでくださいね、連日無理をすると、また、こういう事態を招くこと肝に銘じていてください。」
「はい・・・・・。」
「そうですね、ともかくしばらく、二、三日は絶対安静ですよ。連日の無理が響いてきます、また無理をなさると再発しないことは約束できません。」
「二、三日・・・・・。」
「どうしました?早く、部活動に復帰したい気持ちは分かりますが、焦らないでください、無理をしたら元も子も無いんですよ。」
その言葉を聞いて、俺は自分の感情を抑えられなくなった。
「無理です。部活に、今すぐ戻ります。」
「いや、だから・・・・。」
「体、壊してもいいです。倒れたっていいです。俺は、俺は、今日、闘わなければならないんです。今日、そいつと向き合わなければ、もう、一生、そいつと並ぶことは無いんです。だから、今、今やらなければならないんですよ!」
静かだった病院内で俺の言葉だけが反響する。
先生もビックリしたようだ。
「どうなっても知りませんよ。今日から無理するんだったら、最悪、入院も覚悟してもらいます。喘息はアナタが思っているよりも軽くないんです。」
「どうだっていいです。」
先生はその言葉を聞いて呆れかえっている。
「はぁ=3実際、山本さんみたいな患者多いんですよ・・・・。」
と頭を掻きながら言った。
「分かりました。これをいつも持っていてください、発作が起こったら、これを吸い込むんですよ。」
と言って、吸入薬を俺に渡した。
「ちょっと先生!?」
看護婦さんがその先生の行動に慌てている。先生は看護婦を無視して
「行きなさい、今しか出来ないことがあるんでしょ?!」
「はい!」
「最悪私が面倒みてやるから、頑張って来なさい。」
「はい!」
俺はその医者の先生がすごく俺の気持ちを汲んでいてれることが嬉しかった。そして俺はもうそこにはいられない。ドアを閉めて診察室を出た。ドア越しに医者と看護師が言い合っていた。
「先生、医療者従事者としての自覚あるんですか?」
「若いうちは今、その時にしかできないことがあるんだよ。それを止めてしまうことは、患者の健康よりも、そいつの人生に一生の後悔がつきまとってくる。だからあの真っ直ぐな目を見て、止めるようなことはしたくなかったんだ。」
「最悪ですね、いつもこんな無茶させるんだから!本当にいい加減、懲りてくださいよ。」
俺はその話を聞いて、吸入薬を見た。
・・・先生ありがとう、俺は今、行かなくちゃ、アイツと、勇気と闘わなくちゃ・・・・
そう思って駆けだした。今から行っても間に合うだろうか?それと優利、皆は許してくれるだろうか?そんなことを考えながら走っていた。でも行かなくちゃ、俺はアイツと向き合わなければならないんだ。そう思った。
ハァハァハァ
電車を乗って、最寄り駅から走って、俺は宗明学園の格技場の扉の前にいる。太陽が大分落ちている、間に合ったのか?
ガラガラガラ
扉を開いた。皆が並んで礼をしようとしている。皆、驚いて俺を見ている。勇気は並んでいなかった。
・・・・・・試合は終わってしまったのか?・・・・・
そんな風に見えたが、第一声に勇気が言った。
「遅い!」
「間に合わなかった?」
「大丈夫だ、今から大将戦だ!おい!皆、向こうの大将が来たぞ!」
皆、驚いている。そして向こうの先生は言った。
「来たのなら、今からでもできるが・・・・。」
「よし、再開するぞ!」
勇気は嬉しそうに言った。四谷坂学園の皆が並んでいた列を崩して俺の周りに集まってきた。皆、どこか視線を落としているように感じていた。そして優利が俺に言った。
「何しに来たの?」
「試合、試合出たいんだ、監督やらしてください。」
俺は優利に、そして皆に頭を下げた。
「アカン、さっきまで病院のベッドで寝てた奴に試合させる訳にはいかへん。」
「俺は勇気と闘いたいんだ!」
「あのな、試合って、インハイ予選前なんやぞ。もし今日無理して、インハイ予選棒に振るようなことになってみろ、今の無理が皆に迷惑かけるんやぞ、ちゃんと考えろ!」
「そうね、絶対にダメ!」
優利と大山田は強く俺に言い聞かせる。しかし、どこか闘って欲しいという気持ちが少し垣間見れた。それに他の皆もそれは見受けられる。
「分かっているよ、それでも俺は、勇気と今日闘ってみたいんだ。今闘わないと絶対に後悔するんだ!」
俺は大声で言った。その声に驚いて格技場内が静かになった。
「・・・・・なんか理由でもあんのか?」
・・・・・言えなかった。昨日、勇気と何があって、今日、病院で何があったか、優利、本人の目の前でそのことは言えない。
でも俺は言葉にせずとも目で大山田に訴えかけた。
「医者はなんて言うとるんや?」
「二三日安静、でもいってくる、今日無理をすることに反対はしてなかったよ。もしもの時がくればこれを吸えばいいって・・・・。」
と言って吸入薬を見せた。
「俺も喘息の症状は知っとる、昔、近所の子が喘息やった。これは気管を広げる薬やな。症状は治まってるんやな?」
俺はコクリとうなずく
「よしやってみろ、でもな、症状が出たり、様子がおかしくなったら、試合の最中やろうが強制的に中断してもらう。」
「ちょっと待って、何勝手に決めてるのよ!?」
「山本、今残してるのは副将の俺が負けて、残るは大将戦だけなんや。だから斎藤と闘って悔いが残らんようにいってこい!」
「待って!」
優利が強い言い放った。
「ダメよ!」
それを受けて大山田が言う
「・・・・・本音言うと、俺はこのまま終わるのが悔しいんや、山本が闘っても勝てる訳無い、そんなことは分かってる。でも斎藤、アイツに少しでも一矢でも報いてやりていんや!このまま負けて何もせんのは俺は耐えられん。」
その大山田の言葉に闘ってきた皆が共感して優利を見た。優利はその皆の表情に押されてしまって
「分かったわよ。で・も・大山田君の言ったことは守ってもらうからね・・・・・。」
とても心配そうな顔で言った。俺は届かないかもしれない、この女の子のため、そしてこの女の子のことで本当の意味で勇気と向き合うために闘わなければならないと強く感じる。負けるだろうが、それが本当の意味でのライバルと闘うことなのだ。
「ありがとう。」
「・・・・よしっ、涼介、がんばってこい!俺らの思いものせてくれよ!」
と達也が言った。皆、俺に目で訴えている。
「うん。」
俺は急いで柔道着に着替えて、試合のスペース、勇気の前まで歩いていった。
「お前なんで、すぐ来なかった?」
「ずっと、自問自答してた、今、無茶したら皆に迷惑かかるって、でも勇気と闘いたい。」
「それで今来た訳だな、まぁ、間に合ってよかった。来るって俺は一ミリたりとも疑わなかったぜ。」
「うん。俺もこれが正解だったと思う。」
そう言うと審判が俺達の顔を見比べて
「始めるぞ。」
と言った。
「四谷坂学園、大将、宗明学園、大将前へ。」
「礼、始め。」
この試合の前に皆どんな試合を繰り広げてきたのだろう?皆が俺に向けている視線は相当な熱や思いをのせていた。俺は皆の試合を見れていなかったことに少し後悔していた。でも、その皆の思いに応える試合をする。それも心に刻みつけていた。
俺は始めがかかった後、すぐに距離をとった。昨日の乱取で一回も勝てなかった相手である。うかつに組み合うと、すぐ投げらかねない。
勇気は俺の動きを目で追っていた。それは冷静に俺の動きを観察している監督のような視線に感じていた。もちろん、勇気はそんな気は無いだろう、俺との試合を本気で挑んでくれるのはお互い同じだった。そう感じるのは、やはり潜在的にある、俺よりも強いということによる無意識な行動だろう。しかし、そう分かっていても俺は悔しく感じていたし、少し感情的になる。
俺は袖を取るため、引手を伸ばした。俺と勇気が袖をつかみ合った瞬間は同時、もしくは、俺の方が少し早いぐらいだった。理由としては自分の組手争いによる、手の動き、速さは勇気に相当鍛えられてきているため、うちの柔道部員のどの部員よりも実際、早くなっていた。しかし、それでもそれを教えていたのは勇気である。まだ、勇気には手の動きの速さも勝ててはいない、勇気がどうでるか、様子をうかがっているような姿勢のせいだろう、自分から掴み取っていこうという意思無いことが無意識に出ているのだ。
そして、お互い釣手を持った。俺は思い切って内股をしかける。右足を一歩踏み出し、左足を自分の右足後方に置き、右足を相手の股の間にいれようとする。勇気は技にかかる前に後ろに体は移動させ、股に足をいれさせない。そして俺は体の向きをかえまた向いあった。すぐ、勇気は俺を前後左右に揺さぶる。おそらく足技をしかけてくる気だ。勇気の技に対し、俺はかけられたら100%投げられる。そのことは分かっている、だからこそ、投げられる前に先に投げて倒すことが肝要である。先に投げに移って、そして一本を運よく取ることができたら、というわずかながらの勝機をうかがっていたのだ。だから俺は揺さぶられながらも、まず後ろに左足を下げ、そして勇気が勇気が右足を踏み出した瞬間に先にしかけた。勇気の右足を左足裏で右のくるぶしあたりを払おうとした。しかし、勇気はその動きを読んでいて、上にあげてすかし、おれが払った左足を右足でそのまま払ってカウンターされた。出足払の返し技、燕返である。俺は体勢を崩され畳の上に落下し。そして、すぐに審判を見る。
審判は肩まで手を挙げていた。技ありである。
ツッ
俺が投げられてしばらく呆然としている中、そんな声がわずかに聞こえた。その声に反応して勇気を見る。勇気は右足の膝頭を抑えていたが、俺が見ていると気付くとすぐやめた。
「山本、負けてへんぞ!まだまだ頑張れ!」
「そうだ、まだまだ時間はある。落ち着いて一個ずつな!」
と大山田と達也が応援している。
「・・・・うん!」
俺は投げられて、投げられたことで少し気持ちが沈んでいたが、皆に元気づけられた。そして立ち上がって勇気と向い合った。
「いいメンバーじゃねーか?!ほんとに人に恵まれているな。」
「うん。」
「そうだぞ、まだ終わってない。諦めんじゃねーぞ、かかってこい!」
対戦相手の俺にまで勇気は俺に発破をかけてくれる。俺は四谷坂学園の皆よりもライバルにも恵まれていることを嬉しく思った。しかし、勇気のあの行動、右足の膝頭を抑えていた。あれは一体なんだったのだろう?昨日まではそんな素振りは見えなかったので、怪我をしている訳では無い。俺が来るまで試合の最中に何かあったのか?それが少し心配になる。
「どうした?涼介?」
「なんでもないよ・・・・・。」
「始め。」
そんなことを深く考える時間も与えてくれない。それに試合が4分しか無いのだ。状況は始まる前より悪い、技あり以上をきめないと自動的に負けになる。
俺はお互い組み合うと、前後左右に揺さぶる、そして足技をしかけようと、俺は自分の右側に回りながら勇気の左足首あたりに自分の右足をあてる。勇気は左足を下げてこらえる。しかしこのあたりから気付かなければならなかったのだろう。なぜ勇気は俺に揺さぶられていたのか、明らかに足の踏ん張りに力がこもっていなかったことにその時は、勝つことに気持ちがいっぱい占められていたため違和感すら覚えなかった。
俺の支釣込足はフェイクだった。狙いは大外刈への連絡、左足を下げたら、すぐに勇気の右側について右足で勇気の右足を刈った。しかし左足を開いて腰を落とし、自護体に勇気はなっていた。技がいっこうにきまらない。時間も刻々と経っている。もう何分ぐらい経過しているのだろうか?このままでは負ける。その思いがドンドン焦りを助長させる。
「諦めんな!まだ負けてへんのや!」
「涼介、焦んなよ。落ち着いていこー!」
皆、応援してくれている。しかし焦りから皆の声援が右から左に流れる。せめて、効果一つでもとりたい、そんな思いに駆られていた。皆、圧倒的に強い勇気から少しでも点をとれること、俺達でも立ち向かっていけることを証明したい、そんな思いから、俺を送り出したことは分かっていた。しかし、現状全く手も足もでない、どうにかしてでも技をきめるんだ。そう思わされ、寝技、寝技ならいけるかもしれない、そう考えた。捨身技をして、そこから寝技に持ち込めば現状を打破できるかもしれない、そう思って、俺は決断した。その考えがこんな事態になるとは、誰も、俺自身すらその時は思ってもいなかった。
俺は攻撃を矢継ぎ早にしかけにいったが、全く歯が立たずにいた。それならばきまらなくてもいい、俺が一番美しい技だと思っている技、巴投をしたら、たとえきまらなかっても、そこから寝技で勝負できる、そう思った。
そして組んでいる時に、両手を使って勇気を前に崩しそうとして、勇気のお腹に右足を立てながら真後ろに体を捨てて放り投げようとした。勇気は体を捨てる前に、崩れている様子はなかった。しかし体を捨てたことによる俺の体重が重力によって引っ張られることによって、前に出されていった。
・・・・・・・・・
場内が静まりかえる。俺は何が起こったか、巴投げをして仰向けに倒れていたが、上体を起こして周りを見回してみる。なんと勇気は投げられていたのである。巴投げがきまり前に転がされていて、背中は完全に着いていたようだ。
場内は何事だ?!みたいな空気に飲まれている。俺は審判を見てみる。
審判は眉間に皺をよせて
腕を垂直に挙げている。一本勝ちである。俺は勇気に勝っていたのである。
・・・・・・・
俺は皆の方を見てみる。皆喜んでいる。しかし、優利だけが複雑な顔をしていた。
「山本、やったな!」
「やりましたね、先輩!」
皆、とても嬉しそうで笑顔になっている。さっきの皆の表情が嘘のようだ。
その勝利の余韻に浸っている中、審判が言った。
「それまで。」
その掛け声がかかると、俺達は宗明学園の生徒と向かい合って並び、そして、審判が俺達の方へ手を向けた。俺達はお互い礼をして
「ありがとうございました!」
と言い合った。宗明学園側は複雑な顔をしていた。全国屈指の学校、宗明学園が創部まもないうちの部に負けたのである。その事実を受け止めることなど、簡単にできる訳が無いのだろう。
そして大山田が俺の首をかかえて、頭をグリグリしてくる。
「ようやったで!お前。まさか勝てくるとはな?!」
大山田は嬉しそうに振る舞っていたが、少し複雑な感情も見られた。自分が勝てなかった勇気に俺が勝てたのである。実際に大山田と俺では、比べるまでも無く大山田の方が強いし、大山田ないし俺もそれは分かっている。しかし俺は勇気に勝てた、そのことが少し妬みに近い感情を生み出しているのだろう。しかし、喜んでいることは偽りのないものではあった。
「涼介、本当によく頑張ったな。」
達也は言った。皆、思いが勝ったことによる嬉しさで充満して同じ気持ちを共有している。しかし、陰で何よりも嬉しそうなのは小野先生だった。
「本当にあの宗明学園に勝てるとはな、やっぱり反対を押しきって部を作って良かった。この結果は職員会議で言う。それでこの部の立ち位置ないし、俺の立場が上がることは間違いない。」
「・・・・・何言ってるだ?!小野先生。」
と達也が言った。皆、しらけた顔で小野先生を見る。
「冗談だ、冗談。でも今年の全国大会、期待されるんじゃないか?学校も応援してくれるようになるぞ!」
と焦りながら、皆の機嫌をうかがうように言った。
「まぁ部費もらえるみたいやから、小野先生もちで焼肉でもいくか!」
と大山田が言った。
「ちょっと待ってくれよ、部費をそんなんに使ったら俺の職員室での立場が・・・・。」
と本当に焦った。
「ハハハ。」
皆が談笑していると、優利が一人、難しい顔をして考えているのが目に映った。
俺は気になったので優利に声をかけた。
「・・・・・どうしたの?優利?」
「さっきの試合・・・・・。いや、なんでも無いよ。涼介君おめでとう!やっと勇気に勝てたね!」
と俺に、顔を笑顔に変えて言った。俺は優利にいいところを見せることができて、優利のことに対しても、勇気に対し少しでも近づくことができたと思った。しかし、優利がさっきの試合を不審に思っているようだった。俺も、何故あんなに強い勇気に勝つことができたのだろうか?それを詮索するため、さっきの試合を思い出してみた。勇気の足・・・・。何かがおかしい。そう感じた。俺は勇気の方に顔を向けて見た。
そのとき勇気はとても深刻そうな顔をしていた。俺は勇気に声をかけようと思ったが、その顔がそれを戸惑いに感じさせる。
しかし勇気は俺が見ていることに気付くと、すぐ表情を変えて俺に近づいて来た。
「やったな、俺に一勝できたな。」
笑顔を見せて言った。
「勇気・・・・・もしかしてだけど、手を抜いてないよね?」
「そんな訳ないだろ?お前の完全な勝利だよ。でも、こんなに俺と組めば一回ぐらい勝つことだってある、うねぼれるなよ!」
そう、俺に言い聞かせるように言った。確かにそうだ、組んだ感想だが、手を抜いているようには感じは無かった。だとすれば・・・・・・。俺は優利に傍に行き、俺が来る前のことを聞こうと思った。
「優利、俺が闘う前、勇気、怪我したりしてた?」
優利は首を横に振る。
「・・・・・・。」
俺が黙っていると優利は言った。
「大丈夫だよ!涼介君は実力で勇気に勝ったんだよ。」
と俺を励ますように言う。俺もそのときはそう感じ、素直に喜ぼうと思った。
優利の方も切り替えようと、皆の勝利を純粋に喜ぼうとする姿勢に変わった。
「皆、よく頑張ったね!宗明学園に初試合で初勝利!大いに胸を張ってちょうだい。」
と皆を見ながら言った。
「おう!そやそや!監督(仮)がそー言っとるとーりやで、皆、よー頑張った。監督(本物)も涙が出そうやわぁ~。」
「ちょっと何、立場を変えようとしてるのよ、大山田君!」
「ハハハ。」
「でも、ほんまよー頑張った。」
俺達がそんな話をしていると、小野先生が宗明学園の顧問の先生のところに駆け寄った。とても申し訳なさそうな感じだった。
「・・・・・。」
「気をつかってくれなくても大丈夫ですよ。」
と宗明学園の顧問の先生が小野先生に言った。
「そうですか・・・・・。」
返す言葉を探している。何を返しても傷に触るのだろう。
「あなたのチームの大山田君、彼の力は本物です。うちの部に欲しいぐらいの力は確実ですよ。あとのメンバーも創部して間もないと思えないぐらいの力を有している子たちですね。今回は私のチームが負けましたが、次は勝たせて頂きます。インターハイ予選でまたよろしくお願いしますね。」
そう笑顔で、その先生は小野先生に言った。小野先生は心配が解けたのか。
「いやうちの部も負けませんよ。よろしくお願いしますね。」
と笑顔で返していた。先生同士に問題はなさそうだ。
そうこうしていると小野先生が駆け寄ってきた。
「帰るぞ!」
「おう!」
皆、元気よく言った。
出て行く前に、皆、格技場の扉の前で
「ありがとうございました!」
と頭を下げて、まるで幸先のいいスタートをきるような笑顔で出て行った。そして皆、駅まで歩いていく。
「よし、焼肉や、焼肉。」
「だから、先生を困らせるのはやめてくれ・・・・・・。」
「ハハハ。」
「そう困らせると言えば・・・・。」
何か思いついたように優利は言った。
「先生、私達、合宿できないかしら?」
「合宿?!」
「そう、今度の土日がいいわ!」
「・・・・・。」
小野先生は頭をかいた。
「本当にいつも急だな?!なんでだ?」
「今年もしかしたらインターハイに出場できるかもしれない。思ってもいなかった、うれしい誤算だわ。だから私が短期集中的に皆を指導して、弱点を無くしていきたいのよ。」
「いい考えやな、ただし私たちだがな・・・・。」
と大山田は言う。
「いや、大山田君も指導より、本格的に練習に力を入れた方がいい。」
と優利は大山田に言った。
「まあ、確かに今年のインハイ出場狙うなら、選手としてその方がええか・・・・。ともかくや、皆はどうや?」
「したいです!合宿!」
と山田は身を乗り出して言った。
「僕も!」
「俺も!」
「決まりやな!そういうことでよろしく先生!」
と大山田が言った。
「お前らなぁ・・・・・。まあ、お前ら頑張ったし、わがまま聞いてあげてもいいか?それでどこでやるんだ?合宿は?」
「施設が整ってるところがいいんだけど、また調べとくわ!そこの旅費が部費ってことで、お願いね❤」
「・・・・・まあそういうことなら、降りるかもしれんな。とりあえずだな、明日、職員会議で今日のこととその件を言うな。」
「はーい!」
「楽しそうだな?!合宿!」
と達也が皆と顔を見合わせながら言った。
「うん、楽しそう!」
と井上が言う。
「コラ!遊びにいくんじゃないからね!」
と優利が注意したが、なんだが優利も楽しそうだ。
そんな話で盛り上がっていると駅まで着いた。
「ここで解散な!皆気をつけて帰れよ!」
と小野先生が言って、皆帰っていく。
「今日、道場行く?」
「うん、皆疲れたでしょ、帰って欲しいな、どうしても行きたいなら自由参加でいいよ。」
と優利が言った。しかし俺の顔を見て。
「ただし、涼介君は帰って、体を治しなさい!絶対に今日は行ったらダメだからね!」
大山田、山田に達也、そして井上までも厳しい目線を向けた。
「分かりました・・・・。」
と気を落とした。
「まぁ分かってると思うけど、確かに努力することも大事や、でも休むことも練習や!これから無理すんなや。」
と大山田が優しく言った。
「ほんじゃあ、各自解散!」
皆、家に帰るもの、そして道場に行くもの、皆それぞれの目的を持って電車に乗っていった。俺の家は皆と逆のホームなのでベンチに座って電車を待っていた。そんな折、勇気が電車に乗ろうとして、自分のいるホームまでの階段を降りていく姿を発見した。少し歩き方がおかしい。俺はなんとなく身を隠した。勇気も同じ電車に乗るのだろうか?それにしても、こっちは道場の方向じゃない・・・・・。
道場をサボることが一回たりとも無かったこともある、勇気の行動に不審に思って、俺はなんとなく跡をつけることにした。
隣の車両でバレないように様子をうかがっていた。電車はドンドン、都心に近づいてくる。俺はなんとなく嫌な予感がしていた。
そして勇気は電車を降りた。俺も距離をとりながらついていく。勇気は駅から出ると、近くの大学病院に足を運んでいた。勇気はそこに入り、受付で機械にカードを入れて、そして整形外科の診察室の前の廊下に座って、診察を待っていた。
・・・・・・整形外科?・・・・・・・・
やはり怪我をしているのだろうか?俺はその程度にしか思っていなかった。
「斎藤勇気さん、お入りください。」
と看護師さんが勇気を呼ぶ。
俺は勇気が入った後、扉の近くに行き話を聞いていた。
「斎藤さん、予約外だね、どうした?」
と先生が言った。
「今日、試合したんだが、足が痛くなった。痛み止めもらえないでしょうか?」
「・・・・・・いい加減、手術してくださいよ。」
「それは何度も言ってるがダメだ!来年ならいい。でも、今年のインターハイが終わるまで待ってください!」
「痛み止め、その日その日、だまし、だましやってても、病状は好転したりしない。癌、骨肉腫は日々進行しているんだよ。癌が転移したら、右足切除だけでは済まないんだよ。」
「・・・・・・。分かってる。でも足を切除したら一生、柔道できないんだ。だから悔いが残らないため、俺は今年のインターハイで優勝を・・・・。最後に挑戦したいんだ。せめて今年の夏まで待ってください。その後は入院も手術も約束しますから・・・・・。」
骨肉腫とは骨の腫瘍、癌である。主に膝関節、肩関節に発生する。この癌は他の癌とは違い、成長期、若年層における発症率が非常に高い。この癌にかかる75%は20歳未満の患者である。初期の発見は難しく、最初の方は痛みを筋肉痛などと勘違いして病状が進むケースが多い。病状が進むにつれ、骨が非常に弱くなり、骨折が生じやすくなる。発見が遅れると、足の切除はもちろん、癌であるため、他の器官、主に肺などに転移して、最悪、死亡する可能性もある病気である。
「・・・・・。分かりました。とりあえずMRI、今日も撮ります、その結果次第では、明日から入院してもらいますよ。」
「・・・・・。」
勇気が扉を開けて出ようとしたので、すぐ身を隠した。
脳裏に電撃が走っているように感じた。癌?骨肉腫?二人が話していた内容が、冷静になって理解することができない。そして、しばらくして頭の中を整理して、俺はドンドン勇気に対しての怒りの感情がこみ上げてくる。何故黙っていた?そして、これまで何故俺にこんなことをしてきた?
勇気が痛み止めをもらって、病院から出ようとしているところを俺は、勇気の目の前に姿を現した。
「お前・・・・・、何でここにいるんだよ!」
勇気は凄い怒りをぶつけてきた。しかし、俺はそれ以上に勇気に怒りを感じている。
「全部聞かせてもらった。ふざけんなよ!」
「あ?!ふざけてんのはお前の方だ!何勝手について来て盗み聞してんだよ!お前でも許さねーぞ!」
「許さない・・・・・。それは俺の方だ!」
そう言って、勇気の胸倉をもって壁に押し付けた。
「なんで黙ってた?!いや何で隠してたんだよ!」
俺はものすごい力で押し付けていたが、手が小刻みに揺れている。気が動転していたのだろう。
「・・・・・・・。」
勇気は俺の胸倉を力強くつかみ返す。しかし、俺の言葉に対する返答が無い。
「勇気、勇気が俺にやってきたことは一体どういうことなんだ?俺に柔道をつっききりで教えて強くしてくれたこと、俺に優利に向ける感情を煽ったこと、そして自分を敵視させるようなことをしてきたのは全部このためだったのかよ!」
俺は何も答えてくれない勇気に苛立ちを感じていたが、自然と涙が頬を伝ってきた。
「・・・・・・・。」
勇気は、何も返答してくれなかった。そして、しばらく俺達がその状態のまま固まっているとボソリと言った。
「俺はもう、日本で二番目の柔道家になれないんだよ。そして、もう優利を守っていってやれないんだよ。」
「・・・・・・。何でだよ。別に足が無くなったて、柔道しなくてもいいじゃないか?今すぐ手術受けてくれよ・・・・・。」
俺は涙を流しながら言っていた。
「優利の夢、優利の夢をかなえてあげたいんだ・・・・・・。」
「どういうことだ?」
「俺は自分がこの病気に気付いたのは、お前と出会う前、今年の4月、練習中に足が痛くなったのが原因だ。俺は気になったので近くの病院に行って、症状を言ったら医者は大したことは無いようなことを言っていた。そして念のためにレントゲンをとったら、親御さんを連れて来てこの大学病院に行くように言われたんだ。俺はそのとき、この病気、骨肉腫に気付いた。化学治療、抗がん剤でもしかしたら足を切断するのに至らないかもしれないと、その時点では言われていたのだが、俺にはあまり効果はなかった。そして、足を切断することを勧められたんだ。その時から、俺は柔道を続けることを諦めてしまった。でも、前、公園で言ったよな、優利は俺に日本で二番目、つまり男子で日本一の柔道家になって欲しい、そしてその相手と結婚したいって言ってた。俺はそれを目標に、優利を幸せにしたいって思って、それ一心でずっと柔道をやってたから、それが叶えられる可能性が無くなる。光だけを見てひたむきに柔道をやって歩いてきた道がその宣告から一瞬で暗闇の世界、黒一色の世界になって、もう何をして生きて、これからの人生を歩いていけばいいか、何にも分からなくなったんだ。そんなとき、お前と出会ったんだよ。道場の近くにお前が矢野俊介にイジメられてた工場あっただろ?そのとき、お前を発見したんだよ。そのとき、お前は絶対に勝てない相手に立ち向かっていってた、その時、何か運命を感じた。俺の代わりに、お前が、お前なら優利の夢をかなえてくれるんじゃないか?そう思わせざる得ない感情が俺を支配した。その後、ひどいだろ?ずっとお前の様子を覗いてたんだよ。」
「・・・・・・・。」
俺は勇気のカミングアウトに驚いていた。まさか、あのとき、勇気は最初から俺のことを知っていて、俺を覗いていたのだ。確かに助けられたとき、まるで突然ヒーローが現れたかのように、俺をイジメていた奴らを倒していっていた。あの当時のことを思い出すとそんな虫のいい話は現実にはあり得ない、確かな因果関係があったのだ。そのまま勇気は話を続ける。
「そしてお前はドンドン、イジメてたやつに順応した生き方を選択していった。俺はやっぱり人間はそういうものか?と失望して、そのお前に最初に抱いていた運命を感じさせた感覚が薄らいでいった。しかしある日、突然、お前は変わったんだ、また殴られることを恐れず、立ち向かっていった。俺はそのとき衝撃を受けた、そして、俺が感じていた運命は確かなものに変わる。この男、山本涼介には夢を引き継げるかもしれない。そう思ったんだ。だから俺はあの時までずっと助けなかったのに、俺はお前を助けにいったんだ。」
「で、優利の夢をかなえるため、俺を柔道することを誘ったのか?」
俺はゆっくりと手を離していた。そして下を向いてうつむく。勝手に託された、勇気の身勝手な話である。しかし、それは俺に体の中から熱いものが流れてきたように感じさせる。そんな思い、そんな思いをずっと勇気は持っていたのである。それが俺に、体感的に体温が上昇すると同時に、衝動を起こさせるようなものが体の中に入ってきた。
「そうだ。お前ならこれから優利を守っていって、そして夢も叶えてくれる。そうお前に身勝手に託してたんだ。」
「・・・・・なら、手術を受けてくれよ。」
「それは出来ない。」
「なんでだよ!俺は優利が好きだ!勇気の思いも引き継ぐ、それでいいだろ?命を大事にしてくれよ!」
その熱い思いは、俺の両手の爪を食い込ませるまで拳を強く握り締めさせた。
「俺は、人生の最後にお前と、最高の舞台、インターハイ予選の決勝で闘ってみたいんだ。」
勇気はにっこり俺に笑いかける。
「なんで?」
「自分が認めた男、最高のライバルと闘わずして全てを預けることはできないんだ。」
「・・・・・・。」
俺はそう言ってもらえたことは嬉しかった。勇気は俺を『ライバル』として見てくれていて、柔道人生の最後に俺と闘いたいと言ってくれている。俺も勇気に『ライバル』として見て欲しかったし、俺自身そう思いたい。しかし、そのライバルは癌なのである。そう、闘って欲しい気持ちもある、それ以上にこの斎藤勇気を失いたくないのだ。勇気はずっと、自分に代わる人、優利を守ってくれる人を探していて、俺を選んでくれた。その思いは勇気の身になると痛い程気持ちが伝わってくる。その思いを背負うことも覚悟しようと思うが、そんな一途に俺に賭けてくれる人、斎藤勇気を失うかもしれないことは受け入れられなかった。
「手術受けてくれ!今すぐに。」
「無理だ。俺はお前に勝って、そして最後の望みかもしれない、日本一の柔道家になる。」
俺はまた胸倉をもって壁に押し付けた。
「そんなの関係ない、人生なんて命あってこそじゃないか?!そんな、癌が転移するかもしれない状態でいられて、勇気を失ったらどうなるんだ?!俺や優利はそんなこと認められない、決して!」
勇気は壁に押し付けられて、跳ねのけようと力をこめようとしたが、俺が、涙を流しながら迫っていたのがあるのだろう。ゆっくり俺の両手に優しく手をのせた。
「無理なんだ。この我儘だけは覆すことが出来ない。」
「・・・・・。」
俺が泣き崩れてその場に足を崩すと、勇気はゆっくり病院から出て行こうとした。
「優利には絶対に言うな!言ったら、一生許さねーぞ。」
俺はその言葉を聞きながら、病院を去っていく勇気を目で追っていた。暗闇の中を歩いていく勇気、それはこれからの勇気を示唆しているようで怖かった・・・・。
「おはよ!涼介君!」
昨日の夜から一晩たった、次の日の朝である。俺は優利に登校中、校門前で声をかけられた。俺は優利の顔を見た瞬間、昨日のことがフラッシュバックのように蘇る。しばらく固まってしまっていた。
「?どうしたの?」
「・・・・・いや、なんでもないよ・・・・。」
優利に伝えないとダメなのだろう?!しかし昨日、『優利に言ったら、一生許さねーぞ。』と言われた声が俺の耳に入ってくる。そして勇気の思いも同時に。俺はどうするべきなのか?優利に言ったら、勇気は意地を張ることもやめるのでは無いか?そう思った。しかし勇気には一生恨まれるだろう。そして勇気の思い続けている意思も踏みにじってしまう。そんなことを考えながら今は優利の態度に焦っていた。
「・・・・・・。」
優利は俺をじっと見る。なんだか、感づかれたのか?と一瞬思ってしまう。
「・・・・・昨日、練習してないよね?ちゃんと休んだよね?」
と違った心配をしてくれていた、俺は少しホッとした。
「大丈夫だよ。昨日は練習してない。」
「本当に?!走り込みも筋トレも?」
「うん。」
「ならいいのよ!」
優利は上機嫌そうだ。
「それで、いつから練習参加できるの?」
「今日からでもできるよ。」
「う~ん、二三日安静って言われてるんでしょ?」
「うん、だけど、全然息苦しくないよ。大丈夫。」
「分かった、練習のメニュー、走り込みは省くわね、そして好きなときに休憩していいからね、絶対無理してやらないこと!分かった?」
「ハイ!」
「よろしい!」
喘息なんかで休むわけはいかない、俺はそう感じる。勇気はいつ骨折してもおかしくない足で柔道をし続けている。俺と闘うために・・・・・。そんな勇気の姿を知って、俺が休むことなどできる訳が無いのだ。
「今日は昼休みミーティングするわよ。」
「どうして?」
「合宿よ!合宿!昨日、色々調べてきて、どこがいいか皆で決めるの。そして小野先生に言いにいこうよ!」
そうか、合宿か?!昨日のことで頭いっぱいだったのですっかり忘れていた。
「そうだね、了解!達也の席だね!」
「うん!」
「私、山田君に言いにいくから、先に教室で皆に言っといてもらえるかな?」
「うん分かった。」
そして優利と下駄箱で別れてから、教室まで歩いていき、そのことを皆に言ってまわった。
昼休み
「合宿はここがいいと思うの!他にも候補はぁ~~~。」
とプリントアウトした紙を達也の席に広げる。
「お前、ここなんて県外じゃないか?」
と達也が言った。
「う~ん、移動時間もったいないわよね。」
「いや、そういう問題でもなくて・・・・・。」
それを聞いて、頭をかきながら優利は考えた。
「なかなか無いのよ。畳がある施設って。県外がダメなら、ここは・・・。」
「うん。まぁいいとは思うけど・・・・。」
皆、紙を睨みながら腕組みして考えていた。
「ここなんかいいんやないか?ここ確か、水納祭っていう祭が近くにあるはずやな、それも今週の日曜日、ここちょうどええやんけ!」
と大山田が何にも考えてなさそうに、すっとんきょうに言った。
皆、大山田をじっと見る。
「ちゃんと考えてる?遊びに行くんじゃないのよ。」
と優利が大山田君を叱るように言う。
「分かっとる、分かっとる。でも皆、祭行きたいやんな?」
と優利の厳しい目線からそらして、皆の顔、特に井上に訴えかけるように見た。
「行きたい!」
と井上は喜んで言った。その無邪気な喜び方に皆つられてしまって、賛同してしまっていた。
「おう!俺は異論は無いぞ!」
と達也はハッキリ言いきった。
「僕も行きたいです!」
「決まりやな!」
優利は頭を掻いている。
「まぁまぁ、三枝、息抜きも必要やて、確かに時間はない。でもその分、きっちり練習するから俺にリンゴ飴食わせてくれ!」
「・・・・・・意外にかわいいものが好きなのね・・・・・。」
ドッ
「ハハハ。」
皆笑った。
「とにかくよ、私も別にこの場所に反対してる訳じゃないから、その祭を行くかどうかは置いといて、ここに決定しましょう。」
「おう!ほんなら、小野先生のとこ行くか?」
「うん。職員室いこうか?」
と優利が言って、俺達は職員室に行った。
小野先生を発見し、そして席の周りを囲んだ。小野先生は俺達を発見すると喜んで。
「おう!お前ら、昨日の試合の話で職員室の話題がもちきりだぞ!」
と鼻も高くなっているが、態度もでかくなっている。
俺達は小野先生に達観したような目線をおくる。
「・・・・・。」
小野先生は俺達がしらけた顔をしているのに、焦って
「それで、どうした?合宿の件か?」
「ここにしようと思っているのだけど。」
「里中荘というところか?まぁいいだろう。とにかくな、職員会議で言うな、それまで待ってくれ。」
「は~い。」
伸びた返事をした。
「会議終わったら、格技場に顔出すな。」
「はい。」
俺達は返事をした後、職員室から出て行った。
「俺達、職員室で話題持ち切りみたいやな!」
と大山田が言った。
「そうですね、もしかしたら学園中に広まるかもしれないですね。」
と山田が言った。
「そうなったら、俺達、女子に一目置かれるどころか、人気者になれるんじゃないか?」
と達也が言った。
「そーやなー。おてんばにかまってる暇あらへんな(笑)。」
「ふーんだ、私、おてんばじゃないもん!」
と優利はすねていた。しかし、昨日の試合を思い出していたのか、少し何かを考えているように見えた。
「でも大山田君、女子に人気が出て嬉しそうだけど、ちゃんとしてよね。」
「分かっとるよ。まぁ人気が出るのは、正直ちょっと嬉しいけど、インハイ予選前に気を抜くことなんて、皆せーへん。」
と一人だけ女子の優利を納得させるように皆と顔を合わせながら言った。
「うん。そうだね、ごめん。」
優利もなんだが疑うようなことを言ったことを謝った。
放課後
俺達は格技場で優利指導のもと練習をしていた。俺も走り込みだけは省かれたが必死に練習していた。そんな折、小野先生が格技場の扉を開けた。
ガラガラ
「おーい、職員会議で言ってきたぞ!」
俺達は練習の手をとめて小野先生に注目した。
「それでどうなったんですか?」
と優利が言った。
「オッケーだ!」
「やったぁー!」
皆、声をあげて喜ぶ。
「まぁなんだ、部費はあんまり出てないんだがな・・・・。」
と少し、顔に影ができた。
「施設だから、宿泊費ぐらいはどうにかなるだろう、でも交通費、ご飯代くらいもってくれよ。」
「えー!」
俺達は少しがっかりした。
「まぁしゃーないか、練習試合で勝ったぐらいで、そんなに信頼される訳ない。これから俺達の部の立場をあげていかなな。」
「そうだな。世の中そんなに甘くないか?!小野先生の安い給料にたかるしか手は無いか・・・・・・。」
と達也が言った。
「コラ!先生をおちょくるな!」
「ハハハ。」
「まぁ、引率は今回もするから、まぁな、俺がポケットマネーでちょっとは協力するから、インターハイ予選は頑張ってくれよな!」
「ハイ!」
「集合時間とかちゃんと決めたら先生に言いにきてくれよ!それじゃあな!」
と言って、小野先生は出て行った。
「合宿楽しみだね!」
と井上が言った。そして皆でワイワイやってると優利が言った。
「コラ!楽しみにしてるのは分かるけど、練習再開するわよ!」
「はーい!」
俺達はその後も練習に打ち込んだ。




