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Better Sweet  作者: 坂本 流
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2/6

柔道部結成



 次の日、俺は登校中、昨日の練習のため、体が悲鳴をあげていることに気が付いた。昨日までは堂々と歩幅を大きくして歩いていたが、それを体がさせてくれない。体が痛い。昨日、あんなに受身の練習ばかりしごかれては当たり前か。やはり、普段から運動不足であったことと、慣れない動きをしていたため、ひどい筋肉痛が発生したのだ。それでも俺はなるべく堂々と歩こうとした。もう下を向いて歩くような歩き方はしたくないのだ。

登校中、優利が俺を発見して走って近づいてくる。天真爛漫な彼女を見ていると、本当に幸せな気持ちにさせられる。そして近づくたびに鼓動が早くなってしまう。

「おはよ!涼介君。」

無垢な笑顔を見せてくれた。俺も笑顔を返す。

「おはよう。優利。」

「昨日の練習どうだった?勇気のしごき、やっぱりキツイ?」

「うん、今日、筋肉痛で体が悲鳴あげてるよ・・・・。」

「やっぱり、私も見てあげた方が良かったかしら、勇気の奴、昔っから加減を知らないから・・・・。ほんと困ったものね。」

 昔っから、俺はその言葉に少し引っかかった。優利と勇気はどういう関係なのだろう?仲が良いのは二人のやりとりを見ていると分かるが、昔から道場に通っていた、幼馴染なのだろうか?俺はそんなことが頭によぎり少し不安にさせられた。

「どうしたの?」

「えっ、なんでも無いよ。」

 俺の顔を覗き込む優利のにドキドキすると同時に少し慌てた。

「でも早く投げ技覚えたいよ。早く強くなりたいんだ。」

「ハハハ。涼介君は才能あるから、すぐ教えてもらえるようになるよ。まずは基本しっかりね。」

「も~師範も勇気も、そして優利まで同じこと言う。」

 俺はまたすねた。

「焦らない、焦らない、強くなりたいって気持ちが強いのって、一番の才能なんだと思うよ。その強い気持ちを忘れないでね。日進月歩、大器晩成!」

 笑顔を見せて俺にそう言った。

 

その後、俺は優利と談笑する幸せな時間を過ごしていたが、二人で教室に入った瞬間、また思い出してしまう。達也のことだ。昨日、優利にも、そして勇気にも大丈夫、心配いらないと言われたが、やっぱり不安だ。俺達は元通り仲良くできるのだろうか?俺は達也の姿を目視してみた。達也は達也の席で井上や大山田と一緒になって談笑している。とても楽しそうで、自分だけが置いてきぼりにされた感じがする。達也は俺が見ていることに気が付くと、俺と優利の姿を見て、すぐさま目をそらした。それは俺の胸にトゲが突き刺さったように痛く感じる。優利と離れて自分の席に座ってみた。空を見ると、今にも雨が降り出しそうだった。その空を見ながら、頭を悩ませていた。一体、何が達也をそうさせているのだろうか?本当に達也の気持ちが分からなくて、分かり合えない状態はこのままずっと続くのだろうか。

・・・・・・・・もう一度話しかけてみよう・・・・・・・・・

 昨日、勇気に言われた通り、ぶつからないと始まらない。今まで喧嘩しない程仲が良かった俺達とは違い、喧嘩になってもいいんだ。そう思ってみることにした。正面から達也の気持ちとぶつかることで、達也の気持ちが分かる。そうすることによって、たとえ喧嘩になったとしても、お互いの気持ちが分かり合えることができる。それは絶対に前進していることになるだろう。そう考え、俺は達也にまた話しかけに行く決意をした。


 昼休み、俺は達也の周りに井上や大山田が集まってくる前に達也の席に直行した。達也は昨日と同様、近づく俺を嫌なものを見る目で見る。

「なんだよ!?」

 達也は小さい声で剣幕を見せた。

 俺はそれに少し圧倒されたが、平常心を保つことに努めて言う。

「俺は、達也とまた仲良くなりたい、それだけなんだ。何を不満に思っているか?言ってくれ!」

 俺は達也の剣幕に負けないように、強く大きな声をあげた。達也も少し驚いたような顔になったが、すぐ元の態度に戻って

「そんなことも分からないのか?!お前ならなんでも分かり合える奴だと思っていたが、俺の見当違いだったんだな。」

「ごめん、達也の思いが分からないんだ。達也の思ってることを真っ直ぐに言って欲しい、このままじゃ俺は嫌なんだ。たとえ、これからもずっとこの状態が続いても、達也の思いだけでも知って、受け止めたいんだ。」

 達也はフッと鼻で少し笑った。

「俺の思いが分からないか?俺はお前の行動が信じられないし、信用できなくなったんだよ。あのとき、何故お前はそこの女と一緒について行った?!」

 そう言うと、教卓の後ろに隠れて俺達の様子を覗いている優利を指差した。優利は罰悪そうに立ち上がって、姿をさらして隠れることをやめた。そして真剣に俺達のやりとりを見ている。

「何故って?」

 俺は少し考えさせられた。あの時の自分が何を考えていたかは言葉に表すことは難しかった。あの時の気持ちは頭ではなく、体感的に得たものだからだ。しかし、あの時、体中に廻ったもの『強くなりたい』というもの自体は簡単なものであったのであろう。だからそれを言葉にしようとした。

「俺は、強くなりたい、変わりたいと心から思ったんだ、それが俺が柔道を始めようと思ったきっかけなんだ。」

「変わりたい?強くなりたい?ふざけんな!そんな暴力で相手をひれ伏せさせたこの女達はお前をイジメてた奴等とどう違うんだ?お前も暴力で相手をひれ伏せさせるような最低の人間の仲間入りをしたいって言うんだな!」

「優利は最低の人間じゃない!」

 俺はそのときは自分の頭でなく感情で言葉を発した。それだけは聞き捨てならない一言だったのだ。

「何が違うんだ、言ってみろよ!」

「お前こそ優利の何を知ってるんだ?!」

「行動だけ見れば同じじゃないか?最低の人間だよ!」

「この野郎!」

 俺は達也の胸倉をつかんだ。そしたら達也は俺の右の手首を強く握って、こう言った。

「お前、柔道始めたんだろ?強くなってんだろうな?」

「おう!」

「屋上に来いよ!」

 このときは冷静に物事を考えられなかった。俺は実際、この時点では昨日、勇気と受身の練習をしただけだった。何も柔道の技など自分一人ではかけることはできない。しかし、優利のことを最低の人間だと決めつけられ、言われたことに、ただ、感情的に反応し、自分がまだ強くなってないことなど冷静に分からなかったのだ。


 俺達は誰もいない屋上で二人、相対して睨みあっていた。

「俺が勝ったら、二度と俺にもう話しかけるな。最低の人間達とこれ以上付き合いたくないからな。」

 達也は俺を睨みつけながら言った。それを受け俺は言った。

「分かった。でも俺が勝ったら優利に謝れ!優利を最低の人間と言ったことは許せない。」

 俺達に、もう5月だというのに冷たい風が頬を当たっていく気がした。今にも降り出しそうな曇天模様の天気がそうさせているのだろうか。

「それじゃあいくぜ!」

 達也がそう言った瞬間、俺は達也に飛び掛かった。先手必勝そう思ったのだろうか?俺は怒りのまま、達也に殴りかかった。今から思うと、親友と思っていた奴を殴ろうとした俺はどうかしていたのだろうか?それほどまでに、怒りを感じていたのだ。

 しかし、達也は俺の振り上げた右手の拳を掴んだ。そのため、俺は達也に殴られるチャンスを与えてしまった。しかし、達也は殴ろうとせず、俺の左手の手の平を掴んだ。お互い手が出せない膠着状態になった。達也が俺を殴らなかったのは、お互い喧嘩は素人だから起こったことなのだろうか?それは分からないが、この膠着状態は続き、後はどちらが腕の力が強いか?それがこの勝負の軍配を左右する状態になったのだ。俺と達也は顔を真っ赤にして力比べをしている。俺は負けられないと強く思った。しかし、達也も一歩も譲らない。しかし、この膠着状態はずっと続くと思われたが、達也の方が力は強かったのだろう。達也は俺を徐々に押していき、ついに押し負けて、後ろに倒れ込んでしまった。

 達也は俺が立ち上がろうとする前に、俺の腹に馬乗りになり、拳を振り上げた。俺はそのとき負けを確信した。思わず目を閉じてしまった。

・・・・・・・

しかしゆっくり目を開けると、達也は顔を真っ赤にして拳を挙げたまま、動かない。俺はそれを不思議に思わずにいられなかった。

「どうして・・・・どうして、殴らないんだ?」

 達也は真っ赤にした顔がどんどん色気が無くなっていき、言った。

「お前を、お前を殴れる訳ないじゃないか?」

 そう言ったときの達也の顔は、もう俺に向けていた敵外心は一切ないことを物語っている。

「どうして?!俺のこともう最低の人間だと思ってるんだろ?もう友達でもなんでもないんだろ?」

「そんな訳ある訳ないだろ!」

 達也は強く言い放った。

「お前を、お前を守るのは俺なんだ。今までだって、俺がお前を守ってきたのは俺なんだよ。なんでだよ、なんでアイツらのとこに行くんだよ・・・・・。」

 達也は、やるせなくて、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 俺は初めて達也の今まで溜め込んでいた思いが分かって、俺も泣き出しそうになった。

・・・・・達也、ごめんな・・・・・・

「達也、ごめんな。」

「謝んなよ・・・・・。」

 達也は必死に涙をこらえて、唇を噛みしめている。俺の顔も達也の目から見たら、同じ顔になっていたのだろうか?

 少し、瞳からこぼれ出た涙を達也は拭いて、達也は立ち上がりながら手を差し出した。俺はその手を強く握り締め、その手に体重を預けながら立ち上がる。そして向かい合った。

「俺の方こそ、ごめんな。お前が自分で決めた道を、そしてお前自身まで否定してしまっていた。本当はお前が新たに選んだ道を歓迎しなければならないのにな。」

「・・・・俺はいつも達也に心配ばかりかけていたかも知れない。でも、これからも心配かけるかもしれないけど、今までどおり仲良くしてくれる?」

「当たり前だろ。これからもよろしくな。」

 俺達は手を握ったまま、強く握手した。二人とも満面の笑みに変わっていた。今にも雨が降り出しそうだった空も、今では雲の隙間から日差しが差し込んでいる。そのオレンジ色の光が俺達を包んだ。俺達は手を放すと、達也は少し考え事を始めたようだった。

「心配と言えば、お前、柔道始めたのに、一つも強くなって無いじゃないか?心配だな・・・・。」

 そう達也が言うと、屋上のドアから少し、ドンと鈍い音が聞こえた。ドアの内側が慌ただしく感じる。誰かいるのだろうか?あまり気にしないことにして、俺は達也に正直に話した。

「それは・・・・・。正直、俺、まだ受身の練習しかしてないんだ。」

「やっぱりそんなことだろうと思ったよ。俺がいてないと、お前はまた無茶しかねないんだからな。俺もお前と一緒に柔道始めるよ。・・・・・実はお前と一緒の土俵に上がりたいって、前から思ってたんだ。」

 そう言った達也は少し照れくさそうにした。

「そっか!俺も心から嬉しいよ。一緒にやろうよ!」

「おう!そういうことだからな、そこで出歯亀してる、三枝さん!」

 達也がそう言うと、俺は少し慌てた。優利に見られていた・・・・・。しかし、今度ばかりは優利に恥ずかしさと同時に、盗み聞きされていた苛立ちを感じた。

 沈黙が屋上に広まった。俺達は二人とも呆れ果てている。

 何やら、かすかに階段をソロリソロリと降りている音が聞こえる。そしてその後、ワザとらしく足早に駆け上ってきて、ドアがバーンと開いた。

  ガッタン!

 そして汗を拭くふりをして、こう言った。

「よかったぁ~あの後、喧嘩になるかと思って心配して見に来たんだけど、どうやら仲直りしたようね!」

 俺達は呆れ果てている。バレバレだ。

「そのうえ、瀬川君も柔道を始めてくれるのね!うれしいわ。」

「・・・・・・・・・・」

 俺と達也は白い目で見る。

「何で知ってるの、優利?」

「えっ!?」

 しまったと、感情を表に出しすぎて、失言してしまったと慌てふためく。

「も~いいよ!そーいうことだから、よろしくな。三枝。」

 優利は慌てふためいていたが、達也がそう言ったとたん。顔を真面目に戻した。

「うん。よろしくね、瀬川君!・・・・・・でも、でも、本当に良かったぁ~二人が仲直りしてくれて。凄く嬉しい。」

 そう言うと優利は少し涙ぐむ。こんな、しょーもないことをするが、彼女は本当に俺達の仲のことを心配していてくれていたんだなと、優利のまっすぐな気持ちが嬉しく思える。

「ハハハ、俺も本当に良かったし、嬉しいよ!」

 三人に喜びの気持ちが蔓延する。三人が笑顔になった後、優利は突然、両手を叩いて音を鳴らした。

  パン

「こうやって柔道する人がうちの学校でも増えているんだから、うちの学校にも柔道部作らない?」

 突然、意に介さなかったことを言った。そんなこと考えたことが無い。

「何??突然?!柔道部?」

「そう、うちの男子生徒が柔道部にドンドン入っていってくれたら、柔道部設立も夢じゃない、というか、現実よ、決定よ、実現よ!」

 俺達は呆気にとられて、しばらく何も話せない。それをいいことに続けざまに優利は話を続ける。

「もちろん、コーチ兼マネージャは私がするの!部員は5人以上は必要ね。」

「ちょっと待った!!」

俺達は口を揃えて言った。

「そんなこと、実現できないと思うよ。」

「そーだぞ、三枝、ただでさえ男子生徒少ないのに、そのうえ、柔道、格闘技なんて始めようと思う奴、その中で何人いると思うんだよ?うちの学校にそんな血気盛んな奴いねーよ。」

 優利はそれを聞くと、にっこり笑って、首を傾けた。そして言った。

「現にこうやって柔道始めてくれる人が二人もいるじゃない?二人とも柔道をやり始めるなんて、前は考えたこともなかったんじゃない?でも、こうやって集まってきてくれた。人は変わっていくのよ。自分を勝手に見限ったり、自分の価値をそこで決めて前に進まなかったりして、踏み出せない人も、ちょっとしたことがきっかけで自分の進むべき道を進むようになる。そのきっかけ、私達が背中を押してあげるだけで、その人の運命は大きく変わるの。」

・・・・・・・

 確かにそうかも知れない、俺自身、柔道を始めたことは前の自分の立場で考えると予想すらできないことである。しかし、現に俺は優利に言われたとおり、柔道を始めている。人の運命は自分相応の与えられた道を進んでいくのではなく、予想すらできないことをきっかけによって自分自身、勇気をもって踏み出していくことで変わるのかもしれない。

 だから優利が言った通り、無謀なんてことはこの世の中には存在しないのだ。俺は優利の挑戦に賛同しようと思うようになった。きっと達也もこの言葉を聞いて気が変わったことだろう。

「・・・・・まぁ、やってみないうちから、勝手に無理とか無謀とか決めつけんのは、早すぎるかもな、できるだけ俺も勧誘活動してみるよ。」

 達也はそう言った。どうやら優利に賛同しているようだ。

「ね!頑張りましょ!私は無謀なんて微塵たりとも思ってないんだから、今日は私が先生に話をしてくるわ。具体的に部を作るには何人必要とか、詳しいこと聞いてくるからね。」

 とても笑顔を見せて俺達に言う。

「俺も付き添うよ。」

「ああ、俺も行くよ。」

「ありがとう。一緒に放課後、職員室に行きましょ。でも部を設立したとしても、5人は必要よ。団体戦の人数が5人だからね。明日から勧誘活動頑張りましょう!」

 俺達は三人の満場一致で柔道部設立を目指すことにした。


 放課後、部の設立に対して担当している生活指導の小野先生に話を聞きにいくため、俺達は職員室に入った。

 俺達は小野先生の椅子の周りに横に並んだ。

「あの・・・・・。」

 小野先生は俺達、三人を見て驚いた様子だった。

「おう!どうした?珍しい組み合わせだな。」

 それを聞くと、優利は小野先生を食い入るようにして、身をのりだしながら言った。

「私達、部を作りたいんです!柔道部です!」

「はい?!」

 先生も突然のことなので、目を白黒させている。

「三枝、落ち着け。この学校で部を設立するのって、どうゆう条件なのですか?」

 と、達也が冷静に聞いてみる。

「え~となぁ~。」

 小野先生は頭を掻くと、少し考えて話した。

「あのな、最低5人以上は必要だ。それで部の顧問も当然いるよな、柔道なんて監督者がいないと危ないしな。それより、何がきっかけで、この面子でそんな話になっているんだ?」

 そう言うと、俺達は同じ道場に通おうとしていることや、優利が柔道の有段者でコーチングできることを話した。黙って聞いていた小野先生はそれを聞くと俺達に話した。

「そうか、そういうことか、三枝が柔道のコーチをするんだな。じゃあ、本格的な指導は任せられるということか・・・・・。でも、それでも顧問の先生はつけてもらうし、まず5人集めてくれよ、そーしないと、部の設立すらできないからな。でも、俺も部の設立は歓迎するぜ、なんせ共学化されてから、うちの学校は男子が何か部活動に参加していることはまだ無いからな。文武両道、まさにいいことだ。」

 小野先生はうんうんとうなずく。

「とりあえず、これが部の設立の嘆願書だ。まずはこれに5人以上、名前を書いてきてくれ。そして創部の理由と目的な。顧問は・・・・・。まぁ、まず俺に部員のところに書けることができたら持ってきてくれよ。」

 小野先生は何か、考えたふうに見えた。俺は少し小野先生のその素振りが引っかかったが俺達は職員室を後にした。

 とりあえず、目標は5人である。俺達は優利を含めて3人もいる、そんなに不可能なことでは無いかもしれない。うちの学校の男子生徒はのべ30人程度だが、その中に柔道に興味を抱く、6バーセントの人がいれば可能なのだ。そんなことを考えていたら、優利が俺達に、元気よく言った。

「さぁ!あと三人頑張って勧誘しましょう!きっとできるよ!」

 と言って、拳を握り締めて上に突き上げた。俺達はそれにしぶしぶつられて拳を突き上げる。

「お~~~~う~~~~。」

 達也は本当にこの女は・・・・と呆れているようだった。俺もなんか恥ずかしかった。

「部の勧誘活動は明日からにして、今日、道場来る?二人とも?」

と優利は言った。

それを聞くと、達也は言った。

「今日はもともと道場に行く気は無かったから、大山田と井上と遊ぶ約束してるんだ。悪い。」

 大山田、井上、あいつらとも仲直りしなければ・・・・。井上とは仲直りすることはそんなに難しいとは思えない。気が弱いやつだし、優しすぎるやつだ。達也や大山田は、俺を意図して避けていたが、井上は二人を見て、調子を無理矢理合わせていただけの印象はある。実際、何度か俺に挨拶をしようとしていたが、大山田や達也に呼ばれて、それによって挙げていた手を恐る恐る落としていた。そのことは少なくとも俺と仲良くしたいと思っていると考えられるが、大山田・・・・・あいつは一体何を考えているか分からない。アイツは俺らとは異質な存在なのかもしれない、趣味や興味を抱くものは確かに似ていて、話も合うし面白いが、奴は四谷坂学園の男子と思われる印象があまり見られない。見た目も体ががっちりしているので強そうだし、一見、体育会系の高校生のように見える。だが、あいつはそういう経歴を一切話そうとしない、もしかしたら、何か俺達に隠している過去があるのかもしれない、大山田から放つ哀愁漂せる目はそれを物語っているように思えた。

「そういうことだから、俺もう行くな、大山田と井上待たせているだろうし。」

 と言って達也は去って行った。その後ろ姿を呆然と見ていると、優利はパンと手を叩いて俺に言った。

「はい、切り替えて、切り替えて。今日も頑張って道場行って練習するわよ!」

「うん!」

 俺は、優利の言葉に元気をもらった。体は筋肉痛だらけだが今日も頑張れそうだ。




「違う!それじゃぁ、衝撃をうまく軽減できない!」

 勇気のどなり声が響く。まるで鬼コーチだ。そんな俺達の様子を見て、優利が駆け寄ってきた。

「そんなにスパルタしない!これじゃあ練習嫌がるようになるよ!」

 それを聞いて、勇気はムッとして、

「受身ってのはな、練習自体、相手を投げられる後のことを想定してるから、消極的な練習に見えるかもしれないがな、自分の身を守るためには大事な練習なんだよ。投げられずして、柔道が強くなれるか?!」

「・・・・・・・」

 俺は黙りこんだ。こんなに、あまり楽しくない受身の練習ばかりして、怒鳴られながらするのは気分が良くない。

 だから、俺の気持ちを代弁してくれているように思える優利を勇気にばれないように応援していた。

「勇気の言い分は分かるよ。受身が重要。それは私も賛成、でもちょっとキツすぎるじゃない、もっと優しく教えなよ。」

「じゃあ、お前ならどう教えるんだよ?」

 勇気はムッとした顔で言い返す。

「私ならなんでも一個ずつ完璧に片づけてから教えていくんじゃなくて、万遍なく色々なことを教えていくよ。それにできなくても絶対に怒らない!」

「そんな楽しみながら柔道教えてたら、いつになったら、コイツは強くなれるんだ?時間がな・・・・・。」

 そう言いかけて、勇気は言葉を詰まらせた。

「時間が・・・・?」

 勇気は感情的になっていた表情がその言葉を途中で飲み込んだ後、少し我に返ったようになっていた。しかしすぐに眉間に皺をよせて、

「もういい!涼介、練習再開だ。」

 そう言って、俺に受身のスパルタな練習を再開し始めた。これでは柔道を始めても強くなった気がしない。俺は正直、鬱憤がたまっていた。投げてみたい、一刻も早く実践的な練習を始めたかったのだ。俺は段々、勇気に教えてもらうことが嫌になり始めていた。


「お疲れ様です。」

 どのくらいの時間を勇気との練習をしていたのだろう。とても長く感じてほんの数時間だと感じることが出来なかった。

「おう。」

 師範は道場を閉めるため、道場の畳を拭きながら門下生の皆に答えていた。

 そして数分後、師範は俺達の周りにやってきた。

「今日も最後まで残ったのはお前らか?掃除手伝ってもらうぞ。」

 そう言って。辺りを見渡すと、道場には勇気と俺と、そして優利は俺達の練習が終わるのを待っていたのだろう、優利とそれ以外の人はいなかった。

「チッ、ここまでか!?涼介、今日はこれまでにするぞ。」

 それを聞いて俺は少し胸をなで下ろした。

 やっと終わった・・・・。俺をホっとさせるほどキツイ練習だったのだ。明日からもこんな練習が続くのだろうか?俺はそのことが不安にさせ、不満に思った。

畳を拭いている勇気と俺の近くに、優利は雑巾を拭きながら、四つん這いの状態で走りながらやってきた。

「ねぇ、ねぇ、勇気。私達、柔道部つくることにしたんだよ!」

 優利が話しかけてきた。優利は自分の練習で汗びっしょりになっている。優利の汗の匂いが漂って、それを感知することができる。俺はなんとなく幸せな気持ちになった。しかしすぐに我に返った。変態じゃないか、これじゃあ?!(笑)。それはともかく、練習を本気にとりくんでいることは分かる。そんなひたむきに柔道にかけている優利も凄く可憐に思える。

「・・・・・そうか!やっと柔道部作るんだな。前から言ってたもんな。格技場あるのに柔道部が無いって。」

「うん、そうなのよ。女子柔道部、数年前に廃部になっちゃって、でも今回はうちの男子生徒集めて男子だけの柔道部作ろうと思うのよ!」

「男子柔道部か!そんな気してたよ、一緒に涼介をうちの道場に誘った時から。お前が涼介とその環境があって動かない訳が無いからな。でも、部作るのって大変だろ?お前の学校、男子生徒少ないし。」

「何言ってんの?!そんなこと何も問題ないわ。絶対部員集めてみせるんだから!」

 その話を近くで聞いていた師範が俺達に言った。

「こら!ちゃんと掃除せえ!」

「はい!」

 三人とも口を揃えて言った。

「でも、なんか、お金が儲かりそうな話しとるやんけ、何々、優利の学校で柔道部を作って、うちの道場に入ってもらうんか、それは良い考えやな!」

「・・・・・・・何言ってるの?師範・・・・・。」

 俺達は師範を白い目で見た。師範は少し焦って

「あかん!?思わず本音が出てもーた。でも、ええこっちゃ、作りーや、柔道部、ほんなら、勇気にも刺激になるよってな。」

「ふん、そんな創部、間もない学校に俺の学校が相手になるかよ!蹴散らしてやるぜ!」

 自信気に勇気は言い切った。

「その慢心があかんのや、いくらインターハイ出場しても、柔道は相手を絶対あなどったらあかん、その心の緩みが勝敗を決することもあるんやで、それに涼介君が相手なるんやで!インターハイ期待してるで涼介君、天狗になっとる勇気の鼻をへし折ったれ!」

ハハハ

 師範と優利は笑った。俺はこんな大それたことを言われたので対応に困り、戸惑っていた。

「言うても、まだまだ早いか、来年の話やな・・・・・。」

気のせいだろうか?それを聞いていた勇気はどこか視線を落とし、一瞬、物悲しそうな顔をした気がした。

 優利は師範の言葉を聞いて、元気よく言った。

「でも、今年もインターハイの予選は出場するわよ!記念参加なんて気なんて毛頭ないんだから。」

「おう!お前らの学校と当たること楽しみにしてるぜ。」

 勇気は口をイの形にして笑っていた。俺は二人のやりとりを見て戸惑っていた。

「イ、インターハイ!?」

「そうだ!学校と、そして自分自身の誇りをかけて闘う、高校生の晴れ舞台だ。出場したら一躍、学校の人気者になれるぜ、お前の学校、女子多いんだろ?!群がってくるぜ!そしたら、こんな怪力女なんて相手してる暇ないぜ(笑)。」

「ちょっと、それどーゆう意味!?涼介君はアンタとは違うのよ!」

  ハハハ

 三人で笑った。

「でも!覚悟しなさい、勇気!私のコーチングは完璧なんだから、今年もあんたの学校も足元すくわれないとは限らないわよ。せいぜい用心することね!」

「はいはい!」

 勇気は頭をポリポリしながら答える。

「あ、あのさ、でも、まず部を作らなきゃ!そんな大それた話より、まず人数集めしなきゃ、部すら作れないよ。」

 それを聞くと、笑顔で談笑していた優利も表情を変えて答えた。

「そうだね、明日から涼介君、頑張ろうね!絶対集めてみせるんだから!」

「うん。」

 俺達はその後、掃除を終えてから道場を後にした。




「おはよ!涼介君!」

 教室のドアを開けて入ろうとしたら、優利が俺の肩にタッチして声をかけてきた。

「おはよう!優利。」

 そしてその後、スキップをしながら先に教室に入っていた達也の席に行った。

「瀬川君!おはよう!」

 達也は面倒くさそうな目で優利を見た。

「・・・・・おはよう。」

 どうやら、達也は少し優利が苦手みたいだ。

 俺は教室のドアの前でボーと突っ立っていた。それを見て優利は

「何、ボーとしてるの、涼介君、早くこっち来て!ミーティング、ミーティング!」

 手招きするように、優利は俺に呼びかける。

「うん。」

 俺は足早に二人のもとに向かった。その途中、俺達は視線を感じた。大山田と井上だ。何やら大山田が話している声が聞こえた。

(・・・・・なんやあいつら仲直りしたんか?)

 俺は、凄く気になったが、二人のことを顧みず、向かった。

「さぁ、さっそく始めましょう!」

「・・・・・。」

 達也は黙ったままである。

「さぁ皆、忌憚なき意見を言ってちょうだい。」

 どうやら、こういうことをするのが優利は好きなようである。それを聞いて、達也は呆れたように言った。

「そんな前置きはいいから、とりあえず人数集めだろ?どうやって人数を集めるか、だろ?」

「そうそう!どうしましょ・・・・・・。とりあえず、涼介君と瀬川君の友達、大山田君と井上君、部に入ってくれないかしら?」

 当然、入ってくれるような感じで優利は言う。それを聞くと俺達は頭を悩ませた。そして達也は言った。

「大山田と俺は、すごい涼介と三枝、お前たちを避けていたからな・・・・。多分、お前達のことを快く思っていない。それに、井上・・・・あいつが柔道なんてやる人間の人種に見えるか?」

 達也は本当に忌憚なき意見を言った。しかし、俺もそう思った。井上はともかく、大山田とのわだかまりは解けていない。それを聞くと、優利は真顔になった。

「・・・・・・そっか、それは問題ね。でも、凄く大山田君、柔道の素質持ってると思うんだけどな。体格もがっちりしてるし、絶対向いていると思う。何か、本格的にスポーツやっていたのかしら?是非うちの部員になって欲しいわ。」

「そうだな、それは俺も思う。ただ、お前ら本当に避けられてるぞ、俺はちゃんと理由があって、あえて避けていたが、大山田は分からない。単に、お前らみたいな奴等が嫌いなのかもしれないな・・・・。」

「う~ん。」

 俺は頭を抱え込んだ。これを聞くと優利は

「きっと、大山田君も、何か理由があるんだよ。何の理由もなく人を避けたり嫌いになったりしない。それは大山田君と友達である二人が良く分かってるんじゃないの?」

「そうだな・・・・・。とりあえず二人に話してみるよ。でもあんまり期待しないでくれよ。」

 と達也は言った。


  昼休み

 達也は弁当を持って大山田の席に向かっている。達也は大山田に言った。

「おーい、大山田、ちょっと付き合ってくれるか?話があるんだ。」

「おう。なんや?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 達也は大山田の前の席の椅子を反対にして、向かい合わせにして一緒に弁当を食べながら話し合っていた。


  放課後

 俺達は達也の席に集まって、またミーティングなるものを始めた。どうやら、達也の席がミーティングする場所になってしまったようである。

「達也、それで、どうだったんだ?」

「・・入る気無いってさ!」

「やっぱり・・・・・。」

 俺は肩を落とした。しかし優利を見てみると、そこにはがっかりした気持ちは表れていなかった。

「どうして?なんて言われたの?」

 と優利はまっすぐに達也に聞いた。

「・・・う~ん、理由は俺と一緒なのかな?涼介や三枝と関わりたくないみたいだ。しかし俺はその理由はハッキリとしていた。だけど、大山田は何故なのか?その理由が分からない。聞いてみたんだけど、ああいう人種は苦手だとか、格闘技やる気なんて無いとか、そんなことばっかり言ってるんだよ。それが何でなのか?と聞けば、即座に口を閉ざす、なかなか難しいな・・・・・。」

「大山田君、絶対、柔道向いてると思うんだけどな。絶対強いよ、彼。あんな体格してるし、喧嘩しても、そんじゃそこらの柔道家でも手こずるぐらいの強さは彼には感じるのよね・・・・・。」

「実は二人に黙ってたんだけど、あの俺が涼介を助けに行った前の日、実は大山田と井上と俺と三人で山中達に涼介が何されているのか?心配して見に行ったんだよ。」

「えっ!」

 俺は思わず、声のトーンが上がった。優利も驚いているようだった。

「それで井上は終始ビクビクして、怖がっていて、助けたい気持ちがあっても、恐怖で助けられないって様子だったけど、実は俺もそんな感じだったんだけど、大山田は違った。あの俊介を見ても何一つ物怖じしない様子だった・・・・。起こっていることを淡々とそんな様子で見てたんだよ。もしかしたら薄情な奴かもしれないと俺はそのとき思ってたんだ。」

「・・・・・・・。」

「・・・でも来てくれたんだよね?大山田君。絶対、そんな人じゃないよ、きっと何か理由があるんだよ。でも、これは一筋縄でいきそうにないわね。」

「・・・・・・・・。」

 沈黙が三人の中で広まった。

  パン

 その中で、また優利が両手を合わせて叩いた。

「大山田君は絶対入ってもらうけど、その前に今日はやることがあるわ!」

 そう言うと優利は何やら鞄から紙の束を取り出して、達也の机の上に置いた。

「はい!?」

 俺達は目を白黒させている。

「なんだこれ?!チラシじゃねーか!」

 その紙の束は全部、柔道部勧誘のチラシだった。一体いつの間に用意していたのだろう?呆れた。でも、優利の行動力にはいつも良くも驚かされてばかりだ。そのチラシには『柔道部!部員募集中!君の高校の青春を柔道でかけてみませんか?』と大きく書かれている。そして柔道着を着た男の子が拙い絵で描かれていた。

「いつの間に用意したんだよ!これ!」

 俺達は口を揃えて言う。

「昨日の晩にパソコンで大量にデザインして刷って置いたわ、昨日あんまり寝てないんだから~~~~。」

 欠伸をする動作をして言った。

 達也は呆れて

「こういうことこそ、ミーティングで決めるんじゃねーのかよ!本当に!それでこれどーすんだよ。」

「もちろん配るわ!今日からね!」

「ったく・・・・。それにしても、絵、拙なすぎんだろ?」

「俺もそう思う。」

「だって、私、勉強と体育はできるけど、美術だけはからっきしなんだもん。それでも、一生懸命描いたのよ。」

「・・・・・・。」

「ともかく、配るわよ!もう放課後なんだから時間が無いの!早く校門まで行くわよ。」

「えー!あんな目立つところでするのかよ!?俺は嫌だね。」

「俺も・・・・ちょっと恥ずかしい。」

「わがまま言わない。早く早く。」

 達也はしぶしぶ優利に動かされた。達也は優利のことが苦手なようだったが、なんでも先陣を切って、引っ張っていく優利にどんどん順応していっているような気がした。皆、優利に関われば最初は嫌々でも、どんどん彼女の天真爛漫で元気な性格に惹かれていき、知らぬ間に自分たちが彼女によって突き動かされてしまう。そんな魅力を優利は持っているのだ。

 俺達は校門前まで行き、そして分厚い紙束を三等分にされて、持たされた。

「さあ配るわよ、男子は当然だけど、女子にも勿論配ること、そして男子を見つけたら、ロックオンして!すぐに帰したらダメなんだから。」

「・・・・・・おう。」

 そして俺達は渡された紙束を配ることになった。俺と達也はこういうことにあまり慣れていないのだろう、声を出すことなかなかできず、配ることに躊躇いを感じていた。しかし優利は声を大きくあげながら、果敢に生徒の通行人に配りにいっている。そんな優利に皆、注目せざるえなかった。

「柔道部を創部することになりました!ご協力お願いしまーす!」

「私達、柔道部員を募集しています!よろしくお願いしまーす!」

 そんな姿を見たら、何もせず、ボーと突っ立っていられる訳が無い。俺と達也は顔を見合わせ、そして勇気を出して配ろうと決意した。

「柔道部です。よろしくお願いします。」

「ただいま、部員大募集中です。男子生徒は是非、うちの部に入りませんか?」

 俺達は緊張した心を抑えて、声を出して積極的に女子生徒に配り始めた。女子生徒達は男子がこの学校の女子に声をかけることが異常なことのように思ったのだろう?そんなことが顔に出ている女子もいた。しかし、それ以上に、男子がこういうふうに積極的に何かに取り組む姿がこの学校ではすごい稀で不思議に思われたのだろう?正直、結構、注目が想像以上に集まり、驚かれていた。そんな中、第一人目の男子生徒が現れた。彼は俺達の姿を発見すると、女子以上に驚かれた。俺達は三人ともその男子生徒の前まで行き、取り囲むように並んだ。

「君、柔道やらない?」

 優利がまず、その男子生徒に話しかけた。その男子生徒は体が小さくて、俺達二年が知らないので、おそらく一年であろう。坊主頭をしていて、優しそうだが気の弱そうな顔をしている。それなので、俺達の対応に困っていたようだ。

「・・・・え!・・・・・・。」

「俺達、柔道部作ることにしたんだ。それも男子柔道部、どうだ?入ってみないか?」

 と達也が言った。

「部活入ってないよね?何かスポーツをしたいなら絶対やった方がいいよ!強くなれると思うよ!」

 と俺が続けざまに言う。

「・・・・・あ、あの・・・・。」

「うん?」

 俺達はその男子生徒の顔を覗き込んだ。

「い、いい、ですー!!」

 そう言って足早に駆けて行った。

「・・・・・・・。」

 三人とも、その男子生徒の駆けていく姿を見ながら、しばらくボーとしていた。

「・・・・何がいけなかったんだろう?」

 俺は二人にポツリと言った。それを聞くと達也は

「いきなりこんなこと言われても、大抵の人間の反応はこんなもんじゃねーの?」

 俺達はそんなことを話していると優利が俺達二人に檄を入れるように言った。

「はいはい、切り替えて、切り替えて、一人目からうまくいくなんて、私、思っていないんだから!」

 そう、俺達を励ますように言ったが、なんかちょっと予想とは違った、というショックがあるようで、少し焦っていたのか、ちょっと早口だった。

俺達は優利の言う通り、すぐ切り替えてチラシ配りを再開した。

「柔道部です!よろしくお願いします!~~~~~~。」

 

刻一刻と時間は経っており、鋭角の夕日の光線が俺達に差し込んできた。俺達は、女子にも、もちろん声をかけていたが、貴重な男子生徒は会うたびに試行錯誤して作戦を変えては、違ったアプローチをしてみたが、全部上手くいかず、チラシを手渡すのが精いっぱいだった。

「はぁ=3」

 俺達は溜め息をついた。

「なかなか上手くいかないものね。」

 いつも強気の優利も少し弱音を吐いた。そんな姿を見て、俺は言った。

「まだ初日なんだから、こんなもんだよ。これから頑張っていこ!」

「・・・・・・・。」

「そうだぞ三枝、そんなすぐに上手くいく訳ないだろ?それにチラシを持っていった奴ら、家帰ったらやる気になる奴だっているかもしれないだろ?」

 と達也が言うと、うつむき加減だった優利は顔を上げて

「そうだね!そんな、なんでもすぐ上手くいく訳ないもんね!明日からも頑張ろう!エイエイオー!」

 と言って、拳を空に突き上げた。

「・・・・・・。」

「何してるの?二人とも、ハイ、エイエイオー!」

「えいえいお~。」

「もー、元気が足りないよ!」

「いや、そういう問題じゃなくて、恥ずかしいよ!」

「えっ!恥ずかしいの?!」

「ったく、なんでお前はこんなこと、人前でできるんだよ。」

「だって、何も恥ずかしくなんて無いもん。」

 口を尖らせて少しすねた。

「ハハハ!」

「何笑ってるの?でも明日も頑張ろうね!」

 俺達は顔を見合わせて、明日も頑張ることをお互いの気持ちを確認し合った。


 そんなとき、鋭角に差し込んでいた夕日の光線から作られた、長い、そして少し太っている、影が俺達にかかった。その影を見たとき、少し俺はドキンとした。もちろん、その対象が誰なのか、ハッキリした根拠があった訳じゃない、しかし、何故か感じてしまっていた。俺はおそるおそるその影の主を目視してみた。

・・・・・・大山田である。大山田は、堂々とした足運びで歩き、その大きな体を前に進めていてこっちに近づいてきている。しかし、俺達三人が同時に大山田に視線を集中しているのに関わらず、大山田の態度は変わらず、堂々と歩いていき、俺達の前を素通りしようとしていた。俺は何故か固唾をのんでしまった。そんな時、達也が俺達に言った。

「二人とも動くなよ。俺が声をかけてくる。」

 そう言うと、通り過ぎようとしている大山田を達也は引き止めた。

「大山田、ちょっと待ってくれ。」

「おう。何や?」

「これなんだが、もう一回考えてくれないか?」

 と言って、大山田にチラシを見せた。大山田は顔を渋い表情に変えた。

「昼休みに断ったやろ?!柔道部なんて入る気無いって。」

「それなんだが、三枝がどうしてもお前を柔道部に誘いたいみたいなんだよ。柔道の素質があるって言ってきかないんだ。」

「・・・・・・俺は、三枝や山本が嫌いって言ってるよな?なんで、そんな奴等がいる、そしてそんな奴等のために柔道しなきゃあかんのや!お断りや!」

「・・・・・なんで、そんなに毛嫌いしてるんだ?三枝はともかく、涼介とはちょっと前まで仲良くしてたじゃないか?」

 それを聞くと大山田は舌打ちをして言った。

「チッ、なんでもええやろ?お前もあんまりしつこいと無視するぞ!お前がアイツらに懐柔されたのは別に構わんけど、俺までアイツらに関わらせると、お前も相手せーへんからな!」

「懐柔なんてしてないわ!」

 優利がたまらず飛び出した。それを見て、大山田は本当に嫌なものを見る顔をして

「知らん、達也がなんでお前らとまた仲良くしてるかは知ったこっちゃあらへんけどな、これだけは言ったる、お前と柔道する気なんて全くないからな、諦めろ!それだけは覚えとけ、ほんでお前、もう声かけてくんな!」

「なんで・・・・・。」

 優利はそれ以降も言葉を続けようとしたが、大山田は優利の言葉を振り払うように、歩いて帰っていった。

「一体、どうしてなの?涼介君や私が何をしたっていうのよ?!なんであそこまで言われないと駄目なのよ・・・・・。」

 優利は少し涙ぐんでいる。そんな優利の姿を見て、俺は拳を握りしめた。優利のこの誰にでも真っ直ぐな性格が裏目に出たのだろう?優利は相当ショックを受けているように思えた。俺は正直、大山田に苛立ちを感じずにいられなかった。優利に対してここまで言う人間をあえてこだわる必要も無い、そう思っていた。

「・・・・・大丈夫か?三枝。大山田、ここまで言われると諦めるしかないかもな。」

 達也は小難しい顔をして言った。優利は少しその言葉を聞くと、うつむき加減の顔を上げた。

「私なら大丈夫よ、これぐらい慣れっこだから!」

 俺達に笑顔を作ってみせた。

「でも諦めるのはまた別!絶対に大山田君には入ってもらうんだから!一度決めたら、諦めない、私、しつこい女なんだから!」

「そっか・・・・。」

 俺は、やりきれなかった。明かに無理をしてるのが分かるからだ。それは、達也も感じていたことだろう?二人とも暗い顔になっていた。そんなとき、声がかかった。

「あの・・・・・。」

 俺達はビックリして、その声の主の方に振り向く。そこには井上が立っていた。

「どうしたんだ?井上、まだ帰ってなかったのか?」

 と達也は言った。

「ごめん、なんか取り込み中で、話しかけずらかったんだけど・・・・・・。皆!」

「ん?」

「僕、柔道やりたいよ!」

「えっ・・・・・・!?」

 皆、固まった。大山田にあんなにこっぴどく入部を断られた直後なので、少し頭と心がついていけない。本来なら飛んで喜ぶところだろう。

「・・・・・・。」

 しかし後から喜びの感情が湧き上がってくる。井上はなんて言ったのだろう?柔道をやりたいって本当に言ったのだろうか?達也が念押しするように井上に言った。

「そうか、井上、柔道部に入ってくれるのか!」

「うん。」

 俺達はまるで飛んで喜ぶような気分になった。

「でもお前、昼休みに断ってたじゃないか?自信無いって。どうしてだ?」

 と達也が言った。

「うん、確かに自信無い。格闘技なんて痛くて、怖い。でも、もう誰かの顔色伺って人に合わせたり、自分に自信がないからって、助けたい友達を見捨てたりする自分がもう許せないんだ。俺、変わりたいんだ!」

 井上は最後の方は金切声のようになっていた。自分の心の叫びを声に変換したかのようだった。

「そうか、でも負い目に感じることは無いんだぞ、井上。誰だってあのときは怖いと思うよ。しょうがない。涼介だって気にしてはいないさ!なぁ!?」

「うん。そうだよ、井上。お前達が俺を心配して見に来てくれただけで充分だよ。気にしないでくれ!」

「僕、あれからずっと後悔してたんだ。もちろん、自分がいったって、非力な僕じゃあ何もできなかったのは分かってた。でも、達也や涼介はアイツに勝てないと分かっても真っ向から向かっていってた。僕はただ、アイツが怖くて、それに心が押しつぶされて、何にもしない、できない。そんな自分自身が情けなくて、自分のこと、嫌いになることしか僕にはできなかった。でもこのままじゃぁ駄目だって分かったんだ。自分が勝てないと分かっても勝負を挑むに行く、その勇気を与えてくれるのが多分、柔道をすることによって、出来るようになるかもしれない。だから、僕、二人について行きたいんだ。柔道部に入れてください。」

 井上は俺達に頭を下げた。おそらく、このことを決断し、言うことも、井上にとってはとても勇気のいることだったのだろう?目頭が熱くなっている。

「顔を上げてよ、井上!柔道部に入ってくれて、頭を下げるのは俺達の方なんだから。」

 と俺は井上に言った。井上にもう罪悪感を持って欲しくないのだ。

「そうだぞ、井上!俺達についていきたいって言ってくれてありがとう。井上が入部してくれること心から嬉しいよ。」

 と達也が言った。

「うん。ありがとう。」

 目頭が熱くなっていた井上はみるみる泣き顔になっていて、とうとう泣き出した。

「涼介、もう見捨てたりしないよぉ~。ずっと、友達でいようねぇ~!」

 井上は泣きじゃくっている。俺は、本当に泣き虫な奴だなぁと思ったが、こんな井上の真っ直ぐ伝わってくる気持ちは俺にとって凄くうれしかった。優利は黙っていると思ったら、俺達の様子を見て目をこすって涙を拭いていた。

「ほんと、男の子ね。かっこいいよ。皆。」

 その姿を見て達也は言った。

「何でお前まで泣いてるんだよ。」

「感動したんだもん。かっこよすぎるよ、井上君!柔道、一緒にやろうね。」

 と言って、井上の両手を合わせて握りしめた。

 井上は優利の対応に困ったみたいで、顔を真っ赤にした。

「いや、あの、よろしくね。三枝さん。」

 井上は女子との接っする経験が全く無いようで、めちゃくちゃ照れていた。こんなふうに優利に顔を近づけられ、そして手を握り締められたことで、まるで真っ赤なリンゴだ。頭から湯気みたいなものが出ている気がした。

「・・・・・・どうしたの?井上君。」

「・・・・い、いや、何でもない、無いよ。手を離して。」

「あっごめん。」

 そう、言って優利は井上の手を離した。しばらくすると少し落ち着いてきたようだ。

「おい、おい、何照れてんだよ!?コイツ、ただのおてんば娘だぞ。」

「何、その言い方?!」

「ハハハ!」

 俺と達也は笑った。井上は下を向いている。

「何、二人とも~。とりあえず、こちらこそよろしくね、井上君。私が監督兼マネージャーだからね。私が監督するんだから、絶対に強くなれるよ!」

「相変わらず自信満々だな。でも期待してるぜ。」

 と達也。

「俺も、強くなれるって信じてるよ。がんばろうね!」

 と俺は言って、三人の意思は一つになった。優利はウンウンとうなずいてこう言った。

「よし、じゃあ後二人ね!人数集めがんばろうね!」

 ・・・・・・・

 そうだった。あと一人は部の設立に絶対必要だが、団体戦に出るにはあと、もう二人必要なのだ。喜びの余韻からすっかり忘れていた。でも、大山田、優利は大山田にこだわるが、本当に必要なのか?俺は信用できなくなっていた。

「あの・・・大山田なんだけど、本当に必要なのかな?別の生徒でもいいんじゃない?」

 俺は正直に思っていたことを吐き出した。

「・・・・・・私、確かに、酷いこと言われたんだけど、大山田君、もしかしたら柔道、過去にやってたのかもしれない。私、なんだがそんな気がするの。私達がどうこうよりも、柔道自体に何か確執のようなものがあるように思える。私、さっきも言ったけど、まだ諦めてないわ・・・・・。」

 確かに一理あるかもしれない、俺達は大山田に対して何もしていないのだ。それなのにあんなに極端に拒絶するのは何か変だ。俺も優利がそう言うなら、諦めずに勧誘してみようと考え直すことにした。

「そうだな、俺も諦めないよ。もう一度、勧誘してみるよ。もし、入ってくれなかっても、二人に対する誤解だけでも解かないとな。」

 と達也が言った。

「僕も協力するよ。」

 と井上も言う。

「よし、じゃあ、大山田君のことは任せるわ!あと一人ね!」

「もう、ちょっと無責任!」

 と俺が言った。

「ハハハ!まぁとにかく、やれるだけはやってみるよ。」

「うん。まぁ気を取り直して、今度は四人でするよ。エイエイオー!」

「また、するのかよ・・・・・。」

「いいから、エイエイオー!」

「エイエイオー!」

 俺達四人は拳を突き上げた。誰もいなかったこともあるのだろうが、なんだが優利と一緒なら恥じらいを捨てることもそんなに難しいことじゃないように思えてきたのだ。

「で、遅くなっちゃたけど、今からうちの道場来る?皆?」

「・・・・・うん。別にいいけど、これから柔道部作るんだろ?それからでも、いいんじゃないか?」

 と達也が言ったが、すぐに

「僕、行ってみたい!」

 と井上が言った。

「まぁ、そうか、井上はそうだろうな、よし、行こうぜ!道場に。」

「うん、じゃあ皆、行こう!うちの師範、門下生が一気に増えるから飛んで喜ぶわよ!」

「ハハハ、そうだね。あの師範。」

「よし、レッツゴー!」

「・・・・・・。」




 俺達は高心円道場に到着した。俺達を発見して、師範がまず驚き、そして満面の笑みでこっちにやって来た。

「どうしたんや?優利、この子達?」

「うちの柔道部の部員よ。」

 と言って、俺達の方を向き、師範の後頭部を持って

「今日から、この師範をよろしくお願いします。」

 と言って頭を下げさせた。

 俺は思わず笑ってしまった。

「何するんや?優利、これじゃあ師範の威厳が形無しやないか?」

「だって、この師範絶対、手に余るお調子者だと第一印象思われるもん。だからこうやって、先に低姿勢にしてた方がいいと思うのよね。」

「・・・・アホか、調子なんてのれへんわ。」

 道場内で笑いが起こった。しかし、この効果は良かったのかもしれない。このアットホームな道場の雰囲気をすぐに分かってもらえるからだ。きっと柔道の道場と聞いて、少し尻込みしていた二人の気持ちを払拭したことだろう。

「なんだか、皆、優しそうで和やかな所だね。」

 と井上が言った。

「そうだな、柔道の道場って言うから、なんか厳しそうなイメージ持ってたけど、和やかな感じで良かったよ。」

 と達也が言った。それを聞いて優利は

「確かにここはアットホームな所だけど、練習は厳しいわよ。皆、何かしらの大会で実績を残している人も多いの、でも、緊張しなくていいよ。皆、優しい人ばかりだし、初心者でも、優しく丁寧に教えてくれるから、というより、逆に柔道を始めたいって思う人が大歓迎なの、絶対にうちの師範の指導なら強くなれるから。二人ともみるみる強くなっていけるよ!」

「そうか、まあ頑張ってみるよ!」

「うん。僕も頑張る。」

「うん。」

 と優利は笑顔を見せた。その笑顔にまた俺はドキドキする。優利の笑顔は、俺にとって凄い魅力的で心臓に悪い。全く裏表の無い、その純粋な笑顔は優利の魅力を一瞬のフレームに映し出したように凝縮しているように思える。

 そんなことを感じていると、師範が二人に言った。

「二人とも今日は初めてやから、誰かについてもらおか?」

「私、二人を見るわ!」

「おう、優利。やってくれるか?自分の練習もあるのに悪いな。」

「いいのよ、私、これからうちの柔道部の監督になるのよ。これからは、学校では私が指導していくことになるんだから、任せてちょうだい。」

「俺は・・・・・。」

 と俺は言った。

「おい!」

 と遠くから勇気の声が聞こえた。俺はやっぱりか・・・・と内心思った。

「涼介君は今日も勇気に任せるわ。まだまだ、初心者やからな。」

「・・・はい・・・。」

 俺はまた受身ばっかりやらされると正直思った。それもスパルタ指導で。なんだか、モチベーションが下がる。俺は勇気の前にトコトコ歩いて行った。

「遅いぞ、涼介、早く着替えて用意してくれ。」

「うん。」

 俺は、柔道着にすぐに着替えた。勇気はその間ずっと頭をポリポリ掻いていた。

「今日は、学校で色々やってたんだろうから、遅れてきたことは何も言わないが、時間、限られてんだから、一刻も早く強くなることを意識はしてくれよ。遅れてきたら、その時間だけ、練習が出来ないんだから。」

「?」

 一体、何故勇気はそんなに時間にこだわっているのだろう。

「時間が限られてるって、どういうこと?」

「インターハイ予選に決まってんだろ?夏がくる前に始まるんだからよ。」

「でも、まだ創部してないし、まして、まだ結果だそうなんて思ってないよ。優利だって、まだそこまで考えてないと思う。」

「何言ってるんだ?出る限りは真剣に勝ちにいけよ。記念参加なんて、もっての他だ。」

「・・・・・・。」

 勇気の熱い思いは伝わってくるが、実際、そこまでのことは考えて無い。俺は柔道を始めたばっかりなんだ。お互いの見解の違いが俺達の心に歪みを生み出しているような気がした。

「さぁ、とにかく始めるぞ、昨日の復習からだ。まず、後受身。」

 俺は言いたいことを言葉にすることを抑えて、後ろに倒れ込む体制に入った。

「・・・・・。」

「次は横受身。」

「・・・・・。」

「次は前受身。」

「・・・・・」

「前回り受身。」

「・・・・・」

「思ったより飲み込み早いな。昨日言ったこと、なおってるところは、ちゃんとなおってる。でもな、まだ完全では無い。今日も受身中心で体にちゃんとした受身を染みつかせるまで教えるからな。」

 結局、俺は今日も勇気に怒鳴られながら受身の練習をしていた。全然楽しくない。こんなのばっかりなら、優利に教えてもらっている、達也や井上が羨ましくなる。そんなことを考えていると、勇気に言われた。

「お前、正直、受身ばかり練習して、うんざりしてるだろ?顔に出てるぞ。」

 図星だったが、俺は言い返した。

「他のことも教えてよ。なんで、他のことを教えてくれないんだよ。正直、キツイよ。」

「・・・・・。」

 勇気は頭をポリポリ掻き出した。

「大外刈でいいか・・・・」

 とポツリと言った。

 その直後、勇気は突っ立ていた俺の左手の外中袖と横襟をつかんで、瞬時に俺の右真横に並び、俺の右足を刈った。俺は、真後ろに倒されていく、その最中、脳裏に浮かんだ言葉があった。

・・・・・後受身・・・・・

 畳の上に落ちた俺は、落下した衝撃を体全身が吸収してくような感じがした。それと、大外刈、二回も勇気に投げられたこともあるが、今投げられたことによって、この技がどういう技か、投げられる前になんとなく分かり始めた。襟を持つ方の手、釣手に圧力をかけて相手を後ろに崩し、その後、素早く右足を刈ることによって、相手の体(自分)に回転運動のような力が加わり、倒れていく。俺はただ勇気に倒されていただけなのに、勇気がかけた大外刈りという技がどういう技なのか、体感しているように思えた。

 勇気は、俺の袖と襟を持ちながら俺の顔を覗き込みながらこう言った。

「どうだ?前より痛くないだろ?」

「・・・・うん。」

 俺は立ち上がった。

「受身は前も言ったように、自分の身を守るって意味でとても重要な技術なんだ。上手くなれば、投げられる痛みを激減させることができる。それを体感したんじゃないかな?」

 その通りだった。前よりも痛くない。

「それと、俺がかけたこの技、どういう技か、なんとなく分かるようになってないか?柔道ってのは、投げられないとその技がどういう技なのか分からないんだ。自分がどのように崩されて、そして、どのような動きをされて投げられているか、それを相手に投げられることによって体感して、日々学んでいく。柔道は投げられないと強くなれないんだ。そういう意味でも、まず受身、沢山投げられて強くなるためにも、そして怪我から自分自身を守るためにもとても重要なことなんだよ。」

 俺は自分が感じた感覚の通りだと思った。勇気が俺にかけた大外刈がどんな技か、確かに分かり始めている。勇気の言う通り、俺が憧れている投技は、投げられることによって習得を早めることになるのだろう。そのためにも、怪我をしないように、受身、それがとても重要だということに気付いた。そして、それに不満を抱いていた自分が間違っていて、少し罰悪く、恥ずかしくなったのだ。

「うん。大外刈、どんな技か、分かったような気がする。まずは受身、完璧になるまで練習するよ。」

「そうか。」

 勇気はニタっと笑った。

「でも、実はお前、自分が思ってるよりもかなり上達してるんだぜ、俺も驚いているぐらいだ。今日は受身をもうちょっとつめるけど、明日からは体さばきも練習するか?」

「ほんと!」

 俺は目をキラキラさせた。さっき反省したばかりだが、他の練習もできる。そのことが、とても嬉しかったのだ。

「それって投げさせてくれるの?」

「・・・・・そういう訳では無いが、投げる動作に移行する体の動きのことだよ。」

「な~~んだ。」

「な~~んだ、とはなんだ?!これも重要な練習なんだよ!」

 勇気は怒っていたが、少し楽しそうに思えた。俺の上達を心から喜んでいてくれているのかな?っと思って少し嬉しかった。

「ごめん、ごめん。」

「ハハハ!」

 俺達は笑った。

「でも、涼介、お前上達早いから、投技の練習するの、そんな遠い未来じゃないぜ、おそらく近日中だ。良かったな。俺にとっても嬉しい誤算だよ。」

「・・・・・・。」

 何か勇気の発言にひっかかるところはあったが、あまり気にしなかった。


 そんなとき、優利達が俺達の周りにやってきた。

「勇気、なんてヒドイことするの?涼介君、また突然投げたでしょ!」

 勇気は頭をまたポリポリ掻いて言った。

「俺はスパルタなんだよ。甘い練習なんてさせねーよ!」

「それで投げたの!?最低よ!」

 そのやりとりを見て、俺は焦った。

「いや、違うんだ、優利、そうじゃなくて・・・・」

「涼介君は黙ってて!」

「~~~~~!」

「~~~~~!」

 二人は、俺の指導方法について言い争いを始めた。しかし、勇気はそんな中、ポツリと言った。

「でも優利、涼介の受身見たか?」

 ハッと気づいたように、優利は俺を見た。

「涼介君、すごいね、昨日今日、練習しただけなのに、実践であんなに綺麗に受身できるようになったんだ。」

 俺はなんだか照れくさくなってしまい、自分の頭をなでた。

「だろ?俺の指導は、厳しいけど正しいんだって。部活でも皆、俺についてきてるぜ。」

「だからと言って突然投げていいって理由にはならないわ。」

「~~~~!」

「~~~~!」

 まだ、二人は言い争いをしている。それを見て達也はポツリと言った。

「夫婦喧嘩は犬も食わぬっていうがほんとだな。」

 俺は思わずその言葉に敏感に反応してしまった。勇気と優利、二人はどういう関係なのだろうか?小さい頃からこの道場で知り合っていることは、なんとなく分かるが、本当に幼馴染以上のものを感じていないのか?それが俺は不安にさせられていた。


「それで、お前の方はどうなんだよ?ちゃんと教えてるのか?」

 と勇気が言う。

「話をそらさないで。ちゃんと勇気と違って、優しく丁寧に教えてるわよ。これからは私が皆を指導していくんだから。」

「ふ~ん。当事者に聞いてみようか?どう、このコーチは?」

 腕組みをして二人の様子を見ていた達也は言った。

「凄い分かりやすいな。正直、三枝が本当に俺達に柔道を教えられる指導力があるか、不安だったが、うちの学校の部、どうにかなるんじゃないか?なぁ?」

 と井上にも話かける。

「うん。凄く丁寧で、手取り足取り教えてくれる。柔道って、もっと難しい格闘技だと思ってたけど、三枝さんなら分かりやすく教えてくれるような気がするよ。」

「ふ~ん。」

「何よ!ほら、皆、分かってくれているじゃない、私の部も、アンタの学校みたいに強くしてみせるんだから。」

「わったよ。期待してるぜ。」


「おーい、そろそろ閉めるぞ!道場。」

 と師範が言った。

「チッ、もう、そんな時間かよ。無駄話してたら、時間経っちまった。それなら、明日な、涼介!体さばきしたいんだろ?明日は、受身が上手くなり次第、その練習も始めるからな。」

「うん。楽しみだよ!」

 勇気は少しニッコリ笑った。

「教え方はともかく、順調にいってるみたいね。でも勇気、もう突然投げたり絶対にしないでよね!」

「はいはい、分かった。分かった。」

 俺たちは畳ふきなど、掃除をしてから道場を出て、それぞれの家路についた。




その次の日の朝、俺達は朝のホームルームが始まる前に、達也の席でミーティングをしていた。

「どうでもいいけど、なんで学校に着くなり、俺の席に集まってるんだよ。」

 後からやってきた、達也が言う。

「だって瀬川君、なんか、しっかりしてそーなんだもん。こういうこと、まとめるのうまそう。」

 俺は?と思ったが、達也の方が俺よりしっかりしている。そこは認めざるを得なかった。

「そうだな、このおてんば娘と、考えなしに行動する男がいるんじゃ、俺がまとめるしかねーか。」

「私、おてんばじゃないもん、普通だもん。」

「ハハハ」

「それで、今日の作戦は考えてるのか?」

 と達也は言った。

「当たり前だけど、大山田君のことね。ねぇ、瀬川君と井上君は大山田君と仲良くしてるんだよね?」

「うん。特別、嫌われたりしてないと思うよ。」

 と井上が言った。

「今日の放課後、道場は休んでいいから、遊びに行ってくれないかな?私達が二人を縛りつけたら大山田君が今度は孤立してしまう・・・・。」

「大山田のことを心配してるのか?」

「うん。それもあるけど、やっぱり二人ともいつも通り、大山田君と接してくれないと余計に私達のこと意識して、毛嫌いしてしまうように思うのよ。」

 達也と井上は顔を見合わせた。

「確かにそーだけど、いいのか?そーしても、別に柔道部勧誘することにならねーぞ。」

「うん。でも、まず私達への誤解を解く方が先なんじゃないかな。それと、友達なんだから二人には本当の気持ちの話をしてくれると思うのよ。どうして、柔道部に入るのが嫌なのか?それを聞いてもらいたいの。」

「そっか、分かった。しばらく普通に接してみるよ。それで本当の気持ちを聞き出せればいいんだな?」

「そう。それが決して、大山田君が柔道部に入ってくれなくても、皆、仲良しに戻れるなら、それだけでも、私、うれしいわ。」

 優利は少し、悲し気な笑顔を見せた。やはり、大丈夫だと言っていたが、昨日言われたことがショックでまだ引きずっているのかもしれない。

「おう。分かった。でも、遊んだら、少しでもいいから道場に寄るぜ。昨日、思ったより楽しかったし、充実してたからよ。」

「僕もそうするよ。」

優利は俺の顔を一回見て、皆に向かって言った。

「ありがとう。それなら、道場で待ってるわ。」






  放課後

「どーするよ。井上!?」

 俺、瀬川達也は井上に言った。

「どーするって、大山田と遊びに行くんじゃない?」

「それはそうだが、これからさ、三枝の言う通り、これから大山田と遊ぶ、いつもと同じように生活してたら柔道なんてできねーぜ。」

「うん。でも、僕、三枝さんの言う通りこのままじゃ嫌だよ。大山田と涼介は元通り仲良くなってもらいたいんだ。そして、三枝さんや三枝さんのやろうとしている、柔道部のことも認めてもらいたい。」

「そーだな。少なくとも涼介との関係だけでもどーにかしないとな。」

 そんなことを教室で話していると。大山田が一人で教室から出ていこうとした。

「ちょっと待ってくれ、大山田!」

 と俺は素早く大山田を引き止めた。

「何や?まだ、俺に柔道やらせる気なんか?俺はやらんからな!」

 またハッキリと言われた。俺はその対応に戸惑い。今はそんなことを言おうとしたことを言う気が無いことを言った。

「いや、違うんだ。今日、一緒に遊ばないか?」

 大山田は少し疑惑をもつように、俺達の内心を勘ぐっっているような素振りをした。

「・・・・そうか、柔道のことは今日はええんか?」

「今日は、道場行く気は無いよ。」

「そうか、ほんなら遊びに行くか?」

「おう。」

「・・・・うん。」

 井上は物議を醸しかねない返答の仕方だ。これじゅあ、元の木阿弥になるかも知れないだろ?と内心焦った。しかし、大山田は井上の反応をあまり気にならなかったようで、俺達に言った。

「ほんで、どこ行く?」


 俺達はいつも放課後遊んでいる駅前の商店街に入っていった。その商店街は俺達を数時間遊ぶ場所として充分に機能している。ゲームセンターに喫茶店、ファミレスも入っておりコンビニや、たこ焼き屋。俺達がわずかばかりの小遣いで楽しむことができるところは大抵そろっているのだ。俺達はまずゲームセンターに入った。俺は大山田とレースゲーム横に並んで座ってゲームをやっている途中、ずっと、どうやって涼介や三枝のことの話を切り出そうか?ずっと考えていた。

「お前、コースアウトしとるで!」

「えっ!!」

「ほら、ちゃんと真剣にやらんかい?!そっちが手ぇ抜いたら、勝負しとるのにおもろないやろ?」

「・・・・あっごめん。」

 おそらく、何か考え事をしていることに大山田は感づいたのだろうが、大山田はそれ以上何も言わずにハンドルを握った。


「次、どこ行く?」

 俺達はゲームセンターに小一時間過ごした後、ゲームセンターから出た。

 大山田はそう言った直後ぐらいだろうか?何やら、俺は誰かに見られて、密に誰かが俺の話をしているような感じがした。さっき出たばかりのゲームセンター内を振り返って見てみた。そこには俺の知っている顔などいない。俺は気のせいか、と思い、皆の方を向いた。

「どないしたんや?」

「いや、なんでもない。次はたこ焼きでも食べないか?」

「うん。僕も小腹空いてたんだ。」

井上がそう言って、俺達はたこ焼き屋の方向に歩いて行った。

「熱、熱、熱。」

 俺は火傷しそうになって、たこ焼きを口の中で躍らせている。

「ガキか?!お前は、ちゃんと気つけて食わんかい?!」

「でも、ここのたこ焼き最高だな。ほんと美味い。」

 大山田はそれを聞くと、笑って。

「こんな、たこ焼きが美味いって思うんなら、世間知らずやな。タコも小さいし、ソースもまだまだ。本場のたこ焼き知らん奴の発言や。」

 そんなこと思うなら、ここに通い詰るなよと思ったが、大山田のたこ焼き好きはしょうがいない程のものだった。元大阪人らしいなと思う。そんなこと思っていると、大山田は言った。

「食い終わったらどうしよか?喫茶店でも入るか?ていうか、井上、お前、口の周りめっちゃ青のりついとるやんけ?」

 そう言われて、見てみると、井上の口の周りはソースと青のりだらけ、まるで本当に子供だ。

「ほんまガキばっかりやな、世話焼けるわ。」

 と言って、大山田は持っていたテッシュを取り出して、井上の口の周りを拭いた。

「ハハハ!」

 俺は笑った。井上は恥ずかしそうにしている。

 俺は何気なく笑っていると、まただ、また俺は監視されているような視線を感じる。周りを見渡してみると、商店街内ではまるで歩行者天国の道路のように、学生や主婦、サラリーマンなどが大勢往来している。これでは誰が俺を見ているのか判別できない。悪い予感もしないことは無いが、俺は昨日のチラシ配りなど、今、学校で目立っていることは確かなことだ。うちの生徒に見られているのか?とその程度に思っていた。

「さっきからきょろきょろして、どないしたんや?」

 大山田は俺にそう言う。

「いや、なんでもない。気のせいだと思う。」

 そう言ったら、大山田も周りを見渡した。そのときの大山田の視線は鋭かったように俺は感じた。

「とりあえずどっか中はいろうぜ。」

「そうだな、あそこのスタバでええか?」

「おう。」

 俺達はスタバの窓際のカウンターに三人並んで座った。そしてこの結構繁盛している商店街の中の人の往来を見ながら、コーヒーを静かに飲んでいた。俺はそろそろ話を切り出すべきだと思ったが、いざとなれば、なかなか話しを切り出すことはできない。そんな中、井上が俺よりも先に大山田に話しかけにいった。

「あのさ、・・・・大山田。」

「うん?」

 大山田は機嫌を損ねることを言わなければ、基本は温厚な奴である。まるでその大きな体がそれを表しているように思える。しかし、井上のこれから話そうとしていることは、それでは無い。

「・・・・涼介と仲直りできないかな?」

 少し、表情が曇った。

「その話はもうええ!」

 大山田がそう言い切ったので、俺はこう言った。

「何も、柔道部に入ってくれとは言ってないじゃないか?それに、涼介とは前まで俺達四人で遊んでたじゃないか?アイツの何が嫌いになったんだ?」

 大山田は貧乏ゆすりをし始め。どんどん苛立ち始めた。

「お前、でもそれ、山本や三枝から言うように差し向けられとるんちゃうんけ?今日、アイツらと一緒におらんと、俺と遊んどるってことは、そういうことやろ?」

 図星だったが、俺は言い返した。

「たとえそうだったとしても、俺は、お前と涼介の関係がこのままなのは見てられない。また仲良くやってくれないか?涼介の方はお前のこと痛く気にしてるんだぞ。」

  バン

 それを聞くと、大山田は机を叩いた。

「もうええ!俺が誰と仲良くしようとしまいが勝手やろ?!お前らに口出しされたないわ!お前らは山本やら三枝と勝手に仲良くしたらええ!そんな気つかわれて遊んでくれたりされるのはごめんや!」

 そう言い放つと、大山田はスタバを出て行った。俺達は取り残される。横に座っている井上を見てみると。コップを持つ手をすごい揺らしている。

「僕たち、何も悪いこと言ってないよね、なんであんなに怒られないといけないの?」

 俺は怯えている井上をなだめるように言った。

「そう、俺達は間違ってない。あんなに過敏になるのは何か変だ・・・・。」

 俺達はしばらく下を向いて黙った。

「道場行ったら、涼介や三枝さんになんて言おう・・・・・。」

 と井上が言ったので、俺も頭を悩ませた。

「もう大山田は無理かもしれないな。三枝の言う通り、涼介との関係だけでも改善させようと思っていたが、それもかなわないし、もう俺達も大山田から距離をとられるようになると思う・・・・。」

「そんなの嫌だよ。」

 井上は泣き顔になって言う。

「仕方ないさ。」

 俺はそう返答し、井上に言った。

「道場行こう。それで、まず今日あったことを話してみような。」

「・・・・・うん。」

 そう言って、俺は井上を引き連れてスタバを出ようとした直後だった。突然、俺達はスタバの前で見たことも無い男子高校生に囲まれた。いや、正確には一度だけ見た事があるのかもしれない。俺は頭にある記憶の中を探ってみた。そしてその時はいつか、その男たちの顔を照らし合わせてみる。・・・・・そうだ、あの時だ。あの時、涼介を助けに行ったときに見た、廃工場にいた不良共だ。

「おい!」

 俺は足がブルブル震えて動けない。やられる、そう思った。俺はそんな緊迫状態の最中、これだけは思った。

・・・・・・・・・井上だけでも、逃がさなければ・・・・・・・

 そう思って井上を見た。井上も俺と同じ状態、いや、それ以上の怯え方をしている。これでは井上も逃げ出すことはできない。

 俺は体中に巡り、俺を震えださせている恐怖の感情を振り払おうとした。そして不良共に言ってみた。

「何の用だ?」

「何の用?」

 不良共の先頭に立っている男はそこにいる不良どもに全員と顔を見合わせ、薄気味悪い笑いをして、そして俺の顔を覗き込んだ。

「お前、俺の顔覚えているよな。」

「ああ。」

「あの時は、世話になったなよなぁ~!!」

 語尾を高く上げて、視線をそらそうとしていた俺の目を離さないように、前に出て覗き込んだ。俺はこれは本当にヤバいと思った。俺、俺だけはいい。でも、井上だけは逃がさなければ・・・・・。そう思って、俺の真後ろにいる井上に振り返り、耳打ちした。

〈店内に戻ってくれ、そして警察を呼んでくれ。〉

 そう言ったが、井上は静かに顔を横に振っている。

「何こそこそ話してるんだよ!」

 俺はお腹をそいつに殴られ、腹を抱え込んだ。井上は動こうとしない。

「何をしてる!早く!」

 俺は振り絞るような声で言った。井上はようやく動こうとして、振り返り、店内に行こうとした。

「おおっと、待てよ!」

 その男は素早く井上の腕を掴んでいた。

「お前も逃がさねーよ。」

 俺は今置かれている状況に絶望した。そして自分自身にも・・・・・。俺はなんて非力なんだ。俺はまた友達一人、助けることができないのか?頼むから、井上から手を離してくれ!その心の叫びだけが商店街に虚しく鳴り響いていた。


 商店街の中を俺達は不良共に囲まれ逃げ出すことができないように、歩かされていた。俺はずっと下を向いていた。これから起こることの恐怖よりも、涼介に続いて、井上まで自分が助けることができないこと、それが俺にとって、何よりも自分を貶め、失墜することであり、恐怖以上のものであった。

歩いていくと、商店街の奥の方のあまり人気が無い場所までに行って、曲がり、裏道に着いた。そこは俺達がいた人の往来の激しかった商店街のメインストリートと対照的で、すごく荒んでいて、人がいる気配が全く無い。木造の今にも潰れそうな建物が連立している道だった。その突き当りに俺達は追い詰められた。

  ドキドキ

 俺は心臓の音が大きく鳴った。その音によって俺は気が付き、ハッとさせられる。俺は自己嫌悪の気持ちから逃れられなくなっていて、あまり周りと状況が見えてなかったのだ。今まで井上を、友達をまた助けられないことの罪悪感だけに支配されていた感情が、ここに追い詰められたことで、自分自身がこれからどうなる?という不安と暴力に対する恐怖が追随してきた。

 しかし、井上はどうなんだろう?自分の世界に入っていた俺は、井上の様子を確認してみるため、井上を見た。

 井上も俺と同じく、下を向いていた。ひどく動揺し怯えているように思えた。まるで狼に囲まれた羊のようだ。今にも餌食になりそうだ。そう感じていた。しかし、井上は大きく息を吸って、それを短く吐いた。そして顔を上げた。その顔を見た瞬間、俺は、なんて俺は自分を正当化することばかり考え、自分のことしか考えていなかっただろうという気持ちにさせられた。俺は自分がとても恥ずかしくなった。井上の顔は決意に満ちた顔だったのだ。

「達也、僕、大丈夫だから。」

 井上は俺にそう言った。俺は実のところ、心から井上を心配していた訳では無いので、その返答に少し戸惑った。

「・・・・・そうか。」

 井上の目は凄く澄んでいて、曇りが無い。そしてとても凛々しい表情をしている。どうして、こんなに小さい体でこんな状況でこんな表情をしていられるのだろう?井上のこの様子に俺は疑問を抱かずにはいられなかった。俺達は小さい声で会話を進める。

「井上、どうしてお前は落ち着いていられるんだ。」

「・・・・・僕が前に言った言葉、覚えてる?」

「前に言った言葉?」

「僕は、もう、力、暴力によって、誰かが傷つられるのを見て見ぬふりなんてできない。僕は、もう自分が勝てないと分かっていても、それに立ち向かわないといけないんだ。だから僕は大丈夫、どうなってもへっちゃらさ・・・・・だと思う。」

 井上は最後の方で俺に照れくさい笑顔を見せた。まるで俺に『ありがとう』とでも言っているように思えたのだ。その、井上の表情や言葉が俺に勇気を与えてくれた。

「そうだな・・・・。」

 そう、俺は何としてでも、井上、こんな純粋無垢な奴は何としてでも助けなければならない。そう思わされた。そのためには、何としてでもやる。たとえこの身がどうなろうとも。


「おい!」

 俺は果敢にその宗明学園の不良どもに声を荒あげた。

「は!???」

「お前ら用はあるのは俺だろ?コイツは逃がしてやってくれ!」

「逃がす訳ねーじゃねーか?!お前バカだろ?!」

 そう言って、不良共は汚い声で笑った。

「もちろんただでとは言わないさ。」

「達也!そんなことできないよ。」

「いいから!!」

 俺は強く言い放った。井上は少し俺の声にビックとした。

「で、何やってくれるつもりなんだ?」

 そう言われると、一応、この集団をしきっていると思われる奴に自分から近づいて行った。そしてポケットに握り閉めた右手を入れながら、距離をつめていく。さっき決心した心が俺の手に力をドンドン強くなっているように思えた。

  ・・・・・・道を作ればいい・・・・・・・

 俺はそう思っていた。この細い道に不良達は、どちらかと言えば、左側に集まっている。この男を先手必勝の気持ちで倒して、後は右側からタックルして、道を開けさせるんだ。俺に注意を引きつけることさえできれば、後は『逃げろ!』と叫んで逃げさせればいい。

 俺は距離を縮めて、その男の目の前まできた。そして人間の急所、顎にむかって右手を振り回した。

 当たってくれ

 そう心に祈った。そして、閉じていた瞼を開いてみると、その男がしゃがんで顎を抑えている。

「何すんだ?!てめぇ!」

 そんな声が聞こえた瞬間、俺は右側から体をかがめて集団に突進した。その突進で俺は何人かの男を左側に押し込んだ。

「今だ!井上、逃げろ!」

 そう叫んだ。俺は男達に上から背中を強く叩かれ、上半身を地面に叩きつけられた。そして、地面に這いつくばらさせる。その状態のまま、俺は奴らに踏みつけられ、そして、蹴られた。俺は意識を失いたいと思った。意識を失う前に、井上、井上はどうなったのだろう?と思い。首だけを動かして後ろを見てみる。そしたら井上の姿は無かった。俺は少し安心し、気を失えると思った。その瞬間、上からの奴等の攻撃が無くなった。俺はどうしてだ?と思い顔を上げる。そしたら俺の思いとは裏腹に、井上が奴等に俺と同じようにタックルしていたのだ。

 井上は、わずかながらの男をタックルによって倒して、こう言った。

「達也、立てる?僕はいいから、早く逃げてくれ!」

 その言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになった。

・・・・・井上、俺はお前のために・・・・・・・

お前は体を張らなくていいんだ。何故、そんなに純粋でいられる?何故、お前はそんな小さい体で立ち向かうことが、本当にできるんだ?井上が俺と同じ感情で同じ行動をとったことは、俺は強く感動を覚えた。

 しかし、状況は変わらない。井上は俺と同じように叩き落とされて、地面に這いつくばる。俺はどうしようもないことを実感した。救えない。俺は本当に友達を、井上を救ってやることができなかったのだ。溢れる涙をこらえながら、地面の味を噛みしめていた。

  ・・・・・チクショウ、チクショウ!・・・・・・・

 悔しくて、虚しい心の声だけが周りに反響する。俺は本当に絶望していた。その最中、奴らからの攻撃がピッタっとやんだ。

「何だ?!お前!!」

 一人の男がこう言っていた。

 そしたら、頬をたどって強い振動が伝わってきた。俺は何が起こっているのか?顔をゆっくり上げてみた。

 大山田、大山田である。あの大山田が立っていた。そして大山田の目の前に、仰向けになった不良が気を失っている。

「お前ら・・・・・お前ら・・・・何人、俺の、俺の目の前で友達を傷つけたら気が済むんや!!!」

 大山田は大声を放った。大山田の形相は怒り狂っている。不良共に思考させる隙を与えない。大山田の次に近い男の襟と袖を素早く取って、体を半回転しながら背中にのせて、その男を放りなげた。

  ・・・・・・・背負投・・・・・・・

 背負投である。大山田は不良を投げ飛ばしていた。

 不良どもは皆、大山田から離れていき、後ずさりをしていく、そして俺達の前に立った。

「おい!達也と井上をこんなにした奴はどいつや?!殺してやるよ!」

 大山田の歩みは止まらない。不良をどんどん突き当りまで追い込んでいき、不良どもは首を横に皆振っている。こんな恐い、大山田は見たことがない。とても恐くて、そしてもの凄く強い。俺は、あまりにも恐い大山田にフリーズしてしまっていた。

 不良達は皆、戦意喪失している。もう明らかに、圧倒的な大山田の前に刃向える奴などいなかった。それどころか、恐らく死の恐怖さえ感じているかもしれない。皆、顔面蒼白だった。

  ・・・・・このままではやばい・・・・・

 俺は動けなかった体を、脳から神経に命令させることによって動かして、不良を挟んだ所、大山田の目の前に立った。

「もういいんだ!大山田。これ以上手を出さないでくれ。」

 俺は大山田にそう言った。

「アホか?!許せるかボケ!俺の目の前で二回目やぞ!二回もコイツら、友達を傷つけよって、もう遅い。殺さな分からんのじゃ!こんな奴ら!」

「もういいんだ、このまま、これ以上やったら本当に死んでしまう。どうか心を抑えてくれ!」

 大山田は俺を振り払った。俺はそれによって尻もちをつく。大山田の殺気は尋常では無かった。これでは本当に相手を殺しかねない。なんとしてでも止めなければと思ったが、尻もちをついている状況で、見上げる大山田の風貌は鬼そのものだった。それに俺自身も圧倒され、もう何もできなかった。

どんどん距離を縮めていく。ゴクリ、この状況で俺は、唾液を飲み込むしかできない。そして、大山田が怯えている不良の襟を右手で掴もうとした瞬間、後から井上が飛び出した。そして大山田の右手を両手で抱きしめた。

「何するんや?!井上、お前、巻き添えくらうから引っ込んでろ!」

 井上はそう言われても必死に大山田の右手を抱きしめている。

「嫌だ!離さない。」

「どいとけ言うてるんが分からんのか!」

「嫌だぁ!!!」

 井上は大声を上げた。井上は、必死に、そして涙を流しながら大山田の腕にしがみついている。

「・・・・もう、もう、いいよ。大山田。僕たちの・・・・僕たちのために、もうこれ以上誰かを傷つけないで・・・・。」

「誰かを傷つける・・・・・。」

 大山田は、その言葉に反応したように思えた。そして、少し固まった後に、涙を流しながら必死に訴えている井上の頭をなでた。

「フッ、もう、ほんまに、こんな小さい体で一丁前に体張って、こんなんにまでなって・・・・。」

 そう言うと、大山田は不良どもの方を向いた。

「おい!この場は見逃したる!でもな、これ以上、また俺らにちょっかい出すんやったら、俺がタダでは済まさんと、お前らの周りにも言っとけ!」

 不良達は我先へとその場から走って逃げて行った。


 俺は二人のそばに駆け寄った。

「大山田・・・・・・。」

 大山田は俺の声に反応し、言った。

「すまんかったな、心配かけたうえに、振り払って。」

 大山田の顔を見ると、もう、さっきまでの怒りの表情が消えていて、いつものどおりの顔に戻っていた。

「いや、謝らないでくれ、むしろ礼を言うのは俺の方なんだから。」

 俺はそう言った。

「礼なんてよしてくれ、俺は自分自身を怒りで見失ってた。それをお前らが必死に止めてくれたおかげで、自分を取り戻すことができたんや。恩を感じてるのは俺の方や。」

 そう、笑顔で俺たちに言った。

「おおやまだぁ~、良かった。いつもの大山田に戻ってくれて。」

 井上はまだ泣きじゃくっている。でも、さっきまでの涙と意味は全く違うものだろう。

「お前、本当に頑張ったな。ありがとう。」

 泣きじゃくる井上をまるで介抱しているのかのようになだめていた。とても大山田は強くて、優しい。そう思ってしまった。

「でも、大山田、お前とっても強いんだな。柔道の技だろ?あれ?」

「・・・・・おう。そうだ。」

「あれ、柔道の技だったの?」

 井上は泣きじゃくっていたが、とても驚いて高い声を上げて言った。

「・・・・・俺はもうとっくの昔に、暴力、柔道は捨てたんや。だからもうこの力は使わんと決めた。でもまた使ってしまったな・・・・。」

 急に大山田はの手は震えだした。その震えは尋常な震えでは無い。俺はとっさに大山田の両手を合わせて、握り締めた。

「何があったんだ?その訳を教えてくれよ。」

「あのな、俺・・・・・・。」

 大山田は、静かに話始めた。

「俺は小さい頃から中学二年まで、大阪の道場でずっと柔道やってたんや。小さい頃、体が小さかって病弱やった俺は、親の勧めで道場に入ることになったんやが、きっかけが何にしろ、俺は柔道の才能があったみたいで、みるみる強くなっていってな、体も健康になり、俺の柔道の強さに合わせるように、どんどん体も大きくなっていった。そして気付けば道場内では敵がいないようになるまでになって、小学生の高学年からか、全国大会の出場の常連になってた。俺は本当に柔道が好きになってしまって、柔道しか見えなくなってしまうまでになった。周りの期待も大きくなっていてな、両親、道場の人達にも、すごく期待されてて、それがプレッシャーになってたこともある。でも、応援してくれるから、すごく、ひたむきに頑張ってたんやと思う。そのまま、俺は柔道の世界だけで生きてて、中学二年の夏休みまで過ごしてたんや。でも、その年の夏休み、全国中学生柔道大会に出場したときや、俺は66キロ級、個人戦に出てたんや、そしてその大会の二回戦、一回戦勝った時、俺はもの凄いプレッシャーや緊張をもってたんやけど、いざ試合となれば結構うまくいってな、一本勝ちを決めることができた。俺は、今の感じがいい!と思って、心身ともにええコンディションやと思ってたんや。その感覚で挑んだ二回戦やった。相手は俺より各上の相手やった。俺は必死に倒されんようにせめぎ合っていた。必死やった、自分のコンディションが良かったこともあったが、そん時の気持ちはやっぱり、全国大会に出場したから、周りの期待に応えなと、自分のことよりもそれが脳裏によぎってた。そして、先に相手に有効をとられる。そん時は凄い呆然として、気が気じゃ無くなっていた。なんとしてでも、投げなければ、その思いに精神が占められてて、審判の『はじめ』がかかった途端、飛び掛かるように、俺の得意な技、背負投をしかけにいったんや、でも相手は各上、全然、崩れてくれなかった。それでも強引に背負い投げにもっていったら、俺も投げる体勢が悪かったから、上体が崩れてしまった。相手は俺の背中の上で滑るように落ちていき、飛び出すように前に飛んだ。その時、最初に右腕から着いたんや。変な状態で落ちていったもんやから、肘に凄い衝撃を受けて、倒れた後、体を丸めて、肘を抱え込んで叫んでいた。俺は、その光景を目の当たりにして、気が気じゃ無かった。とんでも無いことをしてしまった、その思いに心の中がいっぱいになったんや。それで、その罪悪感に似た感情から、その次の試合は辞退して、その相手と一緒に病院ついていったんや。そしたら、診断は上肢切断だった。相手は二度と柔道どころか、普通の生活にも支障が出る程の怪我をさせてしまったんや。俺は何度も頭を下げたが、もう、俺がやったことは決して許されるようなものやなかった。相手は優しくてな、柔道やってたんやから、しょうがないと、泣いていたが許してくれた。でも、もう顔見せんとくれと言われて、病院を後にした。それからや、俺はもう、柔道をしたく無いと思うようになった。もう、誰かを傷つけるのが怖いんや。自分が掴みとる、この二本の手、それは凄い責任が付いてくる。それが、怪我させたことによって初めて気付かされた。俺はもう、たとえ柔道であっても、暴力は嫌なんや、俺の手は誰かを傷つけてしまう。だから、俺はもう何があっても、この手で人を傷つけないと決めたんや・・・・・。」

 俺は大山田の告白に戸惑いを感じていた。あの涼介を助けなかったことや、三枝に対する発言で、正直、大山田のことを薄情者だと思った節があった。しかし、大山田も辛い過去を背負ってこれまで生きてきたのだ。大山田は決して薄情者では無い、むしろ友達思いで、友達のためにこうやって、助けてくれる奴だ。自分自身との葛藤が物凄くあったのだろう?涼介のことを工場の扉越しで見ている時も、自分が助けにいけば助けられた。それなのに、もう人を傷つけたくない思いから、それを押し殺して、また、助けにいかなかったことで悩み、葛藤する。そんな不器用な奴だったのである。

「大山田、もう一人で抱えこまないでくれ・・・・。」

 俺は大山田の心中を察して、そう言った。

「この問題は俺自身の問題なんだ、お前らにそれを背負わすことはできないよ。」

 井上は泣き止んでいて、大山田の話を聞いている途中はずっとうつむいていた。


「大山田・・・・・でも、助けにきてくれて、ありがとう。」

 

井上は顔を上げて無垢な笑顔をみせた。

 大山田は手の震えが、その笑顔を見た瞬間止まった。

「俺は、俺は、許されない人間なんや?!この手でまた人を傷つけてしまった。人の選手生命、そいつの人生を台無しにしてしまった、最低な人間なんや、そんな人間に、ありがとうなんて言わんでくれ。」

 大山田は、また、井上の純粋な言動や笑顔に心が動いたように思え、そして、戸惑っている。

「大山田、お前はその手で人を傷つけたかもしれない、でも、お前のその力はこうやって人を救えることもできるんだぜ。俺達がこうやって無事でいられるのは、お前が駆けつけてきてくれたお陰。感謝してもしきれないよ。」

 俺はそう言った。そう言うことで、大山田の心の辛さを少しでも軽くしてあげたいと思ったからだ。

「そうかもしれない。でも、人をまたこうやって傷つけてしまったことに変わりは無いやろ?コイツらは本当にどうしようも無い程クズや!でもな、人にどうでもいい奴なんて存在せーへん、コイツらも大人になって、そして、世の中の誰かを幸せにするかもしれない、人の一生ってのはそいつだけのもんなんや、それを、俺がこの手、暴力によって奪い取る権利なんてあらへんのや!」

 大山田はいつの間にか涙を流しながら話していた。まるで、コイツの背負っている十字架はものすごく大きいことをそれが表しているかのようだ。

「違うんだ。大山田、それはお前にも言える。そうやって、過去を背負いこんで、自分を騙して生きていくことは、お前は自ら不幸な道を進むことになるんだぞ!もういいんだよ、大山田、お前らしく生きてくれ。その思いを受け止めながら、お前の手で誰かを幸せにして、お前自身も幸せになってくれよ!俺はお前にそれを望んでいる。それは井上も、そして涼介もそれをきっと望んでいるよ。」

「うん。きっとそうだよ。」

 と井上も言った。

「・・・・・・俺は、本当に許されるのか?」

大山田はそう言うと、自分の手を広げて掌を見た。俺は広げた掌を掴んで言った。

「そんなに自分を許せないなら、それでもいい。でも、俺達はお前のこの両手に救われたんだ。お前はこの手で幸せにする人を増やしていけばいい。それはお前が一人で抱え込んでいるものよりも、どんどん大きくなるんだよ。」

 大山田は顔を上げて俺達を見る。俺達は笑顔でそれに応えた。それを見て、大山田は泣きながら言った。

「俺は、俺は、本当は柔道だってしたいんや。でも、そのことがあったから、高校は柔道部が無い学校をあえて選んだのに、なんでお前達が柔道始めるや。ほんま訳分からへん。」

 流れる涙をぬぐいながら言った。それを見て井上が言った。

「じゃあ一緒に柔道しようよ!その傷つけてしまった人も、大山田が柔道で強くなっていってくれて、実績をつんでいってくれたら、それもきっと分かってもらえるし、きっと柔道を続けてくれることを望んでいると思うよ。」

 それを聞いて、大山田は泣き止んで笑った。

「そうかもしれないな・・・・・・ったく、分かったよ。お前らと柔道するわ。好き勝手言いよってからに・・・・。」

「そんなつもり無いよ・・・・・。」

 と井上が焦る。

「でもな・・・・・ありがとう。」

 大山田はとても優しい笑顔を見せた。その笑顔を見た後、俺は言った。

「おう!よろしくな。」

「皆、がんばろうね!」

 井上がそう言った。俺達は三人で声を揃えて言った。

「おう!」



 俺達は大山田に道場に来ないかと、誘って道場までの道を歩いていた。

「それにしても、大山田、どうして俺達があそこにいるって分かったんだ?」

「宗明学園の不良に俺もマークされてたんや、俺もスタバを出ていった後、帰ろうと思ったけど、そいつらがからんできよってな、黙って言うこと聞いてついていったら、何やら、お前らの叫び声が聞こえたから、駆けつけたんや。」

「そうだったのか・・・・・。」

「お前にからんでた奴らはどうなったんだ?」

「逃げたんやないか?」

「・・・・・そうだな。」

「でも、気になることがある。あの宗明学園をしきってた、俊介とか言う奴はどこ行ったんや?あの時の復讐なら今日いたっておかしないのにな・・・・・。」

 大山田は難しい顔をした。

「分からないが、今日、道場にいる斎藤勇気って奴にこっぴどくやられたから、改心したのかものな。」

「ハハハ。」

「でも、そいつ、そんなに強いんか?ちょっと手合せしてみたいわ。」

「ハハハ、どっちが強いんだろうな?」

 そんな話をしていると、道場に着いた。



「右足を前に踏み込んで、それを軸にして、体をこうやって素早く180度回転させるんだ。右足の親指あたりに体重をのせて、上体は背筋をこうやって伸ばす。俺の真似をしてやってみ。」

「うん。」

  ガラガラガラ

「すみません。遅れました。」

 俺は勇気と体さばきの練習をしていたら、その道場の扉を開いた者達に驚いた。

「どうしたの?瀬川君?!何があったの?!」

 優利は慌てて駆け寄った。俺は目を疑った。達也と井上の顔がボコボコで打ち身により、青くふくれあがっている。制服の下で見えないが、恐らく体も同じ状態であろう。それと二人の横には大山田もいた。俺も練習を中断して、急いで駆け寄る。

 達也はさっきまであったことの顛末や大山田のことを俺達に話した。

「そう・・・・そんなことがあったのね、やっぱり私達がついていれば良かった。」

「それは関係ないよ。むこうがその気なら、いつかはどの道こうなってた。でも、大山田が助けてくれたんだ。」

「大山田君・・・・・。」

 俺達は大山田の方を向いた。

「大山田、そんなことがあったのか?!ごめんな、お前の気持ちを知らないで。」

 そう言ったが、大山田はそっぽを向いている。俺を、俺達をまだ無視している。どうしてだ?・・・・・。

 そうすると、大山田は、俺の着ている柔道着の横襟と外中袖を持って、俺を後ろに崩して、右足のアキレス腱あたりを右足裏で刈った。俺は刈られた瞬間、反射的に横受身の体勢に入って畳に落下した。

「こ、小内刈」

 優利はそう言った。

「ほんまやな、受身はこの短期間でものにしとる。」

 俺は、上体を起こして立ち上がる。

「何すんだよ?!大山田!」

 俺は怒って食って掛かった。

「俺は不器用なよってな、仲直りの握手とか、そんなんしたない。組手でそれをやろうと思ったが、お前、よー考えたら、まだ投げられへんのやったな(笑)」

大山田は明らかに、しらじらしかった。でも、投げられたことで、今までのわだかまりや話を聞いてからの大山田に対する同情心そんなものが吹っ飛んだ。もしかしたら、そういう意図があったかもしれない。

「も~なんで、皆、急に勝手に投げるの?」

「ハハハ!」

 大山田、井上、達也も、俺も、笑っている。俺達は元通りの仲になったのだ。いや、色々な経緯を経て、四人がこうやってまた集まれることは、前よりもずっと進んで、こうやって、また四人になった。俺達は成長している。そう思った。

「ほんで、こいつが噂のおてんば娘か?」

「何よ!この前、私にひどいこと言って。私と話してくれると思ったら、最初にそれなの!ほんと、怒るんだからね!私。」

 優利はプンプンしている。大山田はやってしまったと思ったようで、焦り、

「ごめん、ごめん。この前は言いすぎたわ。」

「おてんば娘については、何も言わないのね!」

 優利はまだ、目くじらを立てている。

「ハハハ。」

 俺達は皆して笑った。ここにいる、四谷坂学園の生徒は皆、気持ちを共有しているように感じた。皆で一つの思いになれる。俺はこのメンバーが大好きで、このメンバーならどんな困難でも乗り越えていける気持ちになっていた。


「おい!涼介、戻ってこい。練習に戻るぞ。」

 と俺達と離れたところで勇気が言った。その声を受けて、俺も練習に戻ろうと歩いていったが、その前に大山田が勇気の前に立った。

「お前が噂の斎藤勇気か?!確かに強そうやな?」

「いきなり俺を名指しでお前とか言ってんじゃねーよ。」

 勇気は大山田の態度に機嫌を損ねた。そんなとき、師範が駆け寄ってきた。井上や達也も近づいてくる。

「皆、大変な目にあったんやな。勇気、お前、宗明学園代表として謝っとけ。」

「なんでだよ。俺、関係ねーよ。」

「まーそれはそうなんだがな・・・・。」

 師範は少し困った顔をした。師範はこの二人があまり相容れないと心配して、での言動だったかもしれない。

「それはそうと、君、柔道やってたんやね。大山田君か、さっきの小内刈といい。強そうやね。うちの道場でまた柔道やってくれるか?」

「そう決断してなきゃ、ここにいませんよ。俺、もう一度、柔道をやります。それが、一番悔いが無いと気付いたんです。」

「そうか、大歓迎やで。頑張ってや!」

「てか、師範、関西弁しゃべるんですね。なんか、もう好きになりそうですわ。」

「ハハハ。」

 二人で笑っていた。どうやら師範とは意気投合したようだ。しかし笑い終わると、大山田は勇気の方を見て言った。

「さっきはいきなりお前とか言って悪かったな。斎藤君でいいか?」

「おう、初対面でお前とか言われるの俺は好きじゃないからな、別にいいけど。」

「俺と手合せ、乱取しないか?」

 そう大山田が言うと、道場内は水を打ったように静まり返った。

「いいけど、ブランクあるだろ?大丈夫なのか?やるからには本気でいくぞ。」

「これでも、中学時代は元大阪代表やで。確かにブランクはある。でも、もう四谷坂学園の柔道部員や。あの名門、宗明学園の柔道部員の実力知りたくてな。」

「そうか、なら着替えてこいよ。大山田君。」

 俺は、二人の目の間に火花が散っているように思えた。静かに話しているが、二人とも凄くお互いを意識しているように思える。


 大山田は着替え終わった後、軽く体操やストレッチをして、体を慣らしていた。そして準備ができたら言った。

「斎藤君、もうええで、始めよか?」

「おうよ。」

 勇気は大山田にそう言われると、少し笑みをこぼしていた。大山田との第一印象はあまり良くないことは確かだろう。でもこの闘い自体は凄く楽しみにしているようだ。

 乱取りとは技を自由にお互いにかけあう試合を想定した、実戦形式の組手である。この乱取は皆、注目して、勇気と大山田の闘うスペースを中心に円を描くように皆、正座をして座っている。俺もこの二人の闘いに目が離せなかった。

「皆、凄く、興味を抱いているみたいだね。」

 俺は優利にそう言った。優利は

「当たり前よ。この道場で勇気は一番強いんだから。それを新しく入ってきた新人がどれぐらいできるか、やっぱり皆、興味を抱かずにいられないのよ。」

 と俺に返答した。

「でも、大山田も相当強いと思うぞ、どっちが強いんだろうな。」

 と達也が言った。

 何にせよ、この乱取は四谷坂学園生徒も道場の門下生もすごく注目を抱かずにはいられない闘いだった。

「ほないくで。」

「おう。」

 師範が審判になり、はじめがかかる。

 お互いが距離を縮めて歩み寄っていく。手を触手のように出し、掴もうとして、道着をずらして掴ませなかったり、離したり、そう思ったら、また距離をとったり、なかなかお互い組もうとしない。

 そう思っていたのも束の間、お互いほぼ同時に道着を掴み合った。まず、大山田の方から仕掛ける。勇気の両足の間の前に右足を踏み込み、左足を右足後方に続けて置いて、反時計周りに180度回転しながら股の間に右足を入れて内股を仕掛けにいった。しかし、勇気への崩しは不十分で、袖を持ったまま、元の体勢に戻した。そう思ったら、次はすぐ勇気が仕掛けていった。その体勢のまま、引手を引っ張りながら反時計回りに180度回転しながら、右足を大山田の右足前につかせ、体落を仕掛けようとしたが、大山田は崩されてはいたものの踏ん張って耐えていたので、二人して前に倒れてしまった。

 すぐ様、二人は立ち上がり、またお互い距離をとり、相手の出方をうかがっているように思えた。

 ゴクリ、一瞬たりとも目が離せない攻防に思わず唾を飲んだ。そんなとき、優利が言った。

「なかなか強いし、思い切りがいいわね。大山田君、ブランクを感じさせない。でも、あの思い切りのよさは、焦りからよ。」

「どういうこと?」

 と俺が聞く。

「おそらく、早く勝負をつけようとしている。そういう、一本を狙う柔道が彼のスタイルでもあるのだろうけど、組んで勇気の強さを肌に感じているのよ。」

「つまりは斎藤の方が強いから、早く投げに入って勝負をつけようとしてるって訳か・・・・。」

 と達也はいう。

「うん。勇気の方が強いのよ。」

 と、まるで、自分のことのように自信を持って言い切った。そのことで俺はまた二人の関係を勘ぐってしまって、不安にさせられる。

 そんなことを話していると、優利が言った通り、大山田の方から仕掛けにいった.大山田は体落を仕掛けるように、体を半回転させて、引手を強く引っ張って右足を右足前に着かせる。しかし、その技がくることに反応した勇気は、大山田の右足を右足でまたいで大山田の右側に移動する。そして、体落としを仕掛けにいったことで不安定になった大山田の体勢を左足で右足かかとを刈ることによって、後ろに一気に崩し、大山田は畳に落下した。この攻防を簡単にまとめると勇気は大山田の体落に対し、小外刈で返して倒したことになる。


「痛たたた。こんなにキレイにきめられると思わんかった。」

 受身をとっていた大山田は起きながら言った。

「練習不足、その一言に尽きるな。」

 勇気はニタっと笑いながら言う。

「二年以上ブランクある奴に、そんなこと言わんといてくれ。」

「ハハハ。」

 笑いあった。二人は組手をすることでお互いのことを認め合ったようだ。俺には二人がとてもカッコ良く見えた。お互い意識し合い、相容れないと思われていた二人だが、組手をすることでお互いを分かり合え、そして認め合うことができる。柔道で真剣に勝負すること、それは、そんな言葉や理屈を超えた気持ちを共有することができるのだ。俺はそう思った。そして、一刻も早く二人の横に並びたい。そう思わされたのだ。

「?どうしたの?涼介君?」

 不思議そうな顔で優利が俺の顔を覗き込む。

「いや、すごい乱取だったなって・・・・。」

「そうだね。ふたりともスゴイよ。」

 大山田はいつの間にか拍手を受けていた。

 そして門下生が皆、大山田の周りに集まってくる。

「君、強いね。あの勇気相手によく闘ってたよ。」

「最初、一緒に倒れたときは、もしかしたら、と思ったんだけど。でも、絶対強くなれるよ。次がんばって!」

 など、皆から喝采を受けていた。それを横で聞いていた。勇気が言う。

「勝ったのは俺だぜ。なんで俺に皆、一言もねーんだよ。」

「お前はいつものことだろ?」

「あ~そう。」

 勇気は少しすねた。

 俺達も大山田の周りに近寄った。そして、優利が大山田に話しかける。

「大山田君、強いね。こんな強い人が入ってくれることは嬉しい大誤算だわ。」

「どういうこっちゃ?」

「指導員が二人になっちゃう。」

「別にええんちゃうか?その方が、一人一人良く見れるから、早く習得してもらえるやんけ。それに、三枝一人に教えてもらってたら、不安材料が多すぎてかなわん。」

「どーいう意味よ!」

 俺達は笑った。そして勇気が近づいてきた。

「俺も確かに誤算だったよ。まさか四谷坂学園にこんな奴が入ってくるとはな。」

「慰めはよしてくれよ。まだまだ高校レベルでは無いらしいな。斎藤の学校には、俺のレベルでは遠く及ばんやろ。」

「ハハハ、そんなこと無いよ。俺がキャプテンなんだから、宗明学園では俺が一番強いんだよ。それにブランクあるんなら、しょうがないぜ。これから大山田も勘を取り戻していって、強くなっていったら、俺もうかうかしてられない。」

「それもそーやけど、これから、自分の練習ばっかしてられる訳にいかんからな。コイツら、早くまともに柔道できるようにせーへんと・・・・前途多難やな(笑)。」

「そうか、まぁ期待してるぜ。」

 そのやりとりを聞いて、呆れていたのか、まっとうなことを言うものが一人。

「あのな・・・・・。まだ、柔道部出来てないの忘れてないか?」

 と達也があきれ顔で言った。

「あっ・・・・・。」

「私、てっきりもう作った気でいたわ。」

「ホントに・・・・・。明日、俺が嘆願書持っていくけど、とりあえず皆、名前書いてくれよ。それで後は顧問の先生、誰かに頼みにいかないと・・・・・。」

 それを聞くと、優利がきつく言った。

「ダメよ!まだ書いちゃ!私も入れて5人じゃダメなの。団体戦に出られない。」

 それを聞くと、達也は。

「まぁそうかもしれないけど、まず部を作らないと、その後でもいいじゃん。」

「ダメったらダメ。」

 優利は断固として引かない。

「なんで、そんなに団体戦にこだわるんだ?」

 と達也は言った。

 それを聞くと、勇気が言った。

「柔道ってのは確かに個人競技なところもある。でも、強い学校ってのは大体、団体戦も強い学校が多いんだよ。信じられるか?明らかに20キロぐらい階級が違う相手を投げ飛ばすことだってできるだぜ。それは、明らかに個人の強さを超えている。それは、やっぱりチームの力、それによって生まれる絆が個人にパワーを与えるんだ。だから、強くなるにはチームを作ることが重要なんだ。」

 俺はその言葉をすんなり受け止めてしまった。大山田はもちろんだが、井上、達也も、その言葉を聞いて俺達のチームを作ることに納得させられたのだろう。達也が言った。

「分かったよ。はぁ=3明日も気合入れて、勧誘するか。」

「そうよ、結成も揃っていった方が絶対いいんだから!明日もがんばるわよ。エイエイオー!」

 と俺と達也と井上は腕を上げさせられる。

「えいえいお~。」

 大山田は呆れた顔で言った。

「何だそれ?!」

 道場の皆もクスクス笑っている。それを見ていた勇気が言った。

「こいつの昔からの癖だよ。やってあげてくれ。」

「はい、大山田君も。」

「エイエイオー!」

「えいえいお~。」

 恥じらいながら、大山田は腕を上げた。

「めっちゃ恥ずかしいわ。笑われんでこれ、試合の前にやらすのは勘弁やからな。」

 と言うと、勇気は言った。

「これ、実際、結構ご利益あるんだぜ。大目に見てやってくれ。」

「・・・・・考えとく。」

 そのやりとりも、皆から笑われていたが、なんだが周りの視線が暖かく感じていた。でも、勇気が言った、昔から・・・・・。俺は優利の顔をチラッと見た。やはり勇気との関係が気になる。俺は優利の気持ちをいつか確かめないといけないことを感じていた。

「よし!とりあえず、サラブレッドがうちの道場に入ってきてくれたんやな。」

 今までどこにいたのだろう?存在を忘れられていた師範が話かけた。

「ええっ!僕のことですかぁ~!」

 大山田は言った。しかし、大山田も存在を忘れていたようだ。ええっ!のトーンがやたらに高かった。

「ますますうちの道場も強くなること間違いなしや。二人で切磋琢磨してや。」

 それを聞くと、大山田は真面目な顔をして。

「そうですね。でも、自分が強くなることも意識してやるつもりではいますが、とりあえず、賭けるなら高校のインターハイ。それ目標にするんで、指導の方も力入れていくつもりなんですよ。二兎追うものは一兎も得ずと言いますが、僕は両立する気持ちで頑張りますよ。」

「せやな。お互い部活始まったら、優利と大山田君、お互い補えるとこは補い合って、この子ら強くするんやで。期待するわ。」

「俺もな。今年のインハイ予選が楽しみだよ。」

 と勇気が言う。それを聞くと、達也がまたしらけた顔で言う。

「あのな、お前ら、まず部を作ろうぜ。」

「ハハハ。」



「柔道部です。よろしくお願いします!」

「この学校で一緒に柔道始めませんか~!」

 俺達は早朝から5人は声を出して、校門前で必死に勧誘している。

「なかなか、あと一人やのに、なかなかつかまらんもんやなぁ~。」

「そうだな、よく考えたら俺達の身内しか部員になってないからな。なあ三枝、この作戦変更しないか?」

 と達也が言った。

「どういうこと?」

「いや、よく考えたらうちの学校、30人しか男子いないんだぜ。一人一人、教室まわっていった方がいいよ。」

「それも、そうね・・・・・。」

 と優利が考える。

「そうやな。あと、いきなり柔道始めようって、言われても、なかなか踏み出せないと思うんやけどな。魅力伝えていかな。」

「と言うと?」

 と俺が言った。

「う~ん、難しいな。実演や体験がええんやけどな。ところで三枝、柔道部作ったとして、俺達、どこで部活動するつもりなんや?あの格技場か?」

「そのつもりだよ。」

「そうか・・・・ほな、一日貸しきろか?俺と三枝で組手したらええと思うんやけど。」

「その案いいかもしれないわ。大山田君と私がいたら、カッコいいとこ見せれるじゃない!きっと入ってくれるわよ。まさに灯台下暗しとはこのことよ!」

「はい?!ともかく格技場おさえればいいんだな?」

 と達也。

「待った!格技場は皆そろってから初めて入ってみたいのよ。」

「・・・・・?なんで?」

「なんでもよ!」

 大山田と達也が頭を掻いた。

「も~ホント我儘だな。」

 と達也。しばらく無言になると、俺が言った。

「でもさぁ、別に格技場じゃなくてもいいんじゃない?体育館にマットしいてさぁ!」

「言うても、放課後、運動部使っとるやろ?」

 それを聞くと井上が

「それなら昼休みでいいんじゃない?」

「そうよ。そっちの方がいいじゃない。体育館の方がギャラリー多いわよ!きっと。そして、今日のお昼休みに実演と体験会をするのよ!」

「今日!?」

 皆、口を揃えて言う。

「も~なんでも急やし、何考えとるか分からんし、めちゃくちゃな注文するやっちゃな、皆、振り回されとるで・・・・。」

 それを聞くと、優利は少し反省したようだ。

「ごめん、でも、皆だって早く柔道部作りたいでしょ・・・・。」

「まあそれはそうだが。で、案は?・・・・・」

 と達也が言った。

「それは皆で教室をまわって、黒板の前でこのことを伝えるのよ!柔道着を着てたら、なおこの宣伝には効果抜群よ!」

「はぁ~~~~??!!」

 俺達のリアクションは皆同じものだった。俺達が呆れかえっていると、登校している女子生徒達の雑談が聞こえてくる。

(てかさぁ、今日の体育、外でハンドボールだって・・・・・)

(うわぁ、ほんと、この暑いのにやめて欲しいよ。)

「・・・・・・・。」

「どうしたの?皆?!」

 皆、呆れかえってぐうの音も出ない。

「お前、一言確認するで?恥ずかしくないんか?」

「何に?」

 優利首をかしげた。まるで分っていない様子だ。

「わったよ。とりあえずだな、今から、体育館借りられるか、先生に許可とってくるよ。」

 と達也はしぶしぶ承諾したようだ。

「・・・・任せるわ。」

 皆、優利の行動力に驚かされ、それが嫌だと思っていても、何故か、しぶしぶ動かされる。何故だろう?こんな滅茶苦茶で皆の意に反してばかりの行動に皆、ついて行ってしまう。でも、だからなのだろうか?優利の行動に良くも悪くも、目が離せないのだ。だからついていきたいって思うのだろう。


 俺達は教室に一旦戻って、達也の席で達也の報告を待っていた。

「生徒指導の小野先生に言ってきたよ。」

「それで?!」

「体育館、昼休み使えるように手筈整えるってさ、でもどうやって人集める気だ?って聞かれて、答えたら、苦笑してたぞ。」

 と達也も苦笑する。

「良かった!皆、柔道着持ってきてるわね?!次の休み時間、まず一年生の教室からまわるわよ!」

「おう。」

「おう、じゃない、エイエイオーよ!」

「エイエイオー」

 ようやく、皆、慣れてきたようだ。恥ずかしく無くなってきている。

 キンコンカンコン

「皆ぁ~。席につけ、ホームルーム始めるぞ。」

 と言って、担任の加藤先生が入ってきた。



 次の休み時間。俺達は柔道着を着て一年の教室が連なる一階に行くため、階段を降りていた。ハッキリ言って滅茶苦茶目立つ。

(クスクス、なんだろうね?あれ?)

 気のせいだろうか?いや気のせいでは無い、笑われていてひそひそ話されている。

 優利の顔を見てみる。さすがに少し赤面している。やはり優利も恥ずかしいのだろうか?それとも、これからやることに緊張のため、気持ちが高ぶっているのだろうか?そんなことを考えていると、一年A組の教室の前まできた。

ガラガラガラ

 優利を先頭にして皆、教室に入っていく。一年の生徒は一体何が始まるんだ?みたいな顔をして視線が集まってくる。

 俺達は優利が言った通り、白いチョークを取り出して黒板に大きな文字を書き始めた。『柔道部にようこそ!』と書き終わると、真ん中に立っている優利がコホンっと一回してから大きな声で言った。

「このたび、私達は男子柔道部を作ることになりました。さしあたって柔道部員募集のため、今日のお昼休み、体育館で実演、体験会を開きます!皆さん見に来てください!」

 皆、目を白黒させている。しばらく沈黙した後、ざわざわ騒ぎ出す。ざわめきが静まらないまま、優利は俺達の方に振り返り、言った。

「次の教室もまわるわよ!」

「・・・・・いいんじゃないか?!他のクラスの奴も見に来てるよ。」

 と達也は赤面しているまま言った。俺を含めて三人とも赤面している。というか、こんなことを言ってる優利までも頬が少し赤く染まっている。

「はいはい!聞いてない生徒もいるかもでしょ?早く早く!この休み時間中に一年生の教室、全部まわるわよ!」

「・・・・・・」

 俺達はその休み時間中に一年の全ての教室をまわり、そして、次の休み時間は二年の教室も全てまわった。


 そして、三限目の休み時間。俺達は、達也の席に集まる。

「こんなに宣伝したら、大丈夫よ。きっと、体育館は人だかりができてるわ。」

「・・・・俺達は何かを引き換えに、何かを失ったような気がする・・・・。」

 と達也が言った。

(あの子達よ、あの子達、柔道着着て教室来た・・・・)

(柔道の体験会!?今日のお昼休みにするんだって?!)

 もう、俺の教室、いや学校全体が俺たちの話題でもちきりだ。皆、俺たちに視線を集中させて俺たちのことを話している。俺たちはかつて、こんなにも大勢から注目を浴びせられることが無かったので、ものすごく今、恥ずかしい。

「何よ!いいじゃない?!こんなに注目を集めているってことは、宣伝が上手くいったってことよ。」

「まあ、そうだが・・・・。」

 と達也は返答した。そして、黙って聞いていた大山田が言った。

「でも肝心なのは、注目を集めることよりも、男子生徒が来てくれるか?やろ?!大丈夫やろか?ギャラリーが増えるのはええが、男子生徒が来てくれへんことには、あまり意味無いからな。」

 確かにそこは心配の種だった。どんなに皆に呼びかけても、ここは女子が大半を占める学校、男子生徒が来てくれなければあまり意味が無い。

「皆、消極的に考えすぎ、大丈夫よ。きっと来てくれる。とりあえず次、昼休みだから、チャイムが鳴り次第、早く柔道着に着替えてマットひかないとね。」

「・・・・・おう。」


  キンコンカンコン

 皆、急いで体育館に向かう。もうご飯など、当たり前だが食べている暇など無い。そして俺達は体育倉庫で柔道着に着替えて、マットを引っ張り出す。

「マット、何個ぐらい引く必要あるんだ?」

 と俺は大山田に聞いてみる。

「実際の試合のスペースって結構広いんや。でも、そんな、マジで三枝と乱取する気も無いし、短いマットを四個ぐらい持って行って、正方形に敷いてくれたらええ。」

「了解!」

 俺達は急いでマットを体育館の真ん中に引っ張り出して、四個を並べて、正方形の形に敷いた。

 そんな中、もう生徒たちが集まり始める。

「三枝?!これでええか?」

「うん、大丈夫よ。」

 柔道着に一人だけ、体育館の放送室で着替えていた優利が出てきた。

「でも、大山田君、実演なんだけど、何を見せたらかっこいいかな?」

「お前、何も考えてへんの?」

「いや、そんなことは無いんだけど。」

 優利は少し焦っていた。

「たっく。」

 優利と大山田は作戦会議に入っている。俺達は、柔道着に着替えているものの、あの中に入ることができない。少し、大山田が羨ましくもあり、自分が歯がゆくもあった。そんな時、優利と大山田が俺の方を向いた。

「受身できるんやろ?お前も協力してもらうわ。」

 と言って、俺を呼んだ。俺は自分にも何かできることが少し嬉しく思えた。


「けっこう、ギャラリー増えてきたな。」

それから数分後、大山田が言った。

「もう始めよか?!」

「でも、男子生徒、この中に何人いるんだ?」

 と達也が言う。

 確かに、あまりいない、もう、お祭りでも始まるかのように、俺達の周りに生徒たちが集まってきてはいるものの、男子生徒はまばらで、10人いるかいないか、だった。

「物見遊山気分でもエエから、来てくれたらええのに、ほんまウチの男子は・・・。」

 と、大山田は少し苛立ちを感じている。

「でも、もう始めない訳には行かないよね?!もう皆、まだか?まだか?といきり立っているよ。」

 と俺が言った。それを聞いて優利がマットの真ん中に立った。

「皆さん、お静かに!」

と優利が言った。

「私はこれから作る新しい部、男子柔道部の監督を務めさせてもらいます、三枝優利と言います。」

 そう言い切った後、俺達、特に大山田は反応して、何を言ってるんだ?みたいな顔をして優利を見ていた。

「私達は柔道部員を募集しています。それで皆さんには、柔道の魅力を知ってもらうために、こうやって集まっていただいたことを大変うれしくおります。これを機会に、柔道に興味を抱いていただいて、うちの部に入ってもらえることを心から望んでいます。それでは、柔道の実演を始めたいと思います。」

 そう言い終わった後、大山田はマットの上に上がり、優利と向かい合った。そして、まず体育館にいる生徒、皆に礼をして、お互いに礼をして、歩みより、まず袖をつかみ、そして襟を掴んだ。

 俺は二人が組んだのを確認すると、会場の皆に言った。

「これから、二人には乱取、実戦形式の組手を行ってもらいます。これによって、柔道の試合がどのように行われるかご覧になってもらおうと思います。」

 そう言うと、二人は自由に袖を引っ張ったり、引き離しとしたり、動き始めた。

作戦はと言うと、特に何も決めてはいなかった。ただ、お互い、そんなに本気になるのでは無く、相手が崩れたら、できるだけ大技をしかけると言った取り決めをしただけだった。

 しかし、明らかに大山田の方が階級は上であったし、男と女ということもある。力も大山田の方が上であることは間違いない。だから、大山田はおそらく投げられる気ではいるだろう。上手く優利に崩されて、投げられる気だ。それに、体が小さい優利が大山田みたいな体の大きな人を投げることは、凄く派手に見えるし、柔道の魅力である、体が小さくても、体の大きな相手に勝つことができる可能性があることを示唆することでもある。それにより、自分でも柔道が出来ると自信を持ってもらえると考えてもらえることにも効果はあるだろう。

 そう、俺はなんとなくそう考えていた。しかし実際は、大山田は結構マジだった。勝負事に手を抜けない性格のせいか、または、優利が予想よりはるかに強いせいか、大山田は、本気で優利を崩そうとしているように思えた。なんと、内股までしかけにいっている。優利はそれに耐え、拮抗状態が続いている。

 体育館はシーンと静まり返り、この二人の攻防を見ている。二人とも、なかなか技をかけにいけないでいた。そんな中、静かに二人が組みながら話しているのが聞こえた。

(本気になってしまいそうや。なんか、仕掛けてくれへんか?派手な技の方がいいで。)

(嫌よ。八百長じゃない、本気で投げにきてくれていいよ。)

(・・・・・大内刈かけるから、返せや。)

(えっ!?どういうこと?)

 と言って、大山田は優利に体を押し付けるように、体を近づけ、右足を優利の股の間に入れ、優利の左足を右足で刈ろうとした。優利はすかさず、右足を大きく下げてそして、刈られそうになった左足で大山田の右足を払い上げた。そして大山田の上半身を両手をハンドルを切るように左に回して、体のバランスの崩れている大山田は背中をつけて落下した。そしてすぐさま寝技、袈裟固に入り、大山田を抑え込んだ。

 そして、大山田に小さな声で怒ったように不平を言う。

(相手が何くるか分かったら、そら返すわよ。こんな勝ち方、うれしくない!)

 大山田はそれを聞いて苦笑いをしていた。


 しかし、そんなやりとりがあったことは会場の皆はつゆ知らず、この攻防を見て、皆、興奮していた。

「うわー!優利が勝ったわよ!」

「女の子があんな大きな男に勝った!」

 まるで格闘技を見に来ている観客のように、会場はヒートアップし、熱が冷めきれなかった。

 優利と大山田は立ち上がって、そしてお互い礼をして、見に来ている皆にも礼をした。俺は皆に向かって言った。

「ありがとうございました。次は、体験会を行いたいと思います。皆さんの中で、柔道の技を体験してみたいと思う人はいませんか?」

 そう言うと、皆が手を挙げる。しかし、女子だらけだ。男子生徒に手を挙げている人いない。皆、顔を見合わせ、誤算だと思っているような顔をした。そして小さい声で話合う。

「どうする?女子しかいないぞ。」

 と達也が言う。

「まあ、とりあえず女子でもいいから体験してもらったらどーや?後からまた手を挙げてくれるかもしれんし・・・・・。」

 と大山田が言った。とりあえず女子に体験してもらうことにした。

「山本、受身しっかり頼むで、怪我せんよーにな。」

「うん。」

 そして、達也が会場の中から適当に女子を選んだ。

「はい、そこのアナタ。」

 当てられた女子はマットの上に上がってくる。

「これから、横で、彼(大山田)が彼(俺)に技をかけてもらいますから、彼の説明を聞きながら、彼の動きをよく見て、私を投げてください。」

 そう優利が言った。

「柔道の技、何か知っていますか?」

「う~ん、私、あまりオリンピックとか見ないから、大外刈とか、背負投とかしか分からないわ。背負投、やってみたいかしら。」

「背負投ですね。まず、こうやって・・・・・・。」


 その後、5人ぐらい体験をしてもらった。しかし、全員女子であった。俺達は全員、肩を落とした。肝心な男子が一人も体験してもらえなかったのは大誤算であった。昼休みも終わりが近づいてきている。もう皆帰り始める。

「楽しかったね。」

「柔道の試合って生で見ると結構、迫力あるんだね。」

 とか皆、感想を言って体育館から退場し始める。あっという間に体育館は空っぽになった。

「ふぅ=3」

 と大山田はため息をついた。

「あかんかったな、男子誰も体験してくれへんかった。」

「そうだね。結構、盛り上がっていたのにね。」

 と俺は言った。

 優利は無言だった。そして切り替えたように笑顔で言った。

「次がまたあるよ!また次の作戦考えてやろうよ。きっと大丈夫だよ。」

 と落胆している俺達を励ますように言う。

「・・・・そうだな。」

 皆、優利の前向きな姿勢から、気持ちの切り替えするのに背中を押されたようだ。優利は決してめげない、そういうところを決して見せないのだ。皆と同じ気持ちであったことは間違いないだろう、しかし、自分がめげたら、周りにどういう影響を及ぶが分かっている。それに、優利自身がそういう気持ちになるのが嫌なのだろう。そんな気がした。でも、俺たちは優利のそういう姿勢を分かっているし、何よりも優利の笑顔を見ると、そんな気持ちが吹き飛んでしまう。何故か、前向きにとらえようとする気持ちに自然とさせられてしまうのだ。だから俺達は前を向いて、次につなげようと思うようになるのだ。

「切り替えて、マット片づけよか!」

「おう!」

 皆、元気よく言った。

 そんな折、声が俺にかかった。

「待ってください。」

「ん?」

 皆、その声の方向を向いた。

 坊主頭の小さい男子、見覚えがある。この子は一番最初に俺達がチラシ配りをしたときに声をかけた子だ。

「僕にも、技をかけさせてください。」

  

キンコンカンコン

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。俺達は固まった。そして、俺達は硬直していた体を動かし出す。

「オッケーオッケー!何やる?」

 大山田はすごい乗り気だ。それを受けて気の小さい井上は言った。

「でも、昼休みのチャイムなったよ。もう教室に戻らないと授業に遅れちゃうよ。」

「アホか?!このチャンス逃す手はあらへん。授業なんて気にしてられるか!」

「・・・・・・。」

 俺もそう思った。この際、授業なんてどうでもいい。今、目の前にいるこの子が柔道に興味を持ってもらっている。そのことが何よりも重要で大事なことだ。

「そうねぇ~~私達は高校生、授業に遅れるなんてあってはならないことよ。」

 と優利は思ってもいないことを言う。顔は半笑いだ。

「お前、こんな時にしょうもないジョーク言っとる場合やないやろ?早く、準備せんかい!」

「ハイハイ。」

「え~、授業遅れちゃうよ~。」

 井上はまだ言っている。

「井上、そんなに戻りたいんやったら、お前一人で戻れ!」

 井上はそれを聞いて少し慌てる。

「そんなの嫌だよ~。分かったよ、残る。」

「ハハハ。」

 俺達は笑った。

「で、何を投げてみたいの?」

 と優利が言った。

「・・・・・全然、技名とか分からないんです。僕、勉強ばかりでスポーツして無かったから。」

「そうか・・・・。」

 と言うと、優利と大山田は顔を見合わせる。そして、ひそひそ話す。

(あんまり、難しい技教えて、できへんかったら、あかんと思う。簡単な技の方がいいで、)

(でも、カッコいい技見せた方がいいんじゃない・・・・。)

 しばらくして、二人は合意したようだ。

「大外刈って技かけてみよか。この技、実践でかけるのは、中々、高度な技になるけど、技自体、シンプルな技やから。」

「はい。でも、女の人相手だと・・・・・。」

 なんか、照れてモジモジしている。

「ハハハ、なんか、おてんば娘に照れとんで。」

「何よぉ~~!私だって、女の子、ていうか、おてんばじゃない!」

「ハハハ、ほんなら俺にかけてみよか?」

「はい・・・・・・。」

「緊張せんでも大丈夫や。リラックスしてみ。」

「そう、一回深呼吸してみて。」

 優利や大山田はそう言った。

 そして、その男子生徒は一回深呼吸をした。

「落ち着いた?まず、横の姉ちゃんと兄ちゃんの組んでる姿みてみ。」

 それを聞いて、俺は急いで優利と組んだ。

「確認しとくけど、右利きやんな?」

「はい。」

「そうそう、そう組むんや。今掴んでるところ、柔道の用語で横襟と外中袖っていうんやけどな。これが一般的な組み方や。それで、襟を掴んでいる手を押し込むようにぶつかるように、上半身に圧力をかけて、相手の右横についたら、俺の右足を右足の膝裏あたりで、いっきに刈るんや。はい、お手本、先やってみ。」

 優利は不服そうな顔をしていた。優利は教えるのは好きだが、指図されるのはあまり好きじゃないらしい。

  バタン

 俺は後受身をとる。

「ちゃんと見た?やってみ。」

 しかし、その男子生徒はなかなか思うようにいかず、大山田を崩せず、横にいって足を刈ろうとしているだけだった。当然、大山田は倒れない。

「もう一回。」

「・・・・・・・・。」

「もう一回」

 なかなか出来ない、その男子生徒を見かねて、俺は大山田に耳打ちした。

(もう、後ろに崩れてやれば?多分、出来ないよ。)

 大山田はそれを聞くと、少し怒って俺に言った。

(あのな、わざと崩れてやっても、感覚残らんのや。崩れた感覚、身につけてもらわな、実感としても湧いてこーへん、それにな、俺は何も、部員欲しさだけでこんなことやっとる訳やないんや、ちゃんと俺達の指導で部をこれから成り立たせていかなあかん。これから部員になるかもしれん生徒を、今、いい加減な指導で教えたとしても、そんなん後から後悔する。すぐ辞めてしまうかもしれんやろ?)

と言った。大山田はすでに部の構想をもって臨んでいたのだ。俺は、少しそんなことを言った自分に後悔した。

「できへんか?」

「はい、やっぱり僕には無理かもしれません。」

「勉強ばっかりって言ってたな。スポーツほんまに、なんもやってきてないんか?」

「はい・・・・。僕、小さい頃から勉強ばかり、親にやらされていたんで、何もできないんです。」

「・・・・・。」

「それどころか、最近は成績も良くないんで、勉強もできなくて、僕、何か始めたら、何か、できるようになりたいって、ずっと思ってて、柔道部ができるって聞いて、尻込みしてたんですけど、こうやって今できないので、これもダメなんですね。」

「・・・・・・。あのな、名前なんて言うんや?」

「山田です。」

「山田君か?!それは置いといて。山田君、できないって決めつけて、それでこんなことやってても、そりゃできんわ。ほんまに、ほんとに本気で何か取り組んだことあるんか?それに出来ないとか、出来るとかじゃないねん。努力するか?しないか?じゃないか?柔道の世界も甘くない、気持ちで負けとる奴は絶対に負けんねん。だからこの技一つとってみても簡単や無いんや。」

「・・・・・。でも、皆、投げれてたじゃないですか?やっぱり僕には、最初からスポーツは向いてないんだ。」

「あのな、山田君。もっと簡単に言ったるわ。エエからお前の本気見せてみろ!ウジウジしてんじゃねーよ!このチビ!悔しかったら、投げ飛ばしてみろ!」

 それを聞いて、山田という男子生徒は少しカチンとした。そのとき、今まで、釣手側(袖を持つ手)の圧力が全くかかっていなかったが、それを聞いた途端、本気の力で大山田に力を加えた。そして右横に着き、右足で左足を力強く刈った。大山田は倒されて、マットの上に落ちていく。

 山田は冷静になって、焦って言った。

「大丈夫ですか?僕、ついカッとなってしまって・・・・。」

「ハハハ、やりゃー出来るって始めから分かってた。明かに力が足りて無かったからな。謝ること無い。こういうふうにわざと仕向けたんや。どうや、投げられた感想は?」

「えっ!?」

 山田はようやく気がついたようだ。自分が大山田に、大外刈をかけて倒したことが。ビックリして戸惑っている。

「あのな、山田君、スポーツが向いて無いとか、そんなんに自分を最初から決めつけて、自分自身を縛り付けてて、そんなんでやっとても、何も得るもんなんてないんや。今みたいに本気でやるんや。自分の本気を見せたら、不可能を可能にすることだってできるんやで。もっと自分を信じてみ。必ず本気でぶち当たったら、得るものはある。やってみーへんか?柔道、君がこれからの将来、得られるものは約束するで。」

「そうだよ。俺たちだって、別に運動神経なんて良くないんだよ。でも、こうやってこんな二人だからついていきたくて変わりたいと思ってるんだ。」

 と俺は達也や井上と顔を見合わせて言った。

 そして井上が山田に顔を近づけて言う。

「やろう!きっとできるよ。」

 井上と山田という子はあまり身長差が無かったため、井上に言われたことがきっと嬉しいはずだろう。

「・・・・・僕、やってみます。僕、誰かと今まで本気でぶつかったことなんて無かったのかもしれません。でも、こうやって先輩とぶつかって、本気を出した、倒せたことで、何か先輩が言ったように得れるかもって思います。僕でも何かできるようになりますか?強くなれますか?」

「・・・・・あのな、皆言うんやけど、絶対強くなれる。心配すんな。俺を倒したこと忘れんな。俺を倒せたんやから、今日の自信にしたらええ、そういうことの積み重ねで必ず、強くなれるのが柔道や。任せてとけ!」

「はい!」

 後、なんか、大山田が恥ずかしそうにし始めた。

「あの、俺、大山田っていうんや、山田君、名前が気に入った。なんか仲良くできそーやわ。」

 俺達はニヤニヤして二人の周りに集まった。

「良かったわねぇ~いい弟分ができて、おお山田君。」

「おお山田君、山田君に余計なこと吹き込まんようにな。」

「うっさいわ!なんでもええやろ!?ほっとけ!」

「うわぁ~おお山田君が怒った!?」

「お前らなぁ~!」

「ハハハ、皆さん仲良しなんですね、楽しそうで、頑張れそうです。」

 それを聞くと、優利は山田に近づいて。

「私、三枝優利、二年生よ。」

「俺、瀬川達也、同じく二年。」

「俺は山本涼介。二年生、よろしくね。」

「僕は井上大輝、二年生だよ。」

「そして、俺が大山田雄輔だ。二年、柔道部の監督だ。」

「ちょっと何言ってるの?それは私よ。私。」

「ハハハ。」

「君は?」

「山田浩太です。一年B組です。よろしくお願いします。」

「うん!」

「それで、なんやが、山田君、この紙に名前書いてくれへんか?」

 いつの間に、大山田が部の嘆願書を隠し持ってきていたのだろう?皆、意表をつかれた。何かあの師範と同じ匂いがする。本当に関西人は抜け目無い。

 しかし山田は全くためらうこと無く書いてくれた。

「はい!」

「とりあえず、ほんまは部がまだ出来てないんや。二年C組の教室が今のところ、部の活動拠点みたいになってる。放課後来てくれや。」

「分かりました。」


その時、担任の加藤先生が体育館で怒鳴った。

「こら!お前ら!授業始まってるぞ!早く、戻れ!」

「やべっ!」

 皆、マットも置きっぱなしで逃げていく。

 しかし、大山田だけ微動だにしなかった。そして、それが気になった俺も残った。そして大山田はポツリと言った。

「なぁ、山本、本気でぶちあったら、得るものがあるか・・・・・。俺、よくそんなこと言えたな。世の中にはやりたくても、それができんようになった人がいるのにな。」

 大山田の目は、また昔を思い出したのか、目の光に哀愁が一瞬ちらりと見えた気がした。

「早よ戻るぞ。」

「うん。」



  放課後

「よし、皆、名前書き終わったな。小野先生のとこ持っていくぞ。」

 と達也が言った。それを受けて優利が言う。

「もう、柔道部設立間近ね!」

「・・・・・あのなぁ、顧問の先生だぞ、これからの問題は?引き受けてくれる先生いたらいいんだけどな。俺たち、悪目立ちしてるからな。」

「そんなことないじゃない?!何も私達、悪いことしてないわよ。」

「いや、そー言われれば、そーかもしれないが、派手すぎんだよ。なんでもかんでも。」

「・・・・・・。」

 優利は黙った。

「まぁまぁ、とりあえず嘆願書持っていこうよ。6人そろったことだし。」

 と井上が言った。

「そうだな。とりあえず皆で職員室行くぞ。」

  

ガラガラガラ

俺達はもう既に職員室でも話題の団体になっていた。先生たちは皆、俺達に注目している。

「失礼しま~す。」

 低姿勢でおそるおそる職員室を歩く。そして、小野先生の前まで来た。

「これが、嘆願書です。部員は6名集まりました。」

 と達也が言った。

「オッケー!ちゃんと人数は集めれたんだな。それはいいとして、お前ら、目立ち過ぎだし、頼むから授業に間に合うようにやってくれよ。」

「・・・・・はい。」

 俺達は罰悪そうに答えた。

「それで、後は顧問の先生だが、お前ら、当てあるのか?」

「いや、全く。」

 達也が首を振る。

「小野先生・・・・・・やってくれますか?」

 ともの欲しげな顔で優利が言った。

「三枝、バッドニュースだ。」

「はい?」

「実はな、勝手にチラシ配りするとか、目に余る行動が多いため、この部、職員会議でも話題になってたんだな。それでこの部を作らせないように、生徒指導の立場からお前達に言うように、今まで言われてたんだ。」

「えーーーー!」

 俺達は口を揃えて、大きな声で言った。

「しー静かに、そういうところだぞ。」

 俺達はものすごく肩を落とし、落胆していた。

「ひどいですよ。先生、何回も職員室来てるのに、なんで早く言ってくれなかったんですか?」

 と達也が言った。

「まぁ、最後まで話を聞け。俺もそのことに納得してなくて、ずっと反対してて、この部の意義。男子生徒が部活動を始める意義を訴え続けて、そして、今回の昼休みの件だ・・・・。」

「どういうことですか?」

 と優利が言う。

「三枝、グッドニュースだ。あまりにも、派手にやらかしたため、校長室まで耳に入ったんだ。そして一体何事だ?ということになって、他の先生が対応に困っていることをいいことに、俺はこの部、男子生徒が初めて積極的に活動していることを訴えて、この部の意義を果敢に訴えたんだ。」

「それで?」

「なんとな、生徒指導の俺が顧問として見といていることを条件に、この部の設立の許可が下りたんだよ。」

「やったぁー!」

 俺達はさっき、落ち込んでいた気持ちを吹き飛ばすような勢いで、喜びの感情が湧き上がってきて、皆でハイタッチした。

「でもな、バッドニュースだ。」

「うん?」

 皆、小野先生に反応した。

「俺、顧問しないよ。」

 真顔になっている。しかし、口がヒクヒク動いている。

「なんでやねん!」

 大山田は、先生にするどいつっこみをいれた。

「ハハハ。しょうがない、やったるよ。始めからその気だったからな。今日中にこの嘆願書、申請して、職員会議でも一応かけて明日からでも、活動できるようにしとく。場所は格技場でいいんだな。柔道部廃部になってから使ってないから、今日中にキレイにしとけよ。」

「ハイ!」

 皆、元気よく口を揃えて言った。そして、俺達は喜びの雄たけびを叫びたい程のこみ上げる感情を抑え、職員室を出た。

「やったわね!やっと柔道部ができたわ!」

 と優利が満面の笑みで言った。皆、満面の笑みで

「色々あったけど、やっと成就したね。」

 そう俺が答えた。

「ホント、振り回されてばっかだったけどな。」

 と達也は言った。

「おし!これから頑張るぞ!景気づけに、あれやっとくか?!」

 と大山田が言う。

「あれ?お前、あれ、恥ずかしいんじゃ無かったか?」

「今だけ特別や、特別。ほんならいくぞ!」

「エイエイオー!」

 皆、拳を振り上げて、柔道部員全員の気持ちが初めて一つになった瞬間だった。俺達は皆で顔を見合わせた。

「それでは今日は、四谷坂学園、柔道部始動の日になるわよ!皆で格技場に行きましょう。」

「おう!」


 俺達はその足で格技場の前まで来た。

 格技場、この学校に入学してからまだ、足を踏み入れたことの無い場所だ。灰色の壁に磨りガラスの窓。なんだが、雰囲気はどんよりしているように思えた。誰も出入りしていないせいだろうか?あまり入ろうという気が起こらない場所だった。

  ガラガラガラ

 優利が横開きのドアを開いた。

 中は、すごく埃くさい。

「・・・・・・。」

「こりゃー掃除が大変やな。」

 と皆が静まりかえっている中で大山田が言った。

「いいじゃない、なんでも、これからって気になるじゃない?」

 と優利が言った。しかし、俺達は中の汚さに呆気にとられていた。あまり、打ち込んでいくのに気の進むような環境の場所では無い。

「ねぇ、なんで私が皆で揃ってから初めて入ろうって言ったか分かる?」

 と優利が皆の顔を覗き込みながら言った。

「わーてるよ。皆の意思を一つにするためだろ?」

 と達也が言った。

「・・・・それもあるんだけど、ここ昔、柔道部あったのよ。私、小さい頃、インターハイ見に行ってたんだけど、ここの女子柔道部も当時、団体戦で出場してて、なんと決勝までいってたのよ。皆、予想に反してて、誰もここの学校が勝ち上がっていくなんて思ってもいなかった。私もそうで、男子の方に気がとられてたんだけど、地元の学校が勝ち上がってるって聞いて、飛んで決勝見に行ったのよ。決勝の相手が全国でも有名な名門校。絶対皆、うちが負けるって思ってた。でも先鋒から、皆、必死に闘ってた。特に力や技術がある訳じゃない、そんな柔道だった。でも気持ちの上で絶対勝つ、負けられない、そんな気持ちが見ている私達まで伝わる柔道をしてたのよ。そして、大将戦。二人の大将が向いあった時、私、感動しちゃって、涙を流しながら見てた。泥臭い柔道をしてて、明らかに各上の相手にしがみついていって、掴みとった本当の意味での最後の決勝戦。私は全力で声を上げて応援してた。相手に技あり、有効までとられて、もう駄目だって思った瞬間。なんだが、周りがスローモーションに見えた。うちの大将は、皆の思いを一つにして力にしたみたいで、相手に崩されそうになったとき、後ろに倒れ込んで、相手のお腹を蹴りあげて、本当にキレイな巴投げをきめたのよ。皆、その技を見た瞬間、スタンディングオベーション。会場が一気に湧いたわ。そして、無名なうちの学校は初出場で初優勝という快挙を成し遂げたの。私、その時から、この学校に入学するって決めてた。もちろん、柔道部が無いことは分かってた。でも、この学校には不可能を可能にする力があるって信じてた。だから、柔道部だって絶対作れると思ってたんだから!」

「で、優利はこの学校に来たんだね。」

「そう。」

「でもさ、三枝、何で男子柔道部やねんな?お前、自分でやりたいって思わんかったんか?」

「私・・・・・・こう見えても、全国トップレベルなのよ。」

「そりゃそーやろな、あんだけ、俺を苦戦させたら。」

 一度組んだことがある、大山田は納得したかのような顔持ちでいった。

「私が女子柔道部作っても、もう、団体戦に出たとしても、私一人の力で勝っちゃう。それじゃぁダメなの。私の憧れているのは、チーム一丸となった絆の力、それで勝つ、私が見た四谷坂学園の柔道部の柔道なの。それでここが私が入学した年に、共学になったことを知ってからずっと、私がコーチをする男子柔道部を作ろうって決めてたの。」

「・・・・・凄い、自信やな。女子でもお前より強い奴この日本にはおるかもせんのに。」

「それは確かにそうよ。でも、どうやっても私だけが頭抜いちゃうじゃない?それでは、絆の力が見えないと思ったのよ。」

「・・・・・・・。」

 しばらく、皆、沈黙する。そして大山田が苦笑いしながら言った。

「そうやな。確かにそうや。不可能を可能にするか・・・・・エエこと言うやんけ、のったは、三枝の挑戦。全国いったろーやないけ?!俺らで。」

「おう!それなら、皆の気持ちを一つにして始めることに大きな意味があるな。」

 と達也。

「そーいうことやな。」

「えっえええ~!」

 井上は戸惑っている。いや、井上だけじゃない、当たり前だが、今日、俺らの仲間に入った山田も、そして俺もこのレベルの高い話についていけない。

「無理だよぉ~。昨日、今日、柔道を始めたばかりなのに・・・・・。」

 と井上は言う。俺達は、皆で一斉に格技場の中に入ることに凄い戸惑いを感じ始めた。こんな大きな意味を持つ一歩を俺はまだ知らない。そう感じていると俺と同じ気持ちでいるはずであろう達也に言われた。

「大丈夫だ。皆、この二人の顔を見てみろ。」

 そう言われて、俺達は優利と大山田の顔を見てみる。

『心配しないで。』

 頭の中でそうつぶやかれた気がした。俺は、その声を聞いて、そして再び前を向いたとき、既に顔は変わっていた。もちろん、井上や山田も同じ気持ちであっただろう。

「よっし、行くわよ。皆、手をつないで。」

 皆、優利に言われて手をつないで円になった。

「いっせいのうで!」

 皆、ジャンプしながら中に飛び込んだ。俺達は転んだ。

「痛たたたたた。埃まみれやないか?!」

 と大山田。

「口の中に埃が入ったよ~。」

 と井上。

「お前なんでも、口にするな。」

 と達也。

「ええっ!?そんなこと無いよ。」

「ハハハ。」

 俺達ははしゃいでいると、一人で真剣な顔をして前を見ている、優利の姿を見た。

「こんな始まり方で良かったの?」

 と俺は聞いてみた。そしたら、満面の笑顔で優利は俺達の方を向いて言った。

「ええ、十分よ。」

 その笑顔に思わず、皆固まってしまう。

「ほら、早く掃除する!」

 俺達は固まっていたが、再び動きだす。

「おう!」




「ふぅ=3こんなもんか。」

 と大山田は言った。

 もう、外はすっかり暗くなっている。俺達は6人で3時間ほど一面の畳に雑巾がけなどをして掃除していた。

「キレイになりましたね。」

 と山田が言った。

「しっかし、この山田君が、こんなにお掃除上手とは思わんかったわ。この子おらんかったら、何時間かかったことか・・・・・。」

「おい!お前、山田に対して甘くねーか?」

「あん、そんなことあらへんわ。俺はちゃんと、実績で判断したまでや。」

「ふーん、そー言えば、おお山田君は途中トイレとか何回も行ってサボってた節があるわね。」

 と優利が大山田を横目で見て言った。大山田は慌てて。

「そんなことあらへんわ。」

 と慌てる。

「ハハハ」

「でも今日、遅くなったから道場行けないな。」

 と達也が言った。

「そうね、せっかくキレイになったけど、ここも使うのは明日からにしましょう。今日のところは夜も遅いし、帰りましょうか?」

「そうだね。」

 俺達は、格技場の前で解散した。

 山田は帰るとき、俺達にこう言った。

「正直、この部の皆さんの懸けている思いに感動した一面、後ろめたい気持ちも持っています。でも、皆さんの気持ちに水を差すような気持ちではやりません。どこまで、僕なんかがやれるか分かりませんが、誠心誠意で取り組みたいと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。」

 俺達は、知り合って間もないのに、ここまで俺達を信じて真剣にやってくれようとする山田の姿勢がとてもうれしかった。大山田とのことが大きいのだろう。ここまで思わせる大山田の人柄を俺は再発見し、凄いと思う。これを聞いて大山田はかゆくなったのだろう。

「そんなに真面目にならんでも、もっと気楽にしてな。でもな、練習はキツイ。分かってると思うけど、全国目指すんや。君にも必ず力になってもらうときが来る。そんときのために頑張ってくれよ。」

 と最後は真剣な顔をして言った。

「ハイ。」

 とても、いい返事をして、山田は帰っていった。

「ほんなら、明日から練習頑張るで!明日に備えて皆も早よ帰ろか?」

 と大山田が言った。

「おう!」

 皆が口を揃えて言った。


 皆は駅に向かいながら、俺の前を歩いている。

「大山田、明日からの練習ってどんなふうにしていく感じにするんだ?」

 と達也が大山田に話しかけている。

「そーやなぁ、基本、俺と三枝が基本からビシビシ教えていく形になるんやけど、俺達二人やったら、指導が偏ったあかへんし、道場にも顔出していくつもりやな。」

「そうか、部活終わったら、道場行くんだな・・・・。」

「それだったら、僕達、柔道づけの毎日になるね。」

「そうだ、全国いくって決めたんやから、それぐらいの覚悟は当然やな。」


 俺は、その三人の会話を聞きながら、少し離れたところで優利と一緒に歩いている。優利は俺に話かけた。

「これから不安?それとも期待なのかな?」

 俺はそんな顔で歩いていたのだろうか?優利に質問に驚いた。

「不安も、もちろんあるよ。でも、優利の言ったとおり期待もあるかな。柔道始めてまだ全然強くなったって思えないけど、これだけは分かるんだ。早く、大山田や優利、そして勇気と並び立つ舞台に立ちたい、その思いが自分の中で期待を膨らませていってる。」

 優利は笑顔で答えた。

「そうだね、『心技体』って覚えてる?」

「うん。」

「勇気や大山田君みたいに強くなりたいって気持ちは凄く分かるし、それに近づこうとする気持ちも分かるんだけど、自分の気持ちだけじゃあ、本当の心の強さにならないの。それは、今日、結成した、四谷坂学園柔道部の思いの力、皆の力が、技や体に繋がって、どんな困難でも乗り越える本当の力になるの。だから、大丈夫!涼介君はその舞台に気付いた時には立ってるよ。」

「そうかな?」

「そうだよ、きっと強くなれる。安心して。」

 俺は視線を落としてみた。そして、自分の掌を見る。それから、顔を上げて三人を見てみる。俺達の歩いている道を通り抜けた先にある繁華街の光が三人に後光のように降りかかっていて、とても眩しい。そして優利が俺の顔を覗きこんだ。

 とても、とても、眩しかった。優利の笑顔の顔が俺をドキドキさせ、そして安心させる。体中がドンドン熱くなっていく。

「俺、今日も道場行くよ!」

「どうしたの?」

 皆、不思議そうに俺を見た。

「明日から練習キツくなるさかい、今日ぐらい休んでもいいんやで、それに今から行っても、もうすぐ道場閉まるやろ?」

「でも、いいんだ。なんか、じっとしてられない。」

 優利の言った通りだ。皆のために強くなりたい。優利のために強くなりたい。その思いが俺の体内を駆け巡る。俺は柔道部設立までに、皆の思いが交錯して、時には衝突して、時には涙を流してきた、このメンバー、このメンバーとなら、俺が今まで忘れていた、俺が本当に何かに懸ける気持ち、それが出来る気がする。

「そうか、でも明日の練習に支障でるんやったら、ちょっとにしとけよ。」

 そう大山田に言われた。

「うん。行ってくる!」

 俺は道場に向かうため、道を引き返して行った。



  ハァハァ

道場の扉の前まで立って、膝を両手で押さえて立ち止まった。

そして息を整えて、扉をゆっくり開けてみる。中を見てみると、師範と勇気しかいなかった。俺はソロリと道場内に入った。その姿を勇気が俺を視認して

「涼介!!遅すぎるぞ!」

 と怒鳴った。

「・・・・・・。」

 それを見て、師範が

「そんなに怒らんでもええやないか?お前もよう遅刻しとったやろ?それに入ったばっかりなんやしな、お前がいつも涼介君待っとるのは分かるけど・・・・。」

「・・・・・・」

 勇気はいつも俺を待っているのか?確かにいつも俺につきっきりでいてくれているが。

その俺への入れ込み用が不思議に思った。

「入ったばかりだから、重要なんじゃねーか。意識を高くもってもらわないと・・・。」

 その返答に師範も少し不思議に思った節があったが、師範はこう言った。

「まぁ、涼介君も今日は事情があったんやないか?四谷坂学園の子ら一人も来てないやないか?」

「・・・・・まぁな。」

 俺は勇気たちの前まで行った。

「今日は柔道部が設立したんだよ。」

「おう、そうか!」

 師範のトーンが上がった。

「それで、格技場を皆で掃除してたら、こんな時間になっちゃたんだよ。」

「だってさ、勇気、こんな時間になってまで来てくれてるんやから、それこそ、涼介君の意識が高い証拠やないか?」

「・・・・そうだな。」

 少し、怒りを感じていた勇気は、少し落ち着いたようだ。しかし、まだ少し苛立っている。

「それにしても、やっと柔道部が設立したんやな。良かったやないか!優利も喜んどるやろ?」

「はい!凄く喜んでいます。」

「勇気、優利が作ったチームはこれから要マークやな。」

 師範は笑いながら勇気に言った。

「俺もそのことは嬉しいよ。これで俺も、夏を懸けられるもんな。」

「?」

「まぁ、とにかく今から練習だ、練習。さっきは怒鳴って悪かったな。」

「うん。」

 俺は急いで制服を脱ぎ、道着に着替えた。それを見た勇気はさっそくこう言った。

「柔軟終わったら、すぐ受身の復習入るぞ。」

「・・・・うん。」

 前から思っていたことだが、勇気は何故こんなに俺に肩入れするのだろう?それも何か急いでいるように思える。

「よし!後受身、開始!」

 俺は、勇気の言うとおり、受身を順当に練習して見せてみた。

「よし、それなら、次は体さばきやろうか?」

 そう言った直後、師範が俺達に言った。

「おーい、そろそろ道場閉めるぞぉ~。」

「ちょっと待ってくれ、師範。せめて昨日の動きの復習ぐらいはしないと。あっ!明日、道場に一番早く来るから、鍵を貸してくれよ。」

「・・・・・・・。」

 師範はしばらく考えた。そして、頭を掻いて言った。

「別にかまわんが、お前、エラい涼介君に肩入れしとんな。なんでや?」

「・・・・今年のインターハイ予選に間に合わすために決まってんだろ?」

「今年のインターハイ予選、そんなん、あと二か月も無いやんけ?まだ、お前とお前の学校と対等に闘えるようになるのは無理や。」

 それを聞いて、勇気は口を尖らせた。

「俺がそれを可能にするんだ。俺が教えて、俺と闘う。大丈夫、間に合わせてみせる。」

「・・・・・。まぁ、飲み込みが凄い早いのは見てて分かるがな。まぁ好きにしてみ、親御さんに二人とも連絡入れとけよ。」

「おう。」

「ハイ。」

「・・・・・それにしても、お前ら見てると、昔、優利がお前を初めて連れて来たこと思いだすな。」

 俺はそれが凄く気になった。優利と勇気との関係はどういうものなのか?それが、本当は聞きたくってたまらなかったのだ。優利が勇気に対する態度や仕草、それは、考えないようにしていたことだが、不安だったのだろう。

「・・・・どんな出会いだったのですか?」

 俺は勇気を振り絞って聞いてみた。

「・・・・・・。」

 俺がそれを師範に聞くと、意外にも勇気は何も言わなかった。

「ハハハ。」

 師範が高らかな声を上げて笑っている。

「聞きたいか、涼介君。」

「ったく、話したいなら早く話せよ。」

 少し、勇気は照れているようだった。

「コイツは小学生の頃からすごい悪ガキでな、近所でも有名やった。コイツは駄菓子屋で友達と万引きしているところを優利に見られたんや。そんで、そいつらと公園で万引きしたお菓子を食べながらワイワイ騒いでいるところに優利がコイツに顔を真っ赤にして怒鳴り散らすように注意した。コイツはそれに反応して、あろうことか、優利と掴み合いの喧嘩になった。その後なんやっけ?」

「投げられたんだよ!いちいち話止めるな。」

「ハハハ、ほんで、投げ捨てられたコイツはそのまま奥襟つかまれて、この道場に来たんや。優利が言うには、万引きなんてするのは心が汚れてるってことで、心身ともに鍛え直す必要があるってな。コイツは柔道なんてやる気なんて無かったやろうけど、優利に、女の子に喧嘩で負けたことが相当ショックやったらしい。絶対目の前の女、倒してやろうて、そんな気持ちが前面に出とった。しかし優利はそんなことはどうでも良くて、私が勇気を更生させてやろうって思ってて、手取り足取り、みっちり毎日しごかれてたんや。勇気も最初は、屈辱やったやろう、自分の憎き敵に柔道教えられてたみたいなもんやからな。でも、ドンドン気持ちが変わっていってるのは分かった。柔道に対してすごく真っ直ぐに取り組むようになったんや。そして、試合で初勝利した時は二人で無邪気に喜んでた。それが勇気と優利の出会いや。最悪やろ?」

「ふん。」

 勇気は、鼻息を鳴らした。

「でもな、こいつ、その試合の直後ぐらいから、優利と一回も組んでないんや。名実ともにうちの道場で一番強いとなっとるが、優利だけはまだ倒してないんやな、なんでか知らんけどな。」

「・・・・・・。」

「ハハハ、ともかく、今の勇気の柔道は優利が教えたのが原点ちゅうことや、ほんで今は、勇気が涼介君を手取り足取り教えとる。それ見て、何か昔を思い出してな。まあ、後、頼むわ、ちゃんと掃除もして帰るんやで!」

 と言って師範は道場を後にした。

 俺はその話で二人の関係が分かったことで頭の中の靄が晴れたが、また新たな靄を生んだ。勇気は何故、それ以来、優利と組まなくなったのだろう?師範の最後の言葉が気になった。また依然としてある、二人の気持ち、二人はお互いどう意識をし合っているのだろう?小学生の頃からのお互いへの二人の気持ち、師範の話を聞いてより一層気になりだした。

「なんで、優利と組まなくなったの?」

 自然と俺の口からこぼれ出た。それは真実を知ることになるかもしれない恐怖を備えていることに後から気付いてしまって、口をふさごうとした。しかし、それをしなかった。

 勇気は、少しその質問を答えるのに時間をかけているように思えた。しばらくうつむいている。そして顔を上げて俺の顔を真面目に見つめて言った。

「・・・・・お前、優利のこと、どう思ってるんだ?」

「どうって・・・・・」

 言葉につまってしまった。普段から俺が優利に感じている気持ち、それを言葉に変換することはとても容易なことではある。しかし、こんなにも、自分が抱いている初めての気持ちを自分の外に出すことは難しいことなんだろか?とても言いだすことができない。

「・・・・・・。」

「女として好きじゃないのか?」

 その勇気の言葉は、俺の心の中の感情をえぐられたように感じた。胸がドキドキする。俺が、その言葉を受け返答しあぐねていて、戸惑っていると。勇気は言った。

「さっきの質問だな。俺は何故、優利を投げられなくなったと・・・・・。」

 俺は我に返り、勇気を見る。

「惚れたんだよ。惚れてしまったんだよ。」


・・・・・・・・・・・・・・・

 時間が止まった。俺の中で、その瞬間、時間が止まったように感じた。おそらく思考停止してしまったからであろう。

 しばらくして、勇気がその言葉を続ける。

「俺は、惚れたから強くなっていけたんだ。優利に対する感情は最初は屈辱感だった。俺はガキ大将やってたから、喧嘩で負けたことなんてそれまで無かった。しかし、優利は突然現れて、当然のように俺を倒した。だから、俺は柔道を始めたが、コイツを投げ飛ばすことばかり考えていた。でも、いつも道場では俺が敵愾心むき出しでいるのに、いつも真剣に俺に技を教えてくれて、いつも真剣に、俺の上達を喜んでいてくれる優利は俺の気持ちをどんどん変えていった。そして、俺が市の少年大会で初勝利をしたとき、優利は今までにない、本当の笑顔を俺に見せてくれた。そのときから、俺は自分の気持ちに気付いたんだ。そのとき気付いたことも大きい、俺はこの女が好きになっていたから、こんなにも柔道にひたむきになっていたんだと。」

 俺はフリーズしながら、勇気の言葉を聞いていた。

「そして、それから、優利を女として意識してしまったため、組めなくなったんだ。俺の好きな女を倒したくない。むしろ守っていきたいって思った。それが理由だ。」

「で!?お前はどうなんだ?優利のことが好きなのか?」

 俺は、固まっていた唇を動かし始めた。その時の気持ちは俺にはよく分からない。初めて、俺の、俺の大事に思っている人と同じ人を好きになってしまったことから湧き上がってくる感情が俺の唇を動かしたいたのだろうか?

「好きだよ。高校に入ってからずっと・・・・。」

「そうか・・・・・。その言葉を聞けてよかったよ。俺の迷いも無くなった。」

「・・・・・・・。」

 勇気の言ってることは全く分からなかったが、そんなことは気にならなかった。

「おい!涼介!どれくらい好きなんだ?」

 俺はその言葉に過敏に反応して、大声になってしまった。

「大好きだよ!優利とこうやって話せるようになってからも、優利のことを知れば知る程、好きになっていくんだよ!」

  ハァハァ

 息を荒げる。焦り、焦りだろうか?俺は、二人の間にそんな過去があり、そして長い間、優利を思い続けてきた勇気に気後れを感じ、そして焦っているのだろうか?

「そうか、なら俺より強くなってみろよ。俺より弱い奴に優利にわたす気なんて無いからな!」

 その言葉は俺の気持ちに拍車をかける。

「おう!絶対負けない。」

「・・・・・・。」

「その気持ち、忘れんなよ・・・・。よし、練習再開するか?」

 勇気は何とも思わないのか?俺が優利を、同じ人を好きということを知っても、それに対する焦りも何も無いのか?勇気は優利と長い付き合いだし、振り返ってみると、お互いを信頼しきっている感じの節もこれまで多かった。俺なんてライバルとして眼中に無いのか?俺は勇気がドンドン、今まで見ていたような勇気に見れなくなってしまっていた。

「練習・・・・・。」

 とても、練習に切り替えられる気持ちでは無い。そう感じていると勇気はまた俺に言葉を浴びせる。

「このままじゃ、俺より強くなるなんて夢のまた夢だぜ、早くやれよ!」

  ・・・・・・クソッ・・・・・・・

 俺は、とても悔しかった。そして、恨めしかった。このときの思っていたことや感情は、とても後悔することになってしまうのだが、そのときは勇気が何故、俺にこのことを言わせ、そしてこんなことをしているのか?そのときの俺は、勇気の本当の気持ちを全く分かっていなかった。

 一つ、正しかったと思うことは、その日以来、俺が勇気に対する感情は置いて、俺が必死に柔道の練習に取り組んでいったことにあった。勇気に負けたくない、勇気より強くなって優利に、勇気よりも自分を振り向かしたい。その思いから俺は、誰よりも練習に励んだ。そして、月日は流れていった。

 

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