7. 光の娘 ※魔王さま視点
(一度も姿を現していない)
魔王さま視点です。
それは、不覚を取ってしまったときのことだ。
酷い怪我を負ってしまった。鉛のようは身体はもう一歩も歩けず、私は木の下で休んでいたのだ。
「鳥なのに木の下に?…あれ、けがしてる」
妙な的外れをしている、金髪の少女がこちらへ歩いてくる。
少女は近づくなと威嚇する私をものともせず、逆に魔法で木にはりつけながら手当てをした。
やや魔法を制御できていないようで、風が顔に強く当たりすぎて苦しい。その少女は儚げな風貌とは裏腹に、少々凶暴だった。
意識が途切れそうになったとき、幸いなことに治療が終わり風が止んだ。
本当によかった。正直死ぬかと思った。
「…これでよしっと。君、鷹っぽいな。鳥の中でも大きいし。明日も来るから逃げちゃダメだよ。……今の季節はまだ寒いよね。そうだ!これをあげる。」
明日も来るのか……。心配してくれるのは分かるが、体は引きつった。少女は自分の身に着けていたストールを私にかけた。もうすぐ春とはいえまだまだ寒い時期だ。しかしそんなことはおかまいなしに少女はこの場を去って行った。
じんわりと伝わる温もりが温かい。私はゆっくりと目を閉じた。——これが、鷹に姿を変えた私、魔王とリリアの最初の出会いだった。
リリアは、それからは毎日治療をしに来た。
治療をしている間はもちろん、終わったあとも彼女は薬屋の話、祖父の話、そして魔法の話など他愛のないことを話した。
「私、薬屋の孫なのに回復魔法が使えないの」
ある日ぽつりと彼女は呟く。いつも感情豊かなエメラルドグリーンの目は伏せられており、憂いを帯びていた。……知っている。最初にかけた魔法が回復魔法だというのなら、この世界には攻撃魔法以外は存在しないに違いない。
「おじいちゃんも、お父さんもお母さんも回復魔法が使えたから、家系的には私も回復魔法の属性なのに」
でもね、とリリアは続けた。
「そればかりを嘆いても仕方ないじゃない。医者になる方法は、他にもあるし。あきらめなければきっと叶うわ」
前向きな彼女は明るい声でそう言い、笑った。彼女の金色の髪が木漏れ日に当たり輝いている。……ああ、そのとき私は思った。
なんて眩しいのだろうか—─。
私はこの光あふれる少女に惹かれてしまった。もう、後戻りなどできないくらいに。
自国に戻るとかなり強引に、闇の国に連れていけるよう手筈を整えた。『魔王様のご乱心だ!』と屋敷の者たちは騒いでいたが、知ったことではなかった。あの光の国の少女を手に入れて、この胸に閉じ込めておきたい─—。
私の中にあるのはそれだけだった。
私の屋敷に来た当初リリアは、さすがに大人しくしていたが、予想通り色々やらかしてくれた。闇の国の国民は、ほとんどが暗い髪の色だ。……金髪メイドなんて、速攻でバレる。
リリアは美しい金髪を靡かせながら薬の調合室へと向かう。
使用人たちは彼女が通るとき目を伏せ一礼していたが、リリアが通った後もその後ろ姿をこっそり眺めていた。
彼女のまわりは光を浴びているかのように明るく、そして目立っていた。
使用人たちもまた、彼女が眩しいようだった。
私たち闇の国の者は常に太陽に憧憬を抱いている。太陽の下から来たこの少女に惹かれるの無理はないが少しばかり嫉妬心が疼いた。
誰だ、少々いやかなり変わった少女ではあるが魔王様がご乱心になったのがわかる──と言った奴は。……ほっといてくれ。
私がリリアに光の国の王から預かった手紙を持ってきたときのことだった。
「君のせいで私は!!なんてことをしてくれた!!!」
彼女は真っ赤になってそう言った。……それもそうだろう。彼女は親切心から助けただけだ。まさか鷹を助けたら魔王に求婚されるなんて思ってもいなかっただろう。そして無理やり闇の国へ連れてきた。怒って当たり前だ。彼女は私を殴る権利がある。
私は何も抵抗せずに彼女をじっと見る。振り上げられる手を待っていても、その身に降りかかることはなかった。
「~~~っ。うわぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
リリアは床に崩れ落ちるように座った。……なんて可哀想な少女なんだろう。私に魅入られてしまったばかりに。
かつては光溢れる太陽の下、くるくると変わっていた表情は、闇の国へ来たことにより徐々に固くなっていった。
使用人には彼女を丁重に扱うように言い伝えている。しかし気を許せるはずがない。知人もおらず、弱みは見せまいといつも気を張っていた。
その彼女が私の前で声をあげて泣いている──。
(ああ、彼女を私の腕でなぐさめることができたなら)
哀れだと思ったと同時に愛しさが湧く。原因は私だというのに、身勝手にもそう思った。彼女の側へと寄り添いながら。
しばらくして、落ち着いてきた彼女に手紙を渡した。手紙を読むうちに彼女は少しずついつもの調子に戻っていった。手紙の内容はリリアを案じ、元気づけようとするものが大半だったのだが、
「追伸、何もせずただのさばっている老害どもをどう処理すればいいのか、なかなか良い案が浮かびません。なにかいい案ないかな?返事、楽しみに待ってます……!?」
リリアに何を聞いてるんだ光の国の王は。光の国も大変なんだな……。他人事ながらにも思ってしまった。リリアはとても困っているぞ。
闇の国には、陽の光があたる日がいくつかある。
魔王である私は、太陽にあたってもさして問題はないが、他の者はそうもいかない。だから、いつも屋敷はカーテンが引かれており部屋は薄暗かった。
どこからか話を聞いたのだろうか。リリアはドレスを翻しながら一直線に玄関のドアのほうへ走っていった。
「おやめくださいリリア様!」
セバスチャンの制止を聞かず、彼女は扉を開け太陽のほうへ走っていった。瞬間、屋敷に光が入る。その光に屋敷の者は怯み、動けなくなった。私は屋敷の者に光が当たらないようにこっそり魔法を使う。
リリアは、雲のすき間からこぼれる光を目いっぱい浴びている。くるくると回るたびに金色の髪が太陽の光を反射した。
彼女はどこまでも光の国の少女だった。絵画のごとく美しい風景に皆、目が離せない。
近づきたくても近づくことはできない。手を伸ばしても届くことがないものが、確かにそこにあった。
彼女を光の国返すべきなのだろうか。リリアは光の下にいることがふさわしい。私は改めてそう思った。しかし私はそう思うと同時に自嘲するように小さく笑った。
彼女を手放し私から解放する——。
そんなこと、私ができるはずがないのに。
魔王さまはリリアにベタ惚れです。
……お願いだからリリアの前で言ってください。




