6. 箱庭の中で
魔王さまの屋敷での生活は、はっきり言って退屈だった。何せすることがない。何かと身の周りを世話しようというメイドたちによって部屋はいつも塵一つなかった。
「リリア様はそこで休んでくださいませ」
済ました顔でそう言われたらもう何もできない。あまつさえ、お風呂の世話までしようとするのだから、丁重に断った。なんでかって?人に肌をさらすなんて恥ずかしいじゃないか!!陛下への謁見のときは問答無用だったけどね。
この屋敷のメイドはグラマラスな体型の方が多い。……自分のまな板な体型を自覚させられて絶望するからなんて全然思ってない。
最初はそれでも、大人しくしていた。だが、時が経つにつれてもう我慢できず好き勝手しようと開き直った。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ…………。
私は今、薬をすり潰している。薬を調合することが私の生きがいなんだと切々と訴えたからだ。
「読書はどうでしょう」
納得がいかないセバスチャンに尋ねられた。
「何日続けて読んでると思ってるんですか。もう無理です」
「刺繍は?」
「できません」
「……何かご趣味は?」
そういえば私、勉強とおじいちゃんの手伝いしかしてなかったから趣味なんてなかった。小さなときから人形よりも本、綺麗なリボンよりもよりよい薬草のほうを欲していた。そう言うと、無表情ながらに困惑した顔で見られた。……そんな目でみないでください。
最初は渋い顔をしていたセバスチャンだったが、服をこっそり入手し、メイドに成りすまして掃除していたらものすごい騒動になってしまったので、最終的には薬を調合できる部屋をもらった。ちなみにメイドは速攻でばれた。なんでだろう?
それからはは1日の大半を薬草をすり潰す毎日を送っていた。
こんなに好き勝手にしているのに、魔王さまからのお叱りはもちろん、姿さえ一度も見なかった。
これ、なんかおかしくない?
仮にも花嫁として迎えたいとか言っておきながら数週間放置。やっぱり何かの手違いじゃないのかな。そろそろ帰ってもいいかな。
「魔王様は今度はどこへ?!」
「早く探すんだ!重要書類1枚渡すの忘れてた…!!」
ドアの向こうがバタバタと騒がしい。
「………」
私が魔王さまにお会いできるのは、当分先のようだ。みなさん、お疲れ様です。
私は珍しく与えられた自室で本を読んでいた。気のせいだろうか、窓の外から何かを叩く音がした。まさかと思いながらもカーテンを開けた先には。
「君は!!」
あのとき治療した鷹がいた。すぐに窓を開ける。迎え入れるためではない。
「君のせいで私は!!なんてことをしてくれたんだ!」
けがをしたのは鷹のせいではない。むしろ私がお節介で勝手に治療しただけだ。理不尽だってわかっている。でも、沸々と湧いてきた怒りは止められそうになかった。
一発殴ってやろうと手を上げた。逃げようと思えば逃げられるのに。鷹はこちらをじっと見ていた。
「~~~っ。うわぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
結局、鷹を殴ることはできなかった。上げていた手で顔を覆うと、崩れ落ちるように座り込んだ。
闇の国に着いてから、涙なんか一度として出なかった。
執事さんやメイドさんたちの、控えめだけどいつもこちらを見ている目。その眼は、お前はよそ者なんだということを確かに伝えていた。
だから、誰の目も届かない薬の調合室に籠った。身体を無理やりにでも動かさないと、光の国のことやおじいちゃんのことを考えてしまう。立ち止まったが最後、何もできなくなると思ったからだ。
美しい服や装飾品をつけられ、身の回りの世話をしてくれる。何か欲しいものはないか、といつも聞いてくれる。
でも、私はいつも孤独だった。
溢れる涙は止まらない。鷹はゆっくりとこちらへ飛んできて、傍へと寄り添った。一度として自分から近づいたことなんてなかったのに──。
しばらく泣いていたら胸に残っていた重りが、少しだけ軽くなった。気分が落ち着いてきたので、先ほどのことを鷹に謝った。
「鷹、ごめんね。私、いっぱいいっぱいだったみたい」
翼を撫でる。鷹はしばらくされるがままにしていたが、あるものを私の手の中に落とした。
「これは……手紙?」
まさか。心当たりがあることを思い出し、逸る気持ちを抑えて手紙を開ける。
「親愛なるリリアちゃんへ、お元気ですか……陛下からのお手紙だわ!」
陛下、手紙のことを覚えててくださったんだ!私はすっかり忘れていたけどね!!
手紙には、日々の話や兵士の失敗談など何故そこまで知っているのかというほど、面白おかしく書かれていた。
「……以上で僕からのお手紙は終わりです。お返事待っています。のぞき見防止のために封筒に入っている便箋を使ってください…」
陛下にお手紙をださなきゃ!!私は少し元気が出てきた。
「追伸、何もせずただのさばっている老害どもをどう処理すればいいのかなかなか案が浮かびません。なにかいい案はないかな?返事、楽しみに待ってます……!?」
ひぃぃっ!
思わず手紙を床に落としてしまった。陛下なにおっしゃってるの!?王宮って怖い!お返事、書かなきゃだめかな?……書かなきゃダメだよね。
(これ、どうすればいいんだろう)
鷹と手紙を見比べながら、途方に暮れた。
陛下からお手紙をもらったせいかもしれない。故郷のことをこんなにも思い出してしまうなんて。
「今日は太陽が出る日よね。気をつけなきゃ」
薬の調合室へ向かう途中、メイドさんたちの会話を偶然聞いた。闇の国の人たちは、太陽にあたりすぎると体に支障をきたしてしまうらしい。
太陽がほとんど当らない闇の国だけれど、全く当らない訳ではないらしく、
屋敷の中はとても分厚いカーテンが引かれている。
太陽!!
もう随分当っていない。記憶の中のあたたかな陽の光を想うと、胸が締め付けられた。
「リリア様!?」
道具を投げ出して走る私にメイドさんたちはぎょっとする。私はもう、たまらなかった。
「おやめくださいリリア様!」
もの凄い速さでドアへと走っていった私に、セバスチャンさんが切羽詰まった声を掛ける。しかし、私は何も言わずに扉を開けた。
「!!」
分厚い灰色の雲のすき間から、金色の光が差している。この光は光の国で浴びていたものよりも冷たかったが、かまわない。
屋敷のみんなが私を見ているのが分かった。
しかし私はこの厳かで神々しい光をいつまでも浴び続けていたのだった。




