其の三十 みのたろうす
柱の上の擬宝珠──
金属で出来たその桃じみたものを踏んだ瞬間、
重量に負けたのか、ぐしゃりと内側に潰れた。
それでも宙に身を躍らせた桃次郎──
遥か下では橋桁が、軋みと共に少しずつ傾いてゆく。
橋板は滑るように一枚一枚が抜け落ち、
──ドッドドッドォッ!
やがて轟音をあげて橋脚も横倒しになった。
対岸への着地に備え、やや前傾姿勢を取る。
しかし、橋の残骸と対岸の際に──なんと牛男!
白月を抱えたまま片足で立ち、
こちらを蹴り落とそうと、もう片方をくの字にまげて待ち構える。
咄嗟に、鉄化を進めてバランスを崩した。
そのまま体当たりも出来たが、白月を巻き込んでしまう。
急に重力と風を感じ、硬質化した躰がどぼんと川面にめり込んだ。
たいして深くはないはずだった。けれども染み渡る水の冷たさと共に、どんどん沈んでゆく。
誤算だったのは、まさにこの水だ。口が開けられないので、呪言が唱えられない!
──そうだ!
こんなときこそ、半魚巨人だ!
がぶがぶと水を飲み込みながら、パクパクと口を動かす。
筋肉が蠢き、首の側面にエラが形成されると、呼吸は徐々に楽になった。
桃次郎はちょっとした崖を昇り、対岸へと渡った。
昇り切る瞬間こそ警戒したが、牛男の姿はない。
辺りに目を光らせつつ、低木の並木が続く参道を進む。
途中、やけに息苦しく、未だエラ呼吸のままだと気がついた。
すぐさま鬼の呪言を唱え、新鮮な酸素を目いっぱいに吸う。
踏み込んだ大神宮の境内は、どこまでも切り開かれ、平らかだ。
土を叩いて固めた地面が広がり、その先に背の低い社が幾つもある。
その中のやや大きな一つ──
まるで武家の萎烏帽子を立てたような社の御扉だけが、観音開きに開け放たれていた。
──罠かもしれない。
そう解ってはいても、行かぬ訳にはいかぬ。
桃次郎は熊の呪言で脚を変え、熊男がそうしていたように、音の無い歩法を真似て進む。果たして御扉の前まで来ると、薄暗い外陣の様子が解った。
板の間の中央──白月が座している。
まとう小袿に乱れたところはなく、艶やかで、透き通るように美しい。
──思い出されるのは、和尚の寺の弁天堂。
初めて彼女を見たときの妙に落ち着かぬ気分は今も変わらぬ。
あのときとは違って、その周囲に牢の格子はない──
にも関わらず、彼女はただ虚空を見つめ、微動だにせぬ。
──なんとしても内側へ、誘い込みたいのだろう。
ならば牛男は、壁の陰にでも潜んでいるのに違いない。
体勢をずらし、開かれた御扉の外から、斜めに奥を見やる。
──と、視界の端で何かが動いた!
社の奥ではない。
その外側に巡らされた木造の回り縁──桃次郎の斜め右横だ!
咄嗟に、左手の方向へ飛び退った。
御扉から離れ、回り縁を一間(約1・8m)も行ったくらい。
──実に、奇妙なことが起った。
飛び退った側──
その回り縁に──なんと牛男がいたのである!
ぶるる ぶるる ぶるるる るうるう!!
鼻息と共に繰り出された、岩のように分厚い蹄の蹴り。
無防備な桃次郎の横っ腹にクリーンヒット!
重い痛みが駆け抜け、躰が吹き飛ばされてゆく。
縁を囲む高欄を突き破り、幾つもの木っ端と共に硬い土へと叩きつけられる。
片手で躰を起こし、もう片手で腹を触った。
鉄化による防御──しかし、直撃を食らった患部には、
巨大な蹄の凹みがくっきりと残っている。
鬼の肉体に戻したとき、激痛は必至──
雑念をふり払い、回り縁を見やった。牛男の姿はない。
今さらながらに、怖気が走った。
まさかこの牛──瞬間移動ができるのか? と──




