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其の二十九 白月を追って

 ついに金棒が九十度曲がった。

 身の丈が一回り大きい青鬼に打ち付けた瞬間だ。

 最大に達した金属疲労──ぐにゃりと真横を向き、これでは使い物にならぬ。


 それを好機と見て、まっさらな金棒を握った鬼どもが殺到した。

 幾本もの金属の塊が打ち下ろされ、こちらの躰にぶつかる。

 巨鳥の鉄化で防ぐも、衝撃は消えぬ。


 腕に腹に、背中に脚に、稲妻のような感覚が走り抜ける。

 視界の先──長屋の連なる通りの最奥では、手を引かれた白月(しらづき)が、角を曲がって消えて行く。



「──邪魔、なんだよッ──雑魚どもがッ!」



 桃次郎(ももじろう)は呪言を進め、その太い両腕を芯まで鉄化させた。

 片腕で金棒を受け、もう片腕で突く。飛び散る火花。(あふ)れる鮮血。

 交互に繰り返すが、一向に数が減らぬ。


 それでも怒りに任せて引き抜くと──

 短刀のような指先が、ものの見事に鬼の心臓をつかみ出している。


「──ハハッ! こいつは、ちょうど良い!!」


 まるで北方の蝦夷えみしのように、血の滴る生き肝を、コリリ、コリリと咀嚼(そしゃく)する。宿る霊気が体内を巡り、鉄化した筋繊維がさらに強度を増した。


 打ち下ろされる金棒が、もうちっとも痛くない。

 さながら小枝。

 返す手刀を内から外に振り伸ばすと──


 ぱッきゃあぁーん!


 美しい銀色の断面を残して、金棒の上部がごろりと通りに転がった。


 鬼どもの動きが瞬時に止まった。


 ──ぐるぅ

 ──ぐるるうぅ


 怖気(おぞけ)を含んだ、か細い声。

 格上の存在と相対したときの、本能的服従──



「──()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()!」



 動きを止めた手近な鬼に、腕を突き立て肝をむしり取る。

 ムシャムシャと二つ目、三つ目を喰らう桃次郎(ももじろう)──

 その様子に、屈強な鬼どもが回れ右して逃走を始めた!


「逃がすかよ、クソがッ!」


 さらに手刀を振るい、肝を抜き取る。

 とはいえ、こんな奴らを追いかけている場合ではない。

 桃次郎(ももじろう)はただ喰らい、それでも立ち塞がるものは硬質化させた脚で斬り倒し、通りを駆けた。




 白月(しらづき)と侍に追い付いたのは、短い川に架かった橋の(たもと)であった。

 川向こうには伊勢の巨大な社の屋根も望めるが、漂うのは酷く澱んだ瘴気──


「──テメエ、さっさと白月(しらづき)を放しやがれ!」


 桃次郎(ももじろう)が怒鳴ると、侍は乱暴に白月(しらづき)の腕を引く。

 己が躰を寄せ、物でも扱うようにひょいと抱え上げた。

 ぎょろりとした人間のものではない眼。

 それが不気味に光っている。



「──欲しケレば、奪ッてミろ。タダシ、奪えるモノなラ──」



 侍の躰が鳴った。

 ──めりり、めりり。

 白月(しらづき)を抱いたまま、その肉体が盛り上がって行く。

 内側から膨れる焼き餅のように、腕が、脚が、縦に横に広がり続ける。


 ──ビリビリ、ビリ!


 外側を覆っていた表皮が剥げた。

 風になびき、ふわりと漂って、やがて橋の欄干へとしだれる。


 現れたのは──牛だ!


 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の人間の胴体に、膨れた牛の頭部が乗っかっている。

 左右のこめかみからは二本の牛角(ごかく)が伸び、前に張り出した鼻も太い。


 ぶるる、ぶるる──


 牛男は荒い鼻息を漏らし、

 分厚い足の蹄でガツンと橋板(きょうばん)を踏んだ。


 こちらに挑んで来る──のではなく、

 橋を奥に向かって駆けて行く。

 社へ逃れる気らしい。


「待ちやがれッ!」


 桃次郎(ももじろう)は土を蹴り、橋へと踏み込む。

 が、酷く足元が悪い。

 牛男が通った後の橋板(きょうばん)は、あまりの重量にめくれあがり、波打っている。

 しかも拙いのは、そこに桃次郎(ももじろう)が加わったことだ。


 ──ミシミシ、メリ、ミシ!


 真下の橋脚がゆるやかに歪み始める。

 駆けながら牛男がふり向き、ニヤリと笑った。

「──クソが!」

 桃次郎(ももじろう)は跳び上がり、欄干の柱の上に被せられた、

 まるで桃のような擬宝珠(ぎぼし)を強く蹴った──

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