表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/55

其の二十七 お伊勢お礼参り

 町と町とを結ぶみち──街道。

 かつてはみやこを中心としてあらゆる辺境まで広げられ、幾つもの宿場まで設けられた。まさかそれが鬼どもの行軍を速め、結果的に城下町が次々と破壊されようとは──如何いかな将軍も思い至らなかったに違いない。


 今、桃次郎ももじろうが進んでいる路はちょうど焼け落ちた堺に始まり、終点は伊勢の国へと続いている。多くは山がちで、コナラやクヌギが生え茂り、天を覆う。起伏も激しく、けっして平坦ではない。それでも久しぶりの晴天ということもあって、街道を行くには絶好であった。



 伊勢を目指すことにしたのは、とある噂を耳にしたからだ。

 各地で鬼が攻撃を続ける中、伊勢の町は古に建立された大神宮だいじんぐうの加護により、未だ健在なのだという。かつ、焼け出された人々を積極的に受け入れ、「人間の最後の砦」ともうたわれているそうだ。


 もっともここまでなら、特別行く必要は感じぬ。

 人間に対してあまり良い思い出がなく、群れるのは性に合わぬからだ。

 しかし噂はこう続く。



「──此度こたび、新たに大神宮だいじんぐうに仕えしは、摩訶不思議なる巫女。

 可憐かれんなること夜に咲く花のごとく、肌の白く透きとおりしは冬の朝のよう。

 眩き月の光にて、迷えし者に道を示さんとか──」



 ()()()()()()()()()()──?


 その考えは、桃次郎ももじろうの感情を酷く高ぶらせた。

 消えぬ記憶の中、何度その姿を想い描いたか知れぬ。

 彼女が再びこの地上に居るのだと思うと、心の奥がやけに温かい。

 俺には他の人間のように、仲間や友、あるいは大切だと感じる相手などおらぬ。


 ただ唯一、白月しらづきのみが例外だ。


 再び彼女が力になってくれるなら──

 あるいは、漆の箱の謎も解けるかもしれぬ。

 そう考えていた。



 峠を越えて麓に出ると、街道は目に見えて道幅を増した。

 辺りに広がるのは、稲刈りを終えた黄土色のはたけ。稲株が作る真っ直ぐな点線はどこまでも続き、まるで縞模様の着物みたいだ。


 辻の先には、幾人もの人影。

 野盗の危険もあるので警戒しつつ進むと、避難者の一団であると解った。

 彼らはみな大きな風呂敷包みを背中に括り、頭には桶を載せ、薄汚れた小袖を重ね着している。持てる限りの家財で身を固めたその姿は、なんともたくましく、また哀れである。


「──ビックリした。やけにデカいから一瞬、鬼かと思ったよ。アンタもお伊勢へ行くのかい?」


 一団の中の青年が、こちらに声をかけてきた。

 世間話のついでに、白月しらづきについて尋ねてみる。目新しい情報はなかったが、どうやら彼女は伊勢において一定の地位を築いているらしい。


「──大神宮だいじんぐうの祭主様、そして地侍衆じざむらいしゅうも、巫女様の神通力にいたく感服し、今じゃそのご宣託に頼りっきりなんだと。まあ、これだけ鬼やもののけが跋扈ばっこしてりゃ、無理もないだろうがね──」


 歩き通しに歩いてきたらしい一団の最後尾には、遅れを取る者の姿が見られた。女子供はまだマシだが、多くは年寄りたちである。情報も教えてくれたことだし、これも何かの縁かもしれない。桃次郎ももじろうはその荷を肩代わりしてやり、一緒に土の道を行く。


 やがて川向こうに見えてきたのは、視界を埋めるような木の壁であった。

 桃次郎ももじろうの二倍はある、先端を尖らせた丸太。それがずらっと、左右の山際まで一列に並べられている。壁の中ほどには、やはり丸太を組んで造られた大門。「人間の最後の砦」は伊達ではなく、名実共めいじつともにであったようだ。


 架けられた小さな橋を渡り、大門の前へと進み出る。辺りにはすでに到着していたらしい避難者の一団が、それぞれ地面に座したり、壁にもたれるなどしている。


 どうしてさっさと門を開け、町の中に通さぬのだろう?


 そんなことを思っていると、

 門の上部に設けられた箱型のやぐらに、人影が現れた。

 煌びやかな胴丸どうまるをまとい、烏帽子えぼしを被った侍であった。


「──戦火を逃れ、よくぞ辿り着いた。まさしくここは皆の最後の砦。伊勢はおぬしらを歓迎しようぞ!」


 避難者の間から発せられる、感嘆と安堵の声。

 続いてやぐらに現れた人影に、桃次郎ももじろうは目を見張った。



「──わたしは、月より来たりし宣託の巫女。隣におはす伊勢氏と共に、まずはそなたらの長旅を労おう」



 それは紛れもなく、白月しらづきであった。



「ここまでの道中、げにおぞましきことばかりを見、また聞いたのに違いない」



 久しぶりに見る彼女は、目が離せぬほどに美しかった。

 一度たりとも日の光を浴びたことがないのではと思われる、純白の肌。

 まとっているのは、目に痛いほど真っ白な小袿こうちぎだ。



「されど、もう心配は要らぬ。わたしは約束する。伊勢においては、ただ平安のみがあると──」



 豊かにしだれる長い下げ髪。ふんわりと、風になびいて揺れている。

 あの頃と比べて身長も伸び、少女の面影はどこにもない。

 いつの間にか自分が七尺となったように、白月しらづきも成長し、大人だ。たおやかさの中に、凛とした強さを感じさせる大人の女。唯一変わっていないのは、線の細さくらいだろうか──?


 ──が、しかし──



「門をくぐり、入り給え。者共みな、待ち焦がれておるが故に──」



 ──目が、おかしかった。

 一切の光を宿してはおらぬ。以前の白月しらづきには月光のごときやわらかな耀きがあった。

 今はまるで、濁ったあの和尚の目──


 ──いや。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()!!



 ギギ、ギギギ、ギギギ──



 丸太の大門が軋みをあげて開いてゆく。

 内開きに広がる門扉の隙間──分厚い空気の塊かのように、濃い邪念が噴き出してくる。

 あるいは熊男がみなぎらせ、内側から漂わせていた殺気──


「おい、お前らッ! 罠だ! 全部、罠だったんだッ!」


 あらん限りの声で、桃次郎ももじろうは怒鳴る。

 けれども避難者たちは武芸者でも、まして神通力を持ち合わせているわけでもない。ある者は歓声をあげ、ある者は笑みを浮かべ、またある者は涙ながらに、門の奥へと向かって行く──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ