其の二十七 お伊勢お礼参り
町と町とを結ぶ路──街道。
かつては都を中心としてあらゆる辺境まで広げられ、幾つもの宿場まで設けられた。まさかそれが鬼どもの行軍を速め、結果的に城下町が次々と破壊されようとは──如何な将軍も思い至らなかったに違いない。
今、桃次郎が進んでいる路はちょうど焼け落ちた堺に始まり、終点は伊勢の国へと続いている。多くは山がちで、コナラやクヌギが生え茂り、天を覆う。起伏も激しく、けっして平坦ではない。それでも久しぶりの晴天ということもあって、街道を行くには絶好であった。
伊勢を目指すことにしたのは、とある噂を耳にしたからだ。
各地で鬼が攻撃を続ける中、伊勢の町は古に建立された大神宮の加護により、未だ健在なのだという。かつ、焼け出された人々を積極的に受け入れ、「人間の最後の砦」とも謳われているそうだ。
もっともここまでなら、特別行く必要は感じぬ。
人間に対してあまり良い思い出がなく、群れるのは性に合わぬからだ。
しかし噂はこう続く。
「──此度、新たに大神宮に仕えしは、摩訶不思議なる巫女。
可憐なること夜に咲く花のごとく、肌の白く透きとおりしは冬の朝のよう。
眩き月の光にて、迷えし者に道を示さんとか──」
まさか、伊勢に白月が──?
その考えは、桃次郎の感情を酷く高ぶらせた。
消えぬ記憶の中、何度その姿を想い描いたか知れぬ。
彼女が再びこの地上に居るのだと思うと、心の奥がやけに温かい。
俺には他の人間のように、仲間や友、あるいは大切だと感じる相手などおらぬ。
ただ唯一、白月のみが例外だ。
再び彼女が力になってくれるなら──
あるいは、漆の箱の謎も解けるかもしれぬ。
そう考えていた。
峠を越えて麓に出ると、街道は目に見えて道幅を増した。
辺りに広がるのは、稲刈りを終えた黄土色の畠。稲株が作る真っ直ぐな点線はどこまでも続き、まるで縞模様の着物みたいだ。
辻の先には、幾人もの人影。
野盗の危険もあるので警戒しつつ進むと、避難者の一団であると解った。
彼らはみな大きな風呂敷包みを背中に括り、頭には桶を載せ、薄汚れた小袖を重ね着している。持てる限りの家財で身を固めたその姿は、なんとも逞しく、また哀れである。
「──ビックリした。やけにデカいから一瞬、鬼かと思ったよ。アンタもお伊勢へ行くのかい?」
一団の中の青年が、こちらに声をかけてきた。
世間話のついでに、白月について尋ねてみる。目新しい情報はなかったが、どうやら彼女は伊勢において一定の地位を築いているらしい。
「──大神宮の祭主様、そして地侍衆も、巫女様の神通力に甚く感服し、今じゃそのご宣託に頼りっきりなんだと。まあ、これだけ鬼やもののけが跋扈してりゃ、無理もないだろうがね──」
歩き通しに歩いてきたらしい一団の最後尾には、遅れを取る者の姿が見られた。女子供はまだマシだが、多くは年寄りたちである。情報も教えてくれたことだし、これも何かの縁かもしれない。桃次郎はその荷を肩代わりしてやり、一緒に土の道を行く。
やがて川向こうに見えてきたのは、視界を埋めるような木の壁であった。
桃次郎の二倍はある、先端を尖らせた丸太。それがずらっと、左右の山際まで一列に並べられている。壁の中ほどには、やはり丸太を組んで造られた大門。「人間の最後の砦」は伊達ではなく、名実共にであったようだ。
架けられた小さな橋を渡り、大門の前へと進み出る。辺りにはすでに到着していたらしい避難者の一団が、それぞれ地面に座したり、壁にもたれるなどしている。
どうしてさっさと門を開け、町の中に通さぬのだろう?
そんなことを思っていると、
門の上部に設けられた箱型の櫓に、人影が現れた。
煌びやかな胴丸をまとい、烏帽子を被った侍であった。
「──戦火を逃れ、よくぞ辿り着いた。まさしくここは皆の最後の砦。伊勢はおぬしらを歓迎しようぞ!」
避難者の間から発せられる、感嘆と安堵の声。
続いて櫓に現れた人影に、桃次郎は目を見張った。
「──わたしは、月より来たりし宣託の巫女。隣におはす伊勢氏と共に、まずはそなたらの長旅を労おう」
それは紛れもなく、白月であった。
「ここまでの道中、げに悍ましきことばかりを見、また聞いたのに違いない」
久しぶりに見る彼女は、目が離せぬほどに美しかった。
一度たりとも日の光を浴びたことがないのではと思われる、純白の肌。
まとっているのは、目に痛いほど真っ白な小袿だ。
「されど、もう心配は要らぬ。わたしは約束する。伊勢においては、ただ平安のみがあると──」
豊かにしだれる長い下げ髪。ふんわりと、風になびいて揺れている。
あの頃と比べて身長も伸び、少女の面影はどこにもない。
いつの間にか自分が七尺となったように、白月も成長し、大人だ。たおやかさの中に、凛とした強さを感じさせる大人の女。唯一変わっていないのは、線の細さくらいだろうか──?
──が、しかし──
「門をくぐり、入り給え。者共みな、待ち焦がれておるが故に──」
──目が、おかしかった。
一切の光を宿してはおらぬ。以前の白月には月光のごときやわらかな耀きがあった。
今はまるで、濁ったあの和尚の目──
──いや。
術者に魅入られ、操られた者の目だ!!
ギギ、ギギギ、ギギギ──
丸太の大門が軋みをあげて開いてゆく。
内開きに広がる門扉の隙間──分厚い空気の塊かのように、濃い邪念が噴き出してくる。
あるいは熊男がみなぎらせ、内側から漂わせていた殺気──
「おい、お前らッ! 罠だ! 全部、罠だったんだッ!」
あらん限りの声で、桃次郎は怒鳴る。
けれども避難者たちは武芸者でも、まして神通力を持ち合わせているわけでもない。ある者は歓声をあげ、ある者は笑みを浮かべ、またある者は涙ながらに、門の奥へと向かって行く──




