表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/57

其の二十三 御子顕現

「──桃太郎様。この者をご覧ください」

 男から温羅おんらと呼ばれた鬼が言った。

「たしかお屋形(やかた)様には、川ではぐれた御兄弟がいらっしゃるとか。この者、常ならざる腕力と生命力の持ち主。もしやと思い、お呼び立てした次第しだい──」


「そうでしたか。よくぞ知らせてくれました」

 酷く優しい声音で、桃太郎と呼ばれた男が応じる。

「褒美にたくさん人間を殺し、喰らいなさい」


「──ははっ。有り難き仕合せ」



 ──目の前で展開される異様な光景。

 意味が解らなかった。これは──何かの間違いだ!


 間近に見る男の顔は、自分とは似ても似つかぬ。整った鼻筋、切れ長の目、頬のこけたうりざね顔。身の丈こそあまり変わらぬが、それ以外は真反対。


 きっと──偽物なのだ。

 兄のフリをした()()()()

 あるいは鬼が肝を喰らい、化けているのだ。


 絶対に、そうであるに違いない──



 温羅おんらが一礼と共に、火炎の向こうへ消えた。

 すうっと伸びてきた華奢な腕。それが桃次郎ももじろうの顔を包み込む。ゴツゴツとし、幾つもマメのある自分の掌とは比べ物にならぬ。まるで女子おなご白月しらづきのごとき繊細さと柔らかさ。じっとこちらの目を覗き込み、男が言う。


「──久しいですね。お前と川に流れたときのこと、よく憶えていますよ。私は桃の御子にして、木を離れし者。大河の漂流者。あまねく世界に光を与えんとする、日本一の桃太郎です。お前は今、なにと名乗っていますか?」


「──も──桃次郎ももじろう、だ」


「なるほど。それでは桃次郎ももじろう? ──()()()()()()()()()? そして──()()()()()()()()?」


「──な、何の、話だ──?」


「まさか、一度も食べていない、と? ──愚かな。

 どうりであの頃と変わらず、酷く貧弱なままのはずだ。

 この程度の火に焼かれ、金棒に屈し、温羅おんらごとき下劣な鬼に勝つことすらできない。──がっかりだ。

 がっかりですよ、桃次郎ももじろう。私は、失望した──」


 一体、どの口がそれを言うか?

 熱気と痛みによって萎えかけた心に、怒りが沸き立つ。


「──し、失望、だと? それは──俺の台詞だッ! アンタは──アンタは化物だッ!」


「──嘆かわしい。実に嘆かわしい。臍帯さいたいが切れ、羊膜ようまくが水に落下したとき、お前はメッセージを受け取らなかったのですか? 己が何者であって、何を為すべきなのか──」


「アンタは──鬼やもののけ以下だ。──俺の、俺の兄では無いッ!」


 桃太郎の柔らかな手が、急に離れた。

 支えを失ったあごは地面を打ち、痺れる痛みが脳内を駆けぬける。


「私の後に従えぬのなら、いさぎよく火に巻かれて果てよ。

 あるいはそれすら叶わぬなら、黙って私の大業を眺めているがいい。

 ()()()()()()()()──()()()()()()()()


 屈めていた背を伸ばし、桃太郎は幾つかの言葉を発した。聞きなれぬ言語であった。燃え盛る町の火の向こうから現れたのは、たくさんの鬼だ。温羅おんらのような赤だけではない。


 ──青、緑、黄、黒。


 全部で五色の鬼の軍勢。

 ある者は巨大な棍棒を握り、ある者は人間を担ぎ、またある者は略奪品を背負っている。誰一人として桃次郎ももじろうより小さい者はいない。

 膨れ上がり、幾重にも形成される鬼の隊列。

 火をまとい、咆哮を発し、大地を震わせながら行進を開始した。


 先頭に立つのは──桃太郎だ。


「ま──待ち、やがれ!」


 とっさに腕を動かすが、言うことをきかぬ。

 身をよじり、少しずつ離れて行く兄に叫んだ。


「この──クソ野郎、があッ」


 一瞬、桃太郎がこちらを見た。

 口元には実に優しい微笑み。ふいに聞こえた。爆ぜる火の粉と鬼たちの足音に交じって、



「──ふふっ」という声が。



 無邪気なようでいて、しかしあざりの籠った笑い。

 怒りが痛みを忘れさせ、這ってでも追いかける。一間(約1・8m)も進むことはできなかった。幾つもの鬼の足が、躰を踏み潰し始めたからだ。

 最後に憶えているのは、頭の中で鳴り響くあざけりのこだま。怒りなのか火なのか解らぬ熱気だけだった。



  *



 桃次郎ももじろうが救助されたのは、それから七日後。

 鬼の軍勢から逃れ、一度は堺を離れた行商の一団。せめて骨だけでも拾ってやろうと、皆で戻ってきたところを発見された。


 意識が戻るのに五日。すべての傷が癒えるまでには、果たしてどのくらいの時間が必要だったかよく思い出せぬ。躰こそ元通りだが、心は未だ膿んだままのような気もする。


 あのあと桃の御子は都に攻め上り、あらゆるものを焼いた。

 ときを同じくして、大地のそこかしこ、空と海のそこここに()()()()が蔓延り始めた。人々はただ恐れ、隠れるように暮らしたが、桃次郎ももじろうは逆にそれらを追った。


 手始めに、かつて倒した化け鼠のような、弱いもののけ。

 やがては鬼──


 肝さえ喰らえば、幾らでも強くなれると解ったからである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ