其の二十 兄を追って
都の眺めはどこを切り取っても驚きと、奇妙さの連続だった。
真っ直ぐな通りにずらっと居並ぶ、板葺きの家屋。
行き交うのは群れをなす無数の人間たち。色褪せた小袖をまとった女、長い棒の先に編み籠をぶら下げた男、半裸の童。かと思えば原色の衣で着飾り、頭には縦に長いヘンテコな帽子を被った者もいる。
人間の順位と身なりの良さは、どうやら大いに関係するものらしい。
着飾った者ほどあの和尚のようにお付きを従え、かつエラそうにしている。そういえば都に来て学んだことは、他にもあった。
括袴や髭面が頻りに話していた、お銭である。
辻々の町家の軒先には、米や野菜、織物から草履に至るまで大量の物が並べ置かれている。自由に取ろうとするれば怒られ、お銭と交換でなければ譲ってはくれぬ。
今にして思えば和尚の寺に、腐るほど箱に詰められ保管されていた。
略奪をする下人たちが大喜びで運び出していたのだ。
あのときは必要を感じず、まったく無一文の桃次郎。おむすびも盗まれ、空腹は限界に達している。となれば残る手段はたった一つ。
──万引きである。
なるべく人が群れている店に近付き、店番が他の客と話している間に品物をくすねる。
米は炊く道具を持ってないので、基本は生野菜。動体視力と運動神経に優れる桃次郎であるから、犯行の瞬間を見とがめられはせぬ。
とはいえ、同じ店で何度も行うことは憚られた。
都の人々の身長は、どんなに高くても五尺三寸(約160cm)。桃次郎はそろそろ六尺(180cm)に達している。店の前をうろつくだけで怪しく、嫌でも人目を引いた。盗んだものはその場では食わず、一旦都の川べりへ出、そこで貪った。
兄の行方を知ったのは、二日後のことだ。
いつものように商店を物色し、たくさんの客の群れに近付いたとき、彼らのこんな話し声が聞こえてきたのだ。
「──じゃあなにかい? あのお方は鬼退治に向かわれたってわけかい?」
「そうそう。ちょっと前まで小さかったのに、今じゃあ立派なお侍。いやあ、大したもんだ」
「なんでも、管領様だか将軍様だかに、直談判なさったんだと。下手をすりゃあ打ち首だって有り得た話だ。ところがえらく気に入られ、侍衆まで貸し与えられたんだそうだ」
「──おいらは、あのお方が都を出発するところをこの目で見た。実に勇ましく、壮観な眺めだったよ──」
「おい、アンタら! 鬼ってのは一体なんだ? もののけとどう違う?」
桃次郎はいてもたってもいられず、彼らの話に割って入った。
ここでは六尺の身の丈が有利に働いたらしい。彼らは口々に話し始め、こちらの知識の空白をどんどんと埋めてくれる。
──まさしく、俺の出番だ!
桃次郎は喜びに打ち震えた。
──俺は世間を知らない。
神童と褒め称えられる兄のように、頭も良くない。
しかし戦いにかけては、どんな猛者にも負けぬ自信がある!
もののけだって、すでに一匹ぶっ殺しているのだ。
兄が軍勢を率いているとすれば、俺はその優秀な右腕になれる。
傍らに控え、襲い来るものがあれば兄を守ることも──
彼らの話によれば、鬼の根城は瀬戸の内海のどこかにあり、船がなければ辿り着けぬという。兄は都のずっと西、堺と呼ばれる港から船出する手筈らしい。
適当に礼を述べ、桃次郎は客の群れを離れた。
──追い付けるかどうか解らぬ。しかし、今すぐ向かわねば!
「──おい、お前。ちょっと待て」
目の前に現れたのは、幾人もの男たち。
逃げられぬよう、扇のように広がっている。
刀を持っていないことや、それぞれ小袖をまとっていることから、武士ではあるまい。
「複数の商店主から、最近品物がよく盗まれるって話が出てる。で、みなに共通してるのは、ものスゲエ高身長の男──つまり、お前を見たってことだ。どこかに品物を隠してねえか、調べさせてもらうぞ?」
運良く商品に手を伸ばす前のことであったから、何かが見つかるはずはない。
しかし男たちは、追及を止めようとはせぬ。
「お前、どこから来た?」
「寺だ」
「どこの寺だ?」
「知らん」
「──じゃあ、生まれは?」
「──ジジイとババアの家。それか──どこかの長い川だ」
「なんだそりゃ? ──お前、どうも怪しいな。ちょっと、一緒に来てもらおう」
二人の男が両側から、桃次郎の腕に手をかけた。とっさに振り払う。突風に煽られた凧のように、二人が空中を飛んだ。一人は地面に落ち、もう一人は商店の棚に激突する。
「貴様ッ!」
残った男たちの怒鳴り声。
それに被さる、周囲の人々のどよめきと、悲鳴。
なんとも、マズイ展開になってきた。
阻もうとする男たちを蹴散らし、桃次郎は駆け出した。今は逃げるしかなかった。




