表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/54

其の十八 裸念鼠(らねんそ)

 山の道は細く、天を突くようなスギの林のせいで暗かったが、険しくはなかった。木々の間を縫うように進んでいると、今度はブナの林に出くわす。


 林床りんしょうにはササが広がり、やがて道はなくなった。

 尖った葉に何度も脚をこすられ、酷くむずがゆい。

 それでも我慢して斜面を登ると、そこが頂上だった。


 桃次郎ももじろうは額の汗をぬぐうと、頂から眼下を眺めやった。

 広がっているのは、見渡す限りの田園。

 遠くの方には、幾つもの箱を組み合わせたような街並みがある。


 箱の内側を埋める、無数の家々。

 なかには信じられないくらい巨大な建物の輪郭もあった。きっとあれが「都」というやつに違いない──


 近くにあった平たい石の上に腰かけ、桃次郎ももじろうは弁当の包みを開いた。

 飯炊き女の作ってくれた、幾つものおむすび。

 時間が経っているのに米の粒は透きとおり、実に美味そうである。


 さっそく一つを頬張ろうとして──おむすびが跳ねた。

 手の中から転がったのではない。竹皮の包みの上から、独りでに飛んだのだ。

 慌てて手を伸ばすが、凄まじいスピード。とても間に合わぬ。

 今まで登ってきた斜面を、ぐんぐん転がり下って行く。


 なにクソ!


 追いかけようとして、まずは残りのおむすびを石の上に置いた。

 瞬間、そのすべてが次々にジャンプ。桃次郎ももじろうの眼前で一回転宙がえり、同じように斜面を転がり始めた。


「ちょ! どうなってる!」


 駆け出すが、石と土と砂の斜面は思いの他、脆かった。

 二、三歩までは歩めたが、そこから先はほぼ落下。

 尻と背中をこすられながら、低地に広がる木立めがけて滑り落ちる。


 視界の先、おむすびの姿が順番に見えなくなった。

 桃次郎ももじろうは顔の前で腕を組み、かつ両脚を伸ばして衝突に備える。

 まずは足先、続いて両の腕に衝撃がきた。


 痛みをこらえ、躰を動かしてみる。

 無様ぶざまにも、一本の太いブナの大木と抱き合っている格好だった。


 大した怪我がなかったのは幸いだが、食い物の恨みは恐ろしい。

 ──絶対犯人を見つけてやる! そう意気込んで辺りを探すと、例のブナの木の根元に、ぽっかりと穴があった。大きさは桃次郎ももじろうの頭くらい。手を入れてみると、ずいぶん奥まで続いている。おむすびはきっとここへ吸い込まれたに違いない。


 頭を突っ込み、無理矢理進もうとしてみる。が、五尺六寸(約1.7m)の躰。広い肩幅がつっかえ、行かれるはずがない。しばらく手で穴を掘ったが、指先は痛くなってくるし、腹も減るしでついに諦めた。


 けれども仕返しをせぬまま、終わらせることはできぬ。

 そういえばここまである歩き通しで、かわやへ行くタイミングもなかった。

 これはちょうど良い。


 桃次郎ももじろうは、穴に向かって放尿した。

 大きい方もしなかったのは、せめてもの情けであろう。

 木立の中に転がっていた岩を押しては引き、ぴったりと穴を塞ぐ。


 ブナの大木の前に置かれた、こんもりとした岩。

 それを眺めていると、用を足したこともあって、ずいぶん気持ちがスッキリした。


 さあ、先を急ごう──



 ドッドドドドドドドッドドドッ!



 とたんに地面の下から激しい音。同時にブナの木がブルブルと揺れ始める。

 巨大ではないが、それなりに大きい岩──まるでおむすびのときのように、急にぶわりと宙を舞った。空に向かって一度小さくなったそれは、今度はぐんぐんと大きくなる。


「ヤベ!」


 転がって避けると凄まじい衝撃と共に、岩が地面を打つ。

 危うく、直撃を食らうところであった。


 ──キイキイ チチチ


 鳴き声がした。

 見ると、穴の口が何倍にも押し広げられ、そこから異様に大きい頭が覗いている。つぶらな丸い瞳、小さい鼻、その横に伸びる幾つものひげ


 口には上下二本ずつ、長く鋭い歯が伸びている。

 顔の作りはネズミに似ているが、体毛はいっさい無い。

 まるで病気にかかり、すべて抜け落ちてしまったかのよう──


 呆気あっけにとられ、桃次郎ももじろうはただそれに釘付けだった。

 穴から出ているのは頭部だけだが、それでも二尺(約60cm)はある。

 生まれてこの方、こんな生物──いや、バケモノは見たことがない。


 それとも都の周辺では、これが当たり前なのだろうか?



 ──キイキイ チチチ オ前 仲間ナノカ? 



 正直、初めはよく解らなかった。ただ変な声で鳴いているのだと思った。

 それが人間の言葉だと解ったとき──桃次郎ももじろうはギョッとした。


 ──オ前 アノ オ方ノ オ仲間 カ?


「──あの、お方? 一体誰のことだ?」


 ──アノ オ方ト 同ジ匂イ シタ


「ちょっと教えろ。動物ってのは、お前みたいに言葉を喋るのが普通なのか?」


 ──ヨク 嗅イダラ 違ウ 匂イ


「あ! てゆうかお前──()()()()()()()()()()()?」


 ──オカシイ 似テル デモ 違ウ


「──おい。すっとぼけてんじゃねえぞ、コラ?」


 ──似テル 違ウ 似テル 違ウ──


「おむすび返せ! ──あ、いや。やっぱりいいわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()──」



 ──キイキイッ! チチチチチチチッ!



 どうやら桃次郎ももじろうの放ったその一言が、相手を激昂げきこうさせたらしかった。

 物凄い速さで、穴から大ネズミが飛び出してきたからである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ