表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/54

其の十七 別れと旅立ち

 白月しらづきから聞いた内容は、はっきりいって意味不明だった。

 いったいあれが何だったのか問うても、「だから説明が難しいと言ったのだ」と答えるばかり。やがて兄に会えることは解ったが、かといってただぼんやり待っているのは性に合わぬ。


 白月しらづきの話では、この山寺を反対側へ越え、さらに北に進んだ先が「都」だという。もし道に迷ったら、夜空に輝く北辰ほくしんという星を目印にすると良いそうだ。


 人買いに連れられ、一度通り過ぎただけだが、実にたくさんの人間が集まっている場所らしい。


「よし。とりあえずそこへ行くよ。人が多いのなら、兄の噂も聞けるかもしれん。──白月しらづきはこれからどうするんだ? 行く当てがないなら、一緒に来るか?」


「──気持ちは嬉しい。されど、わたしは一度帰ろうと思う。長らくあの和尚に囚われ、酷く疲れた──」


「帰る? それってまさか──月へ?」


「そうだ。実はそなたに術を使ったおり、()()に居場所が知れてしまった。その意味でも、一度は戻らねば──」


「彼らって誰だ?」


「わたしの──従者たちだ」


 ゆっくりと立ち上がった白月しらづきは、回り縁を下りて土の道へ出た。

 桃次郎ももじろうは実に不思議なものを見た。月の光の一部が耀きながら降ってきて、彼女を包み始めたのだ。


 何か聞いたことのない音楽──いや、もしかしたら言葉かもしれぬ。

 まるで鳥が歌うように、光が鳴く。

 それに合わせ、耀きはなおいっそう増してゆく──


「おい! もう行っちまうのかよ!」

 転がるように飛び出し、桃次郎ももじろうは言った。

 我ながら、なんとも間の抜けた台詞であった。


「──世話になったな。桃次郎ももじろう──」


 さえずりの向こうから、白月しらづきの声。


「──そなたに宣託を授けたとき、わたしもメッセージを受け取った。

 それによれば、わたしたちは再び出会う定めのようだ。

 宣託を受け、わたしは心を決めたぞ。──()()()()()()()()()()()?」


 平手をぱんっと打ったように、すべてが消え去った。


 お堂の前の土道には依然として月光が降りそそぎ、辺りを白く塗り変えている。

 けれども、白月しらづきの姿はどこにもない。

 桃次郎ももじろうはぼんやりと天上の月を眺め、誰にともなくつぶやいた。


「──従者だって? あいつ、お姫さんだったのかよ──」



  *



 一夜が明けた。

 洗脳が解けた下働きの者たちは、哀れでありながらも同時にたくましく、「今までのタダ働きを全部取り返す!」などと叫び、寺への略奪を開始していた。


 彼らはみな、ある種の興奮状態にあり、いまだ和尚に対する怒りに燃えていた。

 特に右腕として汚い仕事をしていた桃次郎ももじろう。本来なら、その矛先が向いたとしても仕方があるまい。


 けれどもそろそろ背丈が五尺六寸(約1・7m)に迫ろうという姿を前にすれば、そんな気分は消え去ったとみえる。文句を言ったり、挑みかかろうとする者はなかった。


 やがて米蔵が開けられた。

 山と積まれた米俵の一つが運び出され、飯炊き女が巨大なかまどで白いごはんを炊く。

「さあ、お兄さんもお食べよ! どうせ持ち主はくたばっちまったんだから!」

 そういえば昨夜の大暴れで、ずいぶんと腹も減っている。

 ありがたくご相伴にあずかり、方丈ほうじょうの広間でみなと食卓を囲んだ。


「桃から生まれた子供? そういえば、聞いた記憶があるような──」と飯炊き女。


「たしかあれだろ? エラく賢いガキで、都の坊さんたちと問答をして、次々に言い負かしたっていう──」そう言ったのは、掃除夫の下人げにんだった。


「いやいや! それだけじゃねえ」

 和尚の身の回りの世話係りだった別の下人げにんが割り込んだ。

「そのわらべ、なんと相手が動物でも会話ができるんだそうだ。そして、実に簡単に手なずけちまうらしい。まったく、何がどうなってるのやら。──世も末だぜ」


 彼らから聞こえてくる兄の噂は、どれも驚かされるものばかりだった。

 桃次郎ももじろうは茶碗の飯を食べながら、二つの気持ちの間で揺れていた。


 立派に育ち、噂の中心にまでなっている兄への誇らしさ。

 それに比べ、まるで自分は何物でもないようにしか思われない。



 ──アンタは厄介者。

 ──失敗作の苦い桃さねッ!



 遠い昔、育ての老女に言われた言葉が頭をよぎる。

 それでも、兄には会わねばと思った。

 相手はこの世界にたった一人の肉親なのだ。


 飯炊き女はあまった白飯でたくさんのおむすびを握ってくれた。

 桃次郎ももじろうは礼を述べ、それを腰にくくると、都へ向けて深い山の中へと分け入って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ