決起(4)
午後一時。
中央記念広場を離れた神崎と森本は、都内のイベントホールに入った。
日本印象力推進会議が開く対抗集会は、午前の集会とはまるで様子が違っていた。
正面には大型スクリーンが三面。壇上の左右には、発起人となった企業や業界団体のロゴが並んでいる。参加者へ配られた白いプラカードには、同じ書体で「努力する人が報われる社会へ」と印刷されていた。
照明が落ち、白いスーツを着た高城美玲が登壇した。
「午前中、中央記念広場に多くの方が集まりました」
背後のスクリーンに、鬼塚の演説を伝えるニュース映像が表示された。
「そこで、この制度は人を選別するものだという批判がありました」
高城は会場を見渡した。
「しかし、私たちは人の価値に点数をつけようとしているのではありません。現実に存在する不利益を減らそうとしているのです」
スクリーンが切り替わった。
採用面接で第一印象を重視すると回答した企業の割合。接客業で身だしなみが評価に影響したと答えた管理職の割合。外見への不安によって就職活動を控えた経験がある人の割合。
複数のグラフが並んでいた。
「人が第一印象で判断されることは、すでに多くの調査で示されています」
高城は画面を指した。
「私たちがこの現実を作ったのではありません。法案が成立しなくても、明日から突然、人が見た目で判断されなくなるわけでもありません」
会場から拍手が起きた。
「ならば、現実に存在する不利益を放置するのか。それとも、改善を望む人が支援を受けられる制度を作るのか」
高城は正面のカメラを見た。
「私たちは、後者を選びます」
スクリーンに新しい言葉が表示された。
――選択できる社会へ。
「治療することを強制しているのではありません。自分の状態を知る機会を作り、改善を望む人には、経済的な事情にかかわらず支援を届ける。それが今回の制度です」
参加者が、印刷されたプラカードを掲げた。
「努力しても機会を与えられなかった人に、もう一度挑戦する手段を渡す。それを選別と呼ぶのでしょうか」
「違う!」
前列から声が上がった。
「支援を受けるかどうかは、本人が選べます。しかし、努力した人が、その努力を評価されることまで否定されてはならない」
拍手が一斉に起きた。
高城は、政治資金の記事についても自ら触れた。
「また、発起人に名を連ねる一部の企業が、与党の政治資金パーティー券を購入していたとの報道がありました」
会場後方にいる記者たちが、一斉にパソコンへ指を走らせた。
「各企業が適法に行った政治活動と、私たちの政策提言は別のものです。法案と引き換えに資金を提供した事実はありません」
背後のスクリーンに、「法令に基づき適正に処理」と表示された。
「相馬教授の転落と、朝倉美咲さんの失踪についても、捜査によって真相が明らかになることを願っています」
高城の表情は変わらなかった。
「しかし、確認されていない事件と法案を結びつけ、人々の不安を煽るべきではありません」
午前の集会で上がった三つの要求に、一つずつ答える構成になっていた。
「そして、法案の是非を国民に直接問えという声も上がっています」
会場が静かになった。
「国民の声を聞くことは重要です。しかし、医療や社会保障に関わる制度は、その時々の感情だけで決めるものではありません」
高城はスクリーンに並んだグラフへ振り返った。
「必要なのは、シュプレヒコールではなくデータです。対立ではなく、専門家による検討です」
大きな拍手が起きた。
演説が終わると、記者からの質問を受ける時間が設けられた。
神崎はすぐに手を挙げた。
「治療を受けない人への追加負担について伺います」
高城の視線が神崎へ向いた。
「あなたは今、治療を受けるかどうかは本人が選べると話しました。しかし法案の検討資料には、治療や改善指導を受けない人への追加負担が記されています」
会場の拍手が止まった。
「それでも、本人が自由に選べると言えるのでしょうか」
高城は表情を崩さなかった。
「追加負担は、現段階では決定された制度ではありません」
「では、日本印象力推進会議として、削除を求めますか」
高城はすぐには答えなかった。
「制度の詳細については、今後の議論を見守りたいと考えています」
「削除には賛成しない?」
「一部分だけを取り上げて、制度全体を否定するべきではないと申し上げています」
神崎はさらに質問した。
「治療しない人に負担を求めれば、それは事実上の強制になりませんか」
司会者が割って入った。
「次の質問をお願いします」
別の記者が指名され、高城は神崎から視線を外した。
背後のスクリーンには、まだ同じ言葉が表示されていた。
――選択できる社会へ。
神崎は取材ノートに書き込んだ。
治療を選ぶ自由については語った。
治療を選ばない自由については、最後まで答えなかった。




