決起(2)
午前九時。
中央記念広場は、集会の開始前から人で埋まり始めていた。
最寄り駅から広場へ続く歩道には、横断幕やプラカードを抱えた参加者が途切れることなく押し寄せている。警察は一部の出口を閉鎖し、駅から出てきた人々を複数の経路へ振り分けていた。
正面には大型ビジョンと仮設ステージが設置され、広場の周囲には警察車両とテレビ局の中継車が並んでいる。上空では報道ヘリの音が響いていた。
「主催者は十万人の参加を見込んでいます」
森本がスマートフォンで現地の情報を確認しながら言った。
「この広場に十万人は入らないぞ」
「周辺の道路も使うそうです。警察はすでに車両の通行を規制しています」
神崎は広場を見渡した。
参加者が掲げるプラカードには、さまざまな言葉が書かれていた。
「髪で人を選ぶな」
「見た目税反対」
「治す自由、禿げる自由」
「国家は頭頂に口を出すな」
字体も色も大きさもばらばらだった。主催者が一括して用意したものではない。参加者がそれぞれの言葉を、自分で書いて持ち込んでいる。
集会が始まるまでの間、神崎は参加者に話を聞いて回った。
五十代の営業職の男性は、会社名の入ったプラカードを握っていた。
「取引先で髪のことを冗談にされ続けました。これまでは笑って流してきた。でも、それを国が制度にするなら話は別です」
二十代の女性は、父親と一緒に来ていた。
「父がずっと気にしていたんです。今回の騒ぎで、初めて本気で傷ついていたと知りました」
三十代の男性は、被っていた帽子を取った。
「僕は最初、法案に賛成でした。治療できるなら努力すればいいと思っていた。でも、自分の髪が急に抜け始めたら、そんな簡単な話じゃないと分かって……」
神崎は取材メモの「最初は賛成」という部分に線を引いた。
反対しているのは、最初から法案を嫌っていた人間だけではない。支持していた側からも、人が離れ始めている。
その周囲では、動画配信者や取材スタッフが参加者へ次々とマイクを向けていた。
神崎は、そのカメラが穏やかに話す者を素通りし、強い言葉を叫ぶ者へ集まっていくのを見ていた。
「森本」
「はい」
「集会だけを見るな。誰が撮って、どの発言を選んで流すのかも見ておけ」
「過激な発言を探している連中がいる?」
「十万人いれば、一人くらいは余計なことを言う。その一人を、全員の代表にすることもできる」
仮設ステージのスピーカーから、集会開始を告げるアナウンスが流れた。
司会者が壇上に上がり、開会を宣言する。
広場を埋めた人々の視線が、一斉にステージへ向いた。
鬼塚の登壇を前に、司会者が次の登壇者の名前を読み上げた。
広場がざわついた。
ステージに現れたのは、人気俳優の城戸だった。
整った容姿で知られ、化粧品やファッションブランドの広告にも数多く出演している。少なくとも、ハゲ解放同盟の集会に立つとは思われていなかった人物だ。
城戸はマイクの前に立ち、集まった人々を見渡した。
「僕は、この顔で仕事をもらってきました」
広場が静かになった。
「オーディションで落ちても、『別の役がある』と言ってもらえたことが何度もあります。逆に、僕より演技が上手くても、見た目だけで落とされた人も見てきました」
城戸は視線を下げた。
「それでも僕は、仕方がないと思っていました。外見を整えることも、競争の一つだと考えていたからです」
顔を上げる。
「でも、今回の法案は違います」
城戸の表情から笑みが消えた。
「仕事を選ぶ人が、役に合うかどうかを判断する。それと、国家が人間の身体に点数をつけることは、同じではありません」
広場の前方で、何人かが頷いた。
「評価される側は、自分が正しいと思えます。選ばれるたびに、努力が報われたと感じられる」
城戸は自分の顔を指した。
「僕も、そう思ってきました」
大型ビジョンに、その表情が映し出された。
「でも、僕はいつまで選ばれる側なのでしょうか」
広場から音が消えた。
「十年後も、この顔で仕事ができるのか。年を取り、病気になり、今とは違う姿になった時、それでも同じように評価されるのか」
城戸は首を横に振った。
「この制度で守られるのは、選ばれた人ではありません」
マイクを握り直す。
「選ばれ続けている間の人だけです」
その言葉に、拍手が起こった。
「見た目で得をしてきた僕だからこそ言います。人間の身体を評価する制度を、国家が作ってはいけない」
拍手が広場全体へ広がった。
「僕は、この法案に反対します」
城戸は頭を下げ、ステージを降りた。
その十五分後、鬼塚剛が壇上に上がった。




