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他がために、禿げはなる  作者: 南 春


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異変(4)

神崎修司 東都新聞記者(主人公)

森本亮太 東都新聞記者(後輩)

堀田部長 東都新聞部長 (上司)

桂木道隆 桂ホールディングス会長

 神崎は資料室にこもった。


 厚生労働省の公開資料をめくっていると、森本が缶コーヒーを片手に入ってきた。


「何か分かりました?」


「いや。細かい言葉ばかりで、肝心なところが見えない」


 神崎は資料を閉じた。


「仕方ない。調べ方を変えるか。この制度が通ったら、誰が得をすると思う」


「育毛剤の会社ですかね。あとは植毛とか、増毛とか」


「そうだな。国が金を出すなら、受け取る側がいるだろう。まずはそこからだ」


 森本は缶コーヒーを机に置いた。


「得をする企業を調べれば、その先に制度を動かしている人間が見えるかもしれない」


「そういうところは、話が早くて助かる」


 神崎は新しいページを開いた。


「育毛剤、植毛、ウィッグ、増毛サロン。この辺りの大手を調べてくれ。政治家や役所とのつながりがあれば、それも拾ってほしい」


「何社くらい拾いますか?」


「目につくところからでいい。細かいとこまで見てたら神経がもたない」


 森本は神崎の頭を見た。


「もう、何も持ってない気がしますが」


「お前、仕事を増やすぞ」


 森本は笑いながら資料室を出ていった。


 神崎は再び画面へ目を向けた。


 制度の目的は、薄毛に悩む人を助けること。


 少なくとも、表向きはそうなっている。


 だが、その裏で新しい市場が生まれるなら、すでに準備を始めている者がいるはずだった。

 誰が、最初に儲けるのか。


 まずは、そこからだった。 


    *


 その時、編集部の大型モニターがざわついた。


「速報入ります!」


 経済部の若手が声を上げる。


 画面が切り替わる。


 都内・帝都国際フォーラム。


 白い照明。巨大スクリーン。整然と並ぶ報道陣。司会者の張った声。


『桂ホールディングス 新製品発表会』


 神崎は顔を上げた。


「そう来たか。薄毛への公的支援が国会で話題になった日に、今度は大手企業が新製品を発表するらしい」


 森本が大型モニターへ近づいた。


「さすがにタイミングが良すぎませんか。今朝、急に発表を決めたわけでもないでしょうし」


「ああ。発表会には会場も報道陣も必要だ。少なくとも何週間も前から準備していたはずだ」


 神崎は画面に表示された社名を見つめた。


「国が動くことを、あらかじめ知っていたのかもしれん。偶然かどうか、調べる価値はありそうだ」


     *


 壇上に現れたのは、桂ホールディングス会長・桂木道隆だった。


 六十代前半。端正なスーツ姿。背筋は伸び、歩幅にも迷いがない。


 そして、完璧な髪だった。


 黒々と艶があり、一本の乱れもない。


 神崎は思った。


 説得力とは、時に中身より表面に宿る。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 桂木は柔らかな声で語り始めた。


「我々は長年、“隠す時代”の製品を作ってまいりました」


 背後スクリーンに、従来型ウィッグの映像が映る。


「しかし、本日皆様にお見せするのは、“生きる時代”の製品です」


 会場の照明が落ちた。


 スクリーンいっぱいに文字が浮かぶ。


 **NEO-SKIN**


 森本が吹き出した。


「これは、名前強いですね」


「黙って見てろ」


     *


 モデルの男性が登壇した。


 三十代後半。額が大きく後退し、頭頂部も薄い。


 司会者が問いかける。


「こちらの方が、装着前です」


 会場が静まり返る。


 次の瞬間、映像が切り替わる。


 同じ男が、自然な短髪姿で笑っていた。


 分け目も、毛流れも、頭皮の色味も不自然さがない。


 どよめきが起きる。


「従来の着脱式ではありません」


 桂木が言う。


「医療用皮膜素材と毛根固定技術を応用し、二十四時間装着可能」


 さらに続ける。


「就寝時も、入浴時も、運動時も外す必要はありません」


 記者たちが一斉にメモを取る。


「月に一度のメンテナンスと整髪のみで、継続装着が可能です」


 森本が呟いた。


「これは、もう髪ですね」


 神崎は答えなかった。


     *


 壇上では、モデルの髪に水をかけ、ドライヤーの風を当てたあと、整髪料で形を整える実演が始まった。


最後には女性司会者が髪をつかんで引っ張ってみせたが、それでも外れる気配はなく、会場から大きなどよめきと拍手が湧き起こった。


 神崎は、その熱狂を冷めた目で見つめていた。


 商品として見れば、見事なものだった。技術力があり、薄毛に悩む人たちからの需要も見込める。神崎自身、その価値を否定するつもりはなかった。


「なお、本製品は外見改善による就労支援、社会参加支援、心理的QOL向上への寄与が期待されます」


 桂木の言葉を聞いた瞬間、神崎は椅子から身を起こした。


 就労支援。社会参加。QOL向上。


 いずれも、先ほど国会で水沢大臣が使っていた言葉だった。

「今後は行政、医療、産業界と連携し、より多くの方へ届けてまいります」


 会場でフラッシュが連続する。森本も、言葉の一致に気づいたらしい。


「神崎さん、これって……」


「ああ。偶然にしては、よく似すぎている」


 そのとき、経済部の若手が声を上げた。


「桂HD、後場に入ってさらに上がっています!」


 大型モニターの右上に表示された株価が跳ね上がり、政治部だけでなく、経済部や社会部も一斉にざわついた。


 国会で持ち出された薄毛支援策。大臣と桂木が使ったよく似た言葉。それに合わせるように発表された新製品と、直後の株価急騰。


 一つずつなら偶然で片づけられる。だが、すべてが同じ日に重なるのは、あまりにも出来すぎていた。


 桂木は最後に笑みを浮かべ、こう締めた。


「髪は、人生を変えます」


 桂木がそう締めくくると、会場から大きな拍手が起こった。


 神崎はリモコンを手に取り、モニターの電源を切った。


「髪が人生を変えるんじゃない。この商品で生まれる金が、国を動かそうとしているんだ」


 森本が、暗くなった画面を見つめる。


「やっぱり、法案とつながっていると思いますか」


「それを確かめるのが、俺たちの仕事だ」


 神崎は机の上の資料を手に取り、立ち上がった。 


    


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