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他がために、禿げはなる  作者: 南 春


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3/15

異変(3)

神崎修司 東都新聞記者(主人公)

森本亮太 東都新聞記者(後輩)

堀田部長 東都新聞部長 (上司)

 スマートフォンが立て続けに震えた。


 編集部のグループチャットだった。休日出勤している森本が、次々と書き込んでいる。


『#ハゲ禁止法でもう一位です』


『税金で増毛って何』


『次は顔面偏差値税らしいです』


『神崎さん、ついに国の支援対象ですね』


 神崎は返信した。


『お前の髪、明日から課税対象な』


 すぐに返ってきた。


『逆恨みこわいです』


     *


  新聞社の編集フロアは、朝から熱を持っていた。


 コピー機の排熱。コーヒーの匂い。鳴り続ける電話。飛び交う怒声。速報が出た日の騒がしさだった。


「神崎さん!」


 森本が駆け寄ってくる。細身のスーツに艶のある前髪。朝から隙なく整っている。

「SNS、大荒れです。『ハゲ禁止法』『税金で増毛』『次は顔か』。全部トレンド入りしています」


「ちょっと待て。まだ法案ですらない」


「世間はもう、その先まで怒っています」


 森本は息を整えながら続けた。


「美容関連株も、寄り付きから急騰しています」


 神崎は足を止めた。


「何が上がってる」


「植毛、育毛、再生医療。軒並みです」


「お前のテンションも上がってるな」


「髪がある側として、他人事で見られますから」


「その余裕がなくなる日も来る」


 森本は笑った。


「そのときは神崎さんに相談します」


「手遅れだ」


     *


 堀田部長が自席から神崎を手招きした。


 五十代後半。恰幅のいい体に、少しずれた眼鏡。広い額と磨かれたような頭頂部が、編集部の蛍光灯を律儀に反射している。


 神崎が近づくと、堀田は新聞で机を軽く叩いた。


「神崎、この件はお前が追え」


 神崎は紙面を一瞥した。


 見出しには、〈薄毛支援策検討〉の文字が躍っている。


「……ずいぶん悪意のある人選ですね」


「適材適所と思ってくれ」


「当事者を現場へ送るときの言い方じゃありません」


 堀田は口元だけで笑った。


「お前なら、笑い話で終わらせない」


 神崎は腕を組んだ。


「嫌な予感しかしませんが」


「その勘は信用していい」


「つまり?」


「俺も同じだ」


 堀田は椅子にもたれ、声を落とした。


「こういう妙な答弁は、朝起きた大臣が急に思いつくものじゃない。誰かが言わせた。そこには、言わせるだけの理由がある」


 神崎の表情が変わった。


「裏があると?」


「まだ分からん。別の何かを進めるための目くらましか、どこかの利権か。それとも、俺たちが想像もしていない目的があるのか」


 堀田は指先で、自分の頭頂部を軽く叩いた。


「ただ、これはハゲの話に見えて、選別の話だ」


 編集部の喧騒の中、その一言だけが妙に重く残った。


「今日は頭髪だ。だが、体型でも、顔でも、年齢でも構わない。人間を一つの特徴で分け、扱いを変える。その線を国が引こうとしている」


 堀田は無意識に自分の額を撫でた。


「当事者だから分かる。笑って済ませるには、少し気味が悪い」


 神崎は黙っていた。


 堀田がまっすぐに見据える。


「だから、お前に頼む」


「同じ当事者だからですか」


「それだけなら俺が行く」


 堀田は真顔で言った。


「お前は、目立つ言葉に踊らされない。その裏で誰が動き、何を得ようとしているのかを見る。こんな話を追わせるなら、お前だ」  


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