異変(3)
神崎修司 東都新聞記者(主人公)
森本亮太 東都新聞記者(後輩)
堀田部長 東都新聞部長 (上司)
スマートフォンが立て続けに震えた。
編集部のグループチャットだった。休日出勤している森本が、次々と書き込んでいる。
『#ハゲ禁止法でもう一位です』
『税金で増毛って何』
『次は顔面偏差値税らしいです』
『神崎さん、ついに国の支援対象ですね』
神崎は返信した。
『お前の髪、明日から課税対象な』
すぐに返ってきた。
『逆恨みこわいです』
*
新聞社の編集フロアは、朝から熱を持っていた。
コピー機の排熱。コーヒーの匂い。鳴り続ける電話。飛び交う怒声。速報が出た日の騒がしさだった。
「神崎さん!」
森本が駆け寄ってくる。細身のスーツに艶のある前髪。朝から隙なく整っている。
「SNS、大荒れです。『ハゲ禁止法』『税金で増毛』『次は顔か』。全部トレンド入りしています」
「ちょっと待て。まだ法案ですらない」
「世間はもう、その先まで怒っています」
森本は息を整えながら続けた。
「美容関連株も、寄り付きから急騰しています」
神崎は足を止めた。
「何が上がってる」
「植毛、育毛、再生医療。軒並みです」
「お前のテンションも上がってるな」
「髪がある側として、他人事で見られますから」
「その余裕がなくなる日も来る」
森本は笑った。
「そのときは神崎さんに相談します」
「手遅れだ」
*
堀田部長が自席から神崎を手招きした。
五十代後半。恰幅のいい体に、少しずれた眼鏡。広い額と磨かれたような頭頂部が、編集部の蛍光灯を律儀に反射している。
神崎が近づくと、堀田は新聞で机を軽く叩いた。
「神崎、この件はお前が追え」
神崎は紙面を一瞥した。
見出しには、〈薄毛支援策検討〉の文字が躍っている。
「……ずいぶん悪意のある人選ですね」
「適材適所と思ってくれ」
「当事者を現場へ送るときの言い方じゃありません」
堀田は口元だけで笑った。
「お前なら、笑い話で終わらせない」
神崎は腕を組んだ。
「嫌な予感しかしませんが」
「その勘は信用していい」
「つまり?」
「俺も同じだ」
堀田は椅子にもたれ、声を落とした。
「こういう妙な答弁は、朝起きた大臣が急に思いつくものじゃない。誰かが言わせた。そこには、言わせるだけの理由がある」
神崎の表情が変わった。
「裏があると?」
「まだ分からん。別の何かを進めるための目くらましか、どこかの利権か。それとも、俺たちが想像もしていない目的があるのか」
堀田は指先で、自分の頭頂部を軽く叩いた。
「ただ、これはハゲの話に見えて、選別の話だ」
編集部の喧騒の中、その一言だけが妙に重く残った。
「今日は頭髪だ。だが、体型でも、顔でも、年齢でも構わない。人間を一つの特徴で分け、扱いを変える。その線を国が引こうとしている」
堀田は無意識に自分の額を撫でた。
「当事者だから分かる。笑って済ませるには、少し気味が悪い」
神崎は黙っていた。
堀田がまっすぐに見据える。
「だから、お前に頼む」
「同じ当事者だからですか」
「それだけなら俺が行く」
堀田は真顔で言った。
「お前は、目立つ言葉に踊らされない。その裏で誰が動き、何を得ようとしているのかを見る。こんな話を追わせるなら、お前だ」




