ハゲを禁止する法律(2)
神崎修司 東都新聞記者(主人公)
森本亮太 東都新聞記者(後輩)
委員会では、野党議員が手元の資料を掲げていた。
神崎は音量を少し上げた。
「次に、立憲改革党・黒田健一君」
委員長が淡々と告げた。
野党議員の黒田が立ち上がった。五十代前半。テレビ映りを意識しているのか、よく通る低い声で話し始めた。
「厚生労働大臣に伺います」
一礼したあと、手元の資料を掲げる。
「政府の有識者会議で、『頭髪環境改善政策』と題する内部資料が作成されている。これは事実ですか」
委員室がざわついた。
水沢大臣の後ろでは、官僚たちが身を寄せ合い、慌ただしくメモを回している。
神崎は身を乗り出した。
いい質問だった。
厚生労働大臣の水沢が、ゆっくりと立ち上がった。
「お答え申し上げます」
一礼してから、用意された原稿へ目を落とす。
「個別の資料の真偽についてはコメントを差し控えますが、生活の質、いわゆるQOLの向上という観点から、さまざまな健康課題について幅広く検討しているところでございます」
黒田が間髪入れずに追及した。
「質問に答えていない。政府は、薄毛への支援制度を検討しているのですか」
「委員長!」
与党席から声が飛んだ。
「決めつけるな!」
「大臣の答弁中だぞ!」
「ご静粛に願います。大臣、答弁を続けてください」
委員長が声を張り、騒ぎを抑えた。
水沢大臣は原稿を一枚めくった。
「加齢や体質に起因する頭髪の悩みが、就労機会、対人評価、婚姻機会などに一定の影響を与えているとの指摘は承知しております」
神崎はマグカップをテーブルへ置いた。
来る。
「そのため、予防啓発、治療支援、研究開発の促進などを含め、必要な政策対応を有識者会議で議論しております」
一拍置いて、さらに続けた。
「なお、一定の基準を満たす方を対象に、薄毛治療への公的支援を行うことも、検討項目の一つとなっております」
委員室の空気が変わった。
「何だ、それは!」
「税金で増毛するのか!」
「また新しい利権か!」
野党席から一斉に声が飛んだ。与党議員からも苦笑が漏れ、何人かが顔を伏せている。
「ご静粛に! ご静粛に願います!」
委員長の声が響く。
黒田は騒ぎに負けないように声を張った。
「大臣、今『公的支援』と言いましたね。薄毛治療に税金を使うのですか!」
水沢は額の汗を拭った。
「現時点で、具体的な財源や支援方法が決まっているわけではありません。相談体制の整備や研究開発への助成なども含めて、幅広く――」
「また言い換えるつもりですか!」
「委員長!」
「黒田君、時間です」
「まだ三十秒残っています!」
委員会は完全に荒れていた。
神崎はソファに深く座り直した。
どうやら、冗談ではないらしい。それが一番、たちが悪かった。
*
中継映像が、情報番組のスタジオへ戻った。
画面の下に、大きなテロップが現れる。
【速報 “ハゲ禁止法”がSNSトレンド一位】
いつの間にか付けられた俗称が、もう一人歩きを始めていた。
女性アナウンサーが、笑いをこらえるように言った。
「ネット上でも、大きな反響が広がっています」
神崎はリモコンでテレビを消した。
笑うところではない。
国家が、人の見た目を政策の対象にしようとしている。
公的支援と言えば聞こえはいい。だが、政策になれば予算が動く。予算が動けば、そこへ手を伸ばす者が必ず現れる。
神崎は空になったマグカップを見た。
久しぶりの休日は、そこで終わった。




