真実の値段(3)
夕方までに、記事の骨格ができた。
確認できた事実は三つだった。
桂ホールディングスと資本や役員でつながる複数の企業が、三年間にわたって与党議員の政治資金パーティー券を購入していたこと。
その購入時期の一部が、法案の内容が変更された時期と重なっていること。
同じ関連会社が、日本印象力推進会議の世論形成業務の費用を負担していたこと。
朝倉の失踪も、相馬教授の転落も、拘束動画も入れなかった。
桂との関係を裏づけられていない以上、同じ記事に混ぜることはできない。
片瀬が原稿を読み、赤字を入れた。
「『政策変更の見返りとして購入した』は削ってください。そこまでの因果関係は証明できていません」
「購入時期が重なっている、までですか」
「はい。判断するのは読者です」
神崎は該当する一文を削った。
須藤が記事に添付する株価資料を確認しながら言った。
「出れば、桂の株は動くだろうな」
「だからこそ、推測は一行も入れれないな」
堀田が言った。
「数字と、確認できた関係だけで組むしかない」
神崎は黙って原稿を直した。
断定を一つ削るたび、文章の勢いは弱くなる。
だが、最後に残った一文は、その分だけ崩れにくくなった。
*
十八時を過ぎると、質問状への回答が相次いで届いた。
桂ホールディングスは、関連会社によるパーティー券購入について「各社が独自に判断したものであり、政策への影響を意図したものではない」と回答した。
議員側はいずれも、法令に従って適正に処理していると説明した。
日本印象力推進会議は、関連企業から活動資金の提供を受けたことを認めたが、「外見政策への理解を広げるための正当な広報活動」と主張した。
東邦コミュニケーションズからは、回答期限までに返事がなかった。
片瀬がすべての回答を原稿へ加え、最後の確認を終えた。
*
十九時。
ウェブ版の記事が公開された。
見出しは、堀田が決めた。
――桂系四社、与党議員側のパーティー券四・二億円を購入
外見政策の検討時期と重なる
記事では、政治資金パーティー券の購入自体が違法だとは書かなかった。
金によって法案が変更されたとも断定していない。
複数の企業が桂グループにつながっていること。
三年間で総額四億二千万円分を購入していたこと。
購入先に、外見政策の策定へ関わった議員が含まれていること。
金が動いた時期と、法案の内容が変更された時期の一部が重なっていること。
そして、同じ関連会社が、日本印象力推進会議の世論形成業務にも費用を支払っていたこと。
確認できた事実だけを並べた。
公開から五分後、アクセス数が通常の十倍を超えた。
十分後には、記事の見出しがSNSで拡散され始めた。
パーティー券の購入先となっていた議員の名前が抜き出され、過去の発言とともに投稿されていく。
二十分後、野党議員が自身のSNSで、資金と政策決定の関係について国会で追及すると表明した。
四十分後、桂ホールディングスが公式サイトに声明を掲載した。
『政治への不当な働きかけを行った事実はありません』
否定したのは、不当な働きかけだった。
パーティー券を購入した事実ではない。
二十一時のニュース番組は、記事をトップで取り上げた。
大型モニターに、桂グループから議員側へ伸びる金の流れが図で映し出される。
そして二十二時を過ぎたころ、与党幹事長が党本部で記者団の取材に応じた。
「法的に問題がないとしても、国民から疑念を持たれることは望ましくありません。党として事実関係を確認します」
法案への影響を問われると、幹事長は一瞬だけ言葉を止めた。
「審議日程については、今後検討します」
記事は、まだ何も断定していなかった。
それでも、止まらないはずだった法案が、初めて立ち止まった。




