真実の値段(1)
真実には値段がある。
朝倉美咲の研究が誰の手に渡るのか。それだけで、桂ホールディングスの株価は動いた。
法案が成立すれば、そこに動く金はさらに大きくなる。
そして、その裏側を暴く真実にもまた、値段がついている。
明るみに出れば、企業の価値が揺らぎ、政治家の立場が崩れ、誰かが描いていた計画そのものが壊れる。
神崎が追っているのは、そういう真実だった。
*
神崎と森本は始発で東京へ戻ると、桂ホールディングスと朝倉の接点を調べ始めた。
だが、その日の夕方、東央科学大学から連絡が入った。
相馬教授が、研究棟の階段から転落したという。
夜、二人が再び大学へ着いた時、生命工学棟の前は騒然としていた。
生命工学棟の前には警察車両が止まり、出入り口には規制線が張られている。濡れた地面に赤色灯が反射し、大学職員や警察官が慌ただしく行き来していた。
神崎は、以前の取材で顔を合わせた職員を見つけた。
「東都新聞の神崎です。相馬先生が転落されたと聞きました。今、どのような状況ですか」
職員は足を止め、青ざめた顔で答えた。
「相馬先生が、研究棟の階段から落ちたんです。すでに病院へ搬送されてるんですが」
神崎と森本は顔を見合わせた。
生命に別状はない。だが右腕骨折、頭部打撲。搬送時も意識は朦朧としていたという。
神崎は規制線の向こう、階段の踊り場を見た。
資料が散乱していた。
手すりの根元には、何かを強く擦ったような跡が残っている。
「足を滑らせたと……」
大学職員が言った。
偶然かもしれない。
だが偶然が続きすぎていた。
*
翌朝、東京へ戻る新幹線の中で、神崎と森本は無言だった。
拘束された朝倉の動画。
消えた研究データ。
相馬教授の転落。
そして、動画に映り込んでいた桂の社章。
すべてが桂につながって見える。
だが、どれも桂の関与を証明するものではなかった。
「状況証拠ばかりですね」
森本が言った。
「ああ。このまま記事にしても、すべて偶然だと言われれば終わりだ」
「動画に桂の社章が映っています。あれなら」
「桂の車だという証明にはならない。仮に車が本物でも、誰が乗っていたのかまでは分からん」
「そうか、このままじゃ、桂へは届かないですね」
森本が言った。
「ああ。別の柱がいる」
「何を追います?」
神崎は少し考えてから、手帳を開いた。
「金しかないだろうな」
「金の流れですか」
「日本印象力推進会議の活動資金。東邦コミュニケーションズへの依頼料。桂と研究関係先との取引」
神崎は手帳に三つの名前を書き並べた。
「誰が金を出して、どこへ流れ、最後に誰が得をするのか。そこを追う」
「つながれば、動画とは別の証拠になる」
「ああ。人は嘘をつく。映像も切り取れる」
神崎は書き並べた名前を丸で囲んだ。
「だが、動いた金には記録が残る」
*
編集部に着くと、空気が変わっていた。
政治部だけではない。
社会部では、朝倉の失踪と相馬教授の転落について、警察や大学への確認が続いている。
経済部のモニターには、値動きを繰り返す桂ホールディングスの株価が表示されていた。
デジタル編集室では、二つの事件と桂を結びつける投稿が、どれほど拡散しているのかを追っている。
大型モニターには、東央科学大学の生命工学棟が映っていた。
画面の下を速報テロップが流れる。
――発毛研究の女性助教、依然行方不明
――指導教授が研究棟で転落、警察が経緯を確認
神崎が自分の席へ向かおうとした時、堀田部長の声が飛んだ。
「神崎、森本! そのまま会議室へ来い!」
堀田は二人の返事も待たず、資料の入った封筒を手に会議室へ入っていった。




