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他がために、禿げはなる  作者: 南 春


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朝倉の失踪(3)

 警察の確認が一段落したあと、相馬が一人の院生を小会議室へ連れてきた。

 二十四歳の男子学生で、すでに警察から事情を聞かれたらしく、疲れた顔をしている。


「昨夜、最後まで朝倉と研究室にいた学生です」


 相馬が紹介した。


「警察には、すべて話したんですね」


 神崎が確認すると、学生は頷いた。


「はい。研究室の電話に残っていた着信履歴も、警察に確認してもらいました」


「私たちにも話してもらえますか」


 学生は相馬を見た。相馬が小さく頷くと、膝の上で両手を握った。


「相馬先生が帰ったあと、研究室の電話が鳴りました」


「何時ごろですか」


「九時四十分です。履歴に残っていました」


「相手は?」


「男の人でした。『今日の夕方、朝倉先生とお話しした者ですが、先生はいらっしゃいますか』と」


 神崎は手帳を開いた。


「名前や会社名は?」


「聞きました。でも、『朝倉先生には分かります』としか答えませんでした」


「それで、朝倉さんに代わった?」


「はい。先生に伝えたら、すぐ電話に出ました。知っている人だったんだと思って……」


「朝倉さんは、どのくらい話していましたか」


「二、三分です。電話を切ったあと、白衣を脱いで出ていきました」


「何か言っていましたか」


「夕方の人に、桂とは別の資金提供先を紹介してもらう。研究棟の前で少し話を聞いてくる、と」


 相馬の顔が歪んだ。


「そんな話は聞いていない」


「戻ってから先生に話すと言っていました。すぐに済むと思っていたんだと思います」


「君は何時まで研究室に?」


「十一時前までです。でも、朝倉先生は戻ってきませんでした」


「鞄は?」


「机に残っていました。持って出たのは、携帯電話だけだと思います」


 相馬が眼鏡を外した。


「桂の条件を受けなくても研究を続けられる。そんな話を、私のところへ持ち帰ろうとしていたのか」


 学生は俯いた。


「たぶん。先生も喜んでくれると思ったんじゃないでしょうか」


 神崎はペンを止め、手帳に書いた時刻を見返した。


 夕方、朝倉は男と会った。


 その数時間後、同じ男から研究室へ電話が入った。


 朝倉は通話を終えると、携帯電話だけを持って研究棟を出た。


 そこから先の足取りは、途切れている。


     *


 翌日。


 神崎と森本は、朝から再び大学を訪れていた。


 朝倉の失踪は、すでに報道されている。

 大学にも報道関係者の姿が増え、前日とは明らかに空気が変わっていた。


 昼を過ぎた頃。


 生命工学棟を出たところで、神崎はスマートフォンを取り出した。

 何気なく確認した画面に表示された数字を見て、足を止める。

 桂ホールディングスの株価が、大きく上昇していた。


「やっぱり……上がったか」


「何がです?」


 森本が隣から画面をのぞき込んだ。


「桂ホールディングスの株価だ」


「朝倉助教の失踪が報じられたのに?」


「ああ。そのあとも買われている」


 神崎は値動きの画面を拡大した。


「でも、朝倉助教の研究を商品化できなくなったなら、桂にとっても損じゃないんですか」


「契約はまだ結ばれていない。研究成果は桂のものじゃない」


 朝倉が別の企業と組み、本当に髪を生やす薬を完成させれば、人工毛髪やNEO-SKINを主力とする桂の事業は大きな打撃を受ける。


「桂から見れば、朝倉助教の研究は欲しい技術であると同時に、将来の競争相手でもあったってことですか」


「そういうことだ。手に入らないなら、世に出ない方が都合はいい」


 森本の表情が固くなった。


「じゃあ、失踪に桂が関わっている?」


「それはまだ言えないだろう」


 神崎はすぐに否定した。


「株価では証拠にならない。法案への期待で上がったとも、発毛薬という脅威が消えたと判断されたとも説明できる」


「でも、現に桂は得をしている」


「ああ」


 神崎は上昇を続ける数字を見つめた。


「しかも市場は、朝倉がすぐには戻らないと知っているような動きをしている」


 画面を閉じた。


「桂を調べる理由が、また一つ増えた」


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