朝倉の失踪(1)
神崎修司 東都新聞記者(主人公)
森本亮太 東都新聞記者(後輩)
堀田部長 東都新聞部長 (上司)
桂木道隆 桂ホールディングス会長
鬼塚剛 ハゲ解放同盟代表
相馬隆之 東央科学大学生命工学部・微生物資源研究室 教授
朝倉美咲 東央科学大学生命工学部・微生物資源研究室 助教
午前六時四十分、神崎はスマートフォンの着信音で目を覚ました。
深夜まで動画の出席者を調べ、編集部の机に突っ伏したまま眠っていたらしい。身体を起こすと、画面には森本の名前が表示されていた。
「どうした」
「神崎さん、東央科学大学から連絡がありました」
森本の声がいつもと違った。
「朝倉さんと、連絡が取れないそうです」
神崎の眠気が消えた。
「最後に確認されたのは?」
「昨夜です。相馬教授が二十一時半ごろ研究室を出たあとも、一人でデータ整理を続けていました」
「帰宅した記録は」
「分かりません。今朝、相馬教授が研究室へ来た時には、朝倉さんはいなかった。ただ、パソコンは電源が入ったままで、途中まで書かれた実験記録も残っているそうです」
「電話は?」
「圏外で、繋がらないそうです」
神崎は立ち上がり、椅子に掛けていた上着を取った。
「相馬教授は警察に?」
「大学から連絡しているところです」
「群馬へ行く。森本、切符を取ってくれ」
「今、調べてます」
通話を切ると、神崎は机に残っていた会議動画を見た。
研究を狙う企業。世論を動かす広告代理店。そして、動画を使うなと警告してきた非通知の男。
その翌朝、研究の第一発見者が姿を消した。
偶然で片づけるには、タイミングが悪すぎた。
*
新幹線が東京駅を出てからも、森本は落ち着かなかった。
ノートパソコンを開いては閉じ、何度もスマートフォンを確認している。
「事故ですかね」
森本が言った。
「まだ分からん」
「でも、朝倉さんが何も言わずにいなくなるとは思えないんですが」
「一度会っただけだ。俺たちは、彼女のすべてを知っているわけじゃない」
「相馬教授は、無断で研究室を休んだことは一度もないと言っています。遅くなる時も、必ず連絡を入れていたそうです」
神崎は黙って聞いた。
「それなら、事故に遭ったか、連絡できない事情があるかですよね」
「自分から姿を消した可能性もある」
「研究を残して?」
「人間は、周囲が思っているほど分かりやすくない」
森本は窓の外へ目を向けた。しばらくしてから、声を落とした。
「誘拐という可能性はありませんか」
神崎も考えていたことだった。
桂との契約交渉。公表前の発毛研究。世論形成を話し合う広告代理店。そして、動画を使うなと警告してきた非通知の男。
無関係だと切り離すには、朝倉が姿を消した時期は悪すぎた。
「可能性はある」
神崎は答えた。
「ただし、今の段階で口にすれば、それは取材じゃなく憶測だ」
「じゃあ、何から調べます?」
「朝倉さんが消える前に、誰と会い、何をしていたのか。研究室で何がなくなり、何が残っているのか。それを本人をよく知る人間から聞く」
「犯人を捜すんじゃなく?」
「それは警察の仕事だ。俺たちはあくまで記者だ」
神崎は座席の背にもたれた。
「朝倉さんがなぜ消えたのかを記事にできるだけの事実を集める」
車窓には、朝の田畑と住宅地が穏やかに流れていた。
その景色を眺めながら、森本はもう一度スマートフォンを確認した。
朝倉からの連絡は、まだなかった。




