作られた敵(1)
神崎修司 東都新聞記者(主人公)
森本亮太 東都新聞記者(後輩)
堀田部長 東都新聞部長 (上司)
桂木道隆 桂ホールディングス会長
鬼塚剛 ハゲ解放同盟代表
反対運動が勢いを増す一方で、法案に賛成する側も動き始めていた。
真田の会見から二日後、都内のホテルで新たな団体の設立会見が開かれた。
名称は、日本印象力推進会議。
美容関連企業、身だしなみ研修を行う人材会社、経営者団体、自己啓発系のインフルエンサーなどが発起人に名を連ねている。医療や福祉の関係者もわずかに含まれていたが、中心にいるのは、人の外見を商品や評価へ変えることに慣れた者たちだった。
ハゲ解放同盟が駅前で手作りのプラカードを掲げたのとは対照的に、こちらには最初から統一されたロゴがあった。登壇者の胸には同じ銀色のバッジがつき、記者には光沢紙で作られた政策提言書が配られている。
会見の様子は、複数の動画配信サービスで同時中継されていた。
「準備が早いですね」
編集部のモニターを見ながら、森本が言った。
「昨日今日で集まった連中じゃないな」
神崎は、政治部へ送られてきた会見資料に目を落とした。
「もともとあった業界のつながりに、新しい看板を掛けただけだ」
壇上では、代表理事に就任した高城美玲がマイクを握っていた。
四十代半ば。企業向けの接遇研修や印象改善サービスを手がける会社の経営者で、テレビ番組にもコメンテーターとして出演している。白いスーツに身を包み、話す速度から手の動かし方まで、すべてが計算されているように見えた。
「私たちは、見た目によって人を差別する社会を望んでいるわけではありません」
高城はカメラをまっすぐ見た。
「しかし、髪や肌、服装を整え、相手に良い印象を与えようとする努力まで否定される社会にも、未来はないと考えています」
背後のスクリーンに、団体の基本方針が映し出された。
外見改善への公的支援。企業による身だしなみ研修への助成。美容・健康産業の育成。そして、外見を整える努力が正当に評価される社会の実現。
「生まれつきの体質や、経済的な事情で努力できない人もいます」
会見場の記者から質問が飛んだ。
高城は、待っていたように頷いた。
「だからこそ、公的な支援が必要なのです。私たちは誰かを排除したいのではありません。変わりたいと願う人が、経済的な理由で諦めなくてよい仕組みを求めています」
「変わりたくない人については、どう考えますか」
「もちろん、個人の選択は尊重されるべきです」
高城は笑顔を崩さなかった。
「ただ、努力した人が正当に報われることも、同じように大切ではないでしょうか」
会場から拍手が起きた。
神崎は配信画面を見ながら呟いた。
「努力という言葉は便利だな」
「前向きに聞こえますからね」
「そのうえ、変わらない人間を、努力しなかった側へ置ける」
森本は、スクリーンに表示された「選択を支える社会」という言葉を見た。
「選択を支えると言いながら、用意されている選択肢は一つだけですね」
「変わることを選べ、だ」
神崎は会見資料の発起人一覧へ目を戻した。
そこには、桂ホールディングスと取引のある企業や業界団体の名前が、いくつも並んでいた。
*
夕方、政治部の共有アドレスに一通のメールが届いた。
件名はなく、本文には短い一文と、ファイル共有サービスのURLだけが記されていた。
『日本印象力推進会議は、自然に生まれた団体ではありません』
リンク先に保存されていたのは、七分ほどの会議映像だった。
都内の広告代理店らしき会議室に、十人ほどの男女が座っている。部屋の隅からスマートフォンで撮影されたものらしく、画面はわずかに傾いていた。
正面のスクリーンには、日本印象力推進会議の設立会見で見たものと同じロゴが表示されている。
その下には、「世論形成戦略案」と題した項目が並んでいた。
・「容姿」から「清潔感」への論点転換
・努力層に対する公平性の訴求
・若年女性向け共感コンテンツの拡散
・反対運動における過激層の可視化
森本が動画を止めた。
「過激層の可視化って、どういう意味ですか」
「反対派の中から、極端な発言だけを探して広めるんだ」
「自分たちで過激な発言を作るんじゃなく?」
「作る必要はない。大勢いれば、一人くらいは勝手に言う。それを反対派全体の意見に見せればいい」
神崎が再生を続けると、スクリーンの前に立つ男が参加者へ説明していた。
「ハゲ解放同盟を正面から批判する必要はありません。むしろ、しばらく活動を続けてもらった方がいい」
男は資料を切り替えた。
画面には、鬼塚の演説と、SNSに投稿された過激な言葉が並べられている。
「穏健な主張は取り上げず、攻撃的な言葉だけを拡散してください。反対派が過激に見えるほど、こちらの主張は常識的に映ります」
「敵役がいた方が、支持者をまとめやすいということですね」
参加者の一人が確認すると、男は頷いた。
「人は政策そのものより、嫌いな相手に負けたくないという感情で動きます」
そこで動画は終わっていた。
森本が青ざめた顔を上げた。
「これ、本物ですか」
「まだ分からん」
「でも、会議で使われていたロゴは本物ですよね」
「ロゴだけなら誰でも使える。出席者の顔と、会議室の場所を調べろ。ファイルに撮影日時の情報が残っていないかも確認する」
「記事にしますか」
「裏が取れればな」
神崎は停止した画面を見つめた。
賛成派と反対派は、自然に争い始めたのだと思っていた。
だが、その争いを止めるのではなく、より大きく見えるように手を加えている者がいるのかもしれない。




