笑えなくなった日(2)
昼前、与党本部で緊急会見が開かれた。
壇上に立ったのは、党の頭髪環境政策プロジェクトチームで座長を務める真田圭介だった。
四十二歳、当選四回。整った顔立ちと明快な話し方でテレビ出演も多く、党内では将来の総裁候補と目されている。髪型から歯並び、紺色のネクタイに至るまで隙がなく、その姿自体が政策の広告のようだった。
真田は用意された原稿に一度も目を落とさず、記者たちを見渡した。
「現在、頭髪環境改善政策について、事実と異なる情報が広がっています」
声を張り上げてはいない。それでも、会見場のざわめきは自然に収まった。
「政府と与党が目指しているのは、髪の量によって国民を評価することではありません。外見上の悩みによって、就職や社会参加の機会を失う人を減らすことです」
前列の記者が手を挙げた。
「流出した素案には、改善指導に応じない人への追加保険料負担が記されています。これは事実上の罰則ではありませんか」
「現時点では検討項目の一つにすぎません」
真田は表情を変えずに答えた。
「ただ、公的な支援を設ける以上、制度を利用して改善に取り組む方と、何も行わない方との公平性は議論しなければなりません」
「治療を受けない人は、不公平だということですか」
「そうは申し上げていません。治療を受けるかどうかは、当然ながら個人の自由です」
神崎は手を挙げた。
「東都新聞、神崎です」
真田の視線がまっすぐ神崎へ向いた。
「治療を受けない自由を認めながら、受けない人への追加負担を検討する。それを自由と呼べるのでしょうか」
会見場が静かになった。
真田は急いで答えず、神崎を数秒見つめた。
「自由には、複数の側面があります」
「どういう意味ですか」
「治療を受けない自由は守られるべきです。しかし、その選択によって生じる社会的な不利益や医療上の負担を、すべて別の誰かが引き受けるべきなのか。それも同時に考える必要があります」
「薄毛でいることが、社会に負担を与えると?」
記者たちの視線が真田へ集まった。
だが真田は、質問を否定も肯定もしなかった。
「薄毛そのものを問題にしているのではありません。外見を理由に機会が失われる社会を、国がそのまま放置してよいのかと申し上げています」
神崎はペンを止めた。
うまい。
薄毛に負担を課す話が、いつの間にか機会格差を救う話へ置き換わっている。
真田は質問から逃げたのではない。質問の前提そのものを、自分に有利な形へ組み替えたのだ。
「この政策は、国民に髪を生やすことを強制するものではありません」
真田はカメラへ向かって、穏やかに言った。
「これまで諦めるしかなかった人に、新しい選択肢を届けるための政策です」
神崎は手帳に真田の名前を書き、四角く囲んだ。
負担を公平に、圧力を選択肢に、容姿の基準を機会格差の解消に変える。
言葉を飾っているだけではない。
この男はおそらく、本気でそれを正しいと信じている。
だからこそ、神崎は真田圭介という政治家を覚えておく必要があると思った。




