表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他がために、禿げはなる  作者: 南 春


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/39

発毛研究を狙う大企業(2)

翌朝、神崎と森本は東京駅から上越新幹線に乗った。


 高崎駅で在来線に乗り換え、さらに北へ三十分。渋川駅から路線バスに揺られること二十五分で、ようやく東央科学大学の正門が見えてきた。


 大学は群馬県渋川市の外れ、赤城山と榛名山を望む高台に建っていた。


 全国的な知名度は高くない。学生の多くは群馬県内や埼玉県北部の出身で、卒業後も地元の食品会社、製薬会社、農業関連企業などへ就職するという。


 決して華やかな大学ではなかったが、生命科学と微生物研究の一部では、企業から地道な評価を受けていた。


 正門の看板は日に焼け、校舎の外壁には何度も補修した跡が残っている。春休み中のキャンパスは人影も少なく、山から吹き下ろす風だけが、広い構内を通り抜けていた。


「偏差値ランキングでは目立たないけど、微生物の保存株はかなり持っているそうです」


 森本がタブレットを確認しながら言った。


「赤城や榛名だけじゃなく、尾瀬まで採取に行っています。企業と共同研究した実績もありますね」


「知られていないだけで、実力はある」


「そういう大学です。地元では、理系に進むなら東央と言われているらしいですよ」


 神崎は古びた研究棟を見上げた。


 無名なのではない。


 必要とする者にしか、名前を知られていない大学なのだ。


     *


  生命工学棟は、大学の奥まった場所にあった。


 建物そのものは古く、廊下の床には何度もワックスを塗り直した跡が残っている。壁際には廃棄予定の実験機器が並び、それぞれに管理番号を書いた紙が貼られていた。


 事務職員に案内された部屋の扉には、小さな銀色のプレートが掲げられている。


 微生物資源研究室。


 神崎が想像していたより、ずっと地味な名前だった。


 扉を開けると、手前は研究員たちの作業スペースになっていた。机の上には論文の束や試薬会社のカタログが積まれ、壁際の棚には採取地と日付の書かれた小瓶が隙間なく並んでいる。段ボール箱には、赤城、榛名、尾瀬と、県内の山や湿地の名前が記されていた。


 雑然としてはいるが、物の置き場所には一定の決まりがあるらしい。


 ガラスで仕切られた奥の実験区域には、培養装置や遠心分離機、大型の冷凍庫が並んでいた。機器はどれも新しくないが、手入れは行き届いている。作業台の上にも余計な物は置かれていなかった。


 その手前で、白衣姿の男がプリンターの給紙口を開け、詰まった紙と格闘していた。


「だから、そこで紙を噛むなと言ってるだろ」


 機械に言い聞かせるような口調だった。


 五十代後半。痩せた身体に、少しくたびれた白衣をまとっている。髪には白いものが交じり、掛けている眼鏡もわずかに傾いていた。


「相馬教授」


 森本が声をかけると、男はプリンターから顔を上げた。


「ああ、東都新聞の方ですね。すみません。十年付き合っているんですが、いまだに分かり合えなくて」


「プリンターとですか」


「研究対象より扱いが難しい」


 相馬は詰まった紙を引き抜くと、白衣の裾で手を拭きながら歩み寄ってきた。


 神崎は名刺を差し出した。


「東都新聞の神崎です。こちらは森本」


「相馬です。遠いところを、わざわざありがとうございます」


 相馬は名刺を受け取り、散らかった机の一角を急いで片づけ始めた。


「見てのとおり、研究費と収納場所はいつも不足しています。ただ、座る場所だけは三人分確保してあるんで」


 そう言って笑う相馬には、追い詰められた研究者というより、長年この不便さと折り合いをつけてきた者の明るさがあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ