発毛研究を狙う大企業(2)
翌朝、神崎と森本は東京駅から上越新幹線に乗った。
高崎駅で在来線に乗り換え、さらに北へ三十分。渋川駅から路線バスに揺られること二十五分で、ようやく東央科学大学の正門が見えてきた。
大学は群馬県渋川市の外れ、赤城山と榛名山を望む高台に建っていた。
全国的な知名度は高くない。学生の多くは群馬県内や埼玉県北部の出身で、卒業後も地元の食品会社、製薬会社、農業関連企業などへ就職するという。
決して華やかな大学ではなかったが、生命科学と微生物研究の一部では、企業から地道な評価を受けていた。
正門の看板は日に焼け、校舎の外壁には何度も補修した跡が残っている。春休み中のキャンパスは人影も少なく、山から吹き下ろす風だけが、広い構内を通り抜けていた。
「偏差値ランキングでは目立たないけど、微生物の保存株はかなり持っているそうです」
森本がタブレットを確認しながら言った。
「赤城や榛名だけじゃなく、尾瀬まで採取に行っています。企業と共同研究した実績もありますね」
「知られていないだけで、実力はある」
「そういう大学です。地元では、理系に進むなら東央と言われているらしいですよ」
神崎は古びた研究棟を見上げた。
無名なのではない。
必要とする者にしか、名前を知られていない大学なのだ。
*
生命工学棟は、大学の奥まった場所にあった。
建物そのものは古く、廊下の床には何度もワックスを塗り直した跡が残っている。壁際には廃棄予定の実験機器が並び、それぞれに管理番号を書いた紙が貼られていた。
事務職員に案内された部屋の扉には、小さな銀色のプレートが掲げられている。
微生物資源研究室。
神崎が想像していたより、ずっと地味な名前だった。
扉を開けると、手前は研究員たちの作業スペースになっていた。机の上には論文の束や試薬会社のカタログが積まれ、壁際の棚には採取地と日付の書かれた小瓶が隙間なく並んでいる。段ボール箱には、赤城、榛名、尾瀬と、県内の山や湿地の名前が記されていた。
雑然としてはいるが、物の置き場所には一定の決まりがあるらしい。
ガラスで仕切られた奥の実験区域には、培養装置や遠心分離機、大型の冷凍庫が並んでいた。機器はどれも新しくないが、手入れは行き届いている。作業台の上にも余計な物は置かれていなかった。
その手前で、白衣姿の男がプリンターの給紙口を開け、詰まった紙と格闘していた。
「だから、そこで紙を噛むなと言ってるだろ」
機械に言い聞かせるような口調だった。
五十代後半。痩せた身体に、少しくたびれた白衣をまとっている。髪には白いものが交じり、掛けている眼鏡もわずかに傾いていた。
「相馬教授」
森本が声をかけると、男はプリンターから顔を上げた。
「ああ、東都新聞の方ですね。すみません。十年付き合っているんですが、いまだに分かり合えなくて」
「プリンターとですか」
「研究対象より扱いが難しい」
相馬は詰まった紙を引き抜くと、白衣の裾で手を拭きながら歩み寄ってきた。
神崎は名刺を差し出した。
「東都新聞の神崎です。こちらは森本」
「相馬です。遠いところを、わざわざありがとうございます」
相馬は名刺を受け取り、散らかった机の一角を急いで片づけ始めた。
「見てのとおり、研究費と収納場所はいつも不足しています。ただ、座る場所だけは三人分確保してあるんで」
そう言って笑う相馬には、追い詰められた研究者というより、長年この不便さと折り合いをつけてきた者の明るさがあった。




