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他がために、禿げはなる  作者: 南 春


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13/19

ハゲ解放同盟(3)

神崎修司 東都新聞記者(主人公)

森本亮太 東都新聞記者(後輩)

堀田部長 東都新聞部長 (上司)

桂木道隆 桂ホールディングス会長

鬼塚剛  ハゲ解放同盟代表

 演説後、報道陣が鬼塚を囲んだ。


「過激ではありませんか」


「差別を助長しているのでは」


「ハゲという表現は不適切では」


 鬼塚は淡々と答えた。


「皆さん、昨日まで面白がって使っていた言葉でしょう」


 記者たちは言葉に詰まった。


「世間が私たちをそう呼ぶ間は笑っていられたのに、こちらが自分の名前として掲げた瞬間だけ、不適切になるのですか」


 鬼塚の問いに、先ほどまで上がっていた笑いが消えた。


 誰も次の質問を口にしない。テレビカメラだけが、鬼塚の顔を正面から捉えていた。


 その沈黙を破って、神崎が一歩前へ出た。


「東都新聞の神崎です」


 鬼塚の目がわずかに動いた。神崎の名前を知っているようにも見えたが、何も言わなかった。


「確認させてください。あなたたちの目的は、追加負担の見直しだけですか。それとも、法案そのものを止めるつもりですか」


「法案を白紙に戻す。それが我々の要求です」


「政府はすでに支援制度として動き始めています。関連企業も商品やサービスの準備を進めている。今から止められると思いますか」


 周囲の記者が一斉にペンを構えた。


 鬼塚は考える間もなく答えた。


「勝てるかどうかではありません。放置すれば、確実に負けます」


「何に負けるんですか?」


「もちろん、法案にではないです。国が決めた基準を、我々自身が正しいと思い込むことにです」


 鬼塚は、広場に集まった人々へ目を向けた。


 神崎は黙って続きを待った。


「頭髪健康指数が導入されれば、いずれ数字の低い人間が悪いと言われる。治療しないのは努力不足、負担が増えるのは自己責任だとね。制度を受け入れたあとで、その考えだけを取り除くことはできません」


「だから、今しかないということですか」


「そうです。まだ笑い話で済んでいる今しかない」


 神崎は小さく頷き、その言葉を手帳に書き留めた。


 勝算を語らず、負けたあとの社会を語る。


 それは、現実を知っている人間の答えだった。


     *


  夕方には、ハゲ解放同盟の公式アカウントが立ち上がっていた。


 最初に投稿されたのは、駅前で鬼塚が拳を掲げる短い動画だった。群衆とのやり取りが、そのまま字幕になっている。


 ――治す自由を。

 ――そのままでいる自由を。

 ――頭皮に自由を。


 動画の最後に、同盟の主張が一行だけ表示された。


 ――国家が髪に点数をつけるな。


 投稿は瞬く間に拡散され、フォロワーは夕方までに十万人を超えた。夜には三十万人に達し、「頭皮に自由を」がSNSのトレンド上位へ入った。


 冗談として引用する者もいれば、自分の経験を書き添える者もいた。就職面接の前に増毛を勧められたこと。職場で頭頂部を撮影され、本人の知らないところで共有されたこと。笑って受け流すしかなかった言葉に、何年も傷ついていたこと。


 それまで個人の悩みとしてのみ込まれていたものが、次々と言葉になっていく。


 誰にも語れなかった不満は、存在しないのと同じように扱われる。


 だが、ひとたび名前と旗を得れば、それは個人の悩みではなく、社会への要求になる。


 神崎は増え続ける投稿を眺めながら、自分たちが取材したものの大きさを、ようやく理解し始めていた。 

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