ハゲ解放同盟(3)
神崎修司 東都新聞記者(主人公)
森本亮太 東都新聞記者(後輩)
堀田部長 東都新聞部長 (上司)
桂木道隆 桂ホールディングス会長
鬼塚剛 ハゲ解放同盟代表
演説後、報道陣が鬼塚を囲んだ。
「過激ではありませんか」
「差別を助長しているのでは」
「ハゲという表現は不適切では」
鬼塚は淡々と答えた。
「皆さん、昨日まで面白がって使っていた言葉でしょう」
記者たちは言葉に詰まった。
「世間が私たちをそう呼ぶ間は笑っていられたのに、こちらが自分の名前として掲げた瞬間だけ、不適切になるのですか」
鬼塚の問いに、先ほどまで上がっていた笑いが消えた。
誰も次の質問を口にしない。テレビカメラだけが、鬼塚の顔を正面から捉えていた。
その沈黙を破って、神崎が一歩前へ出た。
「東都新聞の神崎です」
鬼塚の目がわずかに動いた。神崎の名前を知っているようにも見えたが、何も言わなかった。
「確認させてください。あなたたちの目的は、追加負担の見直しだけですか。それとも、法案そのものを止めるつもりですか」
「法案を白紙に戻す。それが我々の要求です」
「政府はすでに支援制度として動き始めています。関連企業も商品やサービスの準備を進めている。今から止められると思いますか」
周囲の記者が一斉にペンを構えた。
鬼塚は考える間もなく答えた。
「勝てるかどうかではありません。放置すれば、確実に負けます」
「何に負けるんですか?」
「もちろん、法案にではないです。国が決めた基準を、我々自身が正しいと思い込むことにです」
鬼塚は、広場に集まった人々へ目を向けた。
神崎は黙って続きを待った。
「頭髪健康指数が導入されれば、いずれ数字の低い人間が悪いと言われる。治療しないのは努力不足、負担が増えるのは自己責任だとね。制度を受け入れたあとで、その考えだけを取り除くことはできません」
「だから、今しかないということですか」
「そうです。まだ笑い話で済んでいる今しかない」
神崎は小さく頷き、その言葉を手帳に書き留めた。
勝算を語らず、負けたあとの社会を語る。
それは、現実を知っている人間の答えだった。
*
夕方には、ハゲ解放同盟の公式アカウントが立ち上がっていた。
最初に投稿されたのは、駅前で鬼塚が拳を掲げる短い動画だった。群衆とのやり取りが、そのまま字幕になっている。
――治す自由を。
――そのままでいる自由を。
――頭皮に自由を。
動画の最後に、同盟の主張が一行だけ表示された。
――国家が髪に点数をつけるな。
投稿は瞬く間に拡散され、フォロワーは夕方までに十万人を超えた。夜には三十万人に達し、「頭皮に自由を」がSNSのトレンド上位へ入った。
冗談として引用する者もいれば、自分の経験を書き添える者もいた。就職面接の前に増毛を勧められたこと。職場で頭頂部を撮影され、本人の知らないところで共有されたこと。笑って受け流すしかなかった言葉に、何年も傷ついていたこと。
それまで個人の悩みとしてのみ込まれていたものが、次々と言葉になっていく。
誰にも語れなかった不満は、存在しないのと同じように扱われる。
だが、ひとたび名前と旗を得れば、それは個人の悩みではなく、社会への要求になる。
神崎は増え続ける投稿を眺めながら、自分たちが取材したものの大きさを、ようやく理解し始めていた。




