ハゲ解放同盟(1)
神崎修司 東都新聞記者(主人公)
森本亮太 東都新聞記者(後輩)
堀田部長 東都新聞部長 (上司)
日曜日の正午、駅前広場に奇妙な一団が現れた。
人数は十人ほど。スーツ姿の会社員もいれば、作業着の男や、帽子を目深にかぶった学生らしい若者もいる。年齢も服装もばらばらだったが、彼らには一つだけ共通点があった。
誰も、髪を隠していなかった。
先頭に立つ男が合図を送ると、二人の男性が折り畳んでいた白い布を左右に広げた。赤い文字が、駅前を行き交う人々の前に現れる。
――ハゲ解放同盟 ここに結成。
その下には、少し小さな文字でこう続いていた。
――髪がなくても、納税しています。
一瞬の静寂のあと、通行人の間から笑いが起きた。
「何あれ、面白い」
「名前が強すぎるだろ」
「写真撮っていいのかな」
次々とスマートフォンが向けられる。それでも、横断幕の前に立つ男たちは頭を隠さなかった。笑われることには慣れている。ただ今日は、自分たちから笑われに来たわけではない。
代表らしい男が拡声器を握った。
「我々は、髪を生やすことに反対しているのではありません!」
思いのほかよく通る声に、足を止める人が増えた。
「治したい人が治療を受けられる。それは必要なことです。ですが、髪を生やさない人間に罰を与える制度は、支援ではありません!」
笑っていた者たちの何人かが、スマートフォンを下ろした。
「髪があるかないかで、人間の価値も、社会への貢献も変わらない。国に生き方を決められる理由もない。私たちは、その当たり前を訴えるために集まりました!」
仲間たちが一斉にプラカードを掲げた。
「髪で人を測るな」
「薄毛は罪じゃない」
「遺伝に課税するな」
「そのうち全員こっち側」
最後の一枚で、再び笑いが起きた。
だが、今度の笑いは先ほどまでとは少し違っていた。
物珍しさから向けられていたカメラが、男たちの言葉を記録し始める。通り過ぎるはずだった人々も足を止め、広場の周囲には少しずつ人の輪ができていった。
その日の午後、「ハゲ解放同盟」はSNSのトレンドに入った。夜の情報番組も、彼らを“ユーモアあふれる抗議団体”として取り上げた。
世間はまだ笑っていた。
深刻な訴えほど、最初は笑い話として消費される。
しかし、その笑いの中で、彼らの言葉は確実に広がり始めていた。
*
三日後、同じ駅前広場には百人を超える人々が集まっていた。
あの日の映像を見て、自分も声を上げようと決めた者たちだった。会社帰りの男性、帽子を目深にかぶった中年男性、頭を隠すことなく立つ坊主頭の若者。その中には、夫や恋人に付き添ってきた女性だけでなく、自らプラカードを掲げる女性の姿もあった。
手にしているのは、段ボールや画用紙で作られた即席のプラカードだった。太いマーカーで書かれた文字は不揃いで、中には雨に濡れてインクがにじんだものもある。それでも、そこに書かれた主張は明確だった。
「治療する自由も、しない自由も」
「髪の量で負担を決めるな」
「支援の名で強制するな」
「薄毛は罪ではない」
最初の抗議にあった笑いは、もう聞こえなかった。
取材に来ていた神崎は、広場を埋める人々を見渡した。三日前には十人しかいなかった。通行人に面白がられ、情報番組にも冗談のように扱われていた集団が、今では駅前の一角を埋めている。
彼らをここへ連れてきたのは、今回の法案に対する怒りだけではない。
髪のことで笑われても、一緒に笑ってやり過ごしてきた。傷ついても、気にしていないふりをしてきた。悩んでいると口にすれば、さらにからかわれる気がして、黙るしかなかった。
その沈黙を、今度は国が「支援」という言葉で勝手に問題へ変えようとしている。
そうして長い間のみ込んできた言葉を、彼らは今日、ようやく人前に掲げていた。




