デス・カイザーと誕生
デス・カイザーの肉体は、紫炎によって確かに焼き尽くされたはずだった。
一度失われた命は何があっても取り戻す事ができない。
それは、魔王や魔術王のような常識外の存在も同様だ。
絶対に乱すことのできない自然の摂理。この世のルール。
では、どうして——デスの身体が再生しているのか。
『そうだ。これを渡しておこう』
『……これは』
『流石の慧眼だな。そう、エリクサーだ。先ほどの男を殺した目的はこれだった』
『……魔王がこれを必要としていたんじゃないのか?』
『そうだが、もういいんだ。これは命を繋ぐものだ。命を奪う俺や魔王ではなく、貴様のような男が持つべきだろう』
『……ありがとう』
——エリクサー。
一度垂らせば、しばらくの間はあらゆる傷や病を遠ざけ、使用者に不死に近い恩恵を与える。
現在では精製方法すら不明であり、神が落とした涙であるとか、別の世界の物質だとか、さまざまな説が囁かれる伝説のアイテム。
デスは、クレイドから手渡されたエリクサーを上着のポケットの中にしまっていた。
そうして存在すら忘れていた代物だが、紫炎を喰らった際にビンが砕け、デスの身体を祝福し始めたのだ。
だが、デスの意識は混濁していた。
命は繋いだとはいえ直前まで死んでいたようなものだし、焼ける館から立ち昇る煙を吸い込んでいたからだ。
彼の目の前には、かつての絶望が浮かんでいた。
そして、それが幻想だと気付かぬままに、手を伸ばして告げる。
「呪いに蝕まれているのなら——俺が祝福に変えてやる」
姉妹は恐怖していた。殺したはずの男が不死鳥のように復活し、こちらに手を伸ばしている。
たまらず紫炎を放つが、デスの身体はそれを寄せ付けない。
朦朧とした意識で近付く男の勢いは止まらない。
姉妹はついに抵抗をやめ、互いに抱きついて震え始めた——が。
「…………えっ?」
聞こえたのは、金属が引きちぎられるという、およそ耳にすることのない音だった。
エリクサーによる筋力向上効果でもあるのか、デスは剛腕を振るって、姉妹を縛り付けていた鎖を引き千切る。
「……俺が…………一緒に、背負ってやる……」
姉妹が勘違いしてしまったのは——相手が違うとはいえ——本気の言葉だったからだ。
炎が通じない今、自分たちのことなど片手で捻り潰せるであろう屈強な男が、真剣な眼差しで、精一杯の笑みを浮かべながら、涙を流している。
同情と覚悟の混ざった、ひどく優しい涙。
これまで騙され続けてきた姉妹ですら、見たことのない慈愛だった。
「……ほ、本当に、信じて、いいの……?」
妹を庇うように問う姉に対し、デスは一度だけ深く頷くと、それぞれを両脇に抱えた。
「——ひゃあ!?」
「——い、いったい、なに、が……」
女とはいえ二人を軽々と持ち上げたことだけではない。
散々痛ぶられ、栄養も足りずに痩せ細っていた自分たちの身体が、みるみるうちに生気を取り戻していく。女の身体を取り戻す。
デスはそのまま館の窓をぶち破ると——宙を駆けた。
「レイラ、もう少し付き合ってもらうぞ」
「ん……デス様のためなら、いくらでも」
そう告げて戦いに戻っていた二人は、自分たちに依るものでない音に驚き、振り返る。
「——デス、やはり王になるに相応しい器だ」
三階から飛び降りたというのに姉妹には傷一つなく、デスは両の足で完璧に着地する。
そして、脇に抱えていた二人を優しく降ろすと、仁王立ちでクレイドたちの方へ身体を向けた。
「——な、なんということだ……!」
暗黒騎士には自負があった。
これまで多くの戦いや死戦を潜り抜けた。
大抵のことでは驚くはずもない、と。
しかし今日、クレイドの自信は粉々に打ち砕かれることになった。
あの二人が瘴気の源だということは一目でわかる。
それを殺すでもなく、食糧でも持ち帰るような気軽さで救い出したことも、理解できる。
そうではない。そうではなかった。
デス・カイザーの身体は死の危機に瀕したことで、生物としての本能を顕現させていた。
人間には理性があるが、それでも抗うことができないのが本能。
本能の前には全てが無力になるのだ。つまり——
「————これほどの魔剣を隠し持っていたとはなッ!」
デスの魔剣——イチモツがそそり勃っていた。
怒髪、天を衝くとはまさにこのことか。
この場を震わせる傑物の登場に、クレイドは改めて忠誠を誓い、ボズは熱い涙を流し、レイラとシュカは顔を真っ赤にして伏せた。
左右にいる姉妹は、自らの顔を隠すほどの影の下で、顔を蕩けさせていた。
ここがずっと書きたかったんですよね
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