テス・甲斐田とデス・カイザー
真っ白い部屋に立っていた。
いや、最初は「存在していた」が正しいか。
空間も空気も、俺自身も全てが朧げだった。
それが徐々に輪郭を取り戻していき、俺は真っ白な部屋に立っていると自覚できたのだ。
——俺は、どうなったんだ?
確か、邪竜から逃げた先の館で二人の女の子に会って、それで……。
——俺は、死んだのか……。
俺は紫の炎で焼かれたんだ。
あまりの威力だったからか、痛みすら感じないで死ねたのは不幸中の幸いと言うべきだろうか。
何はともあれ、俺の人生は終わってしまったらしい。
二度目の人生。夢も目標も成し遂げられずに死んだ点では前回と同じだけど、最後の数ヶ月は孤独じゃなかった。
だから、まぁ、素直に成仏…………。
——俺の前世の夢ってなんだっけ?
前世での自分を思い出そうとしても、どうにも判然としない。
代わりに、目の前の白い部屋が、徐々に何かに変わっていく。
まず、ベッドが現れた。
部屋と同じで真っ白い、清潔そうなベッドだ。
次に、それを隠すようにカーテンが巻かれる。
最後に、ベッドが軋む音が聞こえた。
——病室か?
ああ、きっと病室だ。
ベッドが軋む音は、誰かが寝ているからだ。
なぜだか、この部屋が無性に懐かしくなった。
忘れていた誰かが、大切な何かが、ここにはある気がする。
ふと、カーテンに阻まれたベッドの向こうで、寝ていた誰かが身体を起こした。シルエットしか分からないが、女性だ。
「…………また、来てくれたんだ」
親しみがあるが、酷く疲れた声だ。
「もう、毎日毎日来たら、あなたの生活が壊れちゃうよ。私は嬉しいけどね?」
ふふ、という笑みすらも力無さげで、胸が苦しくなる。
「俺は…………俺は君がいれば、それで……」
無意識のうちに声を出していた。
だが、俺の本心だということは理解できる。
「……そう言ってくれるのは幸せだよ。でも、私は……あなたの重しにはなりたくないの」
女性は諦めたように俯く。
「これはさ……きっと、呪いなんだよ。それに苦しむのは私だけでいい。あなたはみたいな素敵な人に、私のために苦しんでほしくないの」
だから……と続ける言葉を、俺は止めようとする。
止めようとするが、身体は石のように固まり、声を出すことができない。
——そうだ、俺は、言わなきゃいけないんだ。
俺は……甲斐田という男は言えなかったんだ。
たった一人の大切な人を救う言葉を、飲み込んでしまった。
——これが夢でも走馬灯でも関係ない。俺は、言うんだ。
言うんだ。たとえ病が癒えないとしても、俺は最期の時まで寄り添うと決めたはずだろ。
身体が蝕まれていくとしても、心への侵食は止められるはずだ。
俺が、それをやるんだ。だから、言うんだ。
だから——
しかし、どうしても、身体は動かない。
甲斐田という男は、きっと、いつもそうなのだ。
大切な何かを手放さないための、失敗してはいけない場面で失敗する。
俺の手からは全てがこぼれ落ちていく。
当然の報いなのかもしれない。
——もう、目を閉じてしまおう。
このまま全てを忘れて、消え去ってしまおう。
一切合切、俺の記憶も肉体も消えて、無になればいい。
そうすれば無様な姿を晒すこともない。
甲斐田としても、テス・カイダとしても、デス・カイザーとしても——
その時、俺の脳裏にいくつもの声が降ってきた。
『デスよ。お前になら、俺の全てを預けることができる』
——クレイドだ。彼は俺に救われたと言っていた。全て勘違いなのに。
『デス様! あなた様の目指す世界、私にもお供させてください!』
——ボズ。クレイドと同じく、俺によく分からない信頼を寄せている。
『…………ん。デス様は、私が守る』
——レイラ。彼女に関しては俺が助けたことがあるらしいが、過ぎた忠誠だ。
『この命、主のために捧げます』
——シュカ。彼女も既に仲間の一人だ。
彼らは皆、俺に救われたと言ってついてくる。
薬草を採取するだけの簡単な依頼でも、邪竜討伐への片道旅行にも、異を唱えずについてきてくれる。
そんな彼らに救われていたのは——俺の方だ。
命という面だけじゃない。
たとえ勘違いでも、俺という人間を尊重してくれた。大切に想ってくれた。
なら、俺は彼らのために、顔向けできるような人であるべきだ。
大切なところで何も言えないテス・甲斐田ではなく、曲解されようと自分の意志を曲げないデス・カイザーで在ろう。
——デスなら、どうする?
考えるまでもない。
ただ、伝えるだけだ。
いつの間にか、腕や足の感覚があった。
迷っている時間などない。
俺は確かな足でベッドに近付き、丸太のような腕でカーテンを払い——告げる。
「呪いに蝕まれているのなら——俺が祝福に変えてやる」
ついに覚悟を決めた甲斐田。
ここからどうやって復活するのか、次回判明します。
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




