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隠居生活のためにギルド設立したCランク冒険者、謎の風格のせいで強者と勘違いされ各所からマークされてしまう  作者: 歩く魚


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テス・カイダと死

 ドゥーダ山にある洋館、割れた扉の内側は、外よりも更に暗い。

 崩れ落ちた梁が床を塞ぎ、埃と黴の臭いが鼻をつく。


 だが、それ以上に濃いのが瘴気だった。

 庭で浴びたものが霞むほどの濃度が館の奥から流れ出している。

 息をするたびに喉の奥が焼けるようだ。

 

(…………やっちゃったか)


 邪竜から無我夢中で逃げてきたが、ここが全ての源だ。

 理屈ではなく、皮膚がそう告げている。


 しかし、館を出るという選択肢はない。

 庭へ戻れば、あの化け物が待っている。

 館の奥へ進む以外に道はないのだ。


 俺は瓦礫を乗り越え、闇のような廊下を奥へと進んだ。

 壁にかかった、剥がれかけた肖像画が傾いている。


 かつては裕福な一族が暮らしていたのだろう。

 今は、誰の顔かも分からないほど絵の具が黒く変色していた。


 進むにつれて妙なものが目につくようになった。


 床に何かを引きずったような跡が続いているのだ。

 壁の低い位置にも、爪で引っ掻いたような細い傷が幾筋も走っている。

 

 部屋の隅には干からびたパンの欠片と空の水差し。

 誰かがここで長く暮らし——いや、閉じ込められていた痕跡だ。


 やはり、この館には何かがいる。

 邪竜よりも強いとは思えないが、恐ろしい何かが。


 廊下の突き当たりに地下へ降りる階段があった。

 瘴気は、その底から噴き上げているのだろう。

 引きずる跡も奥へと続いていた。


 降りるのは嫌だ。

 

 だが、上へ引き返せば竜がいる。少しでも遠くへ逃げたい。

 俺は震える足を叱りつけ、一段ずつ、地獄の底へと下りていく。


 階段を降りきると、広い地下室に出た。

 思いのほか整頓された場所に出て、俺は思わず足を止める。


 よく見ると、部屋の中央に二つの人影がある。

 すぐ横にある石の柱からは太い鎖が伸び、二人が逃げられないように縛り付けている。


 少女だ。二人とも十七、八くらいで、顔立ちがよく似ている。姉妹だろう。

 

 だが、その肌は血の気を失い、頬はこけ、生きているのが不思議なほど憔悴しきっている。


 こんな山奥の瘴気の底に、いったいなぜ少女たちが?

 戸惑っていると、手前の一人が辛うじて顔を上げ、奥のもう一人を庇うように片腕を広げる。


 庇われている方は柱にもたれ、浅い呼吸を繰り返していた。

 目は半分ほどしか開いていないが、意識はあるらしい。


「……また、来たの」


 顔を上げた少女が、掠れた声で言った。

 俺を見る目に宿るのは、憎しみと、それを上回る諦め。


「もう、いいでしょう……妹の力は、ほとんど残っていないの。それでも、まだ、絞り取ろうっていうの……?」


 その言葉で俺は察した。

 この子たちは繰り返し何者かに力を奪われていて、俺をその一味だと思い込んでいるのだ。


(……瘴気の源は邪竜じゃなくて、この子たちか……?)


 ゲーム的な考察でしかないが、おそらく邪竜は昔から存在すれど、先ほどのような規模ではなかったのだろう。

 それに、どこかから捕まえてきた少女たちの力を注入することで、圧倒的な力を得たのだ。

 

 事情は読めたが、読めたところでどうすればいいのかは分からない。

 俺は逃げてきただけだし。


 とりあえず、今は誤解を解くことに専念しよう。


「待て。俺はお前たちと関わる気はない」

「嘘よ」


 少女は俺の言葉を最後まで聞かなかった。


「あなたたちはいつもそう。優しい顔で近付いて、またリーシュから奪っていく……もう騙されない」


 リーシュというのが庇われている……妹か?

 その名前らしい。


「……ねえ、さま」


 もう一人が細く声を漏らした。

 半分だけ開いた目が、姉と俺を交互に見ている。


 何かを訴えようとしているが言葉にならず、震える指先で、姉の袖を弱々しく掴む。


「リーシュ、喋らないで。力を使っちゃだめ」


 姉が振り向きもせずリーシュへ声をかける。

 その声は、俺へ向けるものとはまるで違った。

 ひどく優しく、そして泣きそうだった。恐怖しているのか。


 繰り返し奪われ、騙され、それでも妹を庇い続けてきたが、彼女自身も限界なのだ。


(…………絶対に、間違った選択だよな)


 他人の厄介事に首を突っ込む趣味はないし、場所が場所だ。

 しかし、それでも……見捨てることはできない。


「なぁ、話を聞いてくれ。俺は邪竜を倒しにきたんだ。お前たちもここから——」

「近付かないでッ!」


 俺の言葉は途中で断ち切られた。

 少女の身体から黒い瘴気が噴き上がる。


 体験どころか、俺が今まで目にしてきたどんな力よりも強い。

 冒険者にしてSランクか、もしかするとSSランクにも達するほどの格の違う魔力。

 

 衰弱しきった身体のどこにこんな力が残っていたのか。渦を巻いた闇が細い腕に集まり、その手のひらで、紫の炎へと形を変えた。


「リーシュには、もう、指一本触れさせない……!」


 姉の目は、もう俺を見ていない。

 背後で震える妹を守るために修羅へと至ったのだ。

 ……これヤバくないか?


「や、やめ……ねえ、さま……っ」


 リーシュが掠れた声で姉を止めようとするが、その手は姉の袖を掴むだけで精一杯だった。


「ま、待て、頼むから話を——」

「消えろッ!」


 俺の声は届かない。

 彼女の中ではもう、俺は敵で確定してしまったのだ。

 

 弁明する隙も、逃げる隙もない。

 放たれた紫の炎が波のように、龍のように俺へと襲いかかる。


 避けることができない。

 足がすくんでいたからじゃなく、単純に速すぎる。

 

 炎が視界を埋める、その最後の瞬間。脳裏を過ったのは、場違いなほどぼんやりとした考えだった。


(……あぁ、隠居、したかったなぁ……)


 畑を耕し、鶏の鳴き声を聞き、誰にも急かされない余生。

 俺の人生は、よく分からないギルドを作ったところで終わってしまうのだ。

 

 せめて、この子たちだけでも。

 そう思うが、俺にはそんな力もないし、時間もない。


 紫の炎が俺を飲み込んだ。


 熱くはなかった。痛みすら追いつかない。

 視界が白く灼けて、そして。


 ————テス・カイダは死んだ


主人公が死んでしまったので、今作はここで終わりです。

評価ポイントをいただけると生き返るかもしれません。

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