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隠居生活のためにギルド設立したCランク冒険者、謎の風格のせいで強者と勘違いされ各所からマークされてしまう  作者: 歩く魚


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24/33

死合わせの森と出発


 翌朝。俺が空き家で目を覚ますと、脇腹の傷が塞がったと騒ぐ声が外から聞こえてきた。


 外に出ると、シュカが上機嫌で朝の空気を吸い込んでいる。


「見てください主! もう痛みはありません、あたしはいつでも戦えます!」


 言うが早いか、その場で軽やかに宙返りをしてみせる。

 二日前まで脇腹を押さえて呻いていたとは思えない身のこなしだ。

 クレイドの手当てと、村の女房がくれた薬草がよく効いたらしい。


「無理はするなよ。傷が塞がったばかりだ」

「ふっ……主はお優しい。ですが、ご心配には及びません。忍びの回復力を甘く見ないでいただきたいっ!」


 得意げに胸を張るシュカの背後から、レイラがひょいと顔を出した。


「……ん。よかった」

「なっ……」


 シュカが固まる。


「い、今……なんて?」

「傷、治ってよかった」

「……ふぅん? 良かったか……そうか」


 なんだかピンク色の波動を感じる気がする。

 二人が仲良くなってくれるのは嬉しい。


「まだ弱いけど」

「余計な一言だなぁオイ!」


 噛みついたシュカに、レイラは表情を変えずに背を向けた。

 だが、その足取りはどこか軽い。


 素っ気ない態度の下で、この二日でシュカの事を少しは仲間だと認めたのかもしれない。

 認めたとは絶対に言わないだろうが。


 朝食を済ませると、俺は偵察に出ることにした。

 明日には山へ登る。

 死ぬ確率を少しでも下げるため、せめて入り口だけでも見ておきたかった。


「では、俺が案内しよう」


 名乗り出たのはクレイドだった。

 魔王軍(仮)にいた頃、この辺りの地理には多少覚えがあるらしい。


 回復したてのシュカも「腕試しに」とついてきて、俺たち三人で山道を上がっていくことになった。


 村を出て、しばらく斜面を登る。


 最初はただの山道だった。木々があり、鳥の声があり、澄んだ空気があった。

 しかし、ある地点を境に、それらがぷつりと途絶える。


「これは……何が起きているんだ」


 木々は立ち枯れ、葉は一枚も残っていない。

 地面は黒ずみ、鳥の声どころか虫の音ひとつしない。

 

 あの甘ったるい腐臭が風に乗ってはっきりと漂ってくる。

 坑道で嗅いだものと同じ匂いだ。


「瘴気の濃さが坑道の比じゃないぞ……」


 クレイドが立ち枯れた木に触れて目を細めた。


「源は、この上だな。……間違いなく、山頂近くに何かがいる」


 その先を見上げると、山頂の方に崩れかけた建物の影が見えた。

 古い洋館のようだ。


 あ、あそこに住んでいた人たちは、もうとっくに……。

 想像しただけで膝が笑いそうになる。


(帰りたい。心の底から帰りたい)


 そんな内心とは裏腹に、俺はその場でじっと洋館を見据えていた。

 正確には、恐怖で動けなかっただけだ。

 足がすくんで一歩も引けなかった。


「……ほう」


 隣で、クレイドが感心したように息を漏らす。


「あの瘴気を前にして、微動だにせず敵の本拠を見定めるか……並の胆力ではないな」

「あ、主……っ。あたし、足が震えそうなのに……」


 二人が尊敬の眼差しを向けてくる。

 違う。俺の足はもう震えている。

 ただ恐怖で固まっているからだけだ。


 訂正する気力もなく、俺はただ洋館を眺めていた。と、その時。


「…………」


 クレイドが、洋館の方向をじっと見つめたまま動きを止めていた。

 

 その横顔から飄々とした調子が消えている。

 眉間には、坑道で文様を見た時と同じ、険しい皺が刻まれていた。


「クレイド?」

「…………いや」


 短く言って、クレイドは目を逸らす。


「あの館から漂うもの……坑道で見た文様と同じ気配がする」


 偵察を終え、俺たちは村へ引き返した。



 村の外れは、見送りの人で埋まっていた。


 俺たちが発つと聞きつけて、子供から年寄りまで村中の人が出てきたらしい。

 

 二日前に俺たちを見て凍りついていた連中と同じ顔とは、とても思えなかった。


「デス様、これを……!」


 人垣を抜けて、一番小さな子が駆けてきた。

 俺の前にちょこんと立つと、両手で何かを差し出してくる。


「これは……?」

 

 握られていたのは、木の枝と草で編んだ歪な輪だった。

 お守りのつもりらしい。


「これ、ぼくが作ったんだ。デス様が、けがしないように」

「……あぁ。ありがたく貰っておく」


 受け取って腰にくくりつけると、子供は顔をくしゃくしゃにして笑った。


「なんと羨ましいっ……! 坊や、私にも一つ編んでくれないかい?」

「やだ。おじさん、こわい顔だもん」

「そ、そんな……!」


 子供に一刀両断され、ボズが膝から崩れ落ちた。

 村人たちから、どっと笑いが起きる。

 湿っぽくなりかけた空気が一気にほぐれた。


 女房たちは、クレイドの手を取って別れを惜しんでいた。


「あんた、また漬物を漬けにおいで。今度は樽ごと持たせるからさ」

「えぇ、必ず。……あの糠床の味は、生涯忘れませんわ」


 邪竜討伐に向かう前の会話とは思えない。


 その隣では村の男衆が、干し肉や水袋を俺たちの荷にせっせと詰め込んでいる。

 なけなしの蓄えだろうに、要らないと言っても聞かなかった。


 レイラとシュカは子供たちに囲まれていた。


「ねえ、あのおっきい岩、ほんとに一人で持ったの?」

「ん。持った」 

「くノ一のあたしなら、もっと軽々持ち上げられる。次は見せてやる」

「シュカは、持てない」

「持てるっ!」


 子供の前でも通常運転の二人に、俺は小さく息を吐いた。


 ふと、袖を引かれる。

 振り向くと、腰の曲がった老婆が、しわだらけの手で俺の手を握っていた。


「冒険者様、うちの婿もね、去年、山に薪を採りに行ったきり、帰ってこんのよ」


 その声は、責めるでも嘆くでもなく、ただ静かだった。


「もう、諦めてはいるんだけどねぇ……もし、山の上で、何か見つけたら、ひと言、祈ってやってくれんかね」

「……あぁ。約束する」


 老婆は皺の中の目を細めて頷き、俺の背を二度、軽く叩いた。

 人垣の後ろへと戻っていく。


 消えた者は、一人や二人ではないのだろう。

 村人たちの笑顔の裏に、そういう影が確かにあることを、俺は今さらのように思い知った。


 平穏に暮らしたいだけの俺が、なぜこんな役回りにとも思う。

 だが、その婿を消した存在が、これから登る山の上にいるのだとしたら。

 

 ……少しくらいは、腹も立つというものだ。


 とはいえ、俺が勝てる見込みは万に一つもないのだが。


「デス様」


 村長が人垣の前へ進み出た。

 その顔に恐怖は浮かんでいない。


「勝手なお願いなのは、承知しております。ですが、どうか……どうかご無事で。この村を、お救いください」


 深く頭を下げる村長に、村人たちも続く。

 俺は努めて丁寧に応えた。


「顔を上げてくれ……案ずるな。片は付ける」


 心中で「クレイド達がな」と付け加える。


 本音を言えば、今もバリバリ帰りたい。

 だが、この輪をくれた子供や、頭を下げる村長を前にすると、逃げるという一手だけは、どうしても指すことができそうにない。


(なんとか、追い払えるだけでも大金星だ。できるだけのことはしよう)


 自分にそう言い聞かせて、俺は背を向ける。


「……デスよ、ますます頼もしい顔つきになったな」


 隣に並んだクレイドが、俺だけに聞こえる声で言う。


「守るべきもののために立つ。それでこそ、俺が仕えるに足る主だ」

「……仕方なくだ」

「そういうことにしておこう」


 歩調を速めると、村人達の声が、背後で少しずつ遠ざかっていく。

 

 一度だけ振り返ると、お守りをくれた子供がまだ手を振っていた。俺も片手を上げて応える。


 道は、じきに色を失った。

 立ち枯れた木が増え、空気が重くなり、あの腐臭が鼻をつく。

 昨日引き返した地点を、今日は黙って越えていった。


 境を越えると、自然と口数が減っていくを


「……ここから先は、俺が先頭に立とう」


 クレイドが女装のままの外套を脱ぎ捨てた。

 下から現れたのは、いつもの黒装束。

 銀の髪を後ろで束ね直すと、その気配が、村での飄々としたものから暗黒騎士のそれへと変わる。


「レイラは俺の後ろ、ボズとシュカは殿だ。デスは中央で構えていてくれ」

「ん」

「承知しました。私は道を照らしましょう」

「了解……主の足手まといにはならない」


 傷の癒えたシュカが、静かに得物を確かめる。

 回復したばかりの身体でも戦える。顔つきがそう言っていた。


 ボズは灯りを掲げながら周囲へ目を配っている。

 こうして並ぶと、俺以外の全員が、それぞれの役割を心得た手練れなのがよく分かる。


(俺だけ、なんでここにいるんだろうな)


 場違い極まりない中央の位置で、俺は一人、そんなことを思う。


 だが、それを口に出せば、また見当違いの褒め殺しをされるのが目に見えていた。だから黙っておく。


 見上げた先には、崩れかけた洋館と、それを飲み込む黒い雲。

 奥のどこかで邪竜が息を潜めている……のだろう。


 腰の輪に、そっと指先で触れる。

 拙い編み目の感触は、この重たい足を、それでも一歩、前へと押し出してくれた。


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