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隠居生活のためのギルド設立〜怪しいやつばっかり仲間になるせいで各所から悪の帝国としてマークされてるんだが〜  作者: 歩く魚


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死合わせの森とメルダ村

 ドゥーダ山の麓に、メルダという小さな村があった。


 石と土でできた家がぽつぽつと並び、痩せた畑が斜面にへばりついている。

 俺たちが村の入り口に差しかかると、井戸の周りにいた村人たちが、こちらに気付いて凍りついた。


「……お、おい……あれ」

「黒ずくめの男に奴隷商……ま、まさか噂の」


 ざわめきが、たちまち恐怖の色に染まる。

 無理もない。先頭を歩く俺の隣には、女装したクレイドと、見るからに堅気でないボズがいる。


 村の奥から、年老いた村長らしき男が杖をつきながら出てきた。

 顔は青ざめえいるし、声は震えている。


「あ、あなた方が……ギルド『死合わせの森』の」

「あぁ、討伐依頼を受けて来た」


 努めて尊大に答える。

 ギルドマスターとして頼りなく見られるわけにはいかない。


 だが村長は、俺の一言で腰を抜かさんばかりに後ずさった。


「ひぃっ……お、お手柔らかに! どうか、村の者には手出しを……」

「いや、手出しはしない。邪竜を倒しに来ただけだ」


 言えば言うほど、村人たちの顔がこわばっていく。

 どうやら、かなり怖がられているらしい。

 

 確かに、クレイドは客観視すれば美女だし、ボズは悪名が広がっている。

 村という場所にはそぐわないのだろう。


 それにしても、俺はそんな役回りだ。

 ガタイ良いくらいの好青年なのに、彼らの雰囲気に当てられて恐怖されているのだから。


「ともかく、二日ほど世話になる。寝床と、水場を貸してもらえると助かる」

「は、はいぃ! どうぞ、空き家をお好きなだけ……」


 村長は這うようにして、村外れの空き家へ案内してくれた。

 俺たちは荷を下ろし、ひとまずの拠点を構える。

 窓の外では、村人たちが遠巻きにこちらを窺っていた。


「ふっ……一介の村人にも悟られてしまうとは、お前は力の化身だな」


 無視します。


 ——事態が動いたのは、その日の昼下がりだった。


 空き家の前で、俺が今後の段取りを考えていると、ボズが大きな鍋を担いで戻ってきた。


「ボズ、それは?」

「いやはや、村の子供たちが腹を空かせておりましてねぇ。あまりに不憫で、つい」


 聞けば、邪竜の被害で畑も荒れ、村は深刻な食料不足に陥っているという。

 ボズは自前の保存食をかき集め、大鍋いっぱいの汁物を炊き始めた。


 最初、子供たちは遠巻きに見ているだけだった。

 悪名高い奴隷商だ……と子供は知らないだろうが、近付くわけがない。


 ボズは湯気の立つ椀を地面に置くと、自分は一歩下がって、ただ穏やかに笑っていた。


「冷めないうちに、どうぞ。お代はいりませんよ」


 腹の虫には勝てなかったのだろう。

 一番小さな子が、おそるおそる椀に手を伸ばす。

 一口すすって目を見開いた。


「……おいしい」


 その一言で、堰を切ったように子供たちが我先にと鍋に群がり、ボズは汗だくになりながら次々と椀をよそっていく。


「ほら、慌てない。たくさんありますからねぇ」


 子供に囲まれて笑うその姿は、もはや奴隷商には見えなかった。

 ただの面倒見のいい近所のおじさんである。


「……ボズって、ああいう奴だよな」


 俺がぽつりとこぼすと、隣でクレイドが頷いた。


「あぁ。見た目で損をしている男だ」


 お前も似たようなものだけどな。思ったが、口には出さないでおいた。


 夕暮れ時になると、村の広場では、さらに妙な光景が広がっていた。

 女装したクレイドが井戸端で村の女たちに囲まれている。


「あらあら、奥さん。その繕い方では、すぐにほつれてしまいますわ。糸はこう、裏から渡すんですの」

「ま、まぁ……! お詳しいのねぇ」


 いつの間にか村の女房連中と完全に打ち解けていた。

 針仕事から洗濯の知恵まで、よどみなく語っている。


「クレイド、お前は何をしてるんだ……?」

「ん? 情報収集だが」

 

「どう見ても井戸端会議だろ」

「侮ってはいけない。村の噂話には、邪竜に関する手がかりも紛れている。それに……」


 クレイドは声をひそめた。


「奥方の漬物が、絶品でな」


 結局、それが本音らしい。

 女房たちから漬物の小鉢を受け取り、満足げに頬を緩めている。

 邪竜討伐に来たはずの男の顔ではなかった。


 一方、村の畑では別の戦いが起きていた。


「ん。これで、終わり」


 レイラが荒れた畑の石を一人で運び終えていた。

 大人が数人がかりで動かす岩を、軽々と抱えては積み上げていく。

 その後ろを、痩せた村の男たちが口を開けて見ている。


「す、すげえ……あの細い身体のどこに、そんな力が」

「嬢ちゃん、あんた何者だよ……」

「……デス様の、剣」


 短く答えると、レイラはまた次の石へ向かう。

 村の畑が見る間に整地されていった。


 そしてその隣では。


「ま、待て! そこの石はあたしが運ぶと言って——いたっ」

「シュカ、邪魔」


 傷が癒えきっていないシュカが、見栄を張って石を運ぼうとしては、脇腹を押さえてうずくまっていた。

 レイラに張り合いたいのだろうが、身体がついてこない。


「くっ……今のは油断しただけだ。本来のあたしなら、こんな岩の一つや二つ——」

「無理。怪我人、座ってて」

「うるさいうるさい! あんたにあたしの何が分かる!」


 また始まった、もう何度も見たやり取りだ。

 だが村人たちは、その剣呑な空気を見て、なぜかほっこりした顔をしていた。


「仲がいいねえ、あの子たち」

「姉妹みたいだよ」


 絶対に二人には聞かせられない感想である。


 日が落ちる頃には、村の空気はすっかり様変わりしていた。


 子供たちはボズの後ろをついて回り、女房たちはクレイドと笑い合い、男衆はレイラの働きに頭を下げている。半日前まで震えていた連中が。


 俺はといえば、空き家の軒先で、ただそれを眺めていた。

 特に何もしていない。指示を出したわけでも、手を動かしたわけでもない。

 仲間が勝手に村へ溶け込んでいくのを、座って見ていただけだ。しかし——


「あ、あのっ、デス様!」


 村長が、村の主だった者を引き連れて俺の前にやってきた。

 昼間の怯えようが嘘のように、その目には熱がこもっている。


「我々は、とんでもない思い違いをしておりました」

「思い違い?」


 首を捻る。

 

「はい。あなた様を、ただ恐ろしいだけの、凶暴な冒険者だと……ですが違いました。あなた様は、心優しき御方を従え、見捨てられかけている我らのような村にまで、手を差し伸べてくださった」


 いや、俺は何もしていない。

 飯を炊いたのはボズで、漬物をもらったのはクレイドで、畑を直したのはレイラだ。


「ち、違う。俺は別に何も——」

「謙遜なさいますな……!」


 村長が、地面に膝をつかんばかりに頭を下げた。


「邪竜に怯え、ただ死を待つばかりだった我らに、あなた様は光をくださった。あなた様こそ、メルダの救い主だ……!」


 背後で村人たちが、いっせいに頷く。

 いつの間にか、その目はみな英雄を見る目になっていた。


(座ってただけなんですけど……)


 仲間が善行を積めば積むほど、その手柄が俺一人に集まってくる。

 この理不尽な仕組みは一体どうなっているのか。


「別に、俺たちでなくとも他のギルドが——」

「いいえ。すべてはあなた様のお導きです」


 反論の言葉をことごとく善意で塗り潰される。


 そうして夜になると、村人たちは、なけなしの蓄えを持ち寄って、ささやかな宴を開いてくれた。


「邪竜退治の、前祝いでございます……!」


 まだ倒してもいないし、なんなら勝てる気もしていない。

 だが、火を囲んで笑う村人たちの顔を見ていると、「無理だから帰る」とは流石に言い出せなかった。


 火の向こうでは、ボズが子供を膝に乗せ、クレイドが女房たちと杯を交わし、レイラとシュカが取り合うように串焼きを頬張っている。


(……悪くない夜だな)

 

 平穏な隠居とは程遠いが、こういう賑やかさもたまにはいい。


 しかし、明後日にはドゥーダ山に登ることになる。


 杯の酒に映った月を眺めながら、俺はそっと息を吐いた。

 差し迫った危機も、明日に控えた偵察も。

 

 今夜だけは、この温かい火のそばで忘れていたい。


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