デス・カイザーと天秤
嘆きの坑道から戻った翌日。
俺は報酬を受け取るべく、ログレアの冒険者ギルドへと足を運んだ。
「——デ、デス・カイザーだ……!」
「なんていう風格ッ!」
扉を開けると、ホールにいた冒険者たちが一斉にこちらへ振り向いた。
ざわめきが波のように広がる。誰もが逃げるように後ずさり、壁際まで道が割れた。
(他の冒険者も大袈裟すぎないか……?)
いつもと様子が違う。
依頼を漁りに来るたび遠巻きに怯えられるのには、もう慣れた。
だが、今日のこれは別格だ。
近くにいた屈強な男など、俺と目が合っただけで小さく悲鳴を上げ、仲間の背に隠れてしまった。
戸惑いながらカウンターに向かうと、栗色の髪の受付嬢が勢いよく立ち上がった。その肩は小刻みに震えている。
「デ、デス様……! ご、ご無事のご帰還、心より、お慶び申し上げますッ!」
「あ、あぁ……報酬を受け取りに来たんだが……」
声をかけると受付嬢の喉がひゅっと鳴った。
顔は青を通り越して白い。今にも泡を吹いて倒れそうだ。
「も、もちろんでございます……っ。た、たたただちにご用意を……」
手元の書類を取り落としそうになりながら必死に笑顔を作ろうとしている。
その笑顔が完全に引きつっているあたり、恐怖は微塵も和らいでいないらしい。
(……なんでだよ。この前より怯えてないか?)
今回の一件は彼女たちから持ちかけられたものだし、無事に帰還したことで少しは打ち解けられると思っていたのだが……現実は逆だった。
討伐の噂が回って、評価が妙な方向へ跳ね上がったのだろう。
「あの……そう怖がらないでくれ。取って食ったりはしない」
和ませるつもりで言った言葉だったが、受付嬢の顔から、残っていたわずかな血の気まで引いていく。
「と、取って食う……い、いえ、滅相もございません。私のような者の肉など、デス様のお口汚しにしかなりません!」
「いや、そういう意味じゃなくてな……」
完全に裏目に出た。
慌てて訂正しようとするほど、彼女の身体は縮こまっていく。
見かねたのか、奥から大柄な男が出てきた。ギルドマスターだ。
「デ、デスさん、此度はご足労を。報酬は、こちらに用意してあります」
ロシュが革袋をカウンターへ置く。ずしりと重い音がした。
中を検めると、見たこともない量の金貨が詰まっている。
「ずいぶんと弾むんだな」
「と、当然です。近隣住民の命も失われていたそうですから、はい……」
ロシュも語尾が震えていた。
受付嬢ほど露骨ではないが、額には脂汗が滲んでいる。
その顔はまるで「厄介なやつが帰ってきちまった」と言わんばかりだったが、感謝こそされど嫌われる理由はない。
どうやらこのギルドでは、上から下まで俺は恐怖の対象らしい。
評価が上がるのは結構だが、これでは買い物ひとつ気軽にできやしない。
(もっと、普通に扱ってくれる人はいないのか……)
遠い目で金貨を眺めていると、ロシュが意を決したように口を開いた。
「……それと、デスさん。もう一つだけ、折り入ってお願いしたい依頼がございまして」
その手に握られた一枚の依頼票を見て、嫌な予感が百足の様に背筋を這い上がった。
「ドゥーダ山。あの坑道の、さらに奥です。そこに邪竜が棲みついているという話はご存知でしょうか」
知っている。
嫌というほど、その入り口の瘴気を浴びてきたところだ。
「正直に申し上げます。この依頼を引き受けられるギルドは、もうほかにございません」
ロシュが深く頭を下げた。
「推定ランクはSS。上位のパーティにはことごとく拒否されてしまいました。残されたのは……あなた方だけなのです」
「いや、無理です」
即答した。邪竜だぞ。
百足ですら死にかけたのに勝てるわけがない。
流石にクレイドやレイラでも竜には勝てないはずだ。
「無理とは……確かに仰りたいことは分かります。SSランクの依頼を受ける事ができるのは、それに近しいランクを持つギルドのみ。立ち上げたばかりの死合わせの森では、受けたくても受けられない……という事でしょう?」
違います。単に受けたくないんです。
しかし、彼が勇敢……というか蛮勇だと履き違えているらしい。
「もちろん分かっております。ギルドマスターとしての私の権限を全て活躍し、どうにか今回の依頼が受けられるAランクまでは、上げさせていただきます……!」
「い、いや、そういう事じゃ……」
「も、もちろん理解していますッ! あなたがランクなどという枠組みに縛られる存在ではないとッ! はいッ!」
よし、ここははっきり断ろう。
俺は幸せの森のギルドマスターとして毅然と、丁重に、辞退の意を伝える。
ぐっと腹に力を込めて、口を開——
「ぜひデス様にお任せを!」
「あぁ、望むところだ」
「ん……やる」
背後から三つの声が割り込んだ。
振り返れば、目を輝かせたボズ、不敵に笑うクレイド、こくりと頷くレイラ。
いつの間に入ってきたのか、三人とも完全にやる気だった。
クレイドはいつぞやの女装をしている。
「お、お前たち、ちょっと待——」
「デス様。我らの力を、存分に振るう時がついに参りましたな……!」
「邪竜か……ようやく俺の出番というわけだ」
「デス様のためなら、なんでもする」
誰一人として俺の話を聞いていない。
ギルドマスターは頭を下げたまま、感極まったように声を震わせた。
「おお……っ、お引き受けいただけるのですね……! ありがとうございますッ!」
待ってくれ。俺はまだ何も言っていないんだ。
それなのに話がどんどん進んでしまう。
(どうしてこうなるんだ……)
俺は差し出された依頼票を呆然と見つめた。
受け取ったばかりの報酬の重みと、これから背負わされる無茶の重み。
明らかに後者の方が重い。
だって、死んだら報酬の金なんて意味ないんだよ?




