デス・カイザーと嘆きの坑道
「ひとまず馬車に乗るといい」
「で、では……お言葉に甘えて……」
シュカはまだ少しふらつく足取りで、おずおずと馬車に乗り込んできた。
脇腹を押さえる手は、まだ痛々しい。
「クレイド」
「言われずとも」
俺が呼ぶより早く、クレイドが腰を上げていた。
懐から取り出したのは、清潔な布と小さな薬瓶。
手際よく薬を布に染み込ませると、シュカの前に静かに膝をつく。
「傷を見せろ。手当てする」
「……っ、け、結構だ! この程度の傷——」
「黙って腕を上げろ。動けば余計に痛むことになるし、なによりデスに恥をかかせる気か? 傷を負っていること自体が、デスへの侮辱だと考えろ」
別に怪我くらい誰でもすると思うが……有無を言わさぬ低い声にシュカがびくりと固まった。
観念したように脇腹を晒すと、クレイドはそっと血の滲んだ布を剥がして傷口を検める。
「……ふむ。深いが急所は外れている。逃げながらよく庇ったものだな」
「に、逃げてなど……っ、いたっ」
「動くな」
クレイドの指が、丁寧に傷口を清めていく。
その所作は、人を斬ることに慣れた手とは思えないほど優しかった。
女装といいメイクといい茶といい、本当にこの男は何でもできる。
何でもできるのに、なぜ自分を暗黒騎士などと名乗っているのか。
「……感謝する」
「勘違いするな。俺はまだお前を認めたわけではない」
言葉は素っ気ないが、巻いていく包帯は、痛みを庇うように丁寧だった。
「ふっ……察するにあなたが主の右腕ということか」
「隠すつもりはなかったが……やはり見抜かれてしまったか。先ほどはとんだ節穴かと思ったが、疲労によるものだったようだな。いかにも、俺こそがデスの右腕であり暗黒騎士のクレイド。よく覚えておくといい」
突然饒舌になったクレイドに、シュカは毒気を抜かれたような顔になりながら、その手元を見つめている——が
「……それ、私がやります」
冷たい声が割り込んだ。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたレイラが、無表情のままシュカの包帯を凝視している。
「デス様の仲間の手当ては、一番の剣である私の役目です」
「は? 包帯を巻くのが剣の役目?」
シュカが痛みも忘れた様子で噛みつく。
「あなた、剣を振る以外に何かできるんですか。包帯の巻き方ひとつ知らないでしょう」
「ぐ……っ、そ、それは、これから覚えればいい話だろ?」
「やっぱり知らないんですね」
「舐めるなよ! 包帯は巻けなくとも忍術は使える! お前に変わり身が使えるか!?」
「身を隠さねば勝てないほどに弱いということ?」
「言ってろ! あたしはあんたより、ずっとデス様のお役に立て——いたっ!」
また傷に響かせて呻くシュカ。
明らかに俺より強いはずだが、さっきから呻いてばかりである。
「……二人とも」
俺が口を開くと、レイラとシュカがぴたりと黙り、揃ってこちらを見た。
「今は傷を治すのが先だ。喧嘩はシュカが元気になってからにしろ」
穏便に収めたつもりだった。
「……っ、はい。ごめんなさい、デス様……」
「あ、主が……あたしの回復を待ってくれるなんて……ありがとうございます!」
なぜか二人とも、頬を染めて嬉しそうにしている。
俺の「喧嘩は後にしろ」が、それぞれの中でまた都合よく変換されたらしい。
もう何も言うまい。
下手に口を開けば誤解が一つ増えるだけだ。
クレイドが包帯を結び終える。
「終わったぞ。しばらくは安静にしていろ。剣も忍術とやらも、傷が塞がるまでは禁止だ」
「……かたじけない、暗黒騎士殿」
「クレイドでいい。俺は右腕だからな」
右腕だからなんなんだよ。
淡々と道具を仕舞うクレイドの隣で、ボズがしみじみと頷いていた。
「いやはや。デス様のもとには、本当に得難い才が集まりますなぁ。まるで一国の備えのようです」
俺の本来の目的である薬草採集には過剰ですけどね。
・
馬車に揺られること、さらに半日。
日が傾きはじめた頃、それは前方に現れた。
山肌にぽっかりと口を開けた巨大な坑道。
崩れかけた木組みの支柱と錆びついたトロッコの残骸。
入り口の上では、かろうじて読める古い看板が風に揺れて軋んでいた。
——嘆きの坑道。
近づくにつれて空気が変わるのが分かった。
昼間だというのに、坑道の周囲だけが薄暗い。
奥から流れてくる風は湿っていて、かすかに鉄錆と、嗅ぎ慣れない甘ったるい腐臭を含んでいた。
「……この匂いは」
「瘴気だ」
クレイドが馬車を降り、坑道を見上げて目を細める。
「それも、かなり濃い。麓の村に被害が出るのも頷ける。……デス。ここは、ただの廃坑ではないぞ」
肩を借りて降りたシュカも、ふと真顔になった。
坑道の奥を見つめるその目に、一瞬だけ忍びの鋭さが宿る。
「……この奥。嫌な気配がします。それも、ひとつやふたつじゃない」
そして、無表情のレイラまでもが、静かに短剣を抜いた。
「ん……手負の忍は役に立たないから、馬車にいた方がいい」
「余計なお世話だ! ……今回だけは、主のご迷惑にならないように馬車の守りに徹するけどな!」
「レイラ、お友達ができて良かったねぇ。ですが話の続きはまた後で。何か来るかもしれません」
ボズが言うと同時に、坑道の暗闇の奥で、ずる、と何かが這う音がした。
いくつも闇の奥で蠢いている。
「……クレイド。相手の力量は?」
「群れでBといったところか」
もしかして俺、一体でも勝てるか怪しい?
「デス、お前の言いたいことは理解している」
「あ、あぁ……魔物が思っているよりつよ——」
「予想以上に小粒だと言いたいのだろう。わざわざお前を指名するのなら、もっと大きな相手でなければ張り合いもない」
「……そうっすね」
張り合いがないのは向こうさんだと思います。
「とはいえ、せっかくここまで足を運んだんだ。一体くらい自らの手で屠ってみては?」
「え? 俺は……」
「安心しろ。一番強そうなやつを持ってきてやる」
どうしよう。なんか俺まで戦うハメになっている。
(……案外楽勝かもしれない、なんて。どの口が言っちまったんだ……)
俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。




