デス・カイザーと新たな依頼
数日後。
俺はいつものように、ログレアの冒険者ギルドで掲示板を眺めていた。
……ここで、一つ説明をしておかねばなるまい。
なぜ、仮にも一つのギルドのマスターであるはずの俺が、よそのギルドの掲示板で依頼を物色しているのか。
答えは単純で、俺の「死合わせの森」が、まだ正式なギルドとして認められていないからだ。
設立の申請こそ受理されたものの、ギルドが独り立ちして自前で依頼を受注できるようになるには上位機関への登録審査を通さねばならない。
そして、その審査にはそれなりの時間がかかる。
審査が下りるまでの間、新設ギルドは大元の冒険者ギルドに身を寄せ、依頼を取り次いでもらう決まりになっているのだ。
つまり今の俺は、肩書きこそギルドマスターだが、実態は冒険者ギルドの軒先を借りている見習い同然というわけだな。
まあ、登録さえ下りればこっちのものである。
それまでは大人しく通って、低ランクの依頼で小銭を稼ぐ。
地味だが着実な隠居への一歩である。
そんなことを考えながら、害のなさそうな採取依頼でも探していた、その時だった。
「で、デス・カイザー様! お待ちしておりましたッ!」
あの栗色の髪の受付嬢が、俺の姿を認めるなり飛び出してきた。
相変わらず直立不動で額には汗が滲んでいる。
「あ、あぁ。何か用か?」
「は、はいっ。ギルドマスターより、デス様に、ぜひお願いしたいご依頼があると……っ」
彼女は震える手で、一枚の依頼票を差し出してきた。
受け取って目を通してみる。
まずは依頼内容の欄。
そして報酬の欄。
「…………」
報酬額の桁を、俺は二度数え直した。
間違いない。低ランクの依頼を百件こなしても届かないような金額が、そこに書かれている。
(おいおい、隠居資金が降ってきちまったよ)
脳裏に緑あふれる村が浮かんだ。
畑を耕し、鶏を飼い、誰にも雇われず雇う側に回る理想の余生。
それが、この一件で大きく近づくのだ。
だが、舞い上がりかけた頭が、依頼内容を理解して急速に冷えていく。
『依頼:ドゥーダ山方面における魔物異常発生の調査ならびに討伐』
ドゥーダ山。先日さんざん聞かされた、物騒な単語の発生源。
隠居生活の対岸にあるべき、こちら側へ渡ってきてはいけなかったはずの——。
「あの……どうしてウチに、こんな依頼を?」
「ぎ、ギルドマスター曰く……『あのギルドなら瞬殺だろう』と……」
受付嬢の目がわずかに泳いだ。
なるほど、ボズがいるからか。
死の奴隷商人を従えたことで、幸せの森全体のパワーを高く見積もられているのだ。
そんな俺たちをドゥーダ山にぶつければ街は救われるか……あるいは厄介者が消える。
どちらに転んでも好都合——おおかた、そんな腹積もりだったのだろう。
「……持ち帰って、検討させてもらう」
依頼票を握りしめ、引きつった笑みでそう返すのが精一杯。
「その、お受けいただけると……幸いです……」
よく考えたら、この子も上司の命令で仕方なく動いてるんだよな。
俺ぐらいは優しくしてやってもいいだろう。
「そう緊張するな。これも幸福のためだからな」
「こ、降伏……! 私たちギルドを降伏させるために、検討、する、と……」
おかしいな。カッコいいセリフだったはずなのに、彼女は顔を真っ青にしている。
まぁ、ひとまず帰って皆んなに聞いてみよう。
・
依頼票を持ち帰った俺を待っていたのは、予想通りの光景だった。
「——時が、来たか」
扉の横でクレイドが静かに目を伏せる。
その横顔は、戦場へ赴く前の騎士そのものだった。
誰も戦に行くとは言っていないのだが。
「デ、デス様がついに世界を統べる第一歩を……。このボズ、生涯の誉れにございますッ!」
ボズは早くも涙腺が決壊している。
世界を統べるどころか、俺は今も全力で逃げ道を探している最中だ。
「ん」
レイラは黙々と短剣を磨き始めている。
研ぎ石を滑らせる、しゃり、しゃりという音だけが部屋に響く。
その目だけが爛々と輝いていた。
「……あのな、お前たち。まだ受けると決めたわけじゃ——」
だめだ、言い切ることができない。
期待に満ちた視線がひしひしと突き刺さってくる。
ここで「やっぱりやめた」と言える人間が、この世にいるだろうか。少なくとも俺ではない。
それに——この報酬が手に入れば、隠居がぐっと近づくのも事実。
「……よし。受けよう」
俺がそう言った瞬間、ボズの嗚咽が一段と大きくなり、クレイドが「ふっ」と笑い、レイラの研ぎが止まった。
「ただし、あくまで調査が主だ。危ないと思ったらすぐに引き返す。命こそが宝だからな」
「無論。退くも進むも、すべてお前の采配のままに」
「さすがデス様……引き際まで見据えておられるとは……っ」
「ん。デス様の言う通りにします」
伝わってないっすね。
たぶんこいつらの頭の中では、俺が「敵を完全に掌握するまで動かない慎重な指揮官」あたりに変換されている。
まあいい。とにかく、明日には出発だ。
・
朝になり、ボズが市場で買い込んできたやたら豪勢な朝食を平らげると、俺たちはログレアを発った。
借りた馬車に揺られ街道を西へ。
目指すはドゥーダ山——の麓の、さらに手前。
依頼書に添えられた地図によれば、山へ至る道の途中に、ひとつ立ち寄るべき場所があった。
「『嘆きの坑道』……か」
地図に記された名を声に出して読み上げる。
響きからして、もう嫌な予感しかしない。
「ご存知ですか、デス様」
御者台の隣のボズが、にこやかに振り返る。
「大昔に廃れた鉱山の跡だそうですよ。今は魔物の巣窟になっていて、麓の村への被害の出どころではないか、と」
「つまり、その魔物を片付けるのが今回の本筋というわけか」
「左様で。調査の名目はありますが、実際は害獣駆除に近いのではないでしょうか」
なるほど。それなら俺にも理解できる。
邪竜だの伝説だのと比べれば、ずっと現実的で、ずっと平和な仕事だ。
廃坑の魔物を追い払って、村の被害が止まれば依頼達成。報酬ゲット。
(……案外、楽勝かもしれないな)
荷台ではクレイドが優雅に茶を淹れ、レイラがその所作を食い入るように見つめている。
「クレイド、それ……いい匂い」
「茶葉は心を整える。剣を握る前ほど、湯気の立つ時間が要るということだ」
「ん……深い」
何が深いんですかね。
それは分からないが、のどかな車内だった。
この平和が一生続けばいいのに、と本気で思いながら、流れる景色に目をやって——
「…………ん?」
街道から少し外れた草むらに、何か黒いものが転がっているのが見えた。
「止めてくれ、ボズ」
「おや、何か?」
「あそこに……誰か倒れてないか?」
馬車が速度を落とす。
黒い装束。手足には忍を思わせる細い得物。
そして脇腹のあたりに——赤黒く滲んだ布。
(ただの怪我人……には見えないな)
だからと言って無視する気にもなれない。
俺は馬車が止まるのも待たず、飛び降りていた。
新キャラが出てくるぜ!
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