悪徳商人、高笑いをする
ユリウスが、トラビィオ商会で保護されてから十五年――。
熱に浮かされた群衆の叫びに、闘技場の空気は震える。剣を掲げ群衆の叫びに応える若者は、先程まで相手を容赦なく斬り伏せた人物とは思えない、爽やかな笑顔を浮かべる。
「勝者は、ユリウス! 今シーズンに突然現れた若き剣闘士によって、番狂わせが起きました。まさかの、優勝候補敗退!」
司会の声を聞いて、高笑いをする男が居た。美女を侍らせ、切り分けた果物を食べさせてもらう。油で固められた髪は、宝石付きの指輪と一緒に下品に輝く。髭にはビールの泡が付いている。
「ワッハッハッ。伯爵様、我が自慢の剣闘士の活躍はいかがでしたかな?」
「ぐぬぬ。トラビィオの剣闘士が上手だったか。あの役立たずめ。ほら、権利書だ!」
渡された紙のロールを広げ、内容を確認すると口の端を上げる。髭に着いた泡がシュワッと音を立てて消えた。笑顔が止まらないトラビィオの側にジーオルが寄る。
「旦那様、ユーリが手を振っていますよ」
闘技場で思い切り手を振るユリウスに応えた。現れたトラビィオへ、ユリウスは嬉しそうに両手で振り始める。
「トラビィオ父様ー! また、勝ちましたよ!」
「よく頑張ったな、ユーリ」
元気良く応えるユリウスを見て、トラビィオは邪悪な笑みを浮かべた。怪我をしたユリウスを心配などしない。頭の中に浮かんでいるのは、たった今渡された鉱山と、初披露となった剣闘士ユリウスの宣伝によって得られる利益だ。さらには、先の戦争で王国はトラビィオや強欲な商人達によって、辛勝の結果になった。数年も続いた戦争は王国を疲弊させて、トラビィオ達が目論んだ通り、商人達は大儲けをした。トラビィオ商会は絶頂期を迎えようとしている。
「トラビィオよ、あの剣闘士と鉱山を交換しないか?」
伯爵は、ユリウスの戦いを思い出していやらしく笑う。
「伯爵様。ご容赦下さい。あの子を拾ってから、十五年を掛けて才能を開花させた、我が子も同然な剣闘士なのです~」
ユリウスの教育には大金が掛けられた。これを逃がさないように、懐かせた頃には本人が理解しないまま魔法契約を行い、自身の所有物へと変えた。だが、その契約に満足げなトラビィオとは裏腹に、裏で起きていた≪あるアクシデント≫を知っているジーオルや商会の面々は、笑いを堪えていた。無邪気なユリウスは、トラビィオを父と慕い、細やかな世話をしてくれたジーオルを兄と懐く。
「ジーオル。この果物をユーリに渡してこい。次は決勝戦だからな。美味い物でも食わせて鋭気を養えと言え」
「さすが、旦那様です。それと賭け金はいかがしますか?」
「もちろん、全額だとも!」
特等席からは、邪悪な笑い声と袋一杯の金の動く音が響く。
「ユーリよ、お前はワシを儲けさせる道具よ……」
手の甲に浮かぶユリウスとの契約印を撫でながら、可愛い道具が金貨を運んで来る様子を想像した。
◇
闘技場の地下では、乾いた血の匂いがする休憩所へジーオルは差し入れを運ぶ。
「お疲れさん、ユーリ」
「来てくれたんですか、ジーオル兄さん! 僕、言われた通り全勝してますよ!」
自分より背の高くなったユリウスに抱き着かれ、ジーオルは苦笑する。
健やかに育ったユリウスは、白い肌に輝く金髪、灰色の瞳は優し気な印象を与えた。貴公子のようで無邪気な笑顔をするユリウスは、女性ファンを魅了する。
(実物は、大きな犬っぽいんだがな)
幼い頃は、トラビィオに遊んでもらった後は離れたくないと子犬のようについてまわる。商人相手の鋭い顔つきの客は、そんな二人を見て口元を緩めた。トラビィオが居ない日は、寂しがるユリウスを従業員達が順番に遊び相手となる。店の手伝いをして初めて手にした金で、ユリウスはトラビィオの好物の果物を買い、手紙を添えてプレゼントした。トラビィオは笑いながら半分に分けて食べ、ユリウスも同じ味を口にする。
その果物は子供には渋すぎる味だったが――今では彼の大好物である。
「ジーオル兄さん。その果物は?」
「旦那様からの差し入れだ。次も頑張れってさ」
「わぁ、嬉しいな。試合前に大好物を食べられるなんて。頑張るよ!」
味わうように食べた後、出番を伝えられる。トラビィオからプレゼントされた剣を振るい地上へと向かう。
「トラビィオ父様に、優勝カップをあげるって伝えておいてね! それと、父様が手に描いてくれた絵が消えてるから、また描いてよ」
「またか。あとで描いてやるから、【疾風のユリウス】の力を見せて来い」
ユリウスの絶大な魔力は、魔法契約を無効にするほど強かったのだ。実質、ただの絵になっている。それを気付かないのは、トラビィオだけ。ジーオルは、トラビィオの方に描かれている紋章を思い出そうと首を傾けた。
地上に上がったユリウスを待っていたのは、数々の相手を燃やした炎魔法の剣闘士【憤炎のフーガ】だ。トラビィオを三人揃えたような巨体に炎をまとわせ、濃密な魔力が地を這うように広がる。それは、火を着ける為にガスが充満する様だ。
「デブ商人の玩具が、調子に乗りやがって。あいつのせいで、故郷が戦場になってめちゃくちゃにされたんだ。お前を焼肉にして、あいつへ投げつけてやる!」
「お前の故郷なんか知らねーよ。というか父様はな、商人の威厳を見せる為に――わざと、ふくよかな体型を維持してんだ!」
ユリウスから溢れる魔力がフーガの魔力と触れる。その瞬間、闘技場は大爆発を起こした。そして、火の海を貫くように一筋の風が吹く。それはフーガの目の前に迫るユリウスだ。フーガは咄嗟に振るい、ユリウスの流れるような剣筋を防いだ。観客席は響き渡る高音に耳を塞ぐ。
ユリウスの得意魔法。それは、風魔法だ。トラビィオが用意した一流の家庭教師から学んだ、音の原理に風魔法を応用して高音を発生させる。
「耳がぁ!」
ユリウスの強力な連撃によって、両手を剣で塞がれているフーガは何度も響き渡る高音に眩暈を起こす。魔法を使おうにも、視界が揺れて集中が出来ない。
腕にまとわせた風魔法が、ユリウスの剣を素早くさせて圧倒的な手数でフーガを押す。本来なら、風に煽られて体が追いつかない。だが、トラビィオが才能と評価した身体能力に加えて、鍛えられた体が可能にする奇跡の技だ。
「……やるな」
フーガは魔法を使うのではなく、魔力を開放して自分を中心に大爆発を起こした。これにはユリウスも下がるしかない。
「ユーリ」
微かに聞こえた声。自分を心配する声音に体が震えた。
(父様が、心配してる。強くなりたいって願った僕の想いを、叶えてくれようとしたじゃないか! それなのに、僕がビビッてどうするんだ。炎がなんだ。僕は負けない。僕が最強だって、父様に知ってもらうんだ!)
ユリウスがまとう魔力の質が変化した事に、戦いを知らない観客も気付く。フーガは、これがお互いの生死を決める一撃になると覚悟した。最初から、炎魔法を使うフーガには不利な戦いだった。いつもなら、身にまとう炎で相手を接近させない。離れていても、魔法の連発で息が出来ないほどの熱で相手を内側から焼いた。だが、熟練の風魔法を使うユリウスには効かない。全て、吹き飛ばせるから。
「フーガ。あの連撃に耐えたのはすごいよ。お前じゃないと、あの技は出さなかった。そして、お前じゃないとこの魔法も出さなかった」
その言葉を聞き、フーガの憤怒の心は静まった。炎魔法が効かないユリウスに、ここまで戦う事が出来た。誇って良い。でも、負けたくない。怒りの炎は、情熱の炎に変わる。
「……綺麗な炎だな」
赤い炎は青色に変わり、完全燃焼へと導く。フーガ自身も初めて見る炎だ。これならと、ユリウスを燃やせる確信が湧いた。
「行くぞ。死の風よ、滅びをもたらせ≪ヴェント・ネクス・ヴァル≫!」
ユリウスが手を突き出すと、フーガを包む青い炎が揺れる。
(――あぁ、冷たいな)
最後にフーガが感じた感覚だった。一瞬の無音の後に爆風がフーガを塵にする。
こうして、【疾風のユリウス】は伝説を打ち立て、新たなチャンピオンとなった。
「闘技場の、弁償、どうしよう……」
大歓声の中、一部が塵になった闘技場を見て特等席から呟きが聞こえた。
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