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第2話 入院して彼女ができた?

この小説は連載ですが、一話ごとに内容はある程度完結するようにしていますので、必ずしも前後の話を読まなくても、お楽しみいただけます。

 数日後、おれはアキヒロから見舞いに来るようにメールでせがまれ、しぶしぶ病院へ出かけていった。こんなどうしようもないやつとは本当はあまり関わり合いたくはないのだが、おれ以外に親しい友人などろくにいないというかわいそうなやつだから、憐れに思ってしかたなく付き合ってやっているのである。きっとほかに見舞いに来てくれる人もなく、さぞかし寂しい思いをしているのだろう。


 おれは病院の売店でカステラと花を買い、アキヒロの病室に入った。アキヒロは一人でなにやらスマホゲームのようなのに熱中していたが、おれの姿を認めると、スマホを持ったまま左手を上げて言った。

「よう、よく来てくれたな。まあ、座れや」

持っているのが焼き鳥の串でないのがいつもと違うが、ふだん居酒屋で会うときと同じ調子だ。なんだ、思ったより元気そうじゃないか。そう思いながら、おれはベッド脇の椅子に腰掛けた。

「今日はおれの彼女を紹介してやるぜ」

アキヒロの言葉におれは一瞬身じろぎしたが、こいつのことだからまともに取り合うのもばかばかしいと思い直して、「あ、そう」と気のない返事をして聞き流しておいた。するとアキヒロは右手を伸ばして、ナースコールのボタンを押した。やがて一人の若い看護師が病室に入ってきた。有名人でいうと天海祐希に似たキリッとした整った顔立ちの美人だが、見るからに迷惑そうな表情をしている。

「サキちゃーん、おしっこー」とアキヒロは甘えた声で言った。

「サキちゃんなんて、なれなれしく呼ばないでください」

サキちゃんと呼ばれた美人看護師はピシャリと言い返し、それから口を一文字に結んだまま黙ってシビンを取り出すと、それをアキヒロの股間に当てた。するとアキヒロは悶え声を出した。

「ああっ、そこ、もっと~」

パシッ! 看護師はアキヒロの頭を平手で思い切り叩いた。

「ここはイメクラではありません!」

怒った声でサキが言うと、アキヒロはさらに悶えた。

「ああっ、サキちゃん、もっとぶってえ」

サキはそれを無視して黙ったまま、目に怒りの炎を燃やしながらアキヒロの尿を取り終わると、

「この変態ヤロウ!」

と一言大声で怒鳴り、すたすたと病室から出て行ってしまった。


「あ、あれがお前の彼女か?」

唖然として、おれはアキヒロに尋ねた。

「まあな、今のところまだ予定だけどな。近いうちにメアドを聞き出して、退院したらデートに誘ってやるんだ。だがすまんなあ。そうしたらおれは童貞同盟を脱退しなければならないから、会長の席はお前に譲ってやるよ。あとの運営はよろしく頼む。あ、おれがリア充なったら、攻撃対象にしないでくれよ」

どうせそんなことだろうと思った。童貞同盟の会長の椅子なんて譲ってもらっても迷惑千万だ。それにしても、なんて身勝手なやつなんだ、こいつは。

「しかしおれにはただ嫌われているようにしか見えなかったけどなあ」

素朴な疑問を口にすると、アキヒロは平然として答えた。

「まったく、お前は女心というものがまったくわかってないな。彼女はおれに気があるから、あんな態度をとるんだよ。ツンデレってやつさ」

どうみてもツンだけで、デレの部分はまったくないんじゃないか、と思ったが黙っておいた。するとアキヒロはさらに調子に乗ってうそぶいた。

「ま、膝を骨折して動けないこのおれの哀れな姿は、女の母性本能をくすぐるのさ。サキちゃんみたいな気の強そうな女をオトすには、この手にかぎる」

それにしてもどこまでオメデタイやつだ。こんな正月野郎はまともに相手にしないで、放っておいたほうがいい。

「まあがんばれよ。お大事にな。また来るわ」

すっかり呆れ果てたおれは、そう言ってアキヒロの病室をあとにした。


 廊下を少し歩いてエレベーターの前まで行くと、さっきのサキちゃんという看護師が松葉杖をついた背の高い若いイケメンの男と一緒に立っているのを見かけた。サキちゃんは男の背中に手を回し、支えるように立ったままエレベーターを待ちながら、うれしそうな顔で話をしていた。

「マサユキさん、大丈夫ですか」

「ありがとう、サキちゃん。退院したら、お礼に食事でもごちそうしたいんですが」

「まあ、うれしい。楽しみにしてますわ」

やがてエレベーターがやってきて、二人は乗り込んだ。おれはちょっと気まずくなり、トイレに行くふりをして、その場を離れた。

 おれはまたアキヒロのことが少しかわいそうになってきた。しかし、あいつにはこんなことは日常茶飯事だから、ちっとも気にしないだろう。ただ、これであいつのリア充に対する憎悪の念はますます高まり、また何かバカなことをしでかすかもしれない。病院を出て帰途についたおれは、そんな恐怖に怯えていたのだった。

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