領主4
ペスロに馬を降ろしてもらったところは教会だった。
夜明けの前にここを発ち、そして今、長い一日が終わろうとしている。
「ギー、おかえりなさい」
神父が迎えてくれる。
そこには、イオの姿もあった。
今朝まで着ていた服は持って帰ってきたが、着替えてはいない。女の格好のまま帰ってきた。
イオは、少し照れ臭そうに笑って、
「お前が女だってこと、とっくに知ってたってば! まあ、途中からだけどな!」
「……騙していてごめん、なさい」
「いいって。なんかわけがあるんだろうなーって思ってたさ」
神父とイオとガレベーラで囲んだ食卓は、いつもより豪華だった。
言われるまでもない。グウィディウスの施しがあったのだろう。
これだけ残って大人の口にも入るということは、子どもたちは十分に腹を満たせたはずだ。
心から、ありがたく思う。
もっともグウィディウスのおかげなのだが、これまでのガレベーラは、いつの日か教会に恩を返したいと思うことしかできなかったからだ。
「で、いつ行くんだ? あの騎士さんと行くんだろ?」
「え?」
ガレベーラの驚いた顔を見て、神父は手にしていたパンを置いた。
「ギー、迷っているのですか」
「……はい」
「何を迷うんだよ!?」
イオが大きな声で言う。
「あなたは、このままリビにいて何をしたいのですか?」
「何を……と言われても、今までどおりに自分の仕事をして……」
「では、聞きましょう。あなたはこのままリビにいて何ができますか」
ガレベーラは言葉に詰まる。
与えられた仕事はあれど、建設的な何かがあるかといえばない。
「屋敷のことなら、今日ここのチビたちが一緒に手伝ったぜ」
「そうなの? 神父様、そうなんですか?」
「ええ、そうですね。もう働いてもおかしくない年の子どももいますし。逆に、今日の事はいい機会でしたね」
「……そうですか」
「ギー」
「はい」
「人にはできることとできないことがあります。神は平等でありながら、不平等でもある。どれほど夢や才能、意欲があろうとも、可能性のない人間には資格も機会も与えられない」
神父の言葉に、ガレベーラは顔をあげた。
「あなたにしか花を咲かせることのできない畑があるのではありませんか」
*
「この子はニホ、あっちがウルとパロ、山羊のこの子はサミと言うの。いい子でね。元気で」
ガレベーラはありったけの草を食まし、それぞれ思いきり撫でてやった。
別れの時間を急かすことなく後ろで待っていたグウィディウスが、
「ところで最後に僕も君の住まいに入ってもいいかな。一人住まいのレディの家に入れろなんて不躾にもほどがあるけど」
「ええ、もちろんよ。私のお城よ。でもお茶もお菓子もないけれど、構わないかしら」
小屋に入ったグウィディウスは、言葉を失っているようだった。
ガレベーラはかすかに笑みをこぼす。
恥ずかしくはあったが、自嘲ではない。この小屋に対してあるのは感謝ばかりだ。
「ここに住んでよいと言われたとき涙が出るほど嬉しかったのよ。雨も雪も凌いでくれたもの。風の日はちょっぴり寒かったけれど」
「これが寝台?」
「ええ、藁のベッドよ。あたたかいうえに、寝心地の良さといったら王宮の寝室にだって負けてはいないんだから」
グウィディウスは目の淵を赤くして、左右を見回し「ほかに荷物は?」と尋ねた。
ガレベーラは首を振る。
リビで増えたものは本が三冊。
三年前、王都を出た時と変わらず、荷物はラナンが持たせてくれた袋だけ。
*
「ちょっと待ちなさいよ! なによ! し、信じられない……!」
カシアは顔を真っ赤にしていた。
屋敷の主人たちには昨日のうちに挨拶と礼は済ませてあったが、カシアはその場にいなかった。
グウィディウスが馬で迎えに来たところを目ざとく見つけたようだ。
乗って帰る馬車は目立つので村はずれに停めてもらったのだが。
グウィディウスの準備が整うまでのひと月あまりは、またあのぼろを着て働いていたが、今日は西都で用意されたワンピースを着ていた。
今から王都に向かうにはとうていふさわしいとは言えない、下働きの女性並みの服装だし、髪は短いままだ。
カシアはそれですら気に食わないようだった。
「カシア様、お世話になりました。女であることを黙ってて下さって助かりました」
「そのお方、誰なのよ……!」
「私は彼女の元婚約者です」
ガレベーラを背に庇うように、グウィディウスが前に立つ。
「もしかして王都の……? ギー、あ、あんた、一体……何者なの!? だましてたのね!」
「ちがっ……」
「彼女の名は、ガレベーラ・カトル」
ガレベーラを遮って、グウィディウスはこれ以上なく誇らしげに言った。
カシアの顔つきが変わる。
「……カトルですって? まさか……」
「と言っても、それはこのひとがまだ公女だった頃の名だけれど」




