騎士団1
「グウィ!」
馬から荷を下ろしていると、後ろからいきなり肩を組んでくる者があった。
グウィディウスと同じ騎士団師部の同輩であり、親友でもあるデヴンだ。
「おい、びっくりするだろ。なんだ、西の視察の方が帰還が早かったのか」
今回の定期視察ではデヴンは西の、対してグウィディウスは東の視察団の長として指揮を執った。
「俺らは昨日帰ったんだ。お前の方が先のはずなのになんで東の方が遅いんだよ。待ちくたびれたよ!」
予定では昨日に東が、明日に西が帰還ということになっていたが、東は一日遅れで、逆に西は一日早く任務を終えることとなったらしい。
「少し問題が起きてその処理に時間を取られたんだよ。帰還が遅れてお前に迷惑はかけないと思うけど?」
「そりゃないぜ! 俺は一刻も早くお前に告げたくて強行軍で団員から苦情殺到だというのに。ともかく俺の話を聞いてくれよ」
「ちょっと待て。忙しいんだ」
「いいや、待てないね」
「ともかく馬を繋がせてくれ。団長に帰還報告もしに行かないといけない。話はその後だ」
「オーケー。待とう。帰還報告は重要だ。団長が怖い」
デヴンは肩をすくめて一歩退いた。
グウィディウスはひと月もの間、東の遠方まで足になってくれた相棒を何度も撫でてねぎらってから、厩番に愛馬を引き渡す。
早足で歩くと、腰に佩いた剣とベルトの金具が当たって音を立てた。
行く先々で部下に書類に署名を求められたり、指示を仰ぎに来られたり、また報告を受けたりしているグウィディウスの横にもれなくデヴンがついてくる。
「……おい、デヴン」
グウィディウスは肩にのしかかる重い腕を押しのけ、
「聞くよ。聞けばいいんだろ。いいかげん、そのデカい身体が鬱陶しい。手短に話せ。視察先に美人がいたなんて話だったらぶっとばすからな」
「ひどいな。まぁ、そんな悠長でいられるのも今のうちさ」
「何がだ?」
デヴンはにやりと挑戦的に笑う。
「俺はとうとうアタリを引いた、かもしれん」
その言葉に、グウィディウスは瞠目する。
「……聞こう」
団長室に向かっていたはずの進行方向をくるりを変える。
「はて。先に帰還報告を済ませるんじゃなかったのか」
「大きな異常はない。つまり団長への報告は後でも構わない」
「そりゃそうだ。お前にとっちゃ、今から話すことこそ最重要事項だろうからな」
デヴンが指を鳴らし、得意気に言う。
「ガレベーラ嬢を見つけたかもしれないんだから」
*
「私に西での仕事をください」
団長室に入るや開口一番そう言ったグウィディウスに、目の前の男は目を丸くしてから、すぐに眉をひそめた。
王城騎士団、その団長は見た目は熊のようであり、鍛錬も厳しいことで有名だが、普段は明朗快活な男であった。
任務遂行には容赦がないが、礼儀はあまり重んじない、というより面倒なのだろう。
「あのなぁ……」と団長はふんぞり返って、丸太のような腕を組む。
「帰還報告がまず先だろ。だいたい行って帰ってきたばかりだというのに、何べん視察に行くんだ」
「わかってます。では休暇を下さい。頂けないのなら騎士団を辞めます」
「おいおい、ちょっと待てって」
団長は派手にため息をついて、
「俺もデヴンに話は聞いた」
「では、私の言いたいことはおわかりのはずです」
「わかってるわかってる。わかってるが、ガレベーラ嬢ご本人かどうかはまだ確かではないんだろう? だいたい都落ちした馬車は南行きだったはずじゃないか。それがどうして西にいるんだ」
「そんなこと私にもわかりません。ただこの三年、南は手を尽くして探しましたが手がかりすら掴めませんでした。ということは西に行ったかもしれないということです」
「……お前にかかると、すべての事象が可能性を秘めているように感じられるよ。いや、楽観的であることは悲観的であることよりはいい」
団長はこめかみを、手にしたペンで何度か突いてから、
「まあ、落ち着け。お前が西に行ける大義名分を何か考えてやる。そこで休暇を二日やる、それでいいだろ」
「ありがとうございます」
グウィディウスは敬礼をする。
「まあ、そのために騎士団に入ったってのはわかってるが、簡単に辞めるなんて言わないでくれよ。今ではお前の腕をけっこう頼りにしてるんだからな」
「……ありがとうございます」
二回目の感謝は、本心からのものだった。
敬礼ではなく、深く礼をする。
「私は、今夜にでもすぐ西へ出られますので。では失礼します」
「おいおい、いくら何でもそれは疲れ……って、おい、グウィ! 報告がまだだ!」
団長の声を無視して部屋を出ると再びデヴンが待ち構えていた。
「西に仕事を作ってくれるって」
「おお、それは俺が西の取るに足らんような問題を大げさに報告しておいたおかげだな」
デヴンの軽口はいつものことだが、その倍以上、彼はグウィディウスのために心を砕いてくれている。
視察前、グウィディウスとデヴンは西か東、どちらの指揮を執るか自由に選ぶことができた。
任務内容に大きな差はなかったが西の行程はかなり厳しいものだった。そのうえで、デヴンはあえて西を取ったのだ。
日程に余裕のある東にグウィディウスが行けば、地方の町を捜索する時間にあてることできる、と。
「西はまだ探せてなかったな」
「そこまで広域に包囲網を敷くことはできない。いくらお前が王子様でもな」
デヴンが肩をすくめて、おどけで見せる。
「人買い馬車の行先が違っていたか、なんらかの事情で南から西へ逃げ延びたのか。いや、そんなことはどうでもいい。デヴン、もう一度詳しく聞かせてくれ。彼女を見たというのか?」
「ああ、見た。なんなら話もした。あれがガレベーラ嬢であったならな」
「話を!? なんて!?」
グウィディウスはデヴンの両肩を掴む。
「おいおい落ち着け」と言われて、ちょうどそこにあった椅子に腰を下ろした。
落ち着こうと、何度か自分に言い聞かせるように頷く。
「道中、リジという村で一泊したんだが」
西のはずれの、貧しいが活気のある村で辺りはのどかな景色が広がっていたと言った。
「夜、酒盛りの途中で空気を吸いに外へ出たんだ。そうしたら、店の漏れ灯りで本を読んでいる少年がいた」
「少年?」
「ああ。身なりからして労働少年のようだった」
デヴンは、らしくない神妙な面持ちで言った。
「特に西は識字率が低い。それなのに、その少年は本を読んでいたんだ。しかも絵本なんぞじゃない分厚いやつで、だから、おやと思って、話しかけた」
『字が読めるのか?』
少年はその時はじめてデヴンの存在に気づいたようで、はっと驚き、やがて無言で頷いた。
しかしその後、慌てて本を閉じたかと思うと頭を下げて、逃げるようにして裏口から店に入っていったのだという。
「宿屋の親父にたずねたら、彼は皿洗いの手伝いらしかった。宿泊客が忘れて行った本があったから、それをやったと言っていた」
「それで?」
「その時は気づけなかったんだ。すまん。ただ、少年というには線が細いなという印象を持った。しかし、貧しさのあまり痩せこけた子どもなどたくさんいるし、気に留まるほどではなかった」
グウィディウスは頷く。確かにそうだ。
「けど、それからもずっと何かが引っかかってさ。帰り道ふいに馬上で閃いたんだ。俺も、昔に何度もガレベーラ嬢のお姿は拝見しているから顔は知ってる。ただ、その姫が少年の姿になっているとは思わない。俺たちはあくまでも女性を探していたからさ。俺にもう少し勘の良さがあればね。すまない」
「瞳は? 髪の色は?」
「夜だったし、瞳は長い前髪に隠されてよく見えなかった。帽子もかぶっていたから髪が何色かと問われれば、情けないが赤毛ではなかったと言えるくらいだ」
「そうか……」
「だから、本人かどうかはわからない。確証はない。可能性としては少なからずあるというだけだ」
「……いや、十分だよ。感謝する」
デヴンは、黙って考え込むグウィディウスの背中を軽く叩いた。
「逸る気持ちはわかるけど、女性の場合、名誉の問題がある」
「……ああ、わかってる」
デヴンが王城に直属の騎士団の人間だとわかっただろうに、その少年は助けを求めてもいない。
少年の姿をしていることも含めて、そこには何らかの事情や理由があるのだろう。
「グウィ」
デヴンが意味深な視線を寄こしてきたかと思うと、グウィディウスの肩を軽くたたく。
「いきなり抱きついたりするなよ?」
「するかよ」
そこでグウィディウスはようやく笑うことができた。




